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File12「魔導探偵と魔法先生」 投稿者:赤枝 投稿日:06/12-23:43 No.726


0.


「と、言うわけでだ。俺は君たちを助けに来たんだが――」

 気絶から回復した大十字九郎が子供達の前で宣言するように言ってのける。

「ぶっちゃけ、今のところ脱出路は確保出来てないんだな。これが」

 じゃあアンタ何しに来たんだ的な視線が、九郎に突き刺さった。

「………………………」

 地味に攻めるようなその視線に耐えきれず、九郎はふいと目をそらした。


魔導探偵、麻帆良に立つ

 File12「魔導探偵と魔法先生」


1.

 拝啓。
 天国のお父さん、お母さん。お元気ですか。
 俺は――いろいろと問題は山積みですが、とりあえずは元気です。
 探偵業はとても順調とは言えませんが、何とかやってます。
 今回は知り合いから人を捜すように依頼を受けて――受ける前も受けてからも――いろいろと酷い目に遭いました。
 ただ働きだわ、腐れ縁の怨敵と出会うわ、穴から落っこちるわ、見つけ出した子供達からは冷たい目で見られるわ、散々です。

 そして今日。子供達は大人が思っているよりも現実主義であると知りました。
 自分が役立たずだと言外に言われるのがこれほど辛いとは思ってもいませんでした。

 最近の子供達は殊更にシビアです。

「てけり・り」

 ぺらっ。

 天を仰いで涙をこらえ、大十字九郎は胸中で現状というか自らの立場というか自分の存在意義を嘆いた。

「とほほ……」

 シャツとスラックスというラフな格好になった九郎は、最近急激に下降しつつある自分の信頼とか信用とかをどうやって回復させようかと悩み、頭を抱えた。

 ちなみに水に濡れてしまった上着とコートは、そこいらに生えている木の枝に引っかけて乾燥中である。
 今の九郎の格好では、腰裏につってあるホルスターとそこに収納している二丁拳銃も丸見えになってしまうので、それらはホルスターごと見えないようにコートの内側に隠してある。

 流石に法治国家日本においてあの手のブツを堂々と人前にさらすわけにはいかない。九郎としても警察にお縄を頂戴されてしまうような展開は避けたいのだ。
 アーカムシティなら警察にご厄介になったとしても覇道財閥のツテでなんとかなるが、流石にこの国でそのようなコネを持ち合わせてはいない。
 学園長が何とかしてくれるような気もするが、あまりあの人に借りを作りたくない。
 なんというか、後々酷い目に遭いそうな予感がする。

 それに何より、九郎は元々トラブルには巻き込まれやすい体質――大抵は自業自得だが――なのだ。なるたけトラブルは避ける方向性で。

「ま、うじうじしても仕方ないか」

 現状打破には行動あるのみである。
 じっとうずくまっていても解決の糸口が見つかることなどあり得ない。解決の目処が立たないならば、とりあえず行動して、事態の変容を無理矢理にでも起こすべし、である。
 現状が悪化するか好転するかはともかくとしても、状況の停滞だけは避けるべきなのだ。

 出口を探さなければにっちもさっちもいかない。並行して『アル・アジフ』の断章も探そう。ネギ達の内の誰かが持っているかも知れない。

「てけり・り」

 ぺらっ。

 とりあえず、行動を起こすにあたって九郎は魔導書――ネクロノミコン新釈――だけは持っておくことにした。
 図書館なのだ、別段本を持ち歩いていて不思議はないだろう。

 魔術師[マギウス]が魔術を行使するには幾通りか方法があるが。代表的なのは、単純に自身が取得済の魔術を行使する場合と魔導書を参照しながら魔術を使う場合だ。
 一般に魔術師[マギウス]の位階が高いほど、魔導書無しでも高位の魔術を行使することが出来るのだが、九郎は諸々の理由により、位階は高い割に単体で行使できる魔術が異様なほどに少ない。
 九郎とて、こちらにやってきてからの一年間研鑽を重ねてきたが、魔術とは類い希なる才能と、不断の努力を以てしてしても、早々にマスターできるような甘っちょろいモノではない。
 元より持ちうる才に加え、魔導の暗黒に耐えうる精神を持ち、邪悪なる真実を知りながらそれでもなお世界の悍ましき神秘の数々を解き明かそうとする求道心。更にはそれを継続する事が出来る者こそが魔術師[マギウス]たり得るのだ。

「てけり・り」

 ぺらっ。

 無視する。

「つっても、魔術を使うことは無いだろうけどな……念のためだ」

 ネギはともかく他の子達の前で魔術を行使するのはマズい。学園長から一般人には魔術や魔法の存在を隠しておくようにと言われている。
 雇用主の意見に逆らうとろくな目に遭わないと言うことを九郎はよく知っていた。
 ホントに知っていた。
 身にしみて知っていた。
 下手をすれば、皮膚が腐れ落ち爪が剥がれ涙枯れ悲鳴木霊する地下の強制労働施設に放り込まれるのだ。覇道のお姫様は恐ろしい方だ。やると言えばマジでやる娘なのだ。
 
