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『彼』を追え!(4) 不可侵領域 投稿者:毒虫 投稿日:07/26-23:03 No.992
「フンッッ!!」
ズダン!と、砂埃さえ舞う古菲の強烈な踏み込み。
僅か一歩で懐に飛び込むと、構えらしい構えも見せない清掃員の、その腹に肘鉄を見舞う!
それが触れたか触れないか、といったところで、清掃員は大きく後方へ吹っ飛んだ!
仕留めたか!?と歓喜する和美と、心配そうなアキラだったが、対して古菲の表情は優れない。
実際、清掃員は空中で姿勢を整えると、何事もなかったかのように着地した。ダメージは認められない。
流石に古菲は見抜いていた。彼は自ら吹き飛ぶ事で打撃の威力を殺したのだ、と。まさにそれは。
「消力(シャオリー)……ッッ!! まさか日本人で使える者がいたとは、驚きネ!」
「? しゃお……なんだって?」
戦慄する古菲だったが、清掃員は何を言ってるんだ、と首をかしげる。
そう、彼は消力と呼ばれる技術が中国武術の中にある事など、少しも知らなかったのだ。
彼にとってそれは、幾年にも及ぶ数え切れぬ戦いの中で自らが編み出した、受身の究極の一。
たとえどれだけの気を込められていようが、壁のような障害物がなければほぼ完全にその威力を殺す事ができる。
10年やそこらの修行で身につく技術ではないのだが、昔っから日常的に殴られ慣れていた彼だからこそ辿り着けた境地なのかもしれない。
ある種究極とも言える理合に、その若さで、それも全くの自力で辿り着いたという空恐ろしい事実。古菲もそれに気付き、体が震える。
(とんでもない化物アルな……! ケド、だからこそ戦り甲斐があるというものネ!!)
それは、恐怖による震えではなかった。歓喜による、期待による武者震い。
故国にいて、これほどの猛者と、これほど得体の知れない武芸者とまみえる事ができただろうか。
彼の身のこなしは、洗練されてこそいるが、決して飽くなき鍛錬の果てに得られたそれには見えない。
多少の基礎こそ積んでいるだろうが、恐らくは、数え切れない闘争の中で研鑽され続けて来た技術なのだ。
古菲には、どの流派にも似て、しかし決して同じ型は存在しない彼の構えを見て、そこに美の趣きさえ覚える。血塗れの美しさだ。
どうしても、あの服の下を見たくて仕方がない。一体、どんな肉体が隠されているのか……想像もつかない。
…いや、とかぶりを振る。今は余計な事を考えるな。純粋に闘いを愉しみ、その経験を明日への糧としろ。
「勝負アルッ!!」
全身全霊を込め、踏み込む!
裂帛の気合と共に放つは、崩拳。単純だが、古菲の得意とする技である。
この遮蔽物が見当たらない場所では、消力の使える清掃員が有利だ。古菲に勝ち目は薄い。
ならば、一度防がれてはいるが、己が最も信じられる、最も身体に染み付いた、最も鍛え込んだ技で決着をつけたい。
足場を固め関節を固定し、全運動エネルギーを、脊柱を通して気と共に拳に込める。
そして―――打つ!!
「ハッッ!!」
拳打を放つと同時に、古菲は確信した。
この突きは、自分がこれまで生きてきた中で最高の突きだ。
全てが効率よく、今の自分の力の完全をもって拳を打ち出せた。
これが届けば、一撃で相手を殺めてしまっても何の不思議もない。それほどのものだ。
その渾身の一撃が……届いた!
「んぬッ!!」
ドォン!!と重い鉄球を叩きつけたような音を発して、古菲の必殺の拳を、清掃員が受け止める!
