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京洛奇譚(6) ヨコグルイ 投稿者:毒虫 投稿日:08/23-23:00 No.1152
刹那は焦っていた。
横島から木乃香の事を託されたのはいいものの、月詠とかいうゴスロリ神鳴剣士に阻まれ、辿り着く事ができない。
そして、そのふざけた格好とは裏腹に、二刀を自在に操る月詠は強かった。いや、正確に言うなら、戦いにくかった。
格別に身体能力が優れているわけではない。捌き切れぬほどに剣筋が冴えているというわけでもない。
月詠は二刀を振るうというメリットを最大限活かし、野太刀・夕凪に不利な間合い…すなわち懐へと斬り結んで来る。そのやり口が巧いのだ。
まるで刹那の思考を先読みしているかのように、先手先手を打ってくる。刹那はそれをどうにか凌ぐので手一杯だ。攻勢に転じられない。
そうして時間を稼ぐのが目的かと思えば……
「ざ~~んが~~んけ~~ん♪」
「くッ……!」
こうして、時たま大技を放って来るから油断できない。
緩急・大小織り交ぜ、ちくちく、ちくちくと。やり方こそ地味だが、手強い事この上ない。
しかし月詠と剣を交えていて、刹那は疑問に思う事があった。恐らく、月詠の剣は妖の類を相手とするそれではない。人間相手のものだ。
それも、魔法使いなどを相手取るのではなく、その前衛である戦士を屠るための剣術……。そのように思えてならない。
無論、青山にもそうした技術はある。しかし、それは一歩間違うと邪道とされ、学ぶ者はいても、究めんとする者はいなかった。
月詠はどう贔屓目に見ても刹那と同年代だ。この歳でこれほど遣えるという事は、かなり幼い頃から修行を積んでいる筈。
幼い月詠に殺人剣を授けた人物。それは一体、何者なのか……。
(いや、今はそんな事を考えている場合じゃない)
とにかく、距離を取らなければどうにもならない。
逆を言えば、距離さえ取れれば、何とかする自信はあるのだ。中距離は、刹那が最も得意とする間合いである。
…しかし、相手もそれを察しているのか、そう簡単に引き離されてはくれない。
そして刹那自身自覚できていないが、募る焦りに、刹那の剣は鈍ってしまっていた。
熊は猿より若干手強かった。ポイントは長い爪だ。
夜風が火傷に沁みる。明日の風呂どうすっかなぁとか思いながら、横島は振り返って刹那の方を仰ぎ見た。
「…うわ、なんか新キャラ出ちゃってるし」
刹那は、ゴスロリ少女剣士と激戦を繰り広げていた。
幸い、やられるような気配はないが、劣勢である。どうやら相手は強いと言うより、巧いタイプのようだ。
この機に乗じて呪符使いは遁走を開始しているが、見るとネギが勝機を窺い、息を潜めているようだ。心配は無用だろう。
しかし、あの曲者相手にネギ一人で立ち向かわせるのも気の毒だ。やはりもう一人必要か。
そう考え、横島は階段を駆け上がって勢いをつけると、颯爽と刹那とゴスロリ剣士の間に割って入った!
「ここは俺が引き受けた! お前は先に行けいッ!!」
「くっ……! 任せました!」
月詠に悔しげな一瞥をやると、刹那は木乃香目指して階段を上って行った。
『分かった、死ぬなよ!』と言い残して行って欲しかったところだが、それだと死亡フラグ確定なので、やっぱり撤回。
自分の役目を理解していないのか、戦う相手がいればいいのか、月詠は刹那を見送り、今度は横島に構え直した。
「月詠いいます~~。ひとつ、お手柔らかにお願いしますわ~~」
「あ、こりゃご丁寧にどーも」
2人して頭を下げる。何とも間抜けだが、不幸な事にここにツッコミはいない。
ほな行きますえ、と前傾姿勢を取る月詠を手で制し、横島は焼け焦げたズボンから、まだ形を留めているベルトをしゅるりと抜いた。
自然、短パンに姿を変えたズボンがずるりとずり下がる。横島は取り繕うように咳払いした、
「…言っとくけど、露出狂なんかじゃないぞ? 勘違いしないでくれよ。
二刀流相手に素手でってのは、さすがにちょいとキツイからな」
外したベルトを、胸の前でスッと伸ばすと……驚くべき事に、ベルトはピシリと、まるで剣のように硬直した!