「てけり・り」

 ぺらっ。

 なるべく足下を見ないようにして、辺りを見回す。あくまで、足下を見ずに。

 如何なる魔法によるものか、地底深くにあるこの様な場所には、温かな春の日差しにも似た陽光が降り注いでいる。日溜まりとはこの様な場所のことを言うのだろう。
 閉鎖された空間であるはずなのだが、涼やかな風の流れがある。頬に感じる風の流れは何処までも爽やかだ。
 床から天井までを支える木はどれほどの歳月を閲しているのであろうか。相当な高齢であろう事は想像に容易いが、それでもなお老いることなく生命力に豊かに枝を伸ばしている。枝の端には、新芽が芽吹いていて、新緑の力強い色合いは春の到来を予感させた。
 更に、木々の隙間、本棚の間をすり抜けるようにして流れる小川のせせらぎは、訪れた者の心を和ませる優しい音階を奏でていおり、透き通った水は火を通さなくてもそのまま飲める事は容易く想像できる。試しに水面に触れてみれば、柔らかな冷たさが其処にあった。

「てけり・り」

 ぺらっ。

 気にしない。

 図書館だけあって、そこかしこに本棚があるが、並ぶ順序はてんで出鱈目だ。
 九郎は本棚の中並べられていた書籍にざっと目を通す。

「おいおい……マジかよ」

 ただの稀覯書もあれば、魔導書も極々普通に置かれている。
 ざっと見ただけでも、『錬金術の鍵』『探求の書』『化学法典』『失楽園』『錬金術研究覚え書き』など様々な魔導書が並んでいる。九郎が閲覧したことのある書もあれば、名前も知らないような書も並んでいた。
 どういうわけか、錬金術関連の書物が目立つ。

「てけり・り」

 ぺらっ。

 ハブる。
 
 ただ、九郎の第六感には特にこれ言って引っ掛かるモノはない。
 おそらく、危険な魔導書はおいていないのだろう。

 だがしかし、ここまで魔導書が揃っていると、誰がどの様な理由で魔導書を蒐集したのかという疑問が噴出してくる。
 知は力なりという思想を持つ魔術師[マギウス]が魔導書を集めるのは自然なことである。

 魔術の威力はその魔術師[マギウス]が持つ知識量に大きく影響される。もちろん、多くの知識を持っている程、魔術の精度や威力は向上する。魔術師[マギウス]が更なる位階に到達するために、あるいは新たな魔術や新たな知識を身につけるために魔導書を手に取ることは決して珍しいことではない。
 九郎もミスカトニック大学秘密図書館にてよく閲覧する――稀に持ち出し許可も下りる――かの高名な『死霊秘法[ネクロノミコン]』であろうとも、あの一冊で全ての事象を網羅している訳ではない。
 『死霊秘法[ネクロノミコン]』の中ではアブドゥール・アルハザードが意図的に削除した、もしくは翻訳の過程で記述が削られたとされる禁断の知識が、『エイボンの書』に記されているというのは神秘学者[オカルティスト]の間では有名な話である。
 だから、魔術師[マギウス]はなるべく多くの魔導書を蒐集する。
 魔術師[マギウス]元々には蔵書狂[ビブリオマニア]のきらいが強い者が多いのもその一因だ。

 事実、魔術師[マギウス]同士の争いでもっとも多いのが、魔導書の奪い合いを原因とするものだ。基本的に、等価交換だなんてそんな生っちょろい理論が通じる様な紳士的な輩は極々少数であるため、諍いが起こるのは決してめずらしいことではない。
 九郎もこの一年間、様々な魔術師[マギウス]たちと争ってきた。
 九郎とはいろいろな意味で因縁深い『妖蛆の王[ワームロード]』ディベリウスや宿敵『聖書の獣[ザ・ビースト]』アレイスター・クロウリーなど、『アル・アジフ』の断片を持つ魔術師[マギウス]たちとの闘争を繰り広げてきた。
 お陰で随分といろんな場所で恨みを買った。悪名も付いたが、そんなものは大事の前の小事だ。『アル・アジフ』を悪用される事を思えば、それくらい何でもない。

「てけり・り」

 ぺらっ。

 我慢。
 
 だがしかし、此処は魔法使いの街、麻帆良だ。そんな場所でこんな大量の魔導書が保管されているのは些か不自然である。
 魔法使い達は魔導書を嫌う。より正確に言うならば、魔術に関わるもの全般を嫌っている。
 なのに此処には魔導書が大量に保管されている。これほどの量ともなれば「偶然集まった」などという惚けた解答ではとうてい納得出来ない。
 となれば、此処を造った――あるいは、利用していた人物は魔術に興味を持っていたことが伺える。その人物が何を企んでいたかは知らないが、何かを研究していたのだけは恐らく間違いない。
 多分、錬金術関連。となると通常の工業的手法では生成できない特殊な金属類の精製に――

