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五話 投稿者:駄作製造機 投稿日:04/09-05:31 No.213

第五話



 その異変に最初に気がついたのは茶々丸だった。

 ネギとエヴァの私闘が終わり、とりあえず和解が成立したのを茶々丸は数歩離れたところから見ていた。

 ……ウルフウッドさん関係以外でこのように生き生きとしたマスターは久しぶりです。

 じゃれ合う二人を見て微笑みを浮かべていた茶々丸だったが、突如表情を強張らせて叫んだ。



「! マスター!!」

「何だ……これは!?」

「うわぁ!」

「へ? うきゃぁぁぁぁぁ!」

「ぬぅおおおお!?」



 少し前に解除したはずの捕縛結界が再度発動した。拘束術式はネギとエヴァ、茶々丸にカモをがんじがらめに絡め取り、何故か明日菜は吹き飛んだ。

 明日菜は二、三メートルは吹き飛び、頭を打って気絶する。

 ネギは明日菜を呼び、拘束されたエヴァは茶々丸に叫ぶ。



「明日菜さん!」

「なんだこれは?! 解除したのではなかったのか?!」

「いえ、確かに解除したはずですが」

「なら坊やか?!」

「え!? し、知りませんよ! 第一、僕も捕まっているじゃないですか?!」



 エヴァとネギが騒いでいる間、茶々丸はしっかりとやるべき事をこなす。着々と解除シークエンスを準備して、同時に発動の理由を解析していた。

 ちなみにカモは結界のせいで口すら開けず完全に固められている。

「術式逆算完了、外部からの再発動です。解除プログラム起ど……」

「させん」

「!?」

『闇夜より尚暗き一条の暗黒、我が手に宿りて敵を喰らえ。――黒き雷』



 茶々丸が解除しようとした瞬間、橋の向こうからいきなり声が聞こえた。次に聞こえるのは呪文の詠唱。結界を解除しようとしていた茶々丸に身を守る術はなかった。

 黒い閃光とも言えるソレが真っ直ぐ茶々丸にぶち当たった。



「ああぁぁぁぁaaaaaAaaAAaaaAAA!!?」

「茶々丸?!」

「茶々丸さん!?」

「む~~~!?」



 呪文を受け、スパークを上げる茶々丸。ネギは思わず駆け寄ろうとするが捕縛結界のせいで動けない。黒い光が消えたとき、茶々丸は感情のこもらない機械的な声で言った。



「被害確認。電装系ニ異常確認。コレヨリセーフモードニ移行シマス」



 そして瞳を閉じ、沈黙する。ネギが茶々丸に話しかけようとしたその時、その場に声が響いた。



「よけいなことをされては敵わないからな。無力化させて貰った……Evangeline.A.K.McDowell、その命、貰い受ける」

「貴様! よくも私の従者を……」

「ほう、貴様の従者だったのか。ならば完全に破壊するべきだったな」



 拘束されなからも鬼のような視線で現れた人物を睨むエヴァ。

 現れた人物は大柄な男。年齢は五十ほどか。黒いスーツを纏い右手には杖、左手には大型拳銃を持っていた。

 ネギは茶々丸を攻撃したであろう男に向かって声を上げる。



「誰ですか貴方は!」

「ガキに用はない。私のやることはただ一つ、その吸血鬼を確保するだけだ。死にたくなければ黙っていろ」

「いきなり現れて茶々丸さんに攻撃したあげく、エヴァンジェリンさんを殺――っ……」

「それ以上囀るなら殺すぞ」



 濃密な殺気を叩き付けられてネギは息を詰まらせた。幾ら魔法使いといえどもまだ十のネギは、これほどはっきりとした殺気を浴びたことは無い。

 ネギの体の奥底から恐怖がわき上がってきて、ネギは身を震わせる。カモも同様だ。

 唯一平然と――だが、焦りを押し隠していたエヴァが口を開いた。



「潰した組織は数知れず、特に興味もないが……貴様、何処の者だ」

「やはり覚えていない、か。いいだろう……教えてやる。我らはヴァンピーラー。三十年前に貴様に壊滅的被害を受けた組織だ」

「……あの真祖研究の所か。完全に潰したと思ったのだがな」



 エヴァは忌々しげに男を睨む。

 彼らは現在では喪われた術を研究し、真祖になろうとする愚か者達の集まりの一人。ちょっかいを出されたエヴァが片手間に消し飛ばした組織だった。

 男は無表情に、だが嘲るように言葉を放つ。



「簡単には滅びぬさ。何処までも人の欲には限りがない。金持ちの出資で我らは二年で再建したよ。だが積み重ねてきた数々のデータは喪われてしまってな。此処の蔵書と貴様の出番だというわけだ」

