ねぎFate 姫騎士の運命 第十四話後編 投稿者:ガーゴイル 投稿日:05/21-19:09 No.577
――突如現れた謎の刺客【ヘダタリ】。
空間結界術を自在に操り、敵を翻弄する策士。
其の強さは、計り知れない。
――だがしかし、現在……
彼は、ぶっ倒れていた。
顎を陥没させ、血を口から滴らせて。
――微妙に恍惚な笑顔を浮かべている所が、かなり不気味だ。
その場に居る全員(被害者と加害者を除く)は、何とも言えない沈黙に浸るのだった。
ねぎFate 姫騎士の運命 第十四話 後編
「――で? この超絶的に無礼な愚か者は一体何なんだ?」
額に青筋を浮かべつつ、うつ伏せに倒れたヘダタリの頭を、素足でグリグリ踏みつけるエヴァ。
――更に笑顔になるヘダタリ。
何とコメントしていいやら……
「一応、ネギ君とアスナちゃんの命を狙ってる筈なんだけど……ねぇ?」
形容し難い表情で、曖昧に言う霧羽。
傍に居るネギと明日菜も、同様の表情で首を縦に振った。
「……ふん、まあ良い。憂さ晴らしも兼ねて、私自ら拷問――もとい、尋問してやる…」
不気味に笑い、足元に居るヘダタリをエヴァは睨め付けた。
喜ぶだけだと思うが。
「あの……マスター。余り手荒な真似は――その……」
鉄柱に減り込んだまま、珍しくエヴァの意見に口を挟む茶々丸。
僅かに、力無い表情で。
「――いえ、お気遣い無くMs.茶々丸。私は大丈夫ですので――其のお気持ちだけで、充分です」
そう言い、起き上がるヘダタリ。
その足はまるで生まれたての小鹿のように、ガクガクブルブル震えていた。
「――流石は、我が愛しい人。未だ脳が揺れていますよ……フフフ、此れも愛の痛みと思えば…」
やばい事を口走りつつ、空ろな瞳でその場に佇むヘダタリ。
――怪人から変態にランクアップだ。
「――まあ、其れは兎も角として……事を為す前に、皆様には一度謝罪して置きましょう」
直ぐに表情を紳士モードに切り替え、ヘダタリはネギたちに深々と礼の姿勢を取った。
――其の仕草に、一同の目が点になった。
しかし――
「此れから、皆様のお命を頂きます故に」
絶対零度の気配が、場を一変した。
――反射的に行動を起こすエヴァと茶々丸。
だが――
瞬時に、其の肉体は淡き光の球に囚われた。
「――な!? 何だ、此れは!!?」
「解析不可能――…すみませんマスター、解除できません」
エヴァがじたばた暴れるが、球はビクともしない。
茶々丸は先程のネギの結界の時のように解除を試みるが、敢無く失敗。
完全に吸血鬼と其の従者は、無力化されたのだ。
「エヴァンジェリンさん! 茶々丸さん!」
囚われた二人を見て、ネギは大きく驚愕した。
「こりゃあ、小型高位封印結界じゃねぇか! こんなモンを無詠唱で……信じられねぇ」
目の前で起こった光景に、カモは愕然とした。
「――中々博識な小動物ですね。如何にも、この結界は貴方の言うモノと同じモノです。外からの攻撃は勿論、中からの攻撃も一切効きません。その上、対象者の魔力を封じる効力も備えています」
淡々と述べるヘダタリ。
其の声も表情も、一切感情を宿していない。
――覚悟を、決めたのだ。
「お二人は暫らく、其処で大人しくしていて下さい。レディに対するには余りの仕打ちですが、辛抱を。――出来るなら、今回目標ではないお二人には、危害を加えたくないので…」
青白い光球に包まれた二人を背後にし、ヘダタリは目前に居る三人と一匹を見据えた。
黄金色の虹彩が、寒々と輝く。
――不気味に輝く其れは、月のようだ。
「――さて、長らくお待たせしました。早速ですが……始末させて頂きます」
言葉と同時に、不可視の刃が、放たれたのだった。
見えない。だが、解る。
風のうねり、大気の歪み、空間の断末魔。
其の全てが肌に伝わり、脳が事象を解析し、弾き出された行動を肉体が実行する。
魔力が回路に満ち、硝子球が脳内で砕け散る。
既に装填されていた無敵の楯が、この世に具現する!