「てけり・り」

 ぺらっ。

 ――もうダメだ。

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! せっかく人が気味の悪い現実つーか悪夢の具現というかむしろ猥雑な粘物を必死になって無視しようとしているのに、何で無理矢理気づかせようとするか!! つーかなんでショゴスがこんなトコに居るんだ!! しかもいっぱい!!」

 唐突に、九郎が力一杯叫んだ。
 必死になって図書館内部に蠢くショゴス達の存在を無視しようとしたが、南極地下もかくやと言わんばかりに視界の中で不気味に跳梁跋扈するショゴス達の存在を忘れ去ることなど不可能だ。

 彼等の存在感と来たら下手すれば発狂しかねないほど強烈なモノがある。
 そもそも無視しようなどと言うどだい無理な選択肢を選んでしまったこと自体が九郎のミスなのだが、気持ちは分からなくもない。誰が好きこのんでこんなうねうねを相手にしようものか。

「てけり・り?」

「そこ!! 『なにを言ってるんだろうこの人はー』的な仕草で無邪気に首を傾げるんじゃない!!」

 隣で積み重ねた書籍の上で本を読みふけるピンク色したちびショゴス――沙耶――に向かってびしりと指を突きつけながら九郎が言った。
 ちなみに沙耶はあの後バカレンジャーズとともに勉強していたのだが、その内どうも物足りなくなったらしい。そして今は一人でお勉強中だ。
 積み上げている書籍は沙耶が読破した書籍だ。
 その中には『暗号論[Traite des Chiffres]』やら『銀の鍵に関する考察』やら『大いなる秘法[Ars Magna et Ultima]』やらが積んである。

 ちなみに沙耶が今読んでいるのは古びた羊皮紙を革ひもで閉じた、珍妙極まる植物と不気味な裸の女性の挿絵の入った書物、『ヴォイニッチ写本[Voynich Manuscript]』だ。

「………………や。お前がそいつ等読むといろいろ洒落にならないからやめな?
 つーかお前。ヴォイニッチ写本[それ]読めるの?」

「てけり・り」

 自信満々に沙耶が頷いた。なんかもーいろいろダメダメだった。

 1912年にイタリアで発見されて以来、未だに読まれていない書物として有名なヴォイニッチ写本。
 いろいろと謎の多い書物だ。著者オリジナルの言語によって記されているため、その内容は殆ど分かっていない。
 暗号解読のプロフェッショナル達が集まって協議したこともあったが、それでもヴォイニッチ写本の内容は明らかにされなかった。
 とある小説家はこの書こそが『死霊秘法[ネクロノミコン]』の写本であると主張している。そう言った意味では九郎と縁の深い書ではあるが、その辺の是非は今のところ不明だ。
 世界でもっとも謎めいた書物とも呼ばれ、「この写本を解読しようと試みるものは皆、人生の貴重な時間をまったく成果のない調査に費やすことになるであろう」とまで言われている。
 今はその原本はエール大学のベイニック・レアブック図書館に保管されているはずなのだが、何故こんな所にあるのだろうか。
 見たところ羊皮紙の状態も相当の年月を経ているようだ。どう見ても近年写し取られたモノのようには見えない。

「……もしかして」

 九郎の頭の中にいやーな想像が駆け巡った。

「こっちが本物で、エール大学のほうにある奴のが偽物ってこたぁ無いよな……」

 触腕を器用に使って頁を捲る沙耶の姿に、九郎の胸中には沸々と不安が沸き上がる。

「九郎。どうかしたの?」

 九郎と沙耶の元に先ほどの九郎の魂の雄叫びを聞きつけたネギがやってきた。麻帆良女子中学のブレザー――明日菜のものだ――を羽織り、手にはネギの背丈を超えるいつもの杖を持っている。その表情は軽い怪訝の色があった。
 九郎は先ほどのとんでもない考えを振り払いながら、ネギのほうに向き直った。

「ん? いや。何でもないよ。それよりネギ、授業のほうは良いのか?」

「ああ、それでしたら」

 そう言って、ネギは先ほどまで授業をしていた場所を見やった。九郎もつられてそちらのほうを見る。

「…………これまた酷いな」

 ショゴスベッドの上で頭から蒸気を吹き出しそうになって倒れている五人組がいた。
 色はそれぞれ、赤、黄、青、桃、黒、だ。実にカラフルでサイケデリックである。
 過剰な色彩が目に痛い。
 
