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File11「あと ざ らいぶらりー おぶ まっどねす」 投稿者:赤枝 投稿日:06/03-22:28 No.663
0.
以下の記録は私が率いる図書館島探検隊が、幻の地底図書室を発見したときに見つけ出した手記に記されていた内容をそのまま抜粋したものである。
手記の中には、所々何か液状のモノをこぼしたような奇妙な汚れた後が目立っており、飲み物をこぼしたようにも見える。しかし、果たして如何なる液体を紙にこぼせばこの様な異様な色を示すというのだろうか。
加えて、手記は相当昔に書かれた物らしく、劣化状況が激しい。辛うじて読める部分をここに記しておく。
『図書館の地下には、化け物が住んでいる。
図書館探検部には何時の頃からか、そんな噂がありました。
曰く、「獣みたいだった」「鳥みたいだった」「蛇みたいだった」「魚みたいだった」「甲殻類みたいだった」「蟲みたいだった」「植物みたいだった」「人間みたいだった」「いや、違うそのどれでもない」
その化け物を見たという人たちの話はどれもこれもその姿形という点では決定的なまでに食い違っていました。
共通するのは、笛を鳴らしたような甲高い「てけり・り」という謎の鳴き声だけ。
馬鹿馬鹿しい話だと。そのような化け物が現実に存在しているはずは無いと、私はずっと思っていましたです。
現実は鋼のように盤石な基盤の上にあり、我々が生きる日向の世界に怪異の住まう場所なんて何処にもないのだと、根拠もなく信じていました。
だから、この噂も全くの出鱈目で。誰かの作り話なのだろうと思っていましたです。
けれども、それが全くの間違いであると思い知ったのは、現実を侵す忌まわしい怪異との邂逅を果たしてしまってからです。
私の目の前にいるこの生物――いや、そもそも生物であるかどうかすら怪しいのですが――について、私は明確に語る言葉を持ち得ません。
なぜならば、この生き物はありとあらゆる生物学的な限界――私は生物学に精通しているわけではありませんが、彼等の出鱈目さと来たら、誰しもがそう思うに違いありません――を易々と超越しており。彼等のその奇異なる姿は、私が持つありとあらゆる語彙を完全に使いこなしたとしてもとうてい表現しきれるものではありません。
彼等のその姿は「異様なまでに肥大化した原形質の塊」とでも形容すれば良いのでしょうが、その程度の端的な表現では彼等の悍ましさ、恐ろしさをその千分の一とて表せていないように思うのです。
何とも言い難い。そう、『名状しがたい』とでも言いましょうか。彼等の姿は、まさしく名状しがたい悪夢の具現そのものでした。
彼等のぬめついた体は酷く流動的で、定まった形を持っていません。またあろうことか、彼等は必要に応じて自らの体を変化させ、ありとあらゆる器官を作り出す能力を持っているのです。体細胞を自らの意思の儘に自在に変化させ、眼球、口吻、牙、爪、触腕、鋏、指、鼻、耳、舌、エラ、ヒレ、そのほかどの様な用途に使うのかまるっきり想像も付かないような謎の器官が作り出されているのです。その形状は、どことなく先カンブリア紀に海に存在していたあの気味の悪い生き物に似ていたので、私は彼等が超古代より生息する、ある種の古代生命体なのではないかという漠然とした考えに囚われてしまいました。
もしかすると、彼等こそがカンブリア爆発の原因なのかもしれません。
あの時代に代表される無節操かつ共感しがたい理念に則って造られる各種器官は、彼等の造り出す一時的な器官によく似ていて、そこに見いだされる奇妙なまでの類似性は、とうてい無視しきれるものではありません。
私にはあの時代のダーウィンの提唱した進化論では説明できない爆発的な進化の歴史が、彼等の存在によって説明付けられる様な気がしてならないのです。
しかしその一方で、彼等が古代の生物に代表される本能というのもおこがましいような単純な行動ルーチンに従って行動しているようにはとても思えないのです。彼等は『声』――あの笛の音にも似た『てけり・り』という鳴き声――を使い仲間と会話し、協力して働いているのです。
信じがたいことに、少なくとも彼等は――あり得ないことに!!――『仲間』や『言語』といった概念を持つ人類以外の『知的生命体』なのです。
これは、明らかに霊長類に対する冒涜です。あのように汚猥な生物の存在は決して許して良いものではありません。出来ることならば撃退するか、あるいは地の底に封じ込めておかねばならない類の存在です。
何故彼等がこんな所に居るのでしょうか、誰か、邪悪な意志を持つものが何らかの悪意を持って彼等を飼育しているのでしょうか。それとも何らかの超常的な力――この様なファンタジーな表現はなるべく避けたいのですが――の介入があるというのでしょうか。それは、神ならぬ人身に過ぎない私には想像するほかない事なのですが――
ああ、あの気味の悪い声が私にあげながら、彼等が私の元に近づいてきます!! ぬめ付く触腕をうねらせて!!
