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ねぎFate 姫騎士の運命 第十八話【死闘編】 投稿者:ガーゴイル 投稿日:05/24-17:11 No.602

狂気の宴が、幕を上げる。
彼の者達の純潔を奪わんと、力と力をぶつけ合う、五組の戦乙女達。
――飛び散る血汗、流れる涙、魂の咆哮。
今此処に、乙女達の命を賭けた戦争が始まる!

「………何で私が…」
「ネギ先生……今、貴方の雪広あやかが参りますわ!」
3班代表選手、雪広あやか&長谷川千雨。
――片方は気合入り過ぎ、もう片方は無さ過ぎ。
バランスが取れている。

「一位になってしまったらどうしようアルかねー!? ネギ坊主とはいえワタシ初キスアルよ~~~~」
「ふむ……(いい機会でござる。此処は、二人の為に一肌脱ぐでござるか。ニンニン♪)」
2班代表選手、古菲&長瀬楓。
――ハイテンションなくーとは裏腹に、細目を弓にし、考えを巡らせる長瀬楓。
戦闘力ならダントツトップ。

「よ――し! 絶対勝つよぉ――ッ!!」
「エヘヘ――♪ ネギ君とキスか――♪ んふふ♪」
4班代表選手、明石裕奈&佐々木まき絵。
――若干妄想が入って気が抜けているが、侮れない。
安定感は一番。

「――お姉ちゃん…」
「解ってる……僕らの目的は只一つ!」
「「――今日こそ、龍(兄)(さん)のハートをゲット(だよ)(です)!!」」
1班代表選手、鳴滝風香&史伽。
何時に無くハイテンションである。
実力は未知数……しかし、凄まじい気迫が感じられる。

「絶対勝ってのどかにキスさせてあげます―――行くですよ!!」
「う、うん――!」
5班代表選手、綾瀬夕映&宮崎のどか。
――大穴、そして大本命。
思いは、届くのであろうか。

――以上五組。
此れより、皆の思いを叶える戦争―――第一回、聖杯(と書いて、唇争奪と読む)戦争を開催する!
――え? 無駄に大袈裟?
………すいません。


ねぎFate 姫騎士の運命 第十八話【死闘編】


――……ブルルルゥッ!?
突然背中を奔った怖気に、龍朝は一瞬我を失いかけた。
「……何だ? 今のトンでもねぇ寒気は…」
余りの事に、顔が青くなっている。
経験上、解っているのだ。
……今のは第六感が告げた、最大級恐怖警報なのだと。
この場から立ち去らねば………ヤられる!
「士郎さんと一杯やろうと思ったが……さっさと部屋に戻らねぇと、トンでもねぇ事に為りそうだな……」
薄らと冷や汗を掻きつつ、持っていた酒瓶を名残惜しげに見つめ、龍朝は踵を返した。
――しかし、もう遅かった。
災厄は、直ぐ其処まで来ていたのだ。

「チャイナピロートリプルアターック!!」

階段の方から、技名を叫ぶ謎の声が。

……何だ今のは?
確か、生徒は夜間班部屋退出禁止じゃなかったか?
つか、今の技名は如何かと思うぞ?

三通りの思考を並列展開し、眉間を押さえる龍朝。
並列思考から弾き出された結論は――
「……取り合えず、行かねぇとな。死ぬほど嫌な予感がするが……一応、教師だからな、俺は」
自身に言い聞かせるように、ブツブツ呟く龍朝。
根は真面目なのだ。
其の真面目さが、今回命取りと為った……
角を曲がると其処は――

戦場だった。

銃弾の代わりに枕が飛び交い、剣の代わりに枕が振るわれる。
目の前で繰り広げられる戦いに龍朝は……
地面に突き刺さらんばかりに、顎を落とした。
あんぐりと口を開けて、突っ立っている其の姿は、何時もより滑稽に見えた。
――一瞬の隙が、命取り。
「――むむ! ロンチャオ発見アル!!」
枕の乱舞を繰り出していたくーが逸早く、龍朝の存在に気付いた。
牽制の意を籠め、くーは手に持っていた枕を、龍朝に投げつけた。
――ちなみに、先程の威力より1.5倍である。
「――ぬぉッ!?」
唸りを上げて迫り来る真っ白な塊。
不意の出来事に驚きを漏らしつつも、龍朝の動きは素早い。
襲い掛かる真っ白な弾頭を左手で払い除け、地を蹴る。
一瞬でくーの目の前で移動し、其のまま――
「――行き成り、何しやがる!?」
通り抜けた。
本来なら腹に一撃を入れている所だが、流石に生徒等にそんな事は出来ない。
怒鳴りつつ、くー等の背後に回った龍朝。
其の顔は――冷や汗でびっしょりだった。
(……何だ、この異様なプレッシャーは!?)
――そう、少女達から放たれる不気味な威圧感が、龍朝の精神を苛んでいたのだ。
如何に歴戦の戦士と言えども、こんな気配は初めてだった。
(……如何する?)
じりじりと後退しつつ、龍朝は考える。
選択肢が、浮かぶ。

1 抵抗し―――捕まる
2 降伏し―――捕まる
3 逃げて―――捕まる
4 死ね

(殆ど一緒じゃねぇか!! つーか最後の何だ!?)
自分の思考に突っ込みを入れつつ(最後のは神の意志)、龍朝は頭を抱えた。
状況は変わらない。
こうしている内にも、少女達は少しずつ龍朝と距離を詰めていた。
――あれ、千雨が居ない?