「あ、頭が。脳が溶ける~」

「このベッド、冷たくて気持ちいいアルなー」

「むぅ。身を任せてしまいたいような、けれどもそんなことをすれば人としての大事な何かを失ってしまいそうな、微妙な感触でござる」

「ぶ、ぶにょぶにょ……うねうね……ぬるぬる……嫌だけど、嫌だけど。き、気持ちいい」

「もー、どーとでもなれです……」

 五人が五人とも今にもエクトプラズムでもはき出しながら、今にも死にかねない勢いで各々のショゴスベッドに突っ伏している。

「……死屍累々って感じだな。つーかみんな適応力高いな。普通の人間なら発狂したって不思議じゃないシチュエーションだぞ。あれ」 

「何のかので皆さんタフですから。
 それに、そんな余裕無いんじゃないかって気もします。皆さん沙耶さんに触発されて相当頑張りましたからね。集中力は普段の授業と比べるとまさしく雲泥の差でした。
 ……まあ、お陰でちょっぴりオーバーヒートしちゃったみたいで。だから今は休み時間です」

「あーゆーのも知恵熱って言うのか? ――そういや一人足りないな。学園長のお孫さんは何処いった?」

 九郎が辺りを見回してみるが、動くものといえばショゴスばかりで、木乃香の姿は何処にもなかった。

「木乃香さんの事ですか? 木乃香さんは今皆さんのご飯を作っています」

 ご飯。という単語に九郎の目が輝く。効果音を付けるならギュピーン。

「ほほう。飯とな」

 その輝きはまさしく飢えた猛獣か、あるいは猛禽のそれに似ていた。あたかも物理的な質量を持っているかのような九郎の眼光がネギを射抜く。
 ネギの背筋に悪寒が奔った。

「は、はい」

 半ば気圧されつつネギが返答する。

「もちろん俺の分もあるよな!! 『役に立たん大人にはご飯はないで。どうしても言うならぶぶ漬けでもどないです?』みたいな上品なんだか辛辣なんだかよく分からない事言って俺のこと虐めたりしないよな!!」

「…………は?」

 しばし呆然とするネギ。少しばかり被害妄想も入っているような微妙に情けないことを力一杯主張する九郎にどう対応すればいいのかと思い悩みつつ、

「木乃香さんはそんなこと言いませんよ。優しい人ですし。ちゃんと九郎の分も用意してますよ」

 と、答えた。
 その答えに気を良くした九郎が、実に爽やかな笑みを浮かべる。

「そうかそうか。ならいいいんだ。なら。でも、手作り料理は久しぶりだなぁ。ここんところ外食か弁当かカップ麺ばっかりだったし」

「九郎は自分でご飯造らないの?」

「はっはっは。ネギ、それは『九郎はボウフラと蛆の養育槽をつくらないの?』と聞くのと同義だぞ?」

「……片付けぐらいきちんとしようよ。九郎」

「しようしようと思ってる内に蟲が湧くんだ。夏場とか悲惨だぞ。異臭がするんで排水溝の蓋を開けてみるとだな、排水溝の壁にびっしりと蛆虫が――」

「止めて九郎!! ご飯の前にそんな話聞きたくない!!」

 目尻に涙なんぞ浮かべながら耳を塞いでネギが叫ぶ。どうも九郎の話した光景をイメージしてしまったらしく微妙に顔色が悪い。
 その光景を面白そうに眺めていた九郎が、ふとネギが持っている杖に目をやった。

「――ん?」

 何故か。九郎はその杖が少々気に掛かった。

 どことなく暗い波動。酷く微細であったが、これは――

「そーいや、ネギ。お前魔法使いだったよな」

「はい。そうですよ」

 それがなにか? とネギがきょとんとした顔で尋ねる。

「いや、その杖なんだがな――ちょっと見せてくれないか?」

「え? どうしてです?」

「何となく気になることがあってな。なーんか引っ掛かるんだ……」

 ネギの顔に逡巡が浮かぶ。
 魔法使いが、自分の杖を易々と誰かに渡すというのは、あまり褒められたことではないが……

「すぐに返してくださいよ?」

「わーってる」

 ネギは九郎に杖を渡した。
 九郎の背丈よりもほんの少し短いが、この長さは子供が扱うには些か大きすぎる。
 どう見ても、大人用だ。

「この杖は、僕の父さんからのお下がりなんです」

 なるほど。九郎は頷きながら杖を観察する。
 九郎は杖を焦点の合わないうつろな目――霊的視覚に重きを置いているためだ――から放たれる曖昧な視線が、杖の表面を撫でゆく。
 この世ならぬものを見る、第三の目[グラム・アイ]とも呼ばれる霊的視覚を使って、杖の中を解析しようとしたが――、

「ありゃ、中身が見れない」

「へ?」

「いやな。この杖の中になーんかきな臭いモンが入ってる様な気がしてな。ちょいと見てみようとしたんだが、何も見えない。なんか透視防止用の防壁が張ってあるっぽい」

「そうなんですか?」

「あんまりやばいモンじゃないと思うんだけど。何か引っ掛かるんだよな――バラしてみてもいいか?」

「だ、だめですよ!!」

 慌てて、ネギが九郎を制止する。
 ネギにとってこの杖は父からもらった大切なものなのだ。それに、この杖はネギと父と数少ない接点であり、繋がりの証だ。
 喩えすぐに元に戻すと言われても、解体するだなんて、そんなことは許容できない。