「――【熾天覆う七つの円冠(ロー・アイアス)】ッ!」
再び霧羽の前に、花弁を持つ盾が現れた。
先程とは違い、花弁の数は六。
この僅かの間に、成長したとでも言うのであろうか?
花弁と刃が激突し、快音を響かせる。
そして――
当然の如く、砕け散る。
煙を振り撒きつつも、花弁は二枚残った。
「――其の盾は、一度見ています」
間髪置かず、二撃目を放つ。
――呆気無く、盾は粉微塵に砕け、辺りに風煙が生じた。
刃は健在。
盾の後ろへと、牙を剥く。
……終わりか。とヘダタリは思った。
――しかし、その思考は刹那で覆った。
「――いない!? 盾を囮にし、逃げたのですか!」
そう、盾の背後には、オコジョ一匹居なかった。
砕ける瞬間生じる一瞬の隙を見計らい、身を隠す。
――しかし、この橋の上には身を隠す場所は全くと言っていいほど無い。
ならば――
「――私に向かってくる!」
言った瞬間、
背後から、青白い刃が襲い掛かる。
――ヘダタリは掌を刃に向け、壁を形成。
刃は当然、弾かれた。
(――やっぱり)
攻撃を仕掛けた本人――霧羽は、内心冷めた調子で、そう思った。
防がれる、そう確信していた。
其れでも、良い。
さて、蛇足のようだが、今までの流れを説明しよう。
【熾天覆う七つの円冠】を投影し、先ずはネギと明日菜とカモを隠れさせた。
――恐らくレンガ柱の後ろ辺りに、居るだろう。
そして、霧羽は魔力で肉体を強化し、素早く相手の背後に回り、攻撃。
そして防がれたという訳だ。
「……だけど、甘いよ!」
壁に刃を押し付けたまま、彼女は逆の手を伸ばす。
其処には――
「――【運切】!!」
鞘と同じ白木の拵えが施された、もう一つの刃が。
長さは、両の刃とも普段の運切の半分。
つまりは――
「――双小太刀、ですか? 成る程、長刀と双小太刀――二つの顔を持つ刀ですか」
繰り出される刺突を避け、無表情に呟くヘダタリ。
「ご名答。私の意志で、二つの形態を切り替える不断の妖刀……其れが、私の相棒よ」
言って、霧羽は間合いを取り、右手の刀――【運(さだめ)】――を後ろに引き、
「―――疾ッ!」
――投射。
鉄甲作用が付属されているものの、ヘダタリの防壁には余り意味が無い。
あっさりと、防がれた。
「この程度では、私には―――ッ!?」
ヘダタリの顔が、驚きに変わる。
何故なら、霧羽の真の意図は投射ではなく――
「―――破ッ!!」
【運】を投射すると同時に、一気に間合いを詰め、懐に潜り込み――肘撃!
しかも、肘撃を放った腕の拳に、掌打を中て威力を増幅させた、渾身の一撃。
防御が間に合わず、ヘダタリは苦悶の表情を浮かべ、一瞬宙に浮いた。
「我流体術“飛走”…。――ネギ君、今!」
霧羽の号令に応え、傍のレンガ柱からネギが飛び出してきた。
既に杖を構え、詠唱準備に入っている。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……“unus fulgor concidens noctem, in mea manu ens inimicum edat.FULGURATIO ALBICANS『闇夜切り裂く一条の光、我が手に宿りて、敵を喰らえ。【白き雷】』”!!」
ネギの手から離れた白雷は、狙い違わずヘダタリの背に突き刺さった。
「――ぐうぅぅ!?」
電光がヘダタリの身体を奔り、白き雷鳴が辺りを彩る。
苦しげな呻きを上げ、ふら付き――止まった。
今の魔法では威力が足らず、決定打に欠けていたのだ。
「……調子に乗らないで下さい!」
背中から黒煙を立ち昇らせ、僅かに怒りの表情を浮かべるヘダタリ。
――指が、連続で鳴る。
見えざる無数の刃が、虚空に出現した。
「ハンバーグの類は、お好きですか?」
笑えない笑顔で、にこやかに言うヘダタリ。
その問いに霧羽は――
「好きだけど自分がミンチになるのは嫌ぁ―――ッ!!?」
泣き叫び突っ込みで、返す。
問答無用で、豪雨の如き刃が撃ち出されるのだった。
「戦略的撤退! 後ろに向かって前進よ!!」
強化を駆使し、全力ダッシュを開始する霧羽。
勿論、ネギも忘れず脇に抱えている。
――余りの速さで、霧羽の周囲で小規模な水蒸気爆発が起こる。
「あ、あわわわわッ!?」
凄まじい速さの所為で、ネギが目を回しているようだが一切無視!
