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京洛奇譚(8) 絆の在り処 投稿者:毒虫 投稿日:08/30-22:52 No.1182




木乃香と奈良の街を散策していると、ネギが熱を出して旅館に運ばれたという連絡が入り、横島達も旅館に戻る事になった。 
幸い、集合時間とそう違わなかったので、結局自由時間を充分満喫して、木乃香も不満を抱いている様子はないので、それ自体はいいのだが。 
こんな時に熱を出すなんて随分とタイミングの悪い奴だと若干呆れながら戻ってみると、もうネギの熱は収まったという。 
なんだってんだ一体、と一言文句を言ってやろうと訪ねてみれば……何やら廊下でゴロゴロと転がり回っているネギを発見したのであった。 
熱で脳がやられたのか?とか思いつつ、近くにいた刹那と明日菜に話しかけてみる。ちなみに木乃香は部屋に戻っていた。 

「なあ、大丈夫なんか、あのボウズは。熱出したって聞いて戻ってみりゃ、あんな調子だし……」 

刹那と明日菜は、お互い顔を見合わせ、苦笑した。 

「とりあえず、体壊してるとかじゃないから、心配は要らないと思うけどねー……」 

「しかし、別の意味で心配ですね。あまり悩みすぎないといいのですが」 

「……なんかあったのか?」 

「まあ……あったといえば、あったんだけど」 

「こういう問題は、他人が無神経に口にしていいものではないでしょうし……」 

「?」 

さっぱり要領を得ない話に、首をかしげる。 
まあ、木乃香やそれに関する保安上の事では神経質なほどに念を入れている刹那がこの口ぶりなのだから、大層な事ではないのだろうが。 
しかしそれにしても、自分一人だけが蚊帳の外に置かれたようで、あまりいい気分はしない。 
横島が尚も問いたげな顔をしていると、明日菜が邪魔臭そうに片手を振って、言い捨てる。 

「そんなに気になるんだったら、ネギに直接訊いてみれば? 
 あたし達これから明日の準備とかあるから、それじゃね」 

言うや、ひらりと身を翻す。 
刹那もそれに続きかけたが、はたと足を止めると、振り返って頭を下げた。 

「今日一日、このかお嬢様のお傍についてくださり、ありがとうございました。 
 本来ならば私の役目なのですが、その、なんと言うか、非常にデリケートな事案に関わっていたもので……」 

「いいよいいよ。俺も結構楽しんでたし」 

そうですか……と呟くと、刹那はじっと横島の顔を見詰める。 
鼻毛でも出てたか!?と、戦々恐々とする横島だったが、刹那は少し頬を朱に染めると、またぺこりと頭を下げた。 

「それと、あの……先日はお助けいただき、どうもありがとうございました。 
 横島さんに助けていただかなかったら、あの時、おそらく私は……。本当に、ありがとうございました!」 

「あー、いや、そんな恐縮されても、逆に困るっつーか……。 
 ま、前途有望な美少女を助けるのは男の義務だからなあ。それに、5年越しの無駄に壮大な下心とかあったりするかもだし?」 

「び、びしょっ……!? な、何をいきなり!!」 

さらりと言われた褒め言葉に、刹那は顔を真っ赤に染めて言葉に詰まった。 
そのインパクトのせいで、後半に含まれた不穏当な台詞には気付けない。 
ツッコミが欲しかった横島、内心は少し気落ちしていたが、男臭く笑うと、あうあう言っている刹那の頭に、ぽんと掌を乗せる。 

「ま、そーゆー事だから、そんなに頭下げてもらわなくてもいいよ。 
 ……どーしてもお礼がしたいってんなら、4,5年後にでも払ってくれりゃいいさ。体を張って、な」 

にひひ、と下卑た笑いを浮かべる。 
一瞬ぽかんとする刹那だったが、すぐに意味を理解すると、顔を真っ赤にして俯いた。 
先程の赤面とは、その趣が全く異なる。今回のものは、純粋な怒りから来るものだ。 
夕凪を握り締める刹那の手が、ぶるぶると震える。 

