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ねぎFate 姫騎士の運命 第十七話 投稿者:ガーゴイル 投稿日:05/24-17:08 No.600

蒼き砂の大地。
漆黒の天空。
黄金の月。
五色の河。
万華鏡の星。
過ぎ去りし、神代の幻想群。
美しくも、儚い風景。
霧羽は、再びこの世界に居た。
……また、此処?
誰も居ない、美しいが、何処か物寂しい光景。
――何かが、聞こえる。
か細い、少女の声の其れは、誰も居ないこの世界の空気を、優しく揺さ振る。
正しく其れは幻想。
何処か曖昧な、酷く美しく、尊い存在。
幻想の歌声が、世界に響いていた。
――歌は砂漠の真ん中――河に浮かぶ小さな洲――から、聞こえてきた。


――…体は■■で出来……る…

――…血潮は■、……は■■…

――………も■を見続…、果て…道を……

――…た……一度も立ち止……ず…

――…ただの一度も……ない…

――…彼の■■は……到り……■■と共に……流す…

――…最早、■と■…に……不要……

――…故にこの■■はきっ……無…の■■に……れていた…


歌っているのは、やはり少女だった。
ボロボロに退色した布を身に纏い、長い金の髪をフードから覗かせた、不思議な少女。
其の歌声は美しいが、途切れがち。
澄んでいる筈なのに、其の歌詞は所々にノイズが掛かり、全ては理解できない。
……当然。だって貴女は、貴女自身を理解していないから。自分の本質を、解っていないから、理解できない。
何時の間にか歌を止め、少女が霧羽にそう言った。
……此処は貴女の世界。貴女の心そのもの。貴女だけの世界。
詠うように、言う少女。
……貴方は、誰?
少女の言っている事が理解できず、霧羽は前と同じ事を問う。
……私は、貴女の代わり。貴女の代わりに、殺すモノ。貴女の代わりに、傷付くモノ。貴女の代わりに、揮うモノ。そして――貴女を、護るモノ。
少女も、前と同じ事を言う。
だが、其の先は違う。
……大罪の一欠け。曖昧なる概念。意味を無くした呪い。自己の消えた情報。真作であり贋作。……其れが私。そして…
少女の手が、フードに伸びる。
バサリ、という衣擦れと共に、其の素顔が外界に晒される。
月明かりに照らされた其の顔は――

……私は、貴女の■■…

霧羽と同じ、顔だった。


ねぎFate 姫騎士の運命 第十七話


「ドッペルゲンガあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!??」
「五月蝿ぇッ!! 黙って寝腐りやがれ!!」

