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ねぎFate 姫騎士の運命 第十六話後編 投稿者:ガーゴイル 投稿日:05/22-16:28 No.583

――戦闘の始まりは突然だった。
先ず、動いたのは千草。
懐から取り出した無数の符を、霧羽に投げ放つ。
符は瞬時に式神――子ザル――と化し、霧羽に飛び掛ってくる。
しかし――

……スゥ…

其の程度では、彼女は倒せない。
自分の身長以上ある斧剣を大上段に構え、左足を引く。
――踏み込みの体勢である。

「――“虎王、震天剣”ッ!!」

世界が、揺れる。
地を砕く踏み込みと同時に、斧剣が空間を大地ごと斬り割く。
聞こえるのは――震の響き。
空間を震わせ、粉砕する衝撃の響き。
斬撃は深く大地を抉り、其れに伴う衝撃波が全てを吹き飛ばす!
――“虎王震天剣”……霧羽の必殺技の一つ。
二の太刀要らずとも呼ばれる、鹿児島の剣術流派は一つ、示現流からヒントを得た技である。
大地をも砕く、神速の踏み込みから生じる、渾身の一撃。
其の一撃は鋼鉄をも切り裂き、敵を防御ごと打ち砕く(衛宮夫婦には通用しなかったが)。
更に今回は、其の肉体を魔術で限界まで強化し、英雄の経験が蓄積された武器で放ったのだ。
――其の威力、正に一騎当千。
尤も、模造品である斧剣は魔力の放出に耐え切れず、砕け消えてしまったが。
「「「「……………………」」」」
一同、絶句。
千草は自分の式を全て消し飛ばした、今の技の威力に。
明日菜とネギは、霧羽の相変わらずの目茶苦茶ぶりに。
刹那は……彼女の実力に。
皆、言葉を失った。
「――ネギ君、アスナちゃん、刹那ちゃん。雑魚式神は私が相手をするから、このかちゃんをお願い」
新たに黒和弓と黒鍵を投影し、霧羽が言った。
其の目は、油断無く前を見据えていた。
一瞬、ネギは躊躇うが――力強く、頷いた。
明日菜も、任せといて、と力強い笑みで、承諾した。
刹那は――無言で、愛刀【夕凪】を構えた。
霧羽は振り返らず、微かに口元を笑みに歪め――

「――GO AHEAD!!」

先陣を、往く。


ねぎFate 姫騎士の運命 第十六話後編


霧羽の意に答え、先ずはネギが呪を唱える。
「“契約執行180秒間!! ネギの従者『神楽坂明日菜』!!”」
明日菜の身体が光に包まれ、身中に魔力が満ちる。
仮契約による、簡易魔力供給である。
コレのお陰で、一般人である明日菜も、人外の戦いに付いていけるのである。
「アスナさん! パートナーだけが使える専用アイテムを出します!! アスナさんのは『ハマノツルギ』!! 武器だと思います――受け取ってください!!」
明日菜の姿が画かれたカード――仮契約カード――を取り出し、ネギは明日菜に告げる。
「武器!? よ、よーし……頂戴、ネギ!!」
明日菜の言葉に応え、カードから雷光が迸り、明日菜の手に集束。
――雷光の中から、一振りの剣が現れる!
「キャ…ッ! き、来たよ。何かスゴそう……」
現れし其の姿は………!

ハリセンだった。

柄の部分は簡素だが趣を感じる造り。
刀身は――材質不明。形状はハリセン。
何処から如何見ても、ハリセンだ。
「な、何コレ――!? 只のハリセンじゃないの――!!?」
「あ、あれー。オカシイなー…?」
呼び出したネギ本人も、首を傾げた。
しかし、悩んでいる暇は無い。
「神楽坂さん!」
「ええーい! 行っちまえ、姐さん!!」
刹那の呼びかけと、カモの激励に後押しされ、
「も――! しょーがないわねッ!!
ハリセンを振りかぶり、千草へと躍り掛かる!
刹那の白刃と、明日菜のハリセンが、千草に迫る。
――しかし、

ガギィンッ!!
スパアァンッ!!

二体の着ぐるみが、刃とハリセンを受け止めた。
千草が身に纏っていたサルの着ぐるみがハリセンを顔面で受け止め、新しく現れたクマの着ぐるみが強固な爪で白刃を防ぐ。
「うわった…!? 何コレ? ――着ぐるみじゃなかったの!?」
「呪符使いの善鬼護鬼です!! 間抜けなのは外見だけです――気をつけて、神楽坂さん!!」
体勢を立て直し、再び構えを取る両名。
驚く明日菜に、律儀に答える刹那。
其の隙に、千草は木乃香を抱えて逃げの用意を取った。
「ホホホホ―――ウチの猿鬼と熊鬼はなかなか強力ですえ。一生そいつらの相手でもしていなはれ!」
冷や汗をかきつつも、自信満々に言い放つ千草。
……だが、

―――ボンッ!!
ム゛キッ!?

