HOME
| 書架
|
当サイトは「魔法先生ネギま!」関連の二次創作投稿サイトです。ネギま!以外の作品の二次創作も随時受け付け中!
書架
十六話(改訂) 投稿者:駄作製造機 投稿日:10/29-19:06 No.1518
繰り出される小太郎の攻撃を圧縮した魔力の盾で受け流し、ネギは距離をとった。既に自分に対する契約執行は二分に達しようとしている。我流で未完成な術式のために消耗も大きく、更に明日菜に対する契約執行の負担でネギは荒い息を吐いていた。
先程から説得を試みてはいるが、小太郎は耳を貸さない。彼は月詠ほどぶっ飛んでいなかったがバトルマニアの予備軍なのは確かだった。
小太郎は叫びながら突進してくる。彼の手には視覚化される程の気を纏っている。
「さっきからぐだぐだと! ここを通るには俺を倒すしかない! 俺は譲らへんで!」
「くっ!」
放たれる攻撃を何とか逸らし、再び幾らかの間が開く。小太郎は夜空にそびえ立つ光柱を背後に背負いつつ言う。
「俺にはわかるで。お前は力比べの試合なんかで本気が出るような奴やない。俺は今、ここで! 本気のお前と闘いたいんや」
小太郎の言葉を受けつつネギはどうするかを考えていた。今この瞬間にも儀式は進んでいる。木乃香を助けようとするならばどうしても目の前の敵、小太郎を退けなくてはならない。だがどうやって?
ネギの思考を知ってか知らずか、小太郎は大きな声で叫んだ。
「全力で闘えば間に合うかも知れへんで!? 来いやネギ!! 男やろ!!」
「!!」
その言葉はネギの心に浸透してゆく。プライドが鎌首をもたげてくる。ここまで言われて退くことが……
「……ええか、意地も誇りも何もかも、嬢ちゃんを奪還するまでは捨ててしまえ。守るいうこと、助けるいうことは……きっとそんなことや」
(……!!)
脳裏にニコラスの言葉が蘇る。それが沸騰しかけた感情を急速に冷やした。
そうしてネギは小太郎を真っ直ぐ見据える。その眼差しは鋭くそれを見た小太郎がニヤリと笑みを浮かべる。
「ようやく本気になったみたいやな」
その言葉にネギは手に魔力を集めることで答えた。小太郎の笑みが深くなり、拳を振りかぶって攻撃を仕掛けてきた。
それに応じるかの如く、ネギは向かって行く。
・十六話
「やああああ!!」
「ふん!!」
気合一閃。火花を散らせながら剣同士が交差する。
明日菜の袈裟懸けの一閃は、烏族の逆袈裟の太刀に防がれた。明日菜は続けざまに打ち込みを行うのだがそのこと如くは烏族の剣に受けられ、弾かれ、いなされいる。得物が巨剣になってから十数合、明日菜は有効な一撃を未だに入れることが出来ないでいた。
「はあああああ!!」
雄叫びと共に明日菜は剣を振るう。だがそれら全て防がれてしまい、明日菜の心に焦りが募る。
……なんで当たらないのよ!?
内心でそう叫びつつ明日菜は休むことなく打ち込み続けていた。だが明日菜が肩越しに振り下ろした一撃を烏族は回避する。すぐに切り返そうとする明日菜だったが烏族が急に距離をとったために、彼女はたたらを踏んでしまった。
すぐに剣を構え直すが明日菜の視界は上下に激しく揺れていた。呼吸がかなり荒くなっている。
仕方のないことなのかもしれない。息つく暇もなく打ち込み続けていた明日菜はその間無呼吸に近かったのだ。これは明日菜の経験不足が祟っていた。
五メートルほど離れた烏族は剣を肩に担ぎ言葉を発した。その言葉には何処か感嘆の色が見える。
「いきなり剣に持ち替えたときは驚いたが……まだまだやな。荒削りだが真っ直ぐで力強い太刀筋はいい。刀を振る方向に刃を立てることは出来とるようやが、足運びや呼吸がまだまだ拙い。まぁ、筋は良いから修練と経験を重ねれば一流になれそうだが」
烏族の突然の言葉に明日菜は一瞬キョトンとしたが、すぐに真剣な表情に戻って剣を構え直して答える。
「それはどうも。いきなり相手を誉めるなんてどういうつもり?」
「なに、賞賛すべきを賞賛しただけだ。他意はない。……だが少しばかり残念ではあるがな」
「?」
明日菜が疑問符を浮かべたのと烏族が剣を正眼に構えたのは同時だった。烏族はゆっくりと口を開いた。
