HOME
| 書架
|
当サイトは「魔法先生ネギま!」関連の二次創作投稿サイトです。ネギま!以外の作品の二次創作も随時受け付け中!
書架
ファントム・ブラッド(12) 彼と彼女の事情 投稿者:毒虫 投稿日:07/08-23:17 No.908
アジトへ到着し、今までずっと抱きっぱなしだったエヴァンジェリンを解放する。
その際、彼女はどことなく不満げな表情をほんの一瞬だけ浮かべたが、勿論それに気付く横島ではなかった。
まあ茶でも飲んで行けと言われ、横島は素直に頷いておいた。色々と話さなければならない事もあろうと思ったのである。
…時間帯的に見てもそれは、半裸の変質者が幼女宅へ押し入った、という犯罪臭がプンプンする光景だったのだが、当人達は気付かない。
とにかく中へ入ると、2人はソファに腰を下ろした。茶々丸がいそいそと給仕の準備を始める。
しばらくもしない内に、テーブルに紅茶が置かれた。いい香りだ。横島は紅茶には詳しくないが、それでもかなり高級な葉を使っている事が分かる。
同じく出されたクッキーをぽりぽりかじりながら、横島は何度も満足気に頷いた。
「こらうまい! 茶々丸ちゃん、紅茶淹れるの上手いなぁ。流石、メイド服が似合ってるだけの事はあるよな」
「恐れ入ります」
心なしか嬉しげな茶々丸。
それが何故か、エヴァンジェリンの気に障った。
「む……。こ、この茶葉を選んだのは私だぞ?」
「あ、そうなの? エヴァちゃんもいいセンスしてるなぁ」
「そ、そうか? うん、そうか……。ま、まあ、当然の事なんだがなっ!」
えっへん!と薄い胸を張る。
しかし横島は、そんなもん見ちゃいなかった。
「このクッキーも美味いよな。どこで買って来たヤツなんだ?」
「あ、それは私が……」
「え、これ、茶々丸ちゃんが作ったの!? マジで!?」
「はい」
「茶々丸ちゃん、料理も上手いんだ……。いや、ホント美味いよコレ。店に出してもおかしくないぐらい」
「…ありがとうございます」
「いやー、やっぱ料理ができる女の子ってイイよなー!」
「…………」
困ったような顔をして俯く茶々丸。
あ、気を悪くしたかな?と横島は思ったが、付き合いの長いエヴァンジェリンには分かる。アレは、照れているのだ。
…ピキ、とエヴァンジェリンの持つティーカップの取っ手にヒビが入った。
「い、今はそんな話をしている場合ではないだろう! さあ、さっさと本題に入るぞ!」
「え? ああ、うん……」
妙に浮き足立っているエヴァンジェリン。その態度に釈然としない横島だったが、逆らうとくびり殺されそうなのでとりあえず頷く。イエスマン万歳。
ゴホン!と咳払いを一つすると、表情をシリアスモードにして、エヴァンジェリンが口を開く。
「横島忠夫。貴様には訊きたい事がいくつもある。が……まずは一つ、訊こう」
「ん? 何? 彼女ならいないぞ?」
「そ、そうなのか? それなら、私にもチャンスが……って、アホかぁーーーっ!!」
キック一閃!エヴァンジェリンのつま先が、横島のスネを抉る!
ミギャアアア!と悲鳴を上げる横島の頭をぺちんと叩く。
「どうして貴様はっ!」
ぺちっ!
「そうやって話をっ!」
ぺちん!
「ギャグ方面に持っていこうとするんだっ!!」
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち!
まるでボンゴのように、横島の頭をリズミカルに叩き続ける。
そろそろ横島の頭皮の血行が良くなって来たあたりで、茶々丸が止めに入った。
「あの、マスター。そろそろ…」
「はあ、はあ、はあ………む、そうだな、話が進まん。
…さて、話を戻すぞ。今度ふざけたら貴様、爪と指の間に竹串を突き刺して、そこから溶けた蝋を流し込むからなっ」
「ヒイィッ!?」
ガタガタ震えながら姿勢を正す。
受けたお仕置きのバリエーションの豊富さには定評のある横島だが、流石にそこまで苛烈なのは初めてだ。
お仕置きを通り越し、もはや拷問にまで達したそれを受けてまでボケようとは思えない。ここに来てようやく、横島もシリアスモードに入った。
「…では、改めて訊こう。貴様の能力、アレは何だ?」
「何……って言われてもなー。とりあえず、見た通りだとしか言えないって」
「はぐらかすな。アレは確かに魔法ではなかったが、あのような気の使い方ができるなど、今まで聞いた事もない。
気の半物質化……あるいは、それとも異なる全く未知の技術、あるいはエネルギー。違うか?」
(……ま、あんだけ派手にやりゃあ、バレるのも当然だわな)
ふう、と心中で溜息をつく。
実は最後まで、謎のヒーロー・ヨコシマンに徹して、後で何を訊かれても知らん振りを決め込むつもりだったのだが……
それもできなくなった今、どうやって切り抜けたらいいものかと頭を悩ませる。
正直に異世界から来たと言ってしまえば話は早いのだが、そう簡単に秘密を明かす事はできないし、そもそも信じてもらえるかどうか。
(いや、待てよ…?)
