八話 投稿者:駄作製造機 投稿日:04/09-05:33 No.216
「おお、速い」
「…………」
「特定の道しか動けんがここまで速いと凄まじく便利やろなぁ」
「……解ったからニコラス、窓ばかり見ていないでこっち見ろ」
ニコラスは出発してからずっと、窓から景色を眺めている。
第八話
新幹線の中は喧噪に満ちていた。元々元気なクラスだが修学旅行ということもあり、テンションは既にテッペン入っているらしい。
ニコラスは真名と美空、ザジと一緒に座っている。ニコラスは窓側で高速で流れる景色を飽きずに眺め続けていた。
未だに外を眺めているニコラスに真名が言った。
「そんなに新幹線が珍しいのか?」
「いや、サンドスチームには乗ったことあるが……ここまで静かで、速くはなかったからのう」
彼の言葉に反応したのは美空だった。
「さんどすちーむ?」
「乗りもんの一種や。まあ、ここには在らへんがな」
「はぁ」
そう言ってニコラスはようやく彼女達に向き直った。ニコラスの向かいに美空、その横に真名。ニコラスの隣ではザジが鳥に餌を与えている。
ニコラスの服装はいつもの黒服。買った服などは鞄の中だ。まあ随員が私服というのは問題だろうから仕方がないのだろう。サングラスは傍らに置いてある。
特別何をするでもない。ニコラスは窓の外を見ていたし、ザジは終始無言で鳥と戯れている。真名と美空は以前の買い物で仲良くなったらしく、何かを話していたが退屈になったらしい。その手にはカードが握られていた。
「で、どうしたんや」
「カードでもしませんか? たとえば……大富豪とか」
「……ポーカーやブラックジャックなら知っとるが、何やそれ」
「知らないとはまた驚きだな。まあやってみたらすぐに解るさ」
そう真名が言いつつカードを配る。彼ら四人で大富豪が始まった。
数分後、大富豪が一区切り付いたところでニコラスが席を立った。美空がどうしたのだと聞くと、
「ちょっと口が寂しゅうてなぁ。タバコ吸いに行くんや」
と返ってきた。ニコラスが行こうとするが、真名が呼び止めた。
「待て、ニコラス」
「何や? 瀬流彦センセに聞いたら喫煙車両なら良いって言うたったで?」
「タバコを吸いに行くのもいいが、これで代用しようと思わないのか?」
そう言って真名は鞄から取り出した禁煙ガムを見せる。ニコラスはそれを見て、
「それは邪道や。タバコは煙が肺を満たして全身が引き締まる感覚がいいんやないか。ニコチンを含んだ唾液なんか美味しゅうない」
「人それぞれだと思うが。タバコを吸っていれば肺活量が落ちるぞ?」
「心配してくれとるんやろうが……すまんの。ワイの数少ない楽しみなんや、何も言わんといてな」
「……好きにしろ。そうだ、これはお前が持っているといい。私が持っていても意味がないしね」
そう真名は言って禁煙ガムを投げて寄越した。ニコラスはそれを受け取りパッケージを見る。
「何やこの 「料理シリーズ二十六番、味海苔味」 って」
「なんとなく手に取ったらそれだった。他にも塩鮭味や酢豚味……ああ、カルボナーラというのもあったな」
「……本当に禁煙ガムなんか? コレ?」
「少なくともそれは、禁煙ガムコーナーに置いてあったよ」
「ほうか……」
複雑な表情をしてそれを懐にしまい、真名に礼を言ってから喫煙車両に向かう。
早乙女達が紙を広げて、何かを始めようとしているのが見えた。
●
「……なんか騒がしいの」
紫煙を燻らせながらニコラスは自分のいた車両の方を見る。結構な騒ぎらしく、数車両隔てたこの喫煙車両までその喧噪が聞こえてくる。悲鳴が殆どだが、まれに 「カエル~!」 と言った叫び声も聞こえる。
……もうホームシックかい。
全くの見当違いな考えを浮かべつつ、とりあえずニコラスはタバコを根本まで吸い、携帯灰皿に落としてから元の車両の方に向かった。
ニコラスがいる喫煙車両より二つ前の車両で。
刹那はネギに手紙を渡し、背を向けつつこういった。
「気をつけた方がいいですね、先生――特に……向こうに着いてからはね……それでは」
「あ、どうもご親切に……」
その言葉を背に受けつつ刹那は扉の向こうに消えた。ネギはカモと小声で会話していたがふと気が付く。
「あれ、桜咲さん……僕たちの車両と反対側に向かってなかった?」
「あ、そう言えば……」
ニコラスが一つ車両を横切るとそこに見知った顔がいた。
「刹那? どうしたんや」
「あ、ウルフウッドさん……」
細長い袋を携えて刹那はニコラスに会釈した。
「何しとんのや、こんなところで」
「いえ……ちょっと涼みたかったので……」
「嘘言うなや。大方木乃香の側に居づらい思うたんやろ。もしくは敵を探っとったか」
「えっと……そうです! なにか不穏な気配がありまして……」