「う、う……!!」 

キッと面を上げた刹那のその双眸は、白と黒とが逆転していた。神鳴流剣士のみに見られる、あの凶相である。 
その効果は、まだ幼い子供や気の弱い者にトラウマを植えつけたり、ちょっとお漏らしさせたり……などなど。 
横島は刹那に睨み据えられ、だらだら脂汗を流しながら、調子に乗りすぎた事を後悔していた。が、もう遅い。 

「ウダラ何ニヤついてんがァーーーッ!!」 

「――――ッッッ!?」 

喉元に亜音速の突きをキメられ、横島は何か面白げな絶叫も発する事なく吹っ飛んだ! 
ここまでいくと流石にお約束の範疇を超えていると思うのだが、天辺に血が昇った刹那に躊躇や情けといったものはなかった。 
吹っ飛んだ先で後頭部を思いッきりぶつけた事もあり、横島も割と真剣に生死の境をさまよっていたりするのだが…… 
そんな半死人を顧みる事もなく、刹那は肩を怒らせながらその場を去った。 
……結局、横島が意識を取り戻したのはそれから30秒後の事なので、結論から言うと彼女の判断は正しかったりするのだった。 





喉をさすりながら、廊下をとぼとぼと歩く。 
生真面目っぽいオデコちゃんにそっち方面のジョークはNGだったか、とも思うが、まあ予想外なリアクションを見れたので問題ない。 
しかし、流石の横島も、日に何度も三途の川で水遊びするのは勘弁なので、そうそう簡単にはからかえないのが残念だ。 
…それにしても、まだ喉が痛む。自分だったからよかったものの、普通の人間だったら死んでいる…… 

(……って、それじゃあ自ら『普通の人間』じゃないって認めてるみたいだよな) 

と一瞬思ってしまうが、それも間違いだ、とかぶりを振る。 
実際、横島はもう『普通の人間』どころか、『生物としてのヒト』の範疇からも、半分足を踏み外しているのだ。 
先日刹那も目にしたが、横島の身体はもはやヒトのそれではない。かと言って完全に逸脱しているわけでもなかった。 
人間と魔族の霊気構造が入り混じった横島の魂に引き摺られるように、何年もの月日をかけて、じっくりと……横島の肉体は、変貌して行った。 
それは、あるいはルシオラの遺した一つの愛の形だったのかもしれない。愛する人を護るように、彼の体を、強く、頑丈に造り変える。 
そしてその愛は、横島の魂までをも変容させた。人間の要素と魔族の要素が共存するのではなく、その境界を失くして、混じり合う。 
愛する人とひとつになりたい。それが、彼女の残滓が望んだ形だった。 

横島の中に幽かに残るルシオラの欠片は、純粋すぎる想い、何よりも横島を求める願いで構成されている。 
ゆえに、『ひとつになりたい』という願いが彼自身を侵す事になろうとも、歯止めをかけることができないのだ。 
かつての彼女らしい横島への思いやりは既になく、ただ彼女が望んでいた結果のみを追い求める。 
確かに横島の気持ちを無視するならば、それは究極の悦びだった。魂から、愛する人と完全に混じり合える。永遠に共にいられる。 
その欠片に彼女の人格が僅かでも残っていれば、そんな一方的な想いを横島に押し付けはしなかったろう。 

横島の中にあるのは、彼女の完全ではない。しかし、それでも彼女である事には変わりがない。ゆえに、横島はその想いを完全には拒めなかった。 
自分が人間で在り続けるかどうか。それはまだ決められない。だから、少し待ってもらおうと、逸る彼女の欠片に封印を施した。 
二人の融合を永遠に止める手段も存在したが、それは彼女の想いを否定する気がして、受け入れる気にはなれなかった。 
結局、今現在、横島忠夫という存在は、人間とも人外とも言い切れぬ、非常に半端なモノとなってしまっているのだった。 