ほえぇ~、と感心しているらしい月詠に、自慢げな笑みを向ける。
「マスタークロス! 布じゃないけどッ!」
ひゅんひゅんと振り回す。ベルトは、時には剣のように固まり、時には鞭のようにしなった。
厄介な武器だ、と月詠は見定める。気を通わせて、ベルトの硬度に幅を持たせているのだろうが……
剣と鞭、両方の機能を持ち合わせている武器。間合いが測りにくい上に、安心して切り結ぶ事もできない。
…だからこそ燃える。強敵、難敵と死合う事こそが、月詠の生き甲斐にして最大の娯楽だった。
「ほな、行きますえ~~」
「ダヴァイッッ!!!」
月詠は吼え猛る横島に斬り込もうと、脚に気を込め、一歩踏み込んだ!
神鳴剣士の一歩は、常人のそれとは一線を画する。気による脚力の補強、それに特殊な足運びにより、ただの一足で相手の懐に飛び込めるのだ。
その勢いをもって、横島の持つベルト剣ごと斬りさかんと、刃先を滑らせ……
「ッ!?」
月詠は咄嗟に片足を前に出し、ブレーキをかけ、上半身を沈めた!
それとほぼ時を同じくして、頭上を帯状のものがかすめて行く。髪の一房が持っていかれた。
おかしい。まだギリギリ、双方の間合いまで踏み込んでいない筈だ。ベルトを一杯に伸ばしたとしても、ここまで届くわけがない。
何が起こったのか察する前に、月詠はぎくりと動きを止めた。
(――機を逸してしもたわ~)
この時。
横島の焦げた指先が、月詠の拳に絡み付いていた。
横島は、立会いが始まるやいなや、唯一の武器を投げ、その隙に月詠の懐中へ迫っていたのだ。
背骨からつま先にかけて、煮えた鉛を流し込まれたような激痛に襲われ、月詠は全く動く事ができなかった。
横島の指が押さえているのは、月詠の両掌のそれぞれわずか2箇所に過ぎない。
骨子術。人体の経路を利用するという、得体の知れぬ技。
「指搦み…」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと横島が独りごつ。指搦み、それがこの技の名前であるらしかった。
月詠の左掌はそのままに、右掌の人差し指と中指を、骨子術の理合のままに柄から剥がし取る。
そして横島は、その力を利用するべく、月詠の足を払った。面白いように、少女の体が中空で反転する。
このまま二指をへし折りながら地に叩きつけるのが本来なのだが、横島は情けをかけた。途中で指を離したのである。
それでも月詠は、体の前面から、コンクリートの地面に落下した。
衝撃。息が詰まる。視界が揺れる。意識が明滅する。
「あ……ッは」
強い。月詠は地に這いつくばったままに、歓喜に身を打ち震わせた。
何と強い敵か。先程の正統の神鳴剣士も、確かに遣えた。しかし、この男はそれとは住んでいる世界が違う。
伝統、正道、作法、礼儀、その全てを捨てた、ただ敵を打ち倒すだけの術を、この男は躊躇もなく揮う。
最後に情けをかけなければ、それこそ月詠の求めていた理想像なのだが、それだと自分は生きてはいなかったろう。
落胆はあるが、まずは感謝を贈ろう。そのお陰で、また次の機会にでも、この強者と戦えるのだ。
「これまで」
月詠が立ち上がれないと見て取るや、横島は身を翻した。
まだ齢15にも満たぬであろう少女の双眸には、確かに狂気の光が宿っていた。
負けた事を悔やむのではなく。敗者に成り下がった己への憤り、諦観、そのどちらでもなく。
月詠はただ、悦んでいた。自分をいとも簡単に打ちのめせる相手と出逢えた事を、心底から悦んでいた。
それを空気で察し、横島は怖気を覚えた。この少女は、その身の内に怪物を飼っている。あるいは、ここで殺しておくべきようにも思えた。
が、そうすると後々の処理が面倒だ。しかも、今は他にやるべき事がある。
段上を見やると、ネギと刹那が攻めあぐねているのが分かった。呪符使いが木乃香嬢を盾にでもしているのだろう。
もう一度だけ倒れている月詠を一瞥すると、横島は階段を上り始めた。
激昂した刹那が飛び出す! それに合わせ、ネギは呪文を唱えた。
狙うは眼鏡の呪符使い。刹那ほどではないが、ネギも彼女に対して憤っていた。
「風花(フランス)!! 武装解除(エクサルマティオー)!!」
「なぁ~~~~ッ!?」
突風が呪符使いを吹き飛ばし、彼女の持つ呪符、そして服までもを花吹雪と化す!
それでも諦め悪く、無事だった呪符を構えようとするが……
むにゅう!