驚くべき事に、消力ではなく、彼は掌を重ねあわせ、それで古菲の全力を受け止めていた。
清掃員の掌の皮が弾け、ピッと血飛沫が散る。だが、それだけだった。
骨も折れていなければ、肉を破壊したでもない。それは古菲とて同じ事だった。
あれだけの勢いと気の込められた攻撃、何をどうしても、どちらかの腕が破壊されるのが普通だが……
それを考えると、目に見えづらい形で清掃員が何らかの消力を行っていたのかもしれない、と古菲は考えた。
(……どちらにしろ、ワタシの負けネ)
古菲は眼を瞑った。ここまでだ。
清掃員としては、このまま投げてもいいし、拳を潰してもいいし、あるいは蹴りをくれてやってもいい。
全力の、後先を顧みない拳打を放った後の古菲の体は硬直し、回避する術もない致命的な隙を生んだ。
負けだ。完敗だ。これが決闘なら、古菲は今、死んだ。
「…?」
しかし、何をされるでもなく、古菲の拳は解放された。
どういうつもりなのか?疑問に思い、そっと目を開くと……そこには、にわかに信じがたい光景があった。
「いって! か、皮、皮が! あ、マジで痛いっ!」
清掃員が、実に痛そうに、古菲に破られた掌をぶんぶんと振っている。
おどけているのか真剣なのかは知る由もないが、古菲はぷっと吹き出してしまった。
化物じみた強さを誇った男が、涙さえ浮かべて……。それも、不思議と馬鹿にされているような感じは一切受けないのだ。
しばし道化ていた清掃員が、溜息をつき、疲れたような顔をして古菲に向き直った。
「で……コレ、どーゆー状況? とりあえず、いきなり殴りかかられるような事をした覚えはないんだけど」
「アイヤー、それは…」
言い訳しようとする古菲だったが、言葉の途中で、いつの間にか傍まで来ていたらしい和美に間に入られる。
鼻息も荒く、和美は清掃員へ詰め寄った。
「あなた、『SCS』バッジの持ち主って事で間違いないですよね?
あ、私、麻帆良新聞の朝倉です。よろしく。
それで、この前のガス漏れ事故とあなた、ひいては『SCS』という組織がどう関わっているのか、是非とも取材させて欲しいんですが!」
「え、いや、取材って言われても…」
「大丈夫! あなたの名前は訊かないし、オフレコって事で、記事では誰が喋ったのか分からないようになってますからっ」
「や、そーゆー問題じゃないんだけどなー…」
清掃員は困惑した様子で、帽子の上から頭をぼりぼりと掻いた。
和美としても、古菲をけしかけておいた直後、図々しい申し出だとは思うし、きちんと段取りも付けたかったが、仕方がない。
何せ、相手は神出鬼没の謎の男なのだ。この機会を逃せば、もう『超包子』に現れる事もなく、また探し出すのは難しくなるだろう。
そうならないように短期決戦で臨んだのであるが、最後の手段の力づく作戦が潰えた今、強引にゴリ押しするより他ない。
いざとなれば、汚い手段も用いるつもりである。財布の中身は心許ないが、買収も考慮の内だ。流石に、体を使ってどうこうなどとは考えないが。
気概充分な和美とは反対に、清掃員が首を縦に振る様子は微塵も感じられない。
「とにかく、俺はただの清掃員だし、そのガス漏れ事故とやらには何の関係もない。
このバッジも、この前どっかで落としちゃったもんでね。いや、替えがないから困ってたんだよ。拾ってくれて、どうもありがと」
有無を言わさない雰囲気で話を打ち切ろうとする清掃員だったが、これに怯む和美ではない。
和美の後ろで事の成り行きを見守っていたアキラを引っ張り出すと、どうだ見ろ!と言わんばかりに清掃員の前に差し出す。
「それ、この子を前にしても言えます?」
「…………」
「う……」
無言でじっと目を見詰めてくるアキラに、清掃員がたじろぐ。
確たる証拠はないが、状況証拠は充分出揃っている。アドバンテージはあくまでこちらにある。和美は思った。いける!
後はこのまま押して、なし崩し的に陥落させ、話を聞き出すだけだ。誘導尋問などを用いてもいいだろう。
テンション鰻登りの和美。一方、アキラは戸惑っていた。自分を介抱してくれたのは、本当にこの人なのだろうか?