や、やめるです。頼むから、やめてくださ――――――』
この手記の著者が何故、途中でこの手記を書くことを止めざるを得なかったのか。我々には想像するほか無い。喩えそれがいかに凄惨なモノであろうとも、だ。
我々が地底図書室を訪れた時は、筆者が記すような化け物の姿は何処にもなく、其処にあったのはまさしく楽園を絵に描いたような穏やか図書室だった。聞きしにまさるとはまさにあのことであろう。
ただ、その楽園にも汚点――そう、まさしくアレは汚点であった!!――があった。
図書室の所々に奇妙な汚れが見受けられたのだ。まるでペンキをぶちまけたような様子で、粘液が乾燥してこびり付いてしまったような汚れがあったのだ。
如何なる事態が発生すれば、地下道の仄暗い影に潜んでいるであろう尋常ならざる存在をそのまま色彩化したような異様な汚れが発生するというのだろうか。
私は手記の中にあった汚れとの類似性について思い至ったが、それは確信を持てるようなハッキリとしたものではなく、曖昧で漠然としていた。
あの時は、まだ。
もしかするとあれは、あの場所で起こってしまったであろう怪異に対して恐怖を抱き、それを正しく認識するまいという極めて健全な精神活動の結果であったのかもしれない。
私はその汚れのサンプルを持ち帰り、個人的なツテを使って麻帆良大学のとある人物に検査を依頼した。
すると、
『極めて原始的な構造をした細胞が乾燥したものだった。形質としてはES細胞に近いモノがあるが、あまりにも特異的だ。あと、あり得ないとは思うのだが、この細胞は明らかな可逆性を持っている。こんな馬鹿なことがあるか。一端形を固定された細胞がまた元の形に戻るという異様な性質。こんな細胞を持つ様な生き物は存在しないはずだ。現在の生物学を根こそぎひっくり返しかねない発見だぞ、これは』
という解答が返ってきた。
彼はごく一部だが未だ再生の可能性がある細胞を発見したので、この細胞を培養してみたいと私に言って来たが、絶対にそんなことをするなと厳命しておいた。結果として起こりうる最悪の可能性を鑑みるのならば、そのような事は決してするべきではないのだ。
さらに謎めいた事柄を此処に記しておこう。
私の探検隊の一員であった私の友人――ホラー小説が好きな気の良い奴で、特に20世紀初期のアメリカにおいて活躍したとある若い紳士の作品を何より愛好していた――が『少し心当たりがある』と言って、アメリカのマサチューセッツ州のとある大学を尋ねることを目的に旅行に出かけた。
一度だけ電話が掛かってきて、そのときに彼はこんなことを言った。
『見つけた!! 見つけたぞ!! あの手記に書かれていた生き物に関する記述を!! 『死霊秘法』に連中に関する記述があった。ショゴス!! ショゴスだ!! 連中は『古のもの』が遙かなる過去に作り出した、奉仕種族だ!! ああ、やはり彼が作中で語っていたことは真実だったのだ。そう!! 彼等は実在する!! 畜生畜生畜生ォ!! なんてこった!! この世に救いは――ああ、救いは無いのか!!』
彼は異様なまでに興奮した口調でそんなことをまくし立て、良く聞き取れない異界の存在じみた奇妙な名前を並べ立てた――中でも「しょごす」「くとぅるー」という名前が頻出していた――挙げ句、乱暴にその電話を切った。
普段は穏やかで心根の優しい奴だったのだが、電話口の向こうで何かにせき立てられるようにして語るその様子は、まるで精神病患者そのものであり、彼が旅行先で何をしたのか私には想像も付かなかった。
以降、彼は一切の消息を絶った。
これらの蓄積した事実から類推されるとある事柄に関して、私は明確に語るだけの勇気を持たない。
それは、決して明言してはならない類の存在を認めるに他ならない行為だからだ。
極めて一般的な常識的な理性の持ち主ならば、それらの事実か得ることが出来る結論に至ることなく、全ての事柄の一切を脳髄の奥底に沈め、封印することであろう。
私はそうだった。
