罪と罰のその先 第五話 『魔法使いの少年』 投稿者:詠夢 投稿日:05/01-03:25 No.425
「確か…この辺りは近衛が通ってるらしい学校があるんだったな…。」
周防達也が麻帆良学園を訪れてから、早一月ほど過ぎた頃。
女生徒が行き交う広場を、木乃香の護衛も請け負っている身の達哉は、ほぼ日課になっている巡回をしていた。
他にすることがない、とも言う。
時折、迷い込んだのか忍び込んだのか、人でないモノと遭遇・戦闘になることもあったが、さほど手強い相手ではなかった。
自分が相手をするときもあれば、駆けつけたときにはエヴァや他の魔法関係者が片付けた後だったりもした。
そんな割と非日常が混じった生活だが、達哉にとっては概ね穏やかといえる日々。
しかし、そんな日々とは裏腹に、達哉の胸のうちにはじわりとした焦りがあった。
この一ヶ月、巡回を兼ねて街中を歩き回りベルベットルーム探索を続けてきたが、一向に見つからないのである。
異世界ゆえに見つからないのか、とも思うが今は信じて探すしかない。
焦りは深く心の底に沈めて、達哉は意識を前方に戻す。
「……ん?」
そのとき、達哉の目が向こうに一人の少女の姿を捉えた。
階段の上、大量の本を抱えて歩く小柄な少女が、ふらふらと危なっかしく歩いている。
なんとなく嫌な予感が走り、達哉がそちらに一歩踏み出しかけたその時。
少女の体が大きく揺らぎ、そして落ちる!!
「くッ…!!」
達哉はすぐさま全力で駆け出す。
だが、遠すぎる。
両者の間はゆうに十数メートルあり、どうしても間に合わない。
それでも、諦めるなど出来ようはずも無いと、達哉が速度をさらに上げたその時。
視界の端に、一人の少年が映った。
赤みの強い髪を、後ろで小さく縛った、利発そうな顔立ちの少年だった。
広場のオブジェに隠れて見落としていたのだろうが、今はそんな事を気にしている場合ではないはず。
だが、達哉の意識は不思議とそちらに引き寄せられていた。
周囲がまるでスローに見える中、少年が傍らの細長い包みを構えるとともに、その包みがひとりでに解けていく。
その中にあったのは、恐らく杖だろう。せの先端が少女に向けられ、そして─。
ふわりっ、と。
明らかに止まっていた。
地面に激突する寸前で、見えない何かに支えられるように少女の体が浮いている。
少年が杖を放り出して駆け出す。
幼い体のどこにそんな脚力があるのか、あっという間に少女のもとへ駆け寄るとその体を抱きとめた。
達哉はただ唖然として、その光景を見ていた。
少年。そして、先ほどの恐らくは魔法。
それが、今朝伝えられた人物の人柄と一致する。
「(つまり、あいつがネギ…か。)」
魔法学校の名門、メルディアナ魔法学校主席卒業の新任教師、ネギ・スプリングフィールド。
数日前から、その話は学園側からの通達として聞いていた。
就任するのが、ほんの10歳になるかの子供と聞いたときには、学園長の正気とこの世界の常識を疑ったりもしたが。
ネギ、と思われる少年は、少女を受け止めはしたものの勢い余って地面に頭から突っ込んでいた。
大丈夫か、と駆け寄ろうとしたところで、ふと達哉はもう一人その場にいることに気がつく。
あの鈴の髪飾りは見覚えがある。確か、神楽坂明日菜、だったか。
ネギと明日菜は、しばし呆然と見詰め合っていたかと思うと、いきなり明日菜がネギを抱えあげて向こうの林に消えていく。
「どうしたんだい、周防君? こんなところで。」
振り返ると、高畑がそこにいた。
ふと、達哉は今朝のこと、高畑が嬉しそうに「ネギ君は僕の友達なんだ」と話していたのを思い出す。
そしてその歓迎会をネギが受け持つクラスの教室でやると聞いていたが、どうやらこの近くらしい。
それはともかく、今はネギと神楽坂だろう。
「あ、ああ。今、神楽坂が子供抱えて向こうに…。」
