罪と罰のその先 第七話 『いざ図書館島へ』 投稿者:詠夢 投稿日:05/10-05:45 No.479
罪と罰のその先 第七話 『いざ図書館島へ』 投稿者:詠夢 投稿日:05/10-05:45 No.479
チャリ、チャリと掌で小さな何かを玩んでいた達哉は、ようやく目的の人物を広場で見つける。
「ネギ! ちょっと、いいか?」
「え…あ、周防さん。」
どこか覇気のない顔で歩いていたネギは、達哉の姿を認めるとぎこちない笑みを浮かべる。
達哉はそんなネギの様子に気付きながらも、とりあえずは自分の用件を伝える。
「これを朝倉に返しておいてくれないか?」
「え、朝倉さん?……って、これ何ですか?」
ころころと自分の手に渡された、なにやら小さな機械みたいなものを見て、ネギは首を傾げる。
対して達哉はさらりと。
「盗聴器だ。」
「ヘー、これが……って、えッ!?」
「ああ、心配するな。ちゃんと潰してあるから、もうそれはただのゴミだ。」
驚愕するネギに何を勘違いしたか、達哉はなおも平然とそんなことをのたまう。
「いや、そうじゃなくて、盗聴器って何で…?! それも朝倉さんが!?」
「実は…ちょっと、な。朝倉に力を使ってるところを見られた。」
「え ッ!! 見られた?! 見られたって魔法をですか?! た、たたた大変じゃないですか!!」
オコジョにされちゃいますよ、と騒ぎ立てるネギの口をとりあえず塞ぐ。
とりあえず、周りに誰もいないことを確認してから、ネギを解放して達哉は話を続ける。
「見られはしたが、証拠はない。しらを切ればどうとでもなる。まあ、そのせいでこんな物を仕掛けられる羽目になったけどな。」
「はぁ…。」
唖然と達哉を見上げるネギ。
なんと返せばいいのやら、もう呆れるしかない。
そんなネギに、ふと達哉は微笑みかける。
「それで?」
「え?」
「いったい、何を悩んでいたんだ?」
「あ……。」
ネギはふと、沈んだ面持ちになると、ぽつぽつと話し始める。
「実は、今度の学期末テストで僕のクラスが最下位脱出しないと、正式な先生になれないんです…。」
「最下位……って、そんなに悪いのか?」
達哉の質問に、ネギは無言でクラス名簿を差し出す。
何気なくぱらりと開くと。
「う…これは……。」
「そうなんです。学年トップが三人いるんですけど、それ以上に学年ボトムが五人ほど…バカレンジャーとかいって…。」
「神楽坂…そんなに頭悪かったのか…。」
自分の知ってる顔が、そのバカレンジャーとやらに分類されてるのを見て、達哉はこめかみを押さえる。
ネギはこくりと頷く。
「なるほどな。それで、先生になれないかもと悩んでいたのか。」
「いえ! それもあるんですけど…。
実は僕、魔法でみんなの頭を良くしようとしたんです。禁断の魔法で、一ヶ月ほど副作用でパーになっちゃうんですけど。」
「そ、そうなのか?」
最後の方の呟きは、とりあえず聞かなかったことにする。
「でも、アスナさんに言われたんです。魔法に頼りすぎだって。そんな中途半端な気持ちじゃ、教えられるほうも迷惑だって。」
「…そうか。」
「僕、それを聞いてすごく反省したんです。偉大なる魔法使いマギステル・マギになりたいくせに、そんな自分のことばかり考えててどうするんだって。」
さらに独白するネギを、達哉は眩しそうに見つめる。
この子は強い。
自分の間違いを素直に見つめることが出来るし、そしてそれを正そうとする心も持っている。
「(……俺とは、大違いだな。)」
「だから、僕これから三日間、魔法を封印しようと思うんです!」
ネギの決意に満ちた表情に、達哉は力強く頷いてやる。
何かあれば、自分が力になってやると。
そんな達哉の態度に力づけられたのか、ネギはぱあっと表情を輝かせると、林の中へと歩を進めて杖を構える。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。誓約の黒い三本の糸よ、我に三日間の制約をトリア・フィーラ・ニグラ・プロミッシーワ,ミヒ・リーミタチオーネム・ペル・トレース・ディエース!!」