ごめす。

奇声を上げつつ飛び起きた霧羽の頭頂部に、怒声と共に薬研(生薬を粉末状にする時使う器具)が突き刺さった。
此処は医務室と化した龍朝の部屋。
所狭しと並んだ、資料や不気味な材料が部屋を占領している。
「痛ッ!? 何するのよ龍兄さん! 此れ以上私が馬鹿に為ったら、如何するつもり!?」
「其れは無い。――もう手遅れだからな」
頭に減り込んだ薬研を放り投げ、霧羽は龍朝に怒声を投げ掛けた。
返事は――可哀想なものを見る目。
ヒドッ!? と言われた本人は大仰な仕草で泣き崩れた。
……頭がへこんだままだぞオイ。
まさか、本当に空っぽなのか!?
「違うわッ! ―――所で、何で私、龍兄さんの部屋に居るの?」
「行き成りだなオイ。つか寝てろ怪我人」
瞬時に立ち直り、電波に叫び返しつつ、霧羽は首を傾げた。
如何やら、今の状況を理解していないようである。
そんな霧羽を、呆れた表情で見つめる龍朝。
「――お前は昨夜遅くに、ねぎ坊主と一緒に担ぎ込まれたんだよ。ちなみにねぎ坊主は、とっくに自室に戻ったぞ」
水薬を混ぜつつ、龍朝は素っ気無い口調で言う。
「ねぎ坊主は幾つかの打撲と裂傷……額のでかい傷以外は、余り目立たない傷ばっかだ。腫れも無いし、一般生徒には誤魔化しが効く。お前は……掌以外は目立った外傷は無いが、中身――神経や筋肉――にダメージがいっていた。秘伝の塗り薬を使わなきゃ、結構やばかったんだぞ」
一体何しでかした、と龍朝は溜息を吐いた。
よくよく見てみると、今の霧羽の格好は――裸だった。
申し訳程度に包帯が巻かれた其の肢体は、奇妙な雰囲気を醸し出していた。
ちなみに一番厳重に包帯が巻かれているのは、左の掌だ。
「――掌の傷は、治るまで大分掛かる。跡は残らねぇよう治療はしたから、気にすんな」
「ありがと。――所で、私の服脱がしたの……龍兄さん?」
もしそうだったらヌッコロス、と異様な気配を噴出す霧羽。
――龍朝は、んな訳ねぇだろ、と、
「お前のお袋さんだよ。――今も横で寝てるだろうが」
言われて、霧羽は自分の横に目を向けた。
其処には、正座した自分の母が、くーくーと可愛らしい寝息を立てて、眠っていた。
「…感謝しろよ。お前が運び込まれてからついさっきまで、ずっと寝ずに看病していたんだからな」
今は気が抜けて、寝ているが。
其れを聞いて、霧羽は、
「……お母さん…」
感動した。
申し訳無いような、嬉しいような。
其れに自分が自分でなくなる恐怖、言い表せない不安。
そんな気持ちが混ぜこぜになって、自らの内から溢れ出した。
瞳から大粒の涙が、零れていく。
「……ありがどう、おがあ゛ざん…」
顔をぐしゃぐしゃにして、霧羽は子供のように泣きじゃくった。
辛うじてもっていた感情の堤防が、崩れてしまったのだ。
涙が次から次へと、止めど無く溢れてくる。
――その時、
「……如何したんです、キリハ? そんなに泣いて……怖い夢でも見たのですか?」
霧羽の気配の揺れを察したのか、アルトリアが目を覚ました。
寝起きの両目を擦りつつ起き上がり、
「…ほら、もう大丈夫ですよ。お母さんが一緒ですから……もう少し、寝ていなさい」
霧羽を優しく抱き締め、アルトリアは囁いた。
丁度胸の位置で抱き締められた霧羽は、突然の母の行動に驚くが、

……トクン…トクン…トクン…

母の鼓動。
懐かしく、安心を覚える其の音に、霧羽の心は穏やかに為っていく。
温もり、そして柔らかい匂い。
まるで、幼い頃に戻ったようだ。
(……よく、昔はこうしてもらったっけ…)
昔の事を、思い出す霧羽。
――目の端に涙の跡を残し、そのまま霧羽は再び眠りについた。


