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ファントム・ブラッド(7) 虎穴 投稿者:毒虫 投稿日:06/21-23:06 No.780



―――吸血鬼騒動から、もう1週間近い時が流れた。 

いい加減話し合いの日も近いだろうが、相変わらず、これといった案は思い浮かばない。 
どーにかなるっしょ!と前向き(投げやりとも言う)に考え、今日もいつも通りに出勤する。 
昼には、例によって例のごとく、『超包子』で昼食を取った。今日の売り子は、褐色の中華娘だった。 

そして放課後。 
今日も今日とてロボっ子の出現ポイントに足を伸ばす。 
既に待ち合わせ場所と化している場所に到着すると、ロボっ子が独りぽつねんと立っていた。 
歩み寄り、軽く声をかける。 

「こんちゃー」 

「こんにちは」 

丁寧に頭を下げる。 
いつもの通り、軽く世間話でも始めるか、と、横島が口を開くその前に… 

「マスターが話し合いに応じたいと。自宅まで御案内します」 

「え、ああ……そっか、今日なのか。 
 手土産ぐらいは持って行きたかったんだけど、ま、仕方ないか」 

頬を掻きながら、随分と急な事だな、と思う。 
せめて昨日の内に言っておいてくれたなら、色々と準備する事もできただろうに。 
…いや、何かと準備させる暇を作らせないつもりなのか。 

「では、こちらへ」 

「ん、ありがとう」 

なるたけ爽やかな笑顔を気取ってみたが、ロボっ子はふいと顔を背けてしまった。 
不興を買ったかな、と思ったが、彼女の表情が窺えないので、何とも言えない。 
そのまま歩き出すので、その3歩後ろをついて歩く。 
この前の一件はあまり気にしていないのか、これといった変化は見られない。 
その事に、安堵してよいのやら迷う。もっと彼女自身の事を好きになってもらいたいのだが。いや、特にそう思う理由はないが。 

しばらく無言で歩いていたが、ふと思いついて、横島は口を開いた。 

「そういや君、名前なんてーの?」 

「絡繰 茶々丸と申します」 

「からくり、ちゃちゃまる……。な、なんつーか、個性的な名前だねー」 

「………」 

無反応。 
やっぱここは、ステキな名前だネ……と、目に星でも浮かべた方が良かったのか?と馬鹿な事を考える。 
…と、ロボっ子改め茶々丸が何か問いたげな視線を向けているのに気付いた。 

「んっ? ……あ、俺の名前? 俺は……えーと」 

口に出しかけたところで、はたと気付く。本名を名乗っていいものだろうか? 
というか、以前、この問題に気付き、名前を訊くのを避けていたのを今更ながら思い出した。が、もう遅い。 
学園長の考えでは、わざわざこうして清掃員の真似事をさせられているのは、隠密性を重視したためとの事だ。 
生徒の目に留まらぬ清掃員だからこそ、目立たぬ裏方の仕事を任せられる。 
しかし、こうして制服を着ている以上、茶々丸も学園の一生徒である事に変わりはない。 
はたして、みだりに正体を明かしていいのかどうか。 

「……向こうに着いたら、どうせあの子にも自己紹介するんだろうし、その時までのお楽しみって事でいいかな?」 

「…はい。構いません」 

とりあえず、しばしの時間稼ぎに走っておく。 
正直に本名を明かすか、名を騙るか、あるいはいっその事名乗らないでおくか。 
件の吸血鬼がもしか事情通であったら、青山の第一線で活躍していた横島忠夫の名を耳にした事があるかもしれない。 
それで警戒されるのはまずいし、それより、正体が明らかになるのはもっとまずいだろう。 
まあ、何がまずいのかと問われても、横島は、何となく、としか答えられないのだが…。 
…真面目に考えるのもそろそろ飽きて来た。雑談でもするか。 

