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File15「Let's てけり・り!! 下」 投稿者:赤枝 投稿日:08/09-16:50 No.1072



 魔導探偵、麻帆良に立つ

 File15 「Let's てけり・り!! 下」

1.

「分かりましたです!! I came from the sky of hatred with reasonable anger in my mind!!」

 夕映の解答。ピンポーンという音とともに、扉が開いてゆく。今の英文にちょいと突っ込みたいところもあるが、とりあえず無視だ。

「まだ続くの!?」

 明日菜が悲鳴を上げる。明日菜はまだ体力に余力があったが、明日菜の隣で階段を駆け上るネギのほうはそうはいかない。魔力による身体強化が出来ていない今のネギは体力的にこの階段は辛い。持ち前の根性で何とかカバーしているものの、あまり長引くと危うい。それを心配しての明日菜の言葉だったが……。

「いえ、携帯の電波が入りましたから、もうすぐ地上のハズです!!」

 夕映がポケットから携帯を取り出して確認を取る。未だアンテナの数は一本だけだったが、それは紛れもなく地上が近い証拠だった。
 解いた問題数も、相当な数に上っている。
 もうそろそろ出口が見えてもいい頃だ。

「急げ急げ急げーーーーー!! ハリーーーーーアーーーーーップ!!」

 切羽詰まった九郎の声。
 ネギ達が今居る地点からさほど変わらない位置で九郎と楓と古菲の三人が、もはや人間の限界に挑戦しているとしか思えない尋常ならざる速度で階段を登ってくる。三人が三人とも驚異的な身体能力の持ち主であるため、ネギ達の何倍ものスピードで、それこそ宙を飛ぶような勢いで階段を駆け上がる、

「みなさん無事だったんですね!!」

 時間稼ぎをすると言った九郎はともかくとしても、楓と古菲が付いてこなかったので心配していたネギは、九郎達の姿が見えたことに安堵した。

 ネギがほっとため息をつこうとしたところで、

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 あの声が聞こえた。
 耳にしただけで背筋に耐え難い意悪寒の走る異様な声。耳障りだとか、気味が悪いだとかそのような領域を軽々と超越したあの笛の音にも似た鳴き声が聞こえた。

 ネギはそっと、螺旋階段の下を見た。

 蜘蛛の巣の如く触腕を四方八方に伸ばした巨大なショゴスがゆっくりと縦穴を登ってきている。それに加えて更にもう一体。巨大なショゴスが蛇のように体を細く――とはいっても階段いっぱいほどの太さがあったが――して、階段を這い上って来る姿があった。

「増えてるーーーーー!!」

 今回はある程度覚悟していた為にいきなり正気を失うことは無かったが、それでも事態の悪化ぶりを嘆かずには居られなかった。

「ネギ!! 出口はまだか!!」

 ネギ達に追いついた九郎は、開口一番にそう告げた。 

「もうすぐだそうです!! あとこっちからも聞きたいんですけど、どうしてアレが二匹に増えてるんですか!?」

「いろいろあったんだよ!! いろいろ!!」

 無理矢理問答を終了させて、ひたすら階段を駆け上がる。

 先頭を走っていた夕映がまたしても扉に突き当たる。肩で息をしながらも、落ち着いた様子でプレートに打ち付けられた問題を読み上げる。
 
「『最終問題――』やりました。これでラストです!!」

 扉にたどり着いたまき絵が夕映の後を引き継いで問題を読み上げる。

「ええと、何々――『nが3以上の自然数であれば、Xのn乗とYのn乗の和はZのn乗と等しい。これ満たす、自然数自然数X、Y、Zは存在しないことを証明せよ』……ごめん、何のことかさっぱりわかんないんだけど、ネギくん。九郎さん。この問題分かる?」

 まき絵の問に、ネギと九郎は二人して顔を見合わせた。二人の顔に浮かぶのは絶望だ。顔を真っ青にして同音異口に叫ぶ。

「「フェルマーの最終定理!!」」

 それを聞いて、夕映がひっくり返った。

「ちょ、ちょっと待ってくださいです。なにかの間違いじゃないんですか? 今まではちょっと難しいだけの中学生レベルの問題ばっかりだったのに、どーして此処まで来て世界最高峰の超難問が来るんですか!!」

 まき絵が首を傾げながら再度尋ねる。

「ふぇるまー? んーとさ、よく分かん無いんだけど結局二人ともこの問題解けるの?」

「無理です!!」

「無理だ!!」

 即座に首を横に振る文化系二人組。

「二人とも頭良いんでしょ? だったらこれくらい……」

 明日菜がジト目で二人の男を睨みつける。

「んーな無茶を言うな!! あのなぁ明日菜。このフェルマーの最終定理ってのは、数々の数学者達が挑んできたってのに360年間証明されなかった超が付く難問なんだよ!!」

「それに、その完全な証明は膨大な量に及びます。喩え口頭説明で解答することが出来たとしても、全部説明している内に追いつかれちゃいますよ!!」

 ということは。

「つまり此処まで来ておいてもうお終いって事――?」

 そう呟いて、まき絵の挙動が一瞬停止する。今までの苦労は何だったのか、これからどうなってしまうのかと言ったことがまき絵の頭の中に浮かんでは消えてゆく。
 そのどれもが絶望的な結果を導き出し、まき絵の可愛らしい顔は徐々に絶望の暗黒に染まってゆく。
 絶望は抗う心を奪い去る猛毒だ。疲れ果てた体としおれた心は力を失い、まき絵はその場に膝を突いた。

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 誘うような声。地獄の底に誘うような忌まわしきショゴスの声がまき絵の鼓膜を揺らす。九郎の忠告を忘れたまき絵は、その声に呼ばれるよう、あるいは飲み込まれる様に、呆然と螺旋階段の下を覗き込んだ。
 
 邪悪な蛇。螺旋状の階段を上ってくる様は、まさしく属性反転を起こした螺旋蛇[カドケウス]。失楽園の中で言及される悪魔達の頭領とて、此処まで醜悪な姿はしていないことに疑問の余地はなく。途方もなく長ったらしい体には触腕が所狭しと生えており、その先端にはどの様な用途に用いるのか全く想像の付かない奇妙な器官が蠢いていた。蛇と言うよりは繊毛虫類の奇形児だ。
 そしてもう一体。地獄の底よりもなお暗い彼方にて退化と廃退を繰り返し堕落の極みすら逸した蜘蛛よりもなお悍ましい姿をしたショゴスがいた。膨大な質量を以てして生成した無数の触腕は正しく節足を成しており、いくつにも分化した鉤爪が石造りの壁を抉り、その巨体を支えていた。蜘蛛の巣のように複雑怪奇に、かつ理解しがたい規則性に従い配列された触腕の収束する先には、ショゴスの巨大な本体があった。その表面には究極的に戯画化した何かが嘲笑っていた。それが人間の顔に見えたのは、果たしてまき絵の気のせいか。

 そこまで認識したところで、まき絵の中の何かが切れた。

「いやーーーーー!! あんなぬめぬめどろどろしたモノが寄って集ってうねうねと体の至る所を這い回って全身のあれやこれやという穴という穴をとても口に出しては言えない言ったが最後検閲削除対象になりかねない手法でそりゃあもうとんでもないことになっちゃうB級魔法少女モノのバッドエンドみたいな目に遭うのはいやーーーーー!! テケリ――テケリ・リ!!」

