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十九話 投稿者:駄作製造機 投稿日:02/13-16:49 No.2041
十九話
「茶々丸、どれが良いと思う?」
「質・量・値段を鑑みてこれとこれが候補に相応しいかと。こちらは量がありませんが品質はかなり良いですし、こちらは品質でやや劣りますがそれを補える量があります」
「ふむ。……両方買っていって比較してみるのも良いか。すまない、これをくれ」
「ありがとうございました~」
「では次の店に……」
「まてぃ」
エヴァは茶々丸を引き連れて次の店に足を向けたとき、ニコラスの言葉がかかった。エヴァはどうしたといったふうに振り返り言う。
「どうしたニコラス」
「まだ買う気かい?!」
そういったニコラスの両手には三つほどの箱が抱えられており、さらにはその手に左右合わせて十以上の紙袋が提げられていた。
殆どが京土産の八つ橋やその他の菓子、地酒等でその重さは既に十キロを超えているだろう。手にした箱は日本人形が入っている。
見ている方が気の毒になるほどの荷物を抱えているニコラスであったが、この荷物の中に彼の買ったものは一つとしてない。全てエヴァが購入したものだ。
思わずニコラスがツッコミを入れてしまったのは仕方のないことであろう。
「この程度で根を上げるのかニコラス。菓子は今ので最後だがまだ地酒などが残っているぞ」
「つーかこれ持ったまま詠春との待ち合わせにいくんか?! いくら何でも無茶苦茶やぞ!」
此処は清水寺周辺の通りの一つで売店が軒を連ねている一角だ。石の坂はそれなりの角度がありニコラスはそこをかれこれ一時間近く歩かされている。
関西呪術協会の内乱から一夜明けた今日。ニコラスはネギと五班の皆とエヴァの京都観光に付き合っていた。
とはいえ。昨晩石になっていた図書館組は兎も角、戦闘メンバーは疲れからかカフェのような所に陣取ってまったりと過ごしている。
ニコラスの抗議を受けたエヴァはやれやれと言った表情で言った。
「ニコラス、少しは頭を使え。荷物なんぞゲートで家に直送すればいいことだ」
「あ」
ニコラスは今エヴァが魔法を自由に使えることをすっかり忘れていた。彼女の言うとおり全てゲートを使って送ってしまえば荷物など持って帰る必要はない。
成る程と言ったニコラスにエヴァは苦笑し、踵を返しつつ言った。
「解ったらさっさと歩け。買い物が終わったらそこらの野路裏でゲートを開くから」
「あ、ああ」
すたすたと歩いてゆくエヴァに幾つか荷物を持った茶々丸が続く。ニコラスは一度荷物を抱え直して彼女達の後を追った。
それから三十分強歩かされたニコラスだった。
●
荷物をゲートでエヴァの自宅に送り、ニコラス達は長である詠春との待ち合わせの所に向かっていた。エヴァはかれこれ十年ぶりの外出で、彼女は非常に満足げな表情を浮かべご機嫌だ。これから向かう先にもそういった理由があるのかも知れない。
何しろナギ・スプリングフィールドが住んでいたところである。彼女にとってこれから行く場所は思い人の家と言っても過言ではない。
やがて詠春を見つけた。彼は白を基調とした落ち着いた服装でタバコを吹かしていたが、ニコラス達を見ると柔らかな笑みを浮かべて言う。
「やあ、皆さん、よく休めましたか?」
「どうもー長さん」
