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罪と罰のその先 第四話 『奇縁の予感』 投稿者:詠夢 投稿日:04/17-10:43 No.328

「ふむ…では、決めたのじゃな?」


白眉の奥から、射抜くような鋭い眼差しをもって学園長は再度、問い直す。


「はい。俺は…広域指導員をやらせてもらいます。」


達哉はその眼差しに、頷きをもって返す。

ふむ、と学園長は満足げに微笑むとすっ…と手を伸ばし。


「では、君の就任を祝って、ま、飲みなさい。」


手に持っていた、すでに中身が半分ほど減っている徳利を差し出した。

が、すぐに隣に控えていた源しずなによって、その特異な形の頭を叩かれて阻止される。

同時に除夜の鐘が遠くに聞こえた。





         ◆◇◆◇◆





達哉は、高畑の勧めもあり、広域指導員となることを選んだ。

学生生活にも惹かれるものはあったが、どうせ後二ヶ月足らず。

授業の方も、前の世界で戦いに明け暮れたせいで後期をほとんどボイコットしているとあって不安だった。

大学にいって学びたいこともなく、またこちらで迂闊に就職すれば今度は元の世界に帰りづらくなるだろう。

そう考えた上での、いわゆる消去法での選択だった。

そして、学園長からの呼び出しついでに、どうせなら年明け前に報告を思って来たのだが。


「フォフォフォ!! では、改めて今年からよろしくの!! フォフォフォ!!」


酒の入ったテンションで、新年の挨拶を述べる学園長。

血行がよくなったせいか、さながら茹でた蛸のようだ、と失礼なことを思いつつ達哉も挨拶を返す。


「それじゃ、おせちでも食べましょうか?」


にっこりと微笑んで、しずなが示したのは、学園長室のテーブルに並べられた色とりどりのおせちであった。

同室していた高畑も手招きをしている。


「…用事がある、と聞いていたんですが。」

「だから、これが用事だよ。ささやかながら、君の歓迎を含めてね。」


高畑の誘いに、断る理由もないと達哉は箸をとった。








「おじーちゃん、新年明けましておめでとー!!」


扉をばん、と勢いよく開けて飛び込んできた振袖姿の少女の第一声はそれであった。

学園長が皺を深めて笑う。


「おお、木乃香! 明けましておめでとう。」

「今年もよろしゅうなー。」


と、少し遅れてもう一人、結った髪には少々無理を感じないでもないベルの髪飾りをした少女が入ってくる。


「あの、学園長。明けましておめでとうございます。」

「明日菜君も一緒かね。うむ、今年も木乃香ともどもよろしくの。」


その光景を、雑煮を食べながら眺めていた達哉が、高畑に目線で問いかける。


「ああ、黒髪の彼女が近衛木乃香くん。学園長のお孫さんだよ。隣の子が、ルームメイトの神楽坂明日菜くん。」

「へひッ!? あ、た、高畑先生?! あぅ、あ、あの!! あ、明けましておめでとうございますッ!!」


こちらに気づいた明日菜という少女が、一瞬で顔を赤く沸騰させて慌てて頭を下げる。

木乃香も「あー、高畑先生。しずな先生もー。」とか言いながら、同じく頭を下げる。


「ははは、二人とも。明けましておめでとう。振袖、似合ってるよ。」

「えう、いえッ! そんな!!」

「……? おじーちゃん、あの人は誰なん?」


木乃香が、ようやく餅を呑み込んで箸を置いた達哉に気がつき、学園長に問う。


「うむ、来学期から学園広域指導員として働いてもらう、周防達哉君じゃ。」

「よろしく。」


達哉は立ち上がって、そう簡潔に挨拶した。

木乃香は無邪気に、明日菜は少し遠慮がちにそれぞれ返す。


「はい! よろしゅうお願いしますー。」

「どうも…よろしくお願いします。」


紹介が済んだところで、学園長が口を開く。


「時に二人とも。もう初詣には行ったのかの?」

「ううん、まだやねん。挨拶してから行こかな思うて。」

