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ファントム・ブラッド(4) メカニカル・ハート(前) 投稿者:毒虫 投稿日:06/10-22:39 No.712
吸血鬼遭遇事件の、その翌日。
横島は仕事もそこそこに、学長室へと向かっていた。昼前の事である。
密告する、というわけではないが、生徒の中に吸血鬼が混じっているのを報告しないわけにはいかない。
報告を入れた上で、この件を自分に一任してもらおうと思っているのだ。
ついでに学園長の孫、近衛木乃香嬢の事も話しておかなければなるまいし、それに……
横島も一応、形の上では青山の人間だ。青山から出奔するような形で木乃香嬢の護衛についているという剣士の事も、聞いておきたい。
しかし、相手は関東魔法協会を束ねる老雄。事次第によっては件の剣士の処罰もありうる中、そう簡単に話が進むかどうか。
こういう交渉事は、美神さんが大得意とするところなんだけどなあ……と、少々懐古の念に浸りつつ、学長室の重厚なドアをノックする。
「失礼しまーっす」
「うむ、よう来たの」
学長室の中は、学園長近衛近右衛門の他に、誰もいなかった。
あらかじめ話を通していた事もあり、その辺の事は配慮してくれたようだ。
まあ吸血鬼云々に関しては、『こちら側』の人間にならば誰に聞かれてもいいのだが。
「どうじゃ、横島君。この麻帆良にも慣れたかね」
「いやあ、まだ一週間も経ってないんで、そこそこってところですかね。
でもまあ、いい所だってのはすぐに分かりましたよ。なんせ、生徒が生き生きしてますし」
「ふぉっふぉ、気に入ってもらえたのなら何よりじゃ」
「ところで学園長、実は昨日……」
世間話もそこそこに、本題を切り出す。
一通り報告を終えると学園長は、ふうむ、とアゴヒゲを撫でさすりながら思案気に呻く。
「…実はのう横島君。その件に関しては、こちらも既にある程度把握しているのじゃよ。
というのも、件の吸血鬼……名はエヴァンジェリン、と言うのじゃがな。彼女は、学園の治安維持の協力者でもあるのじゃよ」
「へ?」
思わず、間の抜けた声が漏れる。
驚くのも無理はなかろうて、と頷くと、学園長は話を進める。
「結界の監視による侵入者探知は彼女の役目での。今、彼女を失うわけにはいかんのじゃ。
ゆえに、何かを企んでおると分かっておっても、我々はその対応に困っておった。さして重大な被害が出おったわけでもなかったしのう。
しかし……今回ばかりは、放置しておくわけにもいかん。少々、きつくお灸を据えてやらんといかんの」
全く困ったことじゃ、と溜息をつく。
横島は学園長の話を聞き、驚くと同時にまた納得していた。
件の吸血鬼、エバ……エバン……バン……バンテリン?とか言ったか。魔力こそ大して感じなかったが、確かに吸血鬼だった。
そんな彼女が、この魔法都市に堂々といられるわけがないのだ。何かしらの対価を払っていると考えるのが当然の事だった。
教えれられるまで気付かなかった、己の未熟を恥じる。
「彼女の事に関しては、ネギ君に任せてみようかと思っておったのじゃが……そこまで踏み込んでしもうた以上、放っておけと言う事もできまいて。
横島君。すまんが、君も君で立ち回ってくれんか? ただし、あくまでやりすぎる事のないように、じゃが」
「了解しました。まあ、俺なりにやってみます」
「うむ」
満足気に頷く。
学園長としては、それで話は終わったつもりだったのかもしれないが、横島の話はまだ終わっていない。
「時に学園長。実はこの不肖横島、鶴子さんから、密にお孫さんを気にかけるように言われて来たんですけど……その辺の事はどうなんですかね?」
「ふむう……」
横島の言葉に、返事とも溜息ともつかぬ息を漏らす。
しばしの沈思の後、学園長は面を上げた。
「察しの通り、君に来てもらったのは、木乃香の護衛の意味合いもある。
じゃが、木乃香がここ麻帆良におる限り、そうそう滅多な事は起こらん。その分の人手があるなら、他に回そうという事じゃ。
君の場合じゃと、今現在では、木乃香の事よりエヴァンジェリンの事に尽力してもらいたいのじゃよ。
この件が収束を見れば、しばらく木乃香の護衛についてもらってもいいかもしれんとは思っておるが……それより。
近い内、必ず君の力が必要になる時が訪れるじゃろう。その時になれば、お願いじゃ横島君。木乃香の事を守ってやってくれんか」
「別にいッスよ。仕事ですし」
真剣な学園長に、軽~く返す。