「……何も聞かないんですか?」
黙って霧羽を抱き締めるアルトリアに、訝しげに訊く龍朝。
「――ええ、この子が自分の意思で言うまで、何も」
眠ってしまった我が子を抱き、アルトリアが静かに言った。
「……今の状態では、何を聞いても逆効果になるでしょう。この子自身が、落ち着いて、整理をし、自分から話そうとするまで……私は、何も言いません」
「…エゴ、ですね。只見ているだけですか……」
鋭い目を更に顰め、厳しい口調の龍朝。
しかし、アルトリアは優しく、気高い態度を崩さず、
「”見ているだけ”ではありません。――“見守る”のです。あの子の力だけでは如何しようもなくなった時、あの子が危機に陥った時、この子が求めた時、――私とシロウは再び剣となり、盾と為るでしょう」
其れに、とアルトリアは言葉を続け、
「この子は誰かさんに似て、意地っ張りで馬鹿な上に、負けず嫌いですからね。――訊いても絶対、自分からは何も言わないでしょう。自身に、折り合いがつくまで……」
少し悲しそうな顔で、アルトリアは霧羽の頬を撫でた。
――安堵の表情で眠る、我が子の頬を。
「ロンチャオ…“甘やかし”は“優しさ”ではありません。此れが……私の精一杯の“優しさ”なのです。――だから、何も無い今はせめて……傷付いた我が子を抱き締めさせて下さい」
其の表情は、気高い“王”ではなく、慈愛に溢れた“母”の表情。
この十数年で得た、アルトリアの新たな表情。
“過去”では得られなかっただろう、強い想いの一つ。
今のアルトリアは“王”ではなく、立派な“母”に為っていた。
「…………」
龍朝は、何も言わない。
いや、言う必要がなくなったのだ。
――これ以上、何かを言うのは、野暮ってものだろう。
「――まあ、悪い子への"お説教”は別ですけどね…」
フフフフ、とブラックな気配満載で仰るアルトリアさん。
龍朝は、霧羽に哀れみの篭った視線を贈った。
――寝ている霧羽の肩が、びくぅッ!? と震え上がった。
「……修学旅行が終わったら、覚悟しなさい、キリハ…」
――別な意味で、霧羽が号泣しそうな発言だった。


ハァ……
朝食を摂りつつ、ネギは深い溜息を吐いた。
――額に大きな絆創膏が在る以外、其の姿は何時もと変わりはない。
此れも五一族秘伝の漢方と、治療技術のお陰だ。
痛みは僅かに在るが、日常生活に支障は無い。
……口の中を切っているので、食事には苦労するが。
額の絆創膏も、『転んだ』と、誤魔化せた。
しかし……

「……やっぱり僕って、弱いのかな…」

心の痛みは、消えない。
昨日の戦い――自分は何とか、刺客の一人を追い返せた。
我流魔力供給という、手段を使って。
しかし――それでも、

彼女には、及ばなかった。

人が変わったように、剣を振るった少女。
笑みを無くし、冷酷に振舞う教え子。
――別人に代わった、友達。
その時ネギは――何も出来なかった。
傷付いて動かなくなった身体で、只見ているだけだった。
其れが途轍もなく――惨めだった。
「強く、なりたい……」
ネギの頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。
悩みの種は自分の事だけではない。
親書、刺客、木乃香の護衛……
色々在り過ぎて、処理能力が限界だった。
再び、ネギは溜息を吐くのだった。
その時、
「やっほ♪ ネギ君、おッはよう!」
爽やかな笑みで、霧羽さん登場。
――もっとも其の笑顔は、動く度に奔る筋肉痛を隠す為の、産物だが。
微妙に、肩が震えていた。
「霧羽さん!? あの――身体はもう、平気なんですか?」
「あははは★ 何時ものお仕置きに比べたら軽い軽い! 心配しなくて良いよ」
別の意味で心配だ。
青ざめて笑う少女に、困ったように笑い返すネギ。
「其れはそうと……御免ね、ネギ君。何か私、キレて暴走しちゃったみたいで。マジで御免ね」
両手を合わせて、拝みの形で頭を下げる霧羽。
暴走? と言葉を反芻し、ネギは首を傾げた。
「うん、暴走。何か、理性とか全部吹っ飛んじゃって……」
あはは、とばつが悪そうに霧羽は笑った。
――嘘だ。
ネギは直感的にそう思った。
アレは如何見ても、理性を失った行動ではない。
逆に酷く理的で、無機質に見えた。
其れに――最後に見せた、彼女の“会話”。
涙を流す少女と、其れに冷たく答える少女。
まるで、一人の中に二人が居るような――そんな、感じ。
しかし、ネギは何も言わなかった。
――やっぱり、僕が弱いから、何も話してくれないのかな?
無力感が、心に満ちる。
「――如何したの、ネギ君? 何か顔色悪いよ?」
急に黙り込んだネギに、心配そうに言う霧羽。
其の態度は、何時もと変わりない。
――其れが酷く、辛く見えた。
「いえ、何でも無いですよ! ――あ、霧羽さん。早く行かないと、お代わりのご飯が無くなっちゃいますよ」
「其れは一大事! やっぱり朝は三杯食べないと調子が出ないのよね!!」
ネギが言った途端、霧羽は膳を持ったまま、疾駆。
残像も見えない程の凄まじい速度だ。
体、大丈夫なのか?
そんな霧羽を見て、苦笑するネギ。
其の顔からは、やはり影は消えない。
ネギの視界に、色々なものが映る。
双子に囲まれて辟易しつつも、楽しそうに食事を摂る青年。
唯一残った飯櫃を巡って、牽制しあう金の親子。
――其れを諌めようとする白髪の男。
幼馴染の隣で、嬉しそうに食べる長髪の少女。
頬を紅くしつつ、ぎこちない笑みを浮かべる剣士。
其れを楽しそうに見つめる、オッドアイの少女。
わいわいと、楽しそうな女生徒達。
其れを見て、ネギの心も楽しさを感じる。
――しかし、心の隅に在る、影は消えなかった。


