四話 投稿者:駄作製造機 投稿日:04/09-05:30 No.212
ニコラスが副担任になってから数日後。副担任になって彼の生活習慣は遅寝早起きとなった。ちなみに昨日の就寝時刻は三時。起床時刻は六時。
昔の訓練故か、彼は明らかに不健康な生活サイクルでも体調を崩すことがない。
ニコラスが食事をしていると、普段は滅多に鳴ることのない教会の電話が鳴った。
食事を中断して、彼は電話を受ける。
「……もしもし?」
『こんな早い時間に済みません、ウルフウッドさん。茶々丸ですが』
「おお、どうしたんや。珍しいことやが」
『はい、実はマスターが風邪で熱を出したので今日学校を休むことになります。その看病のために私も欠席させていただきます。連絡をお願いします』
ニコラスは、そういえばもうそんな季節だな……と思いつつ、
「解ったわ。学校の方には連絡しとくさかい、養生せえや」
『ありがとうございます。私たちの現在の立場上、ネギ先生に直接連絡ははばかられますので』
「……なんか面倒ごとやっとるみたいやな。深くは詮索せんが、ほどほどにの」
『善処します。それではお願いします』
そうして茶々丸からの電話は切れた。ニコラスは時計を見る。七時半。ネギは起きてはいるだろうが、今すぐに連絡することもあるまい。
そう判断したニコラスは、残っている食事を片付け始めた。今日の朝ご飯は日本の古き良き食卓、白米に大根のみそ汁、ほうれん草のお浸しに塩鮭。
こちら側に来てから、大雑把ではあるが料理も出来るようになった。まあ味付けも適当な『漢の料理』という奴だが。
食べ終ると八時。ネギの携帯に連絡を入れる。
短い呼び出し音の後にネギが出た。すぐに出るあたり、彼の真面目さが伺える。ニコラスはすぐに用件を言った。
「ネギか? エヴァが風邪で、絡繰がその看病で休むそうや」
『エヴァさんが風邪ですか? そんなはず無いでしょう』
「生きとる以上、風邪ぐらい引くやろ。まあ何にせよ二人は休むらしい。確かに伝えたったで」
『はぁ……解りました、ありがとうございます』
短いやりとりの後、すぐに切る。そして彼は財布を手に教会を出た。
第四話
一時間後。ニコラスは洒落たログハウスの前に立っていた。その手にはビニール袋が下げられている。
周囲は木々に囲まれた良い場所だ……数本杉が根本から折られていることを除けば。
ニコラスはそんな風景を気にしないで玄関に立ち、呼び鈴を鳴らした。幾ばくか間をおいて中から、
『どちら様でしょうか?』
「ワイや。見舞いに来たで」
『ウルフウッドさんでしたか。どうぞ。鍵は掛かってません』
茶々丸の声が聞こえた。招待の言葉と共に触れもしないのに扉が開く。開いた扉にニコラスはさっさと入ってゆく。
入ったところは居間になっていた。女の子らしい小物で埋め尽くされている。そこに、
「ウルフウッドさん。おはようございます。わざわざお見舞いに来ていただいてありがとうございます」
「礼を言われることやない。それに単なる気まぐれや」
メイド服を着ている茶々丸が現れた。その手は水に濡れている。洗い物の途中だったのだろう。
彼女の言葉にニコラスは手の袋を掲げてみせる。茶々丸は僅かに微笑んで、
「それでもありがとうございます。マスターは二階に寝ておりますので、どうぞ」
「解ったわ……しっかし、この時期はエヴァは大変やな。ワイは花粉症や無いから解らんが……」
「確かにマスターにはこの季節は辛いものと判断します。後ほど紅茶をお持ちしますので先にマスターの所へ行っていてください」
そういって茶々丸は厨房に引っ込んだ。ニコラスは袋をガサガサさせながら階段を上がってゆく。そして階段を上がりきった途端、エヴァから声が掛かった。
「どうしたんだ。ニコラス」
「どうしたって、見舞いや、只の」
ベッドに横になっているエヴァにそう言って、袋の中身をあさりつつベッドの側にある椅子に腰掛ける。
「おい、座るのを許可した覚えはないぞ」
エヴァが上半身を起こしながら言うがニコラスはそれを無視して、袋の中から桃缶(白)と使い捨てフォークを取り出す。そして何故か懐から缶切りを取り出し、おもむろに桃缶の口を開け始めた。
「……何故桃缶なのだ?」
「美空が以前、病気の人の見舞いには桃缶だ、ゆうとったからな……ほい」
「む、すまん」