学園長は苦笑した。まあ、変に気負われるよりはいいかもしない。
「お孫さんの事はそれでいいとしても……青山としては、彼女の護衛の方が気になるようで。
別に連れ戻して処罰するとか、そういった話は今のところ出てないんですけどね。ええと、名前は……なんて言いましたっけ?」
「…………」
学園長は難しい顔をして黙り込んだ。
それでも諦めずに、横島は根気強く話しかける。
「まあ……ぶっちゃけ、俺だって半分余所者みたいなもんですから、裏切りとかそういうのはどうだっていいんですよね。
目的を同じとする以上、ある程度連携を取れた方が何かと都合がいいでしょ? 俺が言いたいのは、そういう事なんですけど…
ただ、鶴子さんから、この件に関しては詳しく聞かされてないし、迂闊に近寄ると追っ手に間違われるかもしれないしで、困ってたんです。
そこで、学園長の方から紹介してもらったりなんかすると、とてもスムーズに事が運ぶわけなんですが……どうでしょ?」
「確かに道理は通っておるようじゃが……ふうむ」
学園長は考える。この男、どこまで信用すればいいものか。
見た感じ、悪い人間には見えないが……こう見えても、相手は青山の腕っこき。そうと見て取れるほど、底の浅い器ではあるまい。
その上、あの青山鶴子が信頼を寄せ、自信満々に麻帆良に送り込んでくるほどの人物。全く測りにくい。
判断するには、とにかく時間が足りない。今のところ、それこそ名前と人相程度しか、横島忠夫という人物を把握できていないのだ。
(じゃが、ワシの勘では……この男、相当のお人好しと見える)
ただの勘でしかない。勘でしかないが……己の勘ほど、頼れるものも他にない。
学園長は、心を決めた。
「分かった。これも、今回の騒動が収束次第、すぐにでも場を設けよう。
しかし……彼女は木乃香の護衛を務めておると同時に、この学園の一生徒でもあるのじゃ。
ゆえに彼女に関しては、青山の領分であると同時に、このワシの領分でもある。
無論、その場に立ち合わせてもらうし、決して勝手な真似を許す事はできん。よいな?」
「うぃッス」
これまた軽~く返事する。
果たして、どこまで分かっているのやら。
しかしこれで一応、横島の用件は終わった。一礼すると、さっさと退室する。
年寄りと話しているより、一刻も早く、可愛らしい売り子のいる肉まん屋に行きたかったのだ。
昼食に『超包子』に寄るのも、もはや定番になって来た。
列に並び、やがて順番が回って来ると、今日は売り子の娘がいつもと違う事に気付く。
まあ、いつもと言っても、これまで2,3回しか利用した事がないので、売り子のシフトなど知った事ではないが。
浅黒い肌に薄金の髪を二つ括りにした少女。昨日の娘とはまた印象が違うが、この子もまた、オリエンタルな感じで可愛らしい。
『いらっしゃいアルネ!』と元気良く言われた時には、横島も驚いた。この店は、売り子を中華娘に限定しているのだろうか?
もしそうだとしたら、ここの店主も中々解ってるじゃないか、とひとり頬を緩める。肉まんは3つ注文した。
急ぎの仕事もないので、屋台から少し離れた所で、今日はゆっくりと噛み締めて味わう事にした。
最初の一口。早速、肉汁が溢れ出す。
「しっとりモチモチとした皮の食感、口許から零れるほどに含まれたジューシーな肉汁ッ……。
それに、上質な豚を使った肝心の具ッ。うむ、豚肉の狭間に確かに存在を主張するタケノコが、舌の上でシャッキリポンと踊っておるわッ!!」
誰も要求していなのに、肉まんの評価を始める。
時間をかけて味わう事で、また新たな発見があったらしいが……傍から見れば、不審な事この上ない。
突然の珍事に驚いたのか、横島の脇を通り過ぎようとしていた女生徒がけつまずき、彼女の手の『超包子』の肉まんが袋ごと飛び出してしまう。
「あっ……」
「っと!」
慌てて、横島はその女生徒を片手で抱き上げるようにして支える。
と同時に、空いた方の手でまず袋をキャッチし、落下する肉まんを次々とその中に上手い具合に入れていく。
全ては一瞬の間の出来事だった。
「驚かせて悪い。大丈夫だった?」
「あ、はい……どうも」
助けられた形になった女生徒も、何が起こったのかいまいち理解しきれていない様子。
横島が立ち上がらせると、不思議そうに何度も首をかしげながら、その場から立ち去って行った。
その一部始終を、『超包子』の屋台の中から見守っていた者がいた。
(今の動き……タダモノじゃないアルネ。あの清掃員、何者カ…?)
