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File10「邂逅」 投稿者:赤枝 投稿日:05/19-01:25 No.539

0.

 かくしてついに内なるエジプトより
 尋常ならざる暗きものきたりて
 農夫ら額衝きぬ
 野獣共其の後に続き
 其の手を舐めん
 たちまちウミより禍々しきもの生まれいずる
 黄金の尖塔に海藻絡まりし忘却の土地あらわれ
 大地裂け 揺れ動く人の街の上には
 狂気の極光うねらん
 かくして戯れに自ら創りしものを打ち砕き
 白痴なる『混沌』地球を塵芥と吹き飛ばしけり


 「ユゴスの黴」より。


魔導探偵、麻帆良に立つ

 File10「邂逅」


1.

 疾風迅雷電光石火。
 九郎は目にもとまらない速度でナイアの元に迫る。

 数メートルもないその距離。
 たどり着くまでに一刹那ほどのその距離の間に、九郎は虚空より武装を取り出す。
 思考疾走。
 呪文詠唱無しの召喚式。手加減抜きの全力思考。
 世界に自らの意思を無理矢理ねじ込み武器を顕現させる。
 左手に執るは折りかさなる刃、刀身に必殺の魔術文字を躍らせる神剣――バルザイの偃月刀。

 マントに隠された腰裏のホルスターに右手を回し、二丁拳銃の内の一丁を取り出す。
 右手に取るのはにあるのは黒と赤の装飾銃。
 重厚なまでの黒に銃身に踊る、禍々しき焔の紅。
 平行して術式参照「フォマルハウトに住まう炎の神性」。同調。呪文詠唱無しでの威力強化最大。

 ありったけの殺意を以て、ありったけの術理をもって、目の前の邪悪に向かって、禍風と化した九郎が走る走る走る走る走る走る。

 標的は因縁深きかの邪神。人の姿をした人ならざるもの。

 婉然とほほえむその顔に、真白の顔にはめ込まれた紅玉の双眸の最中。薄い眉と眉の間に九郎は『ごり』と黒と赤の自動拳銃を押しつけ、

 ダン!!

 躊躇せずに引き金を引いた。

 それだけで、ナイアの顔面の上半分は吹き飛んだ。クトゥグアの灼熱は、地の精の一柱であるナイアルラトホテップのを許しはしない。上顎から上を、血の一欠片と残さずに、蒸発させる。

 ナイアの美しいかんばせは、見るも無惨な残虐なる姿へと成り果てた。

「久しぶりだっていうのに、何て挨拶だ。ああ痛い、痛いよ九郎君!!」

 けれどたったそれっぽっちの攻撃で、ナイアを倒せるハズもない。
 初雪よりもなお白い、綺麗に並んだ下顎の歯に囲まれたピンクの舌がけらけらとのたうち笑う。
 焼き切れた血管から、真っ黒な何かが。血とは異なる気味の悪い暗黒色の何かが流出する。光すらも飲み込み、闇すらも喰らい尽くす性質を持つ、酷く粘性の高いそれは、反吐が出るような粘ついた動きでどろどろと流れ出した。
 ポンプの役割を果たす心臓ではない内臓器官の脈動に合わせて、それはどくんどくんと流れ出る。それはまさしく邪悪の顕現。溢れ流れたそれが、白い肌を伝い、再び体の中にでゆく様はあまりにもおぞましい完全循環。尾をかんだ蛇<ウロボロス>すら発狂しかねない忌まわしき輪廻。
 それら全てが、ナイアが決して人間ではない、人間にはとうてい想像しがたい、人間には決して及びもつかない存在であること明示していた。
 
「しかし、相変わらず情熱的だね、君は」

 あり得ざる程に明瞭な発音。上顎を完膚無きまでに破壊されてもなお、ハッキリと聞き取ることが出来る声でナイアは告げた。
 声に含まれているのは、紛れもない愉悦と哄笑。そこに苦痛の色はなく、喜びに染まったその声は、図書館の内部に蕩々と響き渡った。
 忌みなる反響。密林の奥地に住まう邪教を崇拝している土着民族の忌避すべきリズム。あるいは発狂した金属で造られたひび割れを持つフルートの悍ましき旋律か。