「子供? ひょっとしてネギ君かな?」
「多分、そうだと思う。魔法を使ってたみたいだから…。」
達哉のその言葉に、高畑の表情がぴきっと固まる。
「え!? そりゃあ、マズイかもしれないね。まさか、とは思うけど魔法がばれてたりとか…よし、ちょっと見てこよう。」
そう言って、すたすたと歩き出した高畑の後ろを、達哉も気になってついていく。
明日菜たちはそれほど深く林に入っていないのか、なにか言い争うような声が聞こえてくる。
「おーい、そこの二人。何やってるんだ?」
そんな呑気な声をかけながら、高畑と達哉が何気なく覗き込んで……動きを止める。
相手も同じく硬直している。
明日菜はブレザー姿だった、というかブレザーしか着ていなかった。
つまり下には何も着ていないというわけで。
「ひっ、いっ…いやぁ~~~~~ッ!!」
達哉が全速力で体ごと回れ右するのと、明日菜の叫び声が響き渡ったのは、同時だった。
◆◇◆◇◆
ず~ん、という効果音を引きずりながら歩く明日菜の後ろを、達哉はコンビニ袋を持たされて、ネギと並んで歩いていた。
ちなみに、明日菜は現在ちゃんと制服を着ている。
「あ~…その、神楽坂、悪かった。本当に、すまない。」
「………いえ、いいんです。気にしないで下さい…。」
重い空気に耐えられなくなったように謝罪を口にする達哉だったが、返ってきたのは言葉とは裏腹にさらに重い口調であった。
これで気にするなと言われても、無理というものだ。
「いや、本当に…。」
「いいんです。忘れてください……というか、お願いだから忘れて~~~ッ!!」
最初は何とか抑えようとしたのだろう震えていた声が、絶叫に変わる。
明日菜は頭を抱えると、そこにうずくまってしまった。
かと思えばいきなり飛び起きたかと思うと、達哉の隣であわあわとうろたえていたネギの首を締め上げはじめる。
「元はといえば、こんのクソガキが~!!」
「うぶっ、ぶぐぐぐっ…す、ずみばせ…!!」
「おい、落ち着け。」
とりあえず、放っておくわけにもいかず、達哉は二人を引き離しにかかる。
思ったよりも力が強かった明日菜をひっぺがすと、彼女はまたそのまま地面に伏して何かをぶつぶつと呟き続ける。
とりあえず、そっちはそっとしておくことにして、達哉はけほけほと咳き込むネギの背を叩いてやる。
「大丈夫か?」
「あ、はい…ありがとうございます。……えーと?」
首を傾げるネギに、まだ名前を名乗っていなかったことを達哉は思い出す。
「ああ、俺は周防。周防達哉だ。この学校の広域指導員をやっている。」
「周防さん、ですか。あ、僕はネギ・スプリングフィールドです。今日からここの先生をやることになりました。」
元気よく名乗るネギの様子は年相応のそれで、達哉は微笑んで頷いた。
「それで…結局、さっきは何であんなことになってたんだ?」
「えうっ、それはその……さ、さあ?」
一転、顔を青ざめさせて視線を泳がせ、とぼけるネギ。
が、その台詞にうずくまっていた明日菜がぴくりと反応する。
「さあ? さあ、ですって!? アンタが魔法であたしの記憶消そうとしてパンツ消しちゃったんでしょーがー!!」
「ちょっ…アスナさーん?!」
立ち上がって叫ぶ明日菜に、ネギが狼狽する。
だが、そんなことはお構いなしと、明日菜はさらに叫び続ける。
「魔法使いなら時間戻してよー!! 記憶消された方がマシよ!! というか、今すぐ消してー!!」
「ああああアスナさん!! それは秘密だって言ったじゃないですかー!!」
「よりにもよって周防さんはともかく、高畑先生に見られてしかもノーパンの上パイ●ンだなんてー!!!」
女子中学生の叫びとしてありえない単語に、達哉は思わず吹き出しかける。
ネギはネギで、パニック状態であった。
「あうう…周防さんが魔法でオコジョがばれて一般人に……うううう、き、記憶を失え─!!」