ニコラスが口を開けた桃缶、彼はその中身にフォークを刺してエヴァに手渡す。エヴァはすんなりと受け取った。少し温めのそれをフォークで一口大に切り、エヴァは口に運ぶ。無言だがその表情は明らかに緩んでいる。エヴァも女の子であるゆえ、甘いものは好きだ。やはり甘味は女性の永遠の好物だということか。
ニコラスはそれを片目で見つつ袋の中身を枕元のテーブルにおいてゆく。桃缶(黄)、プリン、ティラミス……どれもコンビニで売られているような大量生産品だ。だが学園都市内のコンビニは地区ごとに特徴があり、女子校エリアの店は特に甘味類の品質が高い。
通学路の途中にあり、エヴァもよく利用しているらしい。
彼女は袋から出される甘味の量を見て、ニコラスに聞いた。
「こんなに沢山貰っていいのか?」
「構わへんで。見舞いなんか滅多に来いへんからな、まぁ、偶にはええやろ」
「まあ、その、なんだ。……ありがとう、ニコラス」
僅かに頬を染めて礼を言うエヴァ。
再び桃缶を食べ始めたエヴァを見てニコラスは言う。
「まあ、元気そうやな。明日にでも直るやろ」
「朝だから調子がいいだけだ。……で、今日はどういった用件だ?」
「はぁ……ワイかてたまには打算抜きで動くわ。今日は只の見舞いや」
普段のエヴァならここで締め上げて事実を確認しようとするだろう。だがまだ風邪が辛いのか、それとも桃缶がおいしいのかあっさり納得した。
「ふん、そういうことにしておくか」
「お待たせしましたマスター、ウルフウッドさん。……どうぞ」
そこに茶々丸が紅茶セットを持って上がってきた。ポットが二つ。そこからは僅かに蒸気がでている。
ベッドの側に置いてある丸テーブルにそれを置き、片方のポッドで紅茶を入れる茶々丸。だがもう一つのポッドからは只のお湯が注がれた。
只の湯に茶々丸は枯れ葉をすり潰したような色をした漢方薬を溶かす。薄い麦茶のような色をした薬湯ができあがった。
茶々丸はエヴァには薬湯を、ニコラスには紅茶を出す。エヴァは以前からの習慣なのか何も言わずにそれに口を付けた。苦いのか眉間にしわを寄せながらゆっくりとすするエヴァ。ニコラスはそのまま紅茶に口を付けた。そこで茶々丸がテーブルの上にある見舞い品……大量のお菓子類を見つけた。
「ウルフウッドさん。お見舞いに来ていただけるのはありがたいのですが、マスターに甘い物を大量に与えないでください。いくら何でも体に毒です」
そういってエヴァが食べていた桃缶を除く全てを袋に詰め直してゆく。それを見たエヴァは、
「あああ、茶々丸! プリン、いや、ティラミスだけは~!」
「いけませんマスター。風邪が完治したら好きなだけお召し上がり下さい。それではウルフウッドさん、ごゆっくりどうぞ」
「ま、まて! …………ああ」
エヴァの言葉に耳も貸さず、茶々丸は全てを袋に戻し、階下に降りていった。がっくりとうなだれるエヴァ。それを見たニコラスは思わず吹き出した。
「まるで主従関係が逆転したようやな。ま、おいしいものは後に取っとけ、ちゅうこっちゃ。……茶々丸はああ言っとったが、ワイは帰るわ。早く治すんやな」
「わかっている」
「じゃあの」
そう言って、ニコラスは飲み干したカップを手にもち、一階に降りてゆく。階段を降りながらニコラスは思い出したかのように言った。
「そうそう……何しとんのか知らんが、あんまし大事にすんなな?」
「ふん、やっぱり何かあったんじゃあないか。……見舞いに来てくれたぶん、気をつけるさ」
エヴァの言葉を背にニコラスは階下に降り、茶々丸にカップを返して彼女の家を後にした。
「ネギ先生やないか……どうしたんや? こんなところで」
教会に戻る途中の道で、ニコラスはネギにあった。彼はとりあえず声をかける。
「あ、ウルフウッドさん。エヴァンジェリンさんの家庭訪問しようと思いまして……」
「見舞いとちゃうんか?」
「もちろんそれもあります。ウルフウッドさんはどうしたんですか?」
「エヴァの見舞い、その帰りや。とりあえず教会に帰る途中やで」
「え? エヴァンジェリンさんと知り合いなんですか?」
ニコラスの言葉を聞いてネギが驚いたように聞く。そういえば教えていなかったということに、ニコラスは気がついた。
「ああ、一年半ぐらい前からやな。たまに茶を飲むぐらいの関係やが」
「……ちょっと意外です」
そういったネギの表情にニコラスは何か感じたのか、
「ネギ先生? なんか悩み事でもあるんか?」
「え?」
「いや、何か考え込んどるようやったし。ワイでよかったら相談に乗るで?」
確かにネギは悩みを抱えていた。思わず相談しようと考えたが、そこで数日前の出来事を思い出した。