「話を戻すけど……名前が分かったところで、なんて呼べばいいかな? 
 絡繰さん? 茶々丸ちゃん? チャチャ? チャッキー? むしろチャーリー? 浜?」 

「……お好きなようにお呼び下さい」 

しばしの逡巡の後、茶々丸は質問を投げた。こんな事を訊かれたのは初めての事で、どう答えてよいやら分からなかったのだ。 
お好きなように、と言われれば、すわボケのチャンス!と元・大阪人の血が騒ぎ出すのだが、おそらくツッコミは望めまいと諦める。 
茶々丸を見るに、本当の年齢は分からないが、身分的には中学生の筈。年下だろうと決め付ける。 

「んじゃ、茶々丸ちゃんって呼ぶ事にするよ」 

「はあ…」 

茶々丸は曖昧に頷いておいた。ちゃん付けで呼ばれる事など初めてだった。 

「ところで、さっきから気になってたんだけど、マスターってのはひょっとして、あの子の事なん?」 

言外に吸血鬼の存在を匂わせると、茶々丸もそれを察したようだった。はい、と首肯する。 
ロボ+主従。どこまでも懐かしい組み合わせだ。更に、主従両とも人外とあっては、余計に。 
ふと横島は不安になって、及び腰で茶々丸に問うた。 

「…ひょっとして、妹さんとかいないよな?」 

横島の問いに、茶々丸は少し首をかしげる。 

「姉妹機は今のところ存在しませんが、今後開発される可能性があります。 
 しかし………解釈によっては姉と言えるかもしれない存在なら、現在も稼働中です」 

「そ、そっかぁ、お姉さんかぁ……」 

複雑な心境の横島、顔まで複雑に歪む。 
姉妹機と聞いて、いい思い出はない。どうしても、あのロボット三原則を完全無視したロボ妹(ロボまい、と読む)を思い出してしまう。 
しかし、直接手を下しているかどうかはまだ判然としないが、吸血鬼に仕え、吸血行為に協力している時点で、茶々丸も三原則の存在は怪しいものだ。 
それを言うなら、以前マリアにも、キスと称したヘッドバットで頭を砕かれそうになった経験があるのだが……。 
偉大なる三原則は、あまり横島には縁がないようだった。 



しかし随分と歩かされるな、茶々丸ちゃんと二人きりだし、これならカートを転がしてた方がよかった、と横島は思った。 
待ち合わせ場所から幾程歩いただろうか。人気のない方、ない方へと進んで行き、今やもう、森の中と言っても差し支えない所まで来た。 
確かに龍脈の息吹は街よりも断然近しいが、これでは毎日の通学に不便だろう。いや、あの子が毎日真面目に通学しているとは思いがたいが。 
京都では自然をありがたがるような所に住んでいなかったので、生命力に満ちた木々に囲まれても、特に思う事はない。 
ぶらぶら足を運んでいると、やがて開けた所に行き着く。そこに、小ぢんまりとしたログハウスがあった。 

「ここ?」 

「はい」 

まさかな、と思ったが、茶々丸の答えははっきりとしている。 
吸血鬼といえば、おどろおどろしい城に居を構えているものだとばかり思っていたが……まさか可愛らしいログハウスとは。意表を突かれた。 
まあ、教会に住むヴァンパイアハーフなんてのに比べれば、こちらの方がまだまともなのだろうが。 
茶々丸は、お連れしました、とノックするとドアを開けた。頭を垂れ、横島を招く。 

「どうぞ、お入りください」 

「あ、こりゃどうもご丁寧に」 

サラリーマンっぽくへこへこと頭を下げると、吸血鬼邸へと足を踏み入れる。 
学園を騒がせている吸血鬼のアジト内部に入り、まず横島は驚いた。何だこのぬいぐるみ及び人形の数々は。 
内装や家具もいちいちファンシーだ。あの吸血鬼が見た目通りの年齢ならば、何の違和感もないのだが…。 
まあ趣味なんてモンは人それぞれだしなぁあはははと冷や汗かきつつ乾いた笑い声を上げる。 
尚も不躾な視線を部屋中に這わせていると、頭上から、ぎしり、と家鳴り。見てみると、何故だか頬が上気している、この家の主。 

