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十三話 投稿者:駄作製造機 投稿日:04/09-05:37 No.221

 ニコラスは詠春と桜花に連れられて歓迎の宴に参加する。早乙女達も最初の内は遠慮があったのか穏やかなものだったが次第に会場は混沌の様相を見せ始める。

 明らかに未成年が多い宴だ。当然出される飲み物はノンアルコールばかりの筈なのだが……



「「あははははは!」」

「飲め飲め~~!」

「ほえ~~♪」

「…………ホンマにアルコール入っとらんのか?」



 眼前に展開する光景。そのあまりのテンションの高さに、ニコラスは思わず隣で食事を摂っている桜花に呟いた。桜花はちょうど料理を口に含んだところらしく、静かにもやや早く口の中のものを飲み下し、笑みと共に答えた。



「大丈夫ですよ。ちょっと開放的になるだけですから。あれは総本山で作られた自家製の飲み物です。ここは果物の木は一通り揃ってますが、なにぶん地脈の影響が強いところでして……ああいった副作用があるんです」

「ちょっとした魔法薬、ちゅう事か。……それにしてもあんさんずいぶんと雰囲気変わるのう」

「あ、それよく言われるんですよ。普段と真面目なときのギャップが激しいって」



 そんなつもりはないんですけどね~、と朗らかに笑う桜花。出会ったときの鋭い気配は微塵もなく、ただ柔らかく包み込むような、そんな気配を持っている。

 ニコラスは改めて桜花を見た。身長は百七十ほどだろうか。ほっそりとした体つきで、着物の袖から見える腕はしなやかな筋肉に覆われてはいるがやはり細い。

 絹のように艶やかな髪は肩口より少し下だろうか。目尻が下がっているのが優しげな雰囲気を出している。

 ニコラスは桜花に昔の家族を思い浮かべる。何というか、気配がにているように感じた。

 そんな思いを抱きつつ、ニコラスは桜花に尋ねる。



「それはそうと、刹那とあれだけ話しただけでええんか? 積もる話もあるんやろ?」



 先程詠春が刹那に個人的なお礼を言ったとき、桜花も一緒に行って話していた。ニコラスはやや離れたところから見ていたが、桜花が幾つかの言葉をかけると刹那は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに頭を撫でられていた。そして名残惜しそうにニコラスの側に来たのだ。何だったらもう少し話していても良かったとニコラスは言うが、



「これでも一応監視役ですから。対象の人とあまり離れるわけにもいかないでしょう?」



 と、桜花は言った。その言葉にニコラスは薄れかけていた彼女の仕事を思い出す。



「……ちょっと夜風に当たらんか。どんちゃん騒ぎは嫌いや無いが、一応状況が状況やし……なんか落ち着かんのや」



 そう言ってニコラスは立ち上がった。普段の言動からお祭り好きと言った印象を受ける彼だが、どちらかというと静かに飲む方が好みである。そんな彼にしてみれば、少々この場は騒がしかった。

 桜花はニコラスを見上げる形になる。ニコラスの考えを知ってか知らずかこう言った。



「そうですか……なら、総本山を一通り歩いてみますか?」

「そうやな。地理を知っとくのも悪くない」

「ならいきましょうか」



 ニコラスは外に出るフスマに手をかけ、桜花もそれつつづけて立ち上がる。そして静かに二人は宴会場から抜け出した。





・一三話





「夜桜、満月、水の音……風流ですねぇ」

「そうかの……まあ、見取って気分悪いもんなやいな」



 数分後、二人は本山の中を軽く歩いた後、奥の方の中庭にいた。縁側でニコラスと桜花は少し離れたところに座り、その間には桜花がどこからとも無く取り出した飲み物が置いてあった。無論コップは二つ。

 そこは古風な日本庭園と言った趣で月明かりの元、優しい雰囲気を醸し出している。ニコラスはボンヤリと、桜花はくつろいだ様子で庭とそれに切り取られた夜空を見ていた。空には月が輝いていて、星の瞬きはよく判らない。

 ニコラスは手にした飲み物を一口飲んだ。確かにアルコールは入っていないのだが、ちょっとしたマジックポーションらしいので油断は出来ない。だがそれを除いてもこれは美味かった。何というか、酒の美味さというよりは風邪を引いたときに飲んだ桃缶のシロップのような充足感を感じる。



