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File14「Let's てけり・り!! 上」 投稿者:赤枝 投稿日:07/08-09:22 No.904

0.

 漆黒のコートを翻し、九郎が砂地の上を駆けてゆく。

「大口叩いたは良いけど……」

 下り坂の向こう。九郎が向かう真っ正面には一体の巨大なショゴス。

「テケリ・リ」

 擬似的に作り出された口吻から響くあの奇妙な声。『古のもの』の言語を真似たものだと伝えられているが、『古のもの』がこの様に聞いているだけで胸糞の悪くなる耐え難い不協和音によって会話していたとは想像しがたい。

 のたうち回るいくつもの触腕の群れ。いくつあるかだなんて考えたくもない眼球達は原形質の体の表面を理解しがたい規則性に則って流動している。漆黒の体躯の上、絶えず位置を変化させ続ける眼球が緑色の燐光をあげる様は、ヴァルプルギスの夜に踊る奇形の蛍を連想させる。
 水面下に沈んだ体躯には、既に適応を果たしたのだろう、エラともヒレとも付かない器官が生成されていた。カンブリア期に生息していた節足動物達が持つ鰓脚によく似たそれらが規則正しくたなびく様は生々しいことこの上ない。
 全長15フィートを超える泡立つ原形質状の生物は、何処までも異質で、常識から乖離していた。

「あんのド腐れ常識外生物を倒すってのはちょいときついなっ!!」

 弱音ともとれる台詞を吐く九郎の唇には、不敵な笑みが浮かんでいた。
 自分が負けることは決してあり得ないと確信している笑みである。

 そして、駆けながら唱える。

我は神意なり[I am Providence]!! 起動せよ、『ネクロノミコン新釈』!!」
 
 九郎の命に答え、ネクロノミコン新釈が覚醒する。起動キーによる呪術的ラインの形成。記された知識の数々が九郎の魂に呼応し、魔術的な意味を持つ。

 紐解かれたネクロノミコン新釈の頁の一部が、九郎の眼前で舞い踊る。

「ヴーアの無敵の印において――!!」

 九郎の左手が結ぶのは、第三指と第四指を折り曲げた最強のヴーアの印。その結印に答えるように、頁が燃え上がり、一筋の焔が中に浮かぶ。
 燃える焔は、即ちネクロノミコン新釈に記載された情報そのものである。紙媒体から解き放たれた情報達が、踊り暴れる。
 その焔の中に、九郎は迷わず手を差し入れた。炎の熱ではなく、情報の熱が九郎の魂を焼かんとす。

「力を与えよ。力を与えよ――」

 だがしかし、その熱も九郎を傷つけるには至らない。
 九郎は呪文とともに、荒れ狂う情報を再圧縮。焔を掴み、その中にあるモノを引き抜きながら、九郎は呪文を完結させる。

「力を――与えよ!!」

 一薙ぎ。
 赤熱する刀身が空を切る。今なお赤々と燃える刀身から放たれる熱気によって、辺の空間が魔術的物理的に歪曲する。

「バルザイの偃月刀!!」

 赤熱した刀身は、その名に応え急速冷却。見るも鮮やかな紅は、瞬く間に揺るがぬ黒へと変貌した。
 九郎の魔力が偃月刀へと伝わり、漆黒の刀身には見る者に異星めいた印象を与える魔術文字が浮かび上がる。

「テケリ・リ」

 偃月刀を構えた九郎に危険を感じたのか、ショゴスがその巨体をもたげる。
 うねる触腕がみるみるうちにその形を変化させてゆく。あるモノは槍のように、あるモノは鋏のように、あるモノは鎚のように。
 己の体を武器と化し、ショゴスは九郎に向き直る。

「テケリ・リ!!」

「でやぁぁぁぁぁぁ!!」

 九郎がショゴスに向けて飛び込み。
 ショゴスは九郎を撃退せんと、攻撃を開始した。

 



魔導探偵、麻帆良に立つ

 File14 「Let's てけり・り!! 上」

 


1.

「ネギ!!」

「ネギ君。大変だよ!!」

 ネギ達の元に明日菜とまき絵がやってきた。

「どうしたんですか? お二人ともそんなに慌てて……」

 明日菜とまき絵の格好と来たら無かった。
 辛うじてスカートだけは穿いていたが、シャツは袖を通しただけといった具合で、胸元からは下着がしっかりと見えている。
 少し前まではこういった手合いのモノも平気であったが、このところなんだかそういったモノを見ると気恥ずかしさを覚えてしまうネギとしては、ちょっと勘弁してもらいたかったのだが……

 それにしても二人の慌てっぷりは妙だ。二人とも肩で息をしていたし、その表情に浮かぶのは怖れと不安。あとほんの少しの心配の色。

「あのねあのねあのね。お、おっきいのが来るの!! 『テケリ・リ!! テケリ・リ!!』って!! 九郎さんが一人であの『テケリ・リ』を何とかするって言ってたけど。幾らなんでも無茶だよ!!」