「図書館島の禁書か、私を元に術式の逆算をしようというわけか」

「そう言うことだ。もっとも貴様は保険であり資金源。この場で殺しても問題はない」



 そう言って男はエヴァに銃を向ける。それを見たネギが必死になって体を動かそうとするが、結界に絡め取られた体はびくともしない。エヴァは無言で男を睨んでいる。

 男は再び口を開いた。



「ようやく我らの悲願が達成される。我らの礎となる事を光栄に思うがいい、吸血鬼」

「……此奴等は無関係だ。見逃してくれないか」

「は、闇の福音とあろう者が他人の心配とはな。……いいだろう、見逃してやるよ」



 その言葉にエヴァの表情が僅かにゆるんだ。その瞬間に、



「今この瞬間はな。お前を眠らせてからゆっくりと殺してやる。心配するな。お前も用が済んだら同じ所に送ってやるよ」

「きさ……」

「じゃあ…な!?」

「?……なに?!」



 エヴァを虚をついて行動不能にさせようとした男が驚愕の声を上げる。対してエヴァは男に疑問の表情を浮かべるが、すぐに驚きの表情に変わる。突如エヴァの後方から無音で大型バイクの巨体が飛んできたのだ。男はエヴァより僅か先に気がついて横っ飛びに逃れる。進行方向に何もなくなったバイクは派手な音と共に道路に墜落。そのまま学園都市外の方に消えていった。

 エヴァが何かしたと思いこんだ男が彼女に憤怒の表情を向けて、



「貴様!!」



 手にした拳銃をエヴァに向ける。彼女は真っ直ぐ向けられる銃口を見た。男の人差し指が引き絞られるのがエヴァの瞳にスローモーションに映る。

 男からは既に殺意しか感じることが出来ない。引き金が引かれ……火薬が炸裂する音が響いた。





 ……思わず目を瞑っていたエヴァ。だが衝撃も痛みも訪れず、彼女に届いたのはネギの声だった。



「え……?」



 その呟きを聞き、ゆっくりと目を開くとそこには、

 

「何、人の知り合い殺そしてるんや。おまけに不法侵入。……お引き取り願おか」



 いつものように飄々とした空気を纏い、巨大な十字架を持つ牧師が立っていた。





 静寂を破ったのはネギだった。



「ウルフウッドさん?!」

「間に合ったようやな……無事か、主ら」

「危ないですよ! あの人は……!」

「魔法使い、やろ。心配すんなや。ワイかて魔法を使える」



 ネギの言葉を遮りニコラスはあっさりと正体を口にする。彼は冷静な口調だったが、内心では安堵の息をついていた。あと一分でも遅れていたら手遅れになっていたかと思うと背筋が冷える。

 ニコラスの言葉に既に知っていたエヴァはともかく、ネギとカモを無茶苦茶驚かせた。



「ええ!? ウルフウッドさん、魔法使いだったんですか?!」

「んむむうむむんんん?!」(そんな気配は全くないぜ?!)