詠春の言葉にネギが手を振りつつ答えた。ニコラスは休むどころかかえって疲れたと心の中で呟いている。心の中なのは実際に呟いたらエヴァにボコられるのが確定しているからだ。
詠春が言うにはこの先にある建物がそうらしい。時間はあるので皆ゆったりとした足取りで緑豊かな道を歩く。
明日菜達はお喋りをしつつ歩いてゆくが、彼女達から少し離れたところをニコラスとネギ、エヴァ、茶々丸、詠春が歩いていた。彼はニコラスとエヴァに言う。
「スクナの再封印は完了しました。かなり弱っていたのもあって今までよりも数段上の封印を施し、管理体制も見直しが進んでいます」
「うむ、御苦労。近衛詠春、面倒ごとを押しつけて悪いな」
「いえ、こちらこそ今回は本当に感謝を……」
エヴァが労いの言葉をかけるが詠春はそう答えた。今回の件は関西呪術協会の不手際で起こったようなものなので詠春の言葉も仕方がないだろう。
そこでネギが小太郎の処遇を尋ねた。詠春曰く、厳罰ではないがそれなりの処罰がくだるとの事。ニコラスは昨夜闘った少女のことを思い出し詠春に尋ねた。
「そういえば、あのブレードハッピーな娘っこはどうなるんや?」
「彼女の場合は神鳴流本家に処遇がゆだねられるでしょう。まあ、今の当主は先代……鶴子氏よりも甘いですから。小太郎君と同じようにそれなりの処罰で済むでしょう」
天ヶ崎千草の処遇について詠春は言葉を濁した。おそらくネギを思ってのことだろう。彼女は主犯であるために記憶操作、能力封印などの処理が行われて追放か、それなりの施設に収監ぐらいはされるはずである。
まあニコラスにとってどうなろうと知ったことではない人物ではあるが。
「これで残るはあの白髪のガキか」
エヴァがそう言って表情を歪めた。あのガキがやったことも腹が立つが逃げられてしまったことに彼女は苛立っているらしい。
ニコラスもあの人形のようなガキを思い出す。今度出会ったとき、腹をぶち抜かれた礼は十倍にして返してやるつもりである。
詠春が言った内容は、あのガキの名前と表向きの立場、それ以外は判っていないと言う。まあ、あとは本山の結界を単身で抜いて殆ど気付かれることなく、大半の住人を石化させた程の腕前を持つ魔法使いだと言うことは判っている。
それほどの手練れならば足跡を消すことはそう難しいことではないのだろう。
協会に認知されていないフリーの魔法使いもいる。もし奴がそうならば後を追跡するのは非常に難しいだろう。
「ふん……」
エヴァがそう鼻を鳴らした所で目的地に着いた。
「ここです」
詠春の声に彼らは目の前に立つ建物を見る。
建物はおよそ四階建てのコンクリート製。此処は京都だが洋風の建物だった。
周囲にはうっそうと草木が茂り、家の大部分を覆い隠している。早乙女が言った秘密の隠れ家という表現はあながち間違いではない。
詠春はネギを家の扉に案内した。扉の横に立ちネギを促す。皆はネギが入るのを待って家に足を踏み入れた。
「わー」
ニコラスが入るとネギの感嘆の声が聞こえた。つられて家の中を見ると確かに洒落ている家だった。
中央が吹き抜けとなっており、四階の高さまで本棚がそびえ立っている。そこは例外なく本で満たされていた。後は各階層ごとにロフトがありそれぞれに万遍なく光が差し込んでいた。
だがニコラスはふと疑問に思った。
(あの一番上の本、どないして取るのやろ?)