「なら、周防君を神社まで案内がてら、済ませてきなさい。」


学園長の提案に、達哉はわずかに眉を持ち上げたが、特に何も言うことはしない。


「うん、ええよ! アスナもええやろ?」

「え、うん。」

「よし。僕も一緒に行こうかな。」

「た、高畑先生もッ?!」


立ち上がりながら高畑は、明日菜の驚愕に対し、にっこりと微笑を返す。


「あれ、ダメかい?」

「いいいいいいえ!! むしろ、望むところというか願ってもないというか夢じゃないかとか…ッ!!」

「アスナ、落ち着き。」


パニックに陥る明日菜に、木乃香の突っ込みチョップが入り、フォフォフォと学園長は楽しそうに笑う。


「では、行ってきなさい。」

「はーい!!」


そして、木乃香、高畑、明日菜と退室していき、最後に達哉が出て行こうとして、ふと足を止めて振りかえる。


「…もう、自分の孫を任せるほど、俺を信用しているんですか?」

「フォフォフォ! まあ、そうじゃの。どのみち、広域指導員をやるなら、遅かれ早かれ木乃香の護衛はしてもらう。」


達哉の、言外に含めた「不用心では?」との問いに、学園長は愉快気に笑う。

ひとしきり笑うと、今度は真剣な眼差しを達哉に向けて。


「あの子は、自分でも気づいとらんが、相当強い魔力を秘めておる。狙う輩は後を絶たん。」

「……わかりました。俺の出来る範囲で、彼女は守ります。」


達哉の言葉に、うむ、と頷く学園長。

そして、達哉は学園長と片づけをしているしずなを後に、部屋を出て行った。





          ◆◇◆◇◆





龍宮神社の境内は、芋を洗うような人出で賑わっていた。


「ひゃー、しもたなー。もっと早う出てくればよかったかな。」


木乃香がそうこぼすが、この混み具合からして、多少早く出てきたところで一緒のような気がした。

四人はなるべくはぐれぬように固まって移動する。

木乃香を先頭に、達也と明日菜がすぐ後ろに控え、そのまたすぐ後ろに高畑がいる。

そのせいか、達哉よりはちょっと後方よりの明日菜は、どうにもぎくしゃくした動きで口数も少ない。

親友である木乃香の声も耳に入ってないようだ。


「まあ、麻帆良の中にある神社なんてここぐらいやもんな。」

「かなり大きな神社みたいだな。」


明日菜がそういう状態なので、木乃香の話し相手は達哉がやっていた。

達哉の言葉に、木乃香はにこっと笑って。


「そうなんよ! 他にも向こうに大きな水舞台があったりとかしてて…あ、すいません、敬語…。」

「いや、構わない。それで?」

「え、あ…えーと、他にはうちのクラスに、この神社の子がおって…─きゃ!」


どん! という衝撃に木乃香が倒れそうになるが、達哉が咄嗟にその手を掴んで事なきを得る。

すいません、と謝る通行人に片手を挙げて応えておく。

通行人が行ったのを見計らい、達哉は木乃香にわずかに微笑みかける。


「いろいろ教えてくれるのはいいが、もう少し気をつけて歩け。」

「あはは…ありがとうございます。」


照れ笑いを浮かべる木乃香に、「いや…」と返しかけて、達哉はばっと後ろを振り向く。

高畑と明日菜が立っていて、その向こうには人波が溢れている、先ほどまでとなんら変わらぬ光景。

だが、達哉の表情は固い。

木乃香が「どないしはったんです?」と首を傾げてくるが、達哉はただ無言で人波の向こうを見る。

いま、異常な殺気を感じたのだが…。

高畑はやや苦笑にも似た笑みを浮かべて、達哉にそっと耳打ちする。


「(大丈夫…知ってる子だよ。危険はない。)」

「(だけど、今の殺気は…。)」

「(彼女は…まあ、その、木乃香君専属の護衛だからね。)」


その言葉に、達哉はなんとなくだが、殺気を向けられた理由を理解した。

そして同時に、思いっきり溜息をつきたくなった。

そんな二人のやり取りに、明日菜が不審がる。


「あの…?」

「いや、何でもない。行こう。」