「言っとらんかったからな。ま、詳しい話は後や」



 言葉が終わる瞬間、火薬が炸裂する音が響いた。だがニコラスは十字架を前に立て、銃弾を受け止める。

 彼は目を細めている男に向き直った。懐からタバコを取り出して火を付け、煙を深く吸い込み盛大にはき出す。そこで沈黙していた男が口を開いた。



「貴様……邪魔をするのか」

「そういうことやな。邪魔をするのが仕事やし、第一、知り合いに手を出したおんどれを許す気もない」

「そうか……邪魔をするならば排除するまでだ」

 

 そう言って男は引き金を絞った。吐き出される銃弾を、ニコラスはパニッシャーで止める。

 無言で銃を連射する男。その放たれる銃弾をニコラスは尽く捌いてゆく。

 ネギ達に当たりそうな銃弾はパニッシャーで受け止め、それ以外は軽く身を逸らして回避する。

 男の拳銃はすぐに弾がなくなり、男は拳銃を投げ捨てる。それにニコラスが言葉を放つ。



「投降せえ。降伏して洗いざらい吐けば命だけは助けたる」



「……『ヴァン・イク・ヴァ・イシュ・ヴァルエンド、来たれ炎精、闇の精。鮮血の炎よ、現れ出でよ。……』



 だが男は杖を構えて詠唱を始めた。

 男が敵対宣言をした以上、それを黙ってみているニコラスではない。パニッシャーの機関砲を敵に向け、一瞬の間もなく引き金を絞った。

 戦場でしか聞こえない炸裂音と共に弾丸が襲いかかる。だが、男は懐から魔法薬を放った。それは空中で砕け男の目の前に炎の魔法障壁を展開し、それに遮られて銃弾は尽く燃え尽きる。

 ニコラスはそれを確認するや否や、自身も即座に詠唱を始める。



「……『灰は灰に、塵は塵に。光の精霊一千柱、砲身に宿りて敵を撃て……』

『炎は闇を纏いて蛇と成る。其の顎を開いて敵を喰らえ。……闇の炎蛇!』

『烈光の滅槍!』



 闇色をした炎が蛇のようにニコラスを、その後ろにいるネギ達を襲う。それに向かってニコラスはパニッシャーの砲を向け、そこから光の大槍をを放った。

 集束型サギタ・マギカ……魔法の槍は蛇の顎に当命中して競り合いを始めるが、威力の差が大きいらしく徐々に押し込まれてゆく。

 其の様を見て男は内心で嘲笑い、徐々に魔力を込めてゆく。ゆっくりと光の槍を押してゆく黒い炎蛇。男は標的共に恐怖を味あわせようとわざわざこのような手段に出たのだ。

 ……男は組織の中において、炎の魔法に関しては最強だった。其の最大の一撃は負けるはずがないと自負している。

 

 故に、この微妙な均衡状態をニコラスが誘導したなどとは全く気がついていなかった。 

 

 ニコラスは決着を付けるべく、更に詠唱を始めた。それは自身が持ちうる最高クラスの力。



『灰は灰に、塵は塵に。氷の精霊一万柱。集い来たりて我が十字に宿れ。――』



 耳に届いたニコラスの詠唱に男が驚く。詠唱は僅かに違うが只のサギタ・マギカ。だがその召喚量が尋常ではない。これだけ呼び出せるのならば最上位古代語呪文ですらを唱えることが出来る程の量。男はそこで自らの間違いに気がついた。一気に魔力を込めて押し切ろうとするが、光の槍は最後の足掻きと勢いを増してそれに抗う。僅かな拮抗の後に光の槍は弾け、黒い炎蛇がニコラス達を襲う。

 しかし、その僅かな間で十分だった。

 直撃まで後数秒のところでニコラスの詠唱が終わった。



『―― 一筋に連なりて砲身に宿り、蒼の光よ、我が敵の魂まで打ち砕け……アブソリュード・ディザスター』



 ニコラスはパニッシャーを迫る炎蛇に向けて引き金を絞る。

 先程光槍を放った砲口から蒼い閃光が放たれる。何処までも蒼く澄み切った光は黒い炎蛇にぶち当たり……

 

 刹那で黒い炎蛇を蒼い氷像に変えた。



 蒼い閃光は僅かも減速を見せずに蛇の氷像を突き抜け、男に向かって高速で突き進む。

 男は恐怖した。魔力の炎を凍り付かせるほどの一撃が直撃すれば、比喩無しに魂まで凍り付いて砕けるだろう。懐にある全ての魔法薬と全ての魔力を振り絞って障壁を展開する。



「『炎盾!』」



 燃えさかる炎の障壁が蒼い閃光を受け止める。蒼い閃光は炎を凍らせながら男に迫り、男は死力を尽くして障壁に魔力を注ぐ。

 実際には数秒の攻防だっただろう。だが男には永遠にも感じられた数秒を経て、男は己の障壁にかかる負荷が無くなったことに気がついた。

 荒い息をついて男は生き残ったことを実感する。空中で凍った彼の魔法が大地に落ちて粉々に砕けた。

 