およそ十五メートルほどにある本達はどうやって取るのだろうか。一応梯子はあるがせいぜい二階分ほどの高さしかない。それに何故か三階ほどの高さの棚には小さな置き時計がある。一階からでは角度的に見ることは不可能だ。
ニコラスがその疑問を詠春に聞こうとしたとき、本に眼がない少女達が本を手にしている所を見た詠春が彼女達に注意をした。皆はそれを聞いて丁寧に本を扱っている。
エヴァは一人でキッチンに入っていったのを見てニコラスは先程の疑問を詠春に尋ねた。
「梯子は単なる飾りでしょう。ナギは浮遊術を日常的に使っていましたから」
成る程納得。確かに滞空できるならば梯子など無用の長物だろう。ニコラスは詠春に礼を言って壁に背を預けて談笑する彼女達を見ていた。
早乙女を初めとする図書館探検部の面々はやはり本が気になるのだろう。適当な本を開いてみていた。字面はギリシャ語で書かれているために内容が判っているのかは不明だが。朝倉はソファーの座り心地を堪能している。刹那は木乃香と会話しており、茶々丸はニコラスとは反対の壁際に佇み、ニコラスと同じように皆を見ていた。
エヴァはキッチンにあったカップを手に取り何か複雑な表情をしている。おそらくナギのことを思い返しているのだろう。
そしてこの家の持ち主の子であるネギは二階で幾つかの本を見ていた。
その様子を見ていると詠春がネギの隣に立つ。幾つか言葉を交わした後、詠春はニコラスを初めとする関係者達をその場に招いた。
だがニコラスはネギの父親の足跡には興味がない。軽く首を振って行かないと示し、更に先に戻ると言って家を出る。
引率役としてはネギがいるのだからニコラスが絶対来る必要は無かった。それでも彼らについて来たのは詠春の報告を聞くためである。
その目的を達した以上、本来の仕事……修学旅行の引率に戻ることにしたのだ。
くわえタバコのままニコラスは旅館に向かって歩き出した。
●
ニコラスが道を歩いているとふと視線を感じたので、素早く視線を巡らせて周囲を窺う。だがそうするまでもなく視線の主はすぐに見つかった。
「ウルフウッドさーん!」
ニコラスが視界に納めるのと声の主が口を開いたのは同時で、彼の視界の中央には路上カフェの近くでこちらに向かって手を振る美空がいた。
彼は美空の周囲に楓や五月などがいるのを見て土産物の買い出しと見当を付ける。呼ばれた以上無視するのも気が引けるために彼は彼女達の元に向かった。
「よお。土産物の買い出しかいな?」
「そうですよ~ウルフウッドさんはどうしたんですか?」
「似たようなもんや。二斑の連中はこの付近にいるんか?」
ニコラスはそう言った。基本的にこの旅行では班別行動が義務づけられている。単独行動は基本的に許可されていない。
彼の言葉に答えたのは楓だった。
「そうでござるよ。斑全員でここに来て一旦解散、各々買い物を済ませて此処に集合する手筈になってるでござる。拙者達は見ての通り、既に買い物が終わって超どの達を待っているでござる」
両手に幾つか荷物を持っている。それは美空と五月も同様で楓の言葉通り、彼女達は既に買い物を済ませているみたいだった。ニコラスは尋ねる。
「結構待っとるんか?」
「いえ、四葉さんが最初で次に長瀬さん、私はついさっき帰ってきたんです。それがどうかしました?」
「……いや、此処に陣取るのは少し拙い気がしての、ワイのおごりやから此処で何か頼んで待つとええわ」
ニコラスはちらりとこちらを見ている店員を見て彼女達をカフェに誘う。それほど長い時間でないとはいえ、店の前で待たれるというのはあまり気分が宜しくなかろう。
ニコラスの言葉に美空は喜ぶ。だが五月はニコラスに問う。
「(いいんですか?)」
「かまわへん。馬鹿みたいに注文せえへんかったらの。ほれ、ワイの気が変わらん内になんか注文せえ」
「ではお言葉に甘えるでござる。四葉殿も、ささ」
「(……ごちそうになります)」
