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十七話 投稿者:駄作製造機 投稿日:10/29-19:16 No.1519
ニコラスが広場に戻ると桜花が近寄ってきて彼の背中に立つ。彼女は襲いかかって来た鬼を吹き飛ばしつつ、ニコラスに問いかける。
「……大丈夫ですか?」
「左手が使い物にならんがそれ以外はまだ何とかなる。とっとと殲滅させてネギ坊主を追うで」
桜花はニコラスの左手が真紅に染まっているのを見て問いかけるが、ニコラスはなんでもない、と言ったふうに答えてパニッシャーを構えた。
桜花はそれでも心配そうな表情を浮かべたが、ニコラスは其れを完全に無視。やがて諦めたように彼女は溜息を一つ吐き、彼女も構えを取った。
周囲にいる鬼達は最早三十ほど。ニコラス抜きでは戦力が拮抗し膠着状態だったが、ニコラスと桜花が連携を取れば戦力バランスは大きく桜花達側に傾き、殲滅することは容易い。
魔弾が放たれる音を聞きつつ桜花は疾走した。
・十七話
「……見えた!」
木々の間を縫うようにネギは疾駆する。彼の視線の先には池の真ん中にこしらえられた舞台にしめ縄が巻かれた巨石。そこからは魔力の光柱がそびえ立っていた。離れた場所にいるネギにも重圧に感じるほどの高密度の魔力がそこから立ち上っていた。
ネギは一端速度を落とし、深呼吸する。彼に肩にいたカモが話し掛けてきた。
「どうするんだ兄貴!? まともに行っても勝ち目は無いぜ?!」
「……練習中のディレイ・スペルを使ってみる!」
一拍の間をおいてネギが答えた。既に彼らは池の畔に達しようとしている。ネギは加速し、水煙を上げつつ祭壇に向け突撃を開始した。
○
「……彼が来るよ」
「なに?」
フェイトの言葉に千草が彼を振り返ると、池の縁から凄まじい勢いでこちらに突撃してくる影を見た。
彼女はそれを見て、
……まずい。儀式が間に合わんかもしれん
そのような考えが脳裏をよぎった。呪詞はまだ唱え終えていないし、唱え終えたとしても数秒の間、パスの安定のために身動きが取れなくなってしまう。その間は忌々しいがフェイトに守らせるほか無い。
「新入り! 儀式の邪魔やからあのガキを近寄らせるな!!」
「うん」
フェイトは頷きとともに懐から一枚の札を出す。彼は一言でそれを実体化、現れた翼持つ悪魔にネギの迎撃を命ずる。主の命によりネギに向かっていく悪魔。
対するネギは進路を変えることはない。
「契約執行・一秒間・ネギ・スプリングフィールド! 最・大・加速!!」
それどころか身体強化を掛け、亜音速に匹敵する速度で突撃した。
一瞬の交差。
ネギが行った加速は相対速度を変化させ、式神の刃が振るわれるよりも速く、ネギの拳が式神の胴体を粉砕していた。一撃で式神が撃破されたことにフェイトは一瞬の驚きを浮かべる。ネギは更に詠唱を行い、次の一手を放った。
「吹け、一陣の風。『風花・風塵乱舞』!!」
力ある言葉によって水面に接する空気が一斉に弾け飛んだ。その衝撃は水を細かな飛沫にし、周囲を深い霧に包みこむ。
それを見たフェイトは無駄なことと嘲るがネギは更に詠唱。
「契約続行・追加三秒! ネギ・スプリングフィールド!」
新たに魔力を身に纏い、ネギは杖の上で体勢を低く立ち上がった。その拳には魔力が集束している。
「…………そこか」
強化したネギの聴覚にフェイトの呟きが届く。どうやらこちらの位置を把握したらしい。ネギには相手がどのように自分を知覚したのかは解らないが、その呟きが聞こえた一瞬後、杖から跳躍した。
ネギは音もなく石灯籠に刹那の接地。直後、杖のフェイントに引っかかったフェイトの背後から無言で襲いかかった。だが。
「……無駄」
「!?」
