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ファントム・ブラッド(8) 決戦へ 投稿者:毒虫 投稿日:06/24-23:43 No.792



起床してカーテンを開けると、空に月が透けて見えた。まだ満ちていない。 
吸血鬼のエヴァンジェリンが何か行動を起こすのだから、まあ次の満月だろうと当たりをつけているわけだ。 
近い内に……とは言っていたが、暗号じみたヒントを寄越すぐらいなら、いっそ答えを教えて欲しかった。 
いつになるか不明なので、手遅れにならない内に、横島は横島なりに、ない知恵絞って考えた。 
彼女の具体的な目的は定かでないが、それがもしロクでもない事なら、エヴァンジェリンを止める。その後にはお仕置きだ。 
そして、自分と同じくエヴァンジェリンを阻止しようとしている子供魔法使い。目的は同じだが……果たして、向こうはそう思っているかどうか。 
この前、それとなく自分は味方側だとアピールしたつもりでいるのだが、その言をどこまで信じてくれているかは怪しいものだ。 
まあ……特に、信じてくれなくても支障はない。何せ横島は、 

(どちらにもつく気はない……) 

からである。 
エヴァンジェリンのしようとしている事が、横島の立場的に看過できないような事なら、阻止してみせる。 
子供魔法使い達が、彼女をただ吸血鬼として退治するつもりならば、そちらも止める。 
最初は様子見から入るつもりだが、成り行き如何では、三つ巴の戦いに発展するだろう。 
どうしても横島自身が貧乏くじを引く事になる。が、それもまあいつもの事だろう。運命と思って諦める。 

しかし、この案には問題があった。 
エヴァンジェリン、子供魔法使い、両陣営合わせて、最低でも4人。 
状況によっては、これらを一手に立ち回らねばならない事にもなろう。しかし、現段階でそれが可能か。首をかしげざるをえない。 
実際、使える武器はモップと雑巾ぐらいだ。他にも、パチンコ玉や裁縫針など、小道具はいくらかあるが…… 
やりすぎると命の危険や、後遺症の心配がある。手加減できつつ、相手に通用する武器といえば、数も限られる。 
しかし、あの4人が自分をほったらかしにして全力で戦いを始めてしまえば、この2つの得物だけでは少々心許ない。 
どうしたって、霊力の行使や、文珠が必要なのだ。相手に怪我をさせる事もなく鎮圧するのは、やはり難しい。 
が、特に文珠なんて代物は、こちらの世界では存在すら確認できていない、超貴重品。 
そんなモノを持ってい、かつ製造できると知られれば、どんな目に遭うか知れたものではない。 
ゆえに、どうしても使うなら、誰がどのようにして使ったかを分からぬようにする必要がある。 
即ちそれは変装だが、今の清掃員の変装のままでは、何の意味もない。既に身許は割れているようなものだ。 
ならば、新たなる聖衣(クロス)を用意せねばなるまい……。 

「さて……と」 

昨日、帰りに買い込んでおいた材料をおもむろに卓上にぶちまける。 
その一つ一つを手にとって吟味し、満足気に頷いた。準備に抜かりはない。 
あとは、これらに然るべき処置を施し、自らの手で、最高の戦闘服を作り上げるのみ。 
一応、時期の予想はしてあるものの、それが当たるとは限らない。なるたけ早めに完成させておくべきだろう。 
闇がどうのこうの言っていたので、夜の巡回は特に気をつけなければならない。夜なべして作るのは却下だ。 
となればいっそ、昼までは仕事をサボり、作業に集中する事に決めた。 