「龍兄さんお手製!【うーちゃん印の催涙丸薬(フランダースver)】――!」
去り際に、懐から取り出した怪しげな鬱金色の丸薬を床に叩きつけ、逃亡。
煙が出ると同時に、日本人なら一度は耳にした事があるだろう最終回にも流れたあのテーマと共に、倒れ伏した少年と其の愛犬の幻影が現れた…
……一体何考えてこんなの作ったんだ?
「うう……やはりこの話は感動の名作ですね…」
……しかも効いてるし。
もう何が何だか。
――柱の陰に隠れていた明日菜とカモも拾い、霧羽達は別の柱の影に隠れ直した。
「――皆、大丈夫?」
ネギを脇に抱えたまま、霧羽は荒い息を吐きつつ言った。
「…なんとか無事よ……」
「尻尾の先を掠った時は生きた心地がしませんでしたぜ…」
やつれた表情の明日菜とカモ。
流石に神経が太いこの二人も、今の攻撃には少々まいったようだ。
「あうあうあうあうあうあう~~~」
目がナルトになっているネギの力無き呻き。
平衡感覚がおかしくなっているらしい。
「……如何やら、皆問題無しのようね。――じゃ、早速作戦会議と行きましょうか……」
――ネギを降ろし、目を鋭く細ませる霧羽。
雰囲気が一変し、まるで歴戦の勇士を思わせる。
「戦っていて、解ったの。アイツの弱点が……ね」
――反撃の狼煙が、今昇る。
「私とした事が、あんな手に引っ掛かるとは……一生の不覚です」
大丈夫、お前が間抜けなのは確定事項だから。
まあ其れは置いといて。
現在ヘダタリは、周囲に散布された催涙煙の処理に手間取っていた。
如何に無敵の次元結界と言っても、【完全ではない】今の彼の結界には僅かな隙が在るのだ。
よって、催涙煙を排除しなければ話にならないのだ。
「――此れで良し。さて、続きと行きましょう」
渾身の力で、指を打ち鳴らす。
再び無数の刃が出現。
――しかし、其の数は先程の倍以上。
夥しい数の歪刃が、全方向に向けられていた。
全方位、無差別攻撃。
「――幸い、辺りに人家は在りませんので、人的被害は皆無です。本来ならば、このような乱暴な手段は好まないのですが、嫌な仕事は速く終わらせるに限ります。――小細工無しの全力投球で往かせて貰います!」
指に力を籠め、魔の力を高める。
全てを斬り刻まんと。
全ての想いを、刃の元に封ぜんと。
――嵐の如き歪みの殺戮が迸る其の瞬間、
脇を、長大な棒状の物体が、過ぎる。
其れは杖。
先程の闘いで、エヴァが奪い、橋下へと投げ捨てた杖だった。
凄まじい速度で飛行する其れは、更に速さを高め、疾駆する。
――主の下へ、戻らんと。
何時の間にか、前方に一つの影が立っていた。
十代に為るか否かの、幼い少年。
其の瞳は、揺ぎ無き闘志を秘め、確りと輝きを放っていた。
少年が手を伸ばす。
杖は其れに応え、自分の居場所である掌に、当然の如く収まった。
――今、若き魔法使いの反撃が始まる!
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……“septendecim spiritus aeriales, coeuntes……『風の精霊17人。集い来たりて……』”………!」
正体不明の暗殺者を前にしても、ネギは冷静だった。
――いや、そうでもない。
足は僅かに震え、目も涙目に為っているだろう。
しかし、ネギは逃げない。膝を附かない。泣き出して目を逸らさない。
何故なら今のネギは――
(もう、逃げないって決めた。僕も追い駆けたいから……追い着きたいから。父さんの――ナギ・スプリングフィールドの背中に! だから僕は……)
夢を追う、立派な男だからだ!
「此処は退きません!“SAGITTA MAGICA, SERIES FULGURARIS.『魔法の射手・連弾・雷の17矢』”!!」
十七の雷光が空間に生じ、刃の隙間を縫い、ヘダタリへと殺到する!
