| 決戦の地へと向かう爆の表情は、実に暗鬱としたものだった。
 
 何故かと言えば、それは彼が背後に引き連れている、各々思い思いの仮装をした少女の集団である。
 
 朝倉和美を筆頭とした彼女達は、月詠が去った後突然飛び出してきたと思うと「恋を手伝う」だのと意味不明な言葉を連発し、挙句の果て敵と戦うと言い出す始末。
 
 一体何を勘違いしているかは爆の知るところでは無かったが、これから始まるのは芝居などでは無く列記とした命の取り合いなのだ。
 決闘が目的である月詠が非戦力たる少女達を害すとは思えないが、足手纏いである事には違い無い。
 その旨を一応魔法界に関わっている和美に伝えたのだが、彼女は不敵に笑って、
 
 「大丈夫ですよ。さすがに本当にヤバくなったら逃げますから」
 
 そうは言うものの、昨晩の件を考慮に入れれば信用しろと言う方が難しい。
 そもそも、素人に戦場での危機察知など出来るのか。
 再度警告を発しようとした爆だったが、それは眼前に現れた和美の人差し指で遮られてしまう。
 そして、止めの一言。
 
 「……それに、いざとなったら爆さんが助けてくれるでしょ?」
 
 信頼を裏切れぬ元GCには、二の句を継ぐことは出来なかった。
 不承不承ながらも首を縦に振ってしまい、少々自己嫌悪。
 しかし自分の誇り高きを巧みに利用してくる辺り、彼女の将来が実に空恐ろしい。
 
 「大きな包丁……これなら野菜がたくさん切れますね」
 
 背中に掛けられた呑気な声は、紳士服を身に纏った少女――那波千鶴であった。
 十五歳という年齢よりも大人びた印象を受ける彼女は、爆の背負った大剣の鈍色の肌を興味深げに手を這わせている。
 たしかに片刃だが、断じて包丁などでは無い。
 というか、他に思うところは無いのだろうか?
 
 「あの眼鏡の子との関係は何ですか!? 桜咲さんとは何時から!? ねえちょっと!!」
 
 千鶴の隣で猛烈な剣幕で捲くし立ててくるのは侍姿のハルナだ。
 爆は眼鏡の奥の瞳を燃え上がらせて問い掛けてくる彼女を完全無視。
 やたら興奮した声も脳内から削除だ。
 
 「雹」という忌まわしい固有名詞と、それに続く台詞は精神の安定のために特に念入りに抹消。
 
 ―――全てをジバクくんで吹き飛ばしてしまえば、少しは静かになるのだろうか。
 
 それは実に甘美な選択だったが、手が無意識に聖霊のしがみ付く肩に伸ばされたところで踏みとどまる。
 耐えろ自分、フネンの山でトラブルモンスターと一晩中睨めっこした時の忍耐を思いだせ。
 
 問題はそれで得る物が何一つ無いという事だった。
 
 「……ん?」
 
 大分げんなりとしてきたその時、爆は顔を上げた。
 
 空から蛍にも似た、淡く輝く光球が飛来して来たのである。
 それが爆の目の前に来たところで、光が四散。
 その中から現れたのは、二等身にデフォルメされた掌サイズのネギと、その背中に乗っているカモだった。
 