「やめろ。」
杖を振り上げかけたネギを、達哉はとりあえずデコピンで止める。
大体の内容は話を聞いていて理解した。
「とにかく、落ち着け。ネギも、神楽坂も。魔法のことなら、俺も知ってるから。」
「へ…?」
達哉の言葉に、動きを止めるネギ。明日菜はまだ悶えている。
ネギは、呆けた顔で達哉の顔を見上げ。
「周防さんが魔法関係者…それじゃあ、やっぱり僕、ここでオコジョ確定ですかー?! あうあわわ、ごめんなさーい!!」
「あーん、高畑先生~~ッ!!」
一向に鎮まる気配の無い二人を前に、達哉は溜息をついてジッポの蓋を鳴らした。
◆◇◆◇◆
ようやく落ち着いた二人に、達哉は自分が今回の件を口外しないことと、明日菜の件は一切忘れることを誓った。
道すがら、ネギは自分の夢とそのために先生を続けなくてはならないという事情を説明する。
「《偉大なる魔法使いマギステル・マギ》か…大変だな。」
「はい。でも、人のために役立つ立派な仕事です。それに…あ、いえ。とにかく、そんなわけで、その…。」
「ああ、わかってる。ばらしたりはしないから安心しろ。神楽坂も約束してやってくれ。」
達哉の言葉に渋々といった表情で、明日菜はネギを見て。
「……それはいいけど、人のため、ね…。なら、私のことも当然責任とってくれるんでしょうね?」
「え、えーと、責任…ですか?」
「そうよ!! これで高畑先生に嫌われちゃったらアンタのせいだからね!! ちゃんと高畑先生との仲とりもってよ!!」
「は、はい。協力します。」
そんなやり取りをする二人を見ながら、達哉はなんとなく微笑ましい気持ちになる。
言ってる方も、それを承諾する方も、中身はまるで子どものような理論。いや、実際子どもなのだから当然か。
その後の「惚れ薬」やら「金の成る木」や「読心術」などの単語は、子どもにしてはいささか危険な発想だったが。
ぶつぶつと何事かを呟いていた明日菜は、意を決した表情でドアを開けながら。
「そうと決まればすぐに実行よ!! それじゃ、ちょっと荷物とってくるからそこで…。」
「ようこそ、ネギ先生 ッ♥」
大量のクラッカーの音と、乙女らの歓迎の声が響く。
教室の机には料理が並べられている。
突然のことに、ネギはぽかんと呆けたまま突っ立っている。
「あ、そーだ!! 今日、あんたの歓迎会するんだっけ、忘れてた!!」
「えー!?」
明日菜のたった今思い出したといわんばかりの言葉に、ようやく事態を呑み込んだネギが驚愕の声をあげる。
そうこうしてるうちに、ネギは教室の真ん中へと女生徒たちによって案内されていく。
達哉は入り口でしばらく逡巡していたが、ひとつ溜息をつくと教室内に足を踏み入れて、明日菜のもとへと向かう。
「おい、神楽坂。この袋はどこに置けばいい?」
「え、あ…すみません。ずっと持ってもらってて。えと、そこの机に置いといてもらえますか?」
「ああ。」
言われた場所にコンビニ袋を置く達哉。
ふと、そこで周りが妙に静かなことに気がつく。
「(…なんだ?)」
「ッ…キャ ッ♥」
達哉が首を傾げた直後、黄色い悲鳴が鼓膜を貫いた。文字通り、脳を直撃するような声だった。
が、達哉が回復するよりも早く、周囲では物凄い勢いで騒ぎが広がりつつあった。
「え、え? ちょっと誰よ、あのイケメン!!」
「明日菜の知り合い?! ちょっと、どこで釣ってきたのよ!?」
「彼氏か?! 彼氏GETなのか!? この裏切り者がー!!」
「アスナさん!! あなたは高畑先生一筋じゃありませんでしたの?!」
「彼氏じゃないわよー!! …ってちょっと、いいんちょ!! それを言うんじゃねー!!」
明日菜と『いいんちょ』と呼ばれた金髪の少女が取っ組み合いを始めようとしたそのとき。
「あー、周防さんやー!」