「よく一人で来たな。正直、助っ人を呼ぶかとも思っていたのだが……馬鹿正直なヤツだ」 

「それだけがとりえなもんで」 

へらりと笑いつつ、観察を続ける。 
吸血鬼、顔も赤いが、息も荒い。よくよく見れば、服も少し乱れている。 
横島なりに曲解すれば、ピンク方面の妄想も膨らむのだが……見た目幼女にセクハラしても仕方がないし、やるせない。 
しかしまさかなあと思いつつも、一応、横島は疑問を口に出してみた。 

「……調子悪そうだな。大丈夫か?」 

「む……。私は元気だぞ。大体、不老かつ不死である吸血鬼が、風邪を患って熱など出しているわけがないだろう!」 

「…………」 

無言で茶々丸を仰ぎ見る。 
茶々丸は、心なしか複雑そうな表情でこくりと首肯した。 

「お察しの通り、マスターは病気です」 

「茶々丸ッ!!」 

せっかく弱みを見せまいと振舞っていたのに、事もあろうか、自らの従者にその思惑をぶち壊された。 
激昂して怒鳴りつけるが、風邪を引いている身にしては無謀だったようだ。酷い咳が出る。 

「…ッ! っほ、げほ、こほ!」 

「あーあー、なんで無理するかな、もー……」 

いつの間にか距離を詰めていた横島、気遣わしげに背中をさすってやる。 
す、すまない……と一旦言ってしまってから、吸血鬼は弾かれたように横島の手を払った。頬が、先程よりも若干赤い。 

「さ、触るにゃッ!?」 

あまりにも焦っていたせいか、舌を噛んでしまう。 
口を押さえてしゃがみこみ、余程痛かったのか、ぷるぷると震えている。微笑ましい光景だ。 
あれ?ホントにこの子、敵役だったっけ?と疑問に思いながら、さっと横島は吸血鬼の身体を抱き上げた。やはり、軽い。 
何が起きたのか把握できず、固まる吸血鬼。 

「熱まで出てるんだから、素直に寝てた方がいいって。話は治ってからにしよう。 
 茶々丸ちゃん、悪いけど寝室まで案内してくれるか?」 

「こちらです」 

「こ、こら貴様ら、何を勝手に話を進めてっ……」 

吸血鬼が腕の中で弱々しく暴れるが、運搬には何の支障もない。本格的に弱っているらしい。 
茶々丸に案内され、2階のベッドに吸血鬼を寝かす。その間も何かぐちぐち言っていたが、全て聞き流しておいた。 
布団をかけようとして、ふと気付く。 

「このままじゃ寝苦しいな……。汗もかいてるみたいだし、寝巻きに着替えた方がいい。 
 さすがに俺じゃアレだし、とりあえず外に出とくよ。……素直に言う事聞くんだぞ?」 

よしよし、と頭を撫でてやってから、退室する。 
ベッドの上で、吸血鬼は悔しげに呻いた。 

「あ、頭を撫でられた……! この私が……! 闇の福音が……! な、なんて屈辱だ!」 

「マスター、お着替えを」 

薄く涙まで浮かべて悔しがる主に、フリフリのパジャマを差し出す。 
吸血鬼は、いつも着ているパジャマを目の前にし、頬をひくつかせた。 

「こ、この姿をヤツに曝すのか………?」 

何だかとても嫌な感じだが、他の寝巻きも全て同じようなデザインだ。自らの趣味なのだから致し方ない。 
のそのそと着替え終えると、部屋の外で待っていた横島を呼び戻す。流石の横島も、今回ばかりは覗きを働いていない。 
ま、茶々丸ちゃんの方ならともかく、アレじゃあなぁ……と失礼千万な事を考えているのをおくびにも出さず、拍手を送る。 

「おー、なかなか似合ってんじゃん。やっぱ異国の美少女がそんなん着たら、絵になるねー」 

「そ、そうか?」 

全く心のこもっていない賛辞に、満更でもない様子。 
流石に相手も外見通りのお子様でもないのだし、ベッドまで運べば、もう横島にやる事もない。 
まさか子守唄を歌ってやるわけにもいかんし、はてさてどうしたものやら。どうにも手持ち無沙汰。 