無情に場面は進む…

「ネギくん! 今日はウチの班と見学しよ――!」
「ネギ先生! 是非ウチの3班と見学を!!」
「何々? またネギ君争奪戦――?」

嗚呼、シリアスが台無し…
二日目の主な予定は、判別行動イン奈良。
ネギ君は勿論大人気。
色んな班から、引っ張りだこなのだ。
ちなみに、二番人気の龍朝は……とっくの昔に、1班の人達に連行されていきました。
南無阿弥陀仏。

「ちょっと待て!? 俺の出番此れで終わりか!!?」
「龍兄ッ! さっさと行くよ――!」
「先ずは鹿さんにお煎餅を上げるです!」
「俺のでーばーん――!!」
ズルズルズルズル………

……ふッ。双子に溺れて溺死しろ。
――まあ、男の敵などさて置いて、話を進めよう。
宮崎のどか嬢の勇気を出した一言により、ネギは第5班と行動する事になった。
……今まで明記していなかったが、霧羽も5班である。
――色々あったが、漸く二日目スタートである!


「いっぱい居るね、鹿。……朝ご飯多目に食べて正解だったよ。あそこの鹿なんてお肉が柔らかそうで……」
「涎出てるわよ、霧羽」
怪しい目付きで鹿を見る霧羽に、呆れた明日菜が突っ込みを入れた。
現在、第5班が居る場所は、国内有数の大公園――奈良公園である。
普通ならあちらこちらに鹿が居るはずなのだが……霧羽の出した異様な気配に当てられ、殆ど隠れてしまった。
野生動物は勘が鋭いからな。
「…けど、あんたホントに大丈夫なの? 昨日も何かヤバ気だったし…」
「大丈夫! 丈夫なのが取り柄だからね☆」
アハハハ、と乾いた笑い声。
ビミョーに動きがギクシャクしてるのが、哀愁をそそる。
「――ま、其れは置いといて。刹那ちゃん――中々いい感じじゃない♪」
唐突に、話題を切り替える霧羽。
話を振られた刹那が、若干慌てる。
「な、何の話ですかいきなり!?」
「何って――このかちゃんの事だよ」
にこにこと本当に楽しそうな霧羽とは逆に、刹那の顔は真っ赤だ。
ちなみに当の本人は、お団子を買う為に席を外しております。
「二人の仲が一歩進んで、私は感無量だよ~。もう今夜はナイトフィーバーだね!」
「訳が解りません!!」
ぐっ! と親指を立てる霧羽に、茹蛸になった刹那が叫ぶように返した。
やはりこの二人、意外と相性が良いかも?
そんな二人のやり取りを、明日菜とネギが苦笑しつつ眺めていた。
――次の瞬間!!

「アスナ、霧羽ー! 一緒に大仏見よーよ!!」
ドギャゲシイィィィッ!!