「将来、修練を重ねた嬢ちゃんと闘ってみたかった。血湧き肉躍る闘いがあっただろうに」
「……ふん。こんな事は今夜限りで充分だわ」
明日菜の答えにカカ、と烏族は笑う。だがすぐに笑いを引っ込め、言葉を紡いだ。
「その強気なところ、気に入ったぞ嬢ちゃん。侮っていたとはいえ、神鳴流でもない人間がここまでやるとは思わなかった……だが」
瞬間、烏族から感じる気配が跳ね上がった。その重圧に明日菜は息を呑む。
「これからが本当の闘いというモノだ。今までなどお遊びの殺陣に過ぎん。嬢ちゃん……死にたくなければ足掻いて見せろ」
烏族が放ったのは殺気。それを浴びた明日菜は身体に震えが奔るのを感じていた。
●
刹那は手練れの鬼四匹による波状攻撃で防戦一方となっていた。
「くぅ!」
小さな呻き声と共に刹那の肌に赤い線が浮かぶ。太刀を翻して近くにいる狐面を切ろうとするが標的は後退し、一体が刹那に対して石つぶてを投げつけて狐面を援護、残り二体が死角に滑り込むように間合いを詰めてくる。
石つぶてと言っても投げつけてきたのは三メートルに達する大鬼。つぶての大きさは一メートル近いモノがある。刹那は狐面に向けた剣をもってつぶてを粉砕し、懐から出した残り少ない起爆符を気配を頼りに仕掛ける。だがそれを二体の鬼は退くことで回避する。
鬼達の闘い方は刹那を全周囲からの飽和攻撃によって疲弊させ、隙を窺うというモノであった。明日菜に対しては一体の鬼が決闘を行っているし、ニコラスも同様に千草方の神鳴流と闘っている。自然と残った鬼達は周囲の包囲と刹那に向かっていた。
刹那は明日菜のほうをちらりと見やるがあちらも芳しくない。烏族に振るわれる剣を明日菜は捌いているが捌き切れておらず、三発に一発は貰っていた。そのたびに明日菜は苦痛に表情を歪めるが、それでも必死になって戦い続けている。
ニコラスのほうは月詠に手一杯で明日菜の援護は出来そうにない。
現状を打開するためには刹那が動くしかないのだが……
鬼達がそれを許さない。絶え間ない攻めが刹那に脱出のチャンスを与えない。
……くっ、このままではジリ貧だ……
舌打ちをし、刹那は襲いかかってくる鬼を捌く。手はあるのだ。これぐらいの鬼達ならばものの五分とかからずで殲滅するだけの手段が。
だが刹那はその選択肢を選びとることに迷い、選ぶことが出来ない。
その選択肢は自分の全てをさらけ出すことに等しく、それを知るのは長と学園長、家族などほんの一握り。そしてこれを知った彼ら以外の人間は刹那を拒絶した。現在、彼女の周囲に彼女の秘密を知るものはいない。
知られてしまい、拒絶されてしまうかもしれない。それが……怖ろしい。
まだ不確かながらも彼女を受け入れてくれた周囲が、その事実を境にして彼女を避け、責めるようになる。かつて体験したそれはそれまで世界を構成していた全てを喪いかねないほどのものだった。
故に、彼女はその選択肢を迷い無く選べない。
だが、それ以外無いのならば仕方がない。木乃香の親友であり、ネギの生徒である明日菜を死なせるわけにはいかないのだ。闘いつつも刹那はそう考え、意識を集中させてゆく。己の全てを解放するために。
●
ニコラスと月詠の戦闘は過激を極めていた。パニッシャーからは猛烈な勢いで魔弾が吐き出され、月詠は一定の距離から近づこうとせずにニコラスの周囲を動き回る。
放たれた魔弾が一瞬前まで彼女が居た地面を粉砕する……が、それだけ。彼女の動きは疾風の如きで月詠は服こそ汚れ、傷んではいるが身体には傷らしい傷は無い。対するニコラスの黒服は鬼達との闘いで既にボロボロだったが、更に新たな切れ目を刻まれていてそこからは鮮やかな赤い色彩が見える。
月詠が横方向へのランダム移動で射線を外し、更に気の刃――斬空閃――を放ってくるのだ。ニコラスの傷はそれの為に生じている。
ニコラスならば避けることも出来るだろうが、何故か彼はギリギリでそれをしない。服一枚、皮一枚の見切りでそれを避け続け、パニッシャーを放ち続ける。
……やっぱし速い! ……ち、飛び道具がある分ブレードよりも厄介や!