私も全ての記憶に封印を施し、忘却という名の幸福の中に身を沈めたはずだったのだ。
だがしかし、その封印もこのところ解れつつある。
不気味な事件の話や急に流行り始めた噂を効く度に、封印の重石が外れ、強固に縫い止めておいたはずの扉が開いてゆくのだ。
例えばそれは、行方を眩ました友人が旅行先で何を知ってしまったのかという事に関して思いを巡らせたときであり。
例えばそれは、先日、研究等でアルビノのような白い体毛を持つハツカネズミが大量に行方をくらました事件を耳にしたときであり。
例えばそれは、最近麻帆良の学生達の中で流行っている笛の音にも似た鳴き声を上げる化け物の噂の存在を知ったときである。
もはや、私は自分を誤魔化すことが出来ない。
私が知ってしまった数々の事実。それがもたらす真実はまさしく現実を浸食する狂気そのものであり。其処に住まう人ならざるも者どもの影は、私の精神を徐々に、だがしかし確実に犯していった。
ただの人間にはとうてい抗いようのない圧倒的な悪意の権化、冒涜と背徳を重ね尋常ならざる手法によって圧縮したかのような奴らの存在を知って以来、私は眠りの神[がもたらす祝福から永遠の別れを告げた。今では酒の神[が人類に与えたもうた慈悲[によってもたらされる深い酩酊によって、現実からの逃避を繰り返す日々が続いている。
度数の高い蒸留酒[だけが私の汚染された魂[を救う唯一の術なのだ。
しかし、こんなイカれた生活とも、そろそろお別れだ。
先ほどからあの声が聞こえるのだ。
あの笛の音にも似た音が私の頭蓋の中で忌避なる反響を繰り返しているのだ。
人間が持つ――いや、生物が持つ如何なる発声器官を用いたとしても絶対に発生することなど出来ないと断じることの出来る、怖気の奔るあの忌まわしき声が聞こえるのだ。
あの声が、
あの鳴き声が!!
なんだ、あの窓に、窓に張り付く粘液は!!
糞ったれ、これか!! これなのか!!
これが、あの――――
魔導探偵、麻帆良に立つ
File11「あと ざ らいぶらりー おぶ まっどねす」
1.
さて、状況を整理してみようか。
問題解決のためには、自らがおかれている現状を正確に把握することから始めなければならない。
此処まで来るに至った経緯をなるたけ正確に見直し、その上で問題の打破を図る。
明日菜にしては珍しく、非常に論理的な考え方に基づいてそんなことを思いついた。
始まりはそもそも、魔法の本を探すことにあった。
難攻不落――間違っても図書館の説明する時に使う言葉じゃないと思う――の図書館島地下部を延々探検して。
ついに出見つけた魔法の本(らしきモノ)。
それを見つけた瞬間にトラップが発動して、見事なまでに落っこちた。
かなりの高さを一気に落ちたのだが、落下地点にクッションのようなものがあったお陰で怪我一つする事がなかった。
それは重畳なことだ。
誰も怪我をせずに無事にすんだのだ。それに勝る喜びはないだろう。
何故かは知らないが此処の地底図書室は、地下だというのに暖かい光に満ちあふれていて、その様相はあたかも人が蛇[にそそのかされる以前住んでいたと伝えられる楽園のように穏やかだ。
明日菜にはよく分からなかったが、此処にある書籍の類はどれも相当貴重なモノらしく。日本語の書籍だけではなく、世界中の多彩な言語の書籍が置いてあった。
たしかに此処は本好きにとっては楽園だろう。
特に本が好きではなくても、あるいはこの様に穏やかな場所で安らかに過ごす事ができるのならば、それは幸福なことだ。
しかし、しかしだ。
一つだけ許容できないこと――と言うよりむしろ、許容しちゃいけないようなモノが明日菜の目の前で蠢いている。
うごうごと。
「てけり・り?」
ゼリーの親玉。
端的ながら、この表現は的確にこの謎粘物の姿を実に見事に形容していると思う。
なんというか、不気味だ。
とにかく、不気味だ。
そんなのがわりとたくさん。