ざぁっ…と風が起こり、どこからともなく黒い紐がネギの右腕へと伸びて絡みつく。
やがて、ネギの右腕に三本の黒い線が残った。
「それじゃ、僕もう行きますね! 明日からのカリキュラム組まなくちゃ!!」
「ああ、頑張れ!」
先ほどまでとはうって変わって、元気良く駆け出すネギの背に向けて、達哉は微笑んだ。
◆◇◆◇◆
「いつまでついてくるつもりだ? もう寮に戻れ。」
日課の深夜の巡回をしている達哉。
だが、常と違うのはその隣をやや早歩きでついてくる少女。
「そうはいきませんよ。また、悪魔が現れるかもしれませんし、そんな場面を撮り逃すわけにはいきませんから。」
朝倉和美は、ふっふっふと不敵な笑みを浮かべながら、一向に帰ろうとはしない。
しかし、達哉はそんな彼女に少しおどけたように笑いながら。
「おいおい、朝倉……悪魔って、お前そんなもの信じてるのか?」
「むっ…しらを切っても無駄ですよ! ちゃんとこの目で見たんですから!」
「証拠はあるのか?」
「うぐっ……!!」
言い募るも一刀のもとに斬り捨てられ、朝倉は歯噛みする。
そんな彼女に達哉は肩をすくめる仕草をみせて、気付かれないように苦笑を浮かべる。
少々かわいそうな気もするが、こればかりは彼女に嘘つきになってもらうしかない。
「盗聴器まで仕掛けておいて証拠はない、じゃあどうしようもないな。」
「……別に壊さなくてもいいじゃないですか。」
「プライベートを守る権利は誰にでもある。」
正直、前の世界で盗聴器の仕掛けや探し方について、それらに詳しい仲間から教えてもらっていなければどうなっていたか。
咥えタバコで、彼はよく皮肉気に口元を歪ませながら言っていた。
─いいか、盗聴器は1個と思うなよ。少しでも怪しいと感じたら、徹底的に探せ。奴らはゴキブリより性質たちが悪く数が多い。
達哉は教えを反芻しながら、彼に何度も心の中で感謝した。
「とにかく、もう寮に戻るんだ。そう、それこそ悪魔に出会ったら大変だろう?」
「うぅ~っ……ん?」
納得いかないと唸る朝倉だったが、ふとその視線が何かを捉える。
達哉もそちらを見てみれば、そこには。
「あれは…ネギ?」
「バカレンジャーに図書館探検部のメンツも一緒じゃん。何してんだろ?」
図書館探検部という名称に聞き覚えはないが、それはおそらく一緒にいる木乃香もそうなのだろう。
彼女らは何事かを談笑しながら、道の向こうへと行ってしまう。
「そういえば、この先は図書館島への橋しかないな。」
「ってことは、図書館島に行くんですかね? ……こんな夜中に?」
達哉と朝倉は、しばし顔を見合わせる。
やがて、達哉は溜息を。朝倉はその目をぎゅぴんと光らせる。
「とりあえず、指導員としてはあいつらを止めに行くか。」
「匂うね~。な~んか、おいしいネタの匂いが。」
◆◇◆◇◆
達哉と朝倉が追いついたときには、ネギと少女らは今まさに図書館島内部へと踏み込むところだった。
「さあ、行きますよ皆さん!!」
「どこへだ?」
達哉の放った呼びかけに、全員がびくぅっと振り向く。
一番、最初に目のあった明日菜が、ばつが悪そうな表情を浮かべる。
「あ…周防さん。あの、これは……。」
「どこへ行くつもりだったんだ、神楽坂。それに近衛も、他の奴らもだ。」
有無を言わさない雰囲気のある達哉の声音に、皆がしゅんとなる。
が、その中でひとり平然としている者が。
「……なー、周防さん。」
「なんだ、近衛?」
人差し指を口元にあてて、んー、と唸っている木乃香に達哉は訊きかえす。
とりあえず、どんな言い訳をされようが、彼女らはしっかり寮に帰す心積もりだった。
「あん、木乃香でええですって。それよりなー、なんでカズミちゃんと一緒におるん?」
「あ。」
横を見れば、にこにこ笑顔の朝倉がそこにいた。
