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ねぎFate 姫騎士の運命 第二十一話 投稿者:ガーゴイル 投稿日:05/27-15:00 No.617

――如何しよう。
ベンチに力無く座り、龍朝は真っ白な灰になったまま、自問した。
――如何しよう。
思考が纏まらない。
意識が霧に包まれ、混濁している。
――如何しよう……
半ば機能停止した頭で、龍朝は思考の海に漂うのだった。


ねぎFate 姫騎士の運命 第二十一話


USJ。
近代に完成した、大阪随一のテーマパークである。
龍朝はこの映画的虚構世界の中で、一人ベンチに座り込んだまま、虚ろな目でブツブツと独り言を呟いていた。
……アブナイ人だ。
何故、龍朝が此処に居るかというと――只単に、別の班の引率を任されたからである。
何かと物騒な今回の修学旅行。
最低一班に一人、腕の立つ護衛が必要なのだ。
――役に立ちそうにないけど。
「――龍先生、如何したんだろう?」
灰の塊と化した龍朝を、心配そうに見つめる少女。
運動部四人組の一人、アキラである。
「うわぁ……。雰囲気暗すぎて、周りの空気が淀んで見える……」
アキラの隣で、スポーティーなファッションに身を包んだ裕奈も、心配そうに言った。
「何かあったんやろか……」
「昨日の騒ぎのせいかな~?」
亜子とまき絵が顔を見合わせ、
「「「「……気になる」」