七話 投稿者:駄作製造機 投稿日:04/09-05:33 No.215
日曜日。
ニコラスはいつもの黒服に身を包み、朝食を済ませる。そして1時間ほど庭先でぼうっとタバコを吹かしていた。春の日差しが心地よい。
九時半になる頃、彼は教会を出て約束の場所に向かった。
七話
春の日差しの中、ゆっくりと歩いているニコラス。周囲には私服姿の女学生が多い。もうすぐ修学旅行なのだから、今日は皆買い物らしい。
何人か3-Aの生徒に手を振り、一週間前のカフェにやってきたニコラスを出迎えたのは……
「やあ、ニコラス」
「先に来とったんか、真名」
「まあほんの数分だがな」
椅子に座る真名だった。黒のワンピースを着ている。彼女の長身も相まってかなり大人びて見えた。
時計はまだ九時四十五分。まだ店も本格的に開いている時間ではない。
「私はさっきコーヒーを頼んだんだ。店が開くまでここで少し時間を潰してから行こうか」
「そうか……まあ、任せるわ。ワイ、店が何処にあるのかも知らんし」
「私の知っているところで構わないか?とは言っても、それほど知っているわけではないが……」
「構わへんで。あんまり買うつもりもないしの」
彼は椅子に座りコーヒーを頼む。真名は彼がいつもと変わらない格好でいることに少し眉をしかめて言った。
「女性と出かけるというのにいつもと変わらない格好なんだな」
「ワイのクローゼットには下着とシャツ、それにこの黒服しか入っとらん」
「……常識離れしているとは思っていたが、ここまでとはな。二十代の人間の持つ服のバリエーションじゃあない。そもそも神父服はどうした」
「シャークティが、「どうせ似合わないから」 と言って作らへんかった。ワイもあんな動きづらい服は御免や」
「そんなことだろうと思ったよ」
そこでコーヒーが届いた。二人はそれを飲む。今日の予定などを話しつつ時間を潰し、十時を過ぎた頃二人はカフェを出た。
●
「で、何でワイが女性服売り場に居るんや」
「私の買い物も兼ねているんだ。当然だろう?」
試着室の前でニコラスは試着をしている真名にカーテン越しに話しかけた。彼の手には試着した、もしくはこれからする服が数枚かけられている。
ここは麻帆良に在るショッピングセンターの一角、女性服を扱う店だ。カフェを出た後、ニコラスは真っ直ぐここに連れてこられた。
会話の少し後にカーテンが開き、真名が姿を見せた。その姿は藍色のワンピース……というには少々露出が多かった。肩口まで腕が見えておりスカートはかなり深い部分までスリットが入っている。だがはしたないといった印象は受けず、むしろ似合うのだ。彼女のスタイルの良さや背の高さ、大人びた雰囲気などがそうさせるのであろうか。
「どうだ?」
「ああ、似合ってるで。なんとなくな」
「さっきからそればっかりじゃあないか、ニコラス」
真名は腰に手を当て、不機嫌そうに言う。
この前は白のデザインシャツにタイトスカートという出で立ちだった。ニコラスが思い返すと同じような言葉を返したような気がする。
だが彼はこう言った。
「いや、何を着ても着こなしとるんやからそう言うしか無いやろ」
「誉められているのかい?」
「ワイはそのつもりやがな」
「ならありがとうと言っておこうか。でも、もう少し具体的に意見して貰いたいな」
「努力はするで」
更に数着試着した後、真名は彼に聞く。
「どれが良いと思った?」
「ん~三番目と四番目やな、何となく。そういえば思ったんやけど……動きやすい服が多かったの?」
それに何かを隠すことが出来るような余分がある服。大体予想がついたが真名は答えた。
「そうか? まあ無意識のうちにそう選んだんだろうな……仕事柄か」
「何や、真名も人のこと言えへんやないか」
彼女は全くだな、と笑みを漏らす。そしてニコラスは周囲を見渡すと一着の服に気が付いた。
それは黒を基調にした長袖に長めのスカートの服で、服の各所にフリルが沢山付いていた。いわゆるゴシックロリータという奴である。