ニコラスの指摘に、彼女は一瞬言葉を詰まらせてそう答えた。だがあらかさまな嘘であることはニコラスにも解る。乗車時の出来事はニコラスも知っているし、木乃香至上主義である刹那ならば……木乃香に対する対応の罪悪感からの前者が原因だろう。
彼は一応言っておく。
「敵が居ってもここじゃあ仕掛けて来んやろ。高速移動中でオマケに退路もない。魔法使いでも一般人の前で奇跡起こすわけにも行かんやろしな」
「そうでしょうが、念には念を入れておかなくては……」
「気張るんはええがもう少し肩の力を抜け。せっかくなんやから修学旅行を楽しんだらええやないか。木乃香もその方が楽しめるやろしな。それと……」
そう言う。木乃香第一の刹那にとって木乃香を引き合いに出せば説得は容易い。そして彼は表情を引き締める。
「何かあったらワイを頼れ。迷惑なんて考えるな。誰も頼らず無理をして失敗するよりはずっとええ」
視線は真っ直ぐに刹那を見据え、彼はそう言った。
それは経験から来る言葉。あの時あいつが来なければ、自分は絶望の内に死んでいただろう。
だから、自身も何かのために必死になっている奴の力になる。
あの時感じた絶望に墜ちるのは自分も、他人も嫌だった。
刹那は彼の声に真剣な思いを感じ、頷いた。
「……はい、もしもの時はよろしくお願いします」
「ああ、任しとき。で、なんか兆候はあったんか?」
「はい、先程鳥形の式神を斬りました。それはネギ先生の私物を奪っていたようです」
ニコラスが真剣な声音で問うと、刹那も真剣に返してきた。刹那の話によると……これから向かう京都は関西呪術教会の本拠地で、ネギは東西融和の特使としての役割があるらしい。それを阻止するために道中の妨害や実力行使、人質として長の娘である近衛木乃香が狙われる可能性が高いという。
それを訊いてニコラスは額に手を当て溜息をつく。こう言っては何だが、エヴァが来ていないことが幸いだった。彼女に恨みを持つ裏組織連合に襲撃を喰らってはたまったものではない。その点、狙われているのが近衛だけならば守りようもある。
「これから妨害が激しくなる可能性があります。ウルフウッドさんも注意していてください」
「わかったわ。おそらくは近衛を中心に状況は回る。他の生徒の護衛もあるさかい、ワイは完全に付けへんが……刹那は近衛についとき。何かあったらすぐに連絡せえ」
「解りました」
そして新幹線は京都に着く。
●
「遠目には立派やけど……近くで見ると古くて崩れそうやな」
「不吉なことを言わないでください」
清水寺に来たニコラスの第一声がそれだった。突っ込む美空。高台の上にある清水寺は多くの観光客で賑わっている。ニコラスはさりげなく周囲を探ってみるが敵意を感じることはなかった。彼は一旦仕事のことは忘れ、古都を堪能することにする。清水の舞台の手すりに体重を預け、本堂を見上げつつ呟く。
美空は席が隣である超達の所で話していた。
「凄いのー……木材だけで此処まで作ることが出来るんか」
「過去に何回か焼失したこともありますが、この本堂は今からおよそ四百年前に立てられたらしいです。その頃は重機なんて当然ありませんから、人力で建てられています」
ポツリと呟いた言葉に答えが返ってくる。ニコラスが声の主の方を向くとその子には綾瀬夕映がいた。彼女はニコラスが先を促すと清水寺の歴史を説明してくれた。
ふと彼女の手元に視線をやると『いちごおでん』と書かれたパックジュースを飲んでいた。ニコラスはそれを極力見ないようにしつつ、夕映に言った。
「ずいぶんと詳しいんやな」
「こういう所、好きなんです」
「ほうか。こう言ったところはワイ初めてなんや、良ければいろいろ教えてくれや」
「……はい」
夕映は僅かに戸惑ってから頷いた。
周囲の人間は地主神社に向けて歩いてゆく。ニコラスはそれを追った。
清水寺の本堂裏手にある地主神社には、ニコラスに縁のない言葉が辺り一面に掲げられている。ニコラスはそれを一つずつ眺め、
「良縁祈願、縁結び、恋、恋愛成就……ずいぶんと偏った信仰なんなや、此処」
「……そういうものなのです」
呟くニコラス。事実故に具体的な抗弁が出来ない夕映だった。生徒の殆どはおみくじを引いたり恋占いの石とやらを試している。
ニコラスは全く興味がなかったので石段を上がりきったところで彼女達の眺めていた。見ると数人が恋占いの石に挑戦するところだ。特に見る物もないのでその様子をぼうっと眺める。
挑戦者は雪広に佐々木、宮崎に美空だった。周囲にいる生徒達は誰が成功するか賭を始めている。
彼女達はゆっくりと歩を進め始めた。ふとニコラスは、
……目を閉じて進めば周囲にいる他人に当たる公算の方が高いんちゃうか?