売り子の中華娘2号。彼女は、清掃員の一連の動きを偶然視界に捉えていた。
女生徒がつまずいたと思った瞬間、摺り足で重心を落とし、彼女の身体を支える。その間にも、空いた方の手は目にも留まらない速さで肉まんを回収していた…。
ただ反射神経が良いとか、そういうレベルでは済まされない動きだった。むくむくと好奇心が鎌首をもたげる。
ここ麻帆良学園は実に奥が深い。強者を追い求めてこの地にやって来た彼女にとっては、この清掃員も捨て置ける存在ではない。
まあ流石に今は仕事中だし、いきなり彼に喧嘩を吹っかけても、まともに戦ってはくれないだろう。
ちょくちょく『超包子』を利用している様子なので、機会がこれだけという事もあるまい。
そう心に留め、彼女は、とりあえず今は売り子に専念する事に決めた。
(むう……?)
まだ手に残る女生徒の感触を楽しんでいた折、背に視線を感じた。
それとなく後ろを見てみれば、気のせいか、肉まん屋の売り子がこちらを見ているような気がする。
すう…と、横島の両眼が細められる。
(まさか、あの娘……俺に一目惚れしたのか!? ぞっこんラブ!? いやー、モテる男はつらいねー!
見たとこまだ守備範囲外だけど、あと5年もすりゃあなかなかのべっぴんさんに育ちそうじゃないか……。
具体的に手ぇ出さなけりゃセーフだよな? いわゆる青田買いってヤツ? くはぁーっ! なんて甘美な背徳感ッ! むひょひょー!
…ああ、いやしかし、俺には鶴子さんが……でも、鬼のいぬ間に、とも言うし……いやぁ、まいったなーもーっ!)
たはー!と、頭を掻き掻き、照れ笑い。相も変わらず、緊張感の欠片もない男だった。
適度に仕事し、適度にサボる。そうしている内に、時は放課後へ。
あの子、来るのかね……と、脳裏に無表情なロボっ子を描きながら歩く。
メンテナンスがどうとか言っていたが、普通に動く分には問題なさそうだった。その点の心配は無用だろう、と推測する。
しかし、昨夜、拳を交えたばかりなのだ。来ずとも不思議ではない。というか、その方が自然というものだろう。
それにしても……あの子が吸血鬼側に加担しているとは、まさか思ってもみなかった事だ。
見る限り、優しそうな子に思えたのだが…。まあそれを言うなら、あの小さい吸血鬼も、あまり悪そうには見えなかったのだが。
ブラドー伯爵の事もそうだが、ヴァンパイアハーフの親友がいたせいか、横島はどうも吸血鬼という種族に親しみを覚える。
血を吸うという行為も、彼らにとっては、人間でいうところの食事や飲酒のようなものなのだろう。
意識さえしなければ、普通に接する上で彼らは人間と左程変わりはないのだ。ブラドー島で、横島はそう実感した。
確かに、調子に乗りすぎたり、人間に憎しみを抱いている者は、食事の範囲を逸脱し、甚大な被害を出したりもするのだが…
しかし、それは何も吸血鬼に限った事ではない。あらゆる妖怪、あらゆる人間には、何事にも例外というものが存在する。
本当は、妖怪や吸血鬼や悪霊などよりも、人間のテロ組織の方が余程性質が悪い。横島は常々そう思っていた。
ゆえに今回の事も、死者を出したわけでもなし、なるたけ穏便に済ませたいのだ。
吸血鬼の子の方は、何となく頑固そうに見えたし……できれば先にロボっ子を陥落させ、その上で交渉に臨みたい。
それだけではなく、何か悩みを抱えているであろう彼女の力になりたいという念も勿論あるが、それとこれとは別の話だ。
しばらく歩き、ここ2日、彼女と言葉を交わした場所までやって来たのだが……
そこには空の猫缶がぽつんとあるだけで、彼女の姿はおろか、猫の子一匹見当たらない。