「別に無理矢理バラそうって気はないさ。特に何か実害があるようにも見えないし。多分、威力強化用の呪物[フェティッシュ]でも仕込んであるんだろ。でもそれだったらわざわざ透視防止用の防壁張る必要なんて無いよな……」

 そういって九郎はあっさりとネギに杖を返した。

 杖を手に、ほっと一息つきながら、ネギは疑念に駆られていた。

 ネギが九郎と出会ったのは、ネギが麻帆良で先生を初めて未だ間もない頃のことだ。
 そのときは九郎からは「自分は探偵だ」と聞かされたが、九郎は魔法使いの事情にも通じていた。
 魔法使いなのかと聞けば、違う、と。
 あれ以来、出会うこともなかったので特に気にしていなかったが、今にして思えば、九郎は何者なのか。

「あ、そうだ、他の子達が居ない間に聞いておこうと思ったんだけどさ」

 魔法使いではない。けれど、先ほど杖を観察していた様子を見る限り、九郎は魔法か魔法に準ずる何か、通常の技術や技能ではとうてい成し得ない超常的な技術を使っていた。

 だとすれば――

「ネギ。お前魔導書持ってないか? ここに来る途中知り合い――アレを知り合いだとは断じて認めたくは無いんだが――にあってお前達が持ってるかもしれない、みたいな話を聞いたんだけど」

 魔導書。その言葉にネギはハッとする。
 魔導書を求め、そして常ならざる技の使い手と言えば得られる回答は一つ。
 ネギは震えるそうになる声を抑えつつ、尋ねる。

「九郎は、魔術師[マギウス]なの?」

 ネギの質問に九郎は、

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 実にあっけらかんとした表情で答えた。



 


 


2.


 九郎のその答えに、ネギは杖を構えた。
 今、ネギは自分が魔法を使えない事など忘却の彼方だ。視線は九郎からそらすことなく、九郎の全ての動きを警戒する。

「んな警戒しなくても、別に何か悪さしようって気は無いよ」

 軽くため息をついて、九郎が告げる。
 手に持っていたネクロノミコン新釈をその場に置いて、ひらひらと手を振った。

「――ま、信用できないかもしれないけどさ」

 苦笑しながら九郎は言った。

 見習いの魔法使いが決して関わるべきではないものがある。それは例えば強大なドラゴンであったり、気が遠くなるほどの年月を閲した吸血鬼であり、現実界には俗さない霊的存在である悪魔である。そして、その中には魔術師[マギウス]も含まれている。

 彼等の悪行は魔法使い達にとって常に頭痛の種であり。ドラゴンや吸血鬼や悪魔よりもなおたちの悪い、トラブルと悪夢と狂気を振りまく存在だ。
 なまじ人間である分、質が悪いとも言える。

 魔術師[マギウス]の本質は傲慢にして高慢にして傲岸。彼等が使う魔術は途方もない過去から伝えられる悍ましい呪文によって紡がれ、彼等が知る知識は禁断にして禁忌。恐るべき何か、決して人が知るべきではない何かからもたらされた、存在してはならないはずのものばかり。

 とネギは、魔法学校では教えられたのだが。
 ネギが持っていた魔術師[マギウス]に対するイメージと、九郎という実像の間には、なにやら決定的な差異があるような気がして仕方がない。

 九郎にはどことなく情けないイメージがついて回るし、どうも抜けているような所がある。ネギはあまり九郎のことは知らなかったが、少なくとも九郎は悪人に向いていないことぐらいは分かる。

「聞いてもいい?」

「ん? いいぜ。何だ?」

「九郎はなんでその魔導書を探してるの?」

 九郎の表情が引き締まる。酷く真剣なそれにネギは気圧されながらも、一歩も引かず、正面から受け止める。

「その魔導書の名前は『アル・アジフ』。ネギもこの名前ぐらいは知ってるだろ?」

「『アル・アジフ』!!」

 あまり魔導書には詳しくないネギでも、その名前は聞いたことがあった。
 全ての魔導書の中でももっとも有名な魔導書といっても過言ではない『死霊秘法[ネクロノミコン]』。『アル・アジフ』とはその原典[オリジナル]だ。しかし、『アル・アジフ』はもう既に失われたはずだ。

「今、『アル・アジフ』はバラバラになっちまってる。俺はそいつ等を集めて、やらなくちゃならないことがあるんだ」

「それはいったい?」

「……大切な人にもう一度会う。会って、言ってやることがあるんだ」

 力強く、九郎は答えた。ネギの瞳をまっすぐに見つめて。自分の進むべき道を見据えて。

 その答えが、ネギの心を揺さぶった。

 九郎のその答えは、ネギが心に掲げる目標と同じものだ。ネギも大切な人――父親――にもう一度出会うために偉大な魔法使い[マギステル・マギ]になろうと努力している。
 だから、ネギは九郎の思いに共感してしまう。