 だがしかし、その声に全く怯むことなく九郎はバルザイの偃月刀を振るった。

 刀身に浮かぶのは『必滅』の魔術文字。
 九郎の意思を確かに伝達する偃月刀は、灼熱に燃えながら、空気を裂き空間を裂き、禍々しき気配を裂いてナイアの体をまっぷたつに切り裂いた。
 
 だがしかし、九郎の攻撃はそれだけでは止まらない。

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 目にも止まらぬ速度で、偃月刀の刀身が更に奔る。
 縦に奔る。横に奔る。
 右に奔る。左に奔る。
 斜めに奔る。
 前に奔る。後ろに奔る。
 逆しまに奔る。
 それ以外の角度に奔る。
 曲線を描き、直線を描き、それ以外の領域に属する妙なる線を描きながら、奔る。

 一振りごとに偃月刀がナイアを薙ぐ速度は上がってゆく、赤熱する偃月刀の刀身の威力もまた上がってゆく。
 
 四方八方縦横無尽に刃が奔り、疾風怒濤の威力でもってナイアの体を切り裂いてゆく。見るも無惨なその様相は、まさしく遠慮知らずの雑躯刃乱<ざっくばらん>。

 だがしかし、だがしかし、だ。

「ははははははは、ははははははははははは!!」

 それでも、ナイアの笑い声は止まない。
 病んだ笑い声は、ひたすらに響き渡る。
 最早原型を留めぬ程に切り裂かれてもなお、その笑い声が止まることはなかった。

 いや、それは当然だ。
 斬られ薙がれ突かれるほどに、元の形を失うほどに、明瞭なる境界線を失っていくごとに、人の姿から離れていくほどに。即ち、元々保持していた鋳型を無くしてゆくほどに、ナイアは元のものに近くなる。
 ナイアの本質は、『混沌』
 一切の境界線が存在しない、混沌。
 混沌の中の混沌。
 混沌の中の混沌の中の混沌。
 混沌の中の混沌の中の混沌の中の混沌。
 かの匣の中、七本の支柱にて支えられ眠る白痴なる魔王。沸騰する混沌の中心たるアザトースにまで永遠に続く混沌そのもの。それこそが這い寄る混沌、ナイアルラトホテップ。
 
 故にこの方法では滅ぼせない。

「ちぃ!!」

 自らの悪手を嘆き、九郎は偃月刀の魔術文字を一部変化させる。

 最早何ものともつかなくなった塊――混沌に回帰しつつあるそれ――に、偃月刀を突き立てて、

「燃えろ!!」

 命じる。
 瞬間、偃月刀から紅蓮の炎があがった。魔術と殺意が付加<エンチャント>された炎は、辺りに一切の熱をばらまかかず、内部に熱を集中させながら、真っ黒な塊を急激に燃焼させてゆく。

 瞬く間に塵芥と化したそれら、風もなく散るそれらを見やり、

「………………クソったれ」

 九郎は悪態をついた。
 両の手に携えた武器はしまわない。

 なぜならば――
 
「おやおや。またずいぶんと腕を上げたね。九郎君。この一年、ただぼんやりと過ごしていたという訳では無いようだ」

 そも、ナイアは不死だ。あの程度で殺せるはずがない。

「これくらいで、アンタを倒せるとはとうてい思わなかったけどさ――」

 ゆっくりと後ろを振り向く。

 胸糞の悪い何かを仄めかすあの笑い。
 どことなく狂気を孕んだ笑みを浮かべながら、先ほどとは何一つ変わらぬ格好で、ナイアがそこに立っていた。

 詐欺師<トリックスター>。
 人間を騙して誑かす、その手腕。
 あらゆる法則をねじ曲げて、世界を自らの意のままに操ろうとするその性質。
 間違いない、アレこそは混沌。
 這い寄る混沌。ナイアルラトホテップ。
 
