罪と罰のその先 第六話 『動き出す好奇心』 投稿者:詠夢 投稿日:05/09-05:04 No.471
周防達也は、後悔していた。
気楽に承諾してしまったのが間違いだったのだ。
ちらりと、向かいに座る少女を見てそう思う。
「え~と、それじゃ次はお待ちかねの質問です。恋人とかいるんですか?」
「勘弁してくれ…。」
好奇心いっぱいの表情で質問してくる朝倉和美に、達哉はうんざりといった溜息をつく。
別に質問自体はどうということもない。隠すようなことではないのだから。
問題は、この質問が本日数十回目だということだ。
「もう、またはぐらかさないで。本当はいるんでしょ?」
「だから、何度も言わせるな。いない。」
ややトゲのある口調なのは、致し方ない。
同じやり取りを何度繰り返したことか。
「この手の話題は何度か聞かないと、本当のところはわかんないものなんですよ。」
「だからってこうも繰り返さなくていいだろ。……というか、何で考えてることがわかった?」
「それはもちろん、私がジャーナリストだから。腹の探り合いが仕事ですから。」
達哉はジッポを鳴らし、重ね重ね後悔していた。
放課後の時間、いつものように巡回をしていたところ、朝倉に捕まった。
先日、インタビューを受けると返事していたので、何の気なしに彼女についていったのだが。
生年月日や身長などの差し当たりのないものから、家族構成や友人関係に至るまでしつこく質問される羽目になった。
その勢いたるや、プライバシーも遠慮もない。
達哉はその時になってようやく、一緒にいた神楽坂や木乃香たちの「ご愁傷様」といった表情の理由を理解した。
この子に舞耶ねぇを重ねたのは間違いだった。この子はジャーナリストじゃない、パパラッチだ。
達哉が、朝倉和美が『麻帆良パパラッチ』の異名を持つことを知るのは、しばらくしてからの事だった。
「もう、十分だろ? これで終わりだ。」
「あ、待ってくださいって! 最後、最後にひとつだけ!!」
いい加減、うんざりとしていた達哉は、カフェの代金を二人分払ってさっさと打ち切ろうとしたのだが、それでも朝倉は追ってくる。
ずっと騒がれながら街中を歩くのも御免だと、達哉は振りかえる。
「わかった。ひとつだけだぞ?」
「はいはい。そんじゃー…好きな人ぐらいはいるんですよね?」
好きな人。
ふと脳裏をよぎるのは、守りたかった女性と、ずっと自分を追い続けていた少女。
「さあな…自分でもよくわかっていない。」
「それは、いるってことでいいんですよね?」
「質問は一つだけだ。」
言外に、好きに解釈しろとだけ残し、達哉はまた歩き始める。
残された朝倉が。
「まあ、次の記事に必要な分は聞けたけど……私の好奇心がこれで終わるわけないしねぇ。」
と、不穏な笑みとともに呟いたとは知らず。
◆◇◆◇◆
深夜。
「これで…終わりだ!!」
達哉の声とともに、周囲の闇を焼き尽くす劫火が生まれる。
太陽神アポロの腕が振り下ろされた後には、蠢いていた異形たちの影すらも残らない。
辺りを見回し、他に敵がいないことを確認している達哉の耳に、ぱちぱちと散漫な拍手が聞こえてくる。
「あれだけいた相手を、ものの数分で片付けるか。見事だな。」
「エヴァか…。」
木立の後ろから姿を現したエヴァは、にっと笑う。
その隣には、茶々丸がいつものように付き従っていた。
「しかし、アポロとはな。太陽神の名を冠するとは、なかなか剛毅じゃないか。」
「別に本物というわけじゃないさ。」
ペルソナは、自身のうちに眠る神や悪魔の名と姿を持つ、もうひとりの自分を使役する力だ。
それは己のもう一つの側面を表す。
達哉のペルソナ、アポロ。
ギリシア神話に登場する太陽神として名高い神。
音楽や医術、予言なども司る多才であり、誇り高く理性的な反面、怒りを覚えたものには容赦しない残酷さを持ち合わせる者。
かつて、達哉はそんな自分を強く感じたことがある。
燃え盛る神社と、それを見て哄笑する狂人を前に、怒りで全てが染まった。
目覚めたばかりの力を使って、相手の半面を肉が爛れて眼が潰れるほどに焼き尽くした。
幼い心に生まれた、残酷な炎の感情。
達哉は軽く目蓋を閉じ、浮かんだ光景を記憶の底に押し込めて、エヴァに向き直る。
「来ていたのなら、手伝ってくれてもいいだろう。」
