三話 投稿者:駄作製造機 投稿日:04/09-05:30 No.211
ニコラスが住処である教会に戻ると、既に着任日などが書かれた書類が届いていた。
手回しの良さに呆れながらもタバコに火を付け、煙をなびかせながら書類に目を通してゆく。
クラス名簿があったが、それを改めてみるとこのクラスは異常だろう。
「改めてみると、こっち側の人間がこないに多いんは異常やな……」
こちら側の人間が三人。しかも全員顔見知り。それ以外にも知っている顔が結構居る。
三人以外の生徒はどうかは解らないが、タカミチが担任だったこと、爺さんの”普通ではない”発言から個性派揃いだと言うことは嫌でも想像がついた。
まあ大丈夫だろうと判断する。伊達にトンガリとの旅を経験したわけではない。トラブルには――不本意だが――慣れている。
仕事の内容は爺さんが言っていたように監督役兼護衛。非常勤教師、ということになるか。
担任であるネギ・スプリングフィールドとの面合わせが着任当日ということ、着任理由は人手不足だという事を確認する。
ニコラスは一通り目を通し終えて壁に掛けてあるカレンダーを見た。
着任は、明後日。
第三話 「副担任着任」
あっという間に二日が過ぎてニコラスは朝、学園長室に来ていた。
そこには彼と学園長の二人しかいない。ニコラスは窓際でサングラスをかけてタバコを吸い、外を見ながらボンヤリとしている。学園長は何を言うでもなく椅子に座っている。
タバコの煙で、学園長室全体がうっすらと白く染まっていた。そして、その状態は扉がノックされるまで続いた。
「ネギ・スプリングフィールドです」
控えめなノックと共に、変声期を終えていない少年の声が聞こえた。ニコラスはタバコを消し、学園長が風の魔法を使って空気を清浄する。
学園長はちらと隣に立ったニコラスを見たが無表情。……これではヤクザではないかと彼は軽く溜息をつき、声の主を招き入れる。
「入りなさい」
「ハイ、失礼します」
入ってきたのは小柄な少年。まあ十歳ということを考えれば当然か。スーツをきっちりと着込んだ真面目そうな少年、それがニコラスの第一印象だった。次に思ったのは子供用のスーツもあるんやなぁというどうでもいいことだったが。
少年――ネギはニコラスを一瞬見て軽く会釈し、学園長の前に立ち、口を開く。
「おはようございます、学園長先生。今日は一体どうしたんですか?」
「おはよう、ネギ君。今日君を読んだのは君のクラス……3-Aの副担任のことなんじゃ」
「副担任……ですか?」
ネギは軽く首をかしげた。思いもしなかったのだろう。そんなネギを見ながら学園長は再び口を開く。
「そうじゃ。今までは高畑先生やしずな先生がおったが、今年彼らは少々忙しくての。それだとネギ君が病気になったときなど困るじゃろ? そこで教員ではないが彼……ニコラス・D・ウルフウッド君に副担任になって貰うことにしたのじゃ」
「よろしゅうな、ネギ・スプリングフィールド先生」
「は、はい、よろしくお願いします!」
自分の名前が出たのでニコラスは挨拶をした。ネギもすぐに挨拶を返してくる。だがニコラスが教員ではないということに疑問を持ったのか、ネギは学園長に尋ねた。
「あの、ウルフウッドさんが教員じゃないってどういう事ですか?」
学園長はその当然とも言える問いにすらすらと答える。
「非常勤教師、ということになるの。ネギ君が用事があるとき変わりにクラスのみんなを見たり、行事の引率となったりするわけじゃ。教員免許も持っておらんし、第一に彼は神父での。要事以外は基本的に教会の管理をしておるんじゃ。」
「教会ですか?」
「ああ、通学路の途中にある近い小さい教会や。なんかあったら携帯に連絡入れてくれたらすぐ行くで」
実際管理などせずにぼうっとしているだけなのだが。学園長の隣からネギの隣にその身を移して、ニコラスは学園長に向き直る。
「ほんなら、そろそろ行くで。とりあえずワイは今日HR出て、一日学校を見て回るわ。なんかあった連絡くれや」
「ふむ、解ったわい。確かに時間じゃ。……ではネギ君、ウルフウッド君。互いに仲良くな」
確かに時間~~の言葉で時計を見たネギは少し焦り、その後の言葉に驚いて言った。