「やっ……た? 生き延びたのか?」



 男は思わず声を漏らす。だがその小さな言葉に反応があった。……男の背後から。



「ほんの数秒だけやがな」

「!!?」

「寝ろ」



 男が振り返る間もなく、炸裂音と共に背中に衝撃が連続して加えられる。そして男の意識は闇に落ちた。 





 エヴァはニコラスの戦いを見て思考する。



 ……あの男は確かに魔法使いとしては一流だったが、戦闘者としては二流だな。



 戦いに慢心を持ち込むなど一流ではない。己の力に慢心すれば油断を招き、勝利を逃がしてしまう。

 ニコラスが半端な魔法使いだが、戦闘者として超一流だということを、以前の数回のおける模擬戦でエヴァは知っていた。だが、



 ……やはり強い。



 そう思わずにはいられなかった。最初の銃弾の捌き方。相手の心理すら利用した戦闘の誘導、圧倒的な威力の呪文と、戦闘者としてニコラスは最強クラスだろう。もしかしたら全盛期の彼女と対等にやり合えるかも知れない。目の前の牧師に脅威を覚えると共にもう一つの感情が彼女の心の内に浮かぶ。

 それは所有欲とでも言えるだろうか。彼の生い立ちに共感し、彼女にとって数少ない対等な友人。以前からボンヤリと考えていた事がはっきりと形を成した。



 ……ますます私のしも……ではない、従者にしたいものだ。それに後で礼を言わなくてはな……ん?



 そこで彼女は気がつく。隣で同じように拘束されているネギの様子がおかしいことに。





 火薬が炸裂する音はちょうど十六発。ネギは男が銃声と共に痙攣し、銃声が途絶えた後に崩れ落ちるのを瞬きもせずに見つめていた。

 目の前で起きた事、それを脳が認識することを拒んでいる。



「しん、だ?」



 聞こえた言葉に急速に実感が湧いてくる。茶々丸を害し、エヴァンジェリンを殺そうとした男が死んだ。

 ――ニコラスは携帯を取り出しどこかと話をしている。

 男は何故死んだ?