「お前の力を今一度、確認しておきたかった。それに、楽はできるときにするべきだからな。」
ようは面倒くさかったんだな。
達哉はそれ以上は何も言わず、ただジッポを一度だけ鳴らすと、その場を歩き去ろうとした。
だが、その背に向かってエヴァの言葉が投げられる。
「昼間は災難だったな。」
災難、が何を指すかはすぐにわかった。
振り返ると、エヴァはにやにやと含みのある笑いを浮かべていた。
「朝倉和美…あいつはやっかいだぞ。多少、無謀なところはあるが、情報に対する嗅覚は本物だ。」
「……何が言いたい?」
「ふふっ…いや、な。どうやら、昼間にそっけなくしたのは逆効果だったようだぞ。」
エヴァの言葉に、ほんのわずかに眉をひそめた達哉は、やがて合点がいったか納得の表情で周囲を見回す。
「…見られていたのか。」
「写真も撮られています。」
茶々丸が補足する。
つまり、二人はそれを黙って見ていたわけだ。おそらくエヴァが面白そうだと言い出したのだろうが。
達哉は軽く肩をすくめると、ふたたび歩き去ろうとする。
案の定、エヴァが拍子抜けしたように訊いてくる。
「追わんのか?」
「見逃していた奴が言うなよ。写真のことなら心配ないさ。」
一方、その頃。
女子寮の自分の部屋に駆け込むようにして戻ってきた朝倉和美は、ドアを後ろ手に閉めたまま興奮冷めやらぬ顔で。
「…撮った。撮った、撮った撮った撮ったぞー!! 大スクープだろ、これは!!」
デジカメを掴んだ手に、思わず力が入る。
自分の机まで行き、すかさずデジカメをパソコンに接続しながらぶつぶつと彼女は呟き続ける。
「一体、アレは!? スタンド? 悪魔召喚? んー、悪魔召喚のほうがしっくり来るような…それにしても周防さんが…!」
最初は、特に何かを期待していたわけではない。
ただ単に、新しい広域指導員のプライベートな写真のひとつでも撮れればと思って尾行していただけなのだ。
それが深夜の巡回中、いきなり駆け出した彼の後を追ってみれば、そこにあったのは非日常な世界。
「(悪魔…悪魔ねー。つか、マジでそんなモノがいるとは…!!)」
わらわらと群れをなす異形。
それを、ぽつぽつと灯る街灯の明りの下で目の当たりにしたときは、驚愕にデジカメを取り落とすかと思った。
だが、次の瞬間、その光景すら吹き飛ぶような衝撃が駆け抜けた。
天高く手を掲げた彼の体から、紅蓮に輝く人型が浮かび上がったときには、我を忘れて魅入ってしまった。
綺麗だ、と。
気がつけば、異形の群れは炎にまかれていて、自分はそれをデジカメ越しに見ていた。
ただ、夢中でシャッターを切り続けた。
ひたすらに、紅蓮の人型を操り異形を葬る彼の姿を逃すまいと。
「……と、とにかく! ばっちり写真はゲットできた! さーて、どんな……え?」
全力疾走したせいか火照る頬を感じながら、フォルダからデータを呼び出した朝倉は、その動きを止めて呆然となった。
「つまり、何か? それは写真に写らんのか。」
呆れたようなエヴァの台詞に、達哉は頷いて返す。
「ペルソナは心から生まれる、心の具現だからな。人の中でも、見える人と見えない人とがいるが…写真や映像機械には写らない。」
「なんだ、つまらん。」
本気でつまらなそうに吐き捨てるエヴァに、達哉は苦笑する。
「一応、魔法の存在は一般人には秘密じゃないのか?」
「知ったことか。私は悪の魔法使いだからな、面白ければ何でもいい。」
「……悪、ね…。」
達哉はしばし呆れた視線をエヴァに向けていたが、やがて馴染みになってきた疲労感とともにジッポを鳴らした。
真っ暗な部屋、パソコンの明りに照らされて朝倉和美は俯いていた。
その手が、肩が、小刻みに震えている。
「……ふ、ふふふ…上、等……!!」
ぎんっと上げられた顔には、めらめらと燃え盛る闘志が宿っていた。
「学園報道部突撃班!! 麻帆良パパラッチの名に懸けて!! この特大ネタ、絶対に逃がすものか!!」
その眼に映るのは、画面の中で炎を前に佇む男の後姿。
「覚悟してろよ~…周防達哉ぁ~!」
同時刻。
強烈な悪寒とともに盛大なクシャミをした男が、吸血鬼とガイノイドに心配されたそうな。
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