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『彼』を追え!(1) 嗚呼、麗しき友情よ 投稿者:毒虫 投稿日:07/15-22:59 No.921



教壇では、中年の男性教師が古典の授業を進めている。 
それを視界に入れながらも意識的に見る事はせず、大河内アキラは虚空を眺めていた。 
全く授業に身が入らない。普段から特別勉強熱心というわけではないが、今日は流石に酷いと自分でも思う。 
原因は判っている。昨日の事だ。大浴場で過ごした、空白の一時。教員からはガス漏れ事故と説明されたが、それがどうしても納得できなかった。 

もう何度目になるか分からないが、昨夜の事を思い返す。 
まず、意識を取り戻して最初に目に映ったのは、心配げなネギの顔だった。何故大浴場にネギ先生が、と不思議に思ったのを覚えている。 
あの時のネギは、しきりに首をひねっていた。おかしいな、誰が治してくれたんだろう、とか呟いていた気がするが、その辺の事は定かでない。 
次に辺りを見回し、一緒に入浴していた筈のまき絵と裕奈の姿が見えない事に気付いた。それをネギに問いただしても、焦ったように口ごもるだけで話にならなかった。 
その態度を不審に思っていたら、何故かネギと一緒にいた明日奈に強引に話を逸らされたのだ。 
結局、あの二人は自分達よりも具合が悪くて、先に保健室に運ばれたと聞いたのは、翌日、つまり今朝になってからだった。 
大浴場から保健室に連れて行かれ、何やら良く分からない検査を受け、何事もなく部屋に帰してもらったのだが……不自然ではないだろうか。 
学校で起こったガス中毒事故ともなれば、被害の差はどうであれ、一先ずは病院に搬送するのが一般的な対応であるように思う。 
麻帆良学園の保険医の実力が確かなのは認めるが、無論そんな事では納得できない。もしや事件の揉み消しでも図っているのだろうか? 
それに……何となく、あれはガス漏れ事故などではなかったように感じる。何かこう、もっと恐ろしいものに巻き込まれたような気がしてならない。 
意識を失う前も、取り戻した後も、ついぞガス臭など嗅いだ事はなかった。それも、疑念の膨張に拍車をかける。 

アキラは、昨夜目にした作業服らしきものを脳裏に浮かばせた。 
意識を取り戻した後、ほぼ全裸であった自分にかけられていたものだ。そのサイズは大きく、男物である事が容易に推測できる。 
普通に考えるなら、ガス管の修理をしに来た作業員が、あられもない格好をしているアキラ達を見るに見かねての事だと思われる。が。 
そもそも、ガスにやられて意識を失っている生徒を放っておいて先に修理を行う事など、まずありえないのだ。 
当時そこまで考えが回ったわけではなかったが、状況が不自然である事には気付いていたアキラは、こっそりその作業服の胸元に付いていたバッジを拝借していた。 
今も、胸のポケットに持ち歩いている。どうしても気になったのだ。黄金のモップ。その下に銘打たれた『SCS』の三文字。 
アキラが知る限りでは、そんな風変わりなモチーフを社章にしているガス会社は存在しない筈だし、SCSという名前もそうだ。 
では、ガス会社の職員の作業服ではないとすると、それは一体何なのか? そのモチーフが表す通り、清掃員のそれだとでもいうのか。 

アキラは、そのバッジの、その服の持ち主を探し出すつもりだった。ひいては、あの夜の真相を探り出すつもりであった。 
ちょっとした事故として日常の中に埋めてしまえばいい。そんな些細な事など忘れ、勉学に、部活に励めばいい。現に、亜子はそうしている。 
頭ではそう理解しているのだ。しかし、胸の奥に疼く好奇心が、どうしても言う事を聞いてくれない。 
日常の中に一滴だけ落とされた、非日常のエッセンス。それは大人達が思っている以上に、少女の若い情熱を駆り立てた。 



午前の日程が終わり、待ちに待った昼休み。 
毎日の事だのにいちいち沸き立つ教室の中、アキラはそっとある女生徒に歩み寄る。 
曰く、麻帆良のパパラッチ。曰く、歩くスクープ製造機。3-A屈指の情報通、朝倉和美その人である。 
アキラは、席を立とうとしている和美の肩にぽんと手を置いた。 

「ちょっと、話が…」 

「ん? 大河内か。何? …ここじゃ聞けない話?」 

こくり、と頷く。和美はにんまりと頬を緩めた。 
普段付き合いのない大河内アキラからの、人前では聞けない話。 
まあ、麻帆良を揺るがすスクープなどは期待できそうにないが、興味をそそる。 
只でさえ、この大河内とアキラいう少女は、人の噂話などをあまり好まない性質なのだ。そんな人間が和美に繋ぎを入れてくるなど……。 
とりあえず、あたかも談笑しているような感じでアキラを食堂まで連れ出すと、いくつか適当なパンを買い込み、端の方の席に腰を下ろした。 
密談は、適度に人気の多い所でした方がいい。知り合いなどに出くわさない限りは、誰もこちらの会話など聞いちゃいないからだ。 
どうせ、完全に2人きりになる場所を見つけるのも難しい。ならば、あえて。木の葉を隠すなら森の中、という具合だ。 