自分と会うのが気まずくて、とりあえず餌だけ置いて帰ったのか。しかし、どうせすぐにでも会う事になるのに、と納得が行かない。
彼女にどういった心境が働いているのかは知らないが、横島にしてみれば、今日会うのも数日後に会うのも変わらないように思える。
もしや、2人きりでというシチュエーションが嫌だったのか……と思うと、少しヘコんだ。
これから軽く何か腹に入れて、夜のパトロールに赴かなければならないのだが……横島は、もう少し待ってみる事にした。
なに、女に待たされる事も、待たされた挙句にすっぽかされる事にも慣れているのだ。不本意ながら。
時は、夕暮れから日没に差し掛かっていた。待ち人は、未だ姿を見せない。
そろそろ諦めていい頃だが、横島は根気良く待ち続けていた。こういうのは、忍耐がポイントなのだ。……多分。
もう辺りにも薄暗い夜が漂い始めた頃……不意に、その娘は現れた。
「あ………」
表情は薄いが、確かに驚きを表している。
どうやら、まだ横島が待っているとは予想だにしていなかったらしい。
となると、仔猫の様子を見に来たのか、あるいは猫缶の空き缶を回収しに来たのか。どちらにしろ、律儀な娘だ。
「こんちは」
軽く片手を挙げ、挨拶する。返事は返って来ない。
ロボっ子は、目を伏せていた。しばしの逡巡の気配の後、ようやく重い口を開く。
「……申し訳ありませんでした。随分とお待たせしてしまったようで…」
「や、気にしないでいいよ。こーゆーの、結構慣れてたりするから」
「………」
深く、頭を下げる。
横島は苦笑した。どう見ても、悪人のする事ではない。
「ゆうべの事を気にしてるんだったら、今は忘れて欲しい。どうせまた今度、みっちり話し合うんだし。
それより……君は俺に、何か言いたい事があったんじゃないのか? 昨日の昼、少なくとも俺にはそう見えたぞ」
「はい……」
ロボっ子は、確かに頷いた。
昨日の段階ではまだ打ち明けられなかったが、自分を何時間も待ち続けていた横島を目にして、何か心境の変化でもあったのか。
それは知る由もないが、それでもやはりそう簡単には話せない事らしく、ロボっ子はまだ迷っている。
見かねた横島は……何を思ったのか、そっと彼女の手を取った。ロボっ子が、びくりと身を竦ませる。
横島は、伊達眼鏡を外すと、ロボっ子の瞳を真摯に見つめた。
「君の気持ち、聞かせて欲しいな……」
とても横島らしくなく、極めて優しげで、柔らかい声音で、憂いを秘めた瞳で、そう囁く。
貴様は何処のホストだと小一時間問い詰めたくなる、歯の浮くような台詞だったが、横島は特に何も考えずに、こんな行動を取っていた。
天然でこういう行動を取り、大抵の場合、それはその事その事に関しては間違いではない。こんなだから女性関係が非常にややこしい事になるのだ。
今回に関しても、横島の行動は大まか正しかったらしい。大きく動揺していたロボっ子だったが、すぐに反応が現れる。
「わ、私は……私は………」
「君は……?」
血の通わない手を、今までより少しだけ強く握り、先を促す。
ロボっ子はどことなく消沈した様子で、顔を俯かせた。
「私は………優しくなど、ありません…」
「……何だって?」
「私は、あなたが思われるような、『優しい』という機微を持った存在では、ありません……」
そう言うと、恥じ入るように、悲しむように、一層深くその顔を俯かせる。
横島は困ってしまった。そんな事を言われても、どうしたって彼女は優しいように見える。
女性を慰めるのはあまり得意ではないが、せめて精一杯の誠意をもって、慰めにかかる。
「けど……君は、自分で餌を見つける事が難しい仔猫を可哀想に、あるいは可愛く思って、餌をあげてたんだろ?
