第七話
しばらく停滞していた時間を再び動かしたのは、木乃香の戸惑った声だった。 「えっと……それってプロポーズ?」 「? 何を言ってる」 『俺にお前を守らせろ』。 その台詞は、爆にとっては『護衛させろ』という意味に他ならない。 そこに他意はまったく存在しないのだ。 しかし、それは聞き方によっては愛の告白とも取れる。 聞いた四人(刹那を除いては)も、そう受け止めたに違いない。 だが、基本的に色恋沙汰には興味の無い爆には、木乃香の返事はまさに寝耳に水。 お互いに混乱する結果となってしまった。 その場だけ他の空間から隔絶されたかの様に、奇妙な沈黙が支配する。 そして勇敢にもそれを破ったのは、先程からおろおろと物陰から傍観していた刹那である。 刹那は風の速さで爆の襟首をガッと掴むと、そのままダッと何処かへ走り去って行った。 何が起こったのかが理解出来ず、木乃香を始めとする三人は、そこを動けないでいた。 「何考えてるんですか! あ、あんな事言ったりして!」 刹那が頬に紅葉を咲かせた状態で爆に怒鳴りつけた。 しかし彼は何処吹く風と相変わらず飄々としている。 「何を言う。あれほど簡潔で分かりやすい説明は無いだろう」 「無駄に簡潔でしかも全く分かりません!! あんな、こ、こ、こ、こ、告白みたいな事……」 純情な刹那には口の出すのも恥ずかしかったらしく、言葉の最後の方は消え入るように小さい。 しかし爆は彼女の羞恥を理解できず、というか間違い無くその努力もせず、腕を組んで、 「あれのどこが告白なんだ?」 と、のたまわったのである。 爆は『告白』という行動は、あの変態鳥人剣士雹のするストーカー行為や、アリババやルーシー達のするボディランゲージの事だと認識している。 つまり、一般の『告白』の認識とはかなりかけ離れているのだ。 もちろん刹那はそんな事知るはずも無く、身悶えして更に顔を赤らめた。 「え、どこがって、その……ま、守るって……」 刹那も、本当に時々ではあるが、暇を持て余している時に恋愛ドラマを見る事があった。 そこで主人公が夜の海やら川やら見える町の一角で、街灯に照らされながらヒロインに言う言葉が、『一生君を守る』とかそんな感じの言ってて恥ずかしくないのかと疑問に思うほど甘い台詞なのである。 もっとも、先程はムードもへったくれも無かったが。 それはともかく、俯く刹那を見て爆は溜め息をまじえて、 「実際に守るんだろうが。仕方無い、もう一度説明しに行くか」 と、爆は再びあの三人組の所に向かった。 独り取り残された刹那は、このまま死んでしまうのでは無いかと思わせる程赤面し、何事か熱にでも浮かされているかのように、うんうんと唸っている。 数分後刹那は我に返ると、やっと爆がいない事に気付いた。 「―――そういうわけだ」 食堂棟のカフェで、白い金属勢のテーブルに腰を据えながら、爆は木乃香、アスナ、ネギの三人に護衛の件を話した。 「はあ〜そうだったんか……」 何となく残念そうに木乃香が言った。 「でもさ、何で護衛なんか必要なのよ?」 「知らん。ジジイに聞け」 孫の目の前でジジイ呼ばわりである。 しかし、それでも微笑みを崩さない木乃香もかなりの強者だ。 アスナの疑問はもっともだ。 たしかに木乃香は学園長の孫だが、それだけで護衛が必要になるほど狙われるとは思えない。 爆も引き受けた後でだが、その理由を模索していた。 「……アンタ、それ初対面の人に対する言葉遣いじゃないんじゃない?」 アスナが爆を軽く睨みつける。 しかし、それは今更の指摘だった。 何しろ、命を助けてもらった相手をキサマ呼ばわりする男である。 きっと相手が神だろうと何だろうと、その態度は決して変わらない。 