これまでの態度を見れば、和美の主張が正しいように思える。一旦そうなれば、この男にも見覚えがあるようにも思えてくる。
いや……冷静に記憶を見詰め直せば、それが気のせいだという事は判る。しかし……この声。何となく、聞き覚えがあるような…。
この男の声を聞いていると、何故か胸の内に、微かな安堵のようなものが去来するのだ。不思議な事に。
見も知らぬ男に対する、不可思議な安心感……それが、どうしようもなくアキラを惑わせる。只でさえ、彼女は男性に免疫が薄い。
「あの……」
「「え?」」
また問答を始めていた2人が、おずおずと話しかけたアキラに反応する。
ちなみに、どうも先程から出番がないと思っていたら、古菲はちゃっかり『超包子』に戻って営業を続けていた。
「この前は……どうも、ありがとう」
ぺこり、と頭を下げる。
和美に言われた通りに述べた謝辞とは全く異なる、それは心からの感謝がこもった礼だった。
アキラには直感があった。自分はガス漏れ事故などではなく、もっと別の、人智を超えた何かに遭遇し、そしてこの青年に助けられたのだ、と。
そう思うと、失われたあの夜の記憶も微かに感じられる気がする。はっきりと思い出す事こそできないが、確かにそれはアキラの胸に燻っていた。
アキラの、数分前のその態度との違いに気がついたのか、清掃員は和美から身を離すと、すっとアキラに向き直った。
「ちょっと、目ぇ瞑っててくれる?」
「……?」
言われた通りに目を瞑る。
アキラは名前も知らない男の言うままに従うほど頭の足りない少女ではないが、何故かこの清掃員の言う事は素直に聞いてしまった。
対峙する2人のすぐ後ろでは、これから一体何が起こるのかと、和美が目を爛々と輝かせている。
…しばらく目を閉じたまま待っていると、一瞬、瞼の裏が明るくなった。丁度、カメラのストロボを焚いた時のように。
その光が収まると、清掃員から、もういいよ、と言われ、そっと目を開ける。
「…………」
アキラは我が目を疑った。目を開けるとすぐ、和美の異様な姿があったからである。
和美は白痴めいた自失の表情をその顔に貼り付け、自我の薄い、虚ろな瞳を空に彷徨わせている。普段の、活発な少女の面影は微塵もない。
自分が目を閉じている数秒間に、一体、和美の身に何が起こったのか。何が起これば、和美がこんな風になってしまうのか。
流石に不審に思い、思わず和美を指差して訊ねるアキラだったが、清掃員の男はただ首を振るばかりで取り合わない。
「その子の事なら大丈夫。しばらくすれば、また元に戻るよ。多少、記憶に混乱が見られるかもしれないけど……な。
それより、今は聞いて欲しい事がある。この前の、この子が言っていた事件についてだ」
清掃員の目は、あくまで真剣だ。我知らず、アキラはぐびりと生唾を飲み込んだ。
薄情かもしれないが、今だけは、和美の事などすっかり頭の外に追いやっていた。
誰にも言うなよ、と前置きしてから、清掃員は語り出す。
「君が巻き込まれた事件、確かにアレはガス漏れ事故なんかじゃなかった。
…しかし、じゃあなんだったのか? と訊いちゃいけない。調べてもいけない。
世の中には、表を歩く人間が知らない道がある。知らない方がいい道だ。
いいか、今日、ここであった事は全て忘れろ。脅迫なんかじゃなく、俺はあくまで君のためを思って言ってるんだぞ。
その子も、我に返れば、今日の事を……というか、例のガス漏れ事故に関する全ての記憶を失ってる筈だ。
君を介抱したのは俺で、その礼も言った。もう気は済んだだろ? 何度も言うが、もうこれ以上踏み込んじゃいけない。
…っと、もうそろそろ時間だ。君が聡明である事を祈ってるよ。それじゃ」
「あっ…」
言うや、清掃員は身を翻す。
別れの言葉を言う暇もなく、後ろで、あれ、私なんでここにいるんだろ?と、和美が意識を取り戻した。