ハルナのダイブアタックと夕映の飛び蹴りが、明日菜と霧羽に炸裂!!
何時もの霧羽なら耐え切れる威力だが……今回ばかりは間が悪かった。
「ぐはふぅ!? こ、腰が、膝が、関節が……!!」

きりはのにくたいに1000のダメージ。
きりははしんでしまった?

――いや、未だ死んでいない。
口から泡を吐いてビクビク痙攣しているが、辛うじて河は渡り切っていない。
些かヤバイが。
「き、霧羽――!?」
大霊界に旅立ちかけている友の肩を揺さぶり、必死で名を呼ぶ明日菜。
――余計悪化すると思うが。
「せっちゃん♪ お団子買ってきたえ。一緒に食べようや」
お団子の皿を手に持った木乃香も、戻ってきた。
「えッ…あの、その……」
未だ慣れないのか、顔を紅くして後ずさる刹那。
しかし木乃香は全く自分のペースを崩さず、
「――あ、あっちの方が景色がええわ♪」
「お、お嬢様~……!?」
有無を言わさず、刹那を拉致る。
意外と行動的である。
ズルズルと刹那と霧羽を引き摺る音が、奈良公園に響いた。
――後には、ネギだけが残された。
其処に――

「ああ…あのー、ネギ先生……」

緊張と恥ずかしさと興奮で顔全体を朱に染めた、のどかがやってきた。
其の瞳には――決意の色。
暫し呆然としていたネギも、漸くのどかに気付き、
「あ、宮崎さん」
名を呼び、そして、
「な…なんか、みんな行っちゃいましたね。……二人で回りましょうか」
当然、恋する少女の返事は、
「えっ…あ、ハイ! 喜んで……!!」


……等と言う、甘酸っぱい青春物語が繰り広げられている場所から遠く離れた、ある一角。
小さな池の、其の畔に二人は居た。
男は黒を中心にしたスーツ姿。
女は蒼を基本にした女物のスーツ。
腕を組んで、ゆっくりと歩いていた。
男の名は、衛宮士郎。
女の名は、アルトリア・エミヤ。
別名【(色んな意味で)学園最強の夫婦】である。
――二人とも、若干浮かない顔であった。
「……やはり、私達は戦いから逃れられない運命なのでしょうか…」
ぽつりと、呟くアルトリア。
「如何した? 急にそんな事言って」
気弱なアルトリアの発言に、少し驚く士郎。
「……この世界に来る前も、来た後も、毎日毎日が戦いの日々でした…」
遠い目で、空を見る。
士郎も、遠い日々の事を思い出す。

凛と桜とイリヤに見送られ、冬木を出た日の事を。
旅の途中で出会ったカレー好きの代行者と共闘し、協会の追っ手を蹴散らしたインドの午後の事を。
青の魔法使いに出くわし、面白半分にちょっかいを掛けられ、死に掛けた朝の事を。
村を襲っていた死徒を葬った、ある夜の事を。
協会の罠に嵌り、危うくアルトリアを失いかけた時の事を。
……アルトリアの妊娠が、発覚した時の事を(一応……避妊はしていたんだが BY士郎)
追い詰められ、駄目元で宝石剣を投影し、見事異世界に吹っ飛ばされた日の事を。
赤ん坊を抱えて、裏組織の刺客を屠り続けた日々の事を。
何とか安全になり、日々の糧を稼ぐ為、何でも屋を開業した時の事を。
――そして、現在に至るまでの日々を。