ふと発想を切り替え、横島は思い直した。
今のところ、横島が異邦人だという事は鶴子にしか知られていない。
しかし、長い時を生き、魔法関連の知識も豊富であろうエヴァンジェリンならば、元の世界に還る何らかの手掛かりを知らないだろうか。
何とか信じてもらえれば、長年探し求めていた手掛かりを掴めるかもしれない。そう簡単には教えてくれないだろうが…。
大きな賭けになるが、己の勘を信じるならば、エヴァンジェリンは根っからの悪人ではないと思う。恐らく大丈夫だろう。
そう心を決めると、横島は真直ぐエヴァンジェリンの目を見据えた。珍しくそこには一切の冗談も含まれていない。真摯な眼差しだ。
初めて見せる横島の真剣な瞳に、とくんとエヴァンジェリンの鼓動が跳ねる。
「ああ、確かに俺の力は、魔法でもなければ気でもない。霊力……って言うんだ。
性質は気に似てるんだが、違いはある。まず、霊力は気よりも密度も濃くて強力なんだけど、その代わり消耗も激しい。
それに、ある程度形に縛られたりする気とは違って、霊力の発現の形は千差万別、十人十色だ。
俺みたいに、盾にしたり剣にしたり、自由自在に形を操れるケースもあれば、気のように、身体や武器に宿らせなければ使えない奴もいる。
変り種で言えば、精神感応能力や、発火念動力者なんかもその類だな。とにかく、超常現象を起こせる力は、基本的に霊力と呼ばれてたよ」
「ちょ……ちょっと待て。その言い様だと、その霊力とやらの遣い手は、貴様以外にも存在するように聞こえるのだが…
長年生きて、世界中を放浪して来たが、そんな力の存在、今まで見た事も聞いた事もなかったぞ。これはいくら何でもおかしくないか?」
「そりゃあそうだろうさ。どれだけ長い時を過ごそうとも、世界の隅々まで探検しても、俺以外の能力者なんてまず見つからないと思う。
なんせ、この力……霊力を使えるのは、この世界で俺一人なんだ。多分、今のところはな」
「ま、待て、待て、待て……。少し考えさせろ」
混乱を抱えながら、エヴァンジェリンは考えをまとめる。
1、霊力を使える人間は、横島以外にも相当数存在する。
2、しかしこの世界に霊力を使える存在は横島一人だけ。
3、2の条件は今後絶対ではない。
この3つから導き出される結論は一つ。馬鹿げているが、ファンタジックだが、それぐらいしか思いつかない。
魔法に関わる者として、その言葉を口に出すのは躊躇が伴うが……
「まさか、とは思うが……貴様、自分が異世界から来た、と言いたいのか?」
「ああ」
横島の目はあくまで真剣だ。冗談を言っている様子はない。
エヴァンジェリンは、片手で頭を押さえた。
「……病院に行って来い。今ならまだ間に合うぞ」
「エヴァちゃん。悪いけど、今度ばかりは冗談じゃないんだ」
横島は本気だ。本気でそう言っている。
本当に、横島は異世界からやって来たのか……それとも、彼の気が触れているのか。
常識的に考えるならば、後者の方だろう。だが、それでは、あの常識離れした力の説明はつかない。
どちらに考えるにしろ、確たる証拠が必要なのだ。今の段階では、何とも言えない。
「……何か証拠はあるのか? 貴様が異世界から来たという証拠が。
それに、世界を渡る技術など我々では見当もつかん。一体、どうやって『こちら』に渡ってきたというんだ?」
「それなら、いっぺんに解決するよ。これを使えば……な」
横島が差し出したるは、淡く翡翠色の光を放つ、小さな玉。文珠。
どう見ても薄く光るガラス球にしか見えないそれに、エヴァンジェリンは眉をひそめた。こんなモノが、一体何の役に立つのか。
訝しむエヴァンジェリンを見、横島は少し得意気に語り出す。
「これは文珠って言って、霊力が凝縮されたモノだ。
勿論、ただの霊力の塊じゃあ終わらない。これは、文字を込めて、その力に方向性を持たせる事ができるんだ」
「文字を込める? 力に方向性? ……結局、どういう事なんだ?」
「ま、それは実際、やってみた方が早いだろ。見てな」
言って、横島は文珠をエヴァンジェリンの眼前に持って行く。