「……アホらし…。私はさっさとずらからせてもらうよ」
混乱に紛れ、一人逃亡に成功した千雨。
――だが、世界は無情である。
彼女の背後の戸が、音も無く開いた。

「……何をしているのですか、チサメ?」

――耳慣れた、声。
同時に、恐怖を感じさせる、静かな声。
怒りの篭った其の声に、千雨は恐る恐る振り向いた。
其処には――

獅子が、居た。

「確か、生徒は部屋から出てはいけない筈ですが……如何いう事ですか?」
獅子――アルトリア・エミヤ教諭――の言葉に、千雨は悟った。
嗚呼、私は此処までか、と。


――何処かで悲鳴が聞こえたような気がするが、無視して話を進めよう。
刻々と追い詰められる龍朝。
しかし、彼は諦めていなかった。
この状況から抜け出す為の策を、必死に構築。
(何か――何か無ぇか!?)
右手は酒瓶で塞がっている為、左手で懐を探る。
鎖は現在装備していなかった。
していても、使わないが。
(ええと……涙目薬(ハッカ入り)に漢方飴玉に胃腸薬に水虫用塗り薬………って使えねぇ!? ――いや、待てよ。こいつとこれで……)
懐から取り出した、数種の薬。
しかし、どれもこれも役に立ちそうには無い。
だが、龍朝の瞳には、希望の火が宿っていた。
――状況は、芳しくない。
痺れを切らし、少女達が襲い掛かる
「アチョ――!!」
「龍朝先生、覚悟!」
枕の雨が、龍朝に迫る!
だが……

……にやり。

口の端を吊り上げ、皮肉な笑みを浮かべる龍朝。
――手に持っていた物体を、床に叩き付ける!
瞬間――!

――ビッカアァァァァァァ!?

閃光が、奔る。
太陽にも等しき凄まじい光量が、空間を埋め尽くす。
目晦ましをを喰らい、少女達は一瞬、目の機能を奪われた。
「な、何コレ――!!」
「目が、私の目が――!?」
「眩しいアル――ッ!!?」
目を瞑り、右往左往する少女達。
――事前に目を瞑っていた龍朝は、平気だった。
「……覚えておきな。俺の作った涙目薬は、胃腸薬と混ぜて強い衝撃を与えると、閃光弾になるんだよ!」
――其れ、薬か本当に?
捨て台詞を残し、龍朝は光に紛れる。
器用にも、目を瞑ったままだ。
声は、次第に遠ざかっていく。
――少女達が回復した頃にはもう、龍朝の姿は無かった。
そして、もう一人の姿も……


……階段の乱(龍朝命名)から数分。
彼は、人気の無い廊下の隅に隠れていた。
放置された掃除道具やダンボールが、上手く彼を人目や隠しカメラから隠している。
「しっかし如何する? この分じゃ、他にも居そうだな……」
困り果てたという感じに、呟く龍朝。
このままでは近い内に………ヤられる。
これはもう、確定事項に近い。
「どうすりゃいいんだよ……」
お先真っ暗である。
「――ならば、拙者に任せるでござる♪」
不意に、聞こえる声。
ビクゥッ!? と龍朝は、背筋を仰け反らせて驚いた。
気配を、全く感じなかった。
声の聞こえてきた方は、上。
つまり――天井!
ばッ、と天井を見上げると、其処には、
「――ニンニン♪」
天井からぶら下がった、糸目の少女。
甲賀忍者、長瀬楓嬢である。
「――な、長瀬!? 何時から其処に―――まさか、手前ぇも……」
「あいやまたれい。拙者、龍朝殿に危害を加える気は、一切無いでござる」
臨戦態勢に入る龍朝を、手で制す楓。
「……ハイ、そーですかって信じるわけ無ぇだろ。……其れに、相棒の菲は如何した?」
辺りを警戒し、何時でも逃げられるよう気を配る。
相対する楓は、
「古なら、いいんちょ達の相手を任せてきたでござるよ。……別に信じてくれなくても良いでござるよ。拙者は、只単に何時も妹分がお世話になっている龍朝殿の、助けになりたいだけでござるから……」
目を伏せ、静かに言う楓。
其の言葉に、龍朝は、ハッ、となった。
自分は、何をしている。
保健医とはいえ、自分は教師。
教師が教え子を疑うなどとは……!
日本に来る前見た参考映像――長髪にバッグを襷掛けした先生の出るドラマや、極道一家の一人娘が教師をやるドラマなど――を思い出し、龍朝は自己嫌悪に駆られた。
「――…すまねぇ、長瀬。生徒を疑っちまうとは……俺もまだまだだな」
楓に、バツの悪そうに謝る。
元々、生真面目な奴なのだ。
「別に良いでござるよ。――其れより、龍朝殿。拙者が今から、安全に部屋まで戻れるルートを、お教えするでござる」
お耳を拝借、と楓は逆さになったまま龍朝の耳に近付き、囁いた。
「良いでござるか。龍朝殿の部屋は、ネギ坊主の真向かい――通路の端に在るでござる。これでは、誰にも見つからずに部屋に戻る事は、到底無理でござる」
ひそひそと、声を潜める楓。
つられて、龍朝も声を潜め、
「んな事は解ってる。だから、悩んでるんじゃねぇか……」
「話は最後まで聞くでござる。――あるでござろう? 人が居ない、格好の隠れ道が……」
にやり、と細い目を更に細め、笑う楓。
――この怪しげな会話は、数分ぐらい続いた。