明日菜の放った一撃が、見事に極まる。
雲散霧消。
叩かれた部分を中心に、猿鬼は煙と為り消えていく。
其の光景に、一同は感嘆とも驚愕とも取れる嘆息を吐く。
――もっとも事の本人は、其の凄さをちぃーっとも理解していないが。
…まあ取り合えず、状況は少しずつ変化を見せる。


(アスナちゃんの【アレ】……宝具級とまではいかないけど、凄い…)
明日菜の【ハマノツルギ】を解析し、霧羽は驚嘆した。
基本骨子、構成材質、蓄積年月、憑依経験……その殆どが、【不明】。
宝具をも解析可能な目を以ってしても、彼女の武器が何であるのか、解らない。
彼女の能力ゆえか、其れとも武器本来の能力なのか。
(……ま、いいや。其れより今は……)
霧羽は思考を打ち切り、目線を前に向ける。
熊と戦うハリセンの少女。新たに現れた眼鏡の双剣使い――神鳴流剣士【月詠】――と刀を交える、黒髪の少女。――そして、呪の言の葉を紡ぐ少年。
(――アシストしないとね)
怒りの気を静めつつ、霧羽は己の箍を締め直す。
先程の一撃のお陰で、暴走気味だった思考が幾分落ち着いたようだ。
「――受けてみなはれ! 秘技、“百猿夜行”!!」
千草の服のあらゆる所から、無数の符が放たれる。
其の一枚一枚が、無数の猿と化す!
此処までなら、今までとはさして変わらない。
――尋常ではないのは、その数。
優に百は超えている。
「更に――“超猿合身”やッ!!」
号令と同時に、猿達が一箇所に集まる。
其の肉体は捻れ、とろけ、融合し――

……ヴッギイィィィィィィッ!!

やがて姿を現したのは、巨大な―――猿!
間抜けな外見はそのままだが、身の丈が数mにまで巨大化。
不気味可愛い唸りを上げて、巨大猿が大地に立つ!
「……うっわぁ。何か色々台無し…」
色んな意味でシリアス気分を壊され、げんなりする霧羽。
「ホホホホ! どうや! ウチ自慢の合体融合式神は!! ――この強大な力を、其の身で味わうとええわッ!」
高笑いを上げ、まんま悪役な台詞を堂々と言い放つ千草。
お約束のパターンである。
巨大猿はそのまま両手を大きく振り上げ、
「―――…全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

ズドドドドドドドドドド……!

問答無用で放たれた無数の剣雨が、巨大猿に突き刺さる。
…無駄に丈夫なのか、全身に剣を生やしたまま、フラフラと千鳥足を踏む猿。
……少し罪悪感を感じる。
「……投影、開始(トレース、スタート)」
息も吐かせず、更に投影。
構えた弓に、黒鍵が番えられる!
「“火葬式典”ならぬ―――“爆葬式典”ッ! ……なんちゃって」
放たれた黒鍵(劣化版【壊れた幻想】)は、見事猿の眉間を穿った。
――瞬間、魔力が迸り、猿の頭蓋を粉々に吹き飛ばす!

ヴギイィィィィ……

物悲しい猿の断末魔が、構内に響いた。
「な……ッ!? う、ウチの最高傑作が……」
「…的が大きくなった上に、動きが鈍くなったから、逆に狙い易かったけど……」
ぼそっと霧羽が漏らした一言に、千草が固まった。
――策士、策に溺れる。
余計な機能さえ使わなければ、そこそこ善戦していたかもしれない。
最早、後の祭りである。
兎にも角にも、千草と霧羽の勝負は、結末が見えた。
――そして、

「――ラス・テル・マ・スキル・マギステル…“undecim spiritus aeriales!! vinculum facti inimicum captent. ――SAGITTA MAGICA, AER CAPTURAE『風の精霊11人!! 縛鎖となって敵を捕らえろ―――魔法の射手・戒めの風矢』”!!」

完成したネギの魔法が、空を駆ける!
十一の風の矢は、狙い違わず千草へと迫る!
「ひぃぃぃぃぃッ!?」
木乃香を抱きかかえたまま、涙目で悲鳴を上げる千草。
だがしかし――

「――あかんなぁ」

天に、影が生じる。
影が其の手に持つのは――巨大な鏡。
影は矢群に鏡を翳し――
「幾ら年増やゆーたかて、一応女や。芋を洗うように丁寧に扱ったれや」
色々と突っ込み所溢れる台詞。
矢が鏡に触れた瞬間――

反射――返撃。

ネギの放った魔法の射手が、ネギ自身に撥ね返ってくる!
「――なッ!?」
咄嗟に障壁で防ぐ。
――ネギとカモの目が、驚きで真ん丸になっていた。
「あ、兄貴の魔法が弾き返された!? てめえ、一体何者だ!?」
ネギの頭の上で、驚愕の声を上げるカモ。
カモの問いに影――白い着物姿の青年――は、双眸を覆い隠すサングラスを指で押し上げ、
「――わいに名はあらへん。強いて名乗るなら……“カラクリ廻しのナナシ”…。何処にでも居る、自由気ままな用心棒や」
そう言い、彼――【ナナシ】――は、にやりと笑い、
「どや? コイツ――【カラクリ呪具 雲外鏡】の力は。コイツは魔力や気を弾き返す特殊金属で出来とってな、下級魔法ぐらいなら防いでくれるんやで」
鏡――【雲外鏡】――をヒラヒラと振りつつ、楽しそうに言うナナシ。
「――お前の相手はわいや、ガキんちょ」