フェイトの言葉とともに展開された高出力魔力障壁によってネギの拳は虚空で制止されてしまった。フェイトはそれを見て溜息をつき、突き出されたままのネギの手を取った。万力のような力でネギの手首を押さえる。ネギはなおも拳を押し込もうとするがびくともしない。
対するフェイトはその能面のような無表情を微かに歪ませ――それは落胆か――口を開いた。
「つまらないね。明らかな実力差のある相手になれない接近戦を挑むとはね。勇気があるのか、無謀なだけか……多少の期待はしていたんだけど、やはり只の子供か。……期待ハズレだよ」
そう言ってフェイトは左手をネギに向けた。だがネギの瞳は未だに死んでいなかった。
今まで押し込んでいた右手をいきなり引く。急に力のベクトルを変更されたフェイトは体勢を崩した。それを逃すことなくネギは自由な左手をフェイトの胴体に押し付ける。そして一言。
「解放」
だだの一言によって解放された力はフェイトの身体を二重三重に拘束する。それを見たフェイトは明らかな驚きの表情を浮かべ、しかしすぐにこの現象に当たりを付けて誰にともなく呟いた。
「……そうか、これはディレイ・スペル」
だがその呟きを聞くべき人影はそこにはいない。先の一言を言い放ち、フェイトの拘束を抜け出したネギは即座に反転し、台座に向かって駆け出していた。フェイトの呟きが虚空に溶ける。
「なかなかにやるね。ネギ・スプリングフィールド」
彼の呟きが終わると同時に彼の動きが封じられた。
●
「杖よ!」
ネギのその声を聞いた千草はフェイトが退けられたことを知った。既に呪文は完成し、発動待ちの状態だったが木乃香を中継しているために式の起動まで僅か数秒の時間だったがまだ間があった。起動前に祭壇から離れられては術のパスは通じない。
「ちっ! 使えんガキや!!」
千草はそう吐き捨て、振り向きざまにありったけの呪符をばらまいた。火球、雷撃・氷雪・石刃・水爪……無数の攻撃が札により具現化される。その圧倒的な死の弾幕に対してネギは臆さない。一瞬の判断で弾幕の密度が薄い地点に向けて腕で急所をカバーし頭から飛び込む。
「なっ!?」
千草は予想とは正反対のネギの行動に驚愕する。飛び込んだ彼の髪が焦げて服が凍り皮膚に血が滲む。だがネギは生きて弾幕をくぐり抜けた。木乃香との距離は五メートルほど。千草には既に己の身を盾にする以外に妨害方法はない。ネギが木乃香にむけて駆け出す。その速度はかなり速い。
千草は最後の手段でネギに向かって突進する。だがそれもネギの祭壇到達をほんの数瞬遅らせただけに過ぎなかった。
「(いける!)」
内心でネギは叫び、既に眼前にいる木乃香にむけて腕を伸ばした。
「(あか……!!)」
千草はネギの動きを見て一瞬だが諦めかけ、直後に壮絶な笑みを浮かべた。そして叫ぶ。
……繋がった。
「来いや!! スクナァ!!!」
今まさに木乃香に手が届かんとしたその時。
木乃香との間に青白く輝く壁が出現し、ネギの腕を止め、身体を弾き飛ばした。
魔力の胎動の暴力的な余波によってネギは激しく吹き飛ぶ。
足止めの鬼達を壊滅させ、夜空に伸びる光柱に向けて駆けていたニコラス達はその凄まじい気配に思わず足を止めていた。
「これは……!?」
「なんというプレッシャー……!」
「……間に合わなかったようですね」
桜花の言葉にニコラス達は彼女を見る。彼女は掠れて消えゆく光柱を見つつ言った。
「急ぎましょう。あれほどの術式、完全に制御するには時間がかかります。言い換えてしまえば相手があれを完全に支配下に置いたならば、私たちの勝ち目は限りなく低くなってしまいます」
「時間がない、ちゅうことか。……急ぐで」
ニコラスの言葉に皆は頷き、駆け出した。
●
ネギはいきなりの衝撃に混乱していた。