一方、其の頃…
「あ、足が、しび、痺れて……って、千雨ちゃん、何で平気そうなの?」
見回りをしていた新田教諭に捕まり、正座をさせられた裕奈。
痺れとの苦闘に涙を流しつつ、隣に居る人物――先にアルトリアに捕まった千雨――に、不思議そうに声をかけた。
「……アレに比べたら、足の痺れぐらいどうって事無いっつーの……」
恐怖で背筋を振るわせつつも、気丈に言う千雨。
しかし、其の顔色はリゾート一色だった。
…何が遭ったんだ?
「……何が遭ったの、一体?」
嫌な予感。
しかし、好奇心を抑えきれず、裕奈は千雨に問う。
千雨は、重苦しい表情で、
「あ――…捕まった時、先生にこのゲームの事を全部吐かされて……其の上、衛宮先生はゲームに含まれないって事を言う前に、どっか行っちまったんだよな………鬼の形相で」
其れってつまり……
「もしかして……アルトリア先生、士郎先生が範疇外だって事、知らないの?」
「だろうな……」

沈黙。

と、いう事は……
「私……新田に捕まって助かったかも」
「私も、一番初めに捕まったお陰で、被害が少なくて済んだ……」
ポツリ、と素直な感想を述べる二人。
何か、奇妙なシンクロニシティを感じる、二人だった。
――死者が出ない事を、祈るばかりである。


「――ありがとよ、長瀬。これで今夜は、無事に生き残れそうだ」
「いやいや、大した事ではないでござるよ。ニンニン♪」
立ち上がり、行動を開始した龍朝。
其れを、天井からぶら下がったまま、楽しそうに見る楓。
「じゃな。今度保健室に来た時には、取っときの鉄観音をご馳走してやるからな」
右手を挙げ、龍朝は行った。
疾駆。
音を少しも立てず、廊下を駆けて行く其の姿は、次第に見えなくなっていった。
――そして、天井にぶら下がったままの楓は、

……クスリ。

笑った。
悪戯が成功した時の、子供のように。
無邪気に、そして無慈悲に笑った。
「――ふむ。拙者に出来る事は、これぐらいでござるな」
地に降り、楓は、
「種は蒔いた。――後は、あの二人の頑張り次第でござる」
ニンニン、と何時もの呟き。
「――さて、先回りと行くでござる」
言い、彼女は窓を開け、身を投げ出した。
其の姿は、あっという間に、闇の中へと消えていった。


――さて、くーは其の頃……
「――むむ、いいんちょやまき絵は何処に行ったアル? 楓もいないし……一人になてしまったアル」
枕を抱え、辺りを見回しつつ、ゆっくりと歩みを進めるくー。
彼女は、未だ気付いていない。
薄氷を踏み締めるが如く、其の危うさに。
自分の身に降りかかるであろう、絶対の恐怖に。
心に傷を負うほどの、恐ろしさに。
彼女は、気付いていなかった。
もう既に、【ヤツ】は其処まで来ている!
「楓~~、何処に居るアルか~~? カエ―――!」
くーの言葉は、半ばから言語として機能していなかった。
何故なら……彼女の口は、顔面ごと封じられていたからだ。
曲がり角の向こうから伸びた、白魚の如き細い手指に顔面を掴まれ、其のまま凄まじい握力で握り潰されかけているからだ。
何か、メキメキいってる。
「ふふふふ……奇遇ですね、クーフェイ。消灯時間が過ぎているのに、こんな所で何をしているのですか?」
暴れていた、くーの動きが止まった。
その代わり、全身から滝のように汗が流れ、ガクガク震え始めた。
「全て聞きましたよ。何でも、一部の男性教諭の唇を狙ったゲームをしているそうですね。……大概の悪ふざけなら、大目に見ていましたが、今回はやり過ぎです」
静かで、其れなのに地獄の業火を思わせる、凄まじい怒気。
唐突に、顔を圧迫が、無くなった。
手指が外され、くーの顔が外気に晒される。
そして、彼女が見たものは――

鬼だ。

美麗な顔を笑みの形に歪ませ、額には青筋が走っている。
目は全く笑っておらず、瞳は虚ろに輝いていた。
――全身から滲み出る、凄まじい闘気が、揺ら揺らと般若の面を形作っていた。
声に為らない悲鳴が、くーから漏れた。
見なきゃよかった、とくーは後悔したが、もう遅い。
余りの恐怖に、くーはその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫ですよ、クーフェイ。そんなに怯えなくても………春の出来事を、もう一度其の身で体験するだけですから」
にっこりと、大輪の笑み。
詳しい描写は最早不要ず。
無茶苦茶怖ぇ。
子羊のように震えるくーに、アルトリアはゆっくりと近付いていく。
……一歩、また一歩。
そして、距離が零に為り……
「―――――ッ!!!!!!????」
――言葉ですらない、原初の叫びが、夜空に響いた。
この後、くーに何が遭ったかは、誰も知らない……
幸か不幸か、この一連の騒動はカメラに記録されず、生徒達は勿論、和美とカモも気付かなかった。
此処で気付いていれば、まだ救いは在っただろうに……
恐怖の進撃は、続く。


(お姉ちゃん……本当にこっちで合ってるんですか?)
(大丈夫! ちゃんと合ってるって。其れより……龍兄を早く見つけないと…)
暗く、狭い道を這うように進む、二人の少女。
鳴滝風香・史伽姉妹である。
お揃いの忍者服に身を包み、二人は漆黒の中を進む。
現在、二人が居るのは、整備用に作られた天井裏通路である。
大人用の為、少女達には充分なスペースが確保されていた。
ちなみに、この通路を教えたのは二人の師匠――長瀬楓嬢だったりした。
絶対何か企んでるな。
(今日こそあのドンカンに、僕たちの想いを解らせなきゃね!)
(……幾らアプローチしても、全然気付いてもくれないです……)
さて、今までの鳴滝姉妹のアプローチを振り返ってみよう。