内心でニコラスはそう毒づく。
接近戦は不利だということにニコラスは気が付いていた。シネマ村で姿が同じ式神を彼は破っているが、その対処法もオリジナルには効果がないのも気が付いている。
以前斃した式神『影人』は戦闘思考が理論的すぎた。それは言い換えると柔軟さが無いということ。ニコラスは闘っている内に気が付いたそこを突いて影人を追い込み、撃破することに成功した。だがその後の橋の上での戦闘ではニコラスは終始押され気味だったのだ。
今現在も傍目には均衡状態だが、ニコラスは押されていることを自覚していた。
放たれる斬空閃は徐々にその狙いが精密になってゆく。ニコラスとしては一度大きく距離を置いて仕切り直したいところだが……
……そないな事させてくれそうにないな……
そう確信している。大きく飛んで距離を置こうと考えるごとに脳裏に浮かぶ両断された自身の幻影を見る。恐らく後退しようとした瞬間にそれは現実となるだろう。
それ故に紙一重で回避するしかない。可能な限り隙を見せずに戦う以外の選択肢はニコラスには無かった。
「ワンパターンでもう飽きましたな~そろそろ切り込んでいってもええどすか~?」
「ええ訳ないやろが!!」
月詠が笑みを浮かべつつ言った言葉にニコラスは怒鳴り声と魔弾で返答する。暴風の如く魔弾が放たれた。既に月詠に向けて放たれた魔弾は既に千に届こうとしている。だが対する月詠は更に横に飛んで射線から逃れていた。ち、と舌打ちをしつつ二カラスはパニッシャーを振り、射線が月詠の小さな身体を追いかけた。
放たれている魔弾は模擬弾に拘束効果のある風の魔弾を纏わせた物だ。一発でも当たれば命中した箇所をその空間座標に固定する風の鎖が発生するのだが、月詠は魔弾を切り捨て無効化してしまうためにろくな効果がない。
「ええいちょこまかと……!」
ニコラスにとって月詠は闘いづらい相手だった。相手の機動力は高く、当たりそうな弾丸を切り払う様を見ると、闘っている相手が本当に人間なのか疑いたくなるほどだ。
彼の身体は強敵に対応して徐々にギアが上がりつつあるが月詠もまだまだ速度が上がるだろう。
ニコラスの動きが月詠を上回るのが先か、月詠の太刀がニコラスを捉えるのが先か。先の見えない闘いを動かしたのは烏族と切り結んでいる明日菜の短い叫びだった。
「あうっ!」
「!? 嬢ちゃん?!」
ニコラスが悲鳴の上がった方に視線を向けると明日菜が腕から血を流しているのが見えた。烏族の攻撃は鋭さを増し、ついには魔力障壁を切り裂くまでに至っている。
ニコラスは明日菜を呼び、一瞬注意を逸らした。そしてそれを見逃す月詠ではない。
「今は私だけを見ておくれやす~」
「っつ!」
ユルい声と共に月詠はニコラスに肉薄。手にした双刀を繰り出す。それをニコラスはパニッシャーで受け止めようとする。だが僅かに遅い。太刀のほうは受け止めることに成功したが、小太刀のほうはパニッシャーをすり抜けてニコラスの頬を裂く。
一旦懐に入ってしまえば銃使いより剣士の攻撃の方が疾い。加えてニコラスの得物はでかい。小回りの効く双刀は息つく暇もなくニコラスを攻め立て、ニコラスの身体に捌ききれなかった攻撃が傷を増やしてゆく。
ニコラスは後退しつつ集中する。剣先が風を切る音すらニコラスの聴覚は捉え、視界は月詠のその動きをしっかりと捉える。闘いつつ手にしたその経験を、身体に染み込んだ戦闘本能に喰わせてゆく。
闘争本能が与えられた経験を喰らって彼の身体を熱く冷やし、思考を加速させ感覚をスローにする。身体のギアが上がってゆく。
ほんの数手。それのみでニコラスが操るパニッシャーは月詠の繰り出す双刀を防ぐようになった。太刀筋身のこなしから予測し、双刀の軌道上にパニッシャーを滑り込ませる。軍用装甲板のそれに魔法的加護を与えたパニッシャーの外装は傷を生ずることと引き替えに双刀をしっかりと受け止めた。
その様を最も間近で見ていた月詠は刹那の驚愕を浮かべた後、見た者がぞっとする笑みを浮かべて更に剣速を上げてゆく。
……愉しい。
月詠の思考は染まっていた。
彼女には最初、ニコラスは弱そうに見えた。写真で見た時は銃は神鳴流には聞かないし、あの十字架のような兵器は重いだけで実用性は皆無に見えていた。遠目からみて本人から感じ取る気配も戦闘者のそれとは思えないほど微弱だった。
だが正面から正対した瞬間、背筋を震えが駆け抜けたのだ。チンピラと大差ないような気配が一瞬にして屈強な戦闘者のそれに代わり、サングラス越しの視線は相手の隙を探るように動く。身体は隙が一瞬にして消え、即座に動けるような姿勢をとっていた。
……この人は骨の髄まで戦闘者だ。