 宴会場を抜け出した後、ニコラス達は総本山の建物をぐるりと一周して大体の地理を覚えていた。その際に何処にどんな部屋があるか聞いてはいない。迷うのではないかと言ったニコラスに対し、桜花曰く、



「迷ったら片っ端からフスマを開ければ良いんですよ。誰かいますから」



 とのことらしい。まあ人の気配を探れるニコラスならば特に問題はないのだが。

 ニコラスは夜空を見上げる。静かな夜で木々がそよ風に揺れる音も心地よい。月が煌々と照っているために星が見えないのが残念だった。



「月が出ていなければ、星も綺麗ですよ」



 桜花がニコラスに言う。その声にニコラスは僅かに驚いた。知らず知らずのうちに口に出してしまっていたらしい。ニコラスは思わず苦笑する。



「そうなんか? でもあそこより綺麗やないやろな……」



 知らず、ニコラスはそう洩らしていた。桜花が興味津々の顔を向けてきたので拙いことを言ったと今更気が付く。

 そんなニコラスをよそに、桜花は無邪気に聞いてきた。



「何処なんです? その星の綺麗なところは」



 その問いに対する迷いは一瞬。ニコラスは事実のみを言うことにする。



「あ~砂漠の真ん中、やな。綺麗なんは……雲もないし、なんだかんだ言ってこの国は空気が濁っとるからの。砂漠で見る星っちゅうんは凄いもんやで?」

「どんな感じなんですか?」



 桜花が聞き返してくる。ニコラスはかつての空を思い出して言った。



「周囲は全てを拒絶するかのような暗闇。その中で頭上には宝石をぶちまけたように星が輝いているんや。それ見とったら自分は宇宙の中でも小さな存在と感じて、いつかその果てに行けるものかと感じるんや。……寒いのが難点やが」

「……意外とロマンチストなんですね?」



 そう、桜花が言った。ニコラスはふと桜花を見やるが彼女はただ微笑んでいる。軽く頬を掻きつつニコラスは言った。



「そうかの? イマイチ自覚はないんやが……」

「そうですよ。なんとなくですが、ウルフウッドさんの言葉には、故郷に対する郷愁みたいなのも感じました」



 そうかも知れない。ニコラスは思った。

 あの星の星空は此処よりも、いや、この地球上の何処よりも美しかった。

 砂だらけの過酷な星。原生生物以外の存在をかたくなに拒否する星は、人間に対する厳しさに比例するように美しい星空を抱えていた。雲が殆ど無い空、全てを飲み込むような深淵の闇、限りなく澄んだ星空。

 それを思い出して語る内に、桜花の言うような気分になったのだろう。



「………………」

「………………」



 少しの間、沈黙が降りた。そよ風が木の葉を揺らし、桜の花びらが舞う。次に沈黙を破ったのは桜花の方だった。



「あの……」

「どうしたんや?」

「せっちゃんはあちらではどうしていますか?」



 桜花はそう聞いてきた。麻帆良で刹那がどうしているか、やはり気になるのだろう。ニコラスに訊いたのは第三者的な意見が聞きたかったからだろうか。

 そうニコラスは飲み物を一口飲んで逆に聞き返した。



「気になるんか?」

「ええ。あの子、昔から不器用でしたから……」

「そうか……とは言っても話すようになったんは一年ぐらい前からやから、それからしか知らんが……ええか?」



 桜花はニコラスの言葉に頷いた。ニコラスは空を見上げて一年ほど前の記憶を引き出し、一度頭の中で纏めてからゆっくりと語り出した。



「そうやな……一言で言うんやったら真面目なやっちゃな。それもクソが先に付くぐらいの。それとあんたが言っとったように不器用やな。最初の内は使命に燃えた戦士みたいやったが、よく見てみると近衛と仲良うしたいんに、何かしら理由付けて近づこうせえへん。損な奴やと思うで」

「あの子らしいです」



 桜花が微笑んだ。ニコラスが刹那の感情に気が付いたのは買い物に出た時で、物陰から木乃香を見守っている刹那が木乃香の行動に一人漫才をやっていたのを見たのだ。声をかけたときの刹那の慌てっぷりは鮮明に覚えている。