木乃香に手が届こうとした瞬間、目の前が光に覆われて直後に吹き飛ばされたことまでは知覚できた。だが何故自分が吹き飛んだのか理解できていない。
とにかく彼は空中で杖を使って姿勢を整え、滞空状態に移行する。本人の知らないうちに疑問が口をついていた。
「……一体何が…? ……っ!」
最後の驚愕は彼の目の前にあるものに向けられたもの。
それは大の大人が子供、否、赤子同然の巨大さを誇り。
それは人とは明らかに違う二腕、否、四腕をもち。
それは人にあり得ない前後対象に鬼面を持った鬼神だった。
木乃香の身体は鬼神の額、その前方の空中に浮かんでいる。その身体には力が入っているようには見えなかった。急激な魔力の消費で気絶状態にあるらしい。
ネギは突如として現れた大鬼神に驚愕し、圧倒される。比較するのも馬鹿馬鹿しい圧倒的な威圧感。それは只そこにあるだけで周囲を支配していた。
彼は思わず唾を飲み込む。それは酷く粘ついていて喉に引っかかった。その様子を見て千草が言葉を放つ。
「ふふふ……ギリギリやったが儀式は完了しましたえ」
ゆっくりと千草は宙に浮かび上がり、木乃香の側に移動する。ネギはそれを止めることはなかった。未だに驚愕が抜けていない。
「二面四手の巨躯の大鬼、『リョウメンスクナノカミ』。千六百年前に幾多の犠牲のもとに打ち倒された飛騨の大鬼神や」
千草は木乃香の側に滞空し、ネギを見やった。
「惜しかったどすな。小さな魔法使い。刹那の一瞬、間にあわへんかんたなぁ…は、はははははは!!」
その表情は嘲笑。危機から一転、圧倒的優位に立った千草はネギに対して卑しい笑みを浮かべ高笑いを上げる。
その耳障りな声で我に返ったカモは呆然と呟く。
「ケタが……違う。こんなの相手にどうしろってんだよ……」
「…………決まってる!」
「兄貴?!」
カモの叫びを聞きつつネギは急降下。舞台の上に立つと杖を振りかざし、
「完全に出ちゃう前に倒すしかないよ! 『ラス・テル・マ・スキル・マギステル。来たれ雷精、風の精!」
「兄貴、待て! そんな大技を使って自滅するつもりか!?」
だがネギは詠唱を止めようとはしない。地上に降りたのは滞空に使っている僅かな魔力すらも攻撃に使うためだ。全身の細胞一つ一つから魔力を捻り出し、術式をもって力を練り上げてゆく。
その様子を見て千草は歪んだ笑みを更に歪めた。
「やってみい。そして無駄だと理解せえ」
『――雷を纏いて吹けよ南洋の嵐!『雷の暴風』!」
直後、呪文が完成しネギの持つ最高威力の一撃がスクナに伸びる。
小さな丘をえぐり取るほどの威力を持つ一撃は真っ直ぐにスクナの胸元に向かって行き、
軽い音とともに弾かれた。
キズ一つ無い巨体を見て、ネギ達は呆然とする。
「は、ははははははははは!!! そんなもんかサウザントマスターの息子!! まるで効きはせんわ!!」
やがて千草は圧倒的なスクナの力、その片鱗を見て笑い、
「なんてえ魔力障壁だ……!」
「そん……な…くっ!!」
「兄貴?!」
ネギとカモはおもわず呻き声を上げた。直後にネギは魔力の枯渇で膝をつき、荒い息を吐いた。
その呼吸は二百メートル全力で走ったかのように荒い。顔色も急激な魔力の枯渇に青くなっていた。
だが不運は重なる。
……ピキッ
陶器に亀裂が入ったような音がネギの背後から聞こえた。ネギは力の入らない身体に鞭を打って背後を見やる。
その視線の先で先程無力化した少年が束縛から解き放たれていた。服の埃を払い、フェイトはネギに向かってゆっくりと歩いてくる。
「善戦したけど、残念だったね、ネギ君……」
「くっ……!」
絶体絶命の状況だった。近づいてくるフェイトとスクナを交互に見やり、カモは状況回避のために思考をフル回転させる。
そして、閃いたらしい。
(兄貴、カードの未使用機能を使うんだ……!)