只の魔法の射手ではない。霧羽取って置きの魔力回復増強薬で強化された、通常の三倍の威力を誇る矢である。
(霧羽さんの推理が正しければ……)
奔る雷矢を見据え、ネギは再び構えを取る。
そして――
全ての雷がヘダタリに触れる直前、
全ての刃が、崩れ消えた。
その代わり、入れ替わるように出現した壁が攻撃を防いだ。
「――見抜かれましたか」
冷たい声色で、吐き捨てるかのように言うヘダタリ。
……そう、此れがヘダタリの弱点の一つ。
『攻撃と防御を同時に行えない』
エヴァや発電施設を抑えている結界術は別系統で働いている所為か影響は無いが、同系統で動いている“界刃”と“界壁”は、同時に使えない。
無理に使えば、どちらかが制御を失い、消える。
僅かな闘いの中で、霧羽が見出した欠点だ。
――しかし、全ての矢は、壁に遮られ力を失くしていく。
「まだ、届きませ―――ッ!?」
その時、ヘダタリの背後に、無味乾燥な気配が迫る。
壁を展開している為、急な行動は出来ない。
“―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ”
静やかな声と共に、辺りに空を割く鋼音が響く。
“―――心技、泰山ニ至リ”
深遠に、二つの色が映える。
“―――心技、黄河ヲ渡ル”
一つは闇中にて尚輝く白。一つは闇中に溶け込むかの如く輝く黒。
“―――唯名、別天ニ納メ”
無数に輝く、白と黒。
“―――両雄、共ニ命ヲ別ツ”
古代にて、妻の命と引き替えにし、悲しみに暮れる名工が打ち出した、比翼の剣。
互いに引き合い、敵を翻弄する稀代の夫婦剣。
名を――
「――【干将・莫耶】!」
数え切れない白と黒の鋼が、ヘダタリ――其の背後に、殺到する!
其の独特の形状を用いて巧みに軌道を変え、其れ等は刺斬を放たんとす!
「………壁は、一方向だけとは限りません!!」
避けきれないと悟ったヘダタリは、雷を防ぎきった壁を消し、胸の前で掌を併せ、打ち鳴らす。
瞬間、彼を包み込むように、黒い卵形の壁が現れた。
「――“界纏”…若干防御力は落ちますが、この程度の攻撃にはビクともしません!」
――現れたと同時に、幾多の切先と刃が、黒き壁に襲い掛かる!
――ギギギャギャギャギギイィィィィィ…………ッ!!
形容し難い金属音が響く。
音が長引くにつれ、数多の刃たちは崩れ、消えて行く。
「………くぅ…!」
いくらランクが低いからとは言え、これ等の剣は間違う事無き“貴い幻想”。
例えヘダタリでも、これ等の嵐刃を防ぎきるには、少々堪えた。
――そして、
「……終わりましたか」
音が、衝撃が、気配が―――全て、途絶えた。
鋼の欠片が夜に飲まれ、輝く暇も無く散っていく。
……雪の如き虹彩が、広がる。
「……宴も酣、ですか」
壁を解除し、特大の斬撃を放とうとした其の瞬間――
歪な鏃が、彼の左肩を撃ち貫いた。
無数の干将・莫耶を投影し終わり、続いて霧羽は弓を投影した。
手に馴染んだ、漆黒の和弓。
其の長大な弓を構え、続いて今回の要となる、鏃の投影に入る。
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に至る技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽し―――
脳に激痛が奔る。
流石に高ランクの宝具の投影となると、肉体に掛かる負荷も尋常ではない。
歯を食い縛り、己が内の領域に没頭する。
そして――
ここに、幻想を現し一振りの剣と成す―――
手に、一本の矢が生まれた。
何処にでも在りそうな、白羽の矢。
重要なのは、其の鏃。
禍々しくジグザグに歪んだ其れを、霧羽は弓に番えた。
「………此れが、私に出来る全力…!」
瞳に、腕に、腰に、指に、弓に、矢に、有りっ丈の魔力を通す。
――一瞬、霧羽の瞳の色が変わった。
深い、深過ぎて黒に近い、深淵の蒼。
膨大な力を感じさせる、心の色。
「………【偽・破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】……ッ!!」
声と共に、撃ち出される。
術の魔術を破戒する其の鏃は、寸分違わず闇の壁に突き刺さり、
――魔導書の肩を、撃ち貫き通したのであった。
――肩が矢で貫かれた瞬間、ヘダタリの身体に激痛が迸った。
「………ガハァ…ッ!!?」
全身の神経を長針で掻き回されるような、言い難い痛みが動き回る。
――魔導書であるヘダタリには、【破戒すべき全ての符】は言わば猛毒。
毒が全身の回路を引き裂き、そして全身を覆っていた黒き壁が、粉々に砕け散ってしまった。
其の瞬間――
「――今だぜ、姐さん!」
「解ってるわよ!」
端のレンガ柱から、カモを肩に乗せた明日菜が飛び出してくる。
其の手には、二本の杖。
ネギのコレクションだ。
(――不味い…)
直感。
そう感じ取ったヘダタリは、臍を噛んだ。
避ける事も、防ぐ事も出来ない。
――如何すれば?
