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ファントム・ブラッド(2) 箱庭の満月(前) 投稿者:毒虫 投稿日:06/04-22:17 No.675


今日も今日とて、朝早くに起床する。 
こっちの世界に跳ばされて来て以来、横島の朝は基本的に早い。青山全体がそうだったからだ。 
まあそれ以前にも、どこぞのバカ犬に、まだ日も昇らない内から散歩と称した鉄人レースに駆り出される事もあったが…。 

朝はそれほど弱くない横島だが、今朝の目醒めはあまりよくなかった。 
目覚ましに起こされたのではなく、学園長から支給された端末が、早朝から無機質な電子音を鳴り響かせたからである。 
…ちなみに、横島の目覚ましは録音型で、鶴子の『朝どすえ、はよ起きなはれや』のメッセージが吹き込まれている。 
引越しの荷物の中に入れた覚えはないのだが……と不思議に思うが、使わないと呪われそうなので、半分仕方なく愛用している。 

「あンのジジイ、常識とかそーいったもんを知らんのか? ったく、こんな早くに…」 

学園長も、まさか横島に常識を疑われるとは思ってもいなかっただろう。 
とにかく、二度寝するのは危なそうだったので、潔く起きる事にする。 
朝食を済まし、一連の朝の仕度も終えたところで、ようやく横島は端末を開いた。 

「なになに…?」 

おはようメールだったらただじゃ済まさんぞコラァと思っていたが、どうやらそうではないようだ。 
メールの文面には、こうあった。 

   ――――吸血鬼騒動アリ 桜通リヲ警戒セヨ―――― 

昔の電報かよ!と一人空しくツッコミを入れ、俺、何やってんだろ朝から……と軽くヘコむ。 
しかし、吸血鬼騒動と来たもんだ。着任早々、大仕事の予感である。 
普通なら緊張してもおかしくないが、横島の持つ吸血鬼のイメージといったら、そりゃあもうロクなもんじゃない。 
なんせ、横島が知っている中で、最も強い吸血鬼といったら、あのブラドー伯爵ぐらいしか思いつかない。 
彼は確かに強力無比な魔力を持つ、歴史上でも指折りの吸血鬼だったが……知能方面に大きな問題があった。 
それも、横島がまだ見習いにもなっていない時期の事なので、横島の中では、『吸血鬼=このド低脳がァーッ!』とインプットされているのだ。 
まあ一応仕事だから命令には従うけど、別に俺じゃなくてもいんじゃね?というのが本音である。 




相手は吸血鬼。例外はあろうが、まあ朝や昼間から出没する事はないだろうと踏まえ、今日も学校へ出勤する。 
昼までは、昨日掃除しきれなかったグラウンドの隅の続きをしているだけで終わった。 
他に行く所も思い付かなく、探すのも面倒だったので、今日も昼食は『超包子』で済ます事にする。幸い、昨日と同じ場所で営業していた。 

「毎度ありネ!」 

あの笑顔、中々癒される……と和みつつ、買った傍から肉まんを頬張る。 
美味い。やはり美味い。昨日食べたばかりだが、これなら毎日でも食べられる。 
ホクホクしながらカートを走らせ、午後からはどこと決めるわけでもなく、目に付いた所をちょこちょこ掃除する。 
時折ジュースを飲みながらサボっていると、授業終了の鐘が聞こえた。これからは放課後だ。 
そろそろ噂の桜通りとやらに行ってみようかねと腰を上げ……ふと、昨日のロボっ子の事を思い出した。 
何となく気になったので、昨日仔猫を見つけた場所まで行ってみると、案の定、今日も彼女は仔猫にエサを与えていた。 
日溜りの中、美少女が可愛い仔猫にエサを与えている。実に微笑ましい光景だ。横島は満足気に頷く。 
このまま見ているだけでは何となく変態っぽいので、声をかける事にする。 

「ウィーッス!」 

「あ……」 

ひょいと片手を上げ、気安げに挨拶してみた横島だったが……どうやら、戸惑わせてしまったようだ。 
ロボっ子は微妙に首をかしげ、そろそろと横島と同じように手を上げる。どうも、あまり意味が伝わっていないらしい。 
横島は苦笑すると、改めて挨拶した。 