 再び、九郎は突進する。

 瞬く間に、ナイアを押し倒してマウントポジションを取った。

「此処はおとなしくくたばっとけ、死に損ない!!」

 刀身に魔術文字が躍るバルザイの偃月刀を、白雪の如くシミ一つ無い美しい肌――その中に何が流れているのかと考えると悍ましい限りだ――に、突きつけた。
 同時に心臓がある部分にクトゥグアの銃口押しつける。
 豊満な乳房の谷間に黒く禍々しい銃身を押しつける様は、どこか倒錯的な形容しがたい美を孕んでいた。乳房の柔らかさとは対極に位置する堅牢たる硬度を誇る銃身は、まさしく剛直。
 黒い銃身に縦横無尽に奔る赤の装飾の上には猛る魔力が漲り、熱を伴って脈動する。
 流れる魔力は赫々たる熱をもち、銃口から銃弾をはき出さんといきりたつ。

「あはは。いつぞやとは役割が逆転しているね。僕が君を犯そうとしたように、君は僕を犯すのかな? それもいいさ、それはそれで魅力的なプランじゃないか」

「黙れ。アンタの戯れ言にはもううんざりだ」

「つれないねぇ。久しぶりの再会なんだ。もっと喜んでくれたって良いじゃないか」

「ふざけんな。それより質問に答えろ、何で此処にいる?」

「女の子に質問するってのに、この体勢は無いんじゃない?」

「誰が女の子かクソババア。宇宙的恐怖<コズミックホラー>の権化の分際でまともな人間の振りしてんじゃねぇよ。あと、アンタの歳で女の『子』ってのは絶対にあり得ねぇ」

 軽く見積もっても兆は超えてんじゃないか?
 九郎は吐き捨てるようにしてつぶやいた。

「女性に歳の話をするのはマナー違反だよ九郎君。――そうだった、君はそんなデリカシーは持ち合わせていなかったね。
 とりあえず。その物騒なモノをしまったらどうだい? ああ、別にそれで僕を撃ち貫いてくれたって別にかまわないよ、君から与えられるモノなら、喩え痛みでさえ悦びになる」

 そう言って、ナイアはつぅと、九郎の頬を撫でる。ほんの少しだけ、偃月刀が首筋に食い込んだが、一向に気にする様子もない。
 九郎の背筋に悍ましい快感が奔った。

「――――っ!!」

 飛び退くようにして九郎はナイアから距離を取った。

 そんな九郎を尻目に、よっこらせ、とナイアが起きあがる。

「そんな態度を取るだなんて酷いね。僕は悲しいよ。一度は肌を重ねた仲じゃないか」

「徹頭徹尾強姦だったろうが。あーゆーのを肌を重ねたとは言わねぇっつの」

 ナイアは、どっちかっていうと君が受けよりなのがいけないんだ。そういって軽く笑う。
 ぱんぱん。ナイアはスーツに付いた埃をはたき落とした。
 九郎はクトゥグアをナイアに向けて構えたまま、その様子を見守る。
 ナイアに攻撃の意思はないようだが、さりとて警戒を解いて良いような相手ではない。

「さて九郎君。今回はどの様なご用件で? 君が望むなら当図書館の持ち出し厳禁の特殊な書籍類の持ち出しも認めるよ?」

「人捜しに来たんだが――、ちょいと用件を変更する」

「どうぞご随意に」

「質問がある」

「さてさて、どんな質問かな?」

「何でアンタが此処にいる?」

「ふむ。それは、何故僕が『この世界』にいるという意味かな、それとも何故僕が『麻帆良』に居るということかな?」

「両方だ」

「欲張りだね。まあ良いよ、簡単にだけど説明しよう」

 そう言ってナイアは話しはじめた。

「君とアル・アジフ――あと、連中のお陰で、僕の計画は失敗に終わった。それは君も知っての通りだ」

「そん時にあんたも斃したと思ったんだがな。俺は」

 九郎の台詞にナイアがクスリと、笑った。

「ああ、確かに僕はあの時あの瞬間、君とアル・アジフの手によって斃された。けれど、君も知っての通り僕は不死だからね。絶対に滅びない。『僕ら』はそう言う存在だ。
 ま、そんなこんなで僕は君を追いかけて、君と同じ世界にたどり着いたわけだ」