「……こうするしか…ないでしょうッ!」
ヘダタリの取った行動……其れは、
「………ぐ、があぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
生肉を割く音。
――役に立たなくなった左腕を、無理矢理引き千切ったのだ。
肉に食い込んでいた矢も、其れにより抜け落ち、砕かれ消える。
――しかし、此れで彼の力を疎外する物は消えた。
明日菜が疾駆し、地を蹴る姿が見える。
(……間に合う)
ヘダタリは残った魔力を掻き集め、自分の目前に巨大な壁を構成した。
(……攻撃を防ぎ、そして一撃を…)
しかし、彼の思惑とは裏腹に……
あっさり突破されちゃいました。
「ぷりぐれしッッ!!?」
奇声を上げつつ、豪快に飛ばされるヘダタリ。
頬には確りと、明日菜の靴跡が…
(…忘れていました。彼女の魔法無効化能力を……)
やっぱりシリアスでも、何処か抜けてるな。
「――カモ!」
「承知でさぁ、姐さん!」
柱に減り込んだヘダタリに向かい、明日菜の肩から飛び立つカモ。
其の前足には、長い二本の杖が。
「兄貴特製、魔法榴弾だ。――知ってるか? 魔法榴弾にはなぁ、魔力と相互干渉して、魔法を増幅する効果もあるんだよ!!」
杖を、動けないヘダタリにぶつける。
「――今だ、兄貴!」
慌てて避難するカモの声に応え――
闇の中から、少年の言葉が生じる。
魔を含みし言葉――呪文。
若き魔法使い――その、最大の一撃!
「僕たちの、勝ちです。――“JOBIS TEMPESTAS FULGURIENS.『雷の暴風』”!!!」
手から、極大の雷鳴と暴風が生じる。
雷風はあっという間にヘダタリと杖を飲み込み――そして、
爆発的に膨れ上がり、あらゆる物を薙ぎ払い、一切の容赦も無く吹き飛ばす!
全ては雷光に焼かれ、夜の闇へと消えていった。
――そう、全て残らず、消えていった。
「……終わったか」
つまらん、と呟いた其の顔は、微妙に楽しそうに笑っていた。
「まさか、ぼうやたちがあそこまでやるとはな…」
光球に囚われたまま、エヴァは静かに言った。
――彼女の力でも、この結界からは抜け出せなかった。
従者である茶々丸も、同様だった。
「さて、どうやって出るか……」
心底嫌そうにエヴァが溜息を吐いたその時、
光の檻が、消えた。
――魔力の供給が、途絶えたからだ。
つまり其れは――
「―――ッ!? マスター――!」
――バシイイィィィィン!!