朝。パートナーである茶々丸を連れて、玄関で対峙したネギ(明日菜・カモ)とエヴァ。そこで彼女が言った言葉が脳裏に浮かぶ
『――学園長やタカミチに助けを求めようと思うなよ? また生徒を襲われたくなかったらな。……それと言うまでもないと思うが、無関係の人間を巻き込むなんてしないよな? 魔法使い殿?』
ここで相談する=ウルフウッドを巻き込みかねず、また助けを求めたと判断されて生徒が襲われる可能性あり。
その方程式がネギの脳に成立した。少し慌てつつ手を振りニコラスの言葉を否定する。
「だ、大丈夫ですよ。悩みなんて無いですよ。あは、あははは……」
「ほうか? ま、授業に遅れんようにな」
明らかに不自然なネギの様子に気がつかず、そういってニコラスはネギとすれ違い歩いていった。残されたネギは呟く。
「明日菜さんのこともあるし、ウルフウッドさんまで巻き込むことは出来ないし……あれ? でもエヴァンジェリンさんと知り合いってコトは……もしかしてウルフウッドさんも魔法使い……?」
数分の間考え込んでいたネギだが、ふと我に返って本来の目的の為に歩き出した。
教会まであと少し、というところで懐の携帯が鳴る。それを受けるとそこから老人の声が聞こえてきた。
胸の内で溜息をつき、答えるニコラス。
『ウルフウッド君。今すぐ学園長室に来てくれんか?』
「何でや?」
『最近起きている吸血鬼の噂と、明日のことで話があるんじゃ』
「解ったわ。十分待てや」
すぐに回線を切断し、ニコラスは学園長室に向かった。
(昼寝できへんがな……)
考えていることは不真面目極まっているが。
……十分後。ニコラスは学園長と対峙していた。
「よく来てくれた。まあ、くつろいでくれ」
学園長の言葉でニコラスはソファーに座った。学園長も席を立ってニコラスの対面に座る。その手には書類の入った紙袋があった。
「で、さっさと用件言うてくれや。ワイは確かに暇やが、爺さんと茶を飲んでいても楽しゅうない」
「解っておる。まずは吸血鬼騒ぎからじゃ。単刀直入に言おう。これは……」
「エヴァの仕業、やろ。学園都市内に外来の吸血種が紛れ込んだという話は聞かん。必然的に封印されてはおるが、真祖であるエヴァが犯人ちゅう事や」
学園長の言葉を遮ってニコラスは言う。学園長は少し意外そうに口をひらいた。
「ほう、儂はてっきり彼女ではないと言うと思ったぞ。まあ魔法関係者達の見解は彼女が犯人だという方向で一致しておる」
学園長は親しいニコラスがエヴァを庇うかと思っていたのだが。だがそれに対して深く追求せず、事件の詳細の書かれた資料をニコラスに手渡す。そこには今まで被害にあった人物のリストがある。ニコラスはそれを斜め読みして興味なさそうにテーブルの上に放った。
纏められていた書類はテーブルの上に広がった。それを視界に収めつつ学園長が口を開く。
「過去六ヶ月の内、満月の日に平均二……つまり合計十二人。じゃが、これは発見されている生徒のみで実際にはもう少し多いじゃろうな。吸血行為は魔力を回復させる。恐らく彼女が何かたくらんでおるのじゃろう」
「とくに問題ないんとちゃうか? 見た所、死亡者はおろか不明者もおらん。只の貧血と同程度の吸血行為……どうでもいいと思うがのう」
「儂もそう思う。じゃが彼女には何かを起こす動機と可能性があることも事実なんじゃ」
学園長はニコラスの言葉を否定する。
「彼女が呪いにかかっておることは知っておるな?」
「ああ、登校地獄っちゅうふざけた呪いやろ?」
「そうじゃ、それはサウザントマスターがかけた呪いでの。彼が蒸発したことで既に解呪は絶望的だったんじゃが、今、この学園都市内で解呪する方法がある」
「それはいいことやないか。かれこれ十五年らしいし、エヴァもいい加減学校からも解放されたいやろ」
「良くはない。解呪にはサウザントマスターの血族、その血液が大量に必要となるんじゃ。つまりネギ君の血、その大半を奪うことで彼女は自由になる」
「……つまり、エヴァがネギを殺して自由になろうとしとる、そういいたいんか?」
ニコラスが目を細めて言う。その言葉は刺々しい。学園長は真剣な目でニコラスを見据え、再び口を開く。
「儂はそこまでいかないと思っておるが……可能性は高いじゃろう。かつて『闇の福音』・『不死の魔法使い』などと呼ばれ元六百万ドルの賞金首。そして十五年間のストレス。そこに転がってきた解放のチャンス……暴走する可能性は十分だと言うのが魔法教師達の見解じゃ」