カモはネギに強く囁いた。
●
その頃ニコラス達はスクナまで五キロほどの距離にいた。
先頭を明日菜と刹那が走り両翼をニコラスと真名、中央に古菲を据えて殿を桜花が務めている。
不思議なことに明日菜の大剣はいつの間にか元のハリセンに戻っていた。
森の中とは思えない速度で彼らは疾走していたが突然明日菜と刹那の速度が鈍った。なにやら虚空に視線を漂わせている。そして明日菜は何か独り言を呟いている。
「間に合わなかったですって?! …………今そっちに……え? 呼ぶって」
「おい、どうし……」
不審に思い、そう問いかけかけたニコラス達の目の前で二人は消えた。
「は!?」
素っ頓狂な声を上げてニコラスは急停止。周囲を見渡すが気配はない。
古菲と桜花も突然のことに周囲を見渡している。真名は何か考え込んでいるようだった。
「いいいいきなり消えたアルよ?!」
「落ち着け、古菲。ニコラスも桜花さんも。さっきの神楽坂の言葉から察するに、あれは召喚で呼ばれたんだろうな。おそらくはネギ先生の所に」
「口寄せで対象を呼び出したようなものですか。なら、彼らは」
「おそらくは無事だ。だが戦場に飛んだだろうから、今この瞬間はどうか解らないが」
桜花の言葉に真名は応える。そこでニコラスが先程の明日菜の言葉を思い出し、呟いた。
「さっき神楽坂は間に合わなかったと言った、ちゅうことは……」
「制御が完全になったと言うことでしょうね」
桜花がニコラスの不安を言葉にした。ニコラスは桜花に聞き返す。
「……敵のボスはなりふり構わんタイプか?」
「……状況次第ですが、暴走する可能性はありますね。こう、「薙ぎ払え!」って感じに……散々邪魔しましたから。ですが中途半端に計算高いせいで出がかりを押さえれば慎重になるでしょう」
「桜花、真名・古菲と一緒に先行せい。ワイはここから一撃入れてから後を追うさかい」
桜花の言葉を聞いてニコラスは即座に彼らに言っていた。暴走する出鼻を挫けばある程度の安全は確保できるかもしれない。
彼女達を戦場に増援として向かわせて、ニコラスは最大火力による砲撃で敵の出鼻を挫く。それが最善ではなくとも次善ぐらいではある。
ニコラスの言葉に真名は探るように問いかけた。
「……出来るのか? 障壁に弾かれるような一撃ではなく有効打になりうる一撃を最低三発は必要だぞ?」
「砲身次第やが、出来ると思うで。集束魔弾の最長射程は五キロ半ほどはある」
「……なら、任せた。私たちは先行するから、さっさと追いついてこい」
ニコラスの言葉を信じ、真名はそう言った。桜花と古菲もニコラスを見ていたが、ニコラスが頷くと彼女達は駆け去っていった。
それを見届けたニコラスはつい先程通り過ぎた広場を砲撃場所に定め、そこに向かって駆けていく。
●
その頃。ネギ達はフェイトの『石の息吹』を何とか回避したところだった。
危ないと判断した刹那はネギと明日菜を抱えて瞬動を行い効果範囲から脱したのだ。
「何とか逃げ切れた……奴はまだこちらに気が付いていません」
刹那は二人に現状を伝える。無論、周囲の警戒を怠ることはない。
彼女の後ろではネギと明日菜が荒い息を吐いていた。ふとネギを見た刹那は彼の手の異変に気が付いた。
「ネギ先生、その手……!」
「え?」
刹那の声に石化が始まった右手を隠すネギ。その視線は明日菜に言わないことを刹那に伝えていた。
ぐっと言葉を飲み込む刹那。その内心では自分の無力に憤っていた。自分が木乃香をしっかり守っていればこのようなことにはならなかったと。
そして彼女は最後の手段に出ることを決める。
「……お二人はすぐに逃げてください。お嬢様は私が救い出します」
「えっ?」
明日菜が聞き返してくる。刹那はそれに対して今まで誰にも明かさなかったことがあると告げた。
「でも、今なら……あなた達になら」
そう言って意識的に封じていた力を解放する。背中に二対の純白の翼を広げた。