ナナシの姿が消える。
直感的に、ネギは右手を斜め後ろに突き出した。
「――成る程。素質は在るようやな」
――衝撃。
ネギの掌は見事、素早くネギの背後に回ったナナシの拳を捕らえていた。
しかし衝撃までは殺せず、ネギの体は宙を舞っていた。
「―――ッ!?」
空中で体勢を立て直し、着地。
伊達に修羅場を潜り抜けてはいない。
「――思ったより、楽しめそうや」
凶悪に笑う、ナナシ。
彼は、直感的に理解していた。
眼前の敵――ネギ・スプリングフィールドの底知れぬ潜在能力を。
(コイツは……ひょっとしたら大化けするでぇ)
微かに口元を吊り上げ、ネギの評価を改める。
コイツは――将来が楽しみだ。
「さぁて……と」
持っていた【雲外鏡】を、放り投げる。
其れは、彼の背後――千草と木乃香の居る場所――に落ちた。
「千草はん、其れ持ってとっとと行きぃな。――あと、このかお嬢はんの扱いは丁重に頼むで。千草はんと違うて、スベスベお肌は傷付き易いさかいに」
「――だ、誰がガサガサ鮫肌・お肌の曲がり角やてえぇぇぇぇ!!」
「其処まで言っとらんわ」
激怒する千草に、ナナシは冷静に突っ込みを入れる。
微妙に慣れた感じである。
……ネギ達の目は点になっているが。
あ、刹那と月詠もこけてる。
「ま、ええわ。――其れより、ガキんちょ。わいと遊ぼうや!」
再び、ネギにナナシの攻撃が迫る!


――避けられない。
凄まじい速度で、ナナシの拳が迫ってくる。
先ずは肩。
槍の如き拳打が、あっさりと障壁を貫き、ネギの右肩を抉る。
続いて両の拳と脚が、左肩、胸部、そして水月を刻む。
一撃一撃が正に必殺。
堪らず、血を吐いて浮き上がるネギの胸部に、怒涛の連撃が叩き込まれ、止めに――顎を打ち上げる強烈な掌底が極まった。
――吹っ飛ばされ、ネギは其のまま地面に叩きつけられた。

「――ネギ!?」
「ネギ先生!!」
「ネギ君!?」

明日菜が、刹那が、霧羽が叫ぶ。
傷付いたネギの所へ駆けつけようとするが、其の想いは叶わない。
明日菜は式神に邪魔され、刹那は月詠に妨害され、霧羽は――
「……しつこいよ! ネギ君の所に行けないじゃないの!!」
「ホホホホ! あんさんの相手はこの子どすえ!」
千草の放った新たな式――鎧装束を纏った【鎧猿】――に、動きを阻まれている。
――つまり、誰もネギの所に行く事が出来ない。
「……終わりか? ガキんちょ」
倒れたまま、ピクリとも動かないネギに、語りかけるように言うナナシ。
「…お前は其の程度なんか? 其のままぶっ倒れてるんゆーなら、止めを刺すで」
ネギは、動かない。
障壁のお陰で幾分か緩和されたが、其れでもナナシの攻撃は桁外れ。
下手をすれば――

「――如何なんや? 其のまま終わる気なんか、ガキんちょ?」

一歩、一歩、ゆっくりとネギに近付くナナシ。
其の言葉は、夜の闇に響き、染み渡る。
しかし、其れでもネギは―――動かなかった。


――え? 投影の他に使ってる術?
聞かれた霧羽が、不意の問いに首を傾げる。
ネギは、夢を見ている。
今の会話は、現在ではない。
今のは過去――正確に言うなら、修学旅行の二、三日前――の会話だ。
自分ではない過去の自分が、過去の霧羽と話している。
――私が使うのは物体を調べる“解析”と、後は……“強化”かな。
――もっとも、私は自分以外の物体は強化できないけどね。
そう言って、霧羽は舌をぺろりと出して、苦笑いをした。
――やり方? う~~ん……聞いても多分、参考に為らないと思うよ。
――其れでもいい? ……解った。先ずはね、全身に魔力を……
声が、遠ざかっていく。
意識の境が曖昧に為り、世界が揺れる。
――ネギの意識は、現実へと帰っていくのだ。
夢の世界から、現実へと。
大きな、ヒントを得て。
ネギは、目覚めるのだった。


――ナナシの足が止まった。
其の目前には、ネギの姿。
ゆっくりと起き上がり、膝を立てるネギの姿が。
「……やっぱり、な。骨のあるガキや。――小太郎と気が合うかもしれへんな」
ナナシは、ネギが立ち上がるのを待つ。
血塗れのネギは、震える足に力を入れ、ふら付きながらも、両の足で大地を踏み締める。
全身が血と痣に塗れ、片方の目も血で塞がっている。
少し動くだけで、全身が軋み、声無き悲鳴を上げる。
しかし、ネギは耐える。
唇を噛み、目前の敵を見据える。
彼も日々成長している。
そして今彼は、一つの節目にあるのだ。
強くなるか、なれないか。
彼の行く末を決める、大きな節目なのだ。
「…………」
無言で、ファイティング・ポーズを構えるネギ。
素人くさい構えだが、充分。
「そか、まだ戦るんやな。――なら、遠慮無く往かして貰うわ!!」
踏み込み、そして轟音。
矢の如き拳筋が、ネギを捉える。
狙うは――顔面!
鉄の如き鎚が、ネギの目前にまで迫る!!

