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ファントム・ブラッド(5) メカニカル・ハート(後) 投稿者:毒虫 投稿日:06/14-23:03 No.739



ここ数日、横島は、件の吸血鬼と対峙するための準備を……整えては、いなかった。 
ただ、清掃員の仕事をこなし、ロボっ子と和んでいただけだ。 
思いがけず与えられた猶予の間に、何かしら行動を起こすべきだと考えてはいるのだが… 

(話を、とは言ってみたものの……何をどう言ったもんやら) 

そう、横島には特に考えなどなかったのだ。 
あの時、横島はただ勢いで言ってしまっただけで、当初は普通に戦い撃退するつもりでいた。 
それが、吸血鬼が少女という非常にやりにくい外見で、しかもその脇には顔見知りのロボっ子がいたので、つい躊躇してしまった。 
それで、どうせなら戦う事なく、穏便に事を済ましたくて、対話の場を設けようと思い立ったのだが…… 
日数が経っても、どういう風に話を持っていけばいいのか、見当もつかないでいる。そう時間が残されているわけでもないのに。 
ただやめてくれと言っても素直に聞くとは思えないが、こちらには提示する交換条件もない。 
身の安全を確保する代わりに、ともできそうだが、学園長の話し振りからすると、あの吸血鬼はこの地に不可欠な人物らしい。 
それゆえ、殺されはしまい、と高を括っているのか……それは分からないが、実際、彼女を殺せば麻帆良を囲う結界を維持できなくなる。 
相手は吸血鬼だ。普通の退魔師や魔法使いならば、殺そうとしても殺しきれないかもしれないが…… 
横島が揮う『霊力』という力は、こちらの世界の法則に当てはまらぬゆえ、どのような事態が起きても不思議ではない。 
やりすぎちゃったら死んじゃいました、じゃあ話にならないのだ。 

奥の手になるが、文珠を使って、というのも考えた。しかしそれも、具体的に何と文字を入れてよいのやら分からない。 
青山の下で自分なりに修行を重ねて来た横島。今では、その日の調子によっては十文字前後の文珠を連結使用する事ができる。 
それで『禁』『吸』『血』としても、その効果を永続させる事はできない。それどころか、一日もつかどうか。 
かと言って、『禁』『吸』『血』に『永』『続』も付け加えたら、そう遠くない未来に、彼女は衰弱死してしまうかもしれない。 
生きて動いている人間から血をすする事だけをやめさせる……そんな結果が欲しいのだが、いい組み合わせは思いつかない。 

猶予も残すところがそれほどあるとは思えない。 
こうなりゃもう、誠心誠意でぶつかるしかない、と半分自棄になって、横島は今日も清掃に明け暮れる。 






日程終了の鐘が鳴るまで掃除を続け、夜の巡回まで一休みしようと家路につく。 
その帰りに、ふと思い立って足を運んでみると、目当ての人物はそこにいた。ロボっ子である。 

「こんちゃー……って、妙に汚れてるな。どしたの?」 

「いえ…」 

言葉を濁すと、頭の上に乗っている仔猫をそっと撫でる。 
事情は分からないが、見たところイジメなどではなさそうだ。横島は安心した。 

「何があったのかは知らんけど……女の子が汚れっぱなしってのは良くないぞ。ちょっと待ってな」 

「あ……」 

ぽんぽん、と軽く叩くように頭の仔猫を撫でると、横島は踵を返した。 
青山にいる間に、鶴子には随分と躾けられた。そのおかげで、ハンカチを持ち歩く習慣が身に付いたものだ。 
ハンカチを濡らすため、水のある場所を探す。少し歩くと店を見つけたので、そこで水道を借りる。 
汚れた女の子の顔を拭いてやるとか、俺って紳士っぽくね?と上機嫌に戻ってみれば……少し離れた間に、何だか事態は大変な事になっていた。 

「……では、茶々丸さん」 

「……ごめんね」 

ロボっ子と対峙している二人、見覚えがある。 
あれは確か……そう、吸血鬼と遭遇した際に居合わせた子供の魔法使いと、もがき苦しんでいる自分を見捨てた少女だ。 
ち、と横島は舌打ちした。せっかくこちらが穏便な方法で済まそうってのに、彼らはどうもそう思っていないらしい。 
しかし、立場としては微妙なところだ。ロボっ子に加勢したい気持ちは強いが、陣営で言うと彼らは味方になる。 
ロボっ子の戦闘力が彼らよりも上回れば、何も言う事はないのだが…… 




「光の精霊11柱… 集い来りて…」 

呪文を詠唱しつつも、ネギは未だ心中決めかねていた。 
ただ敵と警戒していればいい昨日までとは違い、茶々丸の意外にも心優しい一面を見てしまった以上、単純に倒せばいいとは思えない。 
しかし、ここでエヴァンジェリンの従者たる彼女を倒しておかなければ、後に自らの命が危うくなる事は容易に想像できる。 
精細に欠く主を見かねて、使い魔のカモが念話で檄を飛ばした。 