「はわ!? もうこんな時間!? えっと、ウルフウッドさん! 行きましょう!」
「おお」
ネギはニコラスを促し、慌てて教室に向かおうとするが、途中で気がついた。
「ああ、あのその、学園長先生、失礼します!」
「ほな、な」
ネギは慌てながらもしっかりと礼をして、ニコラスは振り返りもせず後ろ姿に手を振って部屋を出て行く。
それを学園長は目を細めて見送った。
教室へ向かいながら携帯の番号を交換し合う。そしてネギが聞いてきた。
「ウルフウッドさん……でよろしいですか?」
「ええで。教員やないし、先生なんて呼ばれたら寒気がするわ……で、なんや?」
「ウルフウッドさんは、此方が……いえ、普段は何をしているんです?」
「そうやなぁ、教会の掃除と手入れか。後、たまに懺悔を受け付けてるで?」
ネギがききたかったであろう事は、ニコラスに想像できたがあえて無視をする。ニコラスの言葉に興味を持ったのかネギがきいてくる。
「懺悔、ですか?」
「そうや、人間なんかしらあるやろ? バチかぶりーなコトとか、道ハズレーなコトとか。それを聞いてやったり、アドバイスしたりするんや」
「へーー」
「ネギ先生もなんか困ったら来てみい。話を聞くだけはやったるで」
「はい、何かあったらお願いします」
二人はそのまま他愛のない会話をしながら教室に向かった。
●
3-Aの教室はいつも通り騒々しかった。だが予鈴がなると同時に皆席に着き、担任である子供先生を待つ。
予鈴がなる中、扉が開いてネギがはいってきた。トラップを回避しつつ教壇に立つと元気に声を出す。
「おはようございます! 今日は新しく副担任になる人を紹介します!」
「「「おおお~~!!」」」
どよめきが走る。すぐさま好奇心旺盛な数人が手を挙げながら質問してきた。
「どんな人ですか~~?!」
「えっと、男の人です。……詳しくは本人に聞いてみましょう。ウルフウッドさん、入ってきてください」
ネギの言葉にぴくりと反応した者も居たが、クラス中が扉に集中していた。
ゆっくりと扉が開き、そこから黒服の男が入ってくる。サングラスをしていても顔つきは精悍で、堂々とした雰囲気が漂ってきた。
大半は彼の動きを注視して、彼を知る一部の人は己が目を疑っていた。
男はネギが譲った教壇に立つとサングラスを外し、人懐っこい笑顔で言う。
「ニコラス・D・ウルフウッドや。一年間よろしゅう頼む」
対する生徒の反応は、
「「「おー」」」(大半)
「ちょっと格好いいかも……」(数名)
「特ダネ特ダネ……」(記者娘)
「…………(鋭い視線)」(吸血鬼&銃使い&神鳴流)
「……なぜ?」(その他知り合い)
である。好奇心旺盛な朝倉や早乙女、鳴滝姉妹が我先にと手を挙げて質問をする。
「ウルフウッド先せ……「ああ、それなんやが」?」
「先生と呼ばんでくれんか? 正直好きやないんや、その呼び方は」
「えっと……ウルフウッドさんでいいですか~」
「その方がええな」
「それじゃあ、ウルフウッドさんは何を教えてくれるんですか?」
早乙女に呼び方を言付け、直後に聞こえた鳴滝(姉)の言葉に、ニコラスはばつの悪そうに頭を掻いて言った。
「それなんやけど、ワイが教える教科はあらへん。ワイは教員免許もっとらんからな」
「……それじゃあ教師出来ないじゃねえか」
誰かが冷静にツッコミを入れた。多くのものが疑問符を浮かべている。ニコラスはすらすらと答える。
「人手不足での形だけの副担任やからな。基本的にネギ先生の代理としてHRしたり、行事の引率をするんや」
その言葉に彼女は納得したようだが続けて鳴滝(妹)の方が聞いてくる。
「それじゃあ、基本的に何してるんですか?」
「おお、牧師や」
「「「………………」」」
その言葉に教室中が沈黙した。
「ん? どした?」
「「「嘘だあ!!」」」
「うお!?」
「「「警備員かチンピラじゃないの?!」」」
数名を除いて全員の言葉がハモった。すなわち、ほぼ全員の共通認識だと言うことだ……ニコラスは努めて冷静に言い返す。
「前半ともかく、チンピラとは、ずいぶんと失礼な嬢ちゃん方やな」
「「「第一! そんなヤクザみたいな聖職者が居るはずない!!」」」
「……主よ、世間は偏見と思い込みに満ちています」