ゆっくりと、思い出した。
まだ三十と少ししか生きていない自分でもこれだ。
――過去を生きた英雄である妻は、もっと戦いを経験しただろう。
「――私は、あの子に戦いに関わって欲しくなかった。強くなくても、馬鹿でもいい……平凡で、普通な人生を歩んで欲しかった」
其れは、士郎も同じ気持ちだった。
娘には、自分たちと同じ道を歩ませたくなかった。
しかし、今更遅い。
娘は自らの意思で戦いの教えを請い、戦いに身を投じている。
今更、言う事ではない。
「……未だ少ししか経っていませんが、私は……今の生活が好きです。朝起きて、シロウとキリハと一緒に朝ご飯を食べて、学校に行って、生徒の皆さんや同僚の先生方に挨拶をして、授業をして、昼はシロウが作ってくれたお弁当を食べて、お仕事を片付けたら早めに家に帰って、買い物に行って、シロウが作ってくれた夕ご飯をシロウとキリハと一緒に食べて、遊び呆けてるキリハにお説教して、たまには一緒にお風呂に入って、あったかいお布団で眠る……そんな平凡で、温かい毎日が、好きなんです。シロウが居て、キリハが居て……皆が一緒に居られる毎日が、好きなんです…」
其れは、過去で切望した願い。
少女から王になった時、捨てた願い。
しかし、捨て切れなかった願い。

只、愛すべき人と共に生きたい。

死の間際、夢から覚め、そう願った。
――純粋な想い。
「…シロウ。私は、弱くなってしまったのでしょうか? ……王であったあの時より。……怖いんです、今の生活を失う事が。……シロウとキリハを失う事が、堪らなく怖いんです……」
泣きそうな顔で、士郎の腕を抱き締めるアルトリア。
王でもなく、明け方霧羽に見せた母の顔でもない、弱い表情。
不安に怯える、少女の顔。
――士郎は、そんなアルトリアに、
「……俺も怖いさ。だけど、大丈夫だ。俺が、霧羽も、アルトリアも護るから……絶対、絶対大丈夫だ」
優しく微笑み、アルトリアの髪を撫でる。
――手に、絹のような手触りが伝わる。
其の顔は優しさと、強さに溢れていた。
昔の彼が目指していた正義の味方とは少し違うが、今の彼は家族にとっての【正義の味方】だった。
「……シロウ…」
微かに瞳を濡らし、アルトリアは自らの半身の名を呼んだ。
「…アルトリア……」
答えるように、士郎も彼女の名を紡ぐ。
――ゆっくりと、二人の影が重なる。
其れを見ていたのは、草を食んでいた鹿だけであった。


「……御免、アスナちゃん」
「別に良いわよ。そんな大した事じゃないし」
一軒の鄙びた茶屋で、会話する少女二人。
肉体に多大なダメージを負った霧羽は、満足に動けない状態に為ってしまった。
現在霧羽は、肉体を休める為、明日菜の膝を借りている。
そう、所謂【膝枕】である。
男なら感涙モノだが、女同士なのでそういう事は一切無い。
「ああ~、安らぐ。寝心地いいわ、ホント」
「何か褒められてる気がしないわね」
タレる霧羽のコメントに、苦笑いを浮かべる明日菜。
「ねぇ……アスナちゃん。ネギ君の事なんだけど……」
「やっぱり、あんたも気付いた?」
明日菜の問いに、こくりと頷く霧羽。
「あの馬鹿……また何か自分の中に溜め込んで、悩んでるみたいね…」
真剣な表情で、思案する明日菜。
短いようで長い付き合いだ。
何となく、ネギの事が解るのだ。
「ネギ君、内側に抱え込む性格だからね……」
「そりゃあんたも同じでしょ」
霧羽の何気ない一言に、厳しく返す明日菜。
彼女も、察しているのだ。
霧羽が、嘘を内側に抱えている事を。
「――言う気になったら、言いなさいよ。大概の事なら協力するから。偶には、人を頼りなさいよね」
お説教じみた一言。
人を助けるが為に、人を頼らない彼女への言葉。
心配な想いが、満ちた一言。
霧羽の返事は――

「……うん。ありがと」

頷き。そして感謝。
そのまま、二人は黙り込んだ。
――静かな時間が、流れる。
其の静寂を破ったのは――

……ガサ…

木立の中から、現れた一人の少女。
二人が、よく知っている人物だった。
「あれ? のどかちゃん……?」
涙目でその場に佇む少女――宮崎のどか――の名を呼ぶ、霧羽だった。


