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ファントム・ブラッド(10) 月下の決斗 投稿者:毒虫 投稿日:07/01-23:28 No.845



決闘が始められると同時に、エヴァンジェリンは飛翔した! 
奴、ヨコシマンは魔法使いではない。空に上がってしまえば、手出しできまい。 
エヴァンジェリンとしては、開始早々焦るヨコシマンの姿を嘲りたかったのだが、意外にも彼は落ち着き払ってエヴァンジェリンを観察している。 
また投石でも始めるつもりかとも一瞬思ったが、今回の舞台には、石やその他、投げられそうなものは見当たらない。 
そして、あの服の下に何か武器を隠す事も不可能だろう。対空用の術の1つや2つはあろうが、それぐらいは防いでみせる。 
何もアクションを起こさず、ただ腕組みし、直立不動のヨコシマン。不気味に思いつつも、エヴァンジェリンは始動キーを口にしてから、詠唱を始める。 

「来れ氷精(ウェニアント スピリトゥス グラキアーレス) 大気に満ちよ(エクステンダントゥル アーエーリ) 
 白夜の国の(トゥンドラーム エト) 凍土と氷河を(グラキエーム ロキー ノクティス アルバエ)」 

対地用の呪文を唱え終える。後は発動するのみだ。 
ここに至って、ようやくヨコシマンは動きを見せた。しかし、それにしたって、ただ組んでいた腕を解いただけ。 

(奴め、一体何を考えている? このままだと、すぐにでも終わるぞ!) 

ヨコシマンの考えは読めない。曲者なのか単なる馬鹿なのか判然としない彼の事だ。もしかすると、このままあっさり決まってしまうのか。 
そうはなるまい、失望させてくれるなと思いつつ、エヴァンジェリンは膨大な魔力をまとった右の手を振り下ろした! 

「こおる大地(クリュスタリザティオー テルストリス)!!」 

エヴァンジェリンの魔力が炸裂する寸前、ヨコシマンは握り拳を天にかざした! 

「ヨコシマンシィィィィィルドッ!!」 

白く輝く半球がヨコシマンの前に現れる! 
が、エヴァンジェリンの『こおる大地』が炸裂し、その半球ごとヨコシマンを氷で覆いつくしてしまう! 
まさかあれを避けないつもりだったとはな、とエヴァンジェリンは溜息をついた。 
魔法の氷に呑みこまれるその寸前、何やら無詠唱で障壁らしきものを作り出していたが…… 
あんなものでは私の攻撃は防げまい、と思っていたその矢先、氷塊の真中からエヴァンジェリンの氷が弾ける! 

「な、何だと!?」 

その中から現れたのは、傷一つないヨコシマン。 
あんな、呪文さえ伴わない障壁如きに、私の魔法が破られたのか…!と驚愕する。 
勿論ヨコシマンは、拳の中に仕込んだ『盾』の文珠を使い攻撃を凌いでいたのだが、エヴァンジェリンがそれ知る由はない。 
とにかく悔しがっている暇はない。また次の呪文を……と思ったが、ヨコシマンに動きが。 

「ヨコシマン・エアステップ!!」 

ヨコシマンは、一歩一歩宙を踏みしめ、空を駆ける! 度肝を抜かれるエヴァンジェリン。 
よくよく見れば、宙を踏みしめているかのようなヨコシマンのその足下に、輝く盾のようなものが一瞬現れては消えているのが分かる。 
ヨコシマンシールドとやらの小さいのを作り出し、それを足場にしているのだろう。 
非常識すぎる行動に目眩すら覚えるが、エヴァンジェリンは辛うじて惑わされずに反応する事ができた。 
魔力を片手に込めると、すぐそこまで迫っているヨコシマンめがけ、解き放つ! 

「氷爆(ニウィス・カースス)!!」 

爆発! 氷のつぶてと爆風がヨコシマンを襲う! 