そうしてニコラスは十字を切りながら言葉を口にする。その表情が何処か寂しげだったを見てクラスのあちこちから慰めの言葉が飛ぶ。
「え、えーと、ウルフウッドさんみたいな聖職者が居ても変じゃないよね」
「うん、なんか親しみやすい感じで……」
「だがら気を落とさないで!」
だがその焦ったような口調は逆にニコラスのテンションを下げてゆく。彼はそんな気持ちを押しとどめて、
「まあ、言ったとおりワイは牧師をしとる。基本的に通学路の教会におるやさかい、なんか相談事あったら来てみい。一応これでも聖職者、人生相談ぐらいはやったるで」
と、言った。
●
その後、恒例とも言える質問タイムになった。
……流石に彼も女性関係まで聞かれるとは思わなかったが。
他にも生年月日や年齢、出身などを聞かれたときもまさか事実を言うわけにもゆかず、適当に答える事になった。
だがあの無茶苦茶な雰囲気に、彼は思わず昔のどたばたを思い出した。
――ちなみに美空や真名達が教会にいることを証言してくれたので、牧師であることは証明して貰えた。
今彼は校舎の中を歩いている。護衛でもある以上、備えは万全にしておかなくてはならない。
既にあらかた見て回り、侵入経路、脱出経路などはもちろん、間取りすら完全に把握した。
そして教会に戻ろうと玄関の方へ足を向けると3-Aのメンバーが数人、保健室の前でたむろしているのが見えた。
手近な生徒――大河内アキラにどうしたのかを聞いた。
「どうしたんや? まだ授業中だろうに」
「あ、ウルフウッドさん。まき絵が倒れたみたいで……」
「佐々木が? 大丈夫なんか?」
「大丈夫みたいです。今は寝ています」
「中、入ってもええか?」
「いいんじゃないですか? ウルフウッドさんは副担任なんですから」
大河内の言葉にニコラスは苦笑する。違いない。
大河内に礼を言い、生徒をかき分けながら中に入る。そこにはベットで眠っている佐々木と枕元で考え込んでいるネギ、数人の生徒が居た。
ニコラスはちらりと佐々木の様子をうかがう。外傷は無く、見た目に全く違和感がない。ただの貧血か何かに見える。
そんなに大騒ぎすることでもないと思ったが、考え込んでいるネギの姿が印象に残った。
とりあえずこのままで授業をつぶすわけにもいかない。ニコラスはネギに話しかける。
「ネギ先生。心配なんは解るが、授業を放っぽってついとるわけにもいかんやろ。此処はワイが見とくさかい、皆を連れて戻りや」
「はっ!? ウルフウッドさん?! いつの間に!?」
「……ちょっと前からおったがのう。まあとにかくワイが見とくから、先生はみんな連れて戻り」
「そ、そうですね。皆さん! 心配なのは解りますが、ウルフウッドさんが見てくれるそうなので任せて僕たちは戻りましょう!」
「「「はーい」」」
「すみません、お願いします」
「おお、任しとき」
ネギは一礼して戻っていった。生徒達もそれに続く。去り際に数人ニコラスに視線を向けてきたが気にしないで椅子に座り、腕と足を組む。
ニコラスと佐々木しか居なくなった保健室で何もすることなく、ニコラスは窓の外を見ている。
一時間後、担当教諭が来たので、彼は引き継ぎをして教会に戻る。戻る途中で知り合いの警備員と挨拶をして、それ以外は特に何もなく教会に着く。
そこでニコラスは違和感を感じた。何処か近寄りがたい空気が教会に満ちている。普通の人間ならば回れ右をして帰りそうな雰囲気をニコラスは無視して教会の扉を開けた。
「ずいぶんと遅かったじゃないか、ニコラス」
そこに、長机に座った真名が居た。服装は制服。いつものギターケースは持っていない。
「……何で此処にいるんや。まだ授業時間とちゃうか?」
「始業式は午前授業だよ、ニコラス。それで、何でいきなり副担任なんだ?」
相変わらず単刀直入に聞いてくる真名の言葉で、とりあえず彼女が居る理由はわかった。頷いき、少し待てと真名に呟いてから、ニコラスは柱の影に視線を向ける。
「刹那にエヴァ、茶々丸。主らもそれを聞きに来たんやろ? 隠れとらんで出てきや」
そう言って一拍の間の後、
「……本当に凄まじい気配察知ですね」
「貴様、本当に人間か?」
「それは失礼だと思います、マスター」