「お、落ち着いてまきちゃん。何言ってるかさっぱりわかんないわ」
 
 息を整え明日菜が言った。
 明日菜の肩口に乗っていた沙耶が、木乃香に向けてジャンプする。

「沙耶、どこ行ってたん? 心配したんやで?」

「てけり・り~。てけり・り!!」

 木乃香の手の平の上に降り立ち、沙耶はこれまであったことを木乃香に伝える。沙耶の台詞を効いた途端、木乃香の顔に緊張が走る。

「反乱、ですか?」

 隣で沙耶の話を聞いていたネギが呆然と呟いた。

「てけり・り」

 こくこくと頷きながら沙耶がネギに答える。ネギは沙耶の言葉を聞くなり、真剣な顔をして皆に伝える。

「皆さん。すぐにここから逃げますよ、今すぐ準備してください」

 そう言ってネギは自分の杖をぎゅっと握りしめ、最低限の荷をまとめる。

 話が良く理解できていない古菲、楓、夕映の三人は疑問に思いつつも、とりあえずネギの指示に従う。

「なにかトラブルアルか?」

 古菲の問に、明日菜は頷く。

「あの粘物達の親玉みたいな奴がやってきたの。アイツが何考えてるか良くわかんないけど、九郎さんが早く逃げろって……」

「して、その九郎殿は何処に?」

「時間稼ぎするって言ってたけど……」

「でも、逃げろって言われても未だ脱出路は確保できてないです」

 手早く荷物をまとめた夕映が言ったそのとき、


「テケリ・リ!!」


 あの声が聞こえてきた。

「……………」

 皆が一斉に押し黙る。無限地獄の最果てから響いてくるような悪夢めいた声だ。笛の音にも似た三音節のその声は、この地底図書館にやってきて以来幾度と無く聞いてきたあのショゴス達の鳴き声に違いない。
 木乃香の手の平に乗る沙耶も同様の鳴き声を上げるが、果たしてこれほど邪悪な響きを持っていただろうか。ただ耳にするだけで全身を駆けめぐる悪寒。胸の奥からわき起こる奇妙な嫌悪感。形無き恐怖が心の奥底からじわりじわりとわき上がり、怖気のあまり皆が身を震わせた。

「……来ちゃった」

 まき絵が蚊の鳴くような声で呟く。

 それきり皆が押し黙る。
 ここから逃げ出さなければならないと言うことを本能で理解しながらも、動き出すきっかけが掴めない。全身の筋肉はさび付いた歯車の如く軋りをあげるばかりで、なかなか動こうとしない。

「これはヤバイでござるな」

 いち早く動き始めたのは楓であった。油断無く声の聞こえた方向を睨みつけ、これからどの様に行動するべきかを考える。

「明日菜殿、九郎殿は時間稼ぎをすると言ったのでござるな?」

「うん。全員で逃げるから、そのことをみんなに伝えてくれって言ってた」

「なるほど。リーダー、木乃香殿。先導を頼むでござる」

 心得ていると言わんばかりに夕映が頷く。

「分かってます。この地底図書室は初めてですが、いくらか勘は効きますから」

「てけり・り」

「沙耶も心当たりあるってゆーとるから、なんとかなるやろ」

 木乃香の肩の上で跳ねる沙耶が細っこい触腕でサムズアップ。任せろと言わんばかりの態度であった。

「そして――」

 楓が古菲に向き直り、楓の顔を見た古菲は自分の役割を悟って、肩をすくめて答えた。

「私と楓が殿をつとめるアルな?」

「その通り。話が早くて助かるでござるよ」

 満足げに楓が頷く。

「楓さん。九郎を待たなくても――」

 不安そうな表情でネギが楓に向かって訴える。

「ああ、あの御仁のことならあまり心配しなくても良いでござるよ。ほれ、あそこに――」

 そう言って楓が件の鳴き声が聞こえてくる方向を指さした。

 尋常ではない力で押しつぶされる木々の音と乱立した本棚が蹴散らされる音が響くその方角。大の大人の胴回りほどもある太さの巨大な漆黒の柱が何本も天井に向かって伸びていた。
 柱の表面はてかてかとした生物的な光沢を帯びており、甲虫じみた硬質の鱗状の何かで隈無く覆われている様は、まさしくのたうつ大蛇そのもの。

 それらの中を飛び回る一つの影があった。

「だぁぁぁぁぁぁぁ!! 切っても切っても切っても切っても、キリがねぇ!!」

 叫びをあげたのは、黒いコートを纏い片手に偃月刀を持つ九郎だ。
 如何なる原理を用いてのことか、空中でのたうつ巨大な触腕を足場として縦横無尽に駆けていた。九郎を押しつぶそうと躍起になる触腕は、だがしかしその目的を果たすことは出来ない。
 九郎に向かって触腕が突進するたび、九郎の手に握られる偃月刀が振るわれる。

「でりゃぁぁ!!」
 
 原形質の触腕は一刀のもとに両断され、千切れた触腕が重力の理に屈してゆっくりと地面に向かって落ちてゆく。
 だがしかし、ショゴスの不死性は生半可なモノではない。
 地面に落ちるよりも早く、本体から伸びた触腕が千切れた原形質を再び吸収。己の体に回帰を果たした質量により再び巨大な漆黒の触腕を生み出す。
 途切れること無く切り落とされ、途切れることなく生成される巨大な触腕の群れ。
 忌避なる循環。だがしかし、九郎はその中にあっても、屈することは無い。この程度の事で諦めてしまうほど、九郎の精神は柔ではない。

 殆ど垂直にそり立った触腕の上を、九郎は駆け上る。明らかに重力を無視した制動だが、そんなことは些細なことだと言わんばかりに、すぐさま頂点部に到達。手に持った偃月刀を大きく振りかぶり、縦一文字に切り裂いた!!