例其の一 ご飯を作ってあげる―――キッチン爆発。泣いている所を、龍朝に本場風杏仁豆腐で慰められた。
例其の二 背中を流してあげる(水着着用)――寮の裏でドラム缶風呂に入っていた所を襲撃したが、龍朝は逸早く其れを察知。タオル一枚で逃走。――夜中だった為、目撃者は居らず。
例其の三 ナース服でお手伝い(隙在らば悩殺)――全くアクション無し。逆に『可愛いな』と褒められ、此方がダメージ。
例其の四 添い寝(下着姿で。ソースはハルナから)――流石にコレは効いたらしい。二人を毛布で縛り上げて楓に引き渡した後、龍朝は人知れず、鼻血の海に沈んだ。
エトセトラエトセトラ……

……並の人間なら、とっくに理性が崩壊しているぞ。
(生半可な手段じゃ、龍兄は気付いてくれない……実力行使あるのみだよ、史伽!)
(了解です! お姉ちゃん!!)
暗闇の中で、絆を強め合う姉妹。
嗚呼、何とも美しい姉妹愛。
――目茶苦茶黒いけど。
(さあ、未来に向かってぜんしみぎゃあッ!!)
(ぐげぇッ!?)
ゴチンッ、と痛そうな音が、暗闇に響いた。
風香の悲鳴と同時に、全く別の悲鳴が唱和した。
声からすると――若い男。
暗すぎてよく見えないが、目を凝らしてみると、人らしき影が風香の真向かいで、額を押さえていた。
――無灯火、及びに正面衝突である。
(いたたたた……)
(お姉ちゃん、大丈夫ですか?)
涙目で額を擦る風香に、史伽が心配そうに言う。
――如何やら、怪我はないようである
二人の声に、男は、
(……ああ、すまん。暗すぎてよく見えなかった。勘弁してくれ)
すまなそうに、謝る。
男の謝罪に、風香も、
(あ、こっちこそゴメン)
這い蹲ったまま、器用に頭を垂れた。

(((―――ん?)))

一瞬の、間。
お互いの声を聞いた、三人の動きが止まった。
どちらも首を捻り、怪訝そうに、
(((何処かで、聞いたような声……)))
全く同じ事を、心中で呟いた。
そして、徐に懐を弄る史伽。
少しの間もぞもぞと胸元を探り、引き抜かれた其の手には、ある物が握られていた。
其れは――ペンライト。
念の為に、と部屋から持ってきた物だ。
躊躇わずスイッチを入れ、光の先を闇へと向ける。
光に照らされた其処には、案の定……

酒瓶を抱えた、龍朝の姿。

あ、と口を半開きにし、酷く平坦な表情で、固まっていた。
あ、と鳴滝姉妹も同様の表情をし、固まった。
……沈黙。
吐息以外の音が、全て消えた。
あえてこの状況を言葉にするなら、

――嵐の前の静けさ。

故に、数秒後……

「ダアァァァァァァッシュゥゥ―――ッ!!!」
「「待てぇぇぇぇッ!! 龍(兄)(さん)ッッ!!!」」

怒号の嵐が、吹き荒れた。
瞬時に天井裏板を踏み抜き、龍朝決死の逃亡。
神業的反射速度で其れを追う、風香&史伽。
――傍から見れば微笑ましいが、本人達からしてみれば、正に喰うか喰われるか。
真剣勝負である。
絶叫を伴った荒々しい風が、吹き荒れる。


(――ふむ。上手くいったでござるな)
龍朝と風香&史伽が去り、闇に紛れていた楓は、満足そうに頷いた。
――彼女の仕掛けた罠は、極単純。
タイミングを見計らい、龍朝と風香&史伽に同じ隠しルートを教えただけである。
シンプルイズベスト。
彼女の目論見通り、両者は鉢合わせ。
――現在の状況となった、という訳である。
「ふふふ……さて、この先が如何なるか、楽しみでござるな」
天井裏から降り、楓は微笑む。
――しかし、次の瞬間には、其の顔は驚愕へと塗り変わった。
「――何でござるか、この異様な圧迫感は……」
背に、緊張が走る。

世界が、変質していた。

空気は冷たく淀み、帯電しているかのように、神経のパルスを狂わせる。
喉が気配に押し潰され、息も満足に出来ない。
肺腑は恐怖で縮こまり、心臓は早鐘のように狂ったリズムを刻む。
足――いや、下半身全ての関節が震え、立つ事もままならない。
背や額から流れ出る冷や汗が、ぐっしょりと服を濡らしていく。
筋肉は強張り、肉全体が岩礫と化したかのような、異様な圧迫感が全身を苛む。
歯の根が合わない。指が震える。腰が退ける。
楓の第六感が、告げる。

ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ…………ッ!!!!