正対したときの思いはそれだった。眼前の敵には容赦しない、生粋の戦闘者。だがあの時は刹那のほうに興味があったのだ。だが自身の影を撃破されたときに興味は眼前の剣士から名も知らぬ牧師に移っていた。
闘えば闘うほどにその力を上げて相手を追い詰める地獄の猟犬。神のシンボルを抱く死神。彼と闘って攻撃をやりとりし、互いに理解し合い、自身の最高を超えて闘うことを思うと体の芯が熱く火照った。
それは恋とも言えるだろう。方向性は酷く歪んではいたが月詠はニコラスに恋をしていた。
そして今。眼前の男は自分を理解し、自分を斃そうと己の力を際限なく引き上げてくる。それが堪らなく嬉しく魂に充足感という悦びを与える。
これならならばどうか。刹那に放たれた八連撃は六撃が防がれ、残りの二撃がニコラスの身体を捉える。しぶく血。数滴が口の近くに跳ねた。
今の連撃はもう次には通用しないだろう。理性ではなく本能でそれを悟り、脳内で瞬時に新たな連携を構築する。
己の全てを繰り出し、更に己の新たな部分をぶつける。それを目の前の男は受け止め、さらには返してくるのだ。
……愉しい。
思考はそれ一つに染まりきり、思考が白くなりかかっている。
最早、只只ニコラスと戦い続けることを身体と魂が望む。剣が奔り、小さな身体が駆ける。
彼女は気が付いていなかったが、ニコラスの隙を突こうとした鬼達を彼女自身が既に十体以上切り倒していた。無意識の行動。彼女とってニコラスは既に敵では無くなっていた。彼女にとってニコラスは今互いを高めあう最高のダンスパートナーであり、ニコラスとの闘いを邪魔するモノは全てが敵だった。
……愉しい。もっと……もっと!!
月詠は更に剣速を上げてゆく。
……まだ疾くなる!?
ニコラスは内心で驚愕していた。彼が操るパニッシャーの速度は既に――守り一辺倒とはいえ――ラズロと闘った時に匹敵していた。だが、恍惚と狂気を孕んだ笑みを浮かべた月詠の剣は更に疾くなる。
捉え切れていた剣の輪郭が少しずつぶれてゆく。剣速が音速を超え、風切り音が置いて行かれる。攻撃が更に激化する。ハンドガンの銃口を向けることすら叶わずに防戦一方になる。
……っ!
こんな時、肉体強化の出来ないことが悔やまれた。符を使って強化すれば、ニコラスももっと疾く動けただろう。だが無い物ねだりをしてもしようがないのだ。
だが、まだ手はあった。月詠は闘いに集中……否、夢中になっていて敵味方の区別がほとんど無いのに気が付いたニコラスは、月詠の攻撃を防ぎつつ鬼達のほうに近づいて行く。そしてニコラスの狙い通りに彼を攻撃しようとした鬼達を、月詠は邪魔するなとばかりに斬撃を叩き込んでゆく。
それを確認しつつニコラスは目の前の少女をどうやって止めるか思案していた。
それこそ殺してしまえば簡単なのだがその選択肢は早々に除外する。かつて障害のこと如くを排除してきたニコラスだったが、この土壇場に来て躊躇を感じていた。
それは何故なのか。ぬるま湯のようなこちら側での日々はニコラスを甘くしたのか。それとも彼が躊躇を感じるのは他の理由か。
暴走しかけた思考をニコラスは戦闘に集中させる。
曖昧な覚悟を鑑みて、とりあえずは半殺しか。いや……それは首謀者に適用すべきだろう。とりあえず目の前の少女は昏倒させるなり拘束するなりすることにする。刹那の間に幾つかの手法を考え出し、それを実行できるタイミングを待つ。
唯一気がかりなのは明日菜だったが月詠の放つ剣は他に注意を向けることを許さなかった。放たれる斬撃を受けつつ、ニコラスはチャンスを待ち受ける。
●
明日菜は完全に追い込まれていた。彼女から斬撃が繰り出されることはなく、彼女の大剣は自身の身を守ることにのみ使われる。
斬られた傷口がじんじんと痛む。彼女にとって刀傷というものは当然初めての経験だった。擦り傷などよりも強く神経に痛みを伝え、熱く感じる傷口。
だが敵はそんな明日菜に構うことなく攻撃を繰り出してくる。刹那はこちらに来ようとしていたが鬼達に囲まれて脱出できず、先程見たニコラスは広場の外れで目を疑うほどの速度でパニッシャーを操り、小柄な少女と打ち合っていた。どちらもすぐには来られないだろう。
明日菜は必死に身を守るが、それも間もなく終焉が訪れてしまった。
「よく頑張ったが……トドメや!!」
「あっ……」
宣言をし、烏族から放たれた一閃は明日菜に見えた。極限状態なのか、迫る刃がスローモーションに見える。だが彼女の身体は動こうとしなかった。
どれほど身体に命令を送っても身体はぴくりとも動かない。一秒後には刃は彼女の身体を二つに分けるだろう。
その瞬間、まず彼女に浮かんだ感情は諦め。
……ここで、死ぬの……?