五月はニコラスにそう言って一礼した。ニコラスは気にするなと言う風に手を軽く振った。
彼らは店の一角に腰を据える。四人が座れる円形テーブルにまずニコラスが座り、左に美空、右に楓、向かいに五月がそれぞれ腰掛けた。おのおの適当に注文をする。
「では拙者は抹茶プリンと冷たい緑茶を」
「(緑茶をお願いします)」
「あ~ワイはみたらし団子六本にブラックコーヒー」
「え~と、これとこれとこれとこれ……」
「待てぃ」
「ふぇ?」
情け容赦なくメニューを注文していく美空にニコラスは半眼でつっこみを入れる。
「少しは遠慮せえ! 五月のように茶しか頼まんのもあれやが、せめて楓みたいに飲み物と他一品にせんかい」
「え~」
「「え~」やない! 飲み物他一品! それ以上は認めん!」
「は~い。じゃあこのお団子とお茶お願いしまーす」
言われてあっさりと言う辺り、初めから冗談だったのだろう。軽く溜息をついてニコラスは昨夜の礼を楓に言っていなかったことを思い出した。楓は確か読唇術が使えるはずなので彼は無声で楓に声をかける。
『そう言えば、昨晩は世話になったの。お主が居らんかったらもちっと面倒なことになっとったわ』
楓は一瞬驚いたような表情になったがすぐにいつもの笑みを浮かべ、同じように無音で答える。
『いやいや、助けを求められて知らぬ振りなど出来んでござるよ。それに拙者としてもおもしろいものが見れて満足でござる』
『そう言ってくれるとありがたいわ。向こうに戻ったらまた何か奢ったるわ』
「どうしたんですウルフウッドさん? ボーとしちゃって」
「いや、もうすぐこの旅行も終わりやな、と思うとったところや。時間ちゅうのはずいぶんと速く過ぎるものや」
ニコラスは寸前までの楓との無音会話をおくびに出さずにそう言う。美空は気が付かなかったのかニコラスの言葉に調子を合わせる。
「そうですね~あっという間でした」
「そうでござるな。慌ただしくも楽しかったでござる」
「(はい)」
楓達も頷く。ニコラスも慌ただしかったというのは同感だった。初日は敵の妨害の隠蔽工作に奔走し、二日目は比較的穏やかだったものの。三日目など戦争一歩手前の戦いである。
「……くぅ……」
「……どうしたでござるか。急に目頭を押さえ上を向いて」
「いや、つくづくワイは普通の旅に縁がないと思うてな……」
かつての旅に比べればマシかも知れないが。トンガリと旅していた頃は血と硝煙の匂いが途切れること無かった気がする。
ニコラスが純粋に不幸なのか、彼が行く先にトラブルがあるのか。おそらく後者だと思われる。人間台風と呼ばれたトンガリ頭も慢性的にトラブルを呼んだが、ニコラスも良い勝負である。
そんな風にしていると注文した品物が一気に届いた。楓は早速抹茶プリンに取りかかり、美空も団子に手を伸ばす。ニコラスは団子の皿をテーブルの中央に置いて五月に言った。
「食べ。少しばかり多かったわ」
「(ありがとうございます)」
五月にはニコラスがわざと多く注文したのが理解できた。自分が茶しか頼まなかったのを踏まえてだろう。気を遣わせてしまったと五月は思うがニコラスは知らん振りで団子を咀嚼している。五月も団子に手を伸ばした。
●
五分もすると超達が帰ってきた。ニコラスは彼女らにも奢り、会計を済ませる。彼女達はもう少し店を見て回るというのであまり遅くなるなと注意し別れる。
ぶらりぶらりと旅館に向かって歩いてゆく。そこで彼は見知った人影を見つけた。
数瞬の思考を経てニコラスはニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。そして気配を完全に消して見つけた人影に近づいて行く。そして手を銃の形にして人影の背に突きつけ、
「動くな」
「……っ!?」
そう言ったニコラスの言葉に人影は手にした土産を取ろうとしたところで体をガチガチに固めてしまう。その様子に少しやりすぎたかとニコラスは内心で反省。
努めて軽い口調で声をかけた。