そして、特別な何かが行われる様子もなく、文珠が一層、強い光を放った。
その光に瞬きをし、次に目を開いた時には、文珠の中に『炎』の文字が浮かび上がっていた。
「…何の手品だ、これは?」
「ま、見てなって」
また発光すると、今度は『氷』の文字が浮かび上がる。
今度は『雷』、次は『爆』、次は『滅』……と、目まぐるしく明滅し、次々と文字が浮かんでは消える。
エヴァンジェリンは、目を白黒させた。
「な、何だこれは?」
横島はそれに取り合わず、脇で控えている茶々丸に目を向けた。
「悪いんだけど、お水もらえるかな? いや、水道水でいいんだけどさ」
お持ちします、と応え、一旦キッチンに消えると、茶々丸は水の入ったグラスを持って来た。
ありがとうと礼を言いながら受け取り、眉根を寄せて横島の不可解な行動を眺めているエヴァンジェリンに向き直る。
「種も仕掛けもございません、つったら一気にうそ臭くなるんだけど……」
『止』と刻まれた文珠片手に、横島はおもむろに立ち上がり、グラスを掲げると……何を思ったか、突然それを引っくり返した!
当然ながら、なみなみと注がれていた水は重力に従い落下する、と思いきや。
なんと驚くべき事に、水はまるでつららのように中空でその姿を固定していた!エヴァンジェリンは目を瞠る。
「なッ…!? ま、魔法で凍らせた……の、か?」
しかし、それでは水塊が何の支えもなく宙に浮いている事の説明がつかない。
横島に視線で許可を求めてから、エヴァンジェリンは恐る恐る水塊に触れた。
ちゃぱ。確かに水の感触。氷の固さもゲルの柔らかさもない。それは確かにただの水だった。
これは一体、どういった現象か起こっているのというのか。加速するエヴァンジェリンの疑問に、横島はあっけからかんと答える。
「文珠で『止』めたんだよ。文字通りに、な」
「なに…?」
見ると文珠は、創られた時に見せたものとはまた違う光を放っている。使用中との証だろうか。
使用者のインスピレーションを、漢字という触媒を介して実現させる。
真剣に考えるのも嫌になるほど馬鹿げた能力だと思うが、実際に見てしまったからには信じざるをえまい。
しかし、百歩譲って文珠の存在を認めるとしても、エヴァンジェリンはとりあえず眼前で起きている現象に疑問があった。
「『水の落下が貴様の能力によって止められている』と仮定して……それは何によって起こっている現象なんだ?
引力を打ち消し、水だけ無重力化に置いているのか? それとも……まさかとは思うが、時間を止めているわけではあるまいな?」
水塊の落下を止める。言葉にすれば簡単だが、地球上においては実際には絶対にありえない現象である。
これを実現させるためには、口にした2つの理由くらいしかエヴァンジェリンは思いつかなかった。
前者であるならまだ魔法でも可能かもしれないが、後者となると話は違う。
個を限定するとしても、絶えず流れ動いている時間を止めるなど、人間のなしうる業では決してない。
戦慄するエヴァンジェリンをよそに、横島はうーんと首をかしげた。
「さあ? とりあえず『止まれ』って念じただけだから、何が起こってるのかとかは俺にもサッパリ。
そーゆー理屈とか過程とかを一切合財すっ飛ばして、思った事だけを実現させるのが文珠ってもんなんだよ」
「な、何なんだそれは!? ありえない! ありえないぞ!
何か現象が起きるには、例えそれがどんなに突拍子のないものだったとしても、背景には必ず何らかの法則が働いているものだ。
それは魔法とて例外ではない。どれだけ不可思議な事象に見えても、そこには一定の法則性がある。
『思った事を実現させる能力』など、そんな出鱈目なもの現実に存在するわけが……いや、待てよ。もしや……」
エヴァンジェリンは、とんでもない事に気付いた。
この世界に起きる現象は、全てこの世界の法則に従って起きている。
これを前提に考えれば、横島の言うような能力など存在できるわけはない。
しかし……この前提そのものを崩せるとしたら?