『兄貴!! 相手はロボだぜ!? 手加減してちゃダメッス! ここは一発、派手な呪文をドバーッと!!』 

「ううっ……」 

その言葉、素直に従えるものでもないが、しかし言っている事は実に正しい。 
既に戦闘は始まっているのだ。半端な仮契約を交わしたばかりの明日菜と茶々丸は、激しく攻め合っている。 
ここで自分が躊躇すれば、巻き込んでしまった形になってしまった明日菜を危険に曝してしまうかもしれない……その思いが、背中を押した。 
散漫になっていた魔力を凝縮させ、叫ぶ! 

「魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・光の11矢(セリエス・ルーキス)!!」」 

放たれた魔法の矢!その数11本、全てが追尾型。 
全弾命中すれば、茶々丸を機動不能にまで追い込む程の威力を有したそれが、迫る! 

「……!!」 

狙いは粗いとはとても言えないが、決して正確なものではない。 
これがネギと一対一でなら、全てとまではいかないが、相当数をかわせただろう。 
しかし、魔法で身体能力を強化された神楽坂明日菜は、予想以上に手強かった。上手く追い込まれた形になる。 
それに……ここで避けるなり弾くなりすれば、せっかく助けた子猫に流れ弾が行く可能性もある。 
その思いが茶々丸の機動を鈍らせた。もう、避けきれない…! 

「すいませんマスター……。もし私が動かなくなったら、ネコのエサを……」 

諦観し、足を止める。 
最後に浮かぶのは、主の顔ではなく、猫達でもなく……あの、清掃員の青年…? 


「斬岩剣!!」 


一閃! 
11本の魔法の矢が、その一振りの下に砕け散る! 

「「な…!」」 

「え……」 

これで決まったと思っていたカモと明日菜の驚愕。 
思いとどまり、咄嗟に矢を引き戻そうとしていた矢先の出来事に、ネギは唖然とする。 

「……!」 

微かに目を見開く茶々丸の機械の瞳に映るは、モップを構えた清掃員の青年。 
気遣わしげな視線をこちらに寄越したかと思えば、彼はネギ達へと向き直る。 
向けられた鋭い戦意に、戦いに慣れていないネギと明日菜が強張る。カモは焦った声を上げた。 

『ちょ、なに固まってんスか兄貴! 姐さん!』 

早く逃げましょうよ!と痛切に叫ぶ。 
清掃員の扮装をした男、奴は只者ではない。カモの野生の勘がそう告げていた。 
大体、ネギが放った魔法の矢を、あんなモップ1本で叩ッ斬るなど、常人に成せる業ではない。 
今まで自分達が相手をしていたロボ娘よりも強敵そうだ。未熟なネギと明日菜が稚拙な連携を試みても、勝てる相手には見えない。 
彼ひとりだけでも脅威になりそうだというのに、2対1でやっと相手にできる茶々丸と連携されれば、もはや勝機など微塵も見出せなかった。 
…しかし、ネギと明日菜は、恐慌に陥りかけているカモの言葉を聞こうともせず、じっと清掃員の男を見ている。 

(この人、どこかで見かけたような……?) 

記憶の中にある人物を模索しているネギとは違い、明日菜はすぐに思い当たった。 

「アンタは確か、この前すごく苦しそうにしてた清掃員の人! 何でこんな所に……ってゆーか、あいつらの仲間なの!?」 

「や、別に仲間ってわけでもないんだけど……今のところ、この子達とは不戦協定を結んでてさー。 
 今、この子がやられるのは困るんだよ。俺がやったと思われちゃ、通る話も通らなくなる。 
 つーわけで……今日のところは、大人しく帰りな。怪我したくないっしょ?」 

軽い調子で言ってみるも、ネギが首を縦に振る様子はない。 
確かに、この状況で、当初の目標を果たすことは困難だろう。 
そもそも、直前になって思いとどまったように、ネギとしてはもう茶々丸を攻撃する気はない。 
しかし……新たに現れた清掃員の男、その存在が気にかかる。 
その思わせ振りな言いようからして、まず何か企んでいる事は間違いなさそうだ。 
この男とエヴァンジェリンに組まれてはたまらない。せめて、彼の目的だけでも聞き出さなければ…… 
と思うネギに反して、明日菜はそう冷静ではいられなかった。どうやら、挑発されたものと思ったらしい。 

「ちょっと! アンタねえ…」 

男の実力を察する事もせずに、明日菜は息巻いて一歩を踏み出す。 
もうとうにネギによる身体強化の魔法は解けているのだが、それを気にかける気配すらない。 
無論、黙って見ている男ではない。すうと目を細めると、無造作にモップを横薙ぎする! 