各々で体の色が違い、黒かったり緑だったり黄色かったりその他諸々。やはりこれからは個性の時代だと言うことだろうか。
うねうねぐにょぐにょぶるんぶるん。あんまり共感したくない謎っぽい動きでさっきから何か作業をしている。
ぶくぶくと膨らんでそこら辺に転がっている巨大な岩を持ち上げたり。
体の一部をうねーんと伸ばして――触腕?――本棚の中に本を返したり。
ごろごろと転がりながら辺りのゴミを取り込んでいたり。
体の一部を蟹みたいなハサミに変えて、木の枝を剪定したり。
どうにも彼(?)等には明日菜達に対する敵意は無いらしい。
「てゆーか。いったいなんなのよ? こいつら」
ぷにん。明日菜は近くにいたゼリーを突っついた。
「てけり・り」
微妙に癖になりそうな心地よい柔らかさがすっげぇ嫌だ。
ともかく、これ以上考えてみてもろくな発展も望めそうになかったので、このゼリーの正体については保留しておくことにする。
明日菜は周りを見渡した。明日菜以外の者立ちが今何をしているかというと――、
各々この現実に適応して、あるいは折り合いを付けて、何とかやっていた。
この異常な状況に最も早く順応したのは、以外というかやはりというか、木乃香だった。
どういう訳か、木乃香はこの不可思議粘物のこの、
「てけり・り」
という謎言語を理解できるらしく、更に木乃香の持つ独特の感性はあのゼリー達を「かわいい」と断じるとんでもねぇ代物であり。今ではすっかりとけ込んでしまっている。
アレと会話する木乃香は、なんか遠い存在に見えた。
次に順応したのが、バカレンジャーズの武闘派二人組、長瀬楓と古菲の二人だった。
流石にタフである。
というよりも、あまり深く考えてないんじゃ無かろうかというフシがあるが、これは言わぬが華。
今は二人で食料を探している。
次はネギ。
伊達に非現実の体現者をやってない。魔法使いだなんて現実離れしたファンタジーの住人だけのことはある。
「たぶん、スライムかブロッブの一種だと思うんですけど。初めて見ました。というよりも、こんなの聞いたこともありません」
とのこと。
ネギもゼリー達の言葉が理解できるようだ。
ネギの話によると、彼等は一種の精神波のようなものを使って自分の意図を伝える事が出来るらしい。魔法使いは超常的な感覚――わかりやすい言い方をすればテレパシーみたいな感じの能力――を持っているので、彼等との会話が可能なのだという。
となると、木乃香がゼリー達と会話できるのは、木乃香が魔法使いであるという事になるのではないか? と明日菜は思ったのだが、単にそっち系の才能に優れているだけだろうと自分を納得させていた。木乃香は占い研の部長でもあることだし。
ちなみにネギは今、魔法の本の解読作業に当たっている。
そして明日菜はと言えば、現状を理解することは全く出来なかったが、とりあえず受け入れるほか無いと半ば諦めていた。
現実の異様っぷりに明日菜の精神は半ば涅槃の彼方に飛んでしまっている様な状態だが、それ故に明日菜は今の状況に対応できているのだ。
実はこの明日菜の今の精神状況は、精神仏理学者の言うところの『悟り』と呼ばれる一種の独覚の状態に近しいモノがあるのだが、それはまた別の話。
最後に。なんというか、これが最大の問題だ。
即ち、
「いやーーーーーー!! ぬるぬるはいやーーーーー!!」
ぬるぬるしたものがからっきし駄目なまき絵は言わずもがな。
「何故です!! 何でこの様な通常の生命の範囲を大きく逸脱したアメーバ状の生物が明らかに知性を感じさせる行動をとることができるというのです。これはもはや霊長類に対する最大の冒涜。彼らこそは不浄の塊。淫猥なる汚物です!!」
成績悪いくせに下手に頭が良いがいいもんだから状況を理解しようとして、とんでもなくメダパニってるバカリーダー夕映。
さっきからメモ帳に何かを執拗に書き続けているのは、多分、自分の正気を保とするためだろう。
双方ともにSAN値の減少が激しいご様子。
――SAN値ってなんだろう?