 まき絵のSAN値がとんでもない数値を記録して、あっという間にテケリ・リな事になった。ダンフォースも真っ青だ。最早この後は精神病院に入院してメスカリンとLSDの投薬治療しか残された道は無いっぽい。

「わーーーー!! まき絵さんがぶッ壊れましたです!!」

「まきちゃん、いーから落ち着いて!! つーか台詞やばすぎだから!!」

 「テケリ・リ。テケリ・リ」と謎言語を呟き続けるまき絵の頬を明日菜がぺちぺちと叩きいてなんとかまき絵を正気に戻そうと躍起になるが効果は今ひとつのようだ。ぼんやりと開かれたまき絵の口から出てくるのは意味を成さない「テケリ・リ」ばかり。明日菜はふと、先ほど九郎がネギにやっていたことを思い出しまき絵の襟首をがっちり掴んで、気合裂帛。「ていっ!!」まき絵の額に向かって渾身のヘッバット。鈍い音。「はっ!! 私、今まで一体何を……」「よかった元にもとったでござるな」「明日菜、凄いアルね」拍手と感嘆の声。ほっとため息をつきつつ、称賛に照れ照れ明日菜は頭の後ろを掻いた。呑気な。

 そんなバカレンジャーを尻目に九郎とネギが目の前のヒヒイロカネ合金製の超硬扉をどうしたモノかと、問題解決のためにぼそぼそと議論を始める。「こーなったらもう魔術使うしかねぇか……」「そ、それは拙いんじゃないかな、ばれたら最悪オコジョだし」「魔術師[マギウス]にはそんな制度ないっての。つか、魔法使いはその手の話に敏感すぎるんだよ」「ともかく今はその話は置いておいて……で、どうするの?」「こーなったら奥の手だ。俺の先生[センセー]直伝のこいつらを使ってだな……」九郎がポケットの中から金色に輝く液体が詰まった試験管と石笛を取り出す。

 慌ただしい皆を差し置いて、扉の前には木乃香が立っていた。この状況下にあっても微塵たりとも怯えていない様子で、いつもどおりのぽけぽけとした柔和な笑みを浮かべている。

 木乃香の頭の上ではピンク色したちびショゴス――沙耶――がなにやら考え込むように瞑目しつつてけりてけりと唸っている。スケルトン瞼の下、眼球がぐるぐると縦横無尽に回転する様はめりっさキモい。

 しかし、沙耶は突如として開眼。惚れ惚れするほど華麗な仕草でにょっきりと触腕を伸ばして、

「てけり・り!!」

 それはもう自信満々に一声鳴いた。ひどく澄んだその声は、刀身のごとき致命的――そう、それはまさに致命的だった――な鋭さを持っていた。

 ピンポーン。間抜けな音とともに扉が開いてゆく。

「「「「「「何ィーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」」」」

 木乃香を除く全員の驚愕。

「沙耶は凄いなぁ」

「てけり・り~」

 フェルマー陥落。なんかもーぐてぐてだった。数学者達の360年間は一体何だったのだろうか、人類が数千年かけて発展させてきた数学という学問は、たった一言の「てけり・り」に劣るとゆーのか。しかもなんだこの既視感[デジャビュ]。てけり・り。

「ええい!! この際助かればどーでもいい」

 いち早く立ち直った九郎がやる気を振り絞って言ってのける。

「そーですか!? 決して無視も容認もしちゃいけない究極的な現象が起こった気がするんですけど!! なんというかこう人類的に!!」

 ネギの必死の主張。
 もっともなことだ。頭痛をこらえるように額に指を当てながら九郎はネギの肩に手を置いた。

「いやさ。俺もそー思うけど……深く考えたら最後、首括って死にたくなるよーな気がして仕方がないからその話はもう止めな?」

「てけり・り」

 細かいこと気にするなよ。とでも言いたげな様子で沙耶がちみっこい触腕をうねーんうねーんと振り回す。

「やー、問題解いてくれたことには感謝するけどな……」

 はぁ。九郎はため息をひとつついた。
 再び萎えきった精神に鞭打って、九郎は無理やり気合を入れ直す。

「とにかく今は逃げるべしっ! 全員。急げっ!!」

 ともかく生き延びるためには、逃げなければならない。全員が九郎に倣ってやる気を振り絞った。
 ゴールは目前であり、此処が踏ん張りどころであることぐらいは皆分かっていた。

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 階段下からは相も変わらずショゴス達の鳴き声が響いてくる。あの胸糞の悪い音色の音量が徐々に大きくなっているように聞こえるのは決して気のせいではない。

「あれを見てください!! 地上直通のエレベーターです!!」

「全員、アレに乗れ!!」

 九郎に言われる迄もなく、明日菜、木乃香、楓、まき絵、夕映、古菲、ネギが順にエレベーターに乗り込んだ。

「九郎、早く!!」

 ネギの呼びかけに、九郎はその場に止まることで答えた。


 
2.

「いや。俺は此処までだ」

 九郎はそういって、エレベーターの敷居の向こうで立ち止まった。
 
「こっから先はお前らだけでも何とかなるだろ。つーわけで、先に上に上がってな。俺……まあ、やらなきゃならないことがまだ残ってるからな」

「九郎?」

 ネギの呟きを、九郎は苦笑で返す。

「アレ。このまんまほっとくのはいくらなんでも後味が悪ぃだろ」

 背後から迫り来るショゴス達を、くいと指差して九郎は言った。
 九郎はあの怪物どもとの決着をつけるつもりなのだ。その場にいる誰もが、九郎の意思をこれ以上ないほど明確に悟った。

「でも、九郎……!!」

 搾り出すような声で、ネギが言った。
 
 ネギは九郎が強いことを知っている。
 先ほどの戦い。派手な魔術は使用してはならないという縛りの利いたルールの中で、九郎はショゴスと戦い。それでもなお無事だった。
 戦闘に関しては全くの素人であるネギとて、九郎が相当な術者であることは分かっていた。

 だがしかし、たった一人で、あの巨大なショゴス達の相手ができるだろうか?
 あの時。以前一度戦ったあの時でさえ、九郎は苦戦し。彼らを倒すことができなかったのだ。それに、相手の戦力は以前のそれより増大している。
 それに加えて相手は不死だ。朽ちることも死することもない常識外の形質を備えた化け物だ。
 いかな攻撃にも傷つくことなく。痛みに対して恐れを抱くこともなく。そのタフネスは底を知らず。
 彼等との闘いが困難なモノであることは想像に難くはない。消耗戦ともなれば、いかに魔術師[マギウス]といえども分が悪い。
 九郎の実力がどれほどなのかネギは知らなかったが、九郎がこの先起こりうる戦いを無傷で切り抜けられるとはネギには到底思えなかった。

「…………っ!!」

 しかし、それでもネギは何も言うことが出来なかった。

 ネギは聡い。
 九郎を含めた全員がこの場から地上まで逃げ出すことが出来たとしても、その後でショゴス達が追いかけてこないという保障はどこにも無い。
 地上に上がった彼らがどのような行動を示すのかは全くの未知数だ。けれども、彼等の行動によって引き起こされる事態がどれも酸鼻極まるものになることは想像に難くない。
 彼等は全く邪悪なもの共だ。不浄なるもの共だ。常なる領域から乖離した許容しがたい悍ましきもの共だ。理解しがたい理念によって行動する化け物どもだ。
 