文珠という異能。それが、『世界を書き換える能力』なのだとしたら?
「ま、まさか……な」
エヴァンジェリンはかぶりを振った。考えすぎだ。そんな滅茶苦茶な能力、一個人が持てるものではない。
いかに博識を誇る己とて、この世界の理全てを網羅しているわけではない。きっと横島の異能も、自分の知らない法則に縛られているのだろう。
そう考えないと、己を保てそうになかった。
顔面を蒼白にして何か考え込んでいるエヴァンジェリンに、横島はふうと溜息をついた。
これだけの事を見せても、まだ納得してもらえないかと思ったのである。
『止』の文珠を解除し、上手い事グラスで水塊をキャッチしてから、横島はまた話を振った。
「まだ納得いかないか? なら……そうだ、さっきの戦いの最後、俺ってば突然エヴァちゃんの背後に現れたろ?」
「ああ、それだ。それも訊きたい事の一つだった。
空間転移……というより、もはやアレは瞬間移動と呼んだ方が正しかろう。
しかし、魔方陣もなしに、呪文すら唱えず、あのタイミングで瞬間移動が可能だったとはどうしても思えない。
……まさかそれも、そのちっぽけなガラス玉のお陰だと言うのか?」
「大当たり。文珠は一つで使う事が多いんだけど、熟語的な意味を持たせて連結させる事もできる。
あの時は、2つ使って『転』『移』したってわけだ。そうでもしなけりゃ、魔法使いじゃあるまいし、空間転移なんてできないって」
「本当……なのか」
「実際、それ以外に説明つかないだろ?
どうしても納得できなけりゃ、ここでまたあの時の再現をしてもいいんだが……それだけのために使うってのも、なあ?」
「むう……。なら、世界を渡ったというのも、それでなのか?」
「んー……まあ、そうなんだけど、アレは文珠が暴走しちゃって……物の弾みなんだよ。好き好んでこっちに来たわけじゃない」
「じゃあ、なぜ帰らないんだ?」
「いや、俺だって色々試行錯誤して、帰ろうと試みたさ。
でも、空間転移みたいな使い方はどうしてもイメージが大切で……。世界を飛び越えるってのが、どうも上手くイメージできないみたいなんだ」
「こっちの世界に来てから、どれぐらい経つ?」
「かれこれ7年っところところかな。
これだけ時も経てば、もうこっちに骨を埋める覚悟もできてくるってもんだ」
「そうか……。な、ならいいんだ、うん」
「? 何がよかったんだ?」
「な、何でもない! 忘れろっ!」
「……?」
「と、とにかくっ! 貴様の話は理解できた。信じがたい事ではあるが……まあ、今回だけは信じてやるさ。特別だからな?」
「ん、ああ……まあ、ありがとさん」
何が特別なんだ?と思いつつも、まあとりあえず頷いておく。
信じてくれたのは僥倖だったが、どうも、世界を渡る技術に関しては、流石のエヴァンジェリンも知らないようだ。
その点の収穫はゼロだが、鶴子以外に強力な味方ができたと思えばいい。まだ味方かどうかは判然としないが、そう思っておく。
これで、エヴァンジェリンの質問には答えた。
次は、横島が質問する番だ。
「……で、エヴァちゃんはまたどーして、あのボウズを目の敵にしてたんだ?」
「む……。本来、軽々しく話せるような事ではないのだが……私だけ喋らないというわけにもいかんか」
サウザンドマスターにやられた事から、今に至るまで、掻い摘んで話す。
その際、昔、エヴァンジェリンがサウザンドマスターに抱いていた淡い想いに関しては一言も触れられなかったが、この場に気付く者はいない。
一通りの事情を聞き終え、横島はまた紅茶で喉を潤した。
「登校地獄の呪い、ねぇ…。
しっかし、一生学生気分でいられるんなら、むしろ天国じゃね? 俺なんてもう、正直、働きたくないんだけど」
「気安く言ってくれるな……。
100年以上生きているこの私が、『闇の福音』とまで謳われた最強の魔法使いが、延々と中学生をやらされるんだぞ? それも強制的に。
魔法もロクに使えないわ、ちょっとした知り合いが出来ても中学を卒業する頃には私の事を忘れているわで、もう散々だ。
一生学生気分といえば聞こえはいいが、それは即ち、一生同じ時の繰り返し……退屈な牢獄だ。実際、たまったものじゃないさ」
「そんなもんかねー……」
まあ確かに、昨日まで友達だった奴らが、今日には自分の事を忘れているとなると、ぞっとしないな……とは思う。
エヴァちゃんも何だかんだ言って苦労して来てんだなぁ……と思いつつ、横島には一つ、思い当たる事があった。
(話だけ聞いてると、世界最強の魔法使いがかけた呪いだけあって、相当強力そうだけど……
『登校地獄』って名前もはっきりしてるんだし、ひょっとして文珠でどうにかなるんじゃ?)