「うむっ! やっぱし、ええ乳やぁ~~!!」
「ひいぃぃぃぃぃぃぃっっ!!?」
無駄に高い身体能力を発揮し、背後に回りこんだ横島の思うさまに胸を揉みしだかれ、つい必殺の呪符をぐしゃりと握り潰してしまう。
この好機を刹那が見逃す筈もなかった。未だ横島は呪符使いの胸にご執心だが、激憤に駆られた刹那にとって、そんな事は些細な問題だった。
呪符使いプラスアルファの真下に潜り込むと、必殺の気と共に、夕凪を全力で振るう!
「秘剣・百花繚乱!!」
「ぺぽーーーーーーーーっっ!!?」
「ミギャアアアアアアア!!!」
大階段を上り切った所まで吹っ飛ばされ、そこから更に地面をだだ滑り、呪符使いと横島はワンセットで壁に激突した!
その際、全裸の呪符使いと横島が複雑に絡み合って、とても子供には見せられない状態になってしまい……
この時点で、横島の霊力は戦う前より充実した。もはや眼福どころの騒ぎではない。あえて言うなら、触福?
まだ怒りの残る刹那とネギの眼光に射竦められ、離脱を図ろうと試みる呪符使いだったが……
「に、逃げ……あふぅっ!? そ、そんなトコ、触らんといてぇ……!
ふひゃあ!? い、息! 息が当たっとるぅ! ちょ、な、舐めるのはアカンて! シャレならん……あひぃ!?」
「ふもっ! ふもふもふもふもっ!!」
「「……………」」
ネギと刹那は互いに顔を見合わせると、こくりと頷いた。
刹那は静かに絡みもつれ合う2人の傍に立つと、無言で横島の頭に、鞘に収めた夕凪を割と本気で振り下ろす。
目も眩むような衝撃に一瞬動きを止める横島だったが……再起動したその時には、瞳に妖しい輝きが燈っていた。
「お…恐ろしいッ、俺は恐ろしい!
なにが恐ろしいかって オデコちゃん! 頭の傷口が痛くないんだ。快感に変わっているんだぜーーーーッ!!」
「~~~~~ッッ!!!」
本能的な恐怖を感じ、刹那は何度も何度も横島の頭を殴り続けた。
感触がそろそろ水っぽくなって来たあたりで、ようやくその手を止めて一息つく。横島は、もうピクリとも動かない。
それに安心している刹那の隙を突いて、呪符使いはその場から離脱した!
今頃立ち上がって来た月詠を回収すると、最後の呪符を使い、また猿の式神を出現させる。
「お、おぼえてなはれ――あ、いや、やっぱり最後のんは忘れてしもてーーーーーー!!」
間抜けな捨て台詞を残し、式神に飛び乗り、襲撃者達は月夜に消えた。
反射的に後を追おうとしたネギを、刹那が制す。
「追う必要はありません、ネギ先生。深追いは禁物です」
「は、はい。……あ、それより、このかさんは!?」
「あ、そうだ、お嬢様!!」
2人は、未だに目を覚まさない木乃香の許へ駆け寄る。
血溜りに沈んでいる横島の事を、完全にスルーしたままで。
「あー、死ぬかと思った……」
しみじみと呟くと、横島はぐびりとビールを呷った。
ホテル嵐山、古町巡名義で横島に宛がわれた部屋での事である。
あれから何とか復活した横島は、這う這うの体で旅館へ戻ると、慌しく迎え入れたカモと、こうして部屋で一杯呑っているのであった。
『その様子だと、大分苦戦したみてぇだな、横っち』
「まあな…。実際、死ぬかと思ったぜ」
最近、斬られたり蹴られたり殴られたり吹っ飛ばされたりする事がやたらと多い。まるで、美神除霊事務所で働いていた時のように。
昔を美化するような歳でもないが、やはり楽しかったあの頃に戻れたようで嬉しくない事もないかなとは思う。が、やはり体力的に厳しいものがある。
戦闘技術や霊力そのものは当時よりも大分成長したが、若さに任せた勢い、人並み外れた回復力などは徐々に衰えつつあるのだ。
煩悩以外でも霊力を安定供給できるようになったのだが、その反面、どうも何かを失ってしまったような気がする。
…まあ、今でも煩悩を高める事で霊力を回復させたりする事は充分できるのだが。
(いい加減、おどけてるのもしんどくなった、ってとこかね……)
しかし、それ以外の生き方を知らないのだから仕方がない。
物心ついてからこっち、わざと醜態を演じてみせる事でしか、横島は自己を主張できなかった。
自分はいつも2枚目の引き立て役。舞台の片隅で面白おかしく踊るピエロ。そんな風にして生きて来た……と、横島自身は思っている。
本当は自分自身が舞台の真中に立っているのに、その事に気付かない。そもそも他の人間とは舞台の見方が違うのだから、気付く筈もないのだ。