 いきなりこんな事を聞いてきた桜花に疑問もあったが、ニコラスはとりあえず言葉を続けた。



「剣士としてはなかなか強い奴やと思うで。身のこなしはかなり早いしの。ただ木乃香を守ることに集中しすぎて自分の楽しさっちゅうもんを疎かにしがちやな」



 ……もっとも、修学旅行にきてだいぶマシになったようやが……

 内心でそう付け足し、ニコラスは桜花に向き直って言う。



「なあ、言いたくなければ構わへんが……何で刹那の嬢ちゃんはああも近衛を守ることに固執するんや? ワイが言えることやないかも知れんが……人生損しとるで?」



 聞かれた桜花は少しの間逡巡した様子だったが、やがて口を開いた。



「……あの子の子供の頃が原因でしょう」



 その言葉とそれが放たれるまでの間を察してニコラスは言う。



「話したくないんやったら、別にええんやで?」

「いえ、貴方はあの子の副担任ですし、話べきでしょう……」



 だがニコラスの言葉に桜花は首を横に振り、さっきまでのニコラスと同じく夜空を見上げて語り出した。











「私とあの子は血が繋がっていません。私が14の時にあの子は桜咲の家に貰われてきたんです。少々訳ありの子でして親戚や神鳴流はあの子を引き取ったことを良くは言いませんでした。父や母がそのようなことは許しませんでしたし、私もせっちゃんを一目で気に入ってしまったので特に問題はありませんでした」



 桜花は回想する。

 長に連れられて家に来たばかりのあの子は自分を出そうとしない控えめな子だった。父や長には懐いていましたが母と私にはすぐに懐かなかった。一月ほどはかかったか。

 家族に慣れるとあの子は良く笑い、よく遊んだ。まるで初めて家族を得た子供のように。

 だがすぐに周囲の言葉があの子の耳に入った。最初は不安げに訊いてきた。

 『私は神鳴流にいるべきじゃないの?』と。

 長から刹那の経緯は聞いていた。だがそれがどうしたと私たち家族は思った。確かに神鳴流は魔に属する物を滅する戦闘集団だが、それは相手側に非がある場合のみ。悪霊もいれば守護霊もいるし、妖魔もいれば人を守ろうとする妖怪もいるのだ。

 そういったことを頭目である鶴子様は理解しておられたが、それを理解できずに刹那にあたる心の狭い周囲に憤りつつも私たちは刹那と共にあった。

 時には生傷を貰ってきたこともあったが、そのたびに私や母はあの子を抱きしめたものだ。



「自分を守らせるために父や、私はあの子に神鳴流を教えました。時折こちらに来ることがあり、その時にあのことお嬢様は幼友達になりました。端から見ていても、仲の良い二人でした」



 あれは長に近況の報告をしにいったときだったろうか。年の近い友達が居なかったあの子とお嬢様は惹かれ合うように遊ぶようになった。お嬢様には神鳴流のあの子に対する悪口は伝わっておらず、そのような先入観も無いようだった。お嬢様の父親である長も二人の間柄を微笑みながら見ていた。



「神鳴流を習っていたためか、あの子はお嬢様を守ろうとしていました。ですがあるとき、お嬢様が川で溺れるという事件があったのです」



 神鳴流は魔を討ち人々を護る剣。討つべき魔がいないのならば、護ろうとするのは必然だったろう。

 そして、事件は起こった。

 あれは完全な事故だった。春の増水した川縁で遊んでいてお嬢様が足を滑らした。まだ幼い二人を例え、どれほど忙しくとも二人っきりにしていた大人も悪かっただろう。



「あの子はお嬢様を助けようとして一緒に溺れてしまいました。幸い二人とも無事でしたがあの時の無力感があの子に『お嬢様を守る』という誓いを立てさせたようでした。そして、ある噂話が流れたのです」











 そこで初めてニコラスが口を挟んだ。



「? どんな噂やったんや?」



 ニコラスの言葉に桜花は当時のことを思い出したのか、唾棄するように言った。



「あの子がお嬢様を川に落としたという噂です」

「な!?」



 ニコラスの表情が驚愕に染まる。

 それも当然だろう。今の『お嬢様至上主義』である刹那から想像も出来ないような言葉だったからだ。

 桜花はニコラスに見ずに再び口を開く。



「笑ってしまうような根も葉もない噂です。ですが元々刹那は周囲から疎まれていました。その噂は瞬く間に広がり、あの子の耳にも入りました。あの子も最初は否定していましたが……ある時からそう言ったことには関心を示さなくなりました」