「お前はついてくる必要、なかっただろ。」
「いやいや、なんかスクープの匂いがしたんで、これは追いかけなきゃと。で? 何しに行くの、アンタたち。」
達哉の苦言はさらりと流し、すかさず木乃香たちに質問を返す朝倉。
芯までパパラッチ根性が沁み込んでいるらしい。
「えう、そ、それは、あの…!」
「落ち着くです、のどか。ここまできたらいっそ話してしまう方がいいのです。」
おろおろしていた、のどかと呼ばれた前髪の長いおとなしそうな少女を、こちらは逆におでこの広い少女がなだめる。
確か、バカレンジャーの一人だと達哉は記憶していた。
「実は、私たちはここ図書館島に眠る魔法の本を探しにきたのです。」
「は?」
突拍子もない話に、思わず間抜けな声が漏れる。
「その本を読めば、誰でも頭が良くなるとの話で、次の学期末テストに向けてそれを入手するべく─。」
「いや、待て。ちょっと待て。えーと…?」
「名前ですか? 綾瀬夕映です、周防達哉さん。」
「あ、ああ、そうか。綾瀬、お前、そんなものが本当にあると信じてるのか?」
達哉の質問に、眼鏡の少女がはははと乾いた笑い声で返す。
「いえ、まあ、都市伝説みたいなもんなんですけど、溺れるものは藁をも掴むっていうか…!」
達哉は、ふいに襲ってきた軽い頭痛にこめかみを押さえる。
確かに魔法が存在するのなら、そんな本があってもおかしくはないだろう。
だが、彼女らは魔法が存在するとは知らず、それでもそれを求めてここまできたという。
「普通は地道に試験勉強とか、一夜漬けとかするものじゃないか?」
「それでは足りないのです。我らバカレンジャーを救うには!」
綾瀬の言葉に、びしいっとポーズをとる長身の細目の少女と、褐色の肌に金髪の少女。
さらに頭痛が増したように感じた達哉は、眉間に力を込める。
とにかく、彼女らは即刻部屋に帰さねばなるまい。ネギなど今にも眠りそうで、両側で髪をまとめた少女に支えてもらってる状態だ。
「事情はわかったが、お前達は早く部屋に戻─…。」
「いいじゃないですか。」
そう言ってきたのは、達哉の隣で成り行きを見ていた朝倉だった。
その目が、妙にぎらついている。
「魔法の本、大いに結構!! その存在が証明されれば私のスクープにもなるし、バカレンジャーも助かるしで一石二鳥!!」
「おい、妙なことを言い出すな。なかったらどうする。」
「そのときはそのとき!! いざとなったら一夜漬けでも何でもすればいいんです!!」
駄目だ、話にならない。
おそらくは、魔法の本の存在=魔法が存在=達哉が魔法使い(正確にはペルソナ使い)ということを証明したいのだろう。
証拠証拠と、少々煽りすぎたようだ。
ふと、明日菜と目が合う達哉。
彼女の瞳に、こちらにすがるような光を見つけて、諦めの感情とともにようやく事態の背後を把握した。
「(そうか、神楽坂…お前か。お前が、こいつらを焚きつけたわけだな。)」
「あの、周防さんもできるなら一緒に来てください!! 本を見つけないと、でないと、その、大変なことになるんです!!」
明日菜の言葉に、達哉はほうと少し感心する。
おそらく、彼女の言う大変なこととは、ネギのことだろう。
出合って日も無い少年のために、わずかな可能性にかける彼女らの心根を無駄にするのも忍びないか。
無ければ無いで、朝倉の言う通りどうとでもなる。
最終的にそう判断した達哉は、ジッポの蓋を一度鳴らして苦笑する。
「……わかった。ただし、朝までには戻る。いいな?」
「はい!! ちょっと、ネギ。いい?」
「では、今度こそ行きますよ、皆さん!!」
ネギを呼び寄せて、明日菜が何事かを耳打ちする中、達哉と朝倉を交えたパーティーは扉の中へと足を踏み入れる。
ゆっくりと背後で扉が閉まり─。
「ええ~~~~~ッ!?」
明日菜の絶叫が響いた。
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