「こ、ろ、した」



 そうだ。あの人が殺した。副担任で、魔法使いだったあの人が。

 ――話が終わったのかニコラスは携帯を懐にしまう。

 彼が殺した。



「ウルフウッドさんが、殺した」



 ようやくネギは聞こえてきた言葉が自分の口から漏れた言葉だと気がついた。そして自分を戒めていた結界がガラスが割れるような音ともに解ける。

 それに気がついたのかニコラスがネギ達を振り返った。ネギは思わず杖を構えてしまう。

 その様子を見たニコラスは一瞬悲しげな表情を見せた後、無表情にネギ達に向かって歩いてきた。



「……何故、殺したんですか?」



 ネギの言葉にニコラスの足が止まる。ネギは彼の様子に気がつかず、一気にまくし立てる。



「何故殺したんですか?! 殺さなくてもやりようはあったでしょう!?」

「ぼーや」

「………………」

「ウルフウッドさん!!」

「ぼーや!」

「ならお前ならどうしたんや?」



 ニコラスの言葉にネギは激情のままに叫ぶ。エヴァが視線を向けるがニコラスは目で黙っていろと言外に言う。



「もちろん殺さずに取り押さえました!」

「拘束された状態で? 魔力もなく、気絶した神楽坂や動けない絡繰、エヴァを庇いながら? ……出来もしないことをぬかすなや」



 それは事実だ。ネギの魔力は空っぽだし、あの時点で彼に出来ることなど何もなかった。だがネギは興奮して気がつかないのか激しく首を振って叫ぶ。



「それでも殺す必要なんてなかった!」

「……ネギ。おどれは人の命は等価だと言いたいんか? 綺麗事やで、それは」



 そこでようやくネギはニコラスをしっかりと見た。その表情は全くの無感情。能面のような表情でにネギは怯む。ニコラスは静かに続けた。



「確かに人死になんて出ないに越したこたない。じゃが相手を気遣って、敵を殺さない様に戦って、守ろうとした人や自分がくたばったら意味がないやろ。なら守ろうとした奴や自分を優先させて何が悪い? ワイは殺そうと仕掛けてきた奴は容赦はせん。殺されても文句は言えんと思うで。……主は敵の命が自分の大切な人たちと等価だと言えるんか?」

「僕は……」



 その言葉にネギは黙り込む。言えはしない。ネギも赤の他人と姉だったら姉を選ぶだろう。だが感情はそれを拒絶する。

 ネギに構わず、ニコラスは更に言った。



「ワイはそう言ったアホを一人知っとる。誰も見限ろうとしない、そんな奴を」

「なら……!「だが」?」



 ネギの言葉を遮ってニコラスは続けた。



「あいつはとても強かったが、みんなを――そう、皆を救おうとして、自分は傷だらけになっていった。ワイはそこまで強うないし、自分の身かて大事や。……ワイの力で守れる人なんてほんの一握りやから、敵にまで手を伸ばす余裕などない」

「…………」

「ワイにとって人の命は等価とちゃう。身内や知り合いの方が重要なんや。赤の他人はもちろん、敵なんて知った事やない。身内の者を守る……それがワイの戦う理由であり、最優先事項や。守りたい奴らは何が何でも守る。他を全て切り捨ててもな」



 それはニコラスの誓い。あいつのように全てに手を差し伸べることは出来ないくとも、大切な人たちだけは守り抜く。……たとえ、自分を犠牲にしても。

 ……そしてネギには言っておく。ニコラスは選択もなく、いつの間にか歩いていた紅い道。ネギはまだ選ぶことが出来るはずだった。魔法の関係ない世界。魔法のある世界。そして殺し殺されるこの世界。ニコラスはネギに夢や成り行きなどではなく、自分で後悔の無いように道を選んでほしかった。



「ネギ。今の内に言っとくで」

「え?」

「人に全ては救えんし、全てを得ることも出来ん。ワシ等は人間で神様やない、手の数も、届く距離も決まっとるんや。己の器を過ぎた望みは自分や周囲を犠牲にするで」

「でも僕は……」

「たとえ一度うまくいっても、次もうまくいく保証など何処にもない。例え魔法使いでも同じや。……幸運とゴリ押しはいつまでも通用せえへん。無茶を続ければ、いつかツケを払う事になる」

「…………」

「確固とした決意と覚悟…そして実力無しにこちら側に来れば必ず後悔する羽目になる。こちら側に来るちゅう事は、そう言う事や」



 決意するべきは己だけの正義。覚悟するべきは生きる覚悟、殺す覚悟。そして自分の仲間を守りうる実力。それを持たない者が裏の世界に関われば死ぬとニコラスは理解していた。

 故に問いかける。



「ネギ、主にその覚悟はあるんか?」



 彼の言葉は酷く重い。ネギは俯いて考える。父を追い、故郷の仇を討とうとする以上、歩むのはあちら側しか無い。だがニコラスの言葉の端端から彼は真剣に言っていることが解る。ネギは答えることが出来ないでいた。感情のままに答える事は容易い。だがネギは答えを求めて心の中を探し回る。ニコラスの言葉には自分の言葉で応えるべきだと感じたのだ。しかし胸の内に自身が納得できるものは見つからなかった。



