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京洛奇譚(5) 令嬢を奪還せよ 投稿者:毒虫 投稿日:08/19-23:29 No.1133
仮契約を結ぶには、ただ単純に口づけを交わせばいいというわけではない。
口づけこそが仮契約を結ぶ手段の中でも最も簡単な方法だが、それにしたって色々と準備が必要なのだ。
話がまとまると、善は急げとばかりにカモは部屋に引っ込み、仮契約の魔方陣を用意し始めた。
その間、ネギは外の見回りに行くと出かけ、刹那と明日菜は班部屋の警護に就き、横島はとりあえずロビーで待機。
女子部屋に居座るわけにもいかず、カモの手伝いもできず、暇を持て余す形になった横島だったが……
ネギと入れ違いで入って来た女性従業員に早速目をつけた。玉砕覚悟で声をかける事にする。暇つぶしだが、引っ掛ければ儲け物である。
「そこの、メガネの似合う美しいおぜうさんっ!!」
「ッ!?」
タオル類の入った台車を押し、ロビーを通り抜けようとしていた女性従業員が、ぎくりと身を竦ませる。
声をかけられただけで大袈裟な反応に見えたが、男慣れしていないのかもしれないと横島は都合の良い判断を下した。
「遅くまで大変ですね、手伝いましょうか?」
一転、紳士的に手を差し伸べるが、反応は芳しくない。
「い、いえ、お客様のお手を煩わせる事は……。お気持ちだけ、ありがたく受け取らさせていただきますわ」
「そうですか。いや、逆に困らせてしまったかな? もしそうなら申し訳ない。
…ところで、綺麗なおぐしをしてらっしゃる。まるで、上質なシルクのようになめらかで……ああ、すいません、不躾に。
あまりにも見事なものでしたから、ついつい魅入ってしまいました」
「は、はぁ……」
戸惑っている従業員に、横島はとっておきのジョンブル・スマイルを放った!
長年を費やして遂に会得した、歯をキラリと光らせる例のアレである。
生まれ付きの2枚目ではない男が身につけるには、それこそ血の滲むような努力が必要なのだ。
それが実際に女性に効くのかどうかは、また別の話だが。
「いつもなら、こんな醜態を美しいレディの前に曝したりはしないのですが……
貴女があまりにも美しいので、つい我を失ってしまいましたよ。全く、罪な女(ひと)だ、貴女は」
「………」
女性従業員は苦笑いを返すのみだったが、それでも横島は諦めない。
ここまで行くと、この路線をやり通すしかない。寒いギャグも、突き詰めれば一種の芸風になるのだ。
「おお、天上の女神よ! 我がヴィーナスよ! 貴女は何故もそうまで美しいのか!
私の心は貴女の虜! 私は薔薇色の鎖で繋がれた愛の奴隷! 貴女が望むなら、私は何だってするだろう!」
「ほんなら、まずはウチの前から消えてもらえます?」
「まことに遺憾ながら、それは無理です。貴女の輝かしい美貌に足が竦み、一歩たりとも動けません。
いやはや、ご期待に沿えず申し訳ない。そのお詫びといっては何ですが、これから軽く夜食でもいかがです?」
「結構どすわ。あんたのクッサイ台詞で、もうウチ、おなかパンパンや」
「では、食後の一杯はいかが?」
「喉は渇いとるけど、あんたと一緒に呑むぐらいなら、ドブの水すすっとる方がなんぼかマシやね」
「では、食後にドブの水はいかが?」
ぷっと吹き出すと、従業員はひらひらと手を振った。
「あんたの話、聞いとって楽しいけど……ウチ、これから仕事どすねん。ほなな」
「ウィ、マドモアゼル。お仕事頑張って。ツァイツェン!」
何人やねん……と軽くつっこみ、従業員はカートを転がし去って行った。
横島はその後姿を見送ると、またソファに腰を下ろした。黒のミニスカに黒のニーソックス……実にイイ、と反芻する。
明日の宿もここの筈だ。また出逢う機会もあるだろう。その時には……と算段を立てていると、ふと疑問を感じた。
宿では、もう客が就寝するような時間帯だ。風呂も閉まっている。そんな頃合に、さっきの従業員は、あのタオルをどこに運んでいたのか。
それも裏口からならともかく、正面入り口からカートを押して……。いささか不自然ではないだろうか。
どうにも気になり、横島は腰を上げた。確かあの従業員は客室の方向へ行った筈だ。嫌な予感がする。