 『爆さん!』
 
 「ネギ?」
 
 チビ刹那の紙型でも流用したのだろうか?
 瞠目する爆に、ネギが囁きかける。
 
 『気の跡をたどってきたんですけど……』
 
 『それより何があったんだ!?』
 
 問い掛けてくるオコジョに、爆は言葉を詰まらせた。
 何があったのかと聞かれても色々あり過ぎる。
 例えば刹那の雹化とか。
 
 「―――ふふふふ♪」
 
 楽しげな笑声が響く。
 
 振り向けば、そこには《日本橋》。
 そしてその中央に佇む、両手に刃を備えた月詠。
 
 「ぎょーさん連れて来てくれはっておおきにー。楽しくなりそうですなー♪」
 
 月詠が、一歩前に足を踏み出す。
 
 「このか様もおにーさんも……ウチのモノにしてみせますえー♪」
 
 「(何時の間にか俺までカウントされてる!?)」
 
 爆が胸中で愕然と呻くと同時に、背後で絶大な殺気が生まれたが振り返らない。
 怖いから。
 
 「奴は、私が始ま……相手をします」
 
 殺気の塊――もとい刹那が爆の隣に進み出た。
 無表情なのが、余計に恐怖心をそそる。
 それに「始末」と言おうとした様な気もするが、幻聴だと信じたい。
 
 「爆さんは、お嬢様をお願いしま……」
 
 言い掛けた瞬間、刹那の頭上に銀閃が落ち掛かって来た。
 
 「!!」
 
 爆が雷光の疾さで大剣を抜刀、銀閃に向けて水平の斬撃を放つ。
 甲高い金属音と共に、中空で火花が弾けた。
 
 「どうやら、そういう訳にもいかんらしいな……」
 
 大剣を正眼に構えて、爆は眼前の襲撃者を見据えた。
 
 それは長刀を八双に構え、ニメートルを優に超える長躯を真紅の甲冑で包む鎧武者。
 兜の下の顔面には、厳しい老爺の仮面が被せられている。
 無明の眼窩には、青白い燐火が燃えていた。
 
 一連を殺陣と見なして歓声を上げる人垣を飛び越えて、同様の個体が更に四体。
 殺気を帯びた五振りの刃が青年に向けられた。
 隣の木乃香の肩が震える気配に、爆は少女を背中に庇う。
 
 「少し待ってろ。すぐに片付ける」
 
 膝を軽く曲げ、突撃を開始しようとする爆だったが―――
 
 「うひゃ〜! 爆さんかっこいー!!」
 
 耳朶に突き刺さったハルナの黄色い声に、危うく転倒しそうになる。
 それに触発されたのか、観衆からも応援の声が波濤のように押し寄せてきた。
 こんな状況では、如何せん実力が発揮し難い。
 
 「ホホホホ! 私達もお相手しますわ!」
 
 あやかが手の甲を口元に当てて優雅に高笑いをする。
 だが本当に相手をさせれば、数秒後には間違い無く首が転がることになる。
 その発言でにより多少は頭が冷めたらしい刹那が、月詠に向かって叫んだ。
 
 「ツクヨミ……といったか? この人達は……」
 
 「心得てます〜〜♪」
 
 月詠の手が、彼女の頭上で円弧を描く。
 その軌跡を辿るように、広げられた五指からは呪符が撒かれた。
 
 「この方達には、私の可愛いペットがお相手しますー」
 
 無数の呪符の群れが、光芒を帯びて行く。
 
 「ひゃっきやこぉー!!」
 
 月詠の弾むような一声と共に、無数の札が無数の妖怪へと姿を変えた。
 
 だが、それら……河童や天狗、その他大勢ははどれも幼児向けの絵本にでも登場しそうな可愛らしい造形をしており、とても有害には思えない。
 どうやら月詠はこの様な状況も予想していたらしく、恐らくは一般人に対する牽制用だろう。
 
 「なっ……?」
 
 「何このカワイイの〜!?」
 
 少女達にもなかなか好評のようで、皆口々に黄色い声を上げる―――しかし、すぐに悲鳴に取って代わった。
 彼らの行動は見た目に似合わずえげつ無く、
 なんと少女達の着物を裾を捲り上げ始めたのである。
 
 「ひゃ……っ」
 
 「あぁん!!」
 
 やたら艶かしい悲鳴が飛び交う中、ぴょんぴょんと小回り良く飛び跳ね裾を捲り上げて行く魑魅魍魎の軍団。
 まあこの程度ならば問題無いだろうと己を納得させると、爆は武者の一体が振り下ろして来た刃を剣の腹で受け止めた。
 響く金属音を聞きながら、振り返らずに刹那に呼びかける。
 
 「おい、木乃香を!」
 
 「はい! ネギ先生、このかお嬢様を連れて安全な場所へ逃げてください!」
 
 そう言うや、刹那は素早く印を組み、呪を唱えた。
 ネギの二等身の体が白煙を撒き散らしたかと思うと、次の瞬間等身大の姿へと変化する。
 纏っているのは、楓のような忍者服だ。
 