現状確認終了。
どう頑張っても問題解決の糸口は見つかりそうにない。
頭に「バカの考え休むに似たり」ということわざが浮かんだが、全力で無視する。
ため息をついて、明日菜は木乃香の元へと行った。
「あ、明日菜。どしたん?」
「いや。なんかいろいろと疲れちゃって。つーかアンタもいい加減タフよね」
偶に思うのだが、木乃香は実は大物なのではなかろうか。
この様な状況でも、いつものように木乃香はにこにこと笑っている。お日様のように温かなその笑顔は明日菜のささくれ立ってしまった心を和ませ――、
「てけり・り」
――無かった。
肩に鎮座した手の平サイズのピンク色をした小さなゼリーの塊が、てけりと鎮座しているのが諸悪の根元だと思われる。
ちっちゃな目玉をくりっと生成して、小動物的な仕草で悍ましく蠢いている様はとっても素敵にグロテスクだ。
「てけり・り」
つぶらな単眼と目があった。
「ううっ」
明日菜は目をそらした。
直視するには些かどころではなく辛いモノがある。
なるたけ意識を向けないように努力しながら木乃香との会話を続ける。
しかしまあ、何というか――
「いつの間にかホントに仲良くなっちゃってるのね」
「うん。名前も付けたんよ」
「へー、何て名前?」
「沙耶」
ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
その名前を聞いた瞬間。吹いた。
何故か知らないけれど、とてつもなく嫌な予感がした。
やばい。その名前だけは絶対にやばい。直感的に。
「明日菜? どしたん?」
「ゲホッ。ゴホッ。ゲホ。いや、良くわかんないけど、その名前だけは止めといた方がいい気がするわ」
なんというか、愛で世界を侵しちゃいそうですっげぇ嫌だ。てゆうかあれはショゴスじゃないし。
「あ、あれ? なんだろ? 変な電波が――ともかくその名前だけは止めといたほうが良いと思う」
「えー。なんでやのん? かわええやん」
なー。といって肩に鎮座するゼリーに同意を求める木乃香。
てけり・りー。といって同意してるゼリー。
カオスな光景だ。ドイツ語っぽく言うならケイオス。
いや、人類と人類以外の知的生命体の第一種接近遭遇という、もしかするとトンでもなく価値のある光景なのかも知れないけれども。
「や。もう良いわ。好きになさい」
再び頭を抱えて、明日菜はその場にへたり込んだ。
なんか。どっと疲れた。
と、そんな気の抜けるある意味狂気な会話を展開しているところにネギがやってきた。
「明日菜さん。ちょっと手伝ってください」
「ありゃ、どしたん。ネギ君」
ネギは小さいからだいっぱいに資材を抱えている。
後ろにはゼリー達が付き添っている。各々が黒板やらチョークやら机代わりの箱を持ち上げてうごうごとなにやら準備を始めている。
どういう訳だか、授業で使っているテキストまである。
「どしたの。ネギ?」
「えっと。脱出ルートも見つかりませんでしたし、救助を待つ間の時間を無駄にするわけにもいきませんから、これから授業を始めようかと。
あと、さっきまでは魔法の本についていろいろ調べてみたんですけど――」
「何かわかったの?」
「いえ、殆ど何も。僕は古代アラビア語は読めませんし。いつも授業で使っている教科書の類は全て揃っていましたけど、古代アラビア語の辞書ともなると流石に見あたりませんでしたから、翻訳も無理でした」
それと、と小さく付け加え、ささやくようにして明日菜に告げた。
「あれは魔法書ではありません。多分――、いえ。間違いなく魔導書です。厳重な封印魔法が施されていますが、それでもいくらか『漏れて』います」
「――あのさ。一つ気になるんだけど魔法書と魔導書の違いって何?」
「えっと、僕もあまり良くは知らないんですけど。
魔法書というのは簡単です。その中に書かれているのはかつての魔法使い達が編み出した秘技や魔法についての指南書だったり、解説書みたいなもので、大変貴重な資料であることが多いんですけど。
魔導書は、魔術師[っていう魔法使い達とは異なる秘術体系を使う人たちが使用する魔法発動媒体――僕ら魔法使いで言うところの杖の様なものなんですけど。その中に書かれているのは尋常ならざる外道の知識の集大成だとか。読むだけで気が狂ってしまう世界の悪徳を文章化した、本来ならば有ってはならないはずの禁忌とか言われてます」