そういった行為は普通、『優しい』と言えるもんだと思うぞ?」
「しかし、私はマスターに命じられるがままに、クラスメイトやネギ先生の襲撃に加担しました。
また、クラスメイトの件はともかく、ネギ先生は、あのまま邪魔が入らずに吸血が続行されていれば、高確率で失血死していたものと思われます。
この行為は、とても『優しい』と判定できるものではありません」
「そりゃあ、そうかもしれんが……。何も、好き好んでそんな事したわけじゃないんだろ?」
ロボっ子は、力なく首を横に振った。
「いえ……。そういう事ではないのです。
私はこれまで、自分の行動に、何の疑問も挟む事はありませんでした。
あなたに言われ、『優しい』という事について考察を始めてから、初めて今まで私が行って来た行為について疑問を提起し…
そこでようやく、今までの私の行為が『優しい』という言葉の持つ意味にとても該当するものではない、と判断が下りました。
しかし、それでも私は、マスターに逆らう事はできません。何故なら、私はそういう風に造られたからです。
始めから『優しくない』行為を行うために造られた私が、『優しい』存在である筈がありません」
「……最初っからそう決め付けちゃいかんだろ。
どういう目的で造られていようが、どんなプログラムが施されていようが、君は君だろ?
これまでの事を反省して、自分は優しくないって気に病んでる時点で、既に結構優しいと思うけど」
「しかし……」
「……あーもう! 面倒くせえなーっ!!」
「!!」
横島はロボっ子の手を離すと、乱暴に彼女の肩を掴んだ。
驚きに目を見開き、ロボっ子が身を硬直させる。
ロボっ子の、ほんの僅かに感情が見え隠れする瞳を真直ぐ見据え、横島は吼えた。
「なんか理屈っぽい事グダグダ言ってるけど、ンなもんどうでもいいんだよ! つーか俺頭悪いし、正直よくわかんねーよ!
難しい事はわからんけど、理由とかそんなもん抜きにして、俺にとって、君は優しく見えるって、そんだけの事だ。
君が自分の事をどう思っていようが、事実がどうであろうが、勝手に俺がそう思ってるだけ!
他の奴にとってはどうかしらんけど、少なくとも俺にとって、君は優しいんだよ!」
「……!!」
乱暴に言い捨てる。
何やら衝撃を受けているらしいロボっ子に気付き、横島は我に返った。そろそろと手を除ける。
「あー、いや、驚かせちゃってごめん。
けどまあ、俺が言いたいのはそういう事だから。うん」
「はあ……」
気まずげに、照れ臭そうに頬を掻き、視線を逸らす。
消沈していたロボっ子は、いつの間にか立ち直っていたようだった。単に驚きすぎたのかもしれない。
しばらく沈黙が続く。
「あの………ありがとうございました」
「んん、まあ……」
間抜けな会話。そしてまた沈黙が続く。
何か気まずいし、それ以上に恥ずかしいしで、横島はそろそろ話を終える事にした。
彼女のマスター……ええと、バンテリン?だったかに関して聞きたい事などもあるが、まあもういいかと思う。
「えー、まあ、とにかくそういう事だから、うん。
それじゃあ、もう暗くなって来たし、そろそろ……ああ、そうだ。送ってこうか?」
「いえ、その必要はありません」
「あ、そう…。それじゃ、また今度」
「はい」
ひらひらと手を振り、身を翻す。
しばらく歩き、後ろをさり気なく覗いてみると、ロボっ子はまだこちらを見送っている。
ええ娘やなぁ……と思いつつ、横島はそのまま夜の巡回へ繰り出した。
清掃員の青年が去った後も、何となく、つい先程まで彼がいた空間を見詰め続ける。
胸部の辺りが何故か過剰に発熱している。故障の可能性があるが、不思議と、この熱を失いたくなかった。
優しい。何と不思議な言葉だろうか。ここ数日、その言葉に振り回されっ放しだ。
しかし彼の解釈は新鮮だった。一般的な意義を追求するのではなく、まさか一個人の印象をああまで押し付けて来るとは。
普通なら、あまりに強引な意見の主張に、不快に感じてもいいところなのだが……とても、そう思う事はできない。
(心地好い……私は、心地好さを感じている……?)
ありえない事態だ。今すぐにでもハカセに報告すべきだろう。
それが正しい判断なのだろうが、実行する気にはなれない。
茶々丸はそっと、自らの胸に手を添えた。
「…………」
完全に陽が落ちきった後も、茶々丸はしばらくそうしていた。
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