学園の結界の復活も意味する。
――其の上、
今エヴァが居る場所は、橋上から外れた空中。
下は、巨大な湖。
しかも、戦闘の余波で巨大な氷塊が浮かんでいる。
……不死の状態なら兎も角、力が殆ど封印され、十歳の女の子とさほど変わらない今の状態なら――
死は、免れない。
茶々丸の悲痛な叫び。
全てを理解したその時にはもう、エヴァは落下していたのだった。
エヴァを助けるべく、茶々丸は足裏と背部のブースターを限界まで酷使した。
主を、助けるべく。
エヴァまで十m―――足裏と背部に違和感を感じた。
エヴァまで五m―――パーツの間から黒い煙が生じ、ブースターが放電し始めた。
エヴァまで二m―――ブースターが異常発熱を開始。
そして……零m―――エヴァを空中キャッチ。しかし……
ブースターが火を噴き、小爆発。
茶々丸が少しも意に介さない。
だって、一番大事な人が、護れるのだから。
茶々丸は、微かに笑顔を浮かべた。
「……茶々丸?」
「大丈夫ですか、マスター」
エヴァを抱え、落下する茶々丸。
其の顔は、何時もの無表情とは少し違い、穏やかな笑顔だった。
――嫌な予感が、エヴァの脳裏を駆け巡った。
「……如何したんだ。このままではお前は――」
「すいません、マスター。先程の戦いの最中で配線を痛めた上に、ブースターを限界まで酷使した為、私にはもう飛行手段はありません。――しかし、大丈夫です。マスターは……私が護ります」
言って、エヴァを強く抱き締める茶々丸。
――自らを犠牲にするかのように。
このままいけば、茶々丸の身体がクッションになって、エヴァは助かるだろう。
だが、茶々丸は……
「――嫌だ。嫌だぞ、私は! お前を犠牲にしてまで私は………!!」
「有難うございます、マスター……しかし、私はロボットです、マシンです。――頭脳さえ無事なら、ボディは幾らでも再生できます…」
涙を流し、猛烈に講義するエヴァを優しく抱きとめ、茶々丸は目を瞑った。
――下手をしたら、再生不可能な状態に為るかもしれない。
だけど、仕方が無い。
「マスターを、護れるのなら……」
目を、開く。
視覚センサーに、夜空が映し出された。
闇と、星と、其れに――月。
茶々丸は、漸く気付いた
今夜は、月が綺麗だ――と。
――その時、
「――死なせは、しません。紳士の誇りにかけて」
――橋の上に居たネギたちは、硬直していた。
落ちて行くエヴァと茶々丸を助けようとした直後、
影が、エヴァと茶々丸の前に舞い降りた。
銀の髪を持つ、黒い影。
左腕を失い、全身が煤けた男。
――彼の名は……
「……ヘダタリさん」
エヴァと茶々丸を救った、謎の影。
十絶書、ヘダタリ。
何故、ネギの魔法に飲まれた彼が此処に居るのか?
答えは簡単だ。
直撃する直前、“界渡”で空間を繋ぎ、逃れたのだ。
――しかし、それで殆ど戦う力を失ってしまったが…
今、彼が使ってる術が、正真正銘最後の力なのだ。
――彼等は、宙に浮いていた。
「重力遮断結界です。このまま上に行くので、もう少し辛抱してください」
儚げな笑みを浮かべ、言うヘダタリ。
彼等を包んだ光の繭が、少しずつ上昇を始めた。
「……何のつもりだ」
泣き過ぎた所為か、赤く腫れた目でヘダタリを睨みつけ、言うエヴァ。
「何のつもり、と言われましても……」
困ったように首を傾げ、ヘダタリは頬を掻いた。
「――麗しきレディを助けるのに、理由が必要ですか?」
真顔で、言う。
其の言葉に、二人は顔を赤らめ、黙ってしまった。
――繭は、順調に上昇する。
――まあ、そんなこんなで。
繭は無事に橋上に辿り着き、そして――
「――で、如何する? 皆」
目前で神妙に正座をするヘダタリを見て、困ったように言う霧羽。
他の皆も、同様な表情だ。
「……まあ、定例なら締め上げて、背後関係を吐かせるのだがな…」
「――すいません。契約に縛れている身の上では、其の手の事を喋るのは不可能なのです」
「……だと思った…」
舌打ちをするエヴァ。
「――そう警戒しなくても…最早私には、闘う力も残っていません。だから……此処で私を、殺してください」
私が理性を失う前に。
――その場に居る全員の表情が、固まる。
「このままでは、私は呪いにより理性を失い、狂った獣と化し、本能の赴くまま殺戮と狂乱に明け暮れるでしょう。――私が正気を保っていられる内に、お早く」
真剣な表情。
死を、覚悟した瞳だ。
「…駄目。出来ないよ……」
口を開いたのは、霧羽だった。