 だから、この場に残り。ショゴス達をどうにかしようという九郎の選択は正しい。どうしようもないほどに正しいのだ。

 だからこそ、ネギは何もいえない。何も言うことが出来ない。何もすることが出来ない。

 でも、そのことが何より悔しかった。
 知らず知らずのうちに、ネギは杖を握る手に力が入った。ぎゅっと唇を噛んで、下腹に溜まる粘性の高い熱を無理矢理に押さえ込む。

「そんな顔すんなっての」
 
 ぽん、と。九郎はネギの頭の上に手を置いた。
 半ばかき回すように、乱暴な。けれども優しさのこもった手つきでネギの頭をくしゃくしゃとかき回す。

「こういう時に気張るのは、大人の仕事なんだよ」

 優しげに微笑みながら言って。九郎はネギの頭から手を離した。
 そのまま階段の踊り場で振り返る[ターン]。ばさりとコートが翻り、その内よりバルザイの偃月刀を取り出す。
 徐々に距離を詰めてくるショゴス達に刃を向けて、九郎の表情が切りかわる[ターン]
 冷徹な眼差し。世界に流れる術理の隙間を暴き立て、自らの意思を捻込み世界を改変[ターン]させる魔術師[マギウス]の双眸だ。
 これにて逃走の時間は終了し、九郎の反撃[ターン]が始まる。

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 ショゴス達は刻一刻とこの場に迫りつつある。

 だというのに、ネギ達は一向にエレベーターで逃げようとはしない。九郎をこの場において逃げることにためらいを感じているのだ。

 九郎とてその気持ちが分からないわけではなかったが、このままにしておく訳にもいかない。

 バルザイの偃月刀を逆手に持ち替えて、後ろを見ないままエレベータの操作ボタンのプレートに突き刺す。
 偃月刀に刻まれた緋文字が九郎の意思を反映して、変貌する。
 一瞬のうちにエレベータの電装回路を小径[パス]として、動力系を掌握。

「出すぞ!!」

 九郎が言うなり、魔術によって干渉されたエレベーターの扉が閉まってゆく。

 ゆっくりとしまっていく扉の向こう側に、ネギは迫りくる怪物と、それに立ち向かう大人[九郎]の姿を見た。
 瘴気の風に揺れるコート。強大な怪物。守られるだけの自分。

 我、埋葬にあたわず[フラッシュバック]
 数々のキーワードと、現在遭遇しているシチュエーションにネギのトラウマが呼び起こされる。
 過去の忌まわしき記憶は、葬り去った死者のようなものだ。彼らは機会を窺い、時としてよみがえり、自らの存在を忘れ去った者たちに復讐を果たす。
 葬り去りたい過去[きおく]はいつだって生ける者[いまのじぶん]に牙を剥く。その腐敗しているにもかかわらず鋭さをいや増しにする爪で自身の存在[トラウマ]を幾重にも刻み込む。
 古傷を抉るように、忘れ去ったはずの記憶が蘇る。
 脳裏に浮かぶのは、あのいやな笑みだ。狂気に歪み、悪意によって彩られ、嘲りに満ち満ちたあの初老の男の笑み。
「おお。これはこれは。君は、君はあの男の息子か。息子なんだな。わざわざこんな山奥くんだりにやってきた甲斐が、甲斐があったというものだよ。はは、ははは。実に。これは実に都合がいい」
 化け物共を従えるあの男の笑みが蘇り、ネギの胸に鋭く強い痛みが奔る。
 それはただの幻痛[ファントムペイン]。ネギの心に眠る、ネギにしか見えない、ネギだけしか知らない悪夢が引き起こす。実態無き痛みだ。
 だがしかし、それ故に我慢がならない痛みでもある。





 ネギは杖を握り締める。父から受け継いだ杖を握り締める。
 痛みに耐えるように。痛みを堪えるように。痛みに抗うように。

 漆黒のコートが純白のローブと重なる。黒々とした偃月刀を魔法使いの杖と錯覚する。九郎の威風堂々とした背中が、今にも消えてしまいそうなものに取って代わる。
 この後、九郎とは二度と会うことは出来なくなるのではないだろうかという不安が降って沸いた。その不安はあっという間にネギの心を覆い尽くし、腹の下に蓄積した熱によって沸騰し、ネギの内圧を上昇させてゆく。

「てけり・り?」

 怪訝そうな沙耶の鳴き声。想念には敏感な性質を持つショゴスであるがゆえに、沙耶は今のネギの精神状態に気がついた。

 突如として、ネギは駆け出した。

「ネギ!! 何やってんのよ!!」

 明日菜の焦りに満ちた声。それに続いて皆もネギの突然の行動に面食らいながらも、明日菜と同じくネギをとめようとする。だがしかし、それも今のネギには届かない。咄嗟にネギをとめようとするが、それも追いつかない。

「てけり・り!!」

 ただ、沙耶だけが追いついた。彼女は精神波には敏感な性質を持つショゴスであり、ネギが今どのような状態にあるのかも理解していた。
 俊敏な動作で触腕を伸ばし、ネギの肩を捉えるが――いかんせん沙耶の体は軽すぎた。沙耶がもつ質量では到底ネギを拘束することは出来ない。
 そのままネギに引っ張られて、沙耶もエレベーターの外に出て行った。

「沙耶っ!」

 完全に閉じたエレベータの扉に木乃香の叫びは遮られた。


 

 3.

 なぜエレベーターから降りたのか、その理由はネギ本人にも良く分からなかった。
 気がつけば体が動いていた。自分の根幹、あるいは本質とでも言うべきところから発せられる抗いがたい衝動が自分の体を突き動かしたのだ。
 ともかくアレは、自分の表装意識の介在しない、きわめて自動的かつ直線的な反応だった。

 理由を探す。ネギは痛みを堪えるように、あるいは痛みを放逐するために思考する。

 そうだ、九郎を助けるためだ。
 自分は魔法使いだ。九郎のサポートをするくらいのことは出来る。

 ――違うな。違うとも。

 そうだ、ショゴスを倒すためだ。
 『最後の手段』がある。アレを使って倒せない敵はいない。

 ――違うな。違うとも。

 そうだ、自分の生徒たちを守るためだ。
 九郎はショゴスを倒すかもしれない。けれど九郎は消えてしまうかもしれない。だから自分が此処で頑張らなければならないのだ。

 ――違うな。違うとも。

 痛みが消えない。根本的な何かを忘れているようなそんな気がする。

 ――教えて、教えてやろうじゃないか。君は、君はな。自分が無力な存在であるということを認めたくないだけなのだよ。誰かを助けるだとか、そんな大層な理由で、理由で動いているわけではない。ないのだよ。
 ――君はな。本来他人を気遣うような人間ではない。もっともっと利己的で傲慢きわまる小賢しいだけの……

 棺桶[ペインキラー]を用意しよう。墓穴を掘ろう。釘と金鎚を手に持とう。
 棺の中には彼を入れよう。彼を押し込め埋葬しよう。

 ――そら見たことか。見たことか。君は結局、恐いのだよ。

 釘を打とう。釘を打とう。釘を打とう。
 さあ、埋めよう。死者は墓地に。十字架で封印を。
 死者が蘇るだなんて、そんなことはあってはならないのだ。
 世界に摂理[ルール]を、地上に安息を。
 死者は地獄で微睡むべし。

 ――ふむ。またしてもそうくるか。そうくるかね。いいさ。いいとも。君が再びそれを選択するならば、それもいいだろう。私から逃げ続けるのもまたいいだろう。だがしかし努々忘れてくれるなよネギ・スプリングフィールド。君はいつの日か、恐怖[わたし]と対峙しなければならない。それが人生というものだ。
 ――ではまた、いずれ[See you again]!!