間違ったら間違ったでいいや、と軽い気持ちで後を追っていると……案の定、木乃香の属する5班の部屋の前がいやに騒がしい。
そこに刹那の姿を見て取ると、横島は慌てて駆け寄った。
「何かあったのか!?」
「お嬢様がかどわかされました! 後を追いますッ!!」
あちゃー、と天を仰ぐ。まんまとしてやられた。
飛び出す刹那の隣に明日菜を認めると、横島はその腕を掴んで制止させた。
「仮契約は?」
「う……。そ、それが、まだ…」
「んじゃ、居残りな。何とかして、場を取り繕っといてくれよ!」
言うやいなや、横島も刹那を追って駆け出す。
一瞬、明日菜も後に続こうとしたが、思いとどまる。今の自分がついていっても、足手纏いになるだけだ。
口惜しいが、ここは彼らを信じて待つしかない。そして、自分には自分の仕事がある。
「も、もるですー!!」
「…………」
まず手始めに、明日菜は切羽詰ってトイレに駆け込もうとする夕映の肩を掴んだ。
何を!?と、殺意すらこもった視線で明日菜を射抜く夕映だったが、明日菜も負けじと気合を入れてメンチを切る。
「夕映ちゃん、よく聞いて。このかは桜咲さんと遊びに外出したの。
喋るお札とか、桜咲さんがポントー振り回してた事とか、そーゆーのは一切合切、全部ひっくるめて幻覚だから。オーケイ?」
「そ、そそそんなことはどーでもいいですっ!! い、今はともかく、私におしっこをぉぉぉ!!」
明日菜の腕を振り解き、トイレのドアに手をかけるが……明日菜はフェイントを織り交ぜながら素早く前に回り、巧妙に夕映をブロックする。
夕映はもう、半泣きから全泣きへと移行しつつあった。メルトダウンまであと5秒。
「よくないのよねー、これが。とにかく、この件については口外無用。約束できる?」
4。
「や、約束でもなんでもしますからぁぁぁぁぁぁっ!!」
3。
「じゃあ悪いけど、一筆したためて……」
2。
「URYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!」
そして遂に残りカウント1秒まで達した所で、夕映の理性は崩壊した。内なる獣性の命じるままに、横殴りに明日菜を殴り飛ばす。
げに恐ろしきは生理的欲求……とさすがに反省しながら、明日菜も道を譲り渡す。
夕映はゼロコンマ1秒でトイレに駆け込み、エチケットタイム。
「……あ゛」
そして聞こえる、絶望の呟き。
もしやギリギリアウトか?と心配し、恐る恐る声をかけてみる。
「ど、どうしたの夕映ちゃん? ダム決壊?」
「………ふ、蓋上げるの、忘れてました………」
合掌。
どうやら敵は、無闇にデカイ猿のキグルミを着込んでいるらしい。
それを目撃したというネギと合流し、しばらく駆けていると、確かに特徴的なシルエットが目に入った。
風呂場の脱衣所で木乃香と明日菜を翻弄した小猿をそのまま大きくしたような後姿。間違いない。
木乃香を奪取した敵を追う……。緊迫したシーンの筈なのだが、何だかもうブチ壊しだ。気合が入らない。それが敵の狙いなのか。
「あのキグルミ、バランス悪いなぁ。よくあんなんで人一人抱えて走れるもんだ。
つーか、頭のてっぺんに飛び蹴り喰らわしたら、そのままポキッと首の骨折れるんじゃね?」
「恐らく呪術協会の呪符使いなのでしょうが……正体を隠すだけなら、もっと都合の良い格好があるはず。
皆さん、注意してください。あの大きな頭の部分に、何かとんでもない秘密兵器が隠されているのかもしれません!」
「お、恐ろしい敵ですねっ……!」
「……あれ? これ、俺がつっこまなきゃなんないの?」
微妙に緊張感に欠ける会話を交わしながら、駅に逃げ込んだ敵の後を追う。
人払いの呪符で結界が張られており、駅構内には乗客はおろか、駅員の姿さえ見かけない。
それをいい事に改札を飛び越えると、ホームに停車してあった車両に飛び乗る。敵はもう、すぐそこにあった。
「ネギ先生、横島さん! 前の車両に追い詰めますよ!!」
刹那は、いつでも抜け放てるよう夕凪を構える。
ネギも既に携帯用の杖を構え、横島も何やら背広のポケットに手を突っ込む。
敵が呪符を取り出したのは、その時だった。
「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」
それをキーワードに、呪符から水が溢れ出す!