「成る程ね――。のどかちゃん、ネギ君の事が好きなんだ♪」
のどかの話――ネギに告白しようとした――を聞き、水を得た魚のように活気出す霧羽。
お節介な性分なのである。
「――私が言う事は無いね。だって、のどかちゃんはもう決めてるじゃん」
顔を真っ赤に染めて俯くのどかに、そう言う霧羽。
今までの話を聞いて、のどかのネギに対する想いは解った。
彼女の意思も、聞いている。
ならば、自分は何も言う事は無い。
そう、霧羽は判断したのだ。
――其れに、正直恋の相談をされても、何を言ったらいいか解らないのだ。
「――ありがとうございます、明日菜さん、衛宮さん。衛宮さんって、やっぱりいい人ですね――」
「そう?」
のどかにそう言われて、素で聞き返す霧羽。
「そうですよ。誰に対しても一生懸命で、頑張りやさんで、困った人が居たら必ず手伝って……私も、何度も本の整理とか手伝ってもらいましたし……。凄いですよ、衛宮さんは」
のどかの言に、霧羽は少し照れてしまう。
――自分の気持ちを整理したのどかは、明日菜と霧羽に礼をし、行った。
意中の人物に、想いを伝えに。
去っていくのどかの背を見つめ、霧羽が、
「……行きますか?」
にょほほ、と怪しげな笑みを浮かべる。
明日菜は、
「……仕方ないわね」
苦笑し、答える。
肉体の休息は充分。
立ち上がった二人は、のどかが走り去った方角へと、歩みを進めた。

(おれっちの台詞…)

やべ、カモの事忘れてた。


二人が其の場所に着いた時にはもう、事は始まっていた。
ネギに対峙するのどか。
勇気を振り絞り、想いを告げようとするが、緊張で全て空回り。
――しかも、覗きの先客付き。
(刹那ちゃん、このかちゃん。……何やってんの?)
自分の事を棚に上げて、刹那と木乃香に問う霧羽。
人の事言えねぇ。
(ネギ先生と合流しようとした所、この場面に出くわしまして。……出るに出られないのです)
(そうなんよ)
二人とも口ではそう言っているが、視線はネギとのどかに向いたままだ。
説得力無ぇ。
まあ兎も角、事態は進み、とうとう――

「私、ネギ先生のこと出会った日からずっと好きでした! 私……私、ネギ先生のこと、大好きです!!」

言った。
堂々と。
自分の気持ちを、精一杯詰めて。
少女は、想いを言葉にした。
対するネギは……

固まっていた。

如何やら、脳味噌の処理が追い付いていないようだ。
フリーズ、と言った所か。
自分の気持ちを伝えたのどかは、緊張の糸が切れたのか、恥ずかしくなったのか――走り去っていった。
そして…

ネギは、倒れた。

今度は過負荷による熱暴走だ。
今までの悩み――親書、刺客、木乃香、強さ、弱さ――などがごちゃ混ぜになって、ネギの脳味噌を襲う。
メルトダウン寸前である。
事を見守っていた木乃香と明日菜が、慌ててネギに駆け寄る。
刹那は……のどかに尊敬の眼差しを送っていた。
彼女の勇気ある行動に、心を動かされていた。
そして霧羽は……
「ロマンスの嵐……か。私の場合、先ずは自分に折り合いつけないと、ね」
ネギを抱き抱える明日菜と木乃香を見て、自嘲気味に呟く。

「――私って、何だろう?」

誰も、答えない。
誰にも、答えられない。


心の葛藤。
人の思いは、十人十色。
同じモノなど、存在しないのです。
彼女の思いは、何処に行き着くのでしょうか?

ねぎFate 姫騎士の運命
ねぎFate 姫騎士の運命 第十八話【無謀編】

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