他にやる事もないので、寝台上の吸血鬼をぼうっと眺めていると、徐々にその頬の赤みが強まる。 
吸血鬼は、ゴホン!とわざとらしく咳払いした。 

「た、確かに、今日は不覚にも体調を崩してしまったが……もう薬も飲んだし、それほど辛くはない。 
 予定通り、貴様の話とやらを……聞く前に、まずは名乗ろう。私の名は」 

「あ、それもう、学園長から聞いた」 

「む……そうか」 

せっかく、格好よく決めてやろうと思っていたのに……と、内心不貞腐れる。 
まあどの道、この状況で格好よく決める事など不可能なのだが。 
微妙に不機嫌な吸血鬼を気に留める事なく、横島は腕を組んで頭をひねる。 
吸血鬼の名前は確かに学園長から聞いたのだが、よくよく考えてみれば、ぼんやりとしか憶えていなかったのだ。 

「ややっこしい名前だったよなあ……。 
 ええと、たしか………そう、バンテリン、だったっけ?」 

「誰が、肩こり・腰痛に良く効く軟膏かっ!!」 

商標登録チョーップ!と制裁をかます。 
病人にあるまじきアグレッシブな動きをした代償に、げっほげっほと呼吸器を脅かすほどのやばめの咳が。 
半身起こして背中を撫でさすってやると、すぐに落ち着く。まだぜひぜひ言ってる中、吸血鬼は迫力露わに横島に詰め寄る。 

「エヴァンジェリン! 私の名は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ!! 
 エヴァンジェリンっ! Aっ! Kっ! マクダウェルっ! リピートアフターミー!!」 

「え、えう゛ぁんじぇりん、えー、けー、まくだうぇる……」 

「OK! ベリグー!!」 

たじたじになって答える横島にサムズアップ。熱のせいか、テンションがおかしい。 
そのまま、ぜーぜーと肩で息をしている内に、なんとか治まる。 

「…と、とにかく、私の名はエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリン様、または閣下と呼べ」 

「閣下……晴郎?」 

「くびり殺すぞっ!」 

「スンマセンっしたっ!」 

間髪いれずに土下座する。 
エヴァンジェリンは、疲れたように鼻から息を抜いた。 

「それで、貴様の名は何と言うんだ? 聞いてやらんこともないぞ?」 

「んー……」 

しばし考え込むと、ぽん、と拳で掌を叩く。 

「床尾 掃男(ゆかお はくお)って言う…んだ……けど………スンマセン、嘘ッス」 

途中で射殺すような視線に脅かされ、またもや土下座。 
ここに至って、隠密とか任務とかそういう事は全部忘れる事に決めた。 
これ以上は命に関わる。長年に渡るいびられ経験が功を奏したのか、目を見て分かったのだ。彼女は本気だ、そろそろ殺されるぞ、と。 

「横島忠夫、最近ここ麻帆良に着任したばっかの清掃員。只今、絶賛彼女募集中ッス」 

「そして、裏の顔は退魔師、というわけだな」 

「ん、まーね」 

既に一度戦った(?)のだから、ここで隠す必要はない。 
彼女募集中のくだりについては完全にスルーして、話を進める。 

「…で、この前言っていた、話したい事というのは何だ? 下らん話だったら斬首刑だぞ」 

いちいち物騒なんだからなあ、もう……と溜息まじりに前置き、語り出す。 

「単刀直入に言うけど、この学園内での吸血行為はやめて欲しい。 
 性質上、処女の生き血を吸いたくなる気持ちは分かるけど、ここはなにとぞ、輸血パックか何かでひとつ、我慢を…」 

「ハッ…。話にならんな」 

ばっさりと切って捨てる。 
ようやく本来の彼女らしい高圧さを取り戻すと、熱の辛さも忘れたらしい。 

「確かに処女の生き血は美味だ。しかし、私とて伊達に長く生きているわけではない。自制ぐらい効くさ。 
 私には私の考え、行動規範がある。今も、それに準拠して動いているだけだ。誰に何と言われようが、耳を傾ける事はできん。 
 しかし……そうだな、上手く事が運べば、近い内に全て解決するかもしれん。そう、全てが……な」 