殺される、消される、喰われる。
今まで感じた事の無い、圧倒的な【死】の予感。
楓は、その場に立ち竦んだ。
今まで戦ってきた相手とはレベル――いや、
「……次元が、違いすぎるでござる」
カラカラに渇いた喉から、声を絞り出す。
竦む足を無理矢理動かし、楓はその場から立ち去ろうとする。
……だが、
ヤツからは、逃れられない。

カラリ……

楓の背後にある障子戸が、ゆっくりと開いた。
瞬間、――【死】の気配が、一層密度を増した。
精神を直接ぶん殴る、凄まじい威圧。
精一杯意識を保ち、楓は意を決して――振り向いた。
其処には、
「――…嗚呼、貴方もですか。カエデ……」
残念そうに、悲しそうに微笑する騎士王の姿が。
――いや、只の騎士王ではない。
金髪は煤け、瞳はがらんどうな金色。
目から異様な眼光を放ち、微笑した口元から見え隠れする咥内は、血のように真っ赤だった。
服は何時ものスーツ姿だが、何故か色が黒っぽく変色していた。
「貴方も、私のシロウに、いかがわしい事を……」
肩を震わせ、俯くアルトリア。
三日月のように、歪む口元。
其の様は、正に赤の三日月。
黒いオーラが、全身から漂ってくる。
今のアルトリアは、アルトリアではない。
嫉妬に駆られ、己を見失った一人の女。
狂気に彩られた、暗黒の聖女。
前年度、非公式に行われた士郎VS古菲(第三話参照)以来の登場………其の名も、

――黒アルトリア(狂戦士VER)である!

あのくーにトラウマを残した、伝説(で終わって欲しい)の存在。
――何故かギャグパートにしか現れない、最強の戦士である!
「………………」
黒アルトリアを目の前にした楓は、声も出ない。
彼女は、知っている。
其の存在の恐ろしさを。
最強・最狂・最恐・最凶・最脅……
――コレに勝てる存在など、そうはいないだろう。
某赤い騎士も、裸足で逃げ出しそうだ。
「……安心して下さい。痛くありませんから……ええ、何も感じなくなりますから」
怖い事をブツブツ呟きつつ、黒アルトリアはゆっくりと楓に手を伸ばした。
逃げたい。
しかし、逃げられない。
完全に、足が硬直していた。

「……お仕置きです」

其の台詞を最後に、楓は障子の向こうへと引き摺り込まれた。
――パタン、と障子は静かに閉じられる。
何の悲鳴も、気配も無い。
全てが、夢幻の如く、消えた。
全てが、一時の幻だったかのように。
――逆に其れが、この上なく不気味だった。
辺りは、何事も無かったかのように、静寂に支配された。


「――ありゃ? 姉さん、あそこのカメラ壊れてるみたいだぜ。何も映らねえよ」
「ホントだ。――ま、別にいいじゃん。其れより、何かネギ君が五人に見えるんだけど……」
「――え゛?」
……とことん不運だな、この二人。
着実に、死神の鎌は、二人に近付きつつあるのであった。


(ええい!? 何でこうなるんだど畜生ッ!!)
廊下を爆走しつつ、心中で悪態を吐く龍朝。
ちなみに、速度は尋常ではない。
一流アスリートも、真っ青なスピードだ。
しかし、
(ヒイィィィッ!? 確り付いて来やがるし! しかも目が何か光ってる!?)
――そう、常人離れした龍朝の足に、風香と史伽は確り付いてきているのだ。
理由は、二人の履物。
忍者の衣装に合わせた、足袋。
コレが、二人の速さの秘密である。
二人は知らないが、実はこの足袋、超一味の発明である。
其の名も【イダテン・タビ】。
足のツボを電気で刺激し、一時的に足の筋肉・腱を強化。
誰でも直ぐに足が速くなるという、実用性は高いが卑怯くさい品物。
副作用を限り無く抑えた、お子様にも安心な一品である。
現在、御奉仕価格の一万八千円で販売中。
今なら一つ買うと、もう一つ同じ物が付いてくるというサービスを実施中。
――双子の事を考えて、もしもの為にと、楓が与えた物である。
「待ってよ、龍兄ッ!」
「待って下さいです、龍さん!」
【イダテン・タビ】を使いこなし、更に速度を上げる風香と史伽。
……何時もと違い、其の目は血走っていた。
何か、ホントに鬼気迫るという感じだ。
故に、龍朝は尋常ではない二人に怯え、更にスピードを速めた。
一心不乱に、走る龍朝。
息を荒げつつ、呟く。
「――俺、あいつらに何かしたっけ!?」
何もしていないからだ、ボケ。
この朴念仁は……
ギアを更に上げつつ、思考する龍朝。
思考内容は……風香&史伽が怒りそうな過去の事象。

――検索開始。

……検索中……

……検索終了…。
該当項目に、一件だけヒット在り。
内容、閲覧。
………………………………

その内容とは――
「もしかして……昨日、無断で口移しをした事が、ばれたのか?」
思い出された内容は、昨日の事。
酒を飲んで倒れた二人を介抱し、口移しで薬を飲ませた事。
そりゃ怒るわな、と龍朝は自己完結。
全くズレている。
そりゃ表面上は怒るだろうが……なぁ?
鈍いにも、程があるぞ。
眉を顰め、深刻そうに、
「早めに謝った方が、いいかもしれねぇな……」
等とのたまう。
いや、其れやったら多分死ぬぞ。
――その時、カン、という物音が聞こえた。
ん? と龍朝が音の方向――斜め前の戸を何気なく視界に入れた瞬間――

手が異様に伸びた、人らしき物体が飛び出してきた。

髪は茶色、年は十代前半。
小さな眼鏡を鼻に乗せた其の顔は――ネギに酷似していた。
……目が空ろで、何か不気味だけど。
「チュ―――ッ!!」
奇声を上げて、龍朝に飛び掛るネギもどき。
だが、

「邪魔だ失せろ!!!」

切羽詰った龍朝の敵ではない
問答無用の掌打。
腹をぶち抜かれたネギもどきは、煙と為って、虚空に消えた。
「……ん? 何か今の、ねぎ坊主だったような……ま、いっか」
そう自己完結し、龍朝は意識を前に戻す。
だが、
少し遅かった。

ずがべしっ!!