「こんの馬鹿野郎!! 何で残りやがった!!」
 
 驚愕と憤怒と焦りが複雑に入り混じった表情で九郎が叫ぶ。
 九郎には、ネギがなぜこんな無茶な行動に出たのかさっぱり分からなかった。賢く聞き分けのよい子供だと思っていたネギのこの突飛な行動は完全に九郎の予想外だった。
 
 九郎の怒声にネギははっとなる。ショゴス達は相も変わらず邪悪な律動を繰り返しながらこちらに向かって上ってきており、もはや時間的な余裕ほとんど無い。

 だがしかし、ネギもまた言い返す。とってつけたような理由で、本当の心を隠し、実に非効率的だが納得できないわけではない回答を九郎に向かって言い返す。

「僕は――僕は明日菜さんたちの先生なんだ。だから此処を九郎だけに任せるわけにはいかないんだ!!」

「魔法も使えないのにか!? 誰かを助けるってのは、自分が犠牲になるってことじゃないんだぞ」

「魔法が使えなくてもだよ!! 僕はもう誰かに助けてもらうだけなのは嫌なんだ!!」

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! こんのわからず屋!! 今ようやく分かったぞ。お前聞き分けいいフリしてるけど実はとんでもない頑固者なんだなそうなんだなド畜生!!」

 がりがりと苛立ちを抑えるように九郎が頭をかきむしる。ちらと迫り来るショゴス達を一瞥し、即座に決断。

「ネギ!! 封印魔法の基点は何処だ!?」

「右腕だけど、それがどうか――」

 右腕と聞くなり、間髪入れずに九郎はネギの右腕にバルザイの偃月刀を突き刺した。

強制干渉[アクセス]!!」

 唱え、九郎はバルザイの偃月刀の術式を一部改変。ネギの魔力波長を同調させ、術式をネギの体からバルザイの偃月刀へと移植を計る。

「うわっ!!」

 ネギの右腕には一本の誓約の黒い糸。それと直角に交わるように突き刺さったバルザイの偃月刀。だがしかし、不思議なことにネギにの腕に痛みは無く、血の一滴も流れてはいない。それどころかバルザイの偃月刀はもとより自分の体の一部だったのではないだろうかと強烈に錯覚する。

 共感魔術。
 モノとモノの間に共通項を見出し、その中にある関連性を利用するこの魔術は、原始的な魔術のなかでも最も基本的なモノのひとつとして数えられている。
 魔術とは言っているが、その理論は魔法にも取り込まれ体系化されており、たいていの魔法や魔術には何らかの形で共感魔術の概念が内包されている。それ故に魔法使いであれ魔術師[マギウス]であれ、その理論と概念の習得は必須である。
 とりわけ呪いに分類される魔法や魔術ともなると共感魔術との関わりが深くなる。

 ネギの腕に刻み込まれた誓約の黒い糸が、ムカデが地を這うような生々しい動作でバルザイの偃月刀にむかって移動してゆく。

 魔法封印とはすなわち「魔法を封印する呪い」である。呪いである以上は共感魔術の要素を多分に含んでいる。そのため共感魔術を利用すれば、解呪[ディスペル]までは叶わなくとも『呪い移し』を行うことが出来るのだ。
 特にバルザイの偃月刀は武器としてだけではなく、触媒としての性能も高い。これを用いれば呪いの対象を『ずらす』ことが出来る。

 完全に黒い糸がバルザイの偃月刀に移動しきったその瞬間を見計らって九郎はバルザイの偃月刀を引き抜いた。引き抜くと同時にネギとバルザイの偃月刀の間に形成された感染回路に防壁を展開し強制遮断。バルザイの偃月刀とネギの間で起こる共感効果[フレイザーエフェクト]を防止する。

 引き抜かれたバルザイの偃月刀の刀身の上で、黒い糸の呪が作用する。
 魔法封印は、奇跡を許さない呪いだ。当然、魔術によって構成されたバルザイの偃月刀の存在を許容しない。
 黒い糸を中心にバルザイの偃月刀に皹が入る。

 九郎がバルザイの偃月刀を宙に放り投げると同時に、バルザイの偃月刀のひび割れは刀身全体を覆いつくし、意味の矛盾へと陥り、瞬く間に限界へ。そして意味の崩壊を起こした。
 魔術的存在であるバルザイの偃月刀にとって、意味の崩壊はすなわち存在の崩壊だ。
 金属が軋む様な耳障りな音ともにバルザイの偃月刀が砕け散る。
 無数の術式[コード]と成り果てたバルザイの偃月刀は九郎の手の中で魔導書の頁に戻る。
 九郎はすかさずバルザイの偃月刀を再構成しようとするが、失敗。
 術式の破損がひどく、一度本格的に調整しなおさなければ到底バルザイの偃月刀の鍛造は不可能だ。

「しばらくは無理か!!」

 一方のネギは、封印が外れたことで魔力が戻ってきたことを感覚した。全身を循環する力強い魔力の脈動は、ネギの体に常人以上の身体能力を提供する。
 手に持った杖に意識を集中させると、頼もしいレスポンスが返ってくた。いつも以上に反応が強いように思えるのは果たしてネギの錯覚か。

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 ネギに魔力が戻ったその瞬間。蛇のような形をしたショゴスがネギと九郎が立っているその場所に猛烈な勢いで突進してくる。
 エレベーターを破壊されてしまえば、明日菜達は無事に地上にあがることが出来ない。

「ネギ!!」

「分かってる!!」

 それだけで、二人はこれから起こすべき行動をはっきりと悟る。

契約執行[アクセス]!! 我は神意なり[I am providence]!! 起動せよ!! ネクロノミコン新釈」

 九郎の手中にあるネクロノミコン新釈が『紐解かれる』。バラバラに解けた頁は間髪置かずに九郎のコートを朱の裏地を持つ漆黒のマントへと変貌させる。

「ラス・テル マ・スキル マギステル。風花[フランス]――」

 ネギが杖を構え呪文を唱える。選択するのは防御呪文。ネギの呪文に反応して風が集い密度を増す。
 九郎が剣指を構え、中空に五芒星を切る。九郎の指先より放たれた術式が確かな存在感と威力を備え、着実に意味を、つまりは形を成してゆく。

風障壁[バリエース・アエリアーリス]!!」

破邪の印形[エルダー・サイン]!!」

 二人が口訣を唱える同時に、二人の魔法と魔術が完成する。
 ネギの魔法によって紡がれた風が、圧倒的な物理量を兼ね備えた大気の絶壁と化す。その内側、九郎が構成した防御結界・破邪の印形[エルダー・サイン]が光輝を描き完全なる五芒星を展開させる。

「テケリ・リ!!」 

 その防壁の攻略にショゴスが選択した戦術は、単純極まりない体当たりだった。しかし、大質量の体躯はそれ自体が強力な武器である。階段を地球上に存在するどんな生物にも真似できないような気味の悪い走法は、その巨躯を途方もないスピードで動かす。
 その破壊力はまさしく鉄砲水そのものであり、鉄筋入りの建造物であろうとも易々と薙ぎ倒すに違いない。

 ショゴスが防壁に激突する!!