 「わぁ、僕は忍者の役ですか!」
 
 「ひゃあ!? ネギ君いつの間に!?」
 
 突如現れた少年に、木乃香は素っ頓狂な声を上げる。
 
 「申し訳ありません、お願いします!!」
 
 《夕凪》を抜刀した刹那にネギは頷くと、木乃香の手を引いて走り出した。
 
 「あ……せっちゃ……」
 
 親友の背中に手を伸ばそうとする少女を振り切るように、刃を携えた刹那は敵手に向かって走り出す。
 対する月詠は一度低く跳躍、橋の手摺を蹴って突撃。
 
 刹那の野太刀が閃く。
 
 月詠の逆手に握られた両の手の二刀が唸る。
 
 死を纏う無数の斬撃が両者の中間で激突し、火花が散り、剣風が吹き荒れ、銀光が乱舞する。
 
 「くっ!」
 
 捌き切れなかった刃が、刹那の頬に一筋の紅い線を作った。
 
 速度重視の双刀の短刀に比べ、こちらは威力重視の野太刀だ。
 それに、月詠と自分の実力は拮抗している。
 過去戦った同じく双刀使いの雹程ではないが、間違いなく強敵の部類である。
 流星の如く落ち掛かって来た短刀を根元で受け、鍔迫り合いに持ち込む。
 
 「この技……貴様、やはり神鳴流か」
 
 交差された刃の向こうで、月詠が微笑んだ。
 
 「……刹那センパイって、呼ぶべきですなー♪」
 
 《夕凪》の刀身を振り払い月詠が自ら後方に跳躍、距離を置く。
 
 「そういうえば、あのおにーさんは何て名前どすかー?」
 
 「……死んでも教えんッ!!」
 
 激昂と共に、刹那は高々と跳躍した。
 
 
 
 ◇◆◇◆◇◆
 
 
 
 「どわっ!!」
 
 武者の仮面の口腔から吐き出された灼熱した火炎を、爆は身を屈んで回避した。
 その姿勢のまま武者の懐に飛び込み、立ち上がり様に股から頭頂までを甲冑ごと斬り上げる。
 呆気なく二枚下ろしにされた武者は力を失って背中から倒れ込み、灰となって風に攫われて行った。
 
 背後に回った武者が爆を同胞と同じ目に合わせようと刀を降らせる。
 それを爆は背中に回した刀身で防御、右後ろ回し蹴りを鳩尾に打ち込んで怯ませると右肩から左脇腹を袈裟懸けにした。
 一体での撃破は無理と判断したか、消え行く仲間を踏み越えて残りの四体が迅雷の刺突を放つ。
 大剣を重量のまま振り回して切っ先を弾き、その勢いのまま回転して後退。
 
 「ちっ……面倒だな」
 
 向けられる歓声を何処か遠くに聞きながら爆は眉を顰めた。
 ジバクくんやシンハ……その他の技を使えばこの程度の相手は容易く殲滅できる。
 だがこんなに人の多い場所では、あまり広範囲で大威力の技は使えない。
 極目や気による肉体強化を使って、地道に倒していくしかないだろう。
 
 「(それにしても、こいつら……)」
 
 こちらの出方を窺う四体の鎧武者。
 間近にして判明したが、彼等は妖怪などではない。
 放たれる瘴気は、間違い無く悪魔の物だ。
 だが、何故悪魔が関西呪術協会の軍門に下っているのだろうか?
 彼らが操るのは、妖怪や式神である筈だ。
 
 「まあ、関係ないがな」
 
 敵である以上倒すだけだ。
 木乃香も待っている事だし、早々にこの世界から退場して貰おう。
 
 深く曲げた脚部に気を集中、爆発させ飛翔。
 大きく弧を描いて鎧武者に接近、仮面を被った顔面に蹴りを入れ、そのまま後頭部を石畳に叩き付けた。
 仲間の頭が踏み潰された時点で残る二体が反応、爆の背中に刃を埋め込もうとする。
 だがその時には下半身と上半身を斬り分けられ、二体から四体にされた鎧武者は地面に崩れ落ちていた。
 
 「ふう……」
 
 灰に変わって行く異形を一瞥すると、爆は息を吐き出した。
 さて、ネギと木乃香達の後を追うとするか。
 そう思い立った所で、青年は周囲の観衆が驚愕の声を上げている事に気付いた。
 自分に向けられている物では無い。
 
 では何かと人々の視線を追い、その集中点に辿り着き―――爆は凍り付いた。
 
 観衆が注目しているのは、山の様に聳え立つ城を模造した建築物。
 その天守閣に、ネギと木乃香が立っていたのだ。
 彼らだけでは無く、そこには先日爆が撃退した眼鏡の女性―――千草と、そしてネギ達に弓矢を向ける背に翼を生やした悪魔の巨躯。
 