だがその感情が浮かんだのは一瞬のうちの更に刹那。即座にその感情は叩き壊され、憤りが全身を支配する。
……こんな、所で……!!
身体はその思いを受けて僅かに動いた。
だが、それだけ。回避するには足りず、受けることも間に合わない。剣が当たろうとした瞬間に明日菜は思わず目を瞑り、すぐに訪れるであろう痛みに構えた。
「………………えっ?」
しかし、予想していた痛みは訪れることがなかった。恐る恐る明日菜は目を開ける。彼女の目の前には長い黒髪があった。
「……なんだと!?」
烏族の驚きの声。だが明日菜は目の前にいる人物を呆然と見ていた。腰に届くであろう艶やかな髪。それの左右から白い着物を着た肩が見える。身長は明日菜よりも高かった。明日菜がじっと見ていた人物は優しい声色で明日菜に語りかけてきた。
「遅くなりました……よく頑張ったわね、神楽坂さん」
その声に明日菜は聞き覚えがあった。本山を出る時に別れた刹那の姉と言っていた女性。明日菜は恐る恐る彼女の名を呼んだ。
「桜花さん……?」
「ええ。少しの間、下がって休んでいるといいわ。私が後を引き受けるから」
桜花はそう言って受け止めていた烏族の剣をへし折った。同時に激しく踏み込んで掌底を撃ち込む。烏族は派手に吹き飛んだ。同時に銃声が連続して響く。
明日菜は地面と平行に吹き飛ぶ烏族と煙となって消えてゆく刹那の周囲にいた鬼達を見ていた。
銃声をBGMに桜花は構えをとって高らかに宣言する。
「桜咲桜花、参ります。私を倒さないことには、あなた方の勝利はないと知りなさい」
言葉と共に彼女は疾駆する。荒れ狂う嵐の如く彼女の腕が舞った。
●
刹那が力を解放しようとした瞬間、銃声と共に刹那の周囲にいた鬼達が消えていった。別格の大鬼と狐面は武器を失う程度だったが。
先程の銃声がニコラスからの援護ではないことは刹那も判っていた。超高速で攻撃を交わしあっているニコラスがよそに手を出す余裕はないだろう。ならば先程の銃撃は誰のものか? 答えは後ろから聞こえてきた。
「らしくない苦戦をしているようじゃないか。刹那、ニコラス」
「龍宮!? それに古菲も?!」
刹那の叫びに古菲は軽く手を振り、真名は笑みを浮かべる。
「この助っ人の仕事料はツケにしといてやるよ」
「しかし私本物のオバケ見るの初めてアルよ」
「無理はするなよ。試合じゃないから下手すれば死ぬぞ」
そう言って彼女は銃を構える。古菲も明日菜に駆け寄ってそこで構えをとった。それを見た鬼達は得物を振り上げて襲いかかってきた。
真名は襲いかかってくる鬼達を精密な射撃で次々と屠っていた。だが彼らも馬鹿ではなく、すぐに真名を囲うように鬼達が跳ぶが、真名はそれを軽く笑い飛ばし、二丁拳銃を巧みに操って次々と撃破してゆく。その強さに明日菜が驚きの声を上げた。
「ちょ、なんで龍宮さんがあんなに強いの!?」
「龍宮アルから。あれぐらいは出来るアルよ」
「古菲、あんたもなんでここに……」
「我只要和強者闘。それに友達の頼みは無視できないアル」
そう言って古菲は笑った。その背後に鬼が迫っているのを明日菜は見て声を上げかける。だが古菲はまるで見えているかのように振り向き、左手で相手を捌き、激しい正拳を叩き込んだ。吹き飛ぶ鬼。
唖然とする明日菜をちらりと見て、古菲は言った。
「中国四千年の技、なめたらあかんアルよ?」
●
ニコラスは広場と森の境目付近で月詠と闘っていた。彼は少女達の会話と戦神のように暴れる桜花をを片目で見つつ、内心で安堵の息を吐いていた。これで彼らが死ぬようなことはあるまい。
その時、ニコラスが待っていたチャンスが訪れた。彼は月詠を倒すべく動き出す。
月詠の攻撃は太刀による超高速の刺突。その突きを、ニコラスはパニッシャーで受け止めた。同時に彼は後ろにステップを踏む。飛んだ勢いと刺突の威力が合わさってニコラスの身体は後ろの森に向かって弾けるように飛ぶ。
追撃を駆けようとした月詠だったがそれは目の前に怒った爆炎によって一瞬遅れることになった。ニコラスが飛んだ時に炎の集束魔弾を放ち、爆発を起こしたのだ。爆炎がピークを越えて弱まった瞬間に月詠はそれに突っ込む。
その一瞬で稼がれた時間でニコラスは木々の狭間に着地し、前傾姿勢で砲身を背後の地面に向けている。準備は整った。生きるか死ぬかの賭だったがこれが最も確実だろう。ニコラスはそう内心で頷いた。