――ここだ!

虚ろげなネギの瞳に、光が奔る。

「“契約執行0.5秒間 ネギ・スプリングフィールド”」

声が、響く。

――ガシィッ!

瞬間、ナナシの拳が止まっていた。
……いや、止められたのだ。
誰でもない、ネギの手によって。
全身から魔力を迸らせ、ネギの手は確実に、ナナシの拳を捉えていた。
「………ッ!?」
驚きつつも、笑顔を崩さないナナシ。
そして――

―――轟ッ!!

ネギの渾身の右ストレートが、ナナシの顎に極まる。
如何に達人と言えども、此処を攻められると不味い。
平衡感覚を無くし、膝を附くナナシ。
其の隙を逃さず、ネギの第二撃が奔る!
「――ラス・テル・マ・スキル・マギステル…“unus fulgor concidens noctem, in mea manu ens inimicum edat. 『闇夜を切り裂く一条の光、我が手に宿りて、敵を喰らえ』”」
ネギの掌が、ナナシの右腕に触れる。
「――“FULGURATIO ALBICANS『白き雷』”!!」
白光と共に、途方も無い雷鳴がナナシを蹂躙する!
――そして、爆音が響き、全てが光の向こうへと消えた。


「我流魔力供給……まさか、あの時の会話から…?」
数日前、ネギに自分の強化の魔術の仕組みを教えた。
其処から彼は、自分なりの強化魔術を編み出したというのか。
「凄いよ、ネギ君…」
ネギの天性の才能と気力に、感服する霧羽だった。
「――ネギ君があそこまで頑張ったんだから、私も頑張らないとね!」
気合を入れ直し、投影。
両の手に十の黒鍵、背後に無数の剣の群。
「吹っ飛べぇ―――ッ!」
鎧猿の群に、叩き付ける!
あっという間に、猿の群は灰燼と帰した。
「――ネギ君!」
猿を倒した霧羽は、ネギの元へと向かうのだった。


はぁ…はぁ…
荒い息を吐きつつも、ネギは無事であった。
しかし、体の方はそうでもない。
怪我+無茶な術式による反動……立っているのがやっとだった。
「すげぇぜッ、兄貴! これならアイツだって……」
ネギの頭の上に戻ったカモが、興奮し、言う。
だが…

「……中々やるやないか、ガキんちょ」

噴煙の中から、声が聞こえてくる。
ネギとカモの表情が、固まった。
足音が、聞こえる。
ゆっくりと石畳を踏み締める其の音は、煙が晴れると同時に、止まる。
――其処には、ナナシが立っていた。
服はボロボロに破け、全身は塵と煤と血で薄汚れ、右腕がダランと力を無くし、肩からぶら下がっていた。
よく見ると、右腕の表面は皹割れ、中から無数の歯車が覗いていた。
「――ああ、これかいな? 昔、テロに巻き込まれてな。そん時に、両手両足無くしてもたんや。――親も一緒に、な」
何でも無いように、言うナナシ。
ネギは――絶句していた。
「さあ、続けようや。――わいの役目は、時間稼ぎやさかいに!」
満身創痍の身体を押して、ナナシが再びネギに挑む!
――しかし!

「――いい加減に、しなさい!!」

割り込む、一人の少女。
少女の放った斬撃が、ナナシの義手を斬り飛ばす。
「全く、いい大人が子供甚振って楽しいわけ!? バトル好きも大概にしてよね!!」
バン! と二人の間で仁王立ちした霧羽は、ナナシをズビシッ! と指差して、高らかに言い放った。
「嬢ちゃん、此れは男と男の真剣勝負……手出し無用んがッ!?」
台詞の途中で、霧羽の右ストレートがナナシの顔面に炸裂。
所謂、メリコミパンチである。
「私は女だから関係無し! つーか時と場合考えろ!! 大体、このかちゃん攫って何するつもりよ!!」
微妙にエキサイティングし、ナナシを揺さぶる霧羽。
――この問いに答えたのは、
「決まってるやろ。先ずは――呪符と薬でも使て口を利けんようにして、上手いことウチらの言うコト聞く、操り人形にしよーか。くっくっくっ……」
木乃香を抱えた千草。
厭らしい笑みを浮かべつつ、楽しそうな表情だ。
……完全に悪役に酔ってるな…
―――そんな彼女の発言に、全員の表情が変わった。