と思うが、不思議と当たることはない。そして一人の動きが変わった。
「雪広……見えとんのか?」
「目は閉じているようですが……」
様子を見ていたニコラスが思わず言葉をこぼし、側にいる夕映が言う。目を閉じている筈なのに、彼女はまるで見えているかのごとく真っ直ぐ対の石に向かって行く。それを追う佐々木。だが……
「……落ちたの」
「落ちましたね」
突如地面が陥没して二人の姿はそこに消えた。聞こえるのは数秒の叫び声に始まり、再び電車で聞いた悲鳴へ。周囲の生徒達が二人を救い出す。
ニコラスが離れてみていた刹那に視線を向けると、彼女はこくりと頷いた。それは即ち、これは相手方の妨害だということ。
ニコラスは深い溜息を一つついた。
……のどかと美空は無事たどり着けたらしい。
音羽の滝。生徒が我先にと群がる様を、ニコラスは水を受ける場所の向かいの場所で見ていた。
彼女達の勢いは凄まじく、他の観光客達も数歩下がった場所で様子を窺っている。その気配はどこか鬼気迫る物を感じさせた。ちなみに美空もその中に入っていて、彼女を含めた3-Aの生徒の半数近くが彼から見て右の水を柄杓で受けている。
ニコラスはふと思い、隣で水筒を取り出した夕映に尋ねた。
「綾瀬。嬢ちゃん方が我先にと群がっている右の水は何に効くんや」
「左から健康・学業・縁結びとなっていて、皆が飲んでいるのは縁結びの水です」
「成る程。で、綾瀬は何で靴を脱いでいるんや」
「この水筒にとってゆこうかと」
「ほうか……」
水を水筒に収めている夕映を見つつ、ニコラスは思った。
……全部混ざっとる下の池を飲めやいいんとちゃうか?
ニコラスは知らないが、それでは効果がないらしい。そもそも効力が有るのか不明だが。
彼は何杯も飲んでいる生徒達を眺めつつ隣にいる真名に訊いた。
「なあ、真名」
「なんだい、ニコラス」
「真名達の年代は皆ああなんか?」
視線で水を飲む生徒達を指し言う。真名は彼らを複雑な表情で見、幾ばくか間をおいて答えた。
「……それぞれだと、思うよ。うん……」
「ほうか。……ふと思ったんやが、体にいい水は解るが飲むと頭が良くなる水や恋愛が成就する水って成分が違うんかの?」
「いや、同じだと思うぞ?」
「ならなんで飲むんや」
「人間は……いや、乙女心は複雑ということだよニコラス」
「そう言うもんかの……」
そうこうしている内に、観光客に押し出された生徒達がニコラス達の所に来た。そこで彼はふと違和感を感じる。皆目元がとろんとしていて足取りが危うい。シャックリをしている者もいる。そして周辺にはある匂いが漂っていた。
「……酒の匂い?」
「ニコラス。私の眼が変じゃなければだが……みんな酔っぱらっていないか?」
「真名、主の眼は変じゃないで。ワイにも嬢ちゃん方が酔っぱらっているように見えとる」
「そうか、よかった。……で、どうする?」
「……しゃあない……叩き込むか、バスに」
新田先生や瀬流彦先生をニコラスが誘導している間、真名を始めとする酔っていない生徒が酔っ払い達をバスに連行した。
バスに戻る途中に刹那に会う。
「……あれもか?」
「……あれもです」
「……関西の魔法使いは、アホしか居らんのか……?」
「………………」
そんな会話をした。そして一行はホテル嵐山へ。
●
ニコラスは割り当てられた部屋で月を眺めていた。三日月が笑っているように見える。あの一つしかない月には大地を見下ろす眼はない。
そこで彼は買った酒をちびちびとやっている。彼は殆ど酔うことはない。二年前に検査したとき、肉体の代謝速度は以前より下がっていたが、元々酒には強い体質だったらしい。
「全く、アホらしいわ……連中は本気なのかの?」
そう呟き、暇なので見回りにでも行こうと酒をしまう。