学校をサボった時のような、奇妙な罪悪感を感じつつ、作業を始める。 

「この、くそっ! ……あ、あれ? おかしいな? 針に糸が通らないぞ…?」 

早速、つまづいていた。 






麻帆良学園女子中等部校舎、その屋上。 
エヴァンジェリンは、長髪を風に任せ、上機嫌に笑みを浮かべた。 

「よし、予定通り今夜、決行するぞ……。 
 フフフ、ぼーやの驚く顔が目に浮かぶわ」 

無意味に一段高い場所へ登り、ハーハッハ!と哄笑する。 
しばらくそうしていたかったのだが、従者の何か言いたげな視線に振り返る。 

「ん? どうした茶々丸。何か気になる事でもあるのか」 

「いえ……」 

茶々丸にしては珍しく、一瞬言いよどむ。 
しかしエヴァンジェリンが目で先を促すと、流石に語り始めた。 

「その……果たして、そう簡単にいくものなのか、と」 

「…なんだ、茶々丸。貴様、まさか私の実力を疑っているのか?」 

「いえ、そういうわけではありません。ただ、不安要素が…」 

不安要素。そんなものあったか?と首をひねる。 
ネギと神楽坂明日菜が本格的に手を結んだ事なら、先日既に耳にした。 
確かに、神楽坂明日菜の、魔法障壁を軽々と打ち破ったあの謎めいた力は、少々気にかかるが…… 
しかし、完全に力を取り戻した『闇の福音』の前に、そんなものにどれほどの意味があるのか。 
そもそも、明日菜の相手は茶々丸が務める事になっている。怪我をさせても後々面倒なので、適当にあしらわせておくつもりだ。 
この前の戦いとは違い、ネギを一人で迎え撃つことになるが、相手はまだ子供の半人前魔法使い。赤子の手を捻るより容易かろう。 
なんだ、たかがこれだけの事を心配するなど、いくら慎重派の茶々丸でも……と思いかけたところで、ふと思い当たる。 

「……そうか、あの馬鹿……横島忠夫の事か」 

余計な事を思い出してしまった、と溜息が出る。 
エヴァンジェリンは、うんざりした風に茶々丸に顔を向けた。 

「確かに奴はそれなりの遣い手だろうさ。その上、未だその実力の全ては目にしていない。未知数だ。 
 しかし……余程の隠し玉でも用意していない限りは、本気を出した私の敵にはならんな。 
 魔法障壁さえ張れぬ奴の事、下手をすれば、流れ弾に当たって……という事も考えられる」 

「………」 

途端に、眉根を寄せる茶々丸。 
それを、何か面白くないものを目にしたように、エヴァンジェリンは顔をそむけた。 

「……不本意ながら、ヤツには借りがあるからな。そうならんように、一応は気をつけておく。 
 まあ……それ以前に、私が出してやったヒントに気付かず、今夜、出張って来ない可能性もあるがな。 
 いや、何しろ馬鹿なヤツだからな。きっと気付くまい。そうだ……そうに違いない」 

うむ、と納得したように頷く。 
見ると、茶々丸も、どことなく安心を瞳に浮かばせている。 
…何故か、面白くない、とエヴァンジェリンは思った。 

「……心配か、ヤツの事が。いや……それとも、ヤツと戦うのが嫌なのか?」 

「い、いえ、そんな事は…」 

ふるふると首を横に振る。茶々丸にしてはリアクションが大きい。 
…気に入らない。何が気に入らないのか自分でも分からない。それがまた神経を逆撫でする。 
フンッと鼻を鳴らすと、エヴァンジェリンは身を翻した。 

「…まあいい。私には関係のない事だしな。 
 開始まであと5時間だ。行くぞ、茶々丸」 

軽やかに跳躍する。 
見事に足を引っ掛ける。 
びたーーーん!と顔面から着地する。 

「へぶぅっ!?」 

「ああっ、マスター、鼻血が…」 

後ろでは、既に茶々丸がハンカチを持って待機していた。 






昼から出勤し、手早く清掃を済ませる。 
まっすぐマンションまでカートを走らせていると、道中、コンビニの前に人だかりが出来ているのが目に入った。 
何事かとカートを停車して目を凝らせば、まずそののぼりに気付いた。 

「停電セール……?」 

気になって近くまで行ってみると、生徒達の会話が自然と耳に入った。 
断片的に聞こえた情報を繋ぎ合わせてみると、今夜の8時から12時まで、街全体が全面的に停電するとの事らしい。 
難儀なこったと思いつつも、停電というフレーズに、どこかひっかかるものを覚える。 


     ―――『無明の闇にゴスペルは鳴り響く』――― 


「……まさか、な」 

苦笑してかぶりを振る。 
満月はまだ遠い。大体、電力供給がストップしたぐらいで、彼女に何の変化があるのか。 
吸血鬼は、満月の夜に最大の魔力を発揮する。この事から考えても、彼女が今夜行動を起こすなどとは考えられない。考えられないが… 
しかし、まだひっかかりは取れない。喉に刺さった魚の小骨のように、チクチクと存在を主張している。 
論理的に考えれば、今夜の可能性は無視するべきだ。……しかし、横島は己の勘を信じる事にした。 

(早いとこ、アレを完成させなきゃな…!) 