「馬鹿馬鹿しい。暴走しとるなら今頃死者、行方不明者の行列や。……確かにエヴァは悪の魔法使いを自称しとるが、外道やない。騒ぎは起こすだろうが、致命的なことはせんやろ」
それに。ニコラスは心の内で呟く。
(賞金六百億の平和主義者もおったしのぅ)
脳裏には紅いコートの男が浮かぶ。
あいつとの旅でかなり自分も甘くなったものだとニコラスは思う。
学園長は難しい表情をしていたが、やがて顔から力を抜いた。
「儂もそう思う。じゃが、注意だけはしておいてくれ。次のことじゃが明日、学園都市の定期メンテで全ての電力がダウンする。そのために結界の消失、更に監視網の弱体化が予想されての、侵入者が現れるかも知れん。すまんが明日、電力復旧までは準戦闘状態で待機していて貰いたい」
「別にええが……警備部がおるやろ。ワイまで待機しとく必要あるんか?」
「ある」
そういって学園長は明日の配置を説明した。まず警備部は、図書館島近辺、学生寮等居住区周辺に集中配置。そのため余剰人員が殆ど居ない――つまり広域をカバーできない。戦闘力を持つ魔法使い達は重要拠点周辺に配置。停電と同時に学園長を含めた数人で探査結界を都市に張り巡らせる。それに引っかかった侵入者に対し、遊撃として動いて貰いたい……とのこと。
つまりは人手が足りないから手伝え、ということだ。正直、ニコラスはめんどくさかったが、
「護衛の一環じゃ」
と言われては首を縦に振るしかなかった。
場面は翌日の夜に飛ぶ。
ニコラスは学園都市外周部にいた。ネギとエヴァの魔法合戦を感じ取りつつ、学園に侵入しようとした愚かな吸血鬼を、
「ははは! 人間ごときが……」
「やかましいわ」
「■■■■■■!!!!???」
口上を遮り、パニッシャーでミンチにした。それなりの値段がする退魔弾をグロス単位でぶち込んだために、吸血鬼は原形を残さないスプラッタな肉塊となっている。ちなみに今回の弾代は学園持ち、心おきなく浪費することが出来る。
敵が完全に沈黙したのを確認して時計を見ると、あと少しで結界が復活する事が解る。遊撃ももう終わりだろうとニコラスは判断し、遠目からネギ達の撃ち合いを眺めつつこれから一服しようと懐に手を突っ込む。その時、携帯が震えた。
……これで十四回目……
仕事の電話であろうそれに対して本気で嫌そうな溜息をつき、元吸血鬼の挽肉が灰になっているのを確認してからそれを受けた。
ニコラスが開口一番に、
「一服ぐらいさせ…『緊急事態じゃ!』…あ?」
文句を言おうとしたが学園長の切羽詰まった声に思わず聞き返す。ネギ達の魔法合戦の光が夜空に輝く。学園長はよほど焦っているのか早口に言った。
『図書館島が大規模戦力に襲撃されておるんじゃ! またそれと前後して数名が外周部より侵入を計っておる! ウルフウッド君は第四連絡橋に向かってくれ!』
「ちょ、待てや! 他の場所はどうするんや!それに第四て……!」
『そうじゃ! 他の場所は高畑君などを向かわせる! 君はネギ君等を保護してくれ! 間もなく結界が再起動する、魔力を封じられたエヴァ君が見つかれば……殺されるぞ!』
言葉が終わる前にニコラスは駆け出す。近くに置いておいたバイクにまたがりエンジンを始動。アクセル全開で浮かぶ前タイヤを押さえ込み猛然と走りだした。向かう先はもちろん第四連絡橋。
だが幾ら飛ばそうが目的地にたどり着くまでは最低五分かかるであろう。
その表情には焦りが浮かんでいた。
結界が発動するまでは安全だろうが、結界が発動して魔力が封じられればエヴァは只の子供。
そして目的は不明だが襲撃をかけてきた組織。彼らが無力な『闇の福音』を見れば……
まず間違いなく殺そうとするだろう。
彼女を討つことで金と名誉、両方が転がり込んでくる。封印状態のエヴァは彼らにとってカモネギと同じだ。
疾走しつつ、ニコラスは携帯に怒鳴る。
「結界発動まで後何分や!」
『およそ三分、急いでくれ!』
「解っとる……!」
携帯を切りハンドルの一部をを押し込む。葉加瀬印のリミッターを解除し更に速度を上げる。
常軌を逸した性能を持つバイクは亜音速に達する。これほどの出力ならば非常識な音がする筈だが、魔術機構も併用したバイクは無音。ニコラスのバイクはは周囲に衝撃波をばらまきつつ疾走する。アスファルトがひび割れ、ガラスにひびが入るが無視。
最高速度でニコラスは駆ける。
友人の少女達と二人の知り合いを守るために。