ニコラスは絶対に着ないだろうとは思ったが、なんとなく似合いそうだとも思ったので言ってみた。
「真名、あの服なんてどうや?」
「あの服?…………?!」
「着てみたら……ってうお!?」
ニコラスは全力で身を捻った。さっきまで彼が居た空間を銃弾が通り過ぎてゆく。銃弾は通風口に消えた。ニコラスが真名を見ると、彼女は顔を真っ赤にして消音器付きの自動拳銃をニコラスの顎に突きつけてきた。彼女はニコラスに近づき、立ち位置も調整して拳銃を完全に死角に納めている。
真名は赤い顔で傍目には恋人同士がいちゃついてるように見えたかも知れない。だが真名の声音は凍えるように冷たかった。
「冗談だよな?」
「あー、そのー……似合うと」
「冗・談・だ・よ・な?」
素の表情で本音を言おうとした瞬間、銃口がニコラスの顎を押し上げた。真名は相変わらず顔が真っ赤だったが、彼は彼女から殺気を感じた。
故に。
「冗談です、はい」
「な、ならいいんだ。うん」
ニコラスは自己保身に走った。彼がそう答えると真名は拳銃をしまい、そっぽを向きながら何度も頷いた。殺気も霧散している。ほっと息をついたニコラスが弾の行方を見ようと周囲を見渡したとき、なんだか視線を感じた気がした。その視線を明確に感じとる前に、
「………………そんな風に言われたら似合うのかと思うじゃないか」
「ん?」
「なんでもない」
ニコラスは真名が小声で何か言っているのに気が付き注意を真名に向けた。だが真名は言葉通り何でもない、といった顔で答えを返す。
ニコラス達は気が付かなかったが周囲の視線は一致していた。
――生暖かい視線。
内心も殆ど皆が同じだったろう。
――お熱いねぇ……
余談だが彼女が買った服の内、一着をニコラスが支払った。(最後の冗談の詫びらしい)
そして会計の後、真名がニコラスを店の外に待たせてあの服を試着してみようか十分迷ったのは彼女と店員だけの秘密である。
●
正午を三十分ほど過ぎた頃。修学旅行のための買い物をしていた春日美空は、麻帆良のショッピングセンターである人物に気が付き足を止めた。
遠目から見ただけだが特徴的な服装にその長身は見間違えるはずもない。
「ウルフウッドさんに……龍宮さん?」
二人はカフェで食事をしているみたいだった。ニコラスの足下には紙袋が見える。
「もしかして……デート……?」
雰囲気はそんな感じだった。彼女が思わずじっと見ていると、ニコラスがふと彼女に顔を向けて手を振ってきた。
美空は周囲を見回す。彼我の距離はおよそ五十メートル。しかも彼女は人通りの多い道の中心に立っている。普通なら気が付かないものだが……
「おお、美空やないか。こっち来いや」
そう言葉が来る以上、気が付いているのは確かである。美空は自分の買った物が入った袋を提げつつニコラス達の元に向かった。
二人の側に来ると真名がニコラスに言う。
「こんにちは……ウルフウッドさん、龍宮さん」
「こんにちは、春日さん。……しかし本当だったか、どんな眼をしているんだ? お前は」
どうやら、真名は気が付いていなかったらしい。ニコラスが何でもないと言った風に答える。
「視線感じて、それをたどっただけやで? 大したことないやろ」
「って、ウルフウッドさん。見ていたの気が付いたんですか?」
「普通気が付かないだろう。感情のこもった視線ならともかく、ただの視線を感じとり、それをたどるなんて本当に出来るのか?」
「意識向けられれば大体気が付くで? ともかく、美空はどうしたんや。やっぱり買い物か?」
ニコラスの言葉に真名は呆れていた。彼女も視線には敏感な方だが、それとて何かしらの感情が籠もってなくては気が付かない。それをニコラスは何で
もないように言う……はっきり言って異常だった。彼女はニコラスを見つつ思う。
(だだの視線にすら反応する気配察知能力、それに高い戦闘力を持つ……ニコラス、お前は以前、一体どんな生活を送っていたんだ……?)