「へぶぅッ!?」
角を曲がり切れず、龍朝は壁に激突。
べちゃあ、と痛そうな音を鳴らし、蛙の如く壁に張り付いた。
(……前方不注意。注意一秒、怪我一生――日本のことわざも馬鹿にできねぇな……)
微妙に勘違いしている。
――まあ、其れは兎も角として……
如何やら、年貢の納め時のようである。
「――もう逃がさないよ、龍兄!」
「覚悟して下さいです!」
彼の背後には、闘気を漂わせる双子の姿。
――モウニゲラレナイ。


「ごめんなさいすいませんもうしないからゆるしください」
開口一番。
龍朝は正座をしたまま、二人に深く頭を下げた。
しかし、二人には何の事だか解らない。
突然謝り始めた龍朝の様子に、姉妹は揃って首を傾げた。
「あの……なんで謝ってるですか?」
おろおろと、困惑した様子の史伽。
「いや、何でって……」
口ごもる龍朝。
何時もの彼らしからぬ行動に、風香と史伽は更に首を傾げた。
「――お前ら、昨日の事で俺を追いかけてたんじゃないのか?」
「「昨日の事って何(ですか)?」」
声を揃えて言う姉妹。
今度は、龍朝が首を傾げる番だ。
(……あれ? こいつら、もしかして昨日の事で俺を追いかけてたんじゃねぇのか……。つーか、覚えてすらねぇようだし……もしかして俺、墓穴掘りましたか?)
――コノママデハヤバイ。
ばっくれよう。
0.1秒で、即決した。
「いや何でもねぇ。忘れくれやがれセニョール」
テンパリ過ぎて、自分でも何を言っているか解らない。
バレバレである。
――この態度に何かを感じ取ったのか、風香は半目で、
「……そういえば僕たち、朝起きたら龍兄の部屋だったよね。――何したの?」
剣呑な雰囲気。
隣の史伽も、半眼で此方を見ていた。
「――いえ、言う程の事ではありません」
寒気がするような丁寧口調で、爽やかに言う龍朝。
背中は、冷や汗塗れだが。
「……何、したんですか?」
史伽の問いに、龍朝は答えない。
冷や汗を流し、胡散臭い爽やかな笑みを浮かべるだけだ。

…………………

沈黙が、流れる。
半目で龍朝を睨みつける風香と史伽。
笑顔のまま固まる龍朝。
傍から見ると、シュールな光景である。
「――ま、まさか!? 僕らが寝ているのをいいことに、無理矢理口では言えないような――」
「人聞き悪い事ぬかしてんじゃねぇ!! 口移しで薬飲ませただけだ!! ――ってヤベ」
犯罪者呼ばわりは御免らしく、龍朝は叫ぶように訂正。
しかし、墓穴を更に掘ってしまった。
見ると、風香と史伽は……固まっていた。
目を点にし、口がポカンと開いていた。
しかし、其の間抜けな表情は直ぐに崩れ、顔全体が紅に染まった。
「く、くちッ、口移しって、あの、くちと口で、って、え、え? えぇ――――!?」
「あうあうあうあうあう………」
真っ赤な顔で、慌てふためく姉妹。
挙動は対照的だが、二人とも恥ずかしさで動いている所は同じだ。
無理も無いだろう。
――一方、龍朝は、
「……あれ?」
予想外な展開に、目を点にしていた。
罵られるか、泣かれるか、ぶん殴られるか。
そういう事を予想していたのだが、予想が外れた。
「お前ら……怒んねぇのか?」
恐る恐る、問う龍朝。
二人は、
「あ、う、でも、ええ!? そんな、けど、う、うぅ~~~」
「あう~~。全然覚えてないです~~~」
茹蛸になっていた。
故に、応答する事が出来ない。
しかし、次の言葉で、正気に戻った。
「……だってよ、好きでもない男に唇を――っておいどうした。顔から地面に突っ伏して。腹でも痛いのか?」
余りにも無情な一言に、二人は倒れた。
本当に、殺意を覚えそうな鈍感。
壊れているとしか言いようが無い。
「こ、ここまで鈍いなんて……」
「ひ、ヒドイです……」
もう泣きそうな表情で、言葉を交わす二人。
哀れだ、もの凄く。
しかし、二人はそれでもめげない。
「――こうなったら…」
「ですね、お姉ちゃん」
――決心した、表情。
少しの怒りと、大きな決意。
其の気持ちを胸に秘め、徐に立ち上がり、
「―――!!?」