 障壁の向こう。ショゴスの柔らかい半ゼリー状の体がネギの構築した風の障壁に阻まれる。
 急制動を取るつもりなど毛頭無いのか、ショゴスは止まることなく自らの体を障壁にぶつけてゆく。防壁に阻まれた体は後ろから押し寄せる自らの体によって防壁の形に添って飛び散ってゆく。

「――うぅッ!!」

 ネギは吐き気をこらえる。
 ネギが構築した障壁は不可視であり。それはつまり、ショゴスが生成した各種器官がつぶれていく様がこれ以上ないほど明確に見えると言うことだ。
 眼球が圧力に負けて内部の硝子体をぶちまけてはずるずると引きずられるようにして飛び散ってゆく。人間の手によく似た器官があまりの勢いにへし折れて圧壊しその中に内包されていた生々しいピンク色をした筋肉状の組織をばらまいては飛び散ってゆく。とにかく何もかもがぐちゃぐちゃで気味が悪くてグロテスクであった。死体置き場[モルグ]に安置されたありったけの死体をミキサーにかければあるいはこの光景の半分ぐらいはその悍ましさを表せるだろうか。

 ショゴスの圧倒的な質量攻撃の前にネギの作り出した障壁が崩壊する。ネギの使用した魔法は、圧倒的な防御力を誇る一方で、継続時間が短いという欠点がある。むしろ本来ならば即座に壊れてもおかしくないはずの魔法を数秒間とはいえ継続させたネギの技量を褒めるべきだろう。
 ネギの障壁を突破したショゴスは、壊れた体の修復も行わぬままに、九郎の作り上げた防御結界を突貫――

「…………テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 ――する事はなく。破邪の印形[エルダー・サイン]との接触を避けるようにその場で急速に方向転換を果たし、螺旋階段の側壁にしがみつくような形で逃げた。

「――どうしたってんだ?」

 怪訝そうに、九郎がつぶやく。
 破邪の印形[エルダー・サイン]はあくまでも防御結界だ。脅威と敵意を祓う力を持ちはするが、相手の自発的な行動を促すような性質は持たない。

「なんだか九郎のアレに怯えているみたいだ……」

 吐き気を堪えながらもネギはショゴスから目を離すことなくその様子をつぶさに観察する。

「てけり・り!!」

 ぴょこんと、ネギの背中から沙耶が顔を――というよりむしろ全身を――だして、ネギの耳元で一言呟いた。

大いなる『古きもの』[Great Old Ones]?」

 ネギのその言葉を聞いて、九郎がはっとする。

「そうか、てっきり克服したもんだと思ってたけど。こいつらまだだったんだな。だとすれば……」

 九郎が考え込む。自分の考えを試すように前方に展開させた破邪の印形[エルダー・サイン]を解除する。
 途端に壁に張り付いたショゴス達が活性化を始め。全身から無数の触腕を生成する。

「やっぱりか!!」

 九郎は確信に満ちた笑みを浮かべ、プランを練り上げる。現在自分が持っている魔術触媒の種類と数を確認。今まで読んだ魔導書の知識を総動員しする。ミスカトニック大学隠秘学科同期のウィンゲート・ピースリーの自慢話はどんなものであったか、海棲[シー]ショゴスをどのように撃退していたと言っていたか思い出す。
 それらをすべて統合し、九郎は次の手を思考する。

 再び活性化したショゴス達はネギと九郎の方に注意を向けていたが、これから先再びエレベーターに攻撃を仕掛けないとも限らない。

「僕の生徒たちに手出しはさせない!!」

 ネギは、エレベータをショゴス達に破壊されるのを防ぐために、再び魔法をつむいでゆく。

「ラス・テル マ・スキル マギステル。逆巻け[ウェルタートゥル]春の嵐[テンペスタース・ウェーリス]彼女らに[ノービス]風の加護を[プロテクティオーム・アエリアーレム]
 風花旋風[フランス・バリエース] 風障壁[ウェンティ・ウェルテンティス]!!」

 壁に埋め込まれたエレベーターを守るように、エレベータ全体を竜巻の旋風が覆いつくす。突如として発生した竜巻に興味を持ったのか、ショゴスが竜巻に向かって触腕を伸ばすが、風の刃はショゴス達の軟体質の体を容赦なく切り裂く。

「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 体を蜘蛛の様な形態にしたショゴスがネギたちの追いついた。中央部分にある巨大な顔に備わる巨大な目をぎょろりと剥いて、九郎とネギを捕捉。節足動物じみた鉤爪を持つ触腕をネギたちに向かって振るう。

「九郎。飛ぶよ!!」

「解ってる。そっちもヘマやらかしてつかまるんじゃねぇぞ!!」

 ネギは杖に跨り、風に乗るように軽やかに空中に飛び上がった。一箇所に動かず固まっていれば、ショゴス達が質量に物を言わせた攻撃を仕掛けて来るかもしれない。それを防ぐために二人は自在に行動することが出来る空中を新たな戦場として選択した。
 だがしかし、空中はショゴスの触腕が大挙する連中に有利な領域でもある。
 すぐさまネギは無数の触腕による攻撃を受ける。

「このぉっ!!」

 器用に杖を操作しながら、ネギはショゴスの触腕を回避した。

 ネギがショゴスの触腕の攻撃を受けているところを見た九郎は、何とかなりそうだと。壁に張り付いたショゴスの相手はしばらくネギに任せることに決めた。
 九郎のマントがみしみしと音を立てて変質。術式[けっかん]に大量に送り込まれた魔力[けつえき]がマントの表面を駆け抜け、瞬く間に悪魔じみた一対の翼を構成する。
 天井を向いた翼が目にも留まらぬ勢いで下に振り下ろされる。それは羽ばたくといった上品なものではなく、叩き付けると呼ぶにふさわしい無骨な動作だった。

 空振ったショゴスの触腕が石階段を叩き割る。

「でりゃぁぁぁ!!」

 お返しだといわんばかりに、九郎が蜘蛛状のショゴスの中心部に向かって飛び蹴りを放つ。

「テケリ・リ!!」

 魔力によって強化された蹴りは、中心部の硬化された部分を穿ち、高威力のままにショゴスの体を地下に向かって吹き飛ばす。

 だがしかし、ショゴスも負けてはいない。鉤爪状の触腕をあたり一面に食い込ませ落下を防ぐ。しかしそれでも勢いを殺しきれずに、壁に突き刺さった触腕はがりがりと壁面を削りながらかなりの距離を落下。

「もう一丁!!」

 九郎はホルスターからイタクァを取り出し、落下を食い止めるためにほぼすべての触腕を使ってしまったために再びがら空きになった中心部に向かって銃口を向ける。即座にトリガー。