ニコラスはそんな彼女の様子を気にせずにコーヒーを啜っている。真名もそれに続くようにコーヒーに口を付けた。
ニコラスに聞かれた美空は、椅子に座りつつ手の紙袋を掲げて頷いた。
「はい、ちょっと修学旅行の服を買いに。そういうウルフウッドさんは、その……デートですか?」
「「ぶっ!!」」
「きゃ! 汚いじゃないですか!」
思いっきりコーヒーを吹く二人。食事自体は終わっていたので被害は少ない。飛沫が少々飛んだ。
むせているニコラスを指さしながら真名が叫ぶように言う。
「ただこいつの服を買いに来ただけだ! 流石にあんなヤクザみたいな格好で旅行に行かせるわけにもいかないだろう!」
「でもその紙袋の服は女物みたいですけど……」
「ついでだから私の服も買いに来ただけだ!」
「一緒に食事もしてますし……」
「今日の服選びの対価だ。それ以外の何ものでもない」
美空はどこからどう見てもデートではないのかと思いつつ、口にしたら収拾がつかなくなるのが解ったので、「そうですか」と頷いた。
ようやく落ち着いたニコラスが口を開く。
「ワイは服の店知らんし、選び方も知らへんからの……そこを手助けして貰う代わりに、真名の買い物の荷物持ちをしているんや」
「そういうことだ。デートなんかじゃあない」
「そういうことにしておきましょうか。これからウルフウッドさんの服を買いに行くんですか?」
「その予定だ」
「……そうや。美空も来いへんか?」
「へ?」
ニコラスの突然の言葉に目を点にする彼女。真名もニコラスの言葉に――デートではないと強調するために――同意する。
「それは良い考えだな。私だけじゃあコーディネイトに偏りが出来るだろうし、第三者の意見は参考になるだろう」
「で、でも……良いんですか?」
「構わへん。元々ただの買い物や。一人増えるぐらい大したことあらへん。まあ、美空が嫌なら別にええが」
ニコラスの言葉に美空は考える。元々買い物も殆ど終わっているので、後の時間は暇なのだ。つきあうのも悪くない。
「えっと、ご一緒します。いつもの黒服ではないウルフウッドさんも見てみたいですし」
「決まりや。じゃあそろそろ行こか、その荷物もワイが持つわ」
「いいですよ、そんなに重くないですし……」
「春日さん、持って貰えばいい。ニコラスは体力だけならあるからね」
「真名の言うことはともかく、買い物を手伝ってくれるんやろ? ならその荷物ぐらい持つわ」
「……それじゃあ、お願いします」
●
「これなんてどうです?」
「いや、こっちの方が……」
「う~ん、悩みますねぇ」
「イメージがあまり湧かないんだよな。ニコラスがあれ以外の服を着ている姿の」
「そうですね……雰囲気っていうんでしょうか?それが……」
男物の服の前で二人の少女が話し合っている。その声は何処か楽しそうだ。ニコラスは更衣室の中で与えられた服を着て、二人との間を遮るカーテンを開いた。その音に気が付いたの二人が振り向き、
「微妙だな……」
「微妙ですね……」
「……これで二十五着目なんやが。そもそもそっちで選んどいてその言い方はないやろ……」
そういって肩を落とすニコラス。彼の服装はジーンズに茶色の革のジャケット。遠目に見るだけならば似合っているのだが……纏う雰囲気が服の視覚効果とマッチしないのだ。
パステル系は論外。カジュアルは雰囲気が合わず、ラフな格好は似合うのだが不良的なイメージを受けてしまう。
「ならこれはどうだ?」
そう真名は手にしていた服を差し出す。彼は差し出された服を手に取り唐突に思った。考えは思わず言葉になって口からでる。
「ふと思ったんやが。主ら、ワイを着せ替え人形にしておらんか?」
「まさか」
「そんなわけないじゃないですか」
「………………」
二人は否定するが視線が泳いでいるので説得力がない。ニコラスは溜息を一つつき、手渡された服を広げた。結局若者が着るような服は諦めたらしく、黒いスラックスに黒いジャケット。いつもの彼が着ている系統に落ち着いたようだ。