 九郎がその瞳の奧にどれほどの思いを秘めているのか、ネギには知る術はない。
 だが、ネギには九郎がどんな思いをしているか、その気持ちは理解できた。

 ここで九郎に魔導書を渡すことが正しいことなのか、それとも間違っていることなのか、ネギには分からなかった。
 けれど、ネギは自分と九郎を重ねてしまった。
 もしも自分が、今の九郎と似たような状況に立ったならば、どんな気持ちになるだろうか。
 そんなことを考えてしまうと、ネギは九郎の目的を阻むことは出来ない。

「それ言われると、弱いなぁ」

 ネギは呟く。
 
 しかし、それでも一つだけ気になることがある。
 九郎の求めている書。
 『アル・アジフ』。
 かの慄然たる書『死霊秘法[ネクロノミコン]』の原典[オリジナル]
 『死霊秘法[ネクロノミコン]』がネクロノミコンと呼ばれる由縁。魔法使い達がとりわけこの魔導書を怖れ、良識ある魔法使い達が、古き時代に数々の『死霊秘法[ネクロノミコン]』ネクロノミコンを焚書にしてきた訳。
 『死霊秘法[ネクロノミコン]』の内容をネギは殆ど何も知らない。ただ、古より魔法使い達の間で、たった一つだけ、連綿と語り継がれている事がある。

 『Necronomicon』とは、日本語に直訳すれば『死者の掟の書』。

 『死霊秘法[ネクロノミコン]』には『死んだ人間』を『完全な姿で復活させる』魔術についての記述があるのだ。

 実に馬鹿げた話だ。
 古の魔法の中には人を『吸血鬼』というカタチで不死に至る術もあったらしいが、死者蘇生の魔法は存在しない。

 絶対的な世界の規則[ルール]。一度死したる者は蘇らない。そのはずだ。

 だが、魔法では不可能なことも魔術では可能だと聞いたことがある。例えば時空間を思うがままに移動したり、人でありながら不老不死に至ったり、あるいは神様を操ることすら出来るなど、様々だ。

 そんな荒唐無稽な話とても信じられない。

 しかし、魔術師[マギウス]は世界の論理を自らの論理によって塗り替えることによって奇跡を行使する。本来ならば不可能である事柄を無理矢理可能にしてのけるのが魔術師[マギウス]だ。

 不完全ではあるが死者を蘇らせる魔術存在していた。その魔術は、ネギの故郷であるイギリスに住んでいた『妖蛆の王[ワーム・ロード]』ディベリウスが得意としていた魔術でもある。彼は復活させた人間をゾンビとして扱うことしか出来なかったらしいが、魔術の精度はその魔術師[マギウス]の位階によって左右される。

 九郎がどの程度の位階の持ち主かネギは知らない。だが、そんなに高い位階ではないだろうという想像が付く。高位の魔術師[マギウス]は決まって、暗い影を背負っているか、あるいは狂人である場合が多いと聞く。
 九郎は――この表現は些か酷いかも知れないが――そこら辺を歩いていそうなただの青年にしか見えない。少なくとも、ネギには九郎が高位の魔術師[マギウス]であるとはとうてい思えなかった。

 しかし、これだけは確認しておかなければならない。

「九郎は、その魔導書で誰か生き返らせたい人がいるの?」

 ここでYesという答えが返ってくれば、いくらなんでもあの魔導書を渡す訳にはいかない。

 死者が蘇るだなんて、それはあってはいけない事だ。

 その質問に、九郎はきょとんとして言った。

「へ? ああ、違う違う。誤解を招くような言い方しちまったかな。つーか、そんな使い方もあったんだよな、あんまり考えたこと無かったよ」

 専ら敵をぶっ飛ばすのに使ってるからなぁ。と言って九郎は笑った。

 あまりにも自然なその反応――まるで何でもない世間話をするような反応――に、ネギは毒気を抜かれてしまった。

「………………ふぅ」

 こっちだけが一方的に緊張して、なんだかバカみたいだ。

 九郎は、何て言えば良いのだろうか。極々普通の人に思える。下手をすれば魔法使いである自分よりも普通の人。日の光の下で呑気に昼寝をしているのが凄くよく似合う、そんな人。
 普通に善良で、普通に善人。この人には悪巧みとか策略だとか謀略とか、そういうものは心底似合わない。ネギはそう思った。

 だから、ネギは決めた。

「九郎ってさ――」

 ネギはブレザーの内ポケットから、古びた羊皮紙を取り出しながら言った。

「あんまり、魔術師[マギウス]っぽくないね」

 ネギからそれ――『アル・アジフ』の断章――を受け取りながら、九郎は微笑みながら答えた。

「よく言われるよ」
 
 この人を信用することを。


 

 

 


3.