しかし、人間であるかどうかなど、横島にとっては、そう深刻な問題ではない。 
寿命の関係上、惚れた女と添い遂げられるかどうか、それだけが心配事だ。 
その『添い遂げたい女性』が数人いて、しかもそれが種族入り混じっている場合はどうしたらいいもんか……と悩む事もある。 
そう考えると、実は結構大変な問題だったりするのかもなあ、とぼんやり考えていると、いつの間にか部屋の前に到着していた。 

無造作にドアを開けようとした手が、ふと止まる。気のせいではない。確かに、中に微弱な気配を感じる……。 
どうやら侵入者は気配を隠しているつもりのようで、それは男のものであるか女のものであるかも判別つかない。 
基本的にビビリ屋の横島だからこそ見抜いた気配であって、尋常の遣い手では気付きもしなかっただろう。 
緩んでいた思考を引き締め、離しかけていた手を、またドアノブにかける。空いた手は拳を作っていた。 
本来なら、文珠を駆使して中の様子を探ったり、あるいは部屋ごと爆破したいところだが、今この場では霊能を使うべきではなかろう。 

(式神除けの結界は張ってあったか? くそ、オデコちゃんに確認するの忘れてたな。迂闊な事に。 
 敵も、流石に警察を呼ばれるような真似は避けるだろうから、あまり派手なトラップは仕掛けられてない……と、思う。 
 ボウズはあの調子だし、オデコちゃんは木乃香嬢についてる。援軍はない。……覚悟決めるか) 

元より、滅多な事で死ぬ体ではない。 
霊力だと悟られない程度に全身に薄く霊波を張る。気休め程度にはなるだろう。 
そして、拳を一段と強く握り締めると………一気にドアを開いた! 
身を屈めた警戒体勢で部屋に足を踏み入れた横島の目に飛び込んで来たのは―― 

「あ、忠夫はん、帰ってきはったん?」 

「……な、何やってんスか、鶴子さん」 

横島の目に飛び込んで来たのは、鶴子がすっかりくつろいでお茶をすすっている光景だった。 
へなへなと膝から崩れ落ちる。折角ののシリアスモードだったのに、と愚痴をこぼすが、鶴子は『えらいすんまへんなあ』とお上品に笑うのみ。 
いつまでも落ち込んでいても仕方がないので、鶴子の対面に座ると、すっとお茶が差し出される。 
旅館定番の梅昆布茶をすすりながら、横島は溜息まじりに鶴子に話しかけた。 

「勝手に入んないでくださいよ……。てか、確かに鍵かけて出かけたと思ったんですけど」 

そういえば、室内に突入する際、鍵を開けた記憶はない。 
しかし、確かに出かける際、鍵をかけ、フロントに預けて来た筈だ。現に今、ポケットの中に入っている。 
首をひねる横島に、鶴子は悪戯っぽく微笑むと、袖から太目の針金を取り出した。 

「神鳴流奥義、開錠閃どすえ♪」 

「んなアホな」 

脱力気味にツッコミを入れるが、何故か鶴子はキリリと面持ちを直した。 

「開錠技術を馬鹿にしたらあきまへん。 
 昔、青山の剣士は、悪徳商人や、所業が目に余る武士を成敗する事もあったんどす。 
 でも、それは妖怪退治と一緒で、人目に触れてええ仕事やありまへん。闇に紛れて仕打ちする、ゆう形になります。 
 そこで、派手な技を使って門を破壊する事なく、密かに錠を開けて侵入する際に用いられた技が……この開錠閃なんどすえ!」 