ニコラスは僅かな溜めの後、爆炎を突き抜けてきた月詠に向かって跳んだ。足が地面を離れたと同時に引き金を引いて、地面に集束魔弾を撃ち込む。放たれた魔弾は100メートル四方の空気を圧縮した物。それは地面で炸裂し、限界まで押し縮められていた空気が衝撃波となって周囲に高速で広がった。彼は背に風の後押しを受けて一気に加速する。
月詠は今までとは違うリズムにほんの僅か、戸惑う。その戸惑いは目の前に向かってくるニコラスに対する対処を無意識のうちに決定づけていた。
突き。それも太刀がけん制の一撃目で、二撃目に本命の心臓狙いの突きを小太刀で繰り出していた。それは彼女が妖物相手によく使う攻めで、最も得意とする一撃。
太刀で相手の身体を縫い止め、小太刀を急所――この場合は心臓――に突き立てる。
ニコラスは下手にパニッシャーの砲身側を月詠に向け、繰り出された太刀の突きをパニッシャーで受け流した。
それは計算の内、月詠は心臓めがけて本命の小太刀を突き込む。
ニコラスは本命の一撃に向けて左手を突き出す。掌に切っ先が刺さり、そのまま刀は腕の骨と平行となるよう彼の腕に潜り込んでいった。
ニコラスの脳を激痛が灼く。常人なら発狂しそうなその痛みを意志の力でねじ伏せ、彼は左手を捻って刀を骨に引っかけ、腕を外に振った。月詠の本命である刺突は外れ、ニコラスは月詠の懐に入り込んでいた。
月詠は目と鼻の先にあるニコラスの顔を見る。その目に強靱な意志を見た彼女は敗北を認識した。
パニッシャーを砲身部分でニコラスは月詠の鳩尾を貫かん程に突く。月詠の小さな体躯が一瞬痙攣をしたがそこで止まらない。砲身の先に月詠の身体を引っかけたまま空に向け、風の魔弾を二百装填し、引き金を引いた。
風の魔弾が解放される。風の檻が月詠の身体を包み込み、二メートル上空に浮いたまま彼女の自由を奪い去った。月詠は少なくとも一時間はこのまま動くことは出来ない。ニコラスは左手から多くの血液を流しつつもゆっくりと言いはなった。
「ワイの、勝ちや」
「……そのようですなぁ。私の負け、です」
ニコラスは頭上からかかってきた言葉に顔を向けた。空中に拘束されている月詠の表情は闘っていたときの狂気を孕んだものではなく、何処か満ち足りた穏やかな表情だった。ニコラスは左手に刺さったままの小太刀を一別しつつ口を開く。
「まあ、ギリギリやったがな。一歩間違うとったらワイのほうがくたばっとったやろ」
「でも貴方は生き残りなはった。私をこういう風に殺さないままに無力化させて。……傷つけた私が言うのもなんですが、大丈夫ですか?」
「血は派手に出とるし神経系もずたずたやが、治療をしっかりすれば何とかなるやろ。魔法薬もあるし、本山には治癒魔法が使えるやつもおるやろ」
「そう、ですか。……お強いですな」
「いや、強さは大して変わらん」
「え?」
ニコラスの言葉に疑問符を浮かべる月詠。ニコラスはパニッシャーをその辺に放り、ボロボロの上着を脱ぐ。そして一息置いて痛みに顔をしかめつつ左腕から小太刀を抜いた。
そして近くの木の根本に腰を下ろす。彼の着ていたシャツは既に白い部分のほうが少なく、小太刀が刺さっていた左腕からは血が今なお流れている。
彼は上着を使って手際よく止血してゆく。その作業はかなり速い。ニコラスは止血の過程で言う。
「恐らく絶対的な戦闘能力はおぬしのほうが上やろう。ワイが勝ったのは経験と偶然。それと……ちょっとあれやが、なんのために闘うか、その違いやと思うで。
おぬしは只闘うことが目的やったが、ワイの場合は目的に――この場合は近衛を救出する事やな――至る過程やからな。先を見とるものと見とらんかった者の差、なんかもしれん。人間、誰かのために戦える奴のほうが強い。……そんなあいつは強かったから、の。
ワイはそない長く生きとらんから言い切ることは出来んが……誰かのために血を流せる奴が、この世で一番強いと思うで」
月詠はそれを静かに聞いていたがやがて口を開いた。
「ありがとうございました」
「あ? なんやいきなり」
唐突な月詠の言葉にニコラスは僅かに驚いて彼女を見た。先程まで闘っていた少女は穏やかな声で言う。
「なんか、すっきりしたんですわ。貴方との闘いはとても楽しかったし、息があった舞踊みたいで心地良かった。それに貴方の強さの一端が判った気がして満足です。貴方の怪我が治りましたら、もう一度戦いたいものですわ」
「……審判付きの試合形式なら、まあ考えたる。だが死合いは後免や」
ニコラスはぶっきらぼうにそう言った。彼は立ち上がり、ホルスターの横に付いていた小さなポーチから小さなフラスコを取り出した。栓をしているコルクと右手の親指で弾き飛ばし、中に入っていた原色の液体を飲み干した。