「な……」
血塗れのネギが、

「何ですって…?」
熊と戦っている明日菜が、

………びきッ…
月詠と剣を交える刹那が、

「………」
右腕を無くしたナナシが、

怒りの表情を、露にする。
大切な人を、汚される怒り。
――途轍もない怒りの気が、全員から溢れ出る。
そして……

「……何て言った…?」

静かな、其れでいて、灼熱の如き憤怒の言が、紡がれる。

「……今、何て言った…?」

絶対零度、焦熱地獄。
相反する二つの事柄を思わせる、絶死の呟き。
霧羽の顔から全ての表情が消え、口は機械的に言葉を紡ぐ。
僅かに、千草の顔に冷や汗が浮かぶ。
――今、奴は何て言った?
呪符と薬で木乃香の自由を奪うだと?
自分の友達を――操り人形にするだと!!?
そして、霧羽の怒りが―――

「………ふざっっっけるなあぁぁぁぁ!!!!」

爆発し、そして――

――ぷつん。

頭の中で、何かが切れる音がした。
――あれ?
同時に、意識が遠くへと流れていく。
しかし、全身に巡った魔力は益々猛り、力を高める。
――遠のく意識とは裏腹に、力は増していく。
そして、霧羽の意識は遂に、闇へと反転した。


蒼い砂漠に、黒い空。
宝石の如く輝く星々に、黄金の光を放つ満月。
地上にて輝く天の川。
蒼き砂に突き立てられた無数の武具。
何時の間にか、霧羽は砂漠の真ん中に居た。
……夢? いや、違う。
幻想的な風景は何時もより現実味を増し、何時もは感じられない幾つもの感覚が、肉体に刺激を与える。
足裏に伝わる砂の感触、頬を撫でる夜風、河から立ち昇る水の湿った匂い、網膜を刺激する数多の優しい光……
其の全ての感覚が、この風景が現実のモノと、訴えていた。
困惑。
突然の出来事に、その場に立ちすくむ霧羽。
そして……

……大丈夫。

声が、聞こえた。
驚いて振り向くと其処には、少女が立っていた。
ボロボロの布キレで身を覆った、少女。
年は自分と同じくらいだろうか?
自分と同じ、金色の髪が、フードから覗いていた。
……私が、いるから。
訳の解らない事を言いつつ、霧羽の前に佇む少女。
霧羽は、誰、と聞く。
しかし、少女は答えず、
……私は、貴女の代わり。貴女の代わりに、殺すモノ。貴女の代わりに、傷付くモノ。貴女の代わりに、揮うモノ。そして――貴女を、護るモノ。
少女は言い、唇を綻ばせ、笑った。
何処か寂しい感じがする、痛々しい笑み。
霧羽は再び、誰、と聞く。
やはり、少女は答えず、
……大丈夫、休んでいて。目覚めたら、全部終わっているから。
そう言って、霧羽を――突き飛ばす。
え? と思った其の瞬間、霧羽は河に落ちていた。
水音と共に、霧羽は水に呑まれていく。
もがいても、もがいても、水は霧羽を離さず、深みへと連れ去っていく。
――水の中、霧羽が最後に見たものは、

ボロボロのフードから此方を見る、深い蒼き瞳だった。

……砂漠から、一人の少女が消え、代わりの少女が真ん中に立っていた。


――同時刻、ホテル嵐山。
其の一室で寝込んでいた金髪の女性――アルトリア――が、ばね仕掛けのように飛び起きた。
「――この魔力は!? シロウ!!?」
「ああ、俺も感じた」
看病をしたまま眠り込んでいた士郎も、この凄まじい魔力の波動を感じ、目覚めていた。
前回の不完全版エヴァンジェリンに匹敵する、とんでもない魔力。
しかもこの感じは――
「……キリハ、ですね。まさか、魔力炉心が……!?」
「――いや、違う。魔力炉心なら、もう少し続くはずだ。一瞬だけで、もう感じられない」
焦るアルトリアに、諭すように言う士郎。
――しかし、彼の顔も、焦燥を浮かべていた。
「――もう収まった。一体今のは……」
「悪い予感が、しますね」
二人は頷き、起き上がった。
浴衣を脱ぎ、鞄から何時もの戦闘服を取り出す(アルトリアの鎧は除く)。
――準備を整え、二人は霧羽の所へ往かんするが、

――倒れる、アルトリア。

「あ、アルトリア!?」
「し、シロウ……先に行ってください。あ、頭が痛い上に、吐きそうなんです…」
イッツア、二日酔い。
青ざめてうんうん唸る我妻を見下ろし、士郎は取り合えず嘆息。
「出掛ける前に、龍朝君の所へ行こう。もうそろそろ、薬が出来ている筈だ」
「うう……すいません、シロウ」
動けない妻を背負い、シロウは部屋を出た。
――この後、龍朝の部屋で薬を貰うのだが、あまりの不味さでアルトリアが気絶してしまい、更に出発が遅れるのだが……言わないで置こう。