『解』『呪』だけでは無理なものも、『登』『校』『地』『獄』『解』『呪』なら、解けそうな感じだ。
というか、6つも文珠を連結させても解けない呪いなど存在しないだろう。
横島としても、難儀しているエヴァンジェリンの事を思えば、この場で呪いを解いてやりたかったが…
(呪いを解いたところで、この街を出てかれちゃあ困るらしいしなぁ……)
前に学園長から聞いた。エヴァンジェリンなくしてはこの麻帆良を囲う結界の維持は難しい、と。
青山から正式に派遣されている身としては、あまり勝手な真似は許されない。迂闊な事をして、鶴子の顔に泥を塗る事だけはしたくないのだ。
ゆえに、どうしても学園長から許可を貰わなければならない事になるが、普通に考えて、そのような許可が下りるわけはないだろう。
一応、話してみてもいいが……到底、結果は期待できない。ならば、今ここでエヴァンジェリンには話さない方がいいだろうと判断する。
ぬか喜びさせては悪いし、何よりエヴァンジェリンの悲しむ顔は見たくない。もう、それなりに情は移っているのだった。
何となくばつが悪い感じがして、横島はすっと立ち上がった。
「そろそろいい時間だし、今日はこのへんでお暇するよ。
あと、結果的には俺が勝ったんだから、約束はきっちり守れよ? もし破ったら、お仕置きだからな」
「む……。まあ、仕方なかろう。約束通り、今後は学園関係者からは生き血を吸わん。
……し、しかし、やはり輸血パックというものは味気がなくてだな、その、何と言うか、たまには新鮮な血液が欲しいというのか…
貴様の言う通りに我慢するのだから、ああ、ええと……せ、責任を取って、たまには貴様の血を吸わせろ! い、いいなっ!?」
顔を赤くしながら、ビシッ!と横島を指差す。
特に何を気負うでもなく、横島は軽~く頷いた。
「ん、わかった。次の日の仕事に差し支えないぐらいで頼むわ」
本人の了承を得て、横島から見えないところで小さくガッツポーズ。
実は、次回からは首筋から血を吸おうと思っているのは内緒だ。
「そんじゃ、もう行くよ。
またな、エヴァちゃん。茶々丸ちゃん、紅茶とケーキ美味しかったよ。ありがとな」
「いえ…」
最後に茶々丸に微笑みかけると、横島は扉を閉めた。
完全に足音が聞こえなくなった頃、エヴァンジェリンはぎりりと歯を噛み鳴らす。
「ヤ、ヤツめ、わざとなのか? わざと茶々丸を贔屓してるのか!?
ああっ、何故だか知らんが苛々するっ!! 何なんだこの胸のモヤモヤはぁぁっ!!」
「……………」
きいぃーっ!と、力一杯、クッションをボスンボスン殴るエヴァンジェリン。
横島が去った後も、扉の方を見詰めてぼうっと立ち尽くしている茶々丸。
決戦の日の夜は、こうして更けていった。
―――エヴァンジェリン宅からの帰り道。
「…でアンタ、名前は?」
「性技のヒーロー、人呼んでヨコシマンッ!!」
「……職業は?」
「主に18歳から35歳くらいまでの美女・美少女の安全をこっそり影から見守る事などを生業としているッ!!」
「………年齢」
「永遠の17歳だッ!!」
「…………住所は」
「遥か虹の向こう、ニライカナイ! ヨコシマ星でもよしッ!!」
「……………とりあえず、署の方まで…」
「な、何故ッ!?」
半裸覆面の格好をしたまま、心底驚くヨコシマン。国家権力の走狗めがーッ!と叫びながら引きずられていく。
彼がパトロール中の警官から職質され、署の方でみっちり取調べを喰らったのは、まあ当然の帰結だったのかもしれない。
HOME
| 書架top
|
Copyright (C) 2006 投稿図書, All rights reserved.