ククク、といかにも敵役らしく、口唇の端を持ち上げる。 
何やら、只ならぬ事を画策しているようだ。学園の安全を守る者として、この事態を見捨ててはおけない。 
急に瞳から冗談の色が失せた横島を見て察したのか、エヴァンジェリンの顔から笑みが消える。 
心なしか、部屋の温度も下がったように感じられる。ベッドの脇で茶々丸が無表情におろおろしているのが、唯一微笑ましかった。 

「貴様も退魔師の端くれ…。どうだ、今なら簡単に殺せるぞ?」 

挑発するように問いかけるが、横島は静かに首を振る。 

「殺さないよ。後味悪いし、そんな悪い風には見えないし。 
 でも……こっちも金貰ってるから、このまま見過ごすわけにもいかないんだよな」 

「………フン」 

詰まらなさげに、鼻で笑う。 
エヴァンジェリンは、横島に対する興味を失った。 
口でどう取り繕うとも、所詮、コイツも他の退魔師や魔法使いどもと同じだ、と。 
……しかし、その見通しは甘い。良くも悪くも、横島が凡人並である筈がないのだ。 

「今度、何か企んでんだろ? 何やらかすつもりかしらんけど、精々、全力で邪魔してやるさ。 
 …さて、真面目な話してたら腹減っちまったな。ついでだし、何かおじやでも作ろうか?」 

「…なに?」 

「ああ、それとも、吸血鬼にゃあ血の方がいいか? 
 処女じゃないのが申し訳ないが、それでもいいってんなら、まあちょっとぐらいは…」 

「………」 

エヴァンジェリンは絶句した。この男の思考回路が全く読めない。 
先程まで思いっきり敵対する旨を話していたというのに、血を提供する?脈絡がないにも程がある。 

「…貴様、ヴァンパイアに血を吸われるというのが一体どういう事なのか、理解しているのか?」 

「や、理解してるも何も、一回吸われた事あるし。 
 あん時は俺もまだヒヨッコ……にもなってない状態だったから、そりゃもう、いっそ清々しいまで見事に支配されたけど… 
 今なら、滅茶苦茶吸われない限りは大丈夫だから」 

けろりと言ってのける横島。 
エヴァンジェリンは、我が耳を疑った。 

「一度吸われた事があるって……それでもまだ、そんな事を言ってるのか? ……学習能力がないのか?」 

「し、失礼なヤツだな…。まあ、一概に否定できないのが悲しいトコだけど。 
 つーか大体、アレって、吸う方に支配しちゃるぞコラァ! ってな気合がないとないとできないんだろ? ピートから聞いたし」 

「ピート?」 

「ん? ああ、友達っつか戦友に近いけど、まあそんな感じのヴァンパイアハーフだよ。こいつがまた美形でムカつくんだ」 

「ヴァンパイアハーフと退魔師が友人だと!? 貴様、嘘も大概に…」 

横島は、そこで初めて、少し怒ったような顔をした。 

「嘘じゃないって。 
 まあ……確かに、あんまり美形で女にモテまくりだし、その事ちょっと鼻にかけてるしで、シャクに触って… 
 とにかく嫌な野郎だとは思ってたけど、いつの間にかそんな感じになってたんだからしょうがないだろ」 

「そういう問題じゃなく……いや、もういい」 

全く論点がずれているのだが……横島は、その事に気付かない。 
そもそも横島には、人間とそれ以外、という境界線が存在しない。 
人間であろうがなかろうが、美人のねーちゃんは大好きだし、美形の優男は大嫌いだ。 
器が大きいのか、単なる馬鹿なのか…。後者である可能性が高かったりするのだが、エヴァンジェリンは、そんな横島の一面に少しだけ気付いた。 
それに……横島は、言外に、エヴァンジェリンの事を信じていると示した。お前なら、俺を無理に支配する事はないだろう、と。 
そのあまりの馬鹿さ加減、単純さに、思わず苦笑が漏れる。 