「仰々しい限りね。つまり、その魔法の本――じゃなかった魔導書は、全く役に立たないってこと?」
「そう、ですね。役に立たないって事は無いでしょうけれど。使わないに越したことはないでしょう。魔法使いが魔導書と使う――これは正式な契約を果たすという事ですけど――と『偉大なる魔法使い<マギステル・マギ>』になる権利を剥奪されちゃう事もあるんで。
出来ることならこの場で焼却処分する事も考慮しておいた方が良いんでしょうけど――」
多分、普通に火にくべただけじゃ、燃えないでしょうね。
ネギは真剣な表情で言った。
難解な説明だったが、何となくあの本が危険な代物であると言うことだけは辛うじて分かった。
ファンタジーな出来事に関してはネギの方が断然詳しいので、此処はネギの意見を受け容れるべきだろう。
しかし、そうなると――、
「結局。此処まで来たのは無駄だったってこと?」
「そうなります。勉学に楽な道はないって事ですよ。きっと。
さあ。と言うわけで今から勉強を始めます。皆さんあつまってくださーい!!」
何時のまにやらゼリー達が黒板と机をセットしていた。
いい汗かいた的な仕草で額――のように見えなくもない場所――を触腕でぐいっと男らしく拭った。
ゼリーのくせに人間くさい動作をする連中だ。
いや、そもそも汗をかくのだろうか。こいつらは。
「どうしたアルかー、ネギ坊主」
「何か用でござるか?」
古菲と楓の二人が、明日菜達の方に向かってやってきた。
今この場にいるのは、ネギ、明日菜、木乃香、古菲、楓だ。
「てけり・り」
――あと、沙耶を始めとするゼリーがいくらか。
メンバーが二人ほど足りない。
「あれ? 夕映さんとまき絵さんは?」
「ああ。あの二人なら、ほれあそこに」
といって、楓が指さした方を見ると。
膝を抱えてガタガタと震えてながらぶつぶつとなにやら呟きながら延々何かを書きつづっている夕映と、なんだか虚ろな瞳でボーとしているまき絵がいた。
双方ともに、何か超えちゃイケナイ一線をまたいでしまったよーに見えるのは果たして気のせいだろうか。
「うあー。ちょっと手が付けられなくて放置している間にとんでもないことになっちゃってるわね」
「そう心配することも無いでござるよ。アレは一種の精神の防衛反応のようなものでござるから、ちょっと強めの衝撃を与えればすぐに元に戻るでござる」
にんにん、楓が続ける。
「そうなんですか? じゃあ、誰か二人を迎えに行ってあげてください」
誰か。と言ってきちんと指名しなかったことが仇になった。
真っ先に返事をしたのは、
「てけり・り!!」
ゼリーだった。
ネギに付き添っていたゼリーの内の一体が、異様なまでに俊敏な動作で駆けだした。
さっきまで足なんか何処にもなかったというのに、馬の脚[を生成[して、パカラパカラ。一目散に二人の元に走っていった。
微妙に鼻息が――わざわざ鼻の穴まで生成して――荒いのは決して気のせいではない。
「あーあ。ネギ。あの二人がまたおかしくなったらアンタのせいだからね」
「えぇっ!! 僕のせいなんですか?」
確かに僕に責任があるかも知れませんが。とか何とかネギが言っている内に、ゼリー達がまき絵と夕映のすぐ側まで駆け寄る。
そのまま、プルリとした体からうにょーんと触腕を作り出し、うねーんうねーん。一種の劣情が編み込まれたようなとってもいやらしい微妙な動きを始めた。実にキモい。
「てけり・り~!!」
蛇が獲物を捕らえるときのような、壮絶なまでのスピードを無駄に発揮して、触腕が宙を奔った。
「へ?」
始めに触腕の魔手に掛かったのは、惚けていたまき絵だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
即座にまき絵その場に持ち上げられた。触腕は割と力強いようで、まき絵は必死になって足掻いているが、触腕の拘束から逃れる事は出来ない。
その異様な光景を隣で見ていた夕映が即座に下した判断は、
「三十六計なんとやらです!!」
逃亡だった。
ほれぼれするぐらいスマートにまき絵を見捨てた。
「うあ!! ゆえ酷い!!」
「無茶言わないでください!! そんな不条理存在に対抗する術なんて――あべし!!」
有象無象の区別無くゼリーの触腕は許しはしない。
きっちりと足を触腕に拘束されてしまった夕映は、その場で鼻っ柱を思いっきりぶつけた。