「!! ヨコシマン・緊急回避ぃッ!!」 

無詠唱に近い魔法の発動に、シールドを張る暇も与えられず、仕方なくヨコシマンは上へ跳んだ。 
爆風は彼の体を押し上げるに留まったが、つぶてまではどうしようもなく、腕をクロスさせ、何とか耐え凌ぐ。 
エヴァンジェリンがこの絶好の機会を見逃す筈もなく… 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック…」 

すかさず始動キーを唱えると、呪文の詠唱に入る。 

「来たれ氷精(ウェニアント スピーリトゥス) 闇の精(グラキアーレス オブスクーランテース) 
 闇を従え(クム オブスクラティオーニ) 吹雪け(フレット テンペスタース) 常夜の氷雪(ニウァーリス)」 

ようやくヨコシマンが立ち直るが、もう遅い! 

「闇の吹雪(ニウィス テンペスタース オブスクランス)!!」 

「くッ……! ヨコシマンソーサーッ!!」 

必滅の威力を伴い、闇色の吹雪が、ヨコシマンを襲う! 
間一髪、掌程度の大きさの盾を生み出すヨコシマンだったが、とてもその大きさでは防ぎきれない。 
と、誰もがヨコシマンの負けを確信したその時、突然、爆発が起こった! ヨコシマンが吹っ飛ぶ! 

「なにっ!?」 

『闇の吹雪』に、そんな効果はない。 
驚くのを差し置き、冷静になって考えれば、あの爆発によって『闇の吹雪』は一瞬の間、相殺される形になってしまった事に気付く。 
爆発によって生じた瞬きにも満たぬ間に、吹っ飛ばされつつヨコシマンは『闇の吹雪』の暴風圏から抜けてしまっている。 
となると、先の爆発は、ヨコシマンが引き起こした事……あの小さな盾か! 
エヴァンジェリンは彼を仕留められなかった事に歯噛みしつつも、感心した。 
あのままでは押し負けると判断し、自らがダメージを負うのも厭わず、あんな手段で脱出するとは……。中々、普通は考え付かない事だ。 
やはりこの男、只の馬鹿ではない。そして、単なる力押しの術者とも違うようだ。そうではなくては面白くない。 
地面に叩きつけられる前に身をひねり、見事に着地したヨコシマンを見下ろし、エヴァンジェリンは愉しげに笑みを浮かべた。 



何とか無事に着地し、ヨコシマンは頭上を仰いだ。 
月の下、悠然と微笑むエヴァンジェリン。真祖の吸血鬼。 
素で対峙すれば小便ちびりそうなほど強大な魔力に、隙のない身のこなし。そして素早い呪文詠唱。 
魔力を取り戻したエヴァンジェリンは、距離を置かれてしまったら、従者なしでも充分脅威となりえる存在だった。 
悠然と空に浮かぶ真祖の吸血鬼を見上げ、ヨコシマンは密かに頬に冷や汗を伝わす。 

(強えぇー……!) 

正直、彼女がここまで戦れるとは思っていなかった。 
油断していたわけではないのに、未だ一撃を入れる事もできないとは……。これで本気を出していないのだから、たまらない。 
とにかく、手加減して戦える相手ではない事はわかった。手段構わず殺しにかかれば不可能ではないと思うが、契約に反するし、第一その気もない。 
やはり切り札を使うしかないのか、とも思うが、それはもう少しだけ先にとって置く事にする。文珠はなるたけ使いたくなかった。 
幸い、彼女に追い討ちをかけてくる気配はない。向こうもこちらの様子を見ているようだ。 
ならば、とヨコシマンは右手に霊力を集中させる! 

「ヨコシマンソォォォォォドッ!!」 

ヴン!と音を立て、ヨコシマンの右手が、手甲の付いた剣へと変わる! 
驚きに目を見開くエヴァンジェリン。それに構わず、ヨコシマンはヨコシマンソードで空を薙ぎ払った! 