「貴様………本当に馬鹿だな。大馬鹿者だ…」 

「ぬ、ぬぅ………反論できない自分が憎いっ!」 

ぬおおっ!とおどけてみせる横島に、また笑いの衝動がこみ上げる。 
茶々丸も、無表情ながらも、どこか安心したような感じでいる。 
和やかな空気が流れる中、エヴァンジェリンは、少し頬を赤らめ、ゴホンと咳払い。 

「それでは……血を分けてもらおうか。ほら、早くしろ」 

「ん…」 

言って、上着とシャツのボタンを外し、首元をはだけさせる。 
エヴァンジェリンは、慌てたような声を上げた。 

「ば、馬鹿か! 腕を差し出せ、腕を!」 

「え、腕でもいけんの?」 

なーんだ、と、言われた通り腕まくりし、差し出す。 
横島は経験上、首から吸われるものだと思っていた。あの時は男にやられたから気持ち悪かったが、今回は気になるまい。そう思っていたのだが。 
どうせ首に唇を寄せられるのなら、もっとこう……ばいーんとした感じのお姉さんにしてもらいたかったなあと思っていた分、気落ちはない。 
そうこうしている内に、エヴァンジェリンが腕の半ば当たりにその牙を突き立てる。ちくりと微かな痛み。 
そして、ちうちうと血を吸われる感覚。献血や採血で抜かれる感覚ともまた違う、微妙な快感を感じ取り、つい口から変な声が漏れる。 

「おおっふ……」 

「へ、変な声を出すなっ!!」 

ぺちりと頭をはたかれる。いつの間にか、吸血は終わったようだ。 
小さな吸血痕が残っているが、気になる程のものでもない。 
血を吸い終えた後のエヴァンジェリンは、何やら複雑そうな顔をしていた。 

(何だ、この味は……? 確かに健康的で、栄養素が豊富な血液だったが… 
 魔力の欠片も含まれていなかった癖に、私の魔力が回復している……風邪も治ったようだ。 
 普通、余程の魔力を内包している者の血液でなければ、こうはならないのだが) 

首をひねる。 
確かに横島の血液からは魔力など感じ取れなかった。しかし、その代わりに、何か得体の知れないエネルギーを感じる。 
強力な気の遣い手の血を飲んだ時の味とも似ているが、やはりどこか違う気がする。 
それに、付け加えて言うなら、横島から魔力が全く吸い出せなかったのもおかしい。 
どんな人間であれ、魔力、そしてそれ以前の、その礎になる力は例外なく持っている筈だ。しかし横島からはそれすら感じ取れない。 
封印してあるのなら話は別だが、何故、魔法使いでもない者が、魔力の封印など施されているのか…? 
考えても答えは出ないし、本人に訊いても、答えてくれるとは思えない。今はまだ、それほど深い関係ではないのだから。 

(…まあ、理由などどうでもいい。重要なのは結果だ。確かに私は快復した。今はそれでよかろう) 

そう、自分を納得させる。 
二、三、茶々丸と言葉を交わしていたらしい横島の方を見やると、彼は丁度、エヴァンジェリンに視線を向けるところだった。 

「な、なんだ?」 

「いや、ふと疑問に思ったんだけど……なんでわざわざ調子悪い日に俺を呼んだんだ? 
 もちろん君に危害を加えるつもりはないけど、普通、もっと万全の状態で迎え入れないか?」 

「む……」 

もっともといえばもっともな横島の疑問に、エヴァンジェリンは腕を組んで眉根を寄せた。 

「…仕方あるまい。ハカセもいち学生の身分ゆえ、活動時間は放課後に限られる。 
 それに奴が妙に張り切って茶々丸を弄くり回していたから、思いの外メンテナンスに時間がかかってしまった。 
 不本意だが、私は機械方面にさほど詳しくない。作業を急かしようにも、口の出しようがなかったのだ。 
 それに明日からは色々と準備があるのでな。空いている時間といえば今日しかなかった」 