「俺は他人にへつらう気は無い」 「アンタねえ……」 不遜に言う爆に激昂し、アスナがテーブルに身を乗り出した。 「ア、アスナさん落ち着いて……」 隣に座っていたネギが慌てて押し止めた。 どうやら精神年齢は彼の方がいくらか上らしい。 それでも彼女の怒りは治まらない。 だが、数秒後には硬直する事になった。 それは、ネギの説得が成功したからでは無い。 爆が実力行使で黙らせたわけでもない。 『ヂィー!!ヂィー!!』 「何だてめえはっ!! やんのかコラ!」 それは、テーブルの下で、奇妙な鳴き声が聞こえたからである。 「……」 四人とも、途端に押し黙ってテーブルの下を覗く。 そこでは、オコジョとジバクくんが取っ組み合いのケンカをしていた。 「こら生物!! 小動物と戯れるなっ!!」 爆は、禍々しい棘だらけの鎖鉄球をぶんぶんと振り回すジバクくんを背後からむんずと掴んだ。 「あの……爆さん、その動……?昆……?……何ですか?」 ネギが様々な感情を貼り付けた表情で、爆の手の中で暴れるジバクくんを指差した。 爆の世界では聖霊はGCである証として(爆意外には)敬われたものだが、たしかに、子供には少しショッキングすぎる物体である。 夢に出てきそうだ。 「こいつはジバクくん。生意気にも聖霊だ」 聖霊? 聞きなれない単語を訝しがると、ジバクくんは爆の手を離れ、ネギの肩に飛び乗った。 「わぁ!?」 「おお、良かったな。気に入られたらしいぞ」 爆は呑気に言うが、ネギは気が気ではない。 腕をばたばたと振り回し、ジバクくんを払い落とそうとする。 『……』 ジバクくんは何を思ったのか、不意に両手を広げた。 ジバクくんの体がほのかに発光を始める。 「それはやめろ」 爆は素早くジバクくんをもぎ取ると、天高く放り投げた。 一瞬後、遠い青空で、ジバクくんが爆発した。 「「……」」 ネギとアスナは、ぽかんと口を開け、呆然と空を見詰めていた。 「……言い忘れていたが、奴は両手を広げると、自爆する」 爆発の規模が小さかったためか、花火か何かと思われたらしくそう大騒ぎにはならなかった。 復活して、何処からか走ってきたジバクくんが爆の肩によじ登った。 『?』 そのピンク色の頭が、白い手に撫でられる。 「ジバクくん言うんか、よろしくなー」 木乃香である。 爆はそれに少し驚いた顔をすると、やがて笑いの表情を浮かべた。 その時、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。 「それじゃ、私達はこの辺で……」 「ああ、またな」 木乃香は未だ硬直するネギとアスナを引っ張りながら、校舎の入り口に向かっていった。 それが大分視界から遠ざかった所で、爆は振り返って言った。 「お前も行ったらどうだ?刹那」 「……はい」 街路樹の陰に身を潜めていた刹那が姿を現した。 爆の横を通り過ぎて、校舎へと向かう刹那に、 「そういえば、お前何で隠れてたんだ?」 放たれた言葉に、刹那はその足を止めた。 「関係の無い話ではないだろうに、気配まで消して隠れるなど、一体どうした?」 「……」 刹那は何も答えない。 「木乃香が嫌いなのか?」 顔は見えないが、明らかに動揺する気配。 「っ!……失礼します」 そう言って、刹那はこれ以上何も言われないようにと、早足で入り口に歩いていった。 「……何かあったのか?」 彼女が木乃香を嫌っているわけが無い。 そうであれば、ああ血相を変えてまで爆を襲わなかったはずだ。 ならば、何故身を隠す必要があるのか? ネギやアスナに何か関係があるのかと思ったが、そんな様子は無い。 爆は少し考えたが、すぐに頭を振ると、 「俺が考えても仕方ない、か」 ぽつりと呟いて、食堂棟を後にした。 これから、午後の警備なのだ。 |