カートに飛び乗ると、リミッターを解除しないまでも、出力を上げる。 
予感は、確信へと変わりつつあった。 




陽が落ちた中、使い魔のオコジョのみを連れ、夜の寮を歩く。 
足下を照らすのは、懐中電灯と、頼りない月の光のみだ。街から人の灯りが消えると、こうも不便なものなのか。 
肩に乗っているカモに話しかけるように、闇を紛らわすように、声を出しているネギだったが……カモに制止され、立ち止まる。 
見ると、カモの尾はぱんぱんに膨れて直立していた。 

「どうかした? カモ君」 

『兄貴!! 何か異様な魔力を感じねーか!? 停電になった瞬間、現れやがった!!』 

「えっ……何か魔物でも来たの?」 

辺りを見回すが、ネギには、そんな気配は感じられなかった。 
しかし、こう見えてもカモはオコジョ妖精。索敵能力なら、臆病な彼の得意とするところだ。 

『分からねぇけど、かなりの大物だ……。まさか、エヴァンジェリンの奴じゃ……』 

ええっ!?と驚く兄貴分に、カモは溜息をつきたい気分だった。 
あの吸血鬼がそう簡単に更正するわけはないし、一度狙った獲物を簡単に諦めるわけもない。 
来るべき時が来たのだ。直接対峙するのは初めてだが、ネギの話しぶりからして相当強いのだろう。早速、カモの体が震える。 

「あ、あれ? あれは……」 

ふと前方に気配を懐中電灯を向ければ……何と、照らし出されたのは、全裸の女生徒だった!しかも彼女は、ネギが担任する生徒、佐々木まき絵だ。 
驚きたじろぐネギを気にも留めず、まき絵は虚ろな瞳をネギ達の方に向けたかと思うと、感情の抜け落ちた声でメッセージを告げた。 
エヴァンジェリンが勝負を申し込むから、10分後、大浴場まで来い。突然言われ、当然の如くネギは混乱する。 
どうやら、まき絵はエヴァンジェリンに血を吸われた事で、彼女の使徒になってしまっているようだ。 
その後、まき絵が去る際の人間離れした動きを見ても、それは間違いない。 
驚きと共に、ネギの胸中に本来無関係であった筈のまき絵を巻き込んだエヴァンジェリンへの怒りがこみ上げる。 
自らの油断の挙句このような事態を招いてしまった事に歯噛みするのも束の間、焦るカモから明日菜を呼ぶよう言われる。 

「う、うん、分かった!」 

勢い良く応え、携帯電話を取り出し明日菜のアドレスを呼び出そうとして……思いとどまる。 
今まで魔法がバレた成り行きで、明日菜をこちらの世界に巻き込んでしまっていたが……今回ばかりは、そうはいかない。 
これまでの事とは次元が違うのだ。何せ、敵は真祖の吸血鬼。危険極まりない相手だ。 
命の危険さえ伴う戦いに、一般人である明日菜に協力を仰いでいいものか……。 
…そんなものは最初から決まっている。答えは――― 

「――いや、そうはいかないよカモ君。ここは、僕一人で行く!」 

『え……ええ~~っ!? 何バカなこと言ってんだよ、兄貴!!』 

騒ぐカモの言葉も聞かず、パタン、と携帯を閉じる。 
この日のために用意しておいた装備を取り出すと、手際よく身に着ける。 
戦闘準備を済ますと、ネギは杖に飛び乗った。 

『ダメだって兄貴!! いくら装備を整えても、一人じゃあ奴には勝てねぇよ! 考え直せ!!』 

「ダメ!! もうアスナさんに迷惑はかけられないよ。これは僕の問題なんだ!」 

前だけを見据え、疾走する。 
説得を続けつつも、カモは既に諦めつつあった。 
ネギはこういう時に限って頑固だ。変に責任感が強く、全てを一人で解決しようとする。 
それは美点に映るかもしれないが、周囲の人間にとって、ネギに頼られないのはとても寂しい事だ。 

『魔力が復活しただけでなく、パートナーの茶々丸だっているんだぜ!! 
 それに、ひょっとしたらあの清掃員の野郎も敵かもしれねぇ! 三対一なんて、いくら兄貴でも無茶すぎるぜ!! 
 兄貴! せめて、アスナの姐さんに連絡を!! 兄貴ッ!!』 

必死に呼びかけるが……ネギの眼は、真直ぐ前を向いたまま。 

「やだ!!」 

『……えぇい、このわからず屋! もお知らねぇよ!』 

ふっと、肩から重みと温もりが消える。 
どうしようもない寂しさと心細さを感じたが、決して後ろは振り返らない。 
やるしかない。自分が一人でやるしかない。その思いだけを胸に抱えて。 

(止めてみせる……! 絶対にっ!!) 

少年は、闇夜を翔ける。

裏方稼業 ファントム・ブラッド(9) あばよ涙、よろしく勇気

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