が、それが刹那達を襲う前に、呪符は空中で弾かれたように四散した!
猿のキグルミの下で、敵の顔が驚愕に歪む。
「な……!? ウチのお札が!!」
おかしい。術返しを喰らったのならともかく、何故も突然……
と思案する暇もなく、真直ぐその顔に向かい、高速で何かが飛来する! 咄嗟に小猿を盾にし、バックステップで次の車両に移動した。
盾にした小猿は、やはり真中の腹の辺りに大穴を開け、形紙に戻り破れ散った。
カラン、と乾いた音を立て、床に転がったのは……一粒の、何の変哲もない小石。道中で拾っていたのだ。
呪符使いは慌てて扉を閉めた。その直後に、ガッガッガッガッ!!と、まるでマシンガンで狙い撃たれたような衝撃が扉に走る。
「チィッ! かつてシチリアで『ヒットマンの横ちゃん』と恐れられた俺の精密射撃を躱すとは……アンタなかなか大したモンだぜ」
今手元にある唯一の武器、指弾をことごとくかわされ、横島は舌打ちした。
気と判別つかない程度に霊力が込められた小石の速射。当たりどころによれば、人間ならば簡単に死に至る。
次は外さねえぜ、とニヒルに笑う横島だったが。
「お嬢様に当たったらどうするんですかっ!!」
「大丈夫だ。シチリアでそんなヘマをするようなヤツなら、今頃生きちゃいない」
「ノリと雰囲気だけで大法螺吹いてると痛い目見せますよっ!?」
「あ、すいませんごめんなさいホント。もうしません。許して!」
目が血走った刹那に夕凪を大上段に構えられ、横島は平身低頭しながら手に持った小石を捨てた。
有効な手だと思ったのだが、ただでさえいいとは言えないチームワークを乱してしまうようなら仕方がない。
いや、真に責められるべきはその攻撃手段ではなく、マトモな弁解もせず更にボケに走った横島の芸人根性なのだが。
そうこうしている間にも、敵はどんどん前の車両へと逃げて行く。一行は慌てて後を追ったが、電車は次の駅に到着してしまった。
「なかなかやりますな……。しかし、このかお嬢様は返しまへんえ」
そう言い残し、また猿のキグルミは走り出す。
すぐさま後を追う刹那と横島だったが、ネギは敵の捨て台詞が気になるようで、なかなかペースが上がらない。
「せ、刹那さん、一体どういう事なんですか!?
彼らの狙いはこのかさんで、親書は関係なかったんですか!? でも、それなら何故…!?」
東の勢力の一員であるネギに呪術協会の内情を話していいか、少し迷ったが……刹那は話してしまおうと決めた。
もう自分は西の人間ではない。それに、疑問を残したままではネギも思い切って戦えまい。
「実は以前より、関西呪術協会の中に、このかお嬢様を東の麻帆良学園にやってしまった事を心良く思わぬ輩がいて……
おそらく、奴らはこのかお嬢様の力を利用して呪術協会を牛耳ろうとしているのでは……」
「な、何ですかそれ~~~!?」
ちらつく陰謀の影に驚くネギに、己の見通しの甘さを悔やむ刹那。
横島は、殊更明るい声で口を挟んだ。
「ま、所詮そんなもんは絵空事だ。ここに俺達がいる限り、奴らの思い通りにはならないさ。だろ?」
「……そうですね。過ぎた事を悔やんでも仕方がない。今は、ベストを尽くしてお嬢様を救出せねば!!」
「その意気ですよ刹那さん! 大丈夫、正義は必ず勝つんです!!」
改めて気合を入れなおすと、改札を飛び越える。案の定人払いの結界が貼られており、やはり猫の子一匹見当たらない。
計画的な犯行にしては、色々とずさんだな……と思いながら走っていると、先頭の刹那が足を止めた。
京都駅ビル大階段。とあるローカル番組の企画で、ここで巨大流しそうめんが作られたのは、関西圏ではあまりに有名な話である。
それはさておき、大階段のちょうど中腹あたりに、呪符を片手にたたずむ影があった。
腰まで届く長い黒髪。光を映さぬ闇の瞳。それを覆う丸眼鏡。猿のキグルミは、脇に置かれている。
見覚えのある人物の登場にネギは驚愕し、横島は、ああやっぱり……と天を仰ぎ、顔を手で覆う。おおジーザス、なんてこった!