 ニコラスはその様子を想像して吐き気を覚えた。大人達や本来仲良く遊んでいる子供達が身に覚えのないことを言って責め立てる。人間不信になってもおかしくはない。

 顔も知らない周囲の大人達に彼らの言葉を盲目的に信じる子供。それら全員にニコラスは怒りを覚える。

 桜花は続ける。



「自分はやっていない。ですが周囲が認めないのならば、行動で証明する。と、あの子は私たち家族に言いました。誰よりもお嬢様を守ることをその剣に誓い、さらなる鍛錬を己に課し、私たち家族はそれを支えました。頭目である鶴子様もあの子の修行に手を貸していただきました。修行の所為でお嬢様と遊ぶ時間が無くなってしまいましたが、あの子はただお嬢様を守りたい一心で剣の腕を磨いてきたのです」



 桜花の言葉でニコラスは刹那が何故あれほどまでに守ることに執着するのか判った気がした。過去の無力感、周囲からの不審……そういったものか刹那を追い込んでしまったのだろう。あの時、子犬を殺したと騒がれたリヴィオのように。

 

「恐らくその反動で、お嬢様と遊びたいが長い間の空隙から気恥ずかしいのでしょう。又は……自分が近づくことで良からぬ噂が立つのが嫌なのか」



 桜花はそう言い、ニコラスの方を見て微笑んだ。再び放たれる言葉は何処か嬉しそうだった。



「ですが今日あの子を見て安心しました。すぐ昔のように笑いあうことは出来ないかもしれませんが……これからは、今の在り方の上で、幸せを積み重ねていってほしいものです。これまでのせっちゃんの功績から神鳴流も変わってゆくでしょう」



 その言葉にニコラスは桜花が刹那を愛していることを確認した。



「ほうか……済まんかったの、こんなこと聞いて」

「いえいえ。いずれ誰かに知っていて貰わないと行けないことですから。ウルフウッドさんもあの子が悩んでいるようでしたら相談に乗ってあげてください」

「ああ。これでもワイは牧師やからな」



 そういってニコラスは飲み物を飲み干した。桜花はそれに注ぎ足す。

 月明かりの元で二人は杯を飲み交わした。











「……気が付いとるか?」

「はい。気配が静かすぎます」



 桜花の語りから十数分がたった頃、ニコラスが隣の桜花に聞いた。桜花からは即座に答えが返ってくる。答えにニコラスは悪い状況が進行しているのを確信し、立ち上がりつつ言う。



「嬢ちゃん等が心配や、いくで」

「こちらを行けば近いです」



 そういって立ち上がった桜花は廊下を進んでゆく。ニコラスはパニッシャーを取り出して彼女の後を追った。



「桜花。得物はええんか?」



 後を追いつつニコラスが聞いた。桜花はちらりとニコラスを見、すぐに前を見て口を開いた。



「私の武器はこの身体です。父が剣術を、母が術を、そして私は徒手空拳を。それぞれ習得しております。刹那には私たち家族全員で教えました。才能があったのか、努力の結果なのか……あの子は高いレベルの力量を持ってます。兎に角、私は大丈夫です。ウルフウッドさんも注意を怠らないでください」

「解ったで。背後は任せい」



 宴会場を過ぎて宿泊棟の辺りに来たとき、桜花が悔しげに洩らした。此処までに何人もの術者が石となっていたのを見ている。ニコラスはもちろん解呪は出来ず、桜花も術を解くことは出来なかった。悔しい思いを胸に抱きつつ二人は此処まで来た。



「本山の結界を抜けるとは……」

「ちいとばかし過信しとったようやな。又は相手が一枚上手か……」

「恐らく後者でしょう。この本山の結界は簡単には抜けません。高い力量を持つ魔法使いが十人単位で敷設したものですから」



 それが本当ならば、単純に魔法使い十人を相手にするようなものだ。しかも相手に目立った反撃をさせず一方的に制圧するほどの。

 数は解らないが油断できる相手では無い。

 ニコラスは走りつつも呟いた。



「敵はそれを抜けるほどの手練れか……っつ!」

「何者!」



 反射的にパニッシャーを機関砲を展開して庭の一点に向けるニコラス。続けて桜花が構えつつ叫んだ。彼女の両手はいつの間にか絹の手袋に包まれている。

 月に雲がかかり中庭が暗くなる。すぐに雲は流れて中庭は明るくなったが、その僅かに暗かった時間を経て、ニコラスが構えるパニッシャーの先に少年が立っていた。

 何処か人形のような雰囲気を漂わせる少年はニコラス達を見て無感情に言った。



「昼間の牧師と神鳴流か。無力化したいところだけど手間取って本命を逃しては元も子もないね。この子達と遊んでいて」



 少年がばらまいた符は十二枚。それらが一瞬で悪魔の実体を持った姿となりニコラス達との間に立ちはだかった。現れた悪魔達の内四体は剣を握り、残りは無手だった。少年の気配は最後の言葉ともにこの場から離れてゆく。