「こんちわ。また会ったね……つか、会いに来たんだけどね」 

「会いに……? この子にですか?」 

ロボっ子は、視線で仔猫を示す。横島は首を横に振った。 

「ま、それもあるんだけど、メインは君にだな」 

なるべくナンパっぽくならないように告げると、ロボっ子は首をかしげる。 

「私に? 何か御用でしょうか」 

「いんや。ちょっと気になったもんだから」 

「気に……。そうですか」 

それだけ言うと、また仔猫の方に視線を戻す。 
横島としては、まず名前を訊いておきたいところだが、そうなれば自分も名乗らねばならなくなってしまう。 
特に学園長からは言われていないが、清掃員に変装しろという事は、正体を悟られないようにしろとの事だろう。 
名前が分かったぐらいで身許が割れる事もなかろうが、そうそう気軽に名乗らない方がいい、と考える。 
適当に偽名を名乗ってもいいのだが……この子に嘘をつくのは、何となく悪い気がする。 
こちらから喋らなければ延々と沈黙が続くだろうと、横島はこれまでの経験から察していた。 

「その猫……飼ってはいないって言ってたけど、エサは定期的にあげてんの?」 

「はい」 

「エサをあげるのはそいつだけ?」 

「いいえ、他にも何匹か」 

「そっか。……しっかし、やっぱ猫って可愛いよなぁ」 

「………」 

「それにしても、今日はいい天気だなー」 

「はい。降水確率は0%です」 

「そ、そうなんだ」 

「………」 

「えーと…………」 

「………」 

会話が続かない。無理もないが。 
こういう対応はマリアで慣れているのだが、それでも少し気まずい事に変わりはない。 
これからの予定もあるので、横島はそろそろ立ち去る事にした。 

「んじゃ、また……」 

「………………私は…」 

踵を返し、去りかけた横島の元へ、微かな声が届く。 
思わず振り返ると、ロボっ子は横島の方を向いていた。しかし、その目は伏せられている。 

「……………」 

待てど暮らせど、ロボっ子は沈黙を守り続ける。 
何か言いたい事がありそうなのは確かだが、無理矢理聞き出すこともできない。 
根気よく待っていると、ロボっ子はようやく口を開いた。 

「………いえ、何でもありません」 

「…そっか」 

無表情だが、ロボっ子はどこか沈んでいるように見える。 
横島は優しく笑いかけた。言いたい事があったらいつでも言えよ、と言外に告げているのだが、果たして伝わっているかどうか。 
このまま放って置く事はできない。が、これ以上こうしていても仕方がなかった。 

「…それじゃ、また明日、ここで」 

「あ……。は、はい」 

さり気なく明日の約束を取り付け、今日の所は引き下がる。 
1日、間を置けば、あの子も心の準備ができるだろう。機械である彼女にそんな事が必要なのかは疑問だが、横島はそう信じた。 



清掃員の青年が去った後も、彼女はずっと彼がいた場所を見詰め続けていた。 
夕陽が彼女を照らす。表情を持たない筈の彼女は、何故か悲しんでいるように見える。 

「私は………………」 

寂しげにたたずむ少女の足下に、仔猫が心配げに寄り添っていた。 






陽は沈み、空に月。 
気配を遮断し、桜林に身を潜め、横島は張り込みを続けていた。 
さすがにカートを停めておくわけにはいかなかったので、モップを始め、道具はいくつかしか持って来ていなく… 
そして己に課した制限とはいえ、霊波刀や文珠はおろか、あからさまに霊気を具現させる行為は全て封印していた。戦い方は限られる。 

この世界に来てしばらくしてから気付いたのだが、まず、こちらには『霊力』というエネルギーは存在しない。 
似たようなものに『魔力』と『気』があるが、やはりその性質は異なる。 
もっとも、どこがどう違うのか、と問われても、横島は『何となく』としか答えられないのだが。 
とにかく、そのような力を持っていると露見するのは色々とマズいのである。心ない魔法使いのモルモットにされかねない。 
ゆえに、なるべく、気の使い手のように見える戦い方をしなくてはならないのだ。 
道具を持ち歩くのは正直面倒臭かったりするのだが……まあ、仕方がない。 