 女泣かせだよね。君も。

 やかましいわこの色ボケ邪神。

「僕がこの麻帆良に居るのは、直接的な原因を言えば、君が原因だ」

「俺が?」

「そう、大体今から半年と少し前になるかな。ンガイの森を焼き払ったろう?」

 ナイアの台詞に、半年前のことを思い出す。
 クトゥグアを制御装置――つまりは魔銃――無しで直制御できないものかとシュリュズベリィ教授に相談したら、とある森を紹介されて、「思う存分やれ」と言われた。
 言われた通りに、ラテン語版ネクロノミコンを持ち出して、好き勝手絶頂にやったらとんでもない事になってしまったので今でも覚えている。
 アーカムシティに帰ってから、ニュースで連日『ウィスコンシン州で起こった謎の森林火災』について取りざたされていた。
 やりすぎたかとも思ったのだが、シュリュズベリィ教授は「よくやった」と謎な台詞をくださった。
 教授は結果を重視して被害とか損害とか環境に対する影響とか全く気にしない実にアメリカンな側面――TNTで爆破作業を行うのは当たり前、米海軍と結託して核魚雷を使用したこともあるというとんでもねぇ人だ――を持っているが、同時に極めて思慮深い人なのできっと何か理由があったのだろうと思っていたのだが。

「…………あー、あれか」

「それからは世界中を流れに流れて流浪の旅さ。君の生まれ故郷のニホンを見ておこうと思って立ち寄ったんだけど。此処は僕にとってはとても居心地が良くてね。そのまま住むことにしたんだ。丁度此処で良い感じの就職口も見つけたし。流石は『八百万の神の国<Providence>』といったところかな。
 数え切れないほどのたくさん神様が居る国だ。僕みたいに底抜けに邪悪で一片の慈悲もない巫山戯た神様が一柱ぐらい居たって何の不思議もないだろう?」

「この世界に貴様の居て良い場所なんて一平方センチメートルだって無ぇよ」

「いやいや、なんとも酷いね。それは。
 と言うわけで現在僕は此処の特殊資料整理室の主任司書をやってるんだ。あと君も知っての通り、奥涯館長は『不幸な事故』で現在入院中でね。現在の図書館島の状況を鑑みて、図書館館長代理も兼任している」

「不幸な事故ね――。アンタが演出したんじゃ無いのか。奥涯館長が星の精<スターヴァンパイア>に襲われたその事件を」

「それは違う。確かにこの図書館の地下で見つけた魔導書を奥涯館長に渡したのは僕だけど。でも僕は奥涯館長に取り扱いには注意するようにってちゃんと伝えたんだよ?」

 なんでみんな僕の言うことを素直に聞いてくれないかなー。みんながみんな計ったように僕の忠告を尽く無視する。奥涯館長も。あの新聞記者の娘も。などとのたまいながら、ナイアは近くの手すりに腰掛けた。

「さて九郎君。君はさっき此処には人を捜しに来たって言ってたよね。今、7人の少年少女達が地下に居るんだけど、彼女たちの救出は急がなくていいのかい? とんでもないことになっているかもよ」

 そう言われて返答に詰まる。
 受けた依頼は喩えただ働きとはいえ完遂せねば沽券に――そんなものが何処にあるのかどうかという問はともかく――かかわる。
 なにより、九郎自身も彼女たちのことが心配なのだ。
 今、ネギ達がどの様な状況にあるのかは全くの不明。
 最悪の場合――止めておこう。このような事は考えるべきではない。

 舌打ち。

「アンタを此処で野放しにするなんて、『邪神狩り<ホラーハンター>』の名が泣くけど――今回だけだぞ」

 そう言って九郎は武装をしまった。

「大丈夫だよ。しばらくは此処で大人しくしておくから。
 じゃあ、付いてきてくれ、案内しよう」



2.