とんちんかんな事をぬかす龍朝を、瞬時に拘束した。

【イダテン・タビ】による、驚異的な瞬発力のお陰だ。
ちなみに前が史伽で、後ろから羽交い締めにしているのが風香だ。
「んな――!?」
突然の事に反応できず、動きを奪われた龍朝は、じたばたともがく。
しかし、本気を出すと密着している風香と史伽に怪我をさせてしまう可能性がある為、本気で暴れる事が出来ない。
故に、龍朝はもがく事しか出来ないのだ。
「実力行使ィ―――ッ!! 今だよ、史伽!!」
「は、はい! お姉ちゃん!!」
風香の激励を受け、史伽は行動に移る。
先ずは、両手を龍朝の頬に沿え、顔をホールド。
そして、そのまま顔を近づける。
「おいおいおいおいおいおい!? ちょっとまてぇ―――!! 一体どういう事だオイ脈絡ねぇにも程が………!?」
其れ以上、龍朝は喋れなかった。
何故なら、龍朝の唇を、史伽の唇が塞いでいるからだ。
簡単に言うと、キッスである。
触れ合うだけの、簡素なもの。
しかし、その意味は、神聖なものである。
「……っはぁ…」
ずっと息を止めていたのだろうか、艶かしい一息を吐き、史伽は唇を離した。
其の顔は先程以上に真っ赤で、今にも火が吹き出しそうだ。
「……ちょ、ちょちょちょちょっとオイ! 行き成り何をするん――――!?」
此方も真っ赤な顔で叫ぶ龍朝。
しかし、再び言葉は途切れた。
今度は、風香の番だった。
先程同様に頬に手を添えて、唇を重ねる。
違うのは、振り向かせる為に、龍朝の顔の向きを無理矢理変えた事ぐらいだろうか。
――龍朝の顔が、更に朱で染まる。
「………んっ…」
吐息を漏らし、風香の顔が離れた。
上気した頬が、妙に心をざわめかせる。
龍朝を背後から抱き締めたまま、風香は、
「……これが、僕たちの気持ちだから。――これ以上、馬鹿な事言ったら、本気で怒るよ…」
「……ごめんなさい、龍さん。だけど、知って欲しかったんです……私とお姉ちゃんの気持ちを……」
前から上目遣いに見上げる史伽も、言う。
二人の表情は正に……恋する少女だった。
龍朝は何も言わない。
つーか言えない。
「――行こっか、史伽」
「はい、お姉ちゃん」
二人はそう言い、龍朝から離れた。
そして、

「「龍(兄)(さん)、また明日!」」

何時もの笑みで、そう言った。
其のまま二人は、何処かへ行ってしまった。
残された龍朝は、

もう、思考する事すら止めていた。

物体と化した龍朝は、只其の場に在るだけとなった

「――何かさっきから旅館内が騒がし……って、龍先生!? さ、桜咲さん! ロ、龍先生が真っ白な灰に――!?」

――どっとはらい。
ちなみに、同時刻にネギとのどかのキスシーンがあった為、幸か不幸かこの一連の騒動が他人に知れ渡る事は無かった。
極、一部を除いて……。


そして、騒ぎの張本人等は……
「よっしゃ、ずらかるよカ、モ……っち……」
「どうしたんでさあ、姉さん。顔が真っ青だ……ぜ…」
風呂敷包みを抱えていた、二人の顔が青に染まった。
何故なら、目の前に――

魔 王 が 居 た か ら だ

「ふ、ふふふふふ……。成る程、二人が主犯ですか……」
壊れた笑みを浮かべる、黒い騎士王。
怖い。目茶苦茶怖い。
「あ、アルトリア先生……」
「お、落ち着いてくれ……え、衛宮の親分には、何もしてないからよ……」
ガクガクと全身を震わせ、命乞いをする二人。
しかし、
神は、無情である。
理性を失ったSABERには、何の効果も無い。

「――問答無用です」

ワラウクロイカゲ。
悲鳴を上げる間も無く、二人の意識は闇の中へと消えた。
――二人のその後は、誰も知らない。


……蛇足だが、先に被害に遭ったくー・楓両名は、正座する頃には戻ってきていた。
しかし、両名とも空ろな目で、『ごめんアルごめんアルごめんアルごめんアルごめんアル……』だとか、『すまんでござるすまんでござるすまんでござるすまんでござるすまんでござるすまんでござる……』と、壊れたレコードのように繰り返し呟いていたとか。
――本当に何をした、アルトリア。


――更に余談だが、この一件で某騎士王は、【一週間おやつ&お代わり無しの刑】を正義の味方から言い渡されたそうである。
……流石に今回は、暴走しすぎたからな…。
自業自得である。



――寒の極地、南極。
其処は今や、戦場と化していた。
立て続けに響き、途切れる事の無い轟音。
音が響く度に氷の山岳が弾け、辺りに雹の如く破片をばら撒いた。
白銀の戦場に、対峙するは二人。
片方は、長大な黒鉄の剣を構えた、巨躯の鬼神。
片方は、不可視の壁と刃を操る、空間使いの精霊。
二つの力が――激突する!

ズグアァァァァァァァァッ!!

剣より放たれた衝撃刃と、空間断裂刃が衝突。
砕けた両者は刃の欠片と為り、辺りを縦横無尽に切り刻む。
剣鬼は迫り来る破片を全て砕き斬り落し、銀の精霊は障壁で全てを防ぎきった。
「――弱くなったな。供給が途絶えている上に、不完全な今のお前では……到底大戦時の【お前】には、遠く及ばない」
「その代わり、数多く得たものが在ります!」
快音。
ヘダタリの指が、連続で撃ち鳴る。
再び空間が割け、無数の刃が凱鬼を襲う。
「――甘い、甘すぎる!」
咆哮。
凱鬼は黒の剣――魔神刀――が、宙を刻す。
「刻む。――“薊”!」
無影の一撃一撃を、悉く撃ち貫く。
返す刃で、凱鬼は渾身の一撃を放つ。
「落ちろ、“紅孔雀”!」
袈裟、逆袈裟、右切上、左切上、唐竹、刺突。
斬の一つ一つが、ヘダタリの命を刈り取らんと、無情に迫る。
「―――!」
ヘダタリは呼吸を止め――後方跳躍。
一瞬遅れて、五筋の斬が今まで居た場所に突き刺さり、残った一筋が矢の如く胸板に迫る。
ヘダタリは両手に空間盾を作り出し、右手を前の刺突に、

ギギギイィィィィィ………ッ!