「な、なるほど…!」 

「……まあ全部、今適当に考えたことなんどすけど」 

「なんじゃそらっ!?」 

ちら、と舌を出す鶴子。 
その仕草が彼女らしくなく可愛らしいものだったので、横島もそれ以上怒るに怒れない。 
はあ……と、横島は疲れたように溜息をついた。 

「鶴子さん、なんかキャラ変わってません?」 

「そうどすか? 
 そうなんやとしたら……きっと、忠夫はんに逢えて、嬉しくて羽目を外してしもてるんどすわ」 

「あーはいはい。そりゃ嬉しっスねー」 

なげやりにぼやく横島。鶴子は苦笑する。相変わらず、鈍感な男だ。 
できる事なら、このままずっと、こうして下らないやりとりを続けていたいが、そういうわけにもいかない。 
鶴子は咳払いして、居住まいを正した。 

「そろそろ、仕事の話でもしましょか……」 

「…そうですね」 

横島もそれに倣い、表情を真剣なものに変える。 
お茶で喉を潤すと、横島は、この2日間で起こった出来事について、話し始めた……。 




横島の報告を聞き終えた鶴子には、思うところがいくつかあった。 
呪術協会の者らしい呪符使いの事も気にかかるが、やはり一番注目したのは、謎のゴスロリ神鳴剣士だ。 
月詠という名らしいが、鶴子には覚えがない。一口に神鳴流といっても、青山がその全てを把握しているわけではないのだ。 
青山の与り知らぬところで亜流の神鳴流が生まれていたとしても、ありえない話ではない。 
しかし、神鳴流はあくまで人に仇なす存在を討つための剣。それを名乗る以上、横島達に手を出した事を看過するわけにはいかない。 
それに横島の印象だと、月詠という少女は戦いそれ自体を愉しんでいる節があるという。そんな人間が神鳴流の力を揮うのはあまりに危険だ。 
青山の名を担う人間として、一人の神鳴剣士として、鶴子は月詠を討たねばならぬ。 

「月詠っちゅう子は、うちが斬ります。 
 年端もいかん女子や、どないしても気がすすまんけど……仕方ありまへんな」 

その口ぶりとは反対に、鶴子の瞳はどこまでも冷たい。 
敵と決めた相手には容赦しない。一切の慈悲も与えず、殲滅する。それが神鳴剣士、青山鶴子である。 
しかし横島は知っている。それは、鶴子が本当は優しい女性だからであるという事を。 
自らの感情を封じ込め、迷いを捨て、ただ御役目を果たす事のみに徹する。そうしなければ、鶴子の心が壊れてしまうからだ。 
青山は決して正義の味方であるというわけではない。それゆえ、時には心を鬼にしなければこなせない任務もある。 
『仕事』にいちいち私情を挟んでいては、取り返しのつかないミスにも繋がりかねない。鶴子はそこのところをよく理解していた。 
感情を押し殺す鶴子を見て、横島も何も思わないでもないのだが、青山の事情においそれと口を挟むわけにはいかなかった。 
それでもこの重苦しい雰囲気を払拭したく、月詠の事から話題を逸らす。 

「…オデコちゃんもいるし、鶴子さんが付くんじゃ、俺はもう木乃香嬢の護衛はお役御免ですかね。 
 それよか、ボウズの事が気にかかる。あの嬢ちゃんをパートナーにするとしても、所詮は付け焼刃のコンビだし…。 
 学園長の命に反する形になるけど、やっぱボウズ達には俺が付いた方がいいと思うんですが、どうざんしょ?」 

「それはまあ、件の魔法先生とその相方さんの実力次第どすなあ。 
 実際に仕合うなりなんなりして、いっぺん確かめてみる必要あるんとちゃいます?」 

「それができりゃあいいんですけどね…」 

確かに明日は完全自由行動の日程である。試合を行う時間はない事もない。 
しかし、いつ敵が襲ってくるか分からない状況で、自ら時間と体力を消費するのも何だか馬鹿げているように思える。 
それに、偵察などがあれば、こちらの手の内を我から曝す事になってしまうだろう。 
どうしたもんやら、と気を揉む横島に、ああそうや、と何か思いついた様子で鶴子が話しかけた。 