 桜花は少年に向かって一歩前に出て叫ぶ。



「待ちなさい!」

「馬鹿!」



 叫んでそのまま突進しようとした桜花の襟をニコラスが掴んで引き戻す。直後に地面から水の槍が突きだしてニコラスが止めなければ桜花が居たであろう位置を貫いた。それを見て桜花は頭が冷えたのかニコラスの隣に立ち短く礼を言う。



「済みません」

「秒殺は無理や、手伝って貰うで」 

「はい」



 ニコラスは桜花の謝罪を受けつつ目の前の悪魔立ちを睨みつけていた。こちらに向かってくる殺気は大したことはないが数がいるために手間を掛けざるを得ない。桜花に共闘を宣言するとニコラスは返事が来る前に魔弾を目の前の悪魔に叩き込んだ。











 ニコラスが放った光の魔弾は悪魔の一体を粉微塵に吹き飛ばした。即座にニコラスは前に出る。

 無詠唱で集束魔弾の光の百を二、炎の百を一発連続で装填しそれを前方扇形に放つ。放たれた左右に放たれた光の槍はロケット弾ほどの威力を持つ破壊の一撃で、左右に広がって包囲しようとした悪魔二体を吹き飛ばした。中央に放たれた炎の槍は悪魔に着弾して、派手な爆炎を響かせ視界を塞ぎ、衝撃波で周囲の敵の行動を制限する。ニコラスは機関砲を展開し、片眼に桜花が左側に突っ込んでゆくのを見つつ、右側の悪魔の方に向かっていった。



「ちっ」



 ニコラスの視線の先には三体の悪魔が居た。均等に分断できなかったことに舌打ちし、もっとも右側にいる悪魔に向かい、右手に抱えたパニッシャーの引き金を引き絞った。放たれる魔弾は向かって右手側への動きで回避されたがそれも計算の内。左手で懐のハンドガンを抜き回避中の悪魔に弾倉を全て撃ち込む。弾丸は悪魔の身体に吸い込まれて青い血しぶきを上げさせた。直後、悪魔は煙と共に符に戻る。

 続けざまに二体がニコラスの左と正面から襲いかかった。正面は無手。鋭い爪を使った高速の抜き手を放ってくる。左手の悪魔は大上段から剣を振り下ろしてきた。

 対してニコラスは前に進む。正面の抜き手を左に動きつつ右後ろ方向に身を回すことで回避。右手のパニッシャーを身を回す勢いで左の振り下ろしに合わせ、薙ぎ払う。振り下ろされる剣はパニッシャーの速度と質量に耐えきれずに砕け散る。

 間髪入れずに左のハンドガンに無詠唱で光の百の集束を装填、銃口を相手の身体に押しつけて射撃。左の悪魔が上半身を吹き飛ばされ、左のハンドガンの銃身が炸裂したのもを見ることなく正面の悪魔の斜め後方に滑り込んだ。

 剣を砕いたパニッシャーは、ニコラスが握った部分を軸に回転した。剣を砕いた時にグリップのホールドを解除していたのだ。鋼の十字架は交差したところを支点に回り、機関砲が収まった直線がニコラスの後ろに向いた。機関砲展開。射線上には抜き手を外された悪魔が制動を掛けるところだった。即座に引き金が引かれて三体目の悪魔は穴だらけの符に戻る。



「っと桜花!」



 三体を始末したところでニコラスは左に向かって突進していった桜花を呼んだ。こちら側に三体しか居なかったということは、桜花が向かった先に都合六体が居ることになる。未だ燃えさかる炎の槍の残滓である炎の壁の向こうに視線をやった瞬間。