「でさ、九郎。この魔導書読めるの? これアラビア語だよ?」

 九郎が適当に腰掛けれるところを見つけ出し、そこで魔導書の頁群を広げて――なんて物騒な!!――いた、ネギはその中身を覗くつもりは無かったが、とりあえず手持ちぶさたなので、九郎のが魔導書の解読する様を眺めていた。

 何時のまにやら九郎の肩に乗っかった沙耶が、嬉しそうにてけり・りと鳴いている。

「なめんなよ? これでも昔はミスカトニック大学陰秘学科――あー、表向きは考古学科な――首席だったんだぜ」

 あと、陰秘学科の存在は他言無用でヨロシク。一応秘密だし。などと続ける。

 ミスカトニックの魔術師[マギウス]と言えばあの『神出鬼没[Dr.ソニックブーム]』ラバン・シュリュズベリィとか、『巨匠[グランドマスター]』が有名だ。
 もしかしたら、九郎はそんな有名人達と会ったことがあるのかも知れないな、などと思いながら、ネギはふと気が付いた様に続ける。

「昔は?」

「…………いろいろあって一度退学したんだ。でもまたいろいろあって一年前復学したんだけど、復学以来忙しくてなー。
 センセーに連れられて世界中飛び回ったり、星間宇宙を飛び回ったり。連れて行かれた先では毎度毎度禄でもないトラブルに巻き込まれるし。大体最後がTNT使った爆発オチってのが納得いかない。あの爆裂ジジイめ。
 ちょっと用事が出来て海外に出かけてみれば、其処を縄張りにしてる魔術師[マギウス]はなぜだか決まって俺に喧嘩売ってくるし。
 アンリが俺を頼ってくるときは大抵とんでもない事態になってからだ。アイツにゃいろいろと借りがあるから頼みを聞かないわけにはいかないし。
 そんなこんなで、今は割と落ちこぼれ――うう、悔しくなんかないやい!!」

 うがーと九郎が猛る。

「えーと。何て言ったらいいのかな。ドンマイ、九郎」

「てけり・り」

「その台詞をいざ他人に言われると、割とむかつくんだぞ、ネギ。
 まーそれはともかく。今のところまだ一通りの主要言語と、古典語ぐらいなら読める。流石にルルイエ語やらハイパーボリア語ともなればお手上げだけど」

 言いながら、九郎の視線が、羊皮紙の上を滑らかに奔ってゆく。九郎の肩の上に乗っかった沙耶が、同じく目玉を生成して羊皮紙の上を滑るようにして追いかける。

「って、読むなよ!!」

 九郎が肩口に乗った沙耶に向かってツッコミを入れる。

「てけり・り~」

 けちーとでも言いたげに、沙耶が不満げに鳴いた。

「君がこの手の書籍を読むと、いろいろ問題になるから止めるように。ほら、その辺に面白そうな数学の本があるからそっちを読んでなさい」

 九郎が沙耶をひょいとつまんで、本棚の前で下ろした。

「てけり・り!!」

 怒りもあらわに、沙耶が触腕を振るう。その姿はどことなく子供が親に向かってだだをこねているように見えなくもなくて悍まし可愛らしい。

「沙耶さん。九郎の邪魔しちゃだめですよ」

「てけり・り」

 しょぼん。ネギにしかられ肩を落とす――ように見えなくもない動作――沙耶。
 とりあえず、そこいらにあった書籍をとって、頁を捲り始めた。

「みんなー。ご飯できたでー!!」

 木乃香が、図書館の真ん中のほうで叫んだ。

「ご飯出来たみたいですね、二人とも、行きましょう」

「んー。もうちょいで内容の確認終わるから、終わったらすぐ行くよ。先行っててくれ」

「てけり・り」

 九郎と沙耶が答える。沙耶はぱたんと本を閉じて、触腕を器用に使って、ネギの肩までよじ登った。

「じゃあ九郎。すぐに来てね」

 ネギが去って言ったのを確認して、九郎は羊皮紙から目を離した。

「――やっぱり、あん畜生が言ってたとおり、『外なる神[アウターゴッド]』に関する記述みたいだけど……良く実体化しなかったな」

 『アル・アジフ』の断章は長い間放置しておくと各々が独立して実体化し始める。並の魔導書なら肉の器どころか魂すら持ち得ない。だというのにもかかわらず断章単位で実体化を果たす『アル・アジフ』実にとんでもない魔導書なのだ。とんでもないと言うかむしろ迷惑極まりない。
 断章ごとに個性があるらしく、実体化が早い断章もあれば遅い断章もある。記述内容と周辺環境――主に魔力の量――に影響されるらしい。

 此処の図書館はなぜだか魔力が充溢している。
 多分、この図書館内を縦横無尽に奔る大木の根の影響が強い為だとおもわれる、よくもまあこの魔力量でこの断章が実体化しなかったものだ。
 この断章はあの糞野郎がここで発見したモノらしいが、奴がここに来たのは半年ほど前だ、それまでの間此処に放置されていて、実体化しなかったというのは殆ど奇跡に近い。

 もしかするとあの腐れ邪神以外の誰かが、この断章を管理していたというのだろうか。

 断章がこの図書館に紛れ込んだ時期が不明だからそこら辺は断定は出来ないが、その可能性も充分にあり得る。

「なんにせよ、こいつ等が実体化しなくて良かった。こいつ等が暴走したらこの街一個ぐらいならあっさりと滅びちまうかも知れないしな」

 むしろ街一つで住めば幸運だ。
 まあ、街が灰燼に帰す前に魔法使い達が全力で止めただろうが。

「うし、確認終了。それじゃあ、飯にしますか」


 

 

 

 

 
4.