 麻帆良に来てから早2週間以上。
 これほど近くに敵がいたというのに、全く気が付かなかっただなんて、この一年間の鍛錬は一体何だったのかと嘆きたくなった。
 
「気にすることはないよ。僕は人間の姿をしているときは完全に人間だからね。君が気づかないのも無理はない」

「人の思考を読むんじゃねぇっつの」

 術式展開。精神防壁――それも最大級の――を構成しておく。

 なんだか酷く騙されている気がして仕方がない。この女の話は、耳を塞いで一切聞かないのが何より正しい対処法なのだが、それも最早遅い。
 有益な情報もいくらか手に入れることが出来たので、一応は良しとしておく。

 肩をすくませて九郎は辺りを見回した。
 獣道のごとく本が折りかさなった廊下。目もくらむ断崖絶壁。本棚の間を流れる川。
 さっきからずっと思っていたことだが、此処はホントに図書館か?
 どっかのダンジョンの間違い何じゃなかろうかと、設計した馬鹿野郎に問いたい。小一時間問いつめたい。

 と言うよりも、此処は元々は何か巨大な遺跡か何かであったかのような印象を受ける。
 地下にあったスペースを無理矢理有効活用しようとした結果。こうなってしまったような、そんな感じだ。

 魔法使い達の歴史は大層古いそうだから。もしかしたら魔法使い達の遺産かもしれない。

「――――――――」

 遺跡聞くと、とりあえずろくでもない思い出ばかりが蘇ってくる。
 最近では、シュリュズベリィ教授に拉致られて連れて行かれたあのセラエノの大図書館だとか、ちょいと所用で出かけた先で見つけたとある遺跡で、不幸な誤解から東大考古学講師――なにやら拳法っぽいものの使い手でどえらく強かった――と一昼夜闘い続けた事とか、無名都市で出会っちゃったとある幽霊とか、そんなことばかり。

 とりあえず、蘇ってきた記憶に蓋をして、鍵をかけておく。
 
「――しっかし、馬鹿みたいに広い図書館だな。ミスカトニックの秘密図書館は空間ねじ曲げてスペース確保してるけど、こっちは純粋に広い。それに書籍類はどれも稀覯書の類じゃねぇか」

「ああ、魔導書もあるよ」

「へぇ――――ってちょっとまて。魔法使いは魔術師<マギウス>やら魔導書の類は嫌ってるんじゃなかったのか? お陰で俺はいろんなところでワリ喰らってきたぞ。だってのに、なんで魔法使いの街の図書館に魔導書があるんだ?」

「そのはずなんだけどね。僕もその辺のことは詳しく知らないんだ。昔ゴタゴタがあってその際に紛れ込んじゃったっていうのが通説だけど。僕はその話もどうにも怪しい限りだと思ってる」

「アンタでも知らないことがあるってのか?」

「前の世界は殆ど全ての可能性を試していたからね。僕に知らないことは無かった。でも今度はかつての世界と共通する点は多いものの、殆ど別の世界だからね。おまけに初めてときたもんだ。九郎君、君も戸惑ったんじゃないかい?
 魔術とは袂を分かったもう一つの奇跡体系の存在。その使い手魔法使い、そして彼らによって構成された社会。時代のズレ」

「――正直いえば、な。確かに最初は訳が分からなかったさ。でも一年もたって慣れた。それにやることは決まっていたしな」

「そんなに想われているだなんて、妬けるね。で? 彼女の断片はどれぐらい集まったのかな?」

 ナイアのその台詞に。
 九郎の今の状況を見透かしたその台詞に。
 九郎は戦慄を覚えた。

「――どうして俺がアルの断片を集めていることを知ってやがる!?」

 ナイアの襟首を掴んで詰め寄る。

「単純な話さ。僕も見つけたんだ。この麻帆良大図書館で彼女の断片をね。
 何の因果かな。僕が見つけたのは僕自身――つまりは『外なる神<アウターゴッド>』に関することが記された断章だった」

