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彼がそこに至るまで(2) 特命 投稿者:毒虫 投稿日:05/24-00:30 No.595



そして数日後、横島は麻帆良の地に降り立った。 
駅の改札口を抜けてから女子中等部の校舎に至るまで、辺りを眺めながら歩く。 
想像していたのよりも割と普通な街並みだ。強いて言うなら、多少異国風になっているぐらいか。 
しかし今日は平日だけあって、人気が少ない。学園を中核としているせいか、生徒の姿が見えなくなるとこんなものなのか。 
後で寄ってみようという店を何軒かチェックしていると、その内目的地に辿り着く。 
麻帆良学園女子中等部。その校舎は、大きかった。横島が昔通っていた中学校とはスケールが違う。 
それに、何かこう、華やいだ香りというか……全体的に乙女チックな感じがする。恐らくは先入観のせいだろうが。 

いつまでも校舎を眺めていても、何も始まらない。そのまま足を進めようとし……ちょっと待てよ、と考え直す。 
今のところ、自分はまだ部外者で、生徒はおろか教員にも職員にも面識はない。 
このまま不用意に足を踏み入れ、誰かに見つかれば、もしかすると不審者なんかに間違われたりしないだろうか。 
赴任して早々、不審者扱いなど御免被る。青春時代、バリバリ現役の変質者であった男が言うセリフではないが。 

……ふと、背後に気配を感じ、振り返る。 

「!」 

すると、なにやら驚いた様子の男と目が合った。中々に男前だ。 
…何となく半吸血鬼の親友を思い出し、横島はちょっぴり鬱な気分になった。 

男はにこりと横島に微笑みかけると、やあ、と片手を上げて近寄って来た。 
なんだこいつやけに馴れ馴れしい奴だなあ正直鬱陶しいぜと失礼な事を心中で並べつつ、軽く会釈する。 

「君が青山から派遣されて来たっていう、ええと……」 

「横島です。横島忠夫」 

ああそうだった、ごめんごめん、と爽やかに笑う男前。 
対して、横島は冷め切っていた。爽やかな男は嫌いだし、そいつが男前だともっと嫌いだ。 
大体、男に爽やかに笑いかけて、一体何が楽しいというのか……全く理解できない。 

横島の冷たい視線を気にも留めず、爽やかな男前は爽やかに握手を求める。その仕草のどれをとっても、とても爽やかだった。 

「瀬流彦と言います。よろしく」 

(せるひこ…? 苗字か名前かよく分からんが、なんつーか、少女漫画の登場人物かギャルゲーの主人公みたいな名前だな。 
 丁度、顔もそれっぽいし、鼻につくほどサワヤカだし。……悔しくない! 悔しくないもんね!) 

心の中で唾を吐きかけながら、しかし表面上はあくまで普通に差し出されたその手を取る。 
許されるのならば、今すぐにでもその整った顔にワンパンぶち込んでピカソの絵の如く前衛的な造詣にしたいものだが、あいにく横島にはそこまでする度胸はなかった。 
その後の爽やかトークによると、なんでも瀬流彦は魔法先生とやらで、麻帆良の治安維持に努めているお偉い人なのだそうだ。 
横島の事情もある程度知らされているようで、いちいち身許を証明するまでもなく、学園長に会わせてもらえる事になった。 
予定通りだが、チェック機能がこんなんでいいのか?と疑問を持つ。まあ、学園長の顔も知らないこちらもこちらだが。 

幸い、今は授業中のようで、校舎の廊下は閑散としていた。 
隣の教室からは授業の内容が漏れ聞こえている。何とも懐古を誘う雑音だ。 
移動している間も、思い出したように時々、瀬流彦の爽やかトークが飛び出すが、ことごとく流す。 
生返事ばかり返していると、さすがの爽やかクンも察したようで、次第に静かになる。 
何とはなしに気まずげになったところで、学長室へと辿り着いた。 
ノックをして要件を告げると、 