此方も真剣な表情だ。
「――何故です!? 私は貴方達の命を狙った、敵です。……情けを掛けようと思うのなら、お気遣い無く。其の程度の情けは、私に対しての侮辱に値します……!!」
静かだが、怒りを含んだ口調で返すヘダタリ。
しかし、霧羽は全く動揺すらしない。
只静かに、ヘダタリを見つめた。
「――だって、貴方は……いい人だから。貴方のような優しい人を、私は殺したくない」
「…其れは、貴方の理想です。私を殺さなければ、貴方達を含めた罪無き大勢の人達が死ぬ事に為ります。――この左腕に刻まれた呪印により、化生と化した私によって!!」
――吼えると同時に、ヘダタリの腕が再生した。
魔力さえ残っていれば、再生は容易なのだ。
――其の腕には、
「………あれ?」
何も、刻まれていなかった。
ゆで卵の如く、白く滑々肌が、そこに存在していた。
――予想だにしていなかった出来事に、ヘダタリは一瞬呆然とし、次の瞬間には叫んでいた。
「…な、なななな何故呪印が消えているのですか!? 主が死なない限り、決して消えない筈の呪いが……だれか教えて――ッ!?」
返答は、直ぐ返ってきた。
「……あ~~、其れ多分私の所為」
予想通り、霧羽である。
頭を掻きつつ、彼女は言った。
「さっき、私が使った矢――あれの鏃の原型は、裏切りの魔女の持つ、全ての魔術を破戒する符……つまり、全ての魔法を無効化する刃なの。だから、多分其れの所為じゃないかなって……」
あっけらかんな物言いに、ヘダタリは大口を開けて固まった。
――更に、
「な、何だと!? 衛宮霧羽、貴様そんな物を……私に貸せ、渡せ、寄越せ―――ッ!!」
現在呪いに悩むお子様吸血鬼が、過剰反応した。
かなり切羽詰っているようだ。
「…私に掛かっていた呪いが、解けた…。私はもう、自由………は、は、は、アハハハハハハハハハッッッ!!!」
突然、笑い出すヘダタリ。
額に手を当て、立ち上がり仰け反りつつ高笑いを上げる。
――突然の奇行に、その場に居る全員が呆気に取られた。
そして、ヘダタリは徐に霧羽に近付き、
「――どうも有り難う御座います! お陰で、貴方のお陰で漸く私は自由になれました!! 有難う、本当に有難う御座います!!」
彼女の手を取り、滝の如き涙を流し、深々と礼を述べた。
「あ…ど、如何も…」
引き攣った笑みで、霧羽は答えた。
「ようし、此れからは自由を大いに満喫しますよ――! しかし……このまま此処に居ては直ぐに足が附いてしまいますね……愛しき人と別れるのは断腸の思いですが、此処は一先ず高飛びと洒落込みましょう!!」
ぱん、と手を打ち鳴らし、ヘダタリは傍に居たエヴァと茶々丸の手を取り、
「そういう訳で、私は一先ずお暇させて頂きます。――再び出会える日を、楽しみにしています。では―――御機嫌よう、愛しき人Ms.エヴァンジェリン。我が心友Ms.茶々丸……」
恭しく手の甲に、順番に――キス。
其の優雅な仕草に、二人の少女は頬を真っ赤に染めた。
――そして、最後に彼は優しい笑顔を浮かべ、
「――では、皆様に幸いが在らん事を。……アディオスッ!!」
闇の中に、消えた。
風の残滓のみが、その場に残る。
――なんとも言い難い沈黙も、残された。
「……結局、何だったんだ、アイツは?」
肩に掛けられたままのスーツを一瞥し、赤い顔のまま、エヴァが不機嫌そうにそう言った。
「ま、いいんじゃないの?」
疲れた笑顔で、霧羽は軽く息を吐いた。
「――皆、無事だったんだし。言う事無いじゃん」
明るい、笑顔。
霧羽の眩しい笑顔に、その場に居た全員が釣られて笑い、そして――
漸く、長い戦いの夜は、一先ず終わりを告げたのだった。
おまけ
「――何か色々遭ったみてぇだが、あいつら大丈夫か?」
保健室で、独り言を呟きつつ、怪しげな試験管の液を、粉薬に垂らす龍朝。
吸血鬼化の治療薬だ。
後ろのベッドには、まき絵、亜子、アキラ、裕奈が眠っていた。
……メイド服姿のままで。
「……言っとくがな、別に出番が欲しくて無理矢理出てきた訳じゃないぞ」
説得力がまるで無い。
「喧しい」
お後が宜しいようで。
――さて、長い夜の一幕は、漸く終わりへと。
紳士の呪いは解け、自由の夜空へと羽ばたいて行きました。
しかし、戦いは未だ続きます。
其れが、我等の姫騎士とその仲間達の、運命なのですから……
運命は、如何に進むのか?
ねぎFate 姫騎士の運命 |
ねぎFate 姫騎士の運命 第十五話 |