そんな嬉しそうな声とともに、人垣の向こうから近衛木乃香がぴょっこりと顔を出す。
その後ろには、龍宮真名の姿もあった。
「近衛と龍宮か…正月以来だな。」
「あん、木乃香でええですって。」
「え、何? コノカ、この人のこと知ってんの?」
二人の会話に、ペンとメモを用意したキツネ目の少女が食いついてくる。
木乃香がその少女の質問にのんびりと答えている間、達哉はざっと教室を見渡してみて少々呆れていた。
とにかく、キャラが濃い。
達哉の知り合いも、達哉自身を含めて濃い人物ばかりだったが、このクラスはさらにその上を行ってそうだ。
まず、外国人と思われるものが数名。
中学生とは思えぬプロポーションを誇るもの数名。(眼前の龍宮含む)
また、逆の意味で中学生とは思えぬ体格のものがおよそ3人。
そのうちの一人は、教室の後ろでたった今目を逸らした、金髪吸血鬼の少女。その隣には、これまた人外の機械仕掛けの少女。
あと、教室の隅っこのほうでぼんやりと見える少女は、もう肉体すらない。
さらに言えば、龍宮とエヴァ、茶々丸の他にも春日美空という、達哉の知ってる魔法生徒が四人もいる。
ひょっとすると、まだ他にもいるかもしれない。
「(…学園長が意図して集めたのか。)」
達哉はじっと隣の木乃香を見る。
彼女のうちにあるという、強大な力。
その力を危惧してか、それとも純粋に孫が大切なのか、はたまたその両方か。
いずれにしろ、あの心配性の老人は、そうまでして彼女を守りたいのだなと、達哉は微笑を刻む。
その視線に気づいて、木乃香が首を傾げる。
「どないしはりました?」
「いや。なんでも…─ッ!?」
ふいに。
背中に氷の刃を突きつけられたような、そんな殺気を感じた。
正月、初詣の際にも感じた気配に、達哉が振り返る。
前回は人が多すぎてわからなかったが、今回は龍宮が視線でそれを教えてくれていたのですぐにわかった。
龍宮の隣に立つ、黒髪をサイドに束ねた少女。
その手に持った細い包みの中身は恐らく刀。達哉も同じく日本刀の使い手だからおおよその察しがつく。
しかし、刀などなくとも人を斬り殺せそうな鋭い視線は、凄まじい鬼気を放っていた。
達哉が無言でその視線を受け止め続けていると、隣の龍宮が何事かを少女に囁いた。
少女は渋々といった表情で、それでも最後にきっ、と強く達哉を睨みつけてからその場を離れていく。
「(どうやら、相当嫌われているようだが…原因は、木乃香か…。)」
あの目は言っていた。『それ以上、彼女に近づくな』と。
達哉は本日何度目になるかわからない溜息をついた。
「あれ? アスナとネギ先生、どこ行くんだろ?」
その声に振り向けば、ちょうどネギの姿が扉の向こうに消えていくところだった。
木乃香のそばにいたキツネ目の少女が、きゅぴーんとその目を光らせる。
「匂うねー、スキャンダラスな匂いが。あ、周防さんでしたっけ? 後日インタビューに伺いますので、今日はこれで!」
「インタビュー?」
「ええ。新しい広域指導員の情報なんてなかったんで、独占インタビューをと。あ、私は朝倉和美。ジャーナリスト志望です。」
そう言って無邪気な笑顔で名刺を出してくる朝倉。
ふいに、その姿にとある女性が重なり、達哉は息を呑んだ。
─私はキスメット出版の天野舞耶。
「それじゃ、そういうことで。」
「あ、ああ。」
達哉の動揺は表に出なかったため、朝倉は気付かなかったらしく、そのまま名刺を押し付けると教室を出て行った。
名刺を持ったまま立ち尽くしていた達哉は、憂鬱な表情で頭を振る。
「(馬鹿だな。ジャーナリストってだけで、舞耶ねぇを思い出すなんて…。)」
異世界に置き去りにした思い出に、達哉の心がほんの少しだけ痛みに疼いた。
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