「それじゃ、僕はこれで……」 

と、瀬流彦はそそくさと立ち去った。 
後姿を見送る事もなく、さっさと入室する。重ねて言うが、横島は爽やかな男前が嫌いだった。 

「失礼しまーす」 

行儀悪いが、後ろ手に扉を閉める。 
ここで初めて学園長の姿を見る事になって、横島は一瞬呆けてしまった。 

「麻帆良へようこそ、横島君。歓迎するぞい」 

そう言う学園長、近衛近右衛門。見事なまでに、まるで絵に描いたの如く、それはまさにジジイだった。 
異様に出張った後頭部。薄い白髪。珍妙な髪型。目が隠れるほどに伸ばされた眉毛。どこまでも長く伸びる髭。 
思わず、あんたは仙人か、と突っ込みそうになるのを何とかこらえ、横島は頭を下げた。 
そこから、自己紹介など一通りの事を済ませ、ようやく本題に入る。 

「ところで横島君。君の仕事の話じゃが…」 

「………」 

無言で待つ。 
まあ、女子中の生徒の護衛をするのだ。件のお嬢が在籍しているクラスの副担任とかが妥当な線だろう。 
さすがに中学生は年下過ぎるしそもそも犯罪なのでパスだが、可愛い女の子達(希望的観測)に『先生』と慕われるのも悪くない。実に悪くない。 
先生という呼称は、昔バカ弟子に呼ばれていたぐらいだ。新鮮味には欠けるかもしれないが、まあいい。しつこいようだが、悪くない。 
心中でむふふとほくそ笑みつつ、学園長の次の言を待つ横島だったが…… 

「君には、清掃員をやってもらおうかと思ってのう」 

「………へ?」 

あっさりと言い放つ学園長に、その野望は儚くも消え去った。 
今この爺さんは何と言った?清掃員?つまりは掃除夫?アパートの部屋が魔窟と化していたこの俺が?…冗談じゃない! 
今まさに抗議の声を発しようとしたその時、タイミングを見計らったのか、学園長の穏やかな声がかかる。 

「と、いうのも、実は魔法先生はそれなりに数が足りていての。今更、無理に新しい人材を欲してはしていないのじゃ。 
 それより、授業があろうとなかろうと自由に動け、そして生徒に顔の知られている事のない人間が欲しかったのじゃよ。 
 清掃員という触れ込みならば、校舎の中にいようと、校庭にいようと、あるいは街中にいようと、何ら不思議ではなかろ。 
 帽子を目深に被れば、はっきりと素顔を見られる事もなく……隠密としては最適じゃなかろかのう?」 

「はあ、まあ、そりゃあ……」 

確かに、学園長の言う事には一理ある。 
生徒と間近に触れ合う事のできる人員も必要だろうが、それだけでは手の回らない事もあろう。 
清掃員ならば、学園長の言う通り、大抵の所に居ても不自然ではあるまい。 
それに、制服や掃除用具のセットの中に、色々なものも仕込めそうだ。実に便利だと言えよう。 
しかし……しかし、それでは生徒との触れ合いがないではないか!先生先生と尊敬の眼差しで見られる事もない! 
家庭訪問の際に美人の親兄弟と知り合う事も出来なければ、身体だけは一丁前に育った青い果実にドキドキさせられる事もない! 
そして、最も期待していた要素……美人女教師との甘いロマンスが、めくるめくオフィスラブが味わえないッ!  
これは由々しき事態だ。実に遺憾だ。不満である。しかし……こんな不純極まりない事を大声張って主張するほど、横島は身の程知らずではない。 
無軌道無鉄砲に生きられる時間はとうに終えたのだ。大人である横島は、後ろ髪引かれつつ泣き寝入るしかない。 
血涙をこらえつつ、横島は身を切る思いで頷いた。 

「………分かりました。清掃員、精一杯頑張らせて頂きます」 

「うむ。学園を中心として治安維持活動を行ってもらう事になるが……ちゃんと、清掃活動もするのじゃぞ? 
 清掃員が掃除をしていないようでは、生徒達にも怪しまれるじゃろうからの」 

「………了解ッス」 

「その他、詳細は……そうじゃの、瀬流彦君に任せるから、何か分からん事があれば彼に聞くとええわい」 

「………」 

トドメの一撃。もはや言葉もない。 
やっぱ青山に残っときゃ良かったかなあ早くも後悔しつつ、横島は退室して行った。 
…扉が閉められるのを見送り、学園長は、ふうむ…と唸りながらアゴヒゲを撫で付ける。 