(……つーか、この状態…なんかの拍子で見つかったりしたら、むしろ俺が不審者だよな) 

不審者・変質者扱いには慣れてるんだけど……と思い、余計に情けなくなる。 
不審者といえば、ここを張っているのは、どうやら横島だけではないようだった。 
横島が張り込み始めてしばらくしてから、明らかにもう一人、この辺に身を潜めている。 
気配の消し方が稚拙……というか、全く消せていないので、好奇心の強い生徒が噂を確かめにでも来たのか、と当たりをつける。 
まあ放って置けばその内飽きて帰るだろうと踏んでいたのだが、これがなかなか粘り強い。 
説教して帰すタイミングも完全に逸したので、仕方なく見て見ぬ振りしているのが現状だ。 

…早く帰りてえなあと益体もない事を考えていた矢先、久し振りに通行人が現れた。 
長い前髪で顔を隠すようにした少女。人相は窺えないが、こういうのって大概、ホントは可愛いってパターンだよなぁと推測する。 

「こ……こわくない~~♪ …こわくないです~♪ こわくないかも~~♪」 

少女は怯えながら、妙な鼻唄を口ずさんでいる。 
きっと一生懸命自分を励ましてるんだなあ……。可愛いじゃないか、と、横島の頬が緩む。 
…急に、風足が強まる。と同時に、辺りの空気ががらりと変容した。 

(これは……気配こそ弱いが、魔力!) 

確かな気配を捉え、横島はそちらへ目を向けた。 
ちょうど時を同じくして、気配の主が街灯へと着地する。空を飛んでいた…。吸血鬼に間違いあるまい。 
少女も、怪異に気付いたようだ。硬直する少女をよそに、黒い影は悠然と言葉を紡ぐ。 

「27番、宮崎のどかか…。悪いが、少しだけその血を分けてもらうぞ」 

(子供……。女の子、か?) 

未だ顔形は判然としないが、その声だけは聞き取れた。思っていたより小柄に見えたが、声を聞いて納得がいく。 
確かに、女……それも、まだ幼い声だ。子供にしては声に艶があったが、吸血鬼は外見と実年齢が一致しない。 
子供吸血鬼は、悲鳴を上げる少女に、今まさに襲いかかろうとしている! 
横島はすっと制服の上着のポケットに手を入れた。この距離なら充分だ。狙い目は、奴が少女に組み付くその時、その背中…。 
タイミングを見計らっていると、意外な所から声がかかった。 

「待てーっ!」 

「「!!」」 

またもや幼い声。期せずして、吸血鬼と横島が同じタイミングで驚く。 
乱入者の方に興味がそそられたのか、吸血鬼は気絶した少女から目を離した。 
横島も声の主の方へと視線を向ける。そこにあったのは、まだ幼い少年が杖に乗って猛烈な勢いでこちらへ突っ込んでくる、という予想外なものだった。 

(た、宅急便か…? 性別違うけど) 

横島が見当違いも甚だしい事を考えている間にも、事態は進行する。 
杖から降りると同時に、少年が何事か呪文らしきものを叫ぶと、その手の先から光の筋が吸血鬼に向かって走る! 
吸血鬼の方も、何か呟くと同時に、どこかから取り出した何かを放り投げる。それにぶつかると、光の筋はそこで爆砕した。 
もう何が何だか分からない事だらけだ。どうしたもんかと、横島はとりあえず事態を静観する事にした。匙を投げた、と言ってもいい。 

(そういや、魔法使い同士の戦いを見るのなんて、これが初めてだな…) 

魔法使いと戦った事はあるが、大体、何か呪文を詠唱している間に斬り伏せていたので、魔法が発動したのを見るのも珍しい。 
青山も、魔法使いと共闘するのを良しとしないので、味方として接触する機会も中々なかった。 
間近で魔法が炸裂するのを見、横島はちょっと感動していた。自分が知っている魔法といったら、猫を喋らすとかそのぐらいだったからだ。 
…いや、それはそれで凄い魔法なのかもしれないのだが。 

余計な事を考えていた横島。ふと視線を戻すと、いつの間にか吸血鬼の姿が明らかになっていた。 
背丈は魔法使いの少年と大体同じくらい。腰の下辺りまで伸びた金髪。予想した通り、女で子供だった。 
戦いにくいなぁ、と溜息を漏らしていると、子供吸血鬼はマントの下からフラスコと試験管を取り出し、それを子供魔法使いに投げつけた! 