 沈黙が場を支配する。お調子者のカモも黙ったままだ。ネギは俯き、ニコラスはそれを無表情に見つめる。

 完全に沈黙した空気を動かしたのはエヴァだった。



「その辺にしないか? 問答の答えはいつでも出来るだろう?」

「そうやな。ネギ、今はまだええ……だが引き返すなら今の内や。どうするんか知らんが、後悔の無いようにな」

「は…い」

 ニコラスの言葉にネギはぎこちなく頷いた。そしてエヴァが言う。



「ぼーやの宿題だな。しっかり考えろ……それと一応言っておくが、あれは別に死んでないぞ?」

「はい…………え?!」



 ネギは驚いてエヴァを見る。彼女は…やれやれ気がついてなかったのかと言った視線を向け、続けて見たニコラスは、苦笑しつつ口を開いた。



「エヴァの言うとおり。あれは気絶しているだけや」

「でも思いっきり撃って……」

「非致死性のゴムスタン弾や。骨ぐらいは折れるかも知れんが死にはせんし、丸二日は寝たまんまになるぐらいやろ」

「なら何で言ってくれなかったんですか?!」

「……問答無用でまくし立てて来たんは誰や?」

「あう、その、あれはその、思いのままにと言うか……」



 しどろもどろにネギは言う。そんなネギを見て大笑いするする二人。カモはなにやらぶつぶつと呟いている。

 そこに軽トラと乗用車がやってきた。車体には清掃会社のロゴが入っており、乗っているのは黒いズボンに白いワイシャツ、黒ベストに黒眼鏡の出で立ちの男×二。……映画に出てきそうだ。

 彼らはニコラスを見ると会釈して男を手錠を使い、拘束して軽トラの荷台に放り込む。さらに壊れたであろうバイクをその隣に積んだ。その際に男を潰したような気がしたが誰もそのことには突っ込まない。そして乗用車の鍵をニコラスに渡して軽トラに乗り、彼らは軽快な音と共に走り去った。

 この間、僅かに三分。



「えーと、いまのは?」



 呆気にとられたネギの言葉にエヴァが応えた。



「こういった馬鹿共の処理をする連中だ。あの男は記憶を洗って不法侵入で警察行きだな」

「なんか○ン・イン・ブ○ックみたいだな」

「相手が違うだろう」



 カモの感想に冷静にエヴァが突っ込む。流石に十五年も学生をやっていると近年の映画はチェック済みらしい。そこに首を鳴らしつつニコラスが言う。



「さて、帰るかぁ」

「む、茶々丸はどうするんだ?」

「ワイが大学部に連れてったる。エヴァも一緒の方がええな。ネギは彼処で気絶している明日菜の嬢ちゃん連れて来い。途中まで乗せてったる」

「そうだ、明日菜さん!」



 すっぱり忘れていたらしく、慌ててネギが明日菜に駆けよる。軽く揺すると明日菜はすぐに目を覚ました。気絶してそのまま寝ていたらしく、なんだか反応が鈍い。

 その後茶々丸を後部座席に乗せ、エヴァは助手席。ネギと明日菜は茶々丸の隣に座り、ニコラスの運転で発車した。

 途中でネギがいろいろ聞いてきたがニコラスはやんわりと回答拒否。エヴァのにらみでネギは沈黙した。

 十数分ほど走って車は女子寮前に到着した。



「ついたで」

「ありがとうございます、ウルフウッドさん。それと……さっきはすいませんでした」

「ん」

「ほら明日菜さん、部屋で寝ましょう」

「ん~~、わかったぁ」

「しっかり寝ときな」



 ネギが明日菜を伴い車を降り、ドアを閉めたのをを見てニコラスは口を開く。



「質問とかあったら明日の放課後、教会に来いや。出来る範囲で答えたる」



 そう言ってニコラスは車を出した。





 ニコラスは大学部に向かって車を走らせる。既に連絡は入れてあるので着きしだい茶々丸の治療――修理が行われることになっている。

 

「……ニコラス」



 静かな車内でエヴァが口を開いた。ニコラスは運転しつつちらりとエヴァを伺うが、彼女は俯いていて、暗い車内ということもあり表情は解らない。とりあえずニコラスは、どうした、と聞き返した。エヴァは俯いたまま言う。