 「聞ーとるか、お嬢様の護衛! この鬼の矢がピタリと二人を狙っとるのが見えるやろ!」
 
 千草が眼下の爆達に向けて叫ぶ。
 
 「お嬢様の身を案じるなら、手は出さんとき!!」
 
 日光を受けて鈍光を放つ矢尻に、ネギは歯噛みするしか無かった。
 実体では無いこの体で木乃香を庇ったとしても、放たれた矢は何の障害も無くすり抜けてしまうだろう。
 本体は遥か遠く、杖に乗り全力で飛んだとしてもその頃には全てが終っている。
 
 「……すいません、このかさん……」
 
 己の無力さに耐えかねて零れた謝罪も、何処か空しい。
 だが、返って来たのは思いも寄らない言葉だった。
 
 「ネギくん、大丈夫や」
 
 「え……」
 
 振り返ると、そこには木乃香の微笑した顔があった。
 
 「せっちゃんと爆さんが、必ず助けてくれるて」
 
 その穏やかな表情には、不安の色一つ無い。
 信じているのだ―――幼馴染の少女と、想い人の青年を。
 
 「このかさん……」
 
 愕然としたネギが呟いた時、一陣の風が吹いた。
 天守閣から落下してしまう程の強さでは無かったが、多少体勢が崩れてしまう。
 
 つまり、『動いて』しまったのだ。
 
 それを敵対行動だと見なしたものらしい。
 悪魔の指が開き、振り絞られていた弦が戻り、風切り音と共に矢が放たれる。
 
 「あーーーーっ!! 何で射つんやーーーーっ!」
 
 千草が絶叫を上げた。
 
 「お嬢様に死なれたら困るやろーーーーっ!」
 
 鋭利な矢尻は、迅雷の速度で目標へと迫ってる。
 人体など紙の如く貫かれてしまうだろう。
 
 「くっ……」
 
 無駄とは知りつつも、ネギが瓦を蹴って先行する。
 大の字となって矢の前に立ち塞がるも、やはり奇跡は起こらなかった。
 矢はネギの腕を消し飛ばし、些かも勢いも速度も緩めず、流星のように飛んで木乃香を狙う。
 
 「……ッ」
 
 避けられぬ運命に、木乃香が息を呑む。
 
 結果、矢は突き刺さった。
 
 木乃香にでは無く、寸前に矢と彼女の間に滑り込んだ影……刹那に。
 左肩を貫かれ、顔を苦悶に歪める刹那がたたらを踏む。
 その際、左足が接地した瓦が割れ―――バランスを崩した刹那の体が天守閣から落下した。
 
 「せ……せっちゃん!!」
 
 殆ど反射的に、木乃香が親友を追って飛び降りた。
 空中で刹那の体を抱き締める事に成功した木乃香だったが、重力は残酷にも二人を水の張った堀へと導いてゆく。
 
 「刹那! 木乃香!」
 
 脚部に気を溜め、爆が低い軌道で跳躍。
 水面寸前で二人の体を抱き止めると身を反転させ、城壁に着地する。
 そして再度跳躍し、堀沿いにあった芝生に降り立った。
 ぐったりと力を無くしている刹那を横にすると、爆は傷口に掌を当てる。
 
 「待ってろ、今『聖華』を……ッ!?」
 
 青年が、癒しの術を行使しようとした、その時。
 溢れるような光輝が視界を満たした。
 
 それは決して攻撃的な物では無い。
 全てを包み込むような、慈愛に満ちた輝き。
 目を凝らせば、それが刹那を挟んだ正面にいる木乃香かから放たれているのだと分かった。
 
 「まさか、これが木乃香の……?」
 
 刹那の左肩から、矢が塵となって光の中に溶ける。
 その時には、傷口はまるで幻であったかのように消滅していた。
 刹那の目が開かれる。
 
 「お……お嬢様……」
 
 木乃香が微笑んだ。
 
 「せっちゃん、よかった……」
 
 刹那の無事を確認して、爆は軽く安堵の溜め息を吐いた。
 まさか、木乃香の潜在能力がこれほど強力な物だったとは……成る程、誰もが狙う筈だ。
 そういえばと爆は天守閣に目を遣るが、そこに千草と悪魔の姿は無い。
 
 「……」
 
 青年の目が、刃の様に鋭く細められた。
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