その光景にネギ達は目を丸くしている。彼らを見ないようにしながら刹那は言った。
「これが……私の正体。奴等と同じ……化け物です」
だが彼女はこれだけは言っておきたかった。今までこれを知ったものは極一部の例外を除いて彼女を拒絶した。彼らもきっと同じだろう、と。
だが例え既に終わった関係でも、自らの気持ちだけは偽りたくはなかった。
「でも……私のお嬢様を守りたいという気持ちは本物です! 今まで隠していたのは……」
そこで目を伏せてしまう。思わず目に涙が滲んだ。
「この醜い姿をお嬢様に知られて嫌われるのが怖かっただけ……私は宮崎さんのような勇気も持てない、情け無い女です!」
今までため込んでいた想いが口を動かしてゆく。
「それだけではない! 私ら最初からこの力を使っていれば皆さんが傷つくこともなかった! このようなことになる前に収拾がついた筈なんです!」
それは心の内にくすぶっていた想い。あまりに自己中心的な行動。
嫌われた。そう刹那は思っていた。自分の我が侭の所為で皆を傷つけてしまったのだから。
だが。
「ふーん」
「ひゃ?!」
いきなり背中の翼に触られて、刹那は素っ頓狂な声を出した。見ると刹那の翼を明日菜が触ったり撫でたりしている。
予想もつかなかった明日菜の行動に刹那は呆然としていた。
「あの……明日菜さん?」
恐る恐る尋ねると明日菜は軽く手を挙げて強く彼女の背中を叩いた。いきなりで刹那は目を白黒させている。そこにかけられる明日菜の言葉。
「なーに言ってんのよ刹那さん。こんなの背中に生えてくるなんて格好いいじゃん」
「……え?」
刹那は思わず明日菜を見る。その目には幼い頃散々感じた負の感情はなく、一点の曇りのない瞳が彼女を見ていた。
「あんたさぁ……木乃香の幼なじみでその後2年間も陰からずっと見守っていたんでしょ? その間木乃香の何を見ていたのよ?」
その瞳を持つ明日菜は笑みを浮かべていた。親友を自慢するような。
「木乃香がこれぐらいで誰かを嫌いになったりすると思う? ホントにもう……馬鹿なんだから」
「明日菜さん……」
その声には私の親友を見くびるなといった雰囲気が感じられる。その言葉を噛み締めているとそこにネギの言葉がかかった。
「刹那さん。例え最初から刹那さんが力を解放していたとしても上手くいった保証なんか無いですよ。……僕たちは皆、木乃香さんを助けたい。手助けをしたいという想いで戦いに参加したんです。僕たちは覚悟の上で戦いに身を投じたんですから、刹那さんの言葉は僕たちみんなに対する侮辱ですよ?」
「ネギ先生……」
ネギの顔も笑っていた。その笑みは心開いてくれた事を喜んでいるかのような笑み。
「行きましょう刹那さん。木乃香さんを助け出しましょう。僕たちの手で」
「私たちが援護するから! ほら、速く!」
「ハ、ハイ!!」
刹那はようやく出会えた親友(とも)に万感の思いで頷いた。軽く身を屈めて翼を大きく広げる。
そこに舞台の方からフェイトがゆっくりと歩いてきた。刹那はそれを見つつネギに言う。
「ネギ先生」
「?」
「このちゃんのために頑張ってくれてありがとうございます」
ネギは気にするな、といった表情を浮かべた。刹那は微笑みかえしてその身を空に躍らせた。
「ん……」
それを見たフェイトが刹那を撃墜すべく腕を翻す。だがネギは邪魔はさせじとフェイトに向けてサギタ・マギカを放った。一条の光はフェイトの腕を弾いて刹那が高空に舞い上がる時間を稼ぐ。
邪魔をされたフェイトは先に障害を排除すべくネギ達に向き直る。
杖を前方に掲げながらネギは苦笑する。横を見ると明日菜がネギを心配そうに覗き込んできた。明日菜にぎこちない笑みで答えるネギ。
「って刹那さんに大見得切ったはいいけれど……ここからどうしようか? カモ君」
「ああ……もう手は出し尽くしちまったからな……」