しきりに首をひねって、和美は不思議そうに辺りを見回している。どうやったのか知らないが、本当に記憶を失くしているようだ。
ここで自分が声をかけたら、和美は不審に思うだろう。言いつけを破る事になる。アキラは、見送りたくなる衝動をぐっとこらえ、清掃員に背を向けた。
「あれ、大河内? …あ、そうだ。私、アンタと肉まん買いに来たんだっけ」
何で忘れてたんだろ、と和美。勝手に自分で記憶を補完しているようだ。
アキラは思う。忘れろと言われても、今回の事はずっと記憶に残り続けるだろう。
しかし、彼の言いつけは守る。誰にもこの事を洩らす気はない。墓場まで持って行くつもりだ。
楽しいが代わり映えのしない日常の中に紛れ込んだ、ちょっと危険な香りのする、非日常のカケラ。
それは取りも直さず、不思議と安心感の持てる、あの彼との思い出。アキラはそれを、そっと胸の奥底へ、説明できない感情と一緒に仕舞いこんだ。
何やら小難しい話をしていたようなので一旦席を外していたが、例の清掃員が広場から立ち去ろうとしているのを見て、古菲は屋台から飛び出した。
さっと男の行く手を阻む。驚いている男の表情を見る限り、どうも今の今まで忘れられていたらしい。流石にちょっと傷付く。
怒るのは後回しにして、古菲は無意味に拳を突き出すと見栄を切った。
「ちょと待つアルよ!」
何、急いでんだけど、と返されるが、ここでへこたれるようではバカイエローは務まらない。
「も一度、ワタシに機会(ジーフィー)をッッ!! まだ戦い足りないアルよ!!」
これほどの遣い手を逃すつもりなど、古菲にはさらさらなかった。
同じクラスの桜咲刹那、龍宮真名などは、自分よりも強いかもしれないとは思うが、しかし無手で戦り合える相手ではない。
一切の得物を持たず、ただ鍛え上げた己の肉体・技術のみを用いて、ひたすらに戦い、また己を研く。それをやりたいのだ。
それに、闘争の中で研鑽された、まるで戦鬼のようなこの男を、真っ向から武術で打ち負かしたいという大きな目標ができた。
…しかし、熱血する古菲とは対照的に、男はとても冷めていた。やる気なさげに鼻をほじくりながら、欠伸を掻きつつ適当に応える。
「あー、ムリムリ。俺ってば色々忙しいし。つか、別に戦わなきゃならん理由もないし。
…ま、そうだな。あと4,5年後ぐらいに、もっとこう、ばいーんと成長してたら、寝技オンリーで相手してやってもいいけどなー」
「ぬぬぬ……なんだかよくわからんケド、バカにされたよな気がするアル」
拳を握る古菲に、ふと清掃員は思いついたように話しかけた。
「…言うの忘れてたけど、今日あった事は、誰にも言っちゃ駄目だぞ?」
「? 誰かに言たら、困るアルか?」
不思議そうに首をかしげる古菲だったが、何やら邪推したようで、清掃員はハッと仰け反った。
「ま、まさか、これを盾に脅すつもりじゃないだろな!?」
「脅す?」
「誰にも言われたくなかたらワタシと戦うアル! とか!」
「おおっ! それはいい考えアル! さそく使わせてもらうネ!」
「し、しまったぁー!!」
何と言うか、聞いていてツッコミ要員が欲しくなる会話だった。
まさにお互いのバカさ加減を競い合うような…。題名をつけるとしたら、『バカ頂上決戦』だろうか。
これ以上話を広げたら、とても収拾がつきそうにない。清掃員は渋々といった感じで頷いた。
「わかったわかった! また今度相手してやるから、とにかく今日の事は誰にも言うなよ!?」
「謝々! 楽しみにして待てるヨ! 再見!」
言うや否や、古菲は清掃員に背を向け、駆け出した。昼休みももう終わりだ。そろそろ屋台を片付けなければ。
元気一杯に跳ね回るその背を眺め、面倒な事になったぁ……と、清掃員は溜息をついた。
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