その拍子に、手に持っていた手帳が何処か遠くに飛んでいった。
「てけり・り」
甘いぞ小娘。そう言わんばかりに、ゼリーが触腕の先っぽの指をちっちっちと振った。
「うひゃぁ!!」
そのまま故は持ち上げられ、その場で四肢を拘束されてしまう。
「ああ!! 微妙に人肌っぽい温度なのが滅茶苦茶気持ち悪いです!!」
「てけり・り」
むふー。ゼリーが気をよくしたのか鼻息を吹いた。
そのゼリー状の体から更に無数の触腕を生成。最早イソギンチャクに見紛おうばかり姿に成り立てたゼリーは、貪欲にもその触腕を二人の体の上に奔らせていく。
「おー、なんか二人がエロい事になってくアルな」
うねうね。足首手首は当然のこと、まるで植物の蔓のようにふくらはぎから太股に欠けてをぐるぐると拘束し、さらにその拘束の度合いを高めてゆく。
そこからが本番だ。触腕が乙女ならば殿方が居る前では絶対に取ってはならないような、非常に背徳的なポーズを強制する。その道のプロ――どんなプロかはさておき――がみれば絶賛するであろうある種の芸術の領域にまで高められたその姿は、ある意味すげぇ素晴らしい。
更に、二人の健康的な白い肌の上に、非常に高い粘性を誇る濁った液体がでろりと流れる様と言ったらもう筆舌に尽くしがたいことこの上ない。男の下っ腹をがっつんと直撃するある種の暴力的な何かが其処にはある。
あるいはそれは、エロスとタナトスの狭間にのみ存在する究極的な理性の解放[を体現しようとした求道者の一つの解答なのかも知れない。
「………………」
「あれ? ネギ君。顔が赤いで?」
ネギ・スプリングフィールドは男の子ぅ♪
「おー。ああーあーあーあーあーー。うーわー。あんな大胆な事までやっちゃうアルか」
「む。アレはもしや四十八手の一つ乱れ牡丹でござるか!!」
顎に手を当ててなにやら納得するかのように楓がコメントした。つーか何でそんなこと知っているのか中学生。
「コラそこな武道派二人組!! 呑気に感想漏らしてないで、助けてよ!! うわ、うわわわわ!!」
さらに扇情的なポーズで体を固定されるまき絵。
「無理でござる」
さらっと。
「なんか酷い解答がーーーー!!」
「そいつ等はどんな攻撃でも大抵無効化してしまうでござるから。――拙者に言えることは一つ」
コホン。楓がため息をついて続けた。
「イキロ!!」
「それは私たちのことを見捨てたとみていいですね!? ちょ、ちょっと其処は拙いです。つーかマジ洒落になってねぇです!!」
顔を真っ赤にしながら夕映が叫んだ。
何処がどうなって何が拙いのかは女の子の秘密。
「てけり・り!!」
二人の叫びに気をよくしたのか、これで仕上げだと言わんばかりに、触腕が一気にその勢いを増してゆく。
今の今までノータッチであった二人の胸に向かって触腕を伸ばす。
二人の胸の中央でクロスさせ、彼が信じる究極の美を完成させる為に。
情熱的で荒々しい、けれども繊細と優美さを兼ね備えた妙なる動きでもって胸を強調させる様な格好で固定しようとして、
「…………てけり・り」
突如としてその動きを止めた。
その声には、あらゆる失望と絶望が内包されていたように聞こえる。
以下は近衛木乃香嬢による翻訳である。
『…………壁が、壁があったのだよ。何ものも決して越える事が出来ないであろう究極の壁だった。
私は思った、私の手でこの壁を越えてやろうと。私はその壁を越えようと持ちうる全ての叡智と技術を使った。
だがしかしその壁はあまりにも平坦すぎた、私の触腕ではとうてい掴みとることが出来なかった。そう、あまりにも平坦すぎたのだ。
私が求めた至高の芸術は、彼女たちで実現することは出来いのだと。私の理想は、彼女たちで実現することは出来ないのだと思い知らされたよ』
以上。
「あ、今なんかすっごく馬鹿にされた気がしましたです」
「偶然ね、ゆえ。私もよ」
夕映とまき絵が額に怒りの十字架を浮かばせて言った。なんか直感的に意味を理解したらしい。
「てけり・り」
落胆隠しやらぬ動作でゼリーがまき絵と夕映をネギ達の元へと連れてきて、解放した。
ちらり、とゼリーが目を生成して二人を見た。
「てけり・り~」
一度だけため息をついて、何処へとも無く去っていった。その背中(?)が哀愁に焦げ付いていたのははたして気のせいか。
『ぶっちゃけ、ナイムネだったのだ』
彼の最後の台詞が、ネギにはそう聞こえた。意味はよく分からなかったが。
2.