「や、瀬流彦センセ。土産の買い物ですか?」
「……ウ、ウルフウッドさんでしたか。脅かさないでくださいよ」
「いや、此処まで驚くとはおもわへんかったですから。それはそうと……この四日間、ワイは3-Aにずっとつきっきりで全体の引率が出来んですみませんでした」
ニコラスはこちらに向き直った瀬流彦に言った。本音の護衛は兎も角、建前は修学旅行の引率。その殆ど全て時間をを3-Aに費やしてしまったことに対する詫びだった。
ネギが居たにもかかわらずニコラスが一つのクラスにかかりきりだった結果は、他の先生の仕事の増加と言う形で現れた。特に昨夜はニコラスとネギ二人が居なかったために旅館にいるのはしずなと新田、瀬流彦のみだったのだ。
だが瀬流彦はそんなことでしたか、と言って苦笑する。
「学園長から話は伺っていますし、何より問題児揃いの3-Aを二人でコントロールできるのならばそれに超したことはありません。むしろ僕の方が謝らなくては。……昨夜、大変だったんでしょう?」
「まあ、そうやな。下手をすれば東西決戦になっとっても可笑しくなかったと思うで。真名や長瀬が来てくれへんかったらどうなった事やら」
最後はエヴァの力押しで何とかなったがそれもタイミングが遅ければどうなったか判らない。ニコラス自身が言った状況になっていても可笑しくはなかった。
瀬流彦はニコラスの言葉に安堵の息をつき言った。
「ああ、彼女らはわざと見逃したんですがそれでよかったんですね。彼女達はそれなりの戦闘能力がありますし。
僕かしずな先生が行くことも考えたのですが僕は結界の維持で手一杯で、しずな先生は手違いでお酒を飲んでしまって……」
何でも夕食の際に紛れていたらしい。ニコラスは以前、高畑と共に酒を飲んでいたしずなを思い返してしみじみと言う。
「ああ、しずなは酒飲むと只の人以下やからのう……」
「ええ。なんであの人はお酒を飲むとドジッ子スキルが付加されるんでしょうか……」
それはニコラスにもわからない。酒を飲んだ彼女は何もないところで転けて頭を打つなど当たり前で、彼女と酒の席を同じくするときは介抱役である高畑が居ることが前提条件の一つである。まあ絡み酒などの厄介なものではなく、しばらくすると眠ってしまうためにそれほど脅威ではないのだが。
それから二人は土産を物色しつつ昨夜の情報を交換する。ニコラスから瀬流彦は関西呪術協会の状況を聞き、ニコラスは昨夜あったことを瀬流彦から聞く。そして話が終わったときに瀬流彦が言った。
「そう言えば、ウルフウッドさん。お土産とか買いましたか?」
「は? いや、渡すような人おりませんが」
「シャークティ先生を忘れてませんか? 仮にも師匠でしょう。八つ橋の一つでも買っていったらどうです?」
「むう……それもそうですな」
「そうですよ。あの人に魔弾を教わらなかったらウルフウッドさん、今頃赤貧生活ですよ?」
事実である。
唐突だがこの日本において銃弾は高い。アメリカでは五十発十ドルほど、十分に高価だが日本では入手の困難さから闇市場では普通に数倍の値はする。ニコラスが懇意にしているアーロンの所はアメリカよりも安い値段で仕入れてくるがニコラスの戦闘スタイルを考えてみてほしい。
大量の銃弾による制圧射撃が主である。弾の消費は真名と比べると十倍近い。加えてロケット弾などを使えばどうなるか。
仕事の必要経費としてある程度の金額は認められていたが、当初ニコラスの弾丸代はそれを遙かに超えて本来の報酬を削り、彼の生活を圧迫していた。
かつて一週間トマトスープの豆煮込みで過ごしたときなど彼は思わず泣きそうになったのを覚えている。それを救ってくれたのがシャークティだった。
食事を恵んで貰い、弾薬費を押さえるために彼女はわざわざニコラスの扱いやすいと思われる魔弾の魔法を彼に教えてくれたのだ。
幸いそれなりに才能があったのか習得は速く済み、以降、彼の生活はエンゲル係数を主に改善されていったのである。