「まさか――」

 嫌な予感がする。
 コイツがアルの断章に何か悪さをしていたとするならばただでは済まない。
 外なる神によって引き起こされる怪異は、他の断章達が引き起こすような『生やさしい』ものではない。
 既存の物理法則が全てひっくり返ったとしても何の不思議もなく。暴走したともなれば、街一つ――いや、国一つ滅ぼしかねない。

「安心してくれていいよ。職務規程に従って、発見した高位の魔導書は奥涯館長の手によって封印されている。彼女の断章が悪さをする事はないし。僕も何も手を加えていない」

「ホントだろうな?」

「アザトースに誓って」

 説得力に欠ける誓いだった。
 自らの主人すら嘲笑う性質をもつナイアルラトホテップが、その名において誓いを上げたところで信じることなどとうてい出来やしない。

「いずれ君に渡すときが来るかも知れないと思っていたからね。
 再びゲームを開始するときに、君とアル・アジフが揃っていなければこちらとしても面白くないから。
 それになにより、僕ってばこう見えても尽くすタイプなんだよ?」

 怖気の奔る話だった。

「その話から察するに、お前は俺にアルの断章を渡すつもりがあるってことか?」

「もちろん。君には完全になってもらわないと面白くないからね」

 ああそうかよ。胸糞の悪い話だ。
 九郎はナイアのその台詞を切って捨てる。
 つまりは、コイツはまた何か企んでいるということだ。
 永劫無限に続く無聊の慰めにでも、とか巫山戯た思考と嗜好のもとに、禄でもない事件を引き起こすつもりなのだ。

「一つ尋ねるんだが。アルが何故断片になったのか、お前は知っているか?」

 アブドゥール・アルハザードの手によって記され、テオドラス・フィレイタスによってギリシア語版に翻訳され、更にギリシア語版からオラウス・ウォルミスの手によってラテン語版に訳された『ネクロノミコン』。
 魔導書『Al Azif』は全ての『ネクロノミコン』の原典である。

 だがしかし、九郎の相棒たる『アル・アジフ』は違う。あの書は、アブドゥール・アルハザードが記したものではない。
 アレこそは、何処とも知れぬ場所から飛来した誰が書いたとも知れぬ書。
 更にはかつての世界で幾度と無く輪廻を重ね。その記述量を莫大なものとした、文字通りの究極の書。
 喩え術者が居なくとも鬼械神<デウス・マキナ>を単独で行使することが出来る常識はずれの魔導書。魂を持ち、自らの意志を持ち、肉の器をもつ、一種の奇跡だ。

 そして、彼女が断片になるとすれば、それは彼女が斃された時だ。
 考えたくはないが。というよりも想像すら出来ないのだが、彼女は誰かと――あるいは何かと――戦って、そして敗北したのだ。

「さあ? さっきも言ったとおり、僕がこの世界にやってきたのは一年前だからね。それ以前のことは類推するほか内のさ。かつての世界での僕の全知性は、幾度と無く世界を繰り返した事による知識の蓄積も大きかったからね。でも今回は違う。何もかも初めてのことばかりだ。
 同じループを繰り返していたから、新鮮と言えば新鮮だけどね。
 ただ、一つ分かっていることもある。多分君ももう掴んでいるとは想うけど――」

 九郎とて、漫然とこの一年間を過ごしていたわけではない。
 世にはびこる邪悪と闘いながら、アルの断章を集めてきた。当然、平行して何故アルが斃されたかということも探っていた。
 そこで一つだけ分かったことと言えば。