「ヨコシマン・ウェーブは割愛して……ヨコシマン・斬!!」 

霊波の刃が、エヴァンジェリンめがけ、空を走る!  
しかしその軌道は単純だ。エヴァンジェリンは焦らず迷わず、障壁を展開させた。 

「氷盾(レフレクシオー)!」 

間もなく、ギン!と金属質な音を立て、刃が障壁に接触する。 
通常ならば、そのまま刃は砕ける所だが……なんと、刃は障壁もろとも爆散した! 

「馬鹿なっ!?」 

今まで、攻撃こそ手を抜いていたが、万一の事がないよう、『氷盾』だけはしっかり展開させていた筈だ。 
本気を出せば、『氷盾』の硬度を更に上げる事は可能だが……それは向こうとて同じ事だろう。攻撃に殺気がないのは、感触で分かる。 
エヴァンジェリンは、信じられないものを見るように、眼下でまだヨコシマンソードとやらを構えているヨコシマンを見やった。 

(私の『氷盾』をいとも簡単に……! 何だと言うんだ、あの出鱈目な攻撃は!? 
 そもそも、あの剣……あれは何だ? 見たところ気の刃に見えるが、気を具現化させるなどと言う話、聞いた事もないぞ。 
 となると、直前の掛け声は呪文で、実はアレは魔法なのか? ……いや、そんな筈はない。アレに魔力は感じられない。 
 やはり奴は、気を具現化させる事のできる能力者、という事になるのか?) 

もし本当にそうであるなら、実に興味深い存在だ。それでこそ、奴隷にするだけの価値もあろうというもの。 
しかし、今のところ、先程の攻撃に対処しようとするなら、『氷盾』で少しの時を稼ぐか、別の魔法で相殺するかしかない。 
飛んでかわせるほど遅い攻撃ではないし、やはり『氷盾』で動きを止め、その間に体勢を整えるのがベストか。 
だが、もしアレが連射可能な技だった場合、非常に厄介な事になる。どうすればいいものか……。 

『ヨコシマン・斬』に手をこまねくエヴァンジェリン。しかし、逆にヨコシマンは焦っていた。 

(う、嘘だろ…!? 俺の、かなり本気入った出力の霊波刀での斬撃を、いとも簡単に防いでみせやがった…! 
 いやまあ、さっきのはキャラになりきりすぎてて、ちょいと気合入れすぎてたんで、防いでくれたのはむしろ安心なんだが……。 
 つーか俺、やばくね? 2行上のセリフ、何気に死亡フラグ立てちまったっぽいぞ…? 
 ……こりゃいかんわ。今のままだと、エヴァちゃんに本気出されたら死んじまう! 『この技は使いたくなかったんだが…』とか言われたらお終いだ! 
 俺も出し惜しみしてる場合じゃねえな。一応の切り札出して、いかにも勝ちましたって雰囲気作らんと) 

そろそろ頃合だと計り、ヨコシマンはストックしてある文珠(ヨコシマン風に言うとヨコシマン・ミラクルボール)を2つほど取り出す。 
それらに『転』『移』と入力すると、それを左手に持ったまま、ただ時を待つ。 

エヴァンジェリンが攻撃を仕掛けてきたら、文珠を発動させ、彼女の背後に、文字通り転移する。 
向こうからすれば、何の準備も予備動作もなしに瞬間移動したように見えるだろう。それで少しでも隙が出来ればいいし、出来ずとも、近接戦闘に持ち込める。 
当初の予定では、もう少し相手をしておくつもりだったのだが、そうも言ってられない状況になっていた。エヴァンジェリンは、思っていた以上に強い。 
こちらから先に仕掛けてもいいのだが……とも思うが、とりあえず、ヨコシマンは機会を窺う。下手に先走っては、迎え撃たれるような気がしたのだ。 




「す、凄い……!」 

「まあ、うん……凄いっちゃあ凄いわよね。何かが致命的に間違ってる気がするけど」 

2人の戦いに魅入るネギの隣に立つのは、つい先程、カモに呼ばれて駆けつけて来た明日菜。 
明日もバイトがあるってのにネギを心配して来てみれば、もう既に自分達は蚊帳の外だった、というわけだ。 
その手にはまるで雑巾を絞るようにしてカモが握られているが、誰もそこにはあえて触れようとしない。 

『お、俺っちは、こ、こんなところで……が、げへぁ……っ!!』 

今まさに一つの生命の灯火が消えようとしている中、今まで心なしかハラハラした様子で決闘を見守っていた茶々丸が、ハッと何かに気付いた。 
声が届かないのを承知で、それでも声を張り上げる! 