これはアーティファクトではなく只のマジックポーションだった。効果は治癒の促進と痛覚麻酔。彼は痛みが少しずつ引いていくのを感じ取りつつ、右手にパニッシャーを持った。
「一時間ぐらい、そこで反省しとき。遅くとも朝までには解放されるやろうから」
ニコラスはそう言い放つと未だ戦闘止まぬ広場に向けて駆け出した。
「……ったく、ワイも甘くなったモンや。ぶち殺しておけば面倒は少なかったやろに……」
賭けつつもニコラスはぶっきらぼうにそう言った。
彼は彼女のような戦闘狂の連中、その行動原理をよく知っていた。
戦いそのものを楽しみ、楽しめること至上とするイカレ野郎。かつて彼は悪あがきをしようとしたブレードを射殺している。
イカレた奴を放置しておいてもろくな事がない。それは身に染みて解っている。だが。
「……欲張りやな。見限った方が楽なんに、いつの間にやら見限るのをためらっとる自分がおる。……はは、これじゃあトンガリを笑えんやんけ」
自嘲の笑みを浮かべる。プロとしての彼は彼処で殺しておくべきだと告げていた。だがこの結果に満足している自分も確かに存在しているのだ。
まあ、今のところは後回しだ。しなくてはならないことが残っている。
ニコラスは戦場に帰還すべく、更に速度を上げた。
●
時間は少し遡る。真名が目の前にいる鬼を撃ち倒し、バックステップで距離をとる。その背が刹那の背に当たった。
「さっきはああいったが、これなら苦戦するのも仕方がないな。いくらニコラスが居るとはいえ……少し前まで一般人だった神楽坂を庇いながらだったら、上級妖魔に率いられた一団はキツいだろう」
「そう、だな。ウルフウッドさんが居たからこれまでもったのかもしれない。これに月詠が混ざっていたら絶望的だった」
視線すら向けずに言った真名の言葉に、刹那は応える。彼女の視界の端では今の刹那と真名のように、背中合わせで闘っている明日菜と古菲がいた。桜花は単独で大暴れしている。強風に煽られる木の葉のように舞う鬼達は見ていてシュールな光景である。
刹那は久しぶりに見る姉の闘いに苦笑を一つ。そしてふと疑問に思ったことを真名に問うていた。
「そう言えば……なんで最初にウルフウッドさんの援護をしなかったんだ? 私や明日菜さんは兎も角、ウルフウッドさんのほうが危険だったろうに」
「私もそう思ったさ……だがおそらくあれにちょっかいを出していたら、恐らく私かニコラスが死んでいただろうな。あの娘の一撃で真っ二つか、ペースが乱されたニコラスが死ぬか、その二択だったろう。私が介入できないレベルの戦闘だった。それに……」
真名は刹那の問いに答えた。最後に一言付け足そうとしたその時、ニコラスが吹き飛んで森の中に消えた。……彼女達の視点からでは、だが。
思わす二人は叫びを上げていた。
「ニコラス!」「ウルフウッドさん!」
後を追おうとする刹那だったが鬼達がそれを許すはずもない。既に六割方倒していたが未だに五十を超える数がこの広場には残っていた。
刹那に振り下ろされる剣を銃撃で破壊しつつ真名は言う。
「ニコラスなら大丈夫だ! 今は此奴等に集中しろ、刹那!」
「だが……!」
「古菲や神楽坂を置いて行く気か! 今はあいつを信じろ!」
そう言う真名も内心穏やかでは無かった。仮契約とはいえ、契約をした者を喪いたくないという気持ちが、足をニコラスが消えた地点に向けさせようとする。だが彼女はニコラスの腕前を信じていた。
後ろ向きな感情を意志の力で押さえつけ、彼女は引き金を引く。
彼女は心の中で先程の言葉の続きを呟いた。
……それに、あいつが負ける所なんか想像できないしな。
●
ネギは小太郎に向かって真っ直ぐに突進して行く。肩にはカモがしがみついたままで、左手に杖を持っていた。
「おおおおおぉぉぉぉ!!」
雄叫びが口から奔る。右手に集束した魔力を振りかぶり、それを放った。
――小太郎の足下に。
小太郎は一瞬何が起こったのか判らなかった。いきなり足元に衝撃を受けて体勢が崩れ、その一瞬の隙を突かれてネギが横を駆け抜けてゆく。
すぐに振り返ろうとするが、足が何かに絡め取られたかのように動かなかった。足元を見ると淡い緑色の光が彼の右足を固定していた。
「なっ! ネギ!?」
叫びつつ首だけで背後を見ると、ネギが杖に跨り離脱しようとするところだった。その姿に小太郎の意識は沸騰する。
……っこの腰抜けが!