「――10年前、何かが起こったんだ」

 アルがこの世界にやってきたのは、少なくとも紀元八世紀よりも以前。
 そのときアルは虚空<ロバ・エル・カリイエ>に死にかけていたアブドゥール・アルハザードとの接触を果たし、『自身の写本』をアブドゥール・アルハザードに執筆させた。
 それが今日にまで伝えられる『Al Azif』であり『ネクロノミコン』だ。
 以来、単独で、または誰かと暫定的な契約を交わし、世界に邪悪が出現するたびに、それらを討ち滅ぼしてきた。
 もっとも新しい契約者は、あの『鋼の巨人』こと覇道鋼造だ。
 彼がこちらの世界で生きていたのは驚きだったが、アーカムシティの発展にアルが一枚かんでいたと聞かされたときの驚きはそれを超越していた。
 ――しかし、覇道鋼造がアーカムシティの探偵事務所に尋ねてきたときは驚いた。何故か知らないがトンでもなく馬があったのも驚きだった。なんというか他人の様な気がしなかった。でも姫さんといきなり見合いをさせられるとは想わなかった。なんだかんだと滅茶苦茶な爺だ。

 その鋼造氏からアルの話を聞かされたのだが、10年ほど前にふらりと出て行って以来消息を絶ったそうだ。

「10年前、何かが起こって。結果としてアルは倒された。件の魔法使い達の大戦って奴が絡んでいるのかも知れないが――今ひとつ詳しいことは分かっていない」

「そう。その通りだ。
 あと一つだけヒントをあげよう。多分これも正解にたどり着くための一つのヒントになる
 サウザンドマスター。彼のことも調べてみるといい。きっと何かが見つかるよ」

 サウザンドマスター。九郎も名前ぐらいは聞いたことがあった。
 魔法使いの英雄で、何年か前に死んだらしく。それ以上のことはよく知らない。

「もっと詳しいことも知って居るんじゃないか――いや、お前はもう答えをしってるんじゃないのか?」

「さてね。だとしても他人から答えをもらうのは『探偵』としてはどうなのかな、九郎君?」

 うぐ。九郎は返答に詰まる。
 悔しいが、ナイアの言うことにも一理ある。

 それに、自分の女ぐらい、自分の手で取り戻してこそだ。

「さあ、ついたよ」

 目の前にそびえるのはやたらと重厚な石造りの扉だった。

「旧神の印<エルダーサイン>か」

 扉に刻まれている角の欠けた五芒星。
 こんなところでこの印と出会うことになるとは思わなかった。

 魔法使い達はこの五芒星の意味を知らないはずだ。だとしたら、誰か。魔術に通じる誰かがこの図書館の設計に加わっていたと言うことだろうか?
 
「君にとっては頼もしいシンボルかも知れないけど。僕にとっては忌々しいかぎりさ。出来ることなら此処には近寄りたくなったんだけどね。他ならぬ君のためだ」
 
 扉の両端には、悪魔を模した石像が鎮座していたが、今九郎の隣にいる女の正体に比べれば、恐ろしくも何ともない。

「此処が、我が特殊資料整理室の最重要封印施設さ。アル・アジフの断片も此処に安置されている――」

「――ッ!!」

 その台詞を聞くやいなや。九郎は扉を蹴破るようにして、中に飛び込んだ。

「――んだけど。彼女たちがアル・アジフの断片に触っちゃって罠が作動したままになってるんだ。それで今は地底図書室に直通の大穴になってる」

「へ?」

 九郎の体が重力に引かれて、落下し始める。

「なんと!!」

 九郎がマントに魔力を通わせ空を飛ぼうとするが、

「あ、ちなみに侵入者撃退の為に魔術封じの結界が敷いてあるから」

 魔力は空しくも霧散した。
 それどころか、ネクロノミコン新釈が元の本の形態に戻ってしまった。

「な、なんですとーーーーーーーーーー!!」

 九郎の絶叫がドップラー効果で遠のいてゆく。

 地球の愛<じゅうりょく>は今日も絶大に大盤振る舞いである。

 九郎は叫び声をあげながら闇の中に消えていった。

「じゃあ、頑張ってくれよ。九郎君」


File10「邂逅」…………………………Closed.

魔導探偵、麻帆良に立つ File11「あと ざ らいぶらりー おぶ まっどねす」

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