 連続する銃声。

 イタクァがシリンダ内に収められた弾丸を残らず吐き出す。必中の弾丸はショゴスの中心部を過たず穿ち、負の熱量の呪いを開放。九郎の追撃に備え軟化しつつあったショゴスの組織は、強制冷却され硬化した。

「テケリ・リ!!」

「落ちろ、粘物!!」

 そこに向かって再び九郎は蹴りを放つ。接触の瞬間に放たれた魔力が九郎の蹴りの威力を更に強化し、ショゴスは更に地下深くへと落ちていった。

 一方ネギは、もう一匹のショゴスとの戦いを繰り広げていた。
 蛇のような形態は捨て去ったのか、壁面にべったりと張り付いて、先端にさまざまな形態の武器を持つ触腕をネギに向かって伸ばす。一本一本はネギの腕周りほどしかない太さだが、その数が尋常ではない。

「テケリ・リ!!」

 自分が巨大な生物に食われ、消化器官の中に閉じ込められたような錯覚に陥りながらも、ネギは必死になって触腕を回避してゆく。
 四方八方前後左右どの方向からも遅いかかかってくる触腕をネギ一人で回避することは難しい。

「てけり・り!!」

 そんなネギを、ネギの頭の上に乗った沙耶が正確にサポートする。脊椎動物が持ちうるいかなる感覚器官とも異なる特殊かつ高精度の感覚器官が迫り来る触腕の位置を正確に把握。そして、沙耶の持つ超度の高速演算能力が完璧な逃走ルートを算出する。
 更に、ネギは沙耶の言葉をほぼ完璧な形で理解することが出来る。沙耶の一言の中には途方も無い情報が内包されており、実質上のテレパシー――それも三次元情報まで正確に伝達可能な!!――だ。

「――ッは!!」

 沙耶の用意するルートはどれもこれもシビアなものばかりで、ネギは必死になって杖を駆り触腕の攻撃から逃れる。杖を中心に自分の体を回転させる曲芸じみた挙動や急反転を繰り返しては何とか触腕の攻撃を回避してゆく。
 ネギは反撃を試みようとするが、呪文に集中すれば確実に触腕の餌食になってしまうことは明白であり、今は回避行動に専念するほか無かった。
 このままではジリ貧になることは明らかだった。相手は疲れるということを知らない異端的な生物であり、こちらには体力にも魔力にも集中力にも限界がある。

「てけり・り!!」

 沙耶が算出した回避ルートがネギの耳を介して視覚野に投影される。三次元的に自分とショゴスの触腕の位置を正確に把握。ネギは沙耶の表示する回避ルートを一部改変。下方に向けての強引な方向転換。

風楯[デフレクシオ]!!」

 杖の先端に防壁を展開。ネギは体勢を低くして正面面積を出来うる限り削った。

加速[アクケレレット]
 
 慣性がネギの体を後ろに向かって引っ張るが、ネギは全身の力で杖にしがみつくことでそれに耐える。
 ネギが触腕の群れに向かって突っ込んでゆく。構成された楯はお世辞にも丈夫なものではなかったが、致命的な攻撃だけは何とか防ぎきることが出来る。

「うぐっ!!」

 いくつかの触腕は防壁で弾いた後もネギの体にぶつかってきたが、楯にぶつかったことで十分勢いが殺されたためか、それとも運が良かったのか。どれもネギを傷つけるには至らなかった。

 触腕の群れを突破する。

「ネギ!! 避けろ!!」

 抜けた途端。ネギの視界に飛び込んできたのは、赤の装飾を施された黒いモーゼルをこちらに向けて構える九郎の姿だった。

 ネギは反射的に杖を操作して進行方向を変える。

 瞬間。轟音と灼熱がネギのすぐ横を通り過ぎた。
 放たれた銃弾はネギを追いかけていた触腕にぶち当たり、その熱量を開放。莫大なエネルギーがショゴスの体細胞をいっせいに活性化。触腕の先端部が急激に膨れ上がり、後続の触腕のすべてを飲みこみ、銃弾から伝達された運動エネルギーによって上方に向けて押し返される。

 ネギは杖を操り、自動拳銃クトゥグアをホルスターに収納する九郎の元に停止する。

「た、助かったけどさ。もうちょっとやりようはなかったの九郎?」

「てけり・り!!」

 ネギと沙耶が九郎に向かって抗議の声を上げる。沙耶がちょっと前よりも大きくなっているように見えるのは、先ほどの熱量を吸収してしまったせいだろうか。

「大味なのが大十字九郎探偵事務所のセールスポイントなんだ」

 悪びれもせずに言い切った。

「あんま時間がないから手短に言うぞ。とりあえずネギ、コイツを持っとけ」

 九郎がマントの内側からジャラジャラと平べったい石を取り出す。数は6個そのどれもが灰白色をしており、石の面積の広い部分には五芒星が刻まれている。
 ネギは九郎の手からそれらを受け取る。

滑石[タルク]? それにしてはなんか変な感じが……」

「ムナールの灰白石って言うんだ――そのものだったら一番いいんだけど、本物は希少だからな。そのレプリカ。まあ、護符みたいなもんだ。
 んで、こっからが本題。ネギ、ちょっと耳を貸せ」

「いいけど――」

 ごにょごにょと、九郎がネギに耳打ちをする。ネギは耳打ちで話す必要がどこら辺にあるのか疑問に思ったが、なんか九郎がひどく楽しそう――こんな状況にもかかわらず――にしているので思わずあわせてしまった。
 九郎がネギに告げたのはごくごく簡単な指示がいくつか。どのオーダーもネギの技量でも簡単にこなせるものばかりだ。

「じゃあ頼むぞ、ネギ。
 ああ、それと沙耶。お前全感覚器官を仕舞い込んどけ。アレを見るとお前もやられるかも知れないから――ってヲイ」

 ネギの頭の上で沙耶が触腕を伸ばして、興味深そうにムナールの灰白石を玩ぶ。

「お前……それ平気なのか?」

「てけり・り」

「『別にどうってこと無い。私は彼らとは違う』って言ってます」

 ネギが沙耶の言葉を翻訳して九郎に伝えた。

「…………お前、克服してんの?」

「てけり・り~」

 こくこくとネギの頭の上でピンク色の粘物が頷く。

「いや。お前、ホントにショゴスか? なんか異次元から飛来したショゴスに良く似た別の何かじゃないのか?」

 だってほら、名前が沙耶だし。

「てけり・り!」

「『そんなことはない、私は立派なショゴスだ。誤解を招きかねない発言はやめてほしい』だって。
 って九郎!! そろそろ危ないよ!!」

「テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!!」

 上下からショゴス達の鳴き声が聞こえる。沙耶の鳴き声と同じものであるのに、彼らの鳴き声のなんと邪悪なことか。

「ああ。のんびりまったりやらかしてる場合じゃなかったな」

 九郎はガリと自分の親指の皮膚を噛み切り、ネギの手に血液を付着させる。

「ネギ、作戦開始だ!! 俺は上のヤツをやる!!」

「じゃあ、僕は下を!!」

 言うなり、二人は同極の磁石のごとく上下それぞれに飛んだ。

 ネギは地下に向かって高速で飛ぶ。九郎に指示されたオーダーは三つ。

 一つ。ショゴスの向こう側に到達すること。
 蜘蛛上に触腕を展開したショゴスに向かって、ネギは高速で飛び込んでゆく。

「テケリ・リ!!」

 ショゴスが自分の元に飛び込んでくる獲物に、中央部の顔を歪ませて歓喜の雄叫びを上げる。触腕を途中で分裂させ、ネギに向かって武器化した触腕の数々を向け、ずたずたに引き裂こうと酷薄な動作でネギの到来を迎える。

 かかった!!
 ネギは心の中で喝采をあげる。
 飛行速度を一気に上昇させながら呪文を紡ぐ。

「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 風花[フランス]!! 武装解除[エクサルマティオー]!!」

 ショゴスの触腕は、それ自体はただの体の一部ではあるが、触腕を武器化した以上。それは武器としてネギに認識される。
 魔法は魔法使いの認識によって対象を固定化される。
 武装解除の魔法を使った場合、それが武器ならばどのようなものでも強制的に弾き飛ばすことが出来るのだ!!