「……準備?」 

「あっ…!?」 

何気なく口に出した横島に、エヴァンジェリンはあからさまに『しまった!』という表情を浮かべた。 
そして、慌てて表情を取り繕う。が、横島は既に不審気な視線をエヴァンジェリンに送っている。 
エヴァンジェリンは内心舌打ちした。全てこの熱のせいだ。思考が上手くまとまらない。 
うっかり余計な事を口に出してしまったのも、それを指摘され過剰に反応してしまった事も、何故か横島に奇妙な親近感を感じている事も全て、熱のせいなのだ。 
そう決め付けるエヴァンジェリンだったが……今さっき横島の血を飲み、熱も収まった事を、彼女はすっかり忘れていた。 

「な、何でもない! 忘れろ! ただちに忘れろ!」 

「や、明らかに何でもあるだろ。つーか準備って、何かよっぽど大掛かりな事でも企んで…」 

「忘れろと言っただろ!! それとも何か! この私の拳で、自分が誰であったかも忘れさせてやろうかっ!?」 

拳を振り上げ、がーっ!!と気炎を上げるエヴァンジェリン。 
横島は、おお恐い、と頭を手で庇うようにおどけてみせると、すっと立ち上がった。 

「分かった分かった。今のは聞かなかった事にしとくよ。 
 ……ま、これで用事は終わったし、そろそろ失礼させてもらうとするか。 
 今度、何をするのか知らんが……あんまし無茶な事はやらかさないでくれよ? 
 できれば、あんま働きたくないんだよな。是非ともサボらせてやってくれ」 

「戯言をぬかすな。帰るのならさっさと帰れっ」 

はいはい、と肩をすくめてみせると、エヴァンジェリンに背を向ける。 

「――闇だ」 

「え?」 

何か言った?と振り返る。 
エヴァンジェリンは、ベッドの上であぐらを掻き、そっぽを向いていた。 

「『無明の闇にゴスペルは鳴り響く』。覚えておけ」 

「……? なんのこっちゃ分からんけど……まあ、うん。忘れるまでは覚えとくよ」 

こういう謎かけは大の苦手なのだが、エヴァンジェリンが洩らした事だ。何か意味があるのだろう。 
頭の隅に書き留めておくと、今度こそ退室する。 

「ほんじゃ、茶々丸ちゃんもエヴァちゃんも、また今度な」 

「はい、また」 

腰を折る茶々丸の隣で、さり気なくちゃん付けされたエヴァンジェリンは固まった。 
はっと我に返ると、憮然として腕組みする。 

「こ、この私に対してちゃん付けだと!? ど、どこまで私を嘗めているのだ、ヤツは! 
 馴れ馴れしいにも程がある…! 大体、そういうのはもっと段階を踏んでから……って何を言ってるんだ私はぁーーっ!!」 

「………」 

何やら苛ついている様子のエヴァンジェリン。 
ええい!とボスンボスン音を立ててクッションを殴りつけている主から、茶々丸はそっと離れた。触らぬ神に祟りなし。 




外に出ると、辺りはもう薄暗い。 
歩いて帰んのめんどくせぇなあ、と軽く溜息をつくと、後ろを振り返る。 
持ち主の趣味を反映したかのような、可愛らしい造りのログハウス。もう一つ、溜息が漏れた。 

「やりにくいね、どーも」 

深入りしすぎてしまった。 
相手は悪い存在ではなかった。決して善良とは言えないが、横島にしてみれば、年相応の可愛らしい一面を持ち合わせた少女に見える。 
もう知り合いと言っていい関係だろう。しかし、死力を尽くして、とはではいかないが、やがて戦う日が訪れる。 
ふと、学園長の言葉を思い出した。この件を任されているのは、何も横島だけではない。 
もう一人の担当者、名前はロクに聞いていなかったが、この前茶々丸を襲撃した、あの子供魔法使いに相違あるまい。 
あの時は思いとどまってくれたが、今度はそうはいかないだろう。幼いながらも、瞳には確かな決意を灯していた。 
彼女らにも、あの少年にも怪我して欲しくない。しかし、人に仇なす行為を見逃すわけにもいかない。どうにも、落としどころが見当たらない。 

横島は、やれやれと肩をすくめた。 

「どーせまた、俺が貧乏くじ引かされる事になるんだろなあ……」 

世の中って理不尽だ!と愚痴りながらも、何故か軽い笑みが浮かぶ。 
帰りの足取りは、存外に軽かった。 

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