「氷結・武装解除(フリーゲランス・エクサルマティオー)!!」 

「うあっ!?」 

フラスコと試験管の中身が反応し合い、炸裂する! 
すると、子供魔法使いが突き出した手の袖と、彼が抱えている女子生徒の服が半分、粉々になって吹っ飛んだ! 
露わになったまだ育ちきっていない青い果実に反応するかと思いきや、横島は子供吸血鬼を凝視している。 

(な、なんて素ン晴らしい魔法なんだ…ッ!! 教えて欲しいなあチクショー!!) 

発想からして既に変態だが、横島はこれでも真剣である。 
先程の音に引き寄せられたのか、女生徒が2人ほど駆け寄って来た。子供魔法使いは、半裸になった少女の扱いに困っているようだ。 
その隙を突いて、霧に姿を隠しながら、子供吸血鬼がその場から離脱する。今しかない、と横島は後を追った。 

足に霊力を込めて駆け出すと、あっと言う間に吸血鬼に追いつく。 
ここで横島はようやく気配を消すのをやめ、懐から取り出したものを投げつける! 

「喰らえ、雑巾手裏剣!」 

霊力が込められた雑巾が、一直線に吸血鬼へと向かう! 

「ッ!? な、なんだと!?」 

咄嗟に魔法薬を放り、障壁を作り出す。 
雑巾は障壁に阻まれ、何故か爆散した。 

「誰だッ!!」 

狼狽する吸血鬼の前に、ゆらぁり…と何となくソレっぽい感じで姿を現す。 
無理もないが、不審気に眉をひそめる吸血鬼。 

「見りゃ分かんだろ。通りすがりの清掃員だよ」 

「清掃員だと? 魔法職員ではない、のか……?」 

何やら呟いている吸血鬼を見据え、横島は左右のポケットからあるものを取り出した。 
両手に構えたるは雑巾。それぞれ妙に汚れている。にやり、と横島は悪役っぽく口許を歪めた。 

「さあさあ、大人しく捕まってもらおうか! 
 さもなくば、この俺の必殺技……『牛乳拭いて丸1日経った雑巾手裏剣』と『便所掃除に使用した雑巾手裏剣』がお前を襲う! 
 臭いぞぉ~? きちゃないぞぉ~? どうだ、嫌だろ? こんなん喰らいたくないだろ? なんせ、俺でも軍手はめなきゃ持てないんだぞ? 
 こいつを顔面にべちょっとされたくなかったら、さっきの女の子の服ビリビリにした魔法だけ教えて、さっさと投降するんだなッ!!」 

「アホかぁーーーーーーーっ!!」 

「のぉうっ!?」 

全力投球したフラスコが、横島の顔面に直撃する。横島は、首から上がパリパリに凍り付いてしまった。 
ぜぇぜぇと肩で息をしつつ、力一杯、吸血鬼は謎の清掃員を睨みつける。 

(何なんだコイツは!? さっきの雑巾手裏剣とやら、マヌケな見た目に反して、中々強力な攻撃だったが……必殺技がソレなのか! 
 こんなに接近されるまで気づかなかった事といい、恐らくはそれなりの手練れなのだろうが……ふざけているのか?) 