――場の空気が変わる。
突然、糸の切れた人形のように、俯いて動かなくなった霧羽。
しかし、何だろう。この言い様の無い、不気味さは。
全員が、異様な雰囲気に呑まれていた。
そして――
霧羽が、顔を上げた。
先程まで浮かべていた憤怒の表情が嘘のように消え、代わりに、人形めいた異様な無表情さが、不気味さを更に高める。
変わっていたのは表情だけではない。
――瞳だ。
彼女の父と同じ、明るい瞳は影を潜め――深い、暗闇のような深海を思わせる、深過ぎて黒に近くなった蒼い色が、彼女の瞳を覆っていた。
何も無い。
怒りも、喜びも、悲しみも。
何も無い、在るだけの瞳。
そして――事が始まる。
何も無い瞳に、怒りが浮かぶ。
無表情は変わらない。
只、言い表せない穏やかな怒りが、霧羽――いや、霧羽と同じナニカから、発せられる。
締め上げた意識の箍が外れ、全身から凄まじい魔力が噴出す!
怒りの気が更に魔力を高め、場の空気をビリビリと振るわせる。
「――ひ、ヒイィィィィッ!?」
目線を向けられた千草が、悲鳴を上げる。
恐怖。
何も無い恐怖が、千草の精神に襲い掛かったのだ。
見れば直ぐ傍に居る明日菜も、刹那と月詠も、ネギとカモとナナシも、動きが止まっていた。
ネギと明日菜と刹那とカモは思った。
此れが本当に霧羽か、と。
何時も笑顔を絶やさない、明るく元気でお馬鹿な彼女か、と。
表情が消え、蒼き瞳へと変わった彼女は、恐ろしくも深い美しさを醸し出す。
人外、と呼ぶに相応しい美。
空気が、動く。
魔力で限界まで強化された其の肉体は、放たれた矢の如く、駆け抜ける。
「……こ、来んといてぇ!!」
悲鳴のような叫びを上げ、千草は手持ちの全符を取り出す。
印を結び、術を構築。
――必死だ。
目の前の恐怖から、逃れる為に。
千草は、必死で術を構築する。
「――“絶対防御 見ざる・聞かざる・言わざる”や!!」
符が千草の前で寄り集まり、三体の像を創り上げる。
彼の有名な三体の猿像を模した防御式神が、千草の身を護る。
しかし其れらは、今の彼女の前では、意味を成さない。
「――――投影、開始(トレース、スタート)」
自らを変革する、魔の言葉。
回路が軋み、神経が掻き乱される。
彼女に出来るのは、只一つ。
幻想を導き、揮う事のみ。
自らの領域から、幻想を選び出す。
幻想の対象は――槍。
真紅の魔槍を己が身に、投影。
彼の槍に込められし経験に共感し、過ぎ去りし英雄の片鱗を、この身に宿す。
負荷に耐え切れず、全身の回路と筋肉が悲鳴を上げる。
しかし、彼女は止めない、止まらない。
役目を、果たし終えるまで。
「――――投影、装填(トリガー、エンド)」
白刃――運切――が、紅き光を帯びる。
莫大な情報が、脳を刻む。
伝説によれば、其の槍は必ず心臓を貫き、大軍を滅ばしたと言う。
――因果をも捻じ曲げる、鮮血の魔槍。
其の名は――
「全工程投影完了(セット)――――是、刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)」
魔が大気に満ち、世界が捻じ曲がる。
猿像の懐に飛び込んだ霧羽は、刀を射の型に構え、全身をばねのように仰け反らせ――

「秘技 “絶死瞬刺穿”」

――刺し穿つ!
零距離から放たれた其れは、岩塊とも謂える猿像らを容易く撃ち貫き、粉微塵に砕く。
――流石に木乃香が居る為、刃は猿像を砕くのに留まったが。
「な……う、ウチの最強防御が…」
術をあっさり破られ、愕然とする千草。
――そして、其の顔が恐怖に染まる。
理由は――霧羽が振り上げた刃。
逆刃である為、ちゃんと峰側に刃を返してある。
このまま行けば、刃は木乃香を傷付ける事無く、千草を切り伏せるだろう。
「――駄目! 霧羽ぁー!!」
「駄目です! 衛宮さん!!」
危機を感じ、明日菜と刹那が吼える。
明日菜のハリセンが熊を砕き、刹那の刃が月詠を弾き飛ばす。
友の手を、汚させない為に。
二人は急いで霧羽と千草の居る上方へ向かうが――恐らく間に合わないだろう。
そうこうしている間に、刃は頂点に達し、

「―――散れ」

振り下ろされる!
凄惨な光景を予想し、明日菜と刹那は目を瞑った。
だが、

何の、音もしない。

血飛沫の音も、金属音も、千草の断末魔も上がらない。
二人が恐る恐る目を開けてみると――
振り下ろした刃を、左手で握り締めている霧羽の姿が。
掌が斬れているのか、真っ赤な鮮血が、刃を伝って地面に華咲いていた。
「……駄目。殺しちゃ駄目……もういいから、もういいから……」
左の目から涙を流し、元の声色で霧羽は言う。
辛く、悲しい表情で。
何故か、左の瞳の色だけ、元に戻っている。
「……解った…」
色の無い声で、霧羽ではないナニカが、返す。
何も無い、ガランドウな表情で。
そして、右の瞳も、元に戻った。
――元に戻った衛宮霧羽は、そのまま大地に倒れた。