彼は内心でネギを罵倒し、ネギめがけて犬神を放つ。それはネギの飛ぶ速度よりも速くネギに襲いかからんと牙を見せた。
「兄貴!犬神が来るぜ?!」
「くっ……!」
ネギは加速途中の杖に跨り歯噛みした。ここで撃ち落とされてしまっては振り出しに戻ってしまう。
……自分の目的は木乃香を助け出すことで、小太郎を倒すことではない。
ネギがニコラスの言葉を思い出して至った答えはそれだった。
沸騰しかけていた思考は落ち着き、加速する。
……今ここにいるのは個人としてのネギ・スプリングフィールドではなく、麻帆良学園3-Aの担任であるネギ・スプリングフィールドだ。優先すべきは生徒の安全。誇りや名誉などは二の次だ。ならば、することは一つ。
そして小太郎の誘いに乗る振りをして風のサギタ・マギカを拳に乗せ、小太郎の足に叩き込んで動きを奪い、離脱しようとした。だが、最後の一手が足りない。
迫る犬神をネギは睨み付け、次の瞬間、その表情は驚きに彩られた。
小太郎は目を疑った。ネギにあたらんとした犬上達が馬鹿でかい手裏剣で輪切りにされかき消える。
それが飛来した方向に彼は一人の少女を見つけた。
ネギは視界の端に己の生徒の姿を見た。中学生とは思えないプロポーションの少女はネギを見て微笑んだ。
何故彼女があそこにいたのか不思議だったが、ネギは自分のすべきことのために杖を加速させた。
地面ギリギリを跳び去ってゆくネギを、チャイナドレスを纏った少女――長瀬楓は微笑みを浮かべつつ見送った。誰とも無く呟く。
「てっきり挑発に乗ってしまったのかと思ったでござるが……ちゃんとすべき事を見据えているでござるか。関心関心」
その言葉の途中で小太郎の拘束が解ける。小太郎はすぐさまネギの後を追おうと身を翻したが、楓はそれを許さない。手品のようにクナイを数本取りだし、小太郎の前に投擲する。それによって小太郎の足が止まった。彼は楓を睨み付けてくる。
「邪魔すんなやでかい姉ちゃん……俺はあの腰抜けを殴らな気が済まんのや。それに女を殴るんは趣味とちゃうで……?」
「ふむ、ネギ坊主を腰抜けというか。おぬしは闘うことが目的という種類の人間かな? その様な者がネギ坊主を侮辱することは許されんでござるよ」
「なんやと?」
小太郎が聞き返してくる。楓はゆっくりと前に出つつ言い放った。
「ネギ坊主は己のプライドよりも己の教え子を守ることを選んだ。誰かのために闘うことを決意した、その選択は尊い。おぬしのような未熟者にネギの相手は勿体ないでござるよ」
同時に印もなく十六人に分身する。それを見た小太郎の表情が変わる。ゆっくりと楓は歩みを進めている。
「ネギ・スプリングフィールドの代わりに、拙者が相手になるでござる。……甲賀中忍、長瀬楓。――参る」
「……っへ! 上等!!」
ネギは森の中を杖に跨り疾駆する。
「兄貴、あいつのフェミニストぶりは知っているだろう。あの姉さんは大丈夫だ。それよりも木乃香姉さんを!」
「わかってる……!」
カモの言葉にそう答え、ネギは更に加速した。
・後書き
大筋は変わりません。ニコラスの決着を少し変えてみました。
HOME
| 書架top
|
Copyright (C) 2006 投稿図書, All rights reserved.