「では、授業を始めますよ、テキストの43ページを開いてください」
紆余曲折の果てに、授業が始まった。
とにもかくにも今は勉強である。テストまでの時間を無駄に過ごすわけにはいかないのだ。
テスト結果如何では極めて屈辱的な未来が待ち受けているのだから。
皆が机――代わりに持ってきた箱――を並べ、真剣な表情でネギの授業を聞いている。
ネギは、いつもこれくらい真面目に授業を受けてくれればと思いながら授業を続ける。
「えーと、じゃあこの問題分かる人いますか?」
ネギが黒板に数式を書き、挙手を求めたが、手を挙げたのは木乃香だけだった。
ネギが木乃香以外の生徒達を見ると、皆が目をそらして明後日の方向を向いた。
いや、木乃香以外にも手(?)を挙げているのがいた。
「てけり・り!」
木乃香の机の上で沙耶が触腕をあげていた。ちっちゃなメモ用紙の上に鎮座して半ば自分の体に取り込むような形で鉛筆を握っている。
「………………じゃ、じゃあ沙耶さん。どうぞ」
以外に素早い動作で沙耶がネギの元まで近づいた。ネギは足下にやってきた沙耶を手の平の上に置いて、チョークを渡す。
沙耶が触腕でチョークを掴んだ。
かかかか。実に小気味の良い音を立てて、実に不気味な生物が、あろう事かアラビア数字を黒板に書き込んでいる。
シュールな光景だ。
「てけり・り」
沙耶が満足げに呟く。
その解答を見て、ネギは言った。
「せ、正解です」
「「「「「なにーーーーー!!」」」」」
粘物に負けた人類の負け惜しみっぽい悲鳴が聞こえた。
ちなみに悲鳴を上げたのは、木乃香以外の五人。即ちバカレンジャーであることは言うまでもない。
「沙耶は賢いなぁ」
「てけり・り」
木乃香が嬉しそうに沙耶の頭(?)を撫でる。褒められて喜んだ沙耶がその場でぽよぽよと跳ねた。
遠目に見れば微笑ましい光景なのだが、その周囲で、硬直している五人の心中は穏やかではなかった。
それはそうだろう。
彼女らにだってプライドがある。
流石に、粘物に負けるわけにはいかないのだ。
なんつーか人類として。
先ほどとは比べモノにならない程の集中力を発揮してバカレンジャーが授業に集中し始める。
半ば殺気が混じっているように思えなくもないそれらに気圧されながらもネギが授業を続行していると、
「ぬぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!! あのアマぁ舐めたことしくさってからに!! 何時か絶対ぶっ殺す!!」
割と不穏当な叫び声が天井の方から聞こえてきた。
「へ?」
誰もが呆然としている中。上から落っこちてきたそれは水面にぶつかった。
ビッターン!!
ボチャンでもドポンでもなく、ビターン。
すさまじい波飛沫が地底湖に飛び散った。
「うあ。今、真っ正面から水面に落っこちたわよね」
「うーむ。アレは痛いでござるよ」
「あー、何か浮かんできたよ。どうするの? あれ」
「動かないアルな。もしかしたら気絶しているかも知れないアルよ」
「最悪死んでいる可能性もあるです」
今の落下の仕方ではそんな悲惨な結果も無いとは言えない。
「と、とりあえず助けましょう」
悪い予想を振り払うように、ネギが授業を中断して辺りのゼリーに救出を頼んだ。
黒いスーツの上に黒いコートを着込んだ青年男性がゼリーの手によってネギ達の前に連れてこられた。
到着と同時にゼリーはベッドのような形になって自らの上に青年を横たえた。
とりあえず生きていた。単に気絶しているだけのようだ。
「…………なんで九郎がこんなところに?」
「知り合いアルか、ネギ坊主?」
「ええ、前に学園を案内したことがあるんですよ」
それにしても情けない表情で気絶している。
なまじっか顔の造形が整っている分、なお酷い。
「てけり・り!!」
「あ、沙耶。どしたん?」
突然沙耶が、木乃香の肩から九郎の胸元へと飛び降りた。そしてその場でスタンピングを開始した。
数回ほど沙耶が九郎の上で跳ねると、九郎が身じろぎを始めた。
「う~~ん」
気絶していた九郎がうなり声をあげる。
「あ、九郎。目を覚ました?」
「ん? あれ? その声はネギか……。えっと俺は――――そうか落っこちたんだよな」
「うん。いきなり落ちてきたからびっくりしたよ。それで、九郎はどうして此処に?」
「ああ。ネギのクラスの生徒から救助を依頼されてな。それで助けに来たんだけど――」
そこまで言ったところで、九郎は胸元に居る沙耶の存在に気が付いた。
「てけり・り」
しゅびん。沙耶が触腕を伸ばして九郎の視線に答える。
「てけり・り」
更にベッドになっていたゼリーが、自分の上に横たわっているモノの様子が気になったのだろうか。
触腕を生やして伸ばして、その上触腕の先に目玉をぐう゛ぉんぶりょぶりょと生成して、九郎を見やった。
半透明のゲル状の肉塊の中に眼球が蠢く様は見るモノの生理的嫌悪感を触発する事受け合いだ。
起き抜けに見るにはちょっとどころで済まないであろうグロい光景に、何の覚悟もしていなかった九郎は、
「――――――きゅう」
再び気絶した。
まあ、仕方がないと言えば仕方がない。
あんなモンのドアップ受けた日には、健常な精神の持ち主ならば気絶てしまっても何の不思議もない。
むしろそれが自然な反応と言うべきか。
――しかしながら。
救助に来た人が、救助しようと思っていた人々に助けられて、あまつさえ再び気絶してしまうだなんて締まらない話ではないか。
「なんだか頼りないなぁ」
まき絵のその台詞は、この場にいる皆の心情を代弁していた。
File11「あと ざ らいぶらりー おぶ まっどねす」………………………Closed.
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