「だから言っただろう。するだけ無駄だと」
口々に言いながら三人が柱から出てきた。皆制服。学校帰りによったらしい。
皆、ある程度の距離を取って立ち止まる。
ニコラスは副担任になった理由に入る前に、入るとき感じた違和感に関して言う。
「先に聞いとくが……誰や? 人払いの結界張ったんは」
「あ……私です。話を聞かれては拙いと思ったので……」
「まあ、構わんがの。じゃが帰るとき解除してき。ただでさえお化け教会と言われとるんや。人払いの結界があったらワイが幽霊扱いされてしまうわ」
「もちろんです」
刹那は頷いた。その世間話をするような空気に焦れたのか、エヴァが怒鳴りつつニコラスに詰め寄った。
「そんなのはどうでもいいから答えろ! 何でお前が副担任なんだ!?」
「ウルフウッドさん、今のマスターをこれ以上焦らすと教会が物理的に消滅しかねますが」
「……そ、そいつは困るのう。まあ理由としては人手不足と護衛やな」
「人手不足に護衛? 人手不足はまあ解るが……護衛? 誰を、だ」
ややキレ気味のエヴァに焦ったのか、ニコラスは簡潔に答える。一拍の間は更地になった教会の姿を一瞬幻視したのだ。
だが更に詳しい説明を真名が要求する。
真名に追従するように残った三人も頷いた。ニコラスはありのままに答える。
「人手不足じゃが、誰もあのクラスの副担任をやろうとしなくてのう」
そういって彼女たちを見るニコラス。彼女たちは瞬間的に理由を察した。それを感じ取った彼は続けて口を開く。
「護衛の件やが、3-A全体が対象やな」
「具体的には誰ですか?」
「ワイが言われたんは3-A全体の護衛や。誰か彼かを特別に守ったりはせん。まあ、殆どが対象やとでも言っとくか」
「……オイ、その中に私も入っているのか?」
「エヴァ、当たり前やろ。ワイは知り合いは守るで。無論、真名や刹那、茶々丸もな」
そうニコラスは言い切る。彼女たちは心なしか頬を赤く染めながら、
「そ、そうか」×2
「そ、そそそうですか」
「ありがとうございます」
と答える。茶々丸は単調に礼を言っただけだが。
だが、すぐさま我に返ったエヴァがニコラスに詰め寄る。
「っと、そうではない! 何故急に護衛なんてつくことになったんだ?!」
「そうカリカリすんなや。最近侵入者が増えたっての。大方下らん理由なんやが、爺さんが心配性での。そこでネギ坊主の補佐、3-Aの監督も兼ねて、暇なワイに白羽の矢が立ったちゅうわけや。まあ、いつも通りと思ったってええ」
「……基本的に今までと変わらないんだな?」
「そうやな。ネギの代理、行事の引率しか副担任としての仕事はあらへん。後はまあ、相談事を受けるぐらいか」
「なら、べつにいい。ああ、それと……私の邪魔はするなよ」
そうエヴァが凄む。だが制服姿で凄んでもあまり迫力はない。しかし彼女の力量を知っているニコラスは、
「ワイかてまだ死にたない。周りに迷惑をかけんかったらそれでええわ。3-A絡みの事件が起きたら、何故かワイが後始末する事になってのう……」
そう言いつつ両手を頭の横に挙げた。例え魔力が封じられているとしても、エヴァの体術はニコラスに匹敵する。間違っても相手にはしたくない。
最後の言葉は書類の隅に小さく書かれていたもの。ネギだけでは騒動の後始末は大変だろうという判断らしいが、彼にとって厄介ごとに変わりはない。
とりあえず不干渉を約束したが釘を刺しておくニコラス。
「いい気味だな。せいぜい気をつけてやるよ……行くぞ! 茶々丸!」
彼の答えに満足したのか茶々丸を伴い教会を出て行った。
それを手を振って見送るニコラスの背に真名の声が聞こえた。
「いいのか? 恐らくロクでもない事が起きるぞ」
「別にええ、ああ見えてまだまだエヴァは甘いからのう。仕事になってもたいしたことにはならんて」
「ニコラスがいいというなら私がとやかく言うつもりはないが……」
真名の言葉にあっさりと応え、ニコラスは内心思う。
(あいつは”悪い”魔法使いやが、”外道”やないしな……)
そんな考えを微塵も表に出さず、ニコラスは残った二人に向き直り、言った。
「まあ、大体理由は理解できたやろ?」
「ああ。よけいな事かも知れないが、私の方でも気にしておくよ」