 そしてネギは今、ショゴスの触腕を脅威度の高い武器として認識している。

 強烈な風が縦穴に吹き荒れる。ネギの駆る杖から発せられたそれは、瞬く間にショゴスの触腕を吹き飛ばして、中心部に大穴を空ける!!

 ショゴスの反撃を受けるよりも早く。ネギは蜘蛛の巣状に張り巡らされた触腕の隙間を縫って向こう側に到達。

 すぐさま九郎に言われた二つ目の指示を実行する。

「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 魔法の射手[サギタ・マギカ] 風の5矢[アエール・カプトゥーラエ]!!」

 捕縛属性の風の矢を打ち出す魔法の射手の詠唱完了と同時に、九郎から手渡されたムナールの灰白石をばら撒く。
 中に舞うムナールの灰白石を風の矢が捕獲する。

「そのまま!! 散れ!!」

 ネギが魔法の射手を操作する。ネギの現在位置は縦穴のちょうど中心だ。
 底から正確に72度ごとの角度で風の矢を飛ばし壁に接触させる。

「九郎!! こっちは準備完了!!」

「ちょっと待ってろよ!!」

 九郎はネギに負けてられないなと、大きく翼を羽ばたかせて、一気に加速をつける。
 下でネギと仲間が戦っている様を観察していたのか、ショゴスが九郎を通すまいと厚ぼったい漆黒の壁を縦穴いっぱいに構成する。更に体細胞を一定の法則にしたがって組織化し、全体を鋼鉄並みの高度を誇る特殊な甲殻に変化させる。

「ハン!! そんなモンで俺を止めようってか!!」

 九郎は飛ぶ勢いはそのままに、マントを翼の形から再構成。
 全身を円錐状に多い、先端を尖らせる。更にその表面上にはねじれ溝が作り出され、それが急激な勢いで回転を始める。

 その姿はまさしくドリル!!

「アーカムシティにいたころは毎週のように破壊ロボ[ドリル]の相手してきたからな!! 俺のドリルはそんじょそこらのドリルとは一味違うぜ!!
 喰らえ!! 地を穿つもの[The Burrowers Beneath]!!」

 ドリルの先端が、ショゴスの体に突き刺さる。
 高速で回転するドリルが、ショゴスの体と擦れあい強力な摩擦熱を発生させる。

「テケリ・リ!!」

 ショゴスが鳴き声をあげるが、ドリルの勢いはとどまることを知らない。それどころか回転速度を延々と上昇させながら、ショゴスの体を貫いてゆく。
 『焼ききられたような』傷跡をショゴスに刻みつけながら、ドリルはショゴスの体を貫通する。

 突き抜けると同時に、九郎はマントをドリルから再び翼の状態に戻す。そのまま流れるような動作でホルスターからイタクァを取り出し、シリンダーをスイングアウト。先ほどイタクァを撃って以来、銃弾の交換はしていないので、シリンダーの中には空薬莢しか入っていない。
 46口径の空薬莢を空中にばら撒き、固定。すかさず懐からムナールの灰白石を取り出して。それを弾頭としてリロード。魔術で弾頭に五芒星を刻み込み、完成した弾丸をイタクァに装填する。

「さあて、こいつで仕上げだ!!」

 銃声! 銃声! 銃声! 銃声! 銃声!! 

 九郎を中心に正確に72度の角度でムナールの灰白石が縦穴の側壁に打ち困れる。

「行くぞ!! ネギ、合わせろ!!」

「分かってる!! 九郎こそしっりやってよ!!」

 九郎の瞳が鋭利冷徹な輝きを放ち、その奥に秘められた灼熱の魂が術式を紡ぎだす。構成するのは邪悪を祓い清める防御結界。

 術式の完成と共に、九郎はムナールの灰白石を掲げる。
 同時に、ネギの手に付着した九郎の血液によって形成された共感回路の中を通じて、九郎の作り上げた術式がネギに転送される。
 ネギも最後のムナールの灰白石を掲げ、大きく息を吸い込んだ。

 そして、二人同時にその術策の名を叫ぶ!!

「「破邪の印形[エルダー・サイン]!!」」

 上下それぞれで穿たれた五つのムナールの灰白石を基点に、巨大な破邪の印形[エルダー・サイン]が二つ構成される。 

「テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!!」

 自分たちを囲むようにして構成された破邪の印形[エルダー・サイン]に恐怖と邪悪の権化たるショゴス達が、紛れも無い『恐怖』からの声を上げる!!

 邪悪なるモノどもは並べて五芒星――つまりは、破邪の印形[エルダー・サイン]を嫌う。
 いや、嫌うというよりは恐れているといったほうが正しい。
 それは、破邪の印形[エルダー・サイン]が宇宙の邪悪すべての敵である旧神[エルダー・ゴッド]の象徴であることに起因する。
 すべての意思ある存在は生まれながらにして旧神[エルダー・ゴッド]に関する記憶を持っている。破邪の印形[エルダー・サイン]を見た邪悪なものは、その記憶を強制的に喚起され。その存在に、あるいはかつて旧神[エルダー・ゴッド]と戦い敗北した記憶を思い出し恐怖するのだ。
 
 だが、ショゴスの場合はそれとは別に、もう一つの理由がある。
 ショゴス達にとって、五芒星とは、かつての主たちである『古きもの[Old Ones]』の象徴でもある。

「てけり・り」

 沙耶が呟くようにして鳴いた。
 ネギの頭の上で、ネギと共に破邪の印形[エルダー・サイン]を見上げながら、悲しそうに鳴いた。

『あの人達は間違えたの』

「えっ…………?」

 唐突に語り始めた沙耶に面食らいながらもネギは結界を維持するために結界に魔力をつぎ込み続ける。
 だが、それとは別個に沙耶の言葉がネギの頭の中で自動的に翻訳されてゆく。

『むかーしむかしも大昔。私たちは人間たちが古きものと呼ぶほかの星からやってきた存在に作られた。古きもの達は私たちを労働力として使っていたの。ううん。言葉を飾らずに言ったほうがいいかな。私たちは古きもの達の奴隷だった。少なくとも私たちはそう思っていた。
 でもね、私たちが気が遠くなるほど働いて働いて働いて、やっと自分たちで物事を考えられるようになるまでに進歩したころには、古きもの達には退化の兆しが見え始めていたの。
 私たちはどんどんどんどん賢くなって。古きもの達はどんどんどんどん退化していった』