背後から強襲する斬撃に、左手を中てた。
「……其の技は、見切っています。前方の六連撃は目暗まし……例え六の斬を防いでも、本命である七番目が止めを刺す。――背後へ回るのに使ったのは、瞬動術ですか?」
「ああ……。今のお前では、“神息”は見切れんだろうからな……」
刃越しの会話。
命のやり取りをしているにも関わらず、二人は世間話をするかのように、言葉を交わす。
「ごもっとも。今の私では、流石にアレは勘弁していただきたい」
破裂音。
言葉と共に、周辺の空気が爆発した。
両手の盾を、爆破したのだ。
この不意打ちに凱鬼は眉を顰め、防御を取る。
――斬撃は、爆破の波に掻き消された。
「……小賢しい」
爆発を物ともせず、凱鬼は全く変わらない姿を見せた。
「俺にこけおどしは、通用しない」
「存じていますとも」
空間を穿つ、断裂音。
歪みを絶つ、金属音。
ヘダタリは刃を射ち、凱鬼は刃を振るう。
百以上にも及ぶ裂と鉄のぶつかり合いが、凍えた空気を強烈に揺さぶる。
「――埒があかんな」
言い、全ての刃を切り裂いた凱鬼は、剣を虚空に向け
「――いい事を教えてやろう、ヘダタリ」
無表情に、凱鬼は言葉を紡ぐ。
ヘダタリの攻撃は止まない。
凱鬼は迎撃しつつ、
「――OKINAが出撃した。病に冒された、あの醜悪な老人が、だ」
攻撃は止まない。
しかし、凱鬼は言葉を続ける。
「目的は――麻帆良学園だ」
一瞬、攻撃が止んだ。
――しかし、直ぐ再開。
凱鬼は、それでも続ける。
「――出撃内容は、“不確定要素の排除、及びに魔力の補充”……」
凱鬼は一旦言葉を切り、反応を待つ。
刃は、来ない。
不気味な沈黙が、極寒を支配する。
――凱鬼は、口を開いた。
「――…時に、真祖とやらの心臓は―――強力な魔力復活薬になるそうだな……」
瞬間、

辺りの空気が、研ぎ澄まされた。

殺気。
凄まじい濃度の其れが、辺りの空気を刃へと変えた。
ヘダタリの顔からは、一切の表情が消えていた。
何も無い。
絶無の、表情。
ただ、冷たい殺意が、其の身から迸っていた。
「――ふん。漸く、本気になったか」
瞳に愉悦の光を浮かべ、鬼は得物を構えた。
対するヘダタリも、指を構える。
―――無音。
空間が命を無くしたと錯覚させるような、絶対な無音。
空間を支配するのは、二人の気。
純粋に研ぎ澄まされた気配が、張り詰めた緊張感を生む。
――そして、

………パラ…

氷山から、小さな氷片が落ちる。
次の瞬間!

―――轟ォォォォォォォッ!!

衝撃が、全てを吹き飛ばした。


――煙が晴れる。
其処には、全てが消し飛んだ氷のクレーターがあった。
戦闘の激しさを思わせる其処の中心に、一つの影。
巨躯の、鎧を纏った鬼。
凱鬼である。
彼は、愛用の魔神刀を大地に突き刺し、
「………逃げたか」
一言、呟いた。
其の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。
「――逃げたか、じゃないでしょう?」
何時の間にか、彼の背後に立っていた何かが、そう言う。
飾り気の無い、灰色のコートを着た、少女。
青く長い髪を背に流した少女は、其の紫の瞳で不満そうに凱鬼を睨み、
「ワザと逃がしたんでしょう! 全く、凱鬼は相変わらずバトルマニアだね! 其の所為で、僕様ちゃんが苦労するんだよ!!」
ぶー、と膨れっ面でそうのたまう少女。
「そう言うな、コウジン。――今のアイツを殺しても、俺は少しも楽しくない。主と俺が結んだ契約を忘れたのか?」
「確か、“楽しさを優先して戦う”だっけ? 余程の事で無い限り、君の戦いに口を出してはいけないってヤツ?」
少女――十絶書・コウジン――の答えに、凱鬼は頷き、
「そうだ。今のアイツと戦っても、俺は少しも楽しめない。だから――」
「ワザと逃がす事で、成長したヘダタリと戦う機会を増やした。そう言いたい訳?」
コウジンの言葉に、再び頷く凱鬼。
「――もう! 僕様ちゃんは知らないからね!! 後は勝手にして!!」
そう捨て台詞を残し、コウジンは何処かへと消えた。
残された凱鬼は、氷に突き立てた魔神刀を抜き、
「――再戦を期待しているぞ」
誰ともなく呟き、彼の姿も消えていった。


――さて、着々と時は進んでいきます。
悩み苦しみ、そして人は時を経ていくのです。
さて、一人の青年の恋愛模様。
彼の未来はどうなるか?
そして、傷付いた体に無理をしつつも、愛する人の為に空を翔る一人の紳士の行く末は?
全ては、次幕にて。
では、今回はこれにて。

ねぎFate 姫騎士の運命
ねぎFate 姫騎士の運命 第十九話

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