パックのカフェオレにストローを突き刺し、ちゅーっとすすると、和美は少しだけ身を乗り出した。 
心持ち小声で囁く。傍目からは、年頃の少女達の間にありがちな、密談めいた噂話に見られるだろう。 

「それで、何? タレコミ?」 

「…………」 

厭らしい笑みを作る和美には応えず、アキラは無言で胸ポケットから例のバッジを取り出し、卓上に置いた。 
見慣れないが、特にどうという事もない、ただのバッジだ。和美の眉根が寄せられる。アキラの意図が掴めない。 

「…これが、何だっての?」 

「このバッジを社章にしているガス会社、ある?」 

「………ハァ?」 

何なんだ、と思いつつ、和美はバッジを手に取り、彼女なりに改めてみた。 
初めて見るバッジだ。少なくとも、麻帆良に出入りしているガス会社のものとは違う。 
モップのモチーフを見る限り、清掃員のものに見えるが……果たして、ただの清掃員が、こんな御大層なものを胸に戴くだろうか。 
とにかく、これがガス会社に何の関係もない品であることは確かだ。和美は首を振った。 

「見た事ないバッジだけど、とりあえず、ガス会社のもんじゃないね」 

「私もそう思う」 

「ハァ!?」 

では、一体どういうつもりの質問だったのか。 
半ば詰問口調の和美に、アキラは、昨夜の顛末と、自らの考えを吐露した。 
話を聞いて、俄然、和美の眼が光を放つ。好奇心の光、情熱の炎だ。 

「確かに私も、昨日のガス漏れの事に関しては疑問を持ったし、調べを進めてたけど……やっぱ、当事者の話は違うねー。 
 ガスの臭いにも気付かなかったガス漏れ事故、それに巻き込まれた生徒の救出に現れた子供先生、そして、謎の作業員……。 
 くぅーっ! そそるっ! そそるわぁー! なんか陰謀の匂いがするのが、特に燃えるっ! スクープ臭もプンプンだしっ!」 

「…………」 

テンション上がりっ放しの和美に、アキラは少し身を引いた。 
和美の興味を引きそうな事柄を並べ、事件性の存在を匂わせ、彼女を焚き付けたのは目論見通りだ。 
作戦の成功を喜ぶべきなのだが……少し、場所を考えて欲しかった。立ち上がり、椅子に片足乗せていきり立つ和美は、あまりにも目立つ。 
躁状態が続く和美に、アキラは羞恥に頬を染めて俯くしかなかった。 



「それじゃ、早速今日から調べに入るから。結果報告は昼休み、今日と同じ場所って事で」 

「分かった」 

もうそろそろ昼休みが終わる。 
和美とアキラは、階段を上りきった所で軽く言葉を交わすと、時間を空けて教室に戻った。気分はジェームズ・ボンドだ。 
アキラは自分の席に着き、昼休みまでとは全く自分の気分が変わっている事に気付いた。今なら授業にもそれなりに集中できそうだ。 
自分よりも遙かに情報収集能力に優れている和美に事を託したという安心感もあるが、やはり、誰かに話を打ち明けた事によるものが大きい。 
本当は、昨日自分と一緒にいた、まき絵や裕奈、亜子とも話をしたかったが、彼女らは自分達がガス漏れ事故に巻き込まれたのだと信じている。 
いたずらに彼女らの不安を呼び起こすのも憚れるし、まき絵がその話を聞き、勢いづいたら、一体何をしでかすか知れたものではない。 
この件は、真相が知れても、アキラの胸に仕舞っておくべきなのだ。和美の事は不安だが、一応、記事にはしないと約束を取り付けた。 
深い付き合いがあるわけではないので、和美の事はあまり知らないが、約束した分には大丈夫だろう……と思う、人の良いアキラだが。 

「ククククク……い~いネタが入ったわぁ~」 

世の中、そんなに甘くはなかった。 






午後の授業の間、人通りの絶えた校舎の廊下をモップで磨く。一心不乱に、誠心誠意を込めて、ただ、磨く。磨きに磨く。 
ワックスをかけずともピカピカになった廊下を振り返り見て、横島は満足気に笑みを浮かべた。 
昨日まで、物騒な事――青山の仕事に比べれば児戯にも等しいが――に関わり、その事ばかり頭に考えていた。 
ただただ無心に清掃作業をしたのは随分と久し振りのようだ。本来のお役目からは外れている事だが、やはり日常の帰還には安堵を感じる。 
さあてお次はどこを磨いてやりましょうかね、と意気込みも新たに歩きかけたところ、ポケットの端末が振動し、着信を伝えた。 