「…………は?」



 ニコラスは非常に間抜けな声を上げていた。それもそのはず。ニコラスの目の前で燃えさかる炎の壁、そこから三体の悪魔が左右と上に向かって吹っ飛んでいったのだから。











 時間は少し前に遡る。



 ニコラスの意図を察した桜花はニコラスと反対の方向に走り込んでいった。行く先には無手の悪魔が四体に剣を持った悪魔が一体。どうやら中央部を穿った一撃は一匹始末することに成功したらしい。こちらに気が付いた悪魔達が襲いかかってくる。

 桜花はそれに怯むことなく逆に加速した。振るわれる剣をくぐり抜け一番奥の悪魔に速度と気の乗った掌底を叩き込み、踏み込んだ足を基点に180度回転して後ろに迫った悪魔にカウンター気味の肘を撃ち込む。喰らった相手は吹き飛んだが、彼女はまだ止まらない。

 地面を滑るように桜花は動き、剣を持った悪魔と無手の悪魔の間に割り込んだ。無手の方に向き直り相手の爪撃を身を低くして避けると、



「ふっ!」



 短く息を吐き、強烈な震脚と共に傍目にも気が集束しているのが解る下からの掌打を胸部に叩き込んだ。

 威力は段違いだった。あたった瞬間、着弾した所より上の部分が吹き飛び、更に巻き起こった風圧で下半身までもが上空に吹き飛ぶ。

 

 彼女の二つ名は『絶空の桜花』。彼女の攻撃を受けるとほぼ確実に相手は宙を舞うためにこの二つ名がついた。彼女は剣や術の扱いは苦手だが、格闘戦では神鳴流宗家最強と謳われる青山鶴子の相手を務めるほどの力量を持つ。

 彼女は今静かに怒り狂っていた。

 襲撃者達への怒り。

 皆を治療できない自分の不甲斐なさ。

 他にも様々な思いが彼女を闘わせていた。もっと早くに敵の襲撃に気が付いていれば。もっと強力な癒しの術が使えれば。

 そのような思いを目の前にいる悪魔にぶつけているのだが、喰らっている彼らは堪ったものではないだろう。



 先程の一撃は言うに及ばず、初撃は浸透経に凶悪なまでの気を乗せた一撃で、喰らえば内蔵が破裂してグチャグチャになる。人間が喰らえば問答無用で即死するだろう。二撃目は気を纏った鋼以上の肘をカウンター気味に心臓にぶち当てた。これも心臓は破裂して相手は即死。人間が喰らえばどうなるかは推して知るべし。

 本気の彼女は相手の内部に致命傷を作り出す。三撃目は少々力が入りすぎていたが……本来、本気の彼女が闘うと、彼女自身は全くの返り血を浴びることなく相手が次々吹き飛び、その全てが例外なく絶命しているのだ。

 

 桜花の背後にいた剣を持った悪魔が、桜花を殺そうと手にした剣を突き込む。だが桜花は後ろに目があるかのように軽く横にずれ、突き込まれた剣は桜花の脇腹と右腕の間を通った。相手が薙ぎに移行するよりも早く桜花が右手と身体で剣を挟み込み、剣の刃を彼女の左手が押さえる。

 パキン、とガラス板を折ったような音がして悪魔の剣は中程から折られた。桜花はそのまま折った剣先を背後の敵に突き立てる。左脇腹を自分のものだった剣で貫かれ、悪魔は怯み、それが致命的な隙となった。

 僅かに息を吐き出しつつ向き直った桜花の左回し蹴りが悪魔の右脇に叩き込まれる。気で強化された肉体で放ったそれは亜音速に達して悪魔を吹き飛ばした。











 呆然。

 ニコラスの様子を表すならばこれがもっとも適切だろう。まさか神鳴流とはいえ、あのような細い女性に体格の良い悪魔達が面白いように吹き飛んでゆく様は何かの映画を見ているかのようだった。しかも全て吹き飛んだ後、符に戻っている。一撃で致命傷を与えているらしい。

……人は見かけによらんと言うが、本当やな。

 思わずニコラスはそう思った。彼でも彼女と真っ正面から闘えば負けるだろう。搦め手を使えば解らないが。……負け惜しみではない。きっと。

 炎の壁は既に焚き火と同レベルの大きさになっている。桜花がニコラスの方を向いて口を開いた。



「急ぎましょう。せっちゃんとお嬢様が心配です」

「……そやな。行くで」



 そう短く言葉を交わし、二人は駆け出した。

魔法先生と鋼の十字架 (×トライガン・オリ有) / 十四話

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