それを思い出したニコラスは周囲の八つ橋などをを真剣な表情で品定めをする。彼は受けた恩には厚いのだ。
●
手に土産を提げてニコラスは旅館に戻った。手に下げている袋の中身は八つ橋と茶葉。彼女は聖職者なので酒は飲まないので茶葉である。
それらを部屋に置いて時計をみると既に三時過ぎ。ニコラスは玄関ホールに陣取り、ぼうっと時間を潰す事にした。特にするべき事はなく、これから外に行くほど元気ではない。よってただぼうっとすることで時間を潰すのだ。
ソファーに座り、ガラス張りのロビーから外を見る。なんの目的もなく只視界を流れる人と車をニコラスはみていた。
三十分ほど経っただろうか。ニコラスがあくびをして大きく伸びをするとちょうど入り口の自動ドアが開き、人が入ってきた。無意識にそちらをみるニコラス。
「あ、こんにちは。今宜しいですか? ウルフウッドさん」
「……桜花やないか。どないしたんや」
声をかけてきたのは刹那の姉である桜花だった。長い髪はうなじの辺りで一纏めになっており、服装は長めのスカートにYシャツを着ていてその上にベストを羽織っている。手には紙袋を提げていた。
彼女はニコラスに近づいてくると近くのソファーに腰を下ろし、口を開いた。
「昨夜はどうもありがとうございました。お体の方はもう大丈夫ですか?」
「大きな傷はアーティファクトで塞がっとったし、他の細かい傷も近衛の仮契約で全快。昨夜の魔力消費の分、気怠いがまあ許容範囲や」
「それはよかったです」
そう言って桜花は微笑む。だがニコラスは只の現状確認だけにわざわざ桜花が顔を出すとは思えなかった。
それを告げると、
「心配していたのは本当ですよ。まあ他に用事があったのも事実ですが……」
そう返ってきた。ニコラスが先を促すと桜花は軽く息を整え、姿勢を正して話し出した。
「天ヶ崎千草への神鳴流からの協力者、月詠の処遇が決まりました」
「………………」
「一週間の謹慎。その後半年にわたる山ごもりで性格の矯正をするそうです。主な担当は私と両親が行うことになりました。
実際問題、彼女は神鳴流剣士としての力量は十二分に持っていますから精神的な修行になると思います」
「……ほうか。一つ尋ねるが、奴は既に何人か殺めとるのか?」
「いえ。確認を取りましたが彼女は今だ人を殺めてはいません。有り体に言えば修行の末に力に取り付かれてしまったのでしょう。彼女の師も”力こそ全て”のような言動が見受けられました」
「けったくそ悪いな。先に”力を持つ”ということが何なのかを叩き込んでから戦闘能力を上げるべきやろ。師として失格やな」
ニコラスはそう吐き捨てた。そして内心であの少女を殺し屋に仕立て上げるつもりだったのかと疑う。
子供を殺し屋に仕立て上げることはさほど難しくはない。倫理観、道徳観念が定まっていないまま力を与え、それを振るった結果を教える立場のものが全肯定する。そうすれば殺しに禁忌を抱かない殺戮マシーンの完成だ。
そう言った外道のやり口を彼は嫌って、いや憎んですらいた。無論自分が外道の一人であることは自覚しているので、正義感などは持ち出さない。ただ純粋に”気分が悪い”のだ。
桜花はニコラスの言葉に表情を苦しげに歪めた。
「申し開きもありません。あのような者に師を任せた我々神鳴流の落ち度です。何処まで改善できるかは判りませんが、可能な限り性格の矯正をするつもりです。
加えて神鳴流全体で最近の力量至上主義から精神面を重視した方向へと修練の方向性を変えるそうです」
「ま、妥当なとこやな。二人目の月詠を生み出さんようにしてくれや」
ニコラスがそう言うと桜花が彼を見た。彼としてはそれほどおかしな事を言ったつもりはないのだが。
「何や、意外か?」
「いえ、人を思いやることが出来る人だなと思っただけです。最近、そういった人は少なくなっていますから」
「……別にそういう訳やない。ただあの年頃の娘はこないな血生臭い世界に片足突っ込まんともええと思うだけや。