敵の眼鏡美人も横島の存在に気付き、僅かに片眉を上げた。
「へえ……あんた、そっち側の人間やったんか。
一仕事終わらしたら、一杯ぐらい付きおうたろかと思てたんやけど……残念やわぁ」
「そんな事言わずに。今からでも遅くないぞ? いい店知ってるんだけどなあ」
「なに敵を口説いてるんですか! ぶった斬りますよ!?」
夕凪構えて、刹那が吼える。
横島は、おお怖い……と、大袈裟に身を竦ませ、首を振った。
「そりゃ勘弁。……ちゅー事で、残念ながらデートはお流れだ。また来世、縁があったら会おうや」
「死ぬんはそっちやえ? 三枚目のお札ちゃん――」
言って、札を構える。
そうはさせじと飛び出す刹那だったが……遅かった。
「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす―――喰らいなはれ! 三枚符術・京都大文字焼き!!」
大の字に、灼熱の炎が出現する!
「しまっ―――」
まさかこう来るとは思っていなかった刹那は、突出しすぎていた。
炎に呑み込まれる!そう思った瞬間……ぐい、と強い力で引き戻され、そのまま後方に投げ飛ばされる!
「受け取れ、ボウズ!」
「よ、横島さん!?」
「えっ……う、うわっ!?」
反射的に、刹那を受け止めるネギだったが……
救出された刹那の代わりに、横島が業火の中に呑み込まれてしまう。
いくら青山で実力者と目されていた男でも、あの炎の中ではとても助かるまい…。
必死に伸ばされた刹那の手は、指先が微かに横島の袖をかすっていた。
「ぐっ……!!」
血が出るほどに唇を噛み締める刹那。
主戦力を失ってしまったのは確かに痛い。しかし何より、彼を死に追いやってしまった間抜けな自分が心底憎い。
自分では、この炎を消す事はできない。この隙に敵はまんまと逃げおおせるだろう。
守れなかった!木乃香の事も、横島の事も……!
「そ、そんな……っ!?」
ネギは、その表情を絶望に染めた。
人が命を失う瞬間を、人が人によって殺される瞬間を、初めてその目に焼き付けて……闘志は、見る影もなく消沈した。
横島には色々と世話になった。大切な事にも気付かせてくれた。父親という存在を知らずに育ったネギは、横島に微かな父性さえ感じていた。
そんな人が……目の前で、理不尽に命を奪われた。怒りよりも先に出て来た感情は、恐怖と絶望。
これが戦場なのだ。今の今まで元気に冗談を飛ばしていた戦友が、一瞬にして物言わぬ骸と成り果てる。
ネギは、心胆から恐怖した。
「並の術者では、その炎は越えられまへん……。おもろい男やったけど、まず助かる事はありえまへんな。
あとで、ウチの代わりに花でも手向けといたって。……ほな、さいなら」
判別のつかない笑みを浮かべ、眼鏡の呪符使いは背を向けた。
――と、その時。
「だああああああああッッ!!! 熱いッ!! けど熱くないッ!! 全ッ然熱くなァァいッッ!!」
やせ我慢気味の声が聞こえたかと思うと、爆風に消し飛ばされるように、あれだけ猛威を揮っていた炎が四散した!