ふたたび、移動を始める四人。

その際、高畑の「彼女も、もう少し素直になれればね…。」という呟きが聞こえた。








拍手の音を背に聞きながら、参拝客たちから少し離れた位置で休む達哉たち。

用事は済んだが、人ごみのせいで帰路につけず、丁度いいのでここで休もうという話になっていた。

もちろん、達哉は元の世界への帰還を祈願していた。


「おや、二人とも。高畑先生も一緒に初詣かい?」


そう声をかけてきたのは、達哉とそう変わらない長身の巫女だった。

褐色の肌と、長い黒髪がよく映える。


「龍宮さん! 明けましておめでとう。」

「マナちゃん、明けましておめでとうな。」


明日菜と木乃香が、それぞれに挨拶し、高畑も軽く会釈する。


「うん、明けましておめでとう。ちゃん付けは止めよう、木乃香。……ときに、一人見知らぬ人物がいるようだが?」


その一瞬。

ほんのわずかな瞬間だったが、龍宮真名の切れ長の瞳がさらに鋭さを増し、達哉に向けられる。

そこに込められた威圧感に思わず息を呑む達哉にかわって、高畑が口を開く。


「ああ、彼は周防達也君。学園長の推薦・・・・・・で、これから学園の広域指導員をやってもらう。」


学園長の推薦、というところに、達哉は何か別の意味が込められているのを感じた。

龍宮も「ふぅん…。」と意味ありげに頷く。

高畑は今度は達哉に向き直り。


「周防君。彼女は龍宮真名君といって、この神社の娘さんで明日菜君たちのクラスメートだ。とても優秀な生徒・・・・・だよ。」


達哉はまたも、優秀な生徒、の部分に別の意味が込められていると感じた。

今度はその意味も理解できた。


「(なるほど…彼女も魔法生徒というわけか。……ん? クラスメート?)……え? 14歳…なのか?」


思わず洩れた達哉の疑問、というか驚愕の言葉に、ぴくりと龍宮の眉が持ち上がる。


「それは…どういう意味かな、周防さん。老けてる、とでも?」

「え? あ、いや…。」


失言だったと気づいたが、いまさら取り繕いようもない。

先ほど向けられた威圧感のある眼差しが、さらに強さを増して向けられる。

気まずい沈黙の中、それを破ったのは木乃香だった。


「あ、せや。なー、マナちゃん。おみくじ引きたいんやけど。」

「…ふっ、そうだな。じゃあ、行こうか。」


強力なプレッシャーから解放され、ほっと安堵する達也。

苦笑して肩を叩いてくる高畑に促され、先に歩き出した彼女らに続く。

おみくじも混んでいたが、龍宮のおかげですぐに引くことができた。


「あー♪ ウチ、大吉や。えと…『和解。古き友人との縁、復縁の兆し。わだかまり解ける。』やて!! コレ、叶ったら嬉しー!!」

「私、小吉。恋愛運…げ! 『暗雲。恋に翳りあり。されど出会いもあり。』って何よコレ!? 出会いはいいから今の恋をー!!」


きゃいきゃいと一喜一憂しながら騒ぐ木乃香と明日菜を見ながら、はっはっはと笑う高畑。

その隣の達哉は、じっとくじを見ながら眉根を寄せていた。


「どれ…ふむ、凶か。」


横から龍宮が覗き込んで呟いた。

達哉が引いたのは、凶。


「まあ、こんなものは当たるも八卦、当たらぬも八卦。あまり気にしない方がいい。」

「…ああ。」


龍宮の言葉にも、達哉は生返事を返す。

別に凶だったからと、傷ついていたわけではない。異世界に流れ着いた今の状況は、すでに凶ともとれる。

達哉が見ていたのは、対人関係のところだ。



『奇縁。出会わざるはずの人物との邂逅。宿世のまこと、奇妙なりけるが如きなり。』



出会わざるはずの人物…誰だ。

こんなものは気の持ちようというのはわかっている達哉だったが、どうにも胸がざわめくのを感じていた。

何かしらの予感が、漠然と滲んで─。

罪と罰のその先 罪と罰のその先 第五話 『魔法使いの少年』

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