「へひふひほはっはら、おへほへんひょーひへひゃふひょ」

「九郎さん。口に物を入れたまましゃべったらあかんで」

「つーか何言ってるのか全然わかんないんですけど」

 ゴックン。口の中のものを一気に飲み込んで九郎は満面の笑みを浮かべた。

「いやー、実に美味い。木乃香、君はいいお嫁さんになる。だから俺のためにおかわりをくれ」

 ずずい。と九郎は空になったお茶碗を差し出した。木乃香はにこにこと笑いながら九郎の茶碗を受け取る。褒められて悪い気はしないらしい。

「前後の文が全く繋がってないです」

 ちなみにこれで九郎は4杯目だ。いい加減遠慮がちにそっとお茶碗を差し出してもよい頃合いだが、九郎にそのような様子はない。
 大十字九郎はいつでも堂々と飯をたかる男なのだ。年上だろうが年下だろうが容赦なく。情け無く。

 湯飲みでお茶を啜りつつ。九郎はふいーと実に幸せそうなため息をついた。

「いやな、飯食い終わったら、俺も君らの勉強見てやろうと……ってなんだその疑いのまなざしっつーか、『えー、この人マジで頼りになるのー』とでも言いたげな目は」

「いや、ぶっちゃけ九郎さんって、あんまり頭良さそうには見えないんですけど」

 皆の意見を代表した明日菜のその台詞に、九郎は傷ついたように固まった。

「はい、九郎さん、おかわりどーぞ」

「お、さんきゅ」

 再起動。
 お茶碗を受け取りながら、再び九郎は食事に取りかかる。

「中学生の勉強ぐらいもぐもぐ問題なく教えられるさはぐはぐ――流石にゴックン日本史とかはきついけどぷはー語学系とか美味い美味い数学系なら得意だぞ、俺」

「食べるか話すか感想漏らすかどれかにしてください!!」

「んー? 人間食べるられるときに食べとくのが基本だぞ。何時どんな目に遭うか分からないからな」

「いえ、そーでなくてですね」

 明日菜が頭抱えながら応対する。

「九郎さん。沙耶にご飯あげたいんやけど、なにかやったらいかんものとかある?」

「そいつ等ショゴスは基本的に何でも喰う。ほんとーに何でも喰う。でも、南極産アルピノペンギンの肉が好物だ」

「そんなものどこから用意するアルか」

「基本的には直輸入。昔ウチで飼ってたショゴスはグルメだったからそれ以外は食べようとしなかったからなー。いやーえさ代には苦労した」

 懐かしむような目をして、ご飯をかき込む九郎。

「や。飼ってたってアレをですか?」

 まき絵が遠くのほうで蠢くショゴス達を指して言った。

「おう。正確には俺の相棒がなんだけどな。慣れると割といい奴らだ。まあ、普通は未来永劫慣れることはないが」

「そ、それはダメダメな気が……」

「気にするな。気にした負けだ。
 しかし、おかずは見事に魚介類ばっかりだな。なんでだ?」

「あー、試験も近いからなるべくDHAの多い食材を選んでみたんやけど、九郎さん。お魚嫌いやった?」

「んにゃ。食えておいしかったら基本的に何でも良し。何となく疑問に思ってな」

 器用に箸で魚を食べながら、九郎は答えた。

「ところでまき絵殿。DHAとは何でござるか」

「えーと、頭を良くするとか何とか言う奴で、何かの略だったような気がするんだけど……」

「多分、[]腸で[]殖する[]ニサキスとかそんな感じアルよ」

「いえ、少なくともそのような虫下し[サントニン]のお世話になるような名前では無いと思うのですが……」

「というかそれは食事中にする話題じゃないと思いますよ、皆さん」

 ネギの台詞に、皆(九郎を含む)がはーいと言って寄生虫的話題を止めた。ちなみにDHAとはドコサヘキサエン酸の略だ。間違っても大腸で繁殖するアニサキスの略称ではない。念のため。

「うーん。平和やなぁ~」

 木乃香が、誰にともなく呟いた。

 確かに、平和である。

 だがしかし、その平和を脅かす影があることをこの時は誰も知らなかった。

「てけり・り!!」

「てけり・り!!」

「てけり・り!!」

 不気味に蠢く彼等を除いては。


 

 


File12「魔導探偵と魔法先生」………………………Closed.

魔導探偵、麻帆良に立つ File13「こーる おぶ しょごす」

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