そうネギとカモが囁きあっていると、どこからともなく声が響いた。
『……坊や、聞こえるか? 坊や』
その声は明日菜にも聞こえていたらしくネギ達は周囲を見渡す。だが周囲にフェイト以外に人影はない。カモは謎の声に心当たりがあるようだったが、声はそんな彼らを無視して語りかけてくる。
『ふふふ……僅かだが貴様の戦い覗かせて貰ったぞ……。まだ限界ではないはずだ、意地を見せてみろ! 後一分半持ちこたえられたら私が全て終わらせてやる!』
声の主……エヴァンジェリン.A.K.マクダウェルは尊大に言い放った。
●
その頃。ニコラスは広場に辿り着いていた。そこには小太郎を組み伏せた楓とその様子を見ている浴衣姿の夕映がいた。
「あ? 綾瀬に長瀬や無いか。どうしたんやこんなとこで」
「う、ウルフウッドさん? どうして…って怪我してるじゃないですか?!」
夕映はいきなり現れたニコラスと彼が負っている怪我に驚いて駆けよってくる。ニコラスはそれを手で制して言う。
「気にすんな。血は止まっとる。長瀬、そのガキはなんや? ええ感じに関節決まっとるが」
「ねぎ坊主の自称ライバルという奴でござるかな? 一応敵でござるよ」
「ほうか。邪魔されると厄介やからそのまま押さえとき」
小太郎は何か言いたそうだったが楓が少し力を加えたのか必死にタップしている。
それを見ていたニコラスは広場の中心に立ちスクナを見る。パニッシャーを肩に担ぎ、砲身を展開した。
「何をするのですか?」
「何、ちょっくらでかい花火を上げるだけや」
夕映の問いにそう答え、ニコラスは詠唱を開始した。
●
スクナとのラインが完全に安定したのを千草は確認した。これで彼女はスクナの力を自在に操ることが出来る。
彼女の顔には陰惨な笑みが浮かんでいた。
「くっ、くくくくく……もうあんたは用無しや、新入り」
そう言って千草はスクナの腕を大きく振りかぶらせる。その腕が振り下ろされるであろう方向にはネギ達と味方であるはずのフェイトがいるはずだった。
元々彼女にとって西洋魔術師は敵でしかないのだ。フェイトは偶々使えそうな駒と感じたために陣営に引き入れていたが、既に圧倒的な力を手にした今、仲間にしておく理由は彼女には無い。
ここでスクナの力を試すついでにフェイトをネギ達もろとも葬り去ろうとしているのだ。
「あんさんは役には立ったで。だが、恨むなら西洋魔術を学んどった自分を恨むんやな」
そう冷酷に言い放ち、スクナに攻撃を命令しようとする。
だがそこに何かがスクナ目掛けて飛来した。
「……ん?」
千草はなんの気無しにそちらを見やる。次の瞬間。
「んなぁ?!」
スクナの魔力障壁に派手な爆発が続けて2回起こった。驚きに思考が停止する千草。同時にスクナの攻撃動作が止まる。
それに気が付いて千草は舌打ちをする。いきなりの爆音で注意がそれてスクナの操りが散漫になった。それ故の攻撃停止である。
だが、と彼女は思考する。先程の攻撃は派手さこそあれ、威力はそれほどではなかった。誰がやったのかは知らないがスクナの障壁を抜けない以上相手をする必要はない。
ならば、と千草は目の前にいるフェイト達を再び攻撃目標に定めた。ほんの数瞬の遅れをもって彼女は改めてスクナに命令を下す
だが彼女は幾つかの致命的な点を忘れていた。
一つはこの儀式魔法において実際に召喚したのは木乃香であり、自分はあくまで木乃香を経由してスクナとのパスをつないでいると言うこと。そのために千草本人の命令は優先順位が低かった。
もう一つは数百年前から存在する鬼神は木乃香の力を置いても百%支配できなかったことだった。実際には九十五%といったところか。身体、能力の支配権は握っていたが最も厄介な本能の部分には手が届いていなかったのだ。本能は最も強い部分。そこが残っているならば瞬間的に支配権を奪い返されても可笑しくない。
更に外的要因。それら全てが絡み合い、千草の命令は実行されることがなかった。