「テケリ・リ!!」

 派手な動きは九郎に隙を作り出した。九郎の背後から、のたうつ触腕が先端に縦に割れた口を生成して九郎を飲み込まんと宙を走る。
 乱杭歯の生えた蛇を彷彿とさせるその触腕が、九郎に迫る。

 まっぷたつに割れた触腕はそのまま二股の触腕となり、再び九郎を捉えようと活動を開始する。

 舌打ちする寄りも早く、九郎は三叉路構造を持つ触腕の中心をけっ飛ばして跳躍。そのまま軽やかに空中で縦方向に半回転。
 迫り来る触腕に対して偃月刀を垂直に傾ける。中心にて剣指を構え、偃月刀を展開。重なる刃が完全なる円を描き、刀身に防御を表す魔術文字が浮かびあがる。

「テケリ・リ!!」

「なんのこれしき!!」

 触腕が偃月刀の盾に激突する。
 乱杭歯が偃月刀に食い込むことも、また偃月刀がその衝撃によって破壊されることもなかった。しかし、巨大な質量と速度が乗った攻撃による衝撃はどうにもならなかった。

「ぐぅっ!!」

 吹っ飛ぶ。キューで打ち出されたビリヤードの玉の如く宙を飛んだ。
 大気を切り裂き、木々をへし折りながら黒い弾丸と化して宙を飛ぶ九郎が向かう先には、ネギを始めとする子供達があった。

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

 誰かの叫び声。当然だ、普通の人間ならばあの速度で衝突すれば、間違いなく死ぬ。人間はそれほど丈夫に出来ては居ない。

 九郎が地面にぶつかる瞬間、蝙蝠が羽ばたくような音が聞こえたのは果たして気のせいか。

 そのことについての真偽を考える暇すらなく。九郎は轟音と砂埃を舞い上げて地面に激突。それでも勢いは止まらず、そのまま後方にあった本棚に激突した。ゆっくりと、作用反作用の法則に則り本棚が倒れてゆく。
 
「全員、揃ってるか!!」

 だがしかし、砂煙の中から聞こえてくるのは、紛れもない九郎の声だ。その声には微塵たりとも震えはなく、痛みに苦しんでいる様子もない。
 事実砂煙の向こうから姿を現した九郎は健在だった。体中の至る所がショゴスが排出した粘液で汚れていたが、致命的な傷を負って居る様子はない。

 顔に付いた漆黒の粘液を気持ち悪そうにぬぐい取り、九郎はネギ達と合流した。

「九郎。頑丈だね」

「まーな」

 半ば惚けた様子で、微妙にずれた事を言ってくるネギに軽い調子で答える。

「んで、みんな揃ってるな。と言うわけで奴から逃げるぞ。奴に捕まったが最後、奴は獲物を体内に吸収してエネルギーに変換するから気を付けろ。取り込まれたが最後、助ける間もなく溶かされちまうから、全力で」

 全員に向かって有無を言わさない様子で九郎が言ってのける。

 いきなりとんでもないことを言われ、明日菜とまき絵と夕映の頬がひくりと引きつった。望むところだと言わんばかりに息巻くのは楓と古菲の二人組だ。

「ふーん。本当なん? 沙耶」

「てけり・り」

 そんなことを言われて全く動じていないどころか、迫り来るアレと同族である沙耶と話している木乃香は大物だ。

「テケリ・リ!!」

 木々や本棚を押しつぶし蹂躙しながら、巨大ショゴスが地面を這うようにして九郎達に向かってやってくる。その巨大さ故に視覚的にはゆっくりと迫ってくるように見えるが、実質的なスピードは人が全力で走る速度と何ら変わらない。

「あと、あんまりまともにアレを見ないように。見たら最後――」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ラス・テル マ・スキル マギステル!! 魔法の射手[サギタ・マギカ]!! 連弾[セリエス]雷の17矢[フルグラーリス]!!」

 九郎の警告よりも早く、ショゴスを直視してしまったネギが、大声で悲鳴とも呪文ともとれる叫び声をあげた。酷く混乱した様子でネギの身の丈を大きく超える杖を脇に抱え、剣指をショゴスに向ける。
 幸か不幸か、ネギは現在魔法封印中の身であるため、魔法は出なかった。

 いきなり絶叫をあげたネギを半ば呆然と見つめつつ、九郎が続ける。

「こーなる事があるから出来るだけ直視はしないこと」

「テケリ・リー!! テケリ・リー!!」

 何処を見ているのか今ひとつ釈然としない瞳となったネギはショゴス達の鳴き声を真似た声をあげる。

「あ、あの九郎さん。なんかネギがとんでもないことになってるんですけど……」

 明日菜がどうしたものかと言わんばかりに、ネギを指さした。

「こんのクソ忙しいときに――フン!!」

 途切れることなく「テケリ・リー!!」と言い続けるネギの襟首をヒッ掴んだ九郎が、ネギの額に向かって渾身のヘッドバッドをかました。
 ごっ。実に痛そうで大層鈍い音が明日菜達の鼓膜を揺らした。