「――霧羽さん!? 痛ぅ…ッ!!」
「兄貴、今は動いちゃ何ねぇって! 治癒魔法に専念しねぇと、傷が開いちまうぞ!!」
霧羽を心配し、無理に身体を動かそうとするネギを、カモが叱責した。
「――しかし、霧羽の姉御は一体何者なんだ? 今の魔力、下手したら前のエヴァンジェリン並みだぜ…」
冷や汗を流し、カモが言う。
ネギは、何も言わない。
自分の無力に打ちひしがれているのか、其れとも……
――何時の間にか、ネギの隣からナナシの姿が消えていた。


「――衛宮さん!」
逸早く駆けつけた刹那が、倒れた霧羽を受け止めた。
――息はある。
ほっ、と安堵の息を漏らし、刹那は安心した。
霧羽をその場に横たえ、そして顔を引き締め、千草へと向き直る。
「――お嬢様を放せ。さもないと……」
夕凪を、千草に向ける。
険しい顔の刹那を見、全身ボロボロの千草は一瞬怯んだ。
更には怒り顔の明日菜に、血塗れで此方を睨みつけるネギ。
――四面楚歌である。
……もう汗だらだらである。
「――今回は負けのようやな、千草はん」
何時の間にか、千草の背後に回っていたナナシが、他人事のように言った。
其の背には、眼鏡を割って気絶した月詠が負ぶわれていた。
「撤退やで。今回は、ガキんちょと其処のお嬢はんにしてやられたわ」
あっという間に千草を小脇に抱え、
「――ほなさいなら」
逃げた。
目にも鮮やかな、ダッシュだった。
声をかける間も無く、西の刺客達は夜の闇へと消えていった。
「刹那さん、追わなくていいの?」
「――追う必要はありません。其れより、お嬢様です。薬物や呪いが使われていたら、一大事です!」
明日菜の問いに、刹那は素っ気無く答え、次の瞬間には走り出していた。
――明日菜も、下で動けなくなっているネギの所へ、行くのだった。


「このかお嬢様!! お嬢様!! しっかりしてください!!」
木乃香を抱き抱え、刹那は必死に呼びかける。
其の隣では、ネギをおんぶした明日菜が、心配そうな表情で、木乃香を見つめていた。
霧羽は未だ復活できず、刹那の背後で、横たわったままだ。
――刹那の必死の呼びかけが通じたのか、薄らと、木乃香が目を開けた。
「ん……。……あれ、せっちゃん……?」
未だ意識が朦朧としているのか、ぼんやりとした表情の木乃香。
「あー、せっちゃん……。ウチ、夢見たえ…。変なおサルにさらわれて……でも、せっちゃんやネギ君やアスナや霧羽ちゃんが助けてくれるんや……」
にへらー、と、何時もののんびりとした笑顔で、楽しそうに言う木乃香。
――其れを見て、刹那は漸く安心した。
「……よかった。もう大丈夫です、このかお嬢様……」
安堵の笑顔。
其れを見て、木乃香が一瞬、驚いたように目を見開いた。
そして…

「よかった――…。せっちゃん…ウチのコト嫌ってる訳やなかったんやなー…」

心の底から、安心した笑顔。
あまりの嬉しさに、目尻に涙が浮かぶ。
そんな木乃香の心からの笑顔に、刹那は赤面した。
「えっ……。そ、そりゃ、私かてこのちゃんと話し……」
――しかし、次の瞬間には、刹那の表情が強張る。
自分は人ではない。
自分は彼女の家臣。
自分は護衛。
彼女を巻き込んでは為らない。
冷たい事実が、刹那を現実へと引き戻す。
「し、失礼しました!」
刹那の突然の行動に、全員が戸惑う。
「わ、私はこのちゃ…お嬢様をお守りできれば其れで幸せ……いや、其れもひっそりと影からお支えできれば、其れで、あの……きゃん!?」
「未だそんな事言ってんのかコラ」
突然、鉄拳が刹那の頭部を襲う。
鉄拳の主は――
「き、霧羽!? あんた、大丈夫なの?」
「……けっこー、ヤバイ。魔力切れかけてるし、全身ボロボロ。立ってるのがやっとって感じ」
刹那をぶん殴った拳を撫でつつ、青ざめた顔で言う霧羽。
まるで他人事のように。
「い、行き成り何するんですか! 衛宮さん!!」
余程痛かったのか、若干涙目で迫る刹那。
しかし霧羽は、近寄ってきた刹那の襟首を掴み上げる。
霧羽の突然の行動に、一同唖然。
「何をするんですか、だって? 決まってるじゃない。未だ解ってない馬鹿者への鉄拳制裁よ」
刹那が何か言う前に、更に霧羽は言う。
「未だ解らないの? このかちゃんの言葉が、笑顔の意味が! 私、このかちゃんのあんなに綺麗な笑顔、見たの初めてよ。貴方が傍に居るから、あの笑顔があるのよ」
襟首を掴む手に更に力を入れ、霧羽は、刹那に言う。
「また、あの子を悲しませる気? また、あのこを傷つける気? 人ってのはね、誰かに捨てられた、嫌われたって言う事が一番傷付くのよ。――あの子の笑顔を、自らの手で潰す気?」
半ばから涙を流し、霧羽は言う。
傍で見ている明日菜もネギもカモも、何も言えない。
「霧羽ちゃん、もうえーよ。霧羽ちゃんの気持ちは嬉しいけど…」
「駄目、もう止まらない。――さっきので解ってるでしょ? 自分の気持ちが、このかちゃんの気持ちが。伝わってきてるでしょ、お互いの想いが。言葉も、思いも交わしたのに、未だ拒絶するの? ――このかちゃんが如何いう子か、昔からの友達の貴方なら、解るでしょう?」
霧羽の、訴えてくるような、言葉。
――何時の間にか、刹那は泣いていた。
木乃香も、泣いていた。
何故かは解らない。
只解るのは――心が、温かいという事。
「――いい加減、はっきりしなさい! ………はう」
一喝すると同時に、倒れる霧羽。
精神肉体共に、限界に達したようだ。
刹那は、慌てて霧羽を抱き止めた。
「え、衛宮さん!?」
「もう駄目、私の言いたい事は此処まで。後は宿まで宜しくプリーズ」
そう言って、霧羽は眠ってしまった。
先程の暴走状態から打って変わって、穏やかな寝顔。
一瞬刹那は、本当に同一人物か? と疑ってしまった。
「せっちゃん……」
霧羽を抱き止めた刹那の背に、木乃香の声が掛かる。
刹那は、何も言わない。何も言えない。
「あんな……明日の班行動、一緒に回らへん……?」
おずおずと、木乃香の言葉が、紡がれる。
勇気を出して言ったのだろう。
肩が、震えている。
刹那の答えは――