「な、っスクナ?! 何勝手に動いて……!!」
千草の叫びが響くがスクナはその声には反応しない。上体をある方向に向け、二本の左手を前に突き出す。
直後、先程とは比べものにならない光がスクナの腕先に着弾した。
○
時間は僅かに巻き戻る。
『灰は灰に、塵は塵に。風の精霊二百柱、砲身に集いて敵を撃て』
詠唱をもってニコラスが最初に放ったのは風の魔弾二百柱。だが只の魔弾ではない。ロケット弾を芯にすることで射程と威力を両立させたものだ。 それを立て続けに2発。
だがそれはあくまでけん制でしかない。放った2発が着弾したのを確認せず、彼は本命の詠唱を行う。
『灰は灰に、塵は塵に。光の精霊五万柱、我が十字に宿り賜え』
ニコラスの周囲に凄まじい量の魔力が渦巻く。その魔力は大気を巻き込み唸りを上げる。彼の持つパニッシャーはうっすらと光を帯び、その輝きは徐々に強くなっていく。
『其は逆転の一撃。始まりにして終わり、終わりにして始まりたる究極の閃光』
直視する事が出来ないほどの光がパニッシャーより放たれていた。近くにいた夕映、楓、小太郎はあまりの輝きに目を覆っている。その光は末端部から徐々に砲身に集束していく。それに応じて砲口から太陽よりも尚眩しい光が漏れだした。
ニコラスは必死に魔力を制御していた。砲身は既に限界に近い。何時炸裂してもおかしくない状態をニコラスは凄まじい精神力を持って魔力を制御し押さえつける。
あまりの魔力に彼のサングラスが砕ける。照準内にスクナを捉え、彼は力ある言葉をを完成させた。
『全てを打ち据える裁きの烈光! ジャッジメント・ランス!』
完成と同時に引かれる引き金。そしてナノコンマ一秒の時間をおいて砲口から純白の閃光が放たれた。反動でニコラスの足首が地面に埋まり、徐々に後退してゆく。
その閃光は真っ直ぐにスクナに向かい、スクナの張った魔力障壁に直撃した。
スクナの本能は警鐘を鳴らしていた。圧倒的な殺意。それがある方向から放たれているのを感じ取っていた。唯一残った本能が危機回避のために肉体の支配権を奪い返す。何かが喚いているがスクナにとってその存在は無視してもよい存在だった。故に無視する。
肉体の支配権を奪い返した際に蘇った思考で召喚者を庇い、全能力を二本ある左手に集中させる。それを向かってくる力に向けて、スクナは全力で叩き付ける。
その様子をニコラスはパニッシャーを降ろして見ていた。パニッシャーの砲身は発射直後に負荷に耐えかねて砂のように崩れ去り、かつて砲身があった部分は今現在何もない。麻帆良に戻ったらアーロンに見せなくてはなるまい。
ニコラスの視線の先には彼が放った集束魔弾五万柱を防御しているスクナがいる。スクナの張った魔力障壁とニコラスの放った魔弾は、激しい光を周囲に放ちつつも拮抗していた。ただ防御に全てを注ぎ込んでいるスクナと放たれたが最後、進路上の全てを消し尽くす光がしのぎを削る。
だがその拮抗状態もそう長くは続かなかった。
○
ニコラスの本命砲撃が放たれる少し前からスクナの足元、水上舞台ではネギ・明日菜とフェイトの戦いが繰り広げられていた。
エヴァの念話を受けて戦意を蘇らせた二人だったが、それは戦いと言うよりは一方的な蹂躙と言うべきかもしれなかった。
ニコラスが放ったけん制の砲撃の爆音で火蓋を切った戦いは、明日菜に魔力供給をかけようとした瞬間に圧倒的な速度でフェイトに懐に入られ、凄まじいラッシュを受けて防御だけで精一杯になってしまっていた。攻めることなど不可能。フェイトの攻撃はガードの上からでも凄まじい衝撃を与えるのだ。
強烈な蹴りを受けて二人はまとまって吹っ飛ぶ。衝撃に息を詰まらせていた二人だったが、上より響く言葉に弾かれるようにそちらを見る。
『ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンケイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。その光、我が手に宿し、災いなる眼差しで射よ』
「ネギ!」
とっさにネギを庇う明日菜。直後に呪文が完成する。
『石化の邪眼』
「アスナさん?!」
光がフェイトの指先がら放たれ、周囲を薙ぎ払う。光は明日菜にも当たり、彼女は軽い静電気を受けたかのように小さく身を震わせる。
だが、それだけ。本来当たったもの全てを石と化す光は明日菜の上着こそ石化させ、彼女自身には何も影響を及ぼさなかった。
その様子を見たフェイトが確信を得たように呟く。
「やはり、魔力完全無力化能力か……まずは君からだ、カグラザカアスナ」
「!」
明日菜に向かって突っ込んでくるフェイトをネギは見る。とっさに魔力を振り絞り、明日菜の前に出る。石化していない左手でフェイトの正拳を横から掴み取る。
予想を超えるネギの動きに驚くフェイト。ネギは掴んだ腕を放すまいと力を込め続け、絞り出したような声で明日菜に尋ねる。
「ア、アスナさん……だ、大丈夫ですか?」
「うんネギ。大丈夫よ…」
明日菜の言葉が途切れた瞬間、彼女の上半身の服が完全に石化し砕け散る。だがアスナは構うことなくハリセンを振りかぶった。
「イタズラの過ぎるガキには……お仕置きよっ!!」
叫びとともに振り抜かれるハリセンはフェイトの魔力障壁を木っ端微塵に吹き飛ばしていた。それと同時にニコラス本命の砲撃がスクナに着弾する。
○
「何故やスクナ! 何故ウチの命令に従わん!?」
叫びつつ千草は必死に制御を取り返そうとするも、ニコラスの放った魔弾を防御するのに全力を注いでいるスクナに歯が立たない。
何故と内心わめき散らしつつ、なおも制御を取り返そうとする千草。彼女はいつの間にか木乃香が彼女の背後に移動していることに気が付いていない。
そんな彼女に声がかかった。
「天ヶ崎千草」
「っつ!? お前は?!」
弾かれるように声のした方向に向き直る千草。そこに白き双翼を広げた刹那がいた。彼女は堂々と宣言する。
「お嬢様を……返して貰う!」
宣言した瞬間に超速で突撃する刹那。千草はとっさに迎撃の符をばらまこうとして愕然とする。ほんの数分前、舞台上でネギに向かい、ありったけの符を使い切ってしまったのを思い出したのだ。手元にあるのは猿鬼と熊鬼のみ。
わらにもすがる思いでそれを放つ。だが。
刹那は一閃で二体を切り捨て、彼女の背後にいた木乃香を奪い去っていた。
木乃香がスクナから引き離されたことでスクナに供給される魔力が僅かに減少した。普通なら全く問題のない僅かな量。だが、ギリギリの状態だった状況を動かすには十分すぎる量だった。
スクナの障壁が弱まり、光がスクナに向かって前進する。一度始まった変化は徐々に加速していき、数秒も経たずに光は障壁を貫いていた。
最早遮るものはなく、光は真っ直ぐにスクナに向かう。
○
砲撃の激しい音と衝撃とともにネギは限界まで魔力を振り絞り、それを込めた拳を全力で振りかぶる。
「今だ兄貴!」
「はああああぁぁぁ!!」
ネギは裂帛の気合とともにその拳をフェイトに向けて振り抜き、同時に召喚主を失ったスクナにニコラスの砲撃が着弾した。
ネギの拳はフェイトの顔を完璧に捉えて撃ち抜き、ニコラスの砲撃はスクナの左半身を一撃の下に吹き飛した。
ちなみに……月詠は着弾の衝撃で湖に叩き込まれていた。
・後書き
前回の投稿からどれだけ経ったんだろう……お久しぶりです。
駄作製造機が生産した十七話を十六話の改訂版と一緒に投下しました。感想をいただけると嬉しいです。
次は……出来るだけ速く上げたいなぁと思っています。
目標は年内で修学旅行編にけりを付けたいところです。
それではまた。 駄作製造機でした。
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