「……学園長からだ」 

メールを開くと、簡潔に用件のみが述べてあった。 
明日、件の神鳴流との場を設けた。放課後、学長室に来られたし。との事だ。 
自分で持ち出した事だが、もう少し後にしてもらいたかった、と軽い溜息。 
こうして一般人のような生活を楽しめるのは、こちらの世界に来てから滅多にない事なのだ。 
青山では一年中仕事を押し付けられ、世界中を飛び回っていた。たまに帰って来ても、鶴子以外の対応はそう暖かいものではない。 
真に心が休まる時といえば、鶴子の傍か、気ままに京の街を散策している時のみ。それも、後者は常に多少の警戒が必要だった。 
ここ麻帆良に至って、横島は安穏とした毎日を喜ぶ限りだった。閑職に追いやられた感は否めないが、別にこだわるほどのものではない。 
青山を出奔した剣士。顔も名も知らないが、その気持ちは理解できる。青山は、堅苦しいのだ。あまりにも剣の追求に縛られすぎていて。 
散々世話になった恩義は勿論忘れないが、鶴子がいなければ、正直、青山に寄り付く気は起きない。 
はみ出し者同士、仲良くできりゃあいいんだがな、と思い横島は携帯をポケットに仕舞った。 

「さーて、次はどこに行こうかなっと………って、んん? あれは…」 

廊下の向こうをよろよろと覚束ない足取りで這うように歩く、薄汚れた白い小動物。 
見覚えがあった。アレは確か、子供魔法使いのペット、あるいは使い魔のイタチ(と横島は思っている)だ。 
しかし、見るからに衰弱している。今にも行き倒れになりそうだ。もしや、何者かから襲撃でも受けたのか?と歩み寄る。 

「おい、どうした? 大丈夫か? いっそ楽にしてやろうか?」 

『テ、テメェは……』 

億劫そうに横島を見上げ、見覚えのある顔に驚く。 
警戒して飛び退こうとするカモだったが、彼にその力は残されていなかった。ふらふらと2,3歩後退するのみに留まる。 
横島は、そんなカモをひょいと抱き上げた。 

「きったねーなー……」 

事情は分からずとも、このまま見過ごして野垂れ死にでもされれば寝覚めが悪い。 
力なく抵抗するカモを抑え、横島はヒーリングを行った。人間相手には気休めのようなものだが、妖精であるカモにとっては、充分な効果がある。 
淡い暖色系の光が収まった頃には、カモの全身に及んだ細かい擦り傷などは、すっかり完治していた。 

『す、すまねぇ。助かったぜ……』 

「ま、気にすんな。んで……こうまでボロボロになったってのは、何か事情があるんだろ?」 

『う……』 

言いにくそうに口ごもるカモだったが、観念して口を開く。 

『実ァ……昨日、俺っちらしくねぇヘマをやらかしちまってな…。 
 その件で、アスナの姐さんにこってり絞られ、川に投げ捨てられ、今やっと帰って来たってわけよ…。 
 ウェールズにそのオコジョありと謳われた俺っちが、たかだか14,5の娘っ子にこっ酷くやられたとあっちゃあ、いい笑い種さ……』 

笑ってくんな、と自嘲するカモだったが…… 
横島は、だくだくと涙を流しながら、カモの話に何度も何度も頷いていた。 

「解る、解るぜ、その気持ち……。俺だって、昔は女で苦労したもんさ。 
 毎日アゴで使われ、クソ重い荷物を一人で背負わされ、ちょおっと乳や尻やフトモモ触ったぐらいで半殺し……。 
 女は魔物だ。怖いもんさ。男は勝てねえ、勝てねえよな、兄弟……」 

『おお、解ってくれるかい、俺っちの、このやるせない思い! 
 アンタも相当、苦労してきてんだなぁ……。なあアンタ、名前はなんてぇんだ?』 

「横島忠夫。しがない清掃員さ。お前は?」 

『誇り高きオコジョ妖精、その名も、アルベール・カモミール。気軽にカモって呼んでくんな』 

前脚と器用に握手を交わす。 
二人の間には、すっかり、友情が芽生えていた。 

「なあカモ公よう、今から一杯呑らねえか?」 

『いいねぇ……。朝まで付き合うぜ、兄弟!』 

ガハハハハ!と、男笑い。 
結局この一人と一匹のコンビは、朝まで呑み明かしたのだった。 




「…あれ? アスナさん、カモ君知りませんか?」 

「あん? あのエロガモ、まーた何かやらかしたの?」 

「いえ、いろいろあって今まですっかり忘れてたんですけど、そういえば昨日あたりから見ないなって…」 

「………あ゛」 

「? どうしたんですか?」 

「いやぁー……なんて言うか、ご、ごめんね、うん」 

「……?」 

「まあ……どうしても探したいってんなら、川の魚をさばいたら、部分的に見つかる可能性も……」 

「……??」 

「と、とにかくっ! エヴァンジェリンの事も解決したんだし、今はそれでいいじゃない! ね? ね?」 

「……???」 

裏方稼業 『彼』を追え!(2) 青山の鎖

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