「彼が、『鶴の懐剣』か……。 
 見た限り、そんな大層なもんでもなさそうじゃったが……はて」 

どうなる事じゃろうかのぉ、と楽しげに呟く。 
流石に青山鶴子並みの活躍までは望まないが、彼にはそれなりに期待しているのである。 






仕事は明日からという事で、今日はもうやる事はない。 
時刻は昼を回ったところだ。手荷物を置きに、一旦、用意された部屋に向かう。 
わざわざ瀬流彦に案内させるまでもなく、部屋には辿り着けた。普通より、少しランクが上らしいマンション。セキュリティがしっかりしている。 
青山から送った荷物は無事届いているようだった。一応、梱包を解いて中身を確かめるが、問題はない。 
安心したところで……ふと、段ボールが数箱余っているのに気付く。荷物はこれで全ての筈だが…。 
謎の段ボール。危険物かどうかを確かめるその前に、まずは表面の貼り紙に目を通す。 

      ――――清掃員変装セット 贈・近衛近右衛門―――― 

「…………」 

…何とも言えない気分。ちょっとは隠す努力とかしろよ。 
中を改めてみると、清掃員の制服、軍手、雑巾、タオル、スポンジ、ガラス研磨剤……などなど。 
細長い段ボールを開けてみると、中に入っていたのは真新しいモップ。至れり尽くせりといったところか。 
手に取って確かめてみると、意外な事実に気付く。 

「この制服……裏地が防弾仕様になってら。それに、なんかよくわからん紋様が……こりゃ梵字か? 
 軍手やら雑巾やらタオルやら、その他小物には何の細工もないっぽいけど、モップが妙に重い…。鉄芯か何か入ってるな」 

まあ、それぐらいの事はしてくれなくては困る。 
横島の能力上、防具はともかく、武器はあまり必要ないのだが……そう簡単に手の内を見せたくないので、ありがたく利用させてもらう事にする。 
学園長は、横島を神鳴剣士だと思っているのだから、鉄芯の埋め込められたモップより、いっそ仕込み刀を用意して欲しかったが……ないものねだりをしても仕方がない。 
中身を一旦全て外に出すと、箱の底に便箋があるのを発見する。 

      ――――地下駐車場 B09―――― 

「…?」 

車でもくれるのか? まさかな…。と思いつつ、ちょっと胸弾ませて地下に向かう。 
指定された場所に着いてみると……そこにあったのは、小柄で可愛い……まあ言ってしまえば、ゴルフカートのようなものだった。 
二人乗りで、後部座席の部分に荷物を置けるようになっている。ここに、モップ等掃除用具を載せるのだろう。 
まあ確かに、かさばりがちな掃除用具一式を背負い、毎日通勤するのは苦だろうが……せめて、もう少し…。 

「軽自動車っつーわけにはいかなかったんか…? はあぁ」 

女の園でお嬢様の護衛と聞いてすっ飛んで来てみれば、押し付けられたお役目は、ただのしがない清掃員…。 
なんだか、物凄い勢いで肩透かしを喰らった気分だ。 

「いや! くじけるな俺! 頑張れ俺! ファイトだ俺! 負けるな俺! 
 たとえ花形でなくとも、地味度MAXな清掃員でも、職場は一応、女だらけなんだ! 
 清掃に精を出し、勤労の汗に輝く俺を見て、美人の女教師が手作りのクッキーなんか差し入れしてくれるかもしれない! 
 女教師! なんたって、女教師がわんさかいるんだ! 青山の、巫女さんに囲まれた生活もオツなもんだったが……なんせ女教師! 
 イイ響きだ…! 美人家庭教師と並んでイイ職業だ…! なんか色々イケナイ事を手取り足取り個人授業…! くうぅーっ!」 

拳をぐっと握り締め、無人の駐車場で一人ヒートアップ。傍から見れば、ただの変質者でしかない。 
たまんねぇ!女教師マジたまんねぇ!と一通り盛り上がると、横島は決意に満ちた眼差しで明後日の方向を仰ぎ見た。 

「見ててくれ鶴子さん! 俺、しっかり、女教師のハーレム作ってみせます! 
 あと、余裕があるなら、女子高生とか女子大生も狙っちゃいます!」 

完ッ全に、手段が目的とすげ代わっている。 
裏社会で『鶴の懐剣』とかいう異名で通っている男の実体など、まあこんなもんだった。 

裏方稼業 ファントム・ブラッド(1) 初出勤

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