その中心に、拳を天に突き上げて立っているのは……服までボロボロに焦げた横島だった。
お約束通り、上半身の服は焼け焦げて原形を留めなくなっているが、下半身、特に股間の辺りは綺麗に残っている。
「「横島さんっ!!」
「ン、ンなアホなッ!?」
常識外れもいいところ、まさかの出来事に、刹那とネギは歓喜の声を上げ、呪符使いは体面も忘れて、アゴが抜けるほど驚く。
奇蹟の実態は、炎に呑まれた直後に文珠で身を守り、その後高密度の霊波を全方位に向けて打ち出し、炎を消し飛ばしただけなのだが。
敵符術師は炎を喚び出しただけで、その炎には霊的・魔術的な威力はこもっていなかった。無力化させるのは、実は簡単な事だったのだ。
しかし横島は無闇に格好付け、振り返ってニヤリと男臭い笑みを2人に向けると、ビシッと敵に指を突きつけた。
「ヌルいヌルいッ! 俺を焼き殺すんなら、某宇宙恐竜でも連れて来るこったな!
さあ反撃だ! 行くぞボウズ、オデコちゃんッ!!」
「「はいっ!!」」
横島に応え、刹那は夕凪を抜いて、ネギは始動キーを唱えながら、駆ける!
迫り来る3人を前に、眼鏡の符術師もさすがに動揺を隠せない様子だった。
(ウチの炎が消された…! ちゅーか、なんやねんあのデタラメさは!?
こ、これが西洋魔術師とそのパートナーなんかぁっ!?)
思いっきり勘違いしながらも、また呪符を取り出し構える。
刹那と横島がすぐそこまで迫り、刹那の刀が振りかざされたその時に……呪符を発動させる!
「「!?」」
横島と刹那の攻撃は、突如動き出した敵の脇に置かれていた筈のキグルミに受け止められた。
熊と猿。見た目こそ間抜けそのものだが、意外に動きは俊敏で、見たところ耐久性もそれなりに高そうだ。
追撃を入れるのを忘れ、横島は思わず距離を取った。
「おおぅ、100円玉も入れてないのに動き出したぞっ!?」
「知ってると思いますが、さっき言った呪符使いの善鬼護鬼です!
間抜けなのはみてくれだけです! 気をつけて横島さん!!」
刹那がそう言い終える前に、横島は猿の放った拳を捌き、返す刀でその腹に霊力のたっぷりこもった突きを見舞った!
それに耐え切れる筈もなく、猿の腹は爆発したように大穴を開け、そのまま空気に混じるように霧散する。
あっけなく倒された式神に、敵符術師はまたも驚愕し、横島は力強くガッツポーズをとる。
「中の人などいねぇーーっ!!」
「す、すごい、横島さん…」
熊の式神に手こずっている自分とは違い、何と早い仕事だ。刹那は素直に感心した。
先程の、炎を打ち破った圧倒的な気の力といい、どうやら横島忠夫という戦士は、稀代の気の遣い手らしい。
普段は……というか、むしろ戦闘中もどこか抜けた感のある横島だが、やはり実際に戦場に立つと、その圧倒的な実力が際立つ。
これでもう少し頭も切れて真面目にやっていたのなら、今頃、青山は横島に掌握されていてもおかしくはなかっただろう。
横島は眼鏡の呪符使いに注意を払いながら、横目で刹那を確認した。まだ式神と戦っている。
刹那ほどの実力であれば、あれしきの相手、瞬殺してもおかしくはないのだが……おそらく、間合いの取り方に手間取っているのだろう。
この場面では、横島と、伏兵状態になっているネギとで本丸である呪符使いを叩くのがセオリーなのだろうが、横島には考えがあった。
何やら刹那と木乃香の間には、浅からぬ因縁があるらしい。ならば、花を持たせてやる意味でも、刹那にやらせた方が粋というものだろう。
「オデコちゃん! そのクマ公は俺に任せて、木乃香嬢を助けてやれ!」
「すみません、お願いします!!」
返事を返し、すぐさま反転して木乃香の許へ馳せる刹那。
刹那が追撃されないようその背後を確保すると、横島はニヤリと熊のキグルミに笑いかけた。
「クマちゃん楽しく遊びましょ、ってか?」
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