「――…はい……。喜んで…」

笑顔と涙付きの、返答。
木乃香も、笑顔と涙で、其れに答えるのだった。
「……一件落着、かしら」
「(油断できねえぜ、姐さん。未だ関西呪術協会のやつ等は諦めていねぇんだから)」
「そうね。……修学旅行、無事に終わるといいけど…」
はぁ、と溜息を吐く明日菜。
――ネギは、何も言わない。
只、自分の拳を見つめる。

――もっと、強くなりたい。


「――ぎゃん!? 痛いやないか! もっと丁寧に扱って欲しいわ!!」
地面に乱暴に放り投げられた千草が、ナナシに文句を言った。
しかし、ナナシは答えず、千草の襟を掴んだ。
「な、何するんや!」
「そりゃコッチの台詞や。――千草はん、わいとの約束、忘れたんか?」
怒気を孕んだナナシの声。
僅かに、千草の顔色が蒼くなった。
「わ、忘れていまへんえ。お嬢様とあの神鳴流の小娘には、必要以上の危害を加えない――ちゃんと覚えとりますえ」
「なら、さっきの台詞は何や? 薬と呪いで意思を奪うやて……ふざけんな」
焦り混じりの千草の言葉に、絶対零度で返すナナシ。
彼は、マジで怒っていた。
「約束を違えるんなら、わいは抜けさせてもらうで。元々、アイツが居なきゃ、わいは……」
胸糞悪い、といった風に言うナナシ。
その時、

「ヒャハハハハ! アイツって誰の事だ!?」

気味の悪い声が、割り込んできた。
裏路地の闇から、ソイツは現れた。
襤褸切れを適当に繋いだ外套。
元は赤色だったのだろう、煤けて稲穂色に変わったボサボサの髪。
姿は二十代半ば。
目は濁りきった灰褐色。
血走った眼球が異様過ぎる、痩せすぎの男。
「アンタの事や、【宵闇】はん。アンタと話してると、胸糞悪ぅなるんや」
宵闇、と呼ばれた男は、再び笑い、
「ヒャハハハハ! 其れは結構だぜ! 人に嫌がれるのは楽しいからな!」
意地悪い笑み。
ナナシは顔を背け、月詠を千草に渡し、その場から去ろうとする。
「――逃げるなよ? 逃げたら、俺ぁ何するか解らないぜ!!」
再び馬鹿笑い。
「解っとるわ。一足先に、アジトに戻るだけや」
吐き捨てるように言い、ナナシはとっととその場から立ち去った。
「ヒャハハハハ! アイツをからかうと楽しいぜ!」
笑う宵闇。
その場には、笑い続ける宵闇と、青ざめたままの千草と、気絶したままの月詠が残された。


一方、南極では――

「――くッ!? やはり、供給無しでは不利ですか!」
「逃がさん! 此処が貴様の墓場だ!!」

ガガガガアァァァァァァァンッッッ!!!!!!

――氷山が一つ、消えた。
如何やら戦いは、明日にもつれ込むようである。
――如何でも良いけど環境破壊だぞお前ら。


如何でしたか?
何とか刺客を撃退した四人の戦士。
しかし、姫騎士に新たな謎が。
彼女の心に住む、あの少女の正体とは?
今回は友情、次回は恋愛となるか?
次回も活目ご静聴を。

ねぎFate 姫騎士の運命
ねぎFate 姫騎士の運命 第十七話

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