ニコラスはカーテンを閉めてそれを手早く着込み、再び彼女達の前に姿を見せる。
「似合ってますよ」
「やっぱり黒系統が似合うな」
「……ほうか」
見た感じ普段の黒服と大差ないような気がしなくもない。だが、これでいいかと思ったニコラスは、
「これでいいわ。もう疲れたしの……」
「ああ少し待て。どうせならこれも来てみてくれ」
「なんでや」
そして真名は黒のブーツと黒いロングコートを取り出した。思わずニコラスが聞くと、
「なんだかセットで置いてあったからな。まあ着て見せてくれ」
そういわれてニコラスはブーツを履き、コートを羽織る。コートの生地は薄かったがその感触にふと違和感を感じる。ブーツは心なしか重い。二つに少し触れてみると何なのか、なんとなく見当がついた。
「何で防弾、防刃繊維で編まれてるんやこれ。ブーツは安全靴やし」
「?」
「そうなのか? ニコラス」
「コートはなんとなくやけどな。ブーツは安全靴や。何のセットや、これ?」
その問いに二人は店の一角を指さす。そこには。
『店長こだわりの一品! 魔法使い達の脳コーナー』
と書かれていた。他にも軍服に見えなくもない服装や、派手な赤いジャケットなどが置いてある。ニコラスは魔法使いという言葉に少し動揺したがそれよりもあれは何なのか。目の前にいる少女達に聞く。
「何や? アレ……」
「さあ?」
「ウルフウッドさんに似合いそうだったから持ってきただけで、深くは知りません」
「……まあええわ。これでいいやろ」
ニコラスはそう締め……ようとした。だがニコラスの視線がある一角を見ていたのに真名が気が付き、その方を向く。
彼の視線の先には『夜に留まる運命』というコーナーが在った。そこには赤いマントや全身青タイツといった奇天烈な服が並んでいる。彼女は着させてみようかとも思ったが、流石にニコラスにそれを着せたら……本気でパニッシャーを出すだろう事が予測できたので見なかったことにする。
だがまだ一着目。彼の服のバリエーションを訊いている真名にとって目的にはまだ届かない。
今日の目的はもう少し彼の服のバリエーションを増やすことにあるのだから。
「これでいいと言ってもまだ一着目だろう。もう少し選んで服装にバリエーションを出せ」
そう言って真名は服を差し出した。
ニコラスの苦難はまだ終わらない。
●
時刻は午後三時を回っている。目的だった買い物を済ませたニコラス達は食堂練の軽食店にいた。
美空はパフェを頼み、ニコラスはコーヒーを頼んでいた。真名は……
「なんか意外やの。真名はあんみつが好きやったんか」
「私があんみつを頼んだら変か?」
「いや、変言うわけやない。なんとなくイメージと違うなぁ思うただけや」
「そうですね……ウルフウッドさん、コーヒーだけでいいんですか? 男の人が頼むようなものもあるんですよ?」
美空の言葉に真名はあんみつを食べつつ頷いている。彼女の表情は桃缶を食べたエヴァのように緩んでいるのでかなり新鮮だ。真名が見せる年相応の表情をニコラスは心に留めて、彼は美空の疑問に答えた。
「育ち故か、甘い物は苦手での」
「昔、胸焼けするほど甘いものを食べたとか……そんな理由ですか?」
「いや、逆や。家族全員、こういった甘いものを食べる機会がほとんど無くての。なんとなく食べる気がせえへんのや」
「そうだったんですか……」
「ま、美空達が気にすることやあらへんが」
悪いことを聞いたと項垂れた美空をフォローしつつ、ニコラスはコーヒーを啜った。
先程の彼の説明は、大筋合ってはいるが食べようとしない理由は違う。
孤児院の出である彼にとって、甘いものといえば家族と分け合う物だった。そのため、孤児院を出た後も甘い物を食べる機会があったが……家族を思い出して食べようと思えなかったのだ。その傾向はこちら側にきてから更に強くなってきている。