「弱・斬空閃!」 

「ッ!?」 

モップから放たれた鎌鼬が、明日菜の長い髪の一房を斬り跳ばす! 
頭のすぐ横を掠めた一陣の風。攻撃されたのだとようやく悟り、明日菜は呆然とした。反応する事もできなかった…! 
足を止め硬直する明日菜に、ネギが慌てて声をかける。 

「ア、アスナさん!? 大丈夫ですか!? ケガは!?」 

「え、ええ………平気よ。平気なんだから…」 

口ではそう言うものの、もう一歩も踏み出す事はできない。 
だから逃げようって言ったんスよー!!と嘆くカモの言葉が、やけに説得力を帯びる。 
軽く牽制されただけでてんやわんやの様相を見せるネギ達に、清掃員の男は溜息まじりに声をかける。 

「何の覚悟もできてない奴が、前に出て戦おうとするんじゃねえって…。 
 ボウズもボウズだ。迷うぐらいなら、ハナからこんな事するなよ。ひょっとしたら、取り返しのつかない事になってたかもしれないんだぞ? 
 誰かを傷つけるんなら、それなりの理由と覚悟ってもんを用意しとけ。そうじゃないと、道を踏み外した事にも気付かなくなっちまうぞ」 

「…!!」 

ネギが愕然と目を見開く。 
理由と覚悟。自覚した事もなかった。 
固まっている2人と、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てている1匹をひとまず捨て置いて、清掃員の男は、茶々丸の方に向き直った。 

「大丈夫か? 怪我とかないなら、早く帰りな」 

「あの……なぜ……」 

清掃員の青年には応えず、先程から常に思っていた疑問を口にする。 
うん?と一瞬考え込むそぶりを見せると、青年は軽く笑った。 

「ん、まあ、確かにあいつらは味方の側にいるかもしれないけど……。 
 でも、君が怪我するかもしないってのに、黙って見てるわけにはいかないだろ?」 

「………」 

さも自分が当然の事を言っているかのような反応を見せる青年を、茶々丸はただじっと見詰める。 
その機械の瞳に宿すのは、決して無機質な光の反射のみではない。 
ん……と青年が気配を感じて振り返ると、そこには、何がしかの決意を固めたらしいネギが。 

「覚悟とか理由とか、僕にはまだよく分かりません。 
 だけど……エヴァンジェリンさんがやってる事を見過ごすわけにはいきません。 
 僕の生徒が襲われてますし、そうでなくても、みんな恐がってます。 
 だから、僕じゃまだ、エヴァンジェリンさんには敵わないかもしれないけど………それでも。絶対、止めてみせます」 

「ボウズが何かをした結果、誰かが傷付くかもしれない。それでもやるか?」 

「そ、それは………」 

言いよどむネギの背中を、ばしっと明日菜が叩く。 

「なに言ってんのよ! そんなの、やってみないと分からないんじゃない! やる前から諦めるなんて、そんなヤツただのバカよ!」 

「ア、アスナさん…!」 

ぐっと拳を握る明日菜を見て、ネギは強く頷いた。 
再び、その瞳に決意の炎が燈る。 

「確かに、僕が戦う事で、誰かが傷付いてしまうかもしれない……。 
 だけど、何もしなければ、きっと、傷付く人はもっとたくさん出ると思います! 
 それに、誰も傷付かないように、頑張ってみます!」 

「おお、青いねー。なあボウズ、絵に描いた餅って言葉、知ってるか?」 

「そんな事、やってみなくちゃ分かりませんっ!!」 

本気だ。少年の瞳は、穢れを知らない純粋な光を放っている。 
横島は感心した。まだ幼いながらも……否、幼いからこそ、どこまでも真っ直ぐだ。 
魔法の腕も、歳にしてはかなりのものらしいし、人を思いやる心も持ち合わせている。まったく、将来が楽しみである。 
横島は苦笑して、諸手を上げた。 

「参ったね、こりゃ…。 
 ボウズの気持ちは分かったが……ま、今日のところは帰っときな。 
 決着をつける機会だって他にあるだろし、俺も俺で動いてる。上手くいきゃあ、これ以上、誰も傷付かずに済むさ、きっとな」 

気の抜けたように笑いかけると、ネギは戸惑いを残しながらも頷いた。 
明日菜を促し、踵を返して去って行く。何も言わずとも、カモは既に姿を消していた。 
その小さな背を見送り終えると、どちらからともなく、青年と茶々丸は顔を見合す。 

「……送ってこうか?」 

「いえ………結構です」 

そっか、と誰ともなく呟くと、それじゃ、と背を向ける。 
茶々丸は、去り行く背中に頭を下げた。 
青年の姿が完全に見えなくなった後も、茶々丸はしばらくその場に留まっていた。 

(あの人は………) 

夕陽を全身に浴び、物思いにふける。その姿は、決してただのロボットには見えなかった。 

裏方稼業 ファントム・ブラッド(6) 必殺!

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