念の為に彼は懐から片方のハンドガンを取り出し、空のマガジンをセット。そして小声で詠唱をする。
『灰は灰に、塵は塵に。風の精霊十六柱、我が銃に宿れ』
彼の呪文に応じて空のマガジンに捕縛用の風弾が生成される。普段は銃弾を依り代にして威力を上げるのだが、町中で銃声をを響かせるわけにもいかない。
更に此処は関西。紙鉄砲の音でさえ逮捕されかけると来る前に真名に聞いていた。銃弾に宿すと銃声がするが魔力のみで形成した弾丸は火薬の炸裂音が無く、引き金を引くだけで放てるために便利なのだ。
それを懐に収め、彼は靴を履いて夜の闇に跳躍した。
旅館の周囲を気配を探りつつ歩く。旅館を抜け出そうとしている数名を捕縛して新田先生に引き渡したりもした。
そして見回りを初めて十数分後。
悲鳴を聞いた。
「っ!」
ニコラスはすぐさま駆け出す。一瞬の悲鳴で大体の方向を割り出しその方に向かって走った。
実弾が入った方のハンドガンを左手に、魔弾が入った方を右手に持って進路上にある壁を飛び越える。
三メートルはある壁を飛び越え着地した。水音と共に足が水に濡れた気がするが気にせず彼は顔を上げて声を上げる……
「どないし……」
が、その声はか細く消えてゆく。彼の視線の先には。
全裸の刹那。同じく全裸の木乃香。腰にタオルを巻いたネギ。体にタオルを巻いた明日菜がいた。
突然の乱入者に彼らは呆然としている。時間は凍り付いていた。
「あ~……」
彼の言葉に彼らは反応した。刹那は木乃香を背後に隠して夕凪を握りしめ、明日菜は拳を握り、ネギは汗を噴き出させる。
初めての雰囲気にニコラスは混乱し、やってはいけないのに見比べた。
明日菜が頬を赤らめ、刹那の顔から表情が消える。ネギは女性二人のプレッシャーに顔を蒼くさせ、木乃香は疑問符を浮かべていた。
未だに混乱から立ち直れていない彼は、こう言ってしまった。
「刹那、今後の成長に期待……」
「「死ね貴様ぁ!!!」」
全開の斬岩剣と体重の乗ったストレートがニコラスを吹き飛ばした。
●
ニコラスは布団上の人になっていた。銃弾を何十発喰らっても動けた体も、ちょっと無理だったらしい。骨折こそ無いが、打撲・打ち身に加えて筋を痛めたらしく、動くことはままならない。その横では刹那とネギ、明日菜が正座している。
「すみません! 様子を見に来てくれたのに怪我をさせてしまって……!」
「えっと、ごめんなさい。思いっきり殴っちゃって……」
「いや、いきなし飛び込んだワイも悪かったんやろ……」
刹那がニコラスに平謝りする。明日菜もつられて謝る。ニコラスは仕方がないと言った風に答える。何か思うところがあったのかネギはニコラスに訊いた。
「ウルフウッドさんは学園長から何も言われていなかったんですか?」
「生徒の護衛をやっとけ言われたんや、観光がてらにな。ネギの親書の件に関しては刹那に訊いたんや」
「観光がてらって……」
「学園都市外に出るんは今日が初めてやからな。学園長が気を利かせてくれたんやろ」
「とりあえず、ウルフウッドさんはクラスの護衛と言うことで良いんですか?」
「ああ。そういうことや」
そう彼は言った。続けて今夜の指示を出す。
「とりあえず……刹那は結界を張っとくんや。ネギは周辺の警戒、明日菜嬢ちゃんは近衛に付いとき。本来ならワイが付くべきなんやろが……流石に今日いっぱいは無理そうや」
そういって苦笑。刹那と明日菜は身を縮こまらせた。自分たちがダメージを与えた所為でニコラスは行動不能なのだから。
「そう縮こまるなや。こちらにも悪い点があったんやからおあいこや。明日には何とかなるさかい、今日は頑張ってくれや」
その後、木乃香が攫われかけるという事件があったが何とか凌げたらしい。