服は必要以上に買おうとも思わないし、食事も基本的に質素なものだ。住む部屋は必要最低限の物しかない。
こちらに慣れていくのと同時に、あちら側にいる家族達に対する罪悪感が膨らんでゆく。
今日の買い物だって自分だけがこんな思いをしていて良いのかという疑問が常に脳裏に浮かんでいた。
「ニコラス? どうしたんだ、急に黙り込んで」
「いや、何でもあらへん」
「……ならいいが。今日はどうだった、ニコラス?いつもと違うことをするのは中々に良いものだろう?」
真名の言葉にニコラスは少し間を開け、
「……そうやの。疲れはしたが、悪くはなかったの」
「なら良かった。最近厄介な仕事をしているんだから、こうやって偶には息抜きをすると良い。仕事ばかりじゃあ息が詰まるよ」
「仕事しているのか私は知りませんけど、ウルフウッドさんはもう少し出歩くべきです。中等部に『寂れた教会に出る黒眼鏡・黒服の男』っていう噂があるって知ってましたか? ウルフウッドさんはもっと周りに自分をアピールするべきです」
「噂はともかく、ま、気が向いたらの」
この生活を心地よく思い、胸の内を充足感と罪悪感が満たしてゆく。
この世界は限りなく満たされ、何処までも優しい。あいつや家族は彼がこのような平穏を生きていることを喜んでくれるだろうが……
そこに自分『だけ』が来たという事実は、彼の心に後ろめたさや罪悪感といった想いを生み続ける。
二年経った今もその想いはニコラスの胸の内に燻り続けている。
●
女子寮へと向かう道と教会に向かう道の岐路にたった三人は一端立ち止まり、真名が寮方面、ニコラスと美空が教会方面に体を動かした。真名が言う。
「じゃあな、ニコラス」
「ああ……今日はすまんかったの、真名。気い遣わせてしもうて」
「気にするな。私もニコラスを荷物持ちに使ったんだからおあいこだよ。次に合うのは……修学旅行だな。今日買った服は持って来いよ?」
「解っとるって。買うのにつき合うてくれたんやからな」
真名はそう言って背を向けた。紙袋を下げ「じゃあね、二人とも」と、後ろ手に手を振り歩いてゆく。
今日買ったのは例の服一式に黒いスラックス、白いワイシャツ、黒ネクタイ、タスキ。サングラスも一つ買った。全て着るとヤクザの一員みたいだが滅茶苦茶に似合っていたので購入。他にも幾つか服を購入したので、彼のクローゼットにはもう少し賑やかになる。
ある服を着たとき二人が爆笑し、ニコラスが思わずパニッシャーを出しそうになったのは悪い夢だ。
「美空もすまんかったの。付き合わせてしもうて」
「いえ、パフェを奢ってくれましたから良いです」
「そう言ってくれるとありがたいの」
教会に向かう道をニコラスと美空が歩いている。二人とも紙袋を下げていた。
ニコラスは帰るだけだが美空はシャークティに何か用事があるらしく、荷物を一旦教会に置いてシャークティの所に行くことになっている。
帰り道を雑談しつつ歩く二人は仲の良い兄弟のように見えなくもない。
そして教会に着く前に美空が言った。
「そう言えば……龍宮さんとは何時知り合ったんですか?」
「ん、趣味が合っての。それから偶に話すような間柄や」
間違いではない。
「どうしたんや、急に」
「い、いえ! 何でもないです! ………………ほっ」
「?」
ニコラスに最後の吐息は聞こえなかったらしい。疑問の表情を浮かべていた。
「それじゃあ、私はシスター・シャークティの所に行きます。荷物は後で取りに来ますから」
「ほうか。気いつけや」
「はい」
美空はニコラスに荷物を預け、駆けていった。彼はそれを見て、
「元気やのう……」
と呟いた。
美空は走りつつ思う。
(趣味の話をするぐらいの間柄ならまだ十分余地はあるわ。焦らない、焦らないのよ。春日美空!)
どうやら彼女、ニコラスにほのかな想いを抱いているようである。その彼女の走る速度は中学レコードを更新して、日本記録を狙える速度だった。
修学旅行まであと二日。