だから大人になった今でも、あの頃のように振舞う事しかできなかった。真剣な顔の作り方を忘れてしまっていた。
しかし、別に無理して道化を演じているわけでもない。長年の習慣で、それが当たり前の事に横島の基幹になっているのだ。
最近になって、それにも多少の疲れが伴うようになって来たが、それでも道化を辞めようなどとは思わない。
(…ま、俺がシリアスやってると、大概ロクな事にならんしなぁ)
心底、横島には道化が肌に馴染むのだ。
いつまで続けられるのかと思わない事もないが、とりあえず続けられる限りは道化でいたい。
横島が身を置く世界には、綺麗な事など何一つもない。だからこそ、自分のような間抜けな存在が一人ぐらいいてもいいのではないか。
下らない馬鹿をやっている事で、ほんの少しでも心が救われる人がいる限り……横島は、道化を演じ続ける。
―――ほんま、忠夫はんがいてくれはって良かったわ―――
彼女は、そう言ってくれた。
その言葉が胸にある限り、横島は迷わない。
『――っち、横っち! オイ、聞いてんのか横っち!?』
「ん、あ、ああ……悪い。何の話だっけ?」
ふと我に返ると、器用におちょこを前脚に持ったカモに詰め寄られていた。
考え事に耽るあまり、完全に外界を遮断してしまっていたようだ。
いつもと違い、何となく頼りなげな横島に、カモは大丈夫かよと溜息をついた。
『ッたく……。そんなにこっ酷くやられちまったのかよ。今日はもう寝た方がいいんじゃあねぇのか?』
「そうだな……明日の事もあるし、そうするか」
修学旅行だけあって、流石に朝は早い。あまり深酒すると仕事にも支障が出る。
何となく物足りないものを感じながらも、横島は手に持っているビールを飲み干すと、後片付けを始め……
ふと思いつく事があって、今夜は横島の部屋で寝るつもりで寝転がっていたカモに話しかける。
「そういやカモ公。お前、ボウズと嬢ちゃんの仮契約はどうしたんだよ?
俺らが戦ってる間に、なんかいろいろ準備してたんじゃなかったんか?」
『その事なんだけどよ、準備を進めてる内に、ちょいと閃いてな。
まだ構想中の段階なんだが……やっぱ、せっかく手頃な女が何十人も集まってんのに、姐さんだけってのももったいねぇだろ?
そんで、ここはひとつ、兄貴と俺っちの明るい未来のためにも、もっとスケールのデケェ事をだな……っと、これ以上は野暮ってもんか。
とりあえず今のところは考えてくれなくてもいいぜ。俺っちも、これで色々考えてるしな……。ま、明日の夜を楽しみにしといてくんな』
ククク、とタバコをふかしながら笑うカモ。
どうせ下らん事でも企んでんだろ、と当たりをつけ、横島は布団を敷いた。
「何だかよく分からんが、ま、程々にしとけよ。……んじゃ、電気消すぞー」
パチン、と蛍光灯の紐を引く。
すぐに寝息を立て始める横島の傍で、カモはいやらしい笑みを浮かべながら、頭の中で算盤を弾く。
(この旅館の周りに大規模な魔方陣を敷く。そうすりゃ、誰が誰とブチュっとやっても仮契約の成立ってわけだ。
兄貴はまぁどうとでもなるとして、何とか横っちも巻き込んじまいてぇな……。
最悪でも1人ずつブチュッといってもらうとして、そこに姐さんも加えると、3人……つまり、15万オコジョドルだ!
15万……くはー! たまんねぇぜ、マジで! 15万ありゃ、オコジョ銀座でかなり遊べるな! いや、オコジョ新宿歌舞伎町ってセンもありか!
兄貴たちがもっとハッスルすりゃあ、20万、30万と……! こりゃあ、何としてでも実現せにゃあなッ!!)
豆電球の薄暗い照明の下、カモの両目が金欲にぎらつく。
渦巻く邪念に影響されたのか、横島がうんうんうなされていた。
「う、う゛う゛う゛う゛……! ダ、ダメですってば美神さん! そこは、そんなコトするところじゃ……!
や、やめっ! は、入るわけないじゃないスかそんなもん! か、勘弁してくださいよぉぉ!!
こ、この前、黙っておキヌちゃんと出かけたのが悪かったんスか!? それなら謝りますから許して……うぎぃぃぃぃっっ!?」
(横っち、おめぇ……。
安心しな。この計画で、必ずお前に桃源郷を見せてやるぜ。待ってろよ、横っち…!)
寝ながら尻を押さえ、涙さえ流してうなされている横島を前に、カモは改めて決意を固めた。
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