「私も、もう少し注意しておきます。……では、ウルフウッドさん。私はそろそろ失礼します」
「私もおいとまさせて貰うよ」
二人はそう言って席を立つ。刹那は扉の裏に貼っていた札をはがして懐にしまい、二人は扉に向かって歩いてゆく。ニコラスは扉まで一緒に行くとそこでタバコに火を付け、口を開いた。
「ほな、気をつけて帰り」
「……牧師がタバコというのもどうかと思いますが」
刹那がやや非難するように言うが、真名が彼女の肩に手を置いて言う。
「刹那、このテロ牧師にそんなことを言っても無駄だ」
「……それもそうですね」
「…………なんかえらくけなされた気がするんやけどな?」
疑問系の言葉とは裏腹に、そのこめかみには青筋が浮き出ている。二人はそれを完全に無視。
「気のせいだよ、ニコラス。じゃあな」
「ええ、気のせいです。それでは」
「……………………」
人混みに消えてゆく二人をニコラスは憮然とした表情で見送った。
真名達が去って一時間。何となく庭の手入れをしていたニコラスは来訪者に気がついて手を止めた。
「美空か。部活はおわったんか?」
「はい」
「ほうか。たまにはワイが礼拝やるかいのう」
その言葉に美空は高速で後ずさり、
「どどどどどどうしたんですか今日は?! 本当にウルフウッドさんですか?!」
と、ニコラスを指さして叫ぶ。その言葉に沈黙するニコラス。
「…………」
「あ、す、すいません……」
「……まあ、ええ。それより始めるで」
ニコラスは傷ついた表情をしたが、すぐに表情を改めて教会に入る。美空はその後を小走りについて行きニコラスは壇上に、美空は最前列に座った。
既に先程の雰囲気はない。あるのは厳粛な教会特有の空気のみ。
美空は俯いて胸の前で手を編ませる。そこでニコラスは手元の聖書に目を落とし、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「――始めに、神が天と地を創造した。……」
「………………」
ゆっくりと放たれる言葉を美空は聞きながら祈っている。ニコラスは朗々と聖書を読み上げる。
二人だけの礼拝はこれから一時間続いた。
「……今日はここまで」
「ありがとうございました。……なんだか、ウルフウッドさんが牧師だったことを再認識しました」
「ワイはこれでも神に仕える聖職者やで?」
「済みません。聖職者の前に言葉が抜けています……怠惰という言葉が」
「……否定できへんのが辛いのう……」
礼拝が終わり庭に向う途中、がっくりと肩を落とすニコラスを美空はまあまあと慰める。
「自覚があるだけマシです。……そういえば今日はびっくりしました。ウルフウッドさん、急に副担任になるんだもの。すると修学旅行も行くんですか?」
「何処いくかはしらへんがな。たぶん行くことになるやろ」
「行くんでしたら一緒に回りましょうか? まだ此処から出たことないんでしょう?」
そこでいつものように二人は長椅子に座る。ニコラスは体重を背もたれに預けて空を見上げる。美空は背筋を伸ばして手は太ももの上で重ねた。
「まあ、大概のモノはここで間に合うからのう。当然この町から出る必要もない、と」
「ここ以外でもおもしろいものは沢山ありますよ。いろいろ見せてあげます」
「……ここよりおもろくて、おかしな所、あるんかいな?」
思わずこぼれたニコラスの言葉に美空は一瞬考え込んで、
「……あります。たぶん、きっと……」
と語尾を濁した。実際ここより凄いところはそうそう無いということに気がついたらしい。
思わずニコラスは笑みをこぼした。その笑いに気がついた美空がむくれるがすぐに笑い出す。
しばし笑い声が響いたが、ふと美空が言った。
「そういえばもう二年ですか。ウルフウッドさんがこの教会に来てから……」
「そうやな、美空にはいろいろ世話なったわ」
「ええ、決して普通の出会いではなかったけれど。もう二年なんですね……」
呟き、美空は赤い空を見上げる。その脳裏にはニコラスと会ったときのことが浮かんでいるのか。
ニコラスは急に空を見上げた美空を横顔を見るが、夕焼けに赤く染まった横顔からは微笑みの表情しか見えなかった。
美空を見るのを止めてニコラスも空を見上げる。紅く染まった空はいつかの場所より高く見えた。