「てけり――あれ? なんかおでこがすっっごく痛い」

「気のせいだ。という訳で、全員後ろを振り返ることなく全力疾走!! 走れ!!」

 九郎の号令に従って、全員が一斉に走り出した。
 ただし、レスポンスに今ひとつ不安のあるネギは九郎の肩の上で俵担ぎで運ばれてゆく。

 九郎がちらりと後ろを振り返れば、ショゴスが触腕を振り回しながらゆっくりと、だがしかし確実にこちらに向かってやってきていた。

「――ちょいとやりすぎたか」

 九郎は明日菜達から注意を引き離すために、ショゴスに敵視されるように攻撃を加えていたのだが、どうやら少々やりすぎたらしい。出会したとき以上の敵意の波動が肌に突き刺さる。

「わわ!! 下ろしてよ九郎!!」

「下ろしてやっても良いが、なるたけ後ろを振り返るなよ。あと一つ、聞いておきたい事がある。お前、さっき呪文を唱えたよな?」

 ネギを肩に担いだままの格好で、6人の後ろに付いた九郎がネギに尋ねる。あまり知られても困る内容の会話なので当然の如く小声である。

「――えっと。良く覚えてないけど、多分」

「だってのに、魔法は発動しなかった。お前今何か呪いでも掛かってんのか?」

 九郎は今まで不思議に思っていた事をネギに尋ねた。この事件の調査を始めた当初からネギの魔力異常には感づいていた。出会ってからも常人と変わらない量の魔力放出量しかか確認出来なかったので一体どうしたのだろうかと思っていたのだが……

「うん。自分で魔法を封印してるんだ。あの時はよかれと思ってやったんだけど、こんな事になるんなら封印しなきゃ良かった」

「やっぱりか……。ま、自分の生徒達に魔法がばれなかったから良しとしとけ。呪文詠唱はラテン語だから、あの子達は何言ってるかわかんなかっただろうし」

 そう言って、九郎は走る速度を上げた。瞬く間に楓と古菲を追い越して、明日菜とまき絵に追いついたところで、

「じゃ、こっからは自分の足で走れ」

 言うなり、ネギを放り落とした。何とかバランスを崩すことなくネギは着地して、そのまま走り始める。

「明日菜!! ネギの事頼んだぞ!!」

「九郎さんはどうするんですか!!」

「先導の手伝いをしてくる!!」

 自力で走り始めたネギを尻目に、再び走る速度を上げた九郎は、ポケットからダウジングを取り出す。そのまま全力で魔力を通し、感度を最大まで向上させる。そのままの格好で、木乃香と夕映に追いた。

「てけり・り!!」

 木乃香の肩の上に乗る沙耶が、触腕を生成して、二人を案内していた。

「出口の見当はついてんのか!!」

「分かりません!! ただ、この子が出口の在処を知ってるみたいです!!」

「てけり・り!!」

「みたいだな」

 九郎の手の中にある糸の先に付いた重りが、沙耶の触腕が示す方向と同じ方向に引っ張られていた。

「あの!? 大十字さん!! 私にはその振り子が明らかに重力に逆らった動きをしているように見えて仕方ないのですが!!」

「徹頭徹尾気のせいだ!!」

「ふたりとも、あそこ!!」

 木乃香が、指さした方向を九郎と夕映が見つめる。煌々とグリーンに輝く非常口の文字と、その下にある頑丈そうな扉。

「いよしっ!!」

 扉を確認するなり、九郎は全力で跳躍。空中で体勢を整えて魔術で脚部を強化、着地と同時にその場で一回転。制動エネルギーと魔力の威力で以て扉を蹴破ろうとして、

「――――――ってぇぇぇぇぇぇ!! 何で出来てやがるこの扉!!」

 痛みのあまり足を抱え、九郎は悲鳴を上げた。

 九郎が蹴破ろうとした扉は傷一つ凹み一つ無く、相も変わらずその場に鎮座していた。
 九郎も手を抜いたわけではない。九郎は喩え鋼鉄製でも無理矢理ひん曲げてぶち抜くことが出来るだけの魔力を込めたハズなのだ。幾ら何でもそんじょそこらの材質に負けてしまうような悲しい術式は組んでいない。

 どことなく赤みがかった光沢を持つ金属製の扉。試しに軽く叩いてみると、非常に軽い澄んだ音色が聞こえた。錆び一つ無く。周囲よりいくらか温度が低いらしく、手で触れてみるとひんやりとした。
 霊的視覚、第三の目[グラム・アイ]によって表面を見やると、オーラ状のエネルギー放射が確認出来た。
 これらの特徴を兼ね備え、なおかつ九郎の魔術でも打ち砕けない硬度を誇る金属と言えば――
 