少なくとも自発的にこの世界に入ったのならばしゃあないとも思うが……それでも入らんに超したことはない」
そしてそれは3-Aの人間に対してもそう思っていた。真名は既に突き抜けている感があるが他の者はまだまだ甘い。エヴァも同じだ。
本気の殺し合いになればおそらくニコラスに拮抗できる人間は麻帆良に殆ど居ないだろう。教師陣では学園長や高畑、ガンドルフィーニ、神多羅木、刀子等の完全戦闘型魔法先生、生徒にいたっては真名以外はニコラスと相対することすら叶わないだろう。
今回の事件で多くの3-Aの生徒が巻き込まれたり関係者になってしまった。このことが後々まで尾を引かないかニコラスは気にしている。
こちら側に来るということがどういう事なのか理解できないまま、覚悟を決められないままに彼女達が深入りしてしまうことを彼は望んでいない。
この素晴らしき世界を謳歌してほしいとニコラスは願うのだ。
「まあ、ワイの我が侭なんは判っとるが、な」
ニコラスはそう言葉を締めた。だがその言葉は酷く重いもので、桜花はニコラスの表情に無言だった。
●
あの後、桜花から詠春から学園長へのお土産をニコラスは預かって、彼女は帰っていった。頼まれたニコラスはそれを同じように部屋に置いて夜の見回りを開始する。
その日の夜は静かなものだった。新田の雷も怖ろしいのだろうが何よりウルフウッドがいる。
ニコラス自身は正座させて背後から威圧をかける程度ですませるつもりだったが、かつてそのお仕置きを受けた美空はこう語っている。
……何というか寿命というか命みたいなのが粗い卸し金でごりごり削られていくような感触なの。
此処にいたら拙いと確信しているのに動けない……精神が磨り減って磨り減って凄まじく疲れるんだ……。
美空が顔面蒼白で語った内容は皆を震え上がらせるには十分だった。そのために誰もが深く静かに修学旅行最後の夜をすごしていた。
だがニコラス曰く、
「確かに騒がしくはなかったが気配はかなり遅くまでざわついていたからだいぶ夜更かししたみたいやな」
と言うことで、皆は静かだが楽しい夜をすごしたらしい。
翌日。
新幹線の中では寝息が聞こえた。
麻帆良学園生が乗っている車両ではほぼ全ての生徒達がうたた寝をしていた。
彼らの寝顔をニコラスは眺める。その顔には確かに微笑みが浮かんでいた。
「やれやれ。あれほどうるさかった3-Aが静かなものですな」
新田が呟く。ニコラスは彼らに毛布を掛けているしずなと瀬流彦を見つつ、
「はしゃぎ疲れたんでしょうな。こいつらの寝顔を見ていると今が平和なんやとしみじみ思いますわ」
「確かに。子供の笑顔と寝顔は平和の象徴みたいなものですな。見れば皆満足そうに見えますし、我々も苦労したかいがあるというものです」
「ふふ……ホントに。あら?」
新田の後に口を開いたしずなが微笑ましいものを見たような声を上げる。新田がある席を覗き込むと其処には寝ている明日菜にもたれかかって眠るネギの姿があった。
「まるでかわいい恋人ですね♪」
「いやぁ、まだまだ子供ですよ。どちらかと言えば姉妹ですかな」
しずなと新田がそう会話している中、ニコラスは二人を見て先を思った。
「(どうなるんやろな、これから。明日菜もあまり覚悟があるようには見えへん。ここらで一度関係を整理させとくべきかもしれんの)」
ニコラスはそう思う。だが。
「(ま、今だけは眠れや。疲れを癒してゆっくりと休んでから動いても遅くはないやろ)」
あの惑星とは違うのだ。この星でも人生は絶え間なく連続した問題集だが制限時間は遙かに多い。
たっぷり悩んで自分が胸を張って歩める道を探してほしいとニコラスは思った。
汽笛が響く。麻帆良に到着まであと1時間。日の光は誰もを平等に照らしていた。
後書き
何か詰まらん内容ですね。駄作製造機です。
連続投稿行きます。
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