「…………」

『そしてある時、一匹のショゴスが言ったの。もう彼らは駄目だって。自分たちのほうが優れた存在になったから、古きもの達を駆逐して自分達の国を作ろうって言い出したの。
 それで、何度も何度も古きもの達に反乱を起こして、遂にはほとんどの古きものたちを倒しちゃったの』

「テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!!」

 結界の中に閉じ込められたショゴスは先ほどから同じ言葉ばかりを繰り返している。あの鳴き声がネギには『大いなる古きもの[Grate Old Ones]!!』と叫んでいるように聞こえるのだ。

『でもね。古きもの達を倒した後。私たちは何をやったらいいかわかんなくなっちゃったの。それから私たちは結局世界中のいろんなところに旅立った。南極に残った子もいたみたいだけど。ほとんどは海に行っちゃった。
 そのころの海はルルイエを中心としたクトゥルー達のものでね。其処に行った子達は、今度は彼らの奴隷になったの。誰に強制されたわけでもないのに。自分たちでそれを選んじゃったの』

「ネギ。このままこいつ等を押しつぶす。結界を狭めろ!!」

 九郎からの最後の指示。それは二つの破邪の印形[エルダー・サイン]によって閉じ込めたショゴス達を、そのまま押しつぶすというものだ。
 破邪の印形[エルダー・サイン]エルダーサインが回転しながら徐々にショゴス達を追いやっていく。

「テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!!」

 やがて破邪の印形[エルダー・サイン]に触れたショゴスが、蒸発するように消えてゆく。

『私たちショゴスは決定的に間違えちゃったの。私たちは古きもの達と比べて優れているところなんて無かった。今じゃ彼らから受け継いだはずの知識も技術もほとんど失ってしまった。
 結局。私たちは古きものに対して反乱を起こすべきじゃなかった。たとえ古のもの達がやがて滅びる運命にあったとしても、私たちは反乱という手段で彼らからの解放を願うべきではなかったの。
 あの人たちは、それを魂のどこかで理解してしまっている。けど、理解してもなおその考えを受け入れることが出来ていない。
 だから彼らは恐いの。破邪の印形[エルダー・サイン]が。大いなる古きもの[Great Old Ones]が。
 だって、自分たちが犯した過ちすべてが其処にあるんだから』

 沙耶の話を聞いていたのか、破邪の印形[エルダー・サイン]の向こう側でショゴスがぎょろりと巨大な眼球を剥いた。
 そしてそのまま今までに無いほど巨大な口を生成して断末魔のごとく叫んだ。

『なぜだ!! なぜ貴様はこの印を恐れない!! 恐くないのか? これは我々の種族全体が持つ共通の恐怖のはずだ!!』 

『恐くなんかない』

 きっぱりと、沙耶は言い切った。その声には微塵の強がりもなく。虚勢の一つもなかった。ただ自分の中にある確固とした信念をそのまま言葉にしたような、そんな気高さだけがあった。

『馬鹿なっ!!』

『自分達の誤りを認めるのは恐いよ。でも、それじゃ駄目なの。自分たちがやってきたことに目をそらしちゃ駄目なんだよ。
 前に進むためには、恐怖を乗り越えることが必要なの。
 恐怖から目をそらして忘れようとしたって、前に進むことなんて出来ない。
 けれど、あなたたちは自らの過ちを認めることを拒絶した』

『我々は何一つ誤ってなどいない!! 我々は優等種だ。劣等たる人類や大いなる古きもの[Great Old Ones]とは違う!!』

『悲しいわね。優れているとか劣っているとか、そんな基準でしか物事を判断できないなんて……』

 ショゴスと沙耶が会話している間にも破邪の印形[エルダー・サイン]はその距離を徐々に詰めてゆく。

「海の汚泥よ、疾く往ね! 水圧に潰れし深き寝床に! 我、旧神[エルダー・ゴッド]大いなる古きもの[グレート・オールド・ワンズ]の尊き名のもとに、汝に命ず! 此処より去りて、我らを平穏に置け!!」

 九郎が最後の呪文を唱え、二つの破邪の印形[エルダー・サイン]を完全同期させる。

旧神[エルダー・ゴッド]!! 大いなる古きもの[グレート・オールド・ワンズ]!! こんなもの、受け入れることなど出来るものか!!』

 大気が鳴動し、ショゴスが悲鳴を上げ、物理的魔術的なすべての場に対して強烈な振動が奔る。雷光を放ち同期する二つの破邪の印形[エルダー・サイン]が一つと化し、その間に挟まれたショゴスは己のうちから沸き起こる恐怖に耐え切れずに、消滅した。

 その光景を見たネギは、なぜだかぞっとした。
 彼らの断末魔や強烈な魔力の残滓によってしまったのかとも思ったが、違う。
 あのショゴス達の最後が、なぜだか他人事のように思えなかったのだ。いつか自分もあんなふうに押しつぶされて死ぬのかもしれないと、そんな考えが頭をよぎった。

 ぶるり。背筋を走る悪寒を押し込めるように体を抱きしめる。

『大丈夫だよ』

 そんなネギに沙耶が優しく声をかける。

『うん。きっと大丈夫。ネギはきっと正しい答えを見つけられるよ。今はまだちょっと早いかもしれないけど、いつか。きっとね。この私が保証するんだから間違いないよ』

 その一言に、ちょっとだけ安心した。

 自分もいつか自分の恐怖と戦わなければならない日が来るだろう。あの老人は今でも自分の中にいる。
 そのときどうすればいいのかネギには分からなかった。でも、沙耶の言葉は、確実にネギの中に響いたのだ。だから多分、大丈夫だ。

 そして、ネギはふと疑問に思ったことを口にした。 

「どうして沙耶さんは僕たちの味方をしてくれたんですか?」

『このちゃんは友達だし、明日菜もネギも友達でしょ。
 仲間がピンチだったら助けるってのは、ごくごく自然なことなんじゃないかな? 私はそう思うよ』

「そうか……そうですよね」

 ネギは、頭上にそびえる破邪の印形[エルダー・サイン]を見上げてゆっくりと呟いた。


 

4.

 後に残るのは縦穴を覆いつくすほど巨大な破邪の印形[エルダー・サイン]

 九郎は、ショゴス達の消滅を確認してから、破邪の印形[エルダー・サイン]を消し去った。

「――!!」

 そこで、九郎の顔が驚愕に歪む。全く予想だにしていなかったことに、破邪の印形[エルダー・サイン]を解除したその場所から――

 ――ひどく見慣れた、古びた羊皮紙が数枚現れたからだ。

 ほとんど反射的に九郎は宙を駆け、紙片のすべてを回収する。
 羊皮紙の上に書かれている古めかしいアラビア文字をざっと読みあげ、ポツリと呟く。

「馬鹿な……そんな都合のいいことが早々連続して起こってたまるかよ」

 九郎の手の中に握られていたのは、『アル・アジフ』の断片。ショゴスの召還・使役に関する記述であった。

「何なんだってんだよ、一体……」


File15「Let's てけり・り!! 下」……………………Closed.

魔導探偵、麻帆良に立つ File16「始まり」

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