雑巾には気……のようなモノが込められていた。どこかの退魔師だろうが、清掃員に扮した退魔師の事など、学園長からは何も聞いていない。 
見ると、清掃員は頭をぶんぶん振っただけで魔法の氷を振り払っている。もはや人間業ではない。 
ふざけているのか、頭が不自由なのかは知らないが、油断してかかるのは危険そうだ。 

あー、死ぬかと思った…と気軽にぼやくと、横島は雑巾を仕舞い、背に差したモップを手に取った。 

「…とにかく、こっちも仕事なんでな。見逃すわけにはいかない。 
 なに、もう二度と悪さをしないって誓うんなら、軽いお仕置きだけで済ましてやるさ」 

「ほう……面白い事を言う。この私に向かって、お仕置きとはな…」 

横島に嘲笑をくれてやり、吸血鬼はマントに手を引っ込めた。 
魔法薬を取り出す暇を与えてやる筈もなく、横島のモップが空を斬る! 

「見よう見まね斬空閃!!」  

モップから繰り出された気の刃が、吸血鬼を襲う! 
意外とまともな攻撃に軽く驚きながら、焦らず、吸血鬼は障壁を展開する。 
斬空閃と障壁が接触し、爆発! その際に発生した霧に混じり、気配を隠し、その場を離脱…… 

「逃がすか!」 

「っ!! (速い…!!)」 

移動しようとした矢先、霧の中から横島が飛び出した! 
無造作に横薙ぎされたモップをなんとかかわすと、吸血鬼は魔法薬を取り出す。 
武装解除してしまおうと、投げつけようとした吸血鬼の目に、信じられないものが映った。 

「うははっ! 俺は初志貫徹の男なのだよ!!」 

「ば、馬鹿な…っ!?」 

モップを振り回していたのは片手だったようで、空いた方の手が、例の雑巾を二枚重ねで持っていた。 
必死に避けようと試みるも、一瞬の硬直が決定的な隙となる。このままいけば、あわれ顔面直撃だ。 
牛乳雑巾の強烈な悪臭に鼻がひん曲がる。便所雑巾の意味深な茶色いシミは、一体何を拭いた痕なのだろうか。 
確実に迫るその瞬間。まるでスローモーションになったかのように時の流れが停滞し、吸血鬼の脳裏に、これまでの長い人生がダイジェストで再生される。 

(――――15年 中学生を やったけど 結局ナギに 会える事なし――――   エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル) 

辞世の苦は、何だか物凄く軽かった。 
ああ、悔いの残りまくる人生だった……と世を儚んでいると、意外な方向から横槍が入る。 

「見つけましたよ、エヴァンジェリンさんっ!!」 

「!」 

杖に跨った魔法使いが突っ込む! 
その勢いに驚かされたのか、横島は一瞬硬直してしまう。その隙を突いて、吸血鬼は思いっきり横島の急所を蹴り上げた! 

「ヤッダーバァアァァァァアアアアアッ!!」 

想像を絶する激痛。金的への攻撃。それは神が男性にのみ与えたもうた熾烈な試練。
もはや日本語にならない悲鳴を上げ、横島は思わずその場にうずくまった。 
涙・鼻水・ヨダレ・耳汁、顔面からありとあらゆる体液を流しながら苦しむ横島を捨て置いて、二人はいずこへと飛び去って行ってしまう。 
痛みと苦しみと憎悪で横島が殺意の波動に目覚めそうになった時、心配そうな声がかかった。 

「だ、大丈夫ですか……?」 

女性の声だ。力を振り絞ってそちらに目を向けると、そこにいたのは、いかにも気の強そうなツインテールの少女だった。 
もしこれがグラマラスな美女だったら、その胸で死なせてーっ!と飛びかかるところだが、この少女にそれを求めるのは酷だった。 
しかし心配してくれた事には変わりない。苦しみに悶えながら、救いを求めて手を伸ばす……が。 

「あ、スイマセン。あたし、ちょっと急いでるんで」 

軽やかに無視され、置いていかれる。 
横島は、何だか無性にこの世の全てを呪いたくなった。 

「ぬ、ぬぅをおぉぉおぉぉぉおおぉおぉ………!! 
 お、おぉおおぉのれえぇぇぇぇ……あンのガキャ、だたじゃあ済まさんぞぉぉぉぉ……!!」 

涙に濡れるその瞳には、復讐の炎がギラギラと燃えていた。 

裏方稼業 ファントム・ブラッド(3) 箱庭の満月(後)

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