「その……まだ助けて貰ったお礼がまだだったな……ありがとう」

「気にすることやない。ワイが勝手にやっただけやし、仕事の一環でもある。礼を言われることやない」

「それでも……ありがとう、ニコラス。来てくれて、助かった」



 そうか。とニコラスは言い、再び車内は沈黙に包まれる。しばらくの後にエヴァが口を開いた。俯いたままだがその声は寂しげだ。



「お前さっき、いつまでも幸運とゴリ押しは通じない、と言ったよな」

「ああ」

「……私は覚悟はできているつもりだ。だが、誓いも…想いも。いつかは諦めないといけないのかな?」



 以前彼女の記憶を見る機会のあったニコラスは、それが何となく見当がついた。

 彼が左手をエヴァの頭の上にポンと置くとエヴァはビクッと体をすくませるが、彼は安心させるように軽く撫でる。



「ニコラス……?」

「……諦めたくないんやろ? エヴァは」

「……ああ」

「ならその思いを忘れん事や。強く願い続ける想いがあれば人間はそれを貫く事が出来る。もし挫けそうになったら茶々丸がおるし、ワイもおる。タカミチやしずなもな。おぬしが望めばワイらは手を貸す、それを忘れるな」



 その言葉を聞いてエヴァはニコラスを見る。ニコラスは相変わらず前を見たままだったがその口の端には笑みが浮かんでいた。

 

 何故このように言ったのか。理由は決まっている。



 この世界において、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルはニコラス・D・ウルフウッドにとって家族に等しい数少ない存在なのだから。



 ニコラスは思う。

 自分は人殺しの化物で、外道は死ぬまで外道だろう……だが、家族や知り合いを守り、助けるぐらいはいいだろう。あいつもきっと賛成してくれる。

 自身は人並みの幸せを得る事は出来ないだろうが、自分の知っている連中には満足できる人生を送ってもらいたい。

 こんなことを言ったらエヴァ達は怒るだろうが、身内を守るために、再び紅き道を歩むことになっても構わない。

 それに……彼女はお人好しで我が侭なのが、一番彼女らしい。誰よりも子供で誰よりも大人の彼女には彼女なりの幸せを得てほしいと思う自分がいた。

 

 ……ニコラスは知らない。彼の過去を知る彼女も似たような事を考えている事を。



 エヴァはしばし呆然とニコラスを見ていたが、やがてくつくつと笑い出した。



「くっくっくっ……今言ったことを忘れるなよ? 私は魂に刻み込んだ。必要なら遠慮無く力を借りるぞ?」

「ああ、任せとき。ワイが死ぬまで世話を焼いたる」

「それは誓いととっていいのか?」

「誓い……そうやな。ワイの新しい誓いや」

「そうか。……ニコラス、車を一端止めてくれないか?」

「? ええで」



 疑問に思いつつもニコラスは車を路肩に止める。エヴァを見ながら口を開いた。



「止めたが……なんや?」

「なに、運転中にすると危ないからな」



 そしてエヴァが何か呟き、助手席から身を乗り出す。





 大学部に着いた車を出迎え、茶々丸が関係者達によって運ばれる。そして葉加瀬聡美がふと運転席を見ると、茫然自失した状態のニコラスが居た。やや服装が乱れているのはいつものことだが……あまりに腑抜けているので彼女は良く事故を起こさなかったなと思う。その一方で彼が何故そんな状態になったのか、その理由が気になった。詳細を知っているであろうエヴァに彼女は聞いた。



「エヴァンジェリンさ~ん。ニコラスさん、なんかすっごい腑抜けてますが……なにかしたんですか~?」

「いや、なにも? ………………意外と経験は浅い――面白いな」

「?」



 エヴァの最後の言葉は小さくて葉加瀬には聞こえなかったらしい。エヴァはニコラスに向けて言った。



「気をつけて帰れよ? ニコラス」

「……ああ」



 機械のように答え、ニコラスは車を方向転換させて走り去った。葉加瀬聡美はぽかんとした顔で見送ったが、彼女に視界にふとエヴァの手にある二枚のカードが目に入った。



「なんですか? それ?」

「ん、タロットみたいなものだ」



 そうエヴァは言って二枚のカードを懐に収めた。



 車を教会の庭に止めて、ボンヤリとねぐらに戻る彼。その胸ポケットから二枚のカードが覗いている。彼はまだそれに気がつかない。

魔法先生と鋼の十字架 (×トライガン・オリ有) / 六話

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