「お嬢の護衛は忠夫はんにやってもらう方がええかもしれまへんえ。 
 うちと二人きりになれば、あの子、変に緊張しやって動きが硬なるかもしれへんし」 

「……? オデコちゃんと知り合いなんですか?」 

完全に刹那の事を『オデコちゃん』として認識している横島。 
上手く特徴を言い表しているその渾名に、くすっと鶴子は噴き出した。 

「刹那には、一時期、うちが剣を教えてた事もありましたからなぁ…。 
 あの子、緊張しいやし、青山抜けたちゅう事でうちに思う事もありますやろ。 
 うちはあんまり気にしとらんし、久し振りにいっぺん会ってみたいんどすけど……」 

ふう、と悩ましげに吐息を漏らす。 
青山を離れたとはいえ、刹那には真っ当な志がある。それに従って神鳴の剣を振るうには、鶴子には何の異論もない。 
しかし、刹那の方はそうは思っていないだろう。今でも鶴子、というか青山全体に、少なからず引け目を感じている筈だ。 
刹那自身が義理を重んじる性格をしているのも相まって、ここで顔を合わせてしまっては、まともに仕事ができるかも怪しい。 
ゆえに鶴子は、生徒達が出払っている時間帯にこうして旅館にやって来て、戻って来るまでに横島の部屋に腰を落ち着けたのだ。 
横島は、そんな鶴子の複雑な心中を察する事はできたが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。 

「ま、気持ちは分からない事もないですけどね……。 
 けど、主戦力が2つに分かれる以上、ある程度は我慢してもらわなきゃしょうがないですよ。 
 ボウズ達の方に回るっつっても、面識もなく、互いの戦闘スタイルも知らないんじゃやりようがないでしょ。 
 それに昨日、鶴子さんが来るって事を、それとなくオデコちゃんに匂わせちゃってますし……。 
 まあ、本当にオデコちゃんの方が使いもんにならなくなるんなら、今の内から何か考えとくべきでしょうね」 

しばらく考える素振りをして、横島はぽんと掌を叩いた。 

「鶴子さんには親書の方に付いてもらうかは置いといて、とりあえず今日の内にボウズと顔合わせしときましょっか! 
 どーせ自由時間にゃ女の子達に連れ回される事だろし、消灯時間頃にでも、ここに連れて来ますよ」 

うんうん、と満足気に頷く。実際、悪くない案に思えた。 
鶴子も、頼みますえ、と賛成している。 
…ふと時間を確認すると、そろそろ夕食の時間が差し迫っていた。 

「そいじゃ、もう時間なんで。……あ、鶴子さん、夕食は…?」 

「早いどすけど、もう食べて来ましたえ。気にせんとっておくれやす」 

そッスか、と席を立つ。 
鶴子を一人部屋に残していくのもどうかと思ったが、夕食の席を外すわけにもいくまい。 
後ろ髪を引かれつつ、横島は退室した。 




ぽつん、と一人取り残される形になり、鶴子は少し目を伏せた。 
横島の傍にいると、改めて実感できる。彼の隣にいるのは楽しい。この上なく楽しい。 
闘争に追われる人生の中で、横島だけが唯一、自分が一人の女である事を実感させてくれた。 
誰と会うにも、実の妹と会う時さえも、青山最強の剣士、という肩書きが付いて回る。 
それを忘れさせてくれるのは、それを全く気にせず接してくれるのは、横島を置いて他にいないのだ。 

霧が晴れたような気がした。 

今まではずっと、神鳴流の剣士として生きて来た。人生を剣に捧げて来た。 
しかし……それには、もう疲れたのだ。7年前、唐突に現れた横島が、自分に剣以外の生き方を教えてくれた。 
女としての自分。女としての人生。強烈に惹かれた。7年間考え抜いたが、今ここでようやく決心がついた。 

「うちは……」 

鶴子はそっと、胸に手を当てた。 
今は、この高鳴りを信じたくて。 

裏方稼業 京洛奇譚(9) 人にあらずは

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