「いけない、マスター! 戻って!! 予定より7分27秒も停電の復旧が早い!!」 




ライトの光を全身に浴び、エヴァンジェリンは空中で身を硬くした。こんな筈では! 
麻帆良の街にも次々と明かりが点る。思わず、ちぃっと舌打ちが飛び出す。 

「ええいっ、いい加減な仕事をしおって!」 

このままでは、魔力が維持できない。 
しかし、そんな事、未だエヴァンジェリンと麻帆良を流れる電力の因果関係を把握していないヨコシマンにとっては、知ったこっちゃない。 
隙あり!と目を輝かせると、文珠を発動させ、瞬時にエヴァンジェリンの背後に現れる! 

「っ!!」 

「勝負あった!」 

一応、形だけはヨコシマンソードを構えるが……それを首に突きつける前に、エヴァンジェリンは仰け反った! 

「きゃんっ!?」 

バシンッ!! エヴァンジェリンに、雷の如き呪力の戒めが戻る。 
魔力のほとんどを奪われ、なす術もなく落下する。 

「お、俺、何もしてないぞ!?」 

己のキャラも忘れ、あたふたと焦るヨコシマン。 
しかし、突如として力を失ったらしいエヴァンジェリンを捨て置くわけにはいかず、即座に新しく文珠を取り出すと、『飛』と発動させる! 
距離も開いていなく、すぐさま落下するエヴァンジェリンに追いつくと、小さなその身体を受け止めた。 

「ぃよっと! ……軽いな」 

「……あ、当たり前だ、バカ」 

男に抱かれるなど、随分と久し振り、いや、ひょっとして初めてだったか? 
その相手がこの馬鹿な変態なのが気に喰わないが……しかし、この暖かみ、身体全体に感じるヨコシマンの鼓動……決して悪くはない。 
まだ上手く体を動かせないが、そっと手を伸ばして、ヨコシマンの顔に巻かれたバンダナを剥ぎ取る。その下には、やはり見た顔があった。 

「あ、ちょっ! な、なにすんだ! おいっ!?」 

「………フン」 

初めて完全に露わになった素顔。思っていたより不細工ではなかったが、とりあえず鼻で笑っておく。 
ヨコシマン……横島忠夫はちょっと傷付いたような表情を浮かべたが、またそれが加虐心をそそる。 

「明日からは……あの似合わない眼鏡も外せ。素顔の方が、まだ見られるぞ…」 

「ケッ! 余計なお世話だよ」 

言葉ではそう言いつつも、優しい苦笑。 
エヴァンジェリンは、ついっと顔をそむけた。その頬は赤く上気していた。 

「……なぜ助けた?」 

「ん? んー……」 

少しの間考えると、横島は悪戯っぽく笑った。 

「可愛い女の子を助けるのは、ヒーローの務めですから」 

「んなっ……!? バ、バカか貴様は! そ、そんな格好で言われたって、全然説得力ないんだよっ!!」 

ぼかぼかと殴られるが、もう魔力も切れている。痛くはない。 
いてて!と一通り痛がってみせると、横島はポツリと呟いた。 

「ま、知らない仲じゃないしな。それに……エヴァちゃんが実は悪い子じゃないってのは、知ってるから」 

「………バ、バカが」 

優しげに微笑む横島。頬を染めつつも、その真直ぐな瞳から目を離せないエヴァンジェリン。 
そんな2人を、ただ月の光だけが照らしていた。 

裏方稼業 ファントム・ブラッド(11) 大志を抱く

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