「――なんでこんな辺鄙な所にヒヒイロカネ合金製の扉があるんだ!!」

 うがー。九郎が叫ぶ。とりあえずぶち破るのは止めて、普通に開けようとするがビクともしない。

「何やってるんですか、大十字さん」

 夕映と木乃香が九郎に追いついた。九郎の不手際をなじるような口調である。それもそうだ、後ろには件の巨大ショゴスが今なお「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」と言いながら追いかけてくるのだ。余裕はあまりない。

「なんか書いとるで、ええと『第一問――?』」

 扉に打ち付けられたプレートに、なにやら問題が書かれていた。

 それはいい。それはまだ良いのだ。問題はプレートの一番最後の部分。

「――『これは僕からのほんの少しばかりの心づくしさ。まあ、試験前の力試しだと思って存分に楽しんでくれたまえ。by館長代理』やって」

 夕映の表情にが呆れが浮かび、九郎の顔には苛立ちが奔る。

「あの人ですか。相変わらず底知れない人ですね……」

「あの糞ババア。いつか絶ッ対に奥歯ガタガタ言わせてやる」

 夕映と九郎が思い思いの感想を呟いている内に、木乃香が問題を解いて、解答を告げる。

 ピンポーン。

 間抜けな音が響いて、扉が開いた。どうやら正解を言えば扉が開くという、分かるような分からないような仕組みらしい。

 扉の向こうには、円筒状の空間が広がっていた。遙か頭上からは、懐かしい地上の光が覗いていた。
 だがしかし、其処にたどり着くまでには、壁に突き出た螺旋階段を上る他無いらしい。気が遠くなるほどの段数を誇る螺旋階段は何処までも何処までも続いているように見えた。
 階段の所々には先と同様の扉が付いている。
 どうやら扉にはプレートが打ち付けてあり、其処には各々問題が書かれている。どうやら延々これらの問題を解いてゆけ――という事らしい。

「うわっ!! 何これ!!」

「ふあー、凄い!!」

 明日菜とまき絵が追いついてく。ネギも肩で息をしているモノの、何とか二人に付いてきてきた。

「ネギ、大丈夫か!?」

「ええ……まだ、まだ、大丈夫、です、よ」

 流石に魔法が使えないただの子供にとって、今までの道程は些かどころではなく辛いであろう、しかしながらそれでもこの様に返答できる辺り、根性が据わっている。

「それだけ吼えられれば上等だ。俺はもう一度、アイツの相手をして時間を稼ぐ。その間にここを登っていけ」

 この場にいる皆にそう告げて、九郎はコートを翻し、再び扉をくぐった。
 
 開ける視界。本棚と砂地の向こう側、緑生い茂る木々と清涼な小川を漆黒の巨体で蹂躙しながら、こちらに這い寄ってくる体長4.5Mを超す巨大なショゴス。

 その手前。楓と古菲の二人組が軽やかにこちらに向かって駆けてきた。他の皆と違ってその表情にはいくらか余裕がある様に見える辺り、この二人も大概タフである。

「九郎殿!! どちらへ!?」

「もっぺんアイツの相手をする。倒すのは難しいけど、時間稼ぎなら何とでもなるからな」 

 九郎のその言葉に、古菲と楓はその場に急停止。九郎の隣に並び、構える。

「私達もちょっと位なら手伝えるアルよ」

「その通り。これでも拙者たちは少々腕に覚えがあるでござる」

 二人の解答に、九郎はため息をついて肩をすくめた。そのまま流れるような動作で右手をコートの内側に伸ばして、腰裏のホルスターに固定された『それ』を手に取る。

「そいつは助かる。ショゴスを相手にするときに注意する事がいくつかあるんだがな――」

 九郎は視線を巨大なショゴスから視線をそらさず、『それ』を構えた。

「九郎殿――それはもしや?」

「ごっついアルなー。本物アルか?」

 何処までも無骨な鉄。染まらぬ黒の銃身の上を踊るどこか炎の熱き揺らめきを彷彿とさせる赤の装飾。前面下方に備え付けられた弾倉に込められているのは、破壊の意思を凝縮した炸裂弾[バースト・ブリット]

 もちろん。
 そう答える代わりに、九郎は手慣れた様子でセレクターをフルオートに切り替え、容赦無く引き金を引いた。

 銃声銃声銃声銃声銃声銃声!!
 九郎の手に握られた自動拳銃[オートマティック]、クトゥグアが熱と爆音と薬莢を連続して排出。そして銃口の先、ずりずりとその巨体を引きずりながら迫ってくるショゴスに向かってその威力を放つ放つ放つ放つ放つ放つ!!

 ショゴスの漆黒の泡立つ体表面にクレーターがいくつも穿たれる。ショゴスの忌避なる肉体に穿たれた弾丸はすぐさまに魔的化学反応を誘発。弾丸内のイブン・ガズイの粉が燃焼開始。ショゴスの体を内側を爆発的な熱量が暴走。
 ショゴスの肉体の至る所に巨大な球状の爆発室が形成される。今にも破裂しそうな程に膨れあがったそれは、だがしかし破裂することなく再び収束した。

「テケリ・リ!!」

「――アイツはどんな物理攻撃を仕掛けても大抵は無力化する。かといってエネルギー系の攻撃を仕掛けると、そのエネルギーを吸収するんだ」

 クトゥグアの銃撃を受けたショゴスは、銃撃の威力によってその場に停止したモノの、未だ健全であった――いや、先ほどよりも明らかに何割か質量を増している。
 クトゥグアによってもたらされた熱量を吸収して、己のモノとしたのだ。

「二人は気を使えるか?」

 九郎の問に、楓と古菲は首肯する。
 クトゥグアの弾倉[マガジン]をコートのポケットから取り出し、交換しながら、九郎は話を続ける。

「奴は気も吸収する。気って奴はつまりは生命力そのものだからな。奴にとっては格好の餌だ」

 九郎の銃撃により破損してしまった各種器官を酷く耳障りな肉胞がはじける音ともに再生してゆく。奇形の眼球、歪んだ口吻。鋏角甲殻類じみたハサミ。そして無数の触腕に、何に使用するのか全く想像も付かない器官。

 己の体の再生に意識を裂いているためか、ショゴスはその場にとどまったまま動こうとしない。

「しかし、九郎殿。このまま逃げ続けても埒があかないでござるよ。
 それに、あやつのエネルギー吸収能力にも限界があるはず。それを誘発させ自爆を誘うというはどうでござろうか?」

 その隙に、楓が九郎に向けて作戦を立案する。九郎はほんの少し悩んでいたが――。

「どーなるかはちょっと予測が付かねぇけど――試してみるか。来るぞ!! 散れ!!」

「なんか良くわからないアルが、とにかく気合入れてぶん殴れば良いアルね!!」

 九郎の号令に従って、三人が一斉にその場から飛び去った。古菲は左側から、楓は右側から、そして九郎は真っ正面から、それぞれショゴスに向かって漸近してゆく。

 左サイド。
 体表面上から無数に生える触腕が、古菲の命を奪わんと蛇蝎の如き生理的嫌悪感を催す複雑無比かつ有機的な動きで古菲に近づく。

「――ひゅっ!!」

 浅い呼吸。視界を埋め尽くす漆黒の触腕の群れを、古菲は臆することなくくぐり抜けてゆく。しゃがみ、かわし、払いながら、目にもとまらぬ速度でショゴス本体に接触。
 全力での踏み込み。全身の筋肉骨格を伝達回路に置換。鍛錬を重ねた脚力によって生み出された気が瞬く間に伝播。更にそこから各部関節を完全同調させた回転とチャクラの循環により威力を増加させた気の込められた拳をショゴスの体表面にたたき込んだ。

「テケリ・リ!!」

 古菲の拳が穿たれた地点が円を描き、局地的に凹む。そこを起点にショゴスの体表面に波紋が広がり、ショゴスの動きが硬直した。

「なんか水袋殴ってる見たいな感触アルな」

 軽口を叩くほどの余裕があるのか。古菲はそう呟くと、もう一撃と、再び攻撃姿勢を取る。

 だがしかし、ショゴスとて目の前の脅威に対して、何ら対抗策を施さない程愚かではない。
 ぶつけられた気を己のモノとして、その泡立つ質量を瞬間的に増加させる。
 攻撃された地点を中心に眼球を始めとする各種感覚器官を生成、古菲の姿を捉えて離さないつもりなのか、絶対飽和状態を迎えてもなお眼球を生成生成生成生成生成。

「ヒィっ!!」

 あまりにも悍ましいその光景。眼球の上に更に眼球が生成されその上に更に眼球が生成される連続するポリプ状のその構造に、古菲は耐え難い生理的嫌悪感を覚え、その動きをほんの数瞬止めてしまった。
 その隙を逃さずにショゴスが触腕を伸ばし、古菲の両手足を一瞬のうちに拘束。

「テケリ・リ!!」

「しまったアル!!」

 眼球の群れが十字に亀裂が走り生々しい音を立てて、割れた。そこから伸びるのは見るも汚らわしい配列を持つ鮫の歯にも似た乱杭歯、さらにその向こう側、獲物を逃さずバラバラにしてのける円形鋸状の奇妙な歯。

 銃声銃声銃声銃声!!

 先ほど九郎が撃った銃とは異なる音が、再び地底図書館内に木霊した。
 銃声とともに、古菲の腕を拘束していた触腕が打ち抜かれる。如何なる原理からか、銃声の数よりも打ち抜かれた触腕の数は明らかに多かった。
 更に、ショゴスの触腕は銃弾がかすったとおぼしき箇所が凍てつく。

 古菲は四肢に力を込めて、凍り付いた部分をへし折った。そのまま一時離脱。ショゴスから距離を取った。

 古菲が銃声が聞こえた方を向けば、九郎が左手に銃を構えていた。
 先ほどとは異なる、銀色の回転式拳銃[リボルバー]、イタクァ。何処までも冷徹でありながらどこか耽美なフォルムはどことなく幻想的であり、弾倉下で煌々と輝く鮮紅のレーザーサイトはどこか恐ろしく、ともすればどこへなりとも連れて連れ去られそうな気分に陥ってしまう。

「死にたくなかったら止まるんじゃない!!」

「助かったネ!!」

 古菲は再びショゴスに向かって飛び込んでいった。

 右サイド。
 体勢を低く。まるで地を駆ける獣の如き体勢で、楓が砂地を電光石火の勢いで走ってゆく。
 当然のごとく、数百数千の触腕が、楓を串刺しにせんと疾駆するが、楓に追いつくにはその動きはあまりに愚鈍。からぶった触腕が砂地に列を成して突き刺さる様はただただ無様。
 
 追いかけてダメならば、正面から突き刺せばよい。正面ギリギリでのカウンターを狙い体表面上にいくつもの棘状の外骨格を生成。通常の反射神経ならば決して避けることが出来ないであろう距離まで楓が近づいてきたところで、突起物を先端に、槍のような形状をした触腕が、楓の脳天を貫こうと迫る。

「テケリ・リ!!」

 ショゴスの驚愕の鳴き声。触腕が楓の脳天に突き刺さるその刹那。楓が二人に分身したのだ。

 触腕がを挟み、二人の楓が併走する。

 ショゴスもめげずに再び楓に向かって触腕で攻撃を仕掛けるが、結果は先と変わらない。
 結果として四人に増えた楓が、ショゴスに接触。四人が四人、独立してバラバラな攻撃を仕掛ける。

「おぅ!! ジャパニーズNINJA!!」

 九郎は楓の攻撃っぷりを見ながら、思わず叫んだ。忍者ではなくあくまでもでNINJAと呼ぶ辺り無駄にこだわりを感じる。

「いやいや。拙者、決して忍者ではござらんよ。にんにん」

「すっっっっげぇNINJAっぽい!!」

 語尾が。

 あくまでも余裕の表情を崩さないまま。楓達はショゴスに対して攻撃を加えてゆく、どの攻撃も一撃で岩をも砕く威力を兼ね備えている。
 拳が穿たれる度に、蹴りが炸裂する度に、ショゴスの体表面にある器官が叩き潰されてゆく。潰されるたびにショゴスは新たに感覚器官や運動器官を生成するが、楓達はショゴスのそれらの生成速度を大きく上回る速度で追撃を加えてゆく。

 気はショゴスにとっては格好のエネルギー源である。楓の攻撃を受けた場所は、瞬く間にその質量を増大させてゆき、その地点における圧力を上昇させてゆく。

「――そろそろでござるか」

 決壊の当来を拳に伝わる弾力の変化によって感じとった楓は攻撃地点を変更するために移動することを決定。その場を飛び去ろうとして――

「テケリ・リ!!」

「なっ!! 地面から!?」

 ショゴスの触腕がバンブステークの如く砂地を食い破り、顔を出す。
 顔というのは比喩ではない。触腕の先端には例外なく眼球と口吻が備わっていた。どれ一つとして同じモノはなく、どれもこれもが醜悪の極みであったが、それらは間違いなく顔だった。
 牙やら歯やらが並ぶその奧からは、件の「テケリ・リ!!」という鳴き声が途切れることなく響き、忌まわしい旋律が楓を襲う。

「――っく!!」

 のたうつロープの様なそれらは、違うことなく四人の楓を拘束。個々が独立した意識を持っているかのような動きは途絶えることなく、後続の触腕が更に楓達を捉え、雁字搦めにしてゆく。

「テケリ・リ!!」

 微塵ほどの容赦も慈悲もなく。ショゴスは四人の楓を飲み込んだ。
 ショゴスに取り込まれたモノは瞬く間に溶解し分解し、滋養と化した。彼等の消化力は驚異的だ、彼等に取り込まれた者は、その本質――即ち、魂すらも溶解される。
 高密度の影分身のエネルギー量は膨大だ。ショゴスの体積が爆発的に増大したことからもそのことが見て取れる。

「テケリ・リ!!」

 上等な獲物を喰らった喜びに、ショゴスが歓喜の鳴き声を上げる。

「甘い。甘いでござる」

 ショゴスの直上。全くの無傷で楓が呟いた。
 そのまま、足場も無い空間を蹴り飛ばし、勢いを付けた楓はショゴスに向かって突貫。
 ショゴスに激突する迄のコンマ数秒の間に楓は片手を後ろ手に。体は引き絞られた弓弦の如く莫大な力を蓄積し、手の内には、高密度の気の塊が形成されてゆく。
 本来ならばあり得ない光学的な歪みを発生させ朧気な球体の姿を表すそれは、鋼鉄の装甲ですら易々と撃ち貫く威力を誇っている。

「さあ、コイツも喰らうでござるよ!!」

 ショゴスの体に接触すると同時に解放。掌底につがえた気の弾頭がショゴスの体に突き刺さる。
 音も無く、気弾がショゴスの体に浸透する。

「テケリ・リ!!」

 楓はすぐさまその場を離脱。
 掌底が穿たれた地点の奥底。莫大な生命エネルギーによりショゴスの肉塊が沸騰。異常な速度で細胞分裂が行われる。瞬く間にその漆黒の原形質は質量を増し、体外より溢れ出たゲル状の体組織が泡立ちながら、捻れうねり唸りながらこの世ならざる植物めいた形状を成す。

 そして正面。
 拳銃をホルスターに仕舞いこみ、バルザイの偃月刀を手に取った九郎が触腕を切り裂きながら、ショゴス本体へと近づいてゆく。
 古菲と楓の攻撃により、ショゴスの攻撃の手は相当ゆるんでおり、九郎への対応はあまりに煩雑だ。
 そのことを知ってか知らずか、九郎は呪文の詠唱を開始する。

「フングルイ ムグルウナフ クトゥグア フォマルハウト ンガア・グア ナフルタグン――」

 バルザイの偃月刀を振る迫り来る触腕を切り払いながら、九郎はネクロノミコン新釈に記載された術式を参照、「フォマルハウトに住まう炎の神性」。
 とはいえ、ネクロノミコン新釈の内容はとうてい信用できるモノとは言い難い。当然の如く、術式の威力は記述内容に従い減衰する。このままではクトゥグアどころか、その僕たる炎の精ですら召喚することすら出来ない。

 しかし、それでも並々ならぬ熱量を呼び出すことは出来る。

 九郎の足が呪的ステップ――兎歩――を刻み、バルザイの偃月刀が剣舞に通じる規則性ある動作で宙を薙ぐ。
 その二つの動作が、極めて効果的に結びつき、魔術的効果を何倍にも増幅[ブースト]

 九郎の編み上げた術式が、字祷子を書き換え物理法則を蹂躙する。軽く握られた九郎の手の中。熱力学第二法則に逆らい、超々高熱源体が姿を現す。鋼鉄すらも溶かし尽くすそれは、だがしかし九郎の皮膚を灼くことなく極一点にその熱量を凝縮してゆく。

「イア クトゥグア!!」

 呪文の完遂とともに、九郎の手中にて白色の焔が燃え上がる。光も熱も放たない不思議な焔は完全な球形を形成していた。それは己が内に蓄えた熱量を逃がすまいとする美しき完全。

「これでどうだ!!」

 九郎は腕に防御術式を奔らせ、同時にショゴスの体に白熱球体を掴んだ腕を突っ込んだ。ショゴスが己の体に入り込んだ異物を飲み込もうと、自らの体に備わるしかるべき性質を活性化させた。

「テケリ・リ!!」

 九郎の制御を離れた熱源体は、通常物理法則に則って、その内に秘めたエネルギーを一斉に解放。
 暴走した熱量がショゴスの不浄なる肉体を焼き払おうと疾駆する!!

 吸収しきれなかった熱量が暴走して、沸騰したショゴスの肉体が瞬く間に蒸発。漆黒の蒸気がショゴスの体を膨張させた。

「テケリ・リ!!」

 風船の様にふくれあがったショゴスはだがしかし、蒸発した蒸気内の熱量をも奪い取り、更にその質量を増加させた。

「――――――テケリ――リ」

 しかし、さしものショゴスも度重なる攻撃によってエネルギー貯蔵限界を超えたのか、突如として全ての活動を停止した。

「やったか!!」

 ショゴスの体躯は初めて出会した時の二倍以上となっていた。あまりの重量にさすがに己を支えることが出来なくなったのか。その場にうずくまり、動かない。
 触腕やそのほか付属器官の類は力無く萎れ、漆黒の体内へと回帰してゆく。

 しばらく遠目に見守っていたが、どうも再び動き出す様子がない。

「作戦成功アルか」

「うむ」

 ショゴスの粘液まみれになった古菲と楓がハイタッチを交わす。

「ふいー。どーなることかと思ったけど、案外どーとでもなるもんだな」

 偃月刀を肩に乗せ、九郎がゆっくりと息を吐いた。

「そうそう、九郎殿。一つお聞きしたいのでござるが」

「ん? なんだ?」

「最後のアレ。九郎どのは一体どの様な技を使ったのでござるか?」

「あーアレな。アレは――」

 魔術のことは一応一般人には秘密にしておくようにと言われている九郎としては、此処で『魔術を使った』だなんて正直に答える訳にはいかない。
 いや、ショゴス相手に怯むことなく戦ったこの二人がとうてい一般人だとは思えなかったが、それでも雇用主の意向には逆らえない。

 どうしたモノかと考えあぐねて居ると――

「――――テケリ・リ」

「――なっ!!」

 再びあの声が聞こえた。これまで嫌になるほど聞かされ、しかしこれから先、更に無理矢理聞かされるであろう忌避なる旋律が再び漆黒の汚泥から聞こえたのだ。

 驚いて三人がショゴスに目を向けると。ショゴスはぶるぶると震えながら。己の半身を無理矢理捻っていた。
 巨大なピーナッツ状の形態となり、更に体を捻り続ける。中央のくびれの部分がどんどん細くなり、やがてブチンと千切れた。

「テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!!」

 なんと言うことか。
 ショゴスは2体に分裂した。

「…………増えたな」

「…………増えたアルな」

「…………増えたでござるな」

 2体の超巨大ショゴスを前に、三人が呆然と呟いた。
 完全に裏目に出てしまった作戦の事を嘆きつつ九郎は一度大きくため息をついて、

「とりあえず逃げるぞ!!」

 面舵いっぱい回頭180度。三人は再び走り出した。



File14「Let's てけり・り!! 上」……………………Closed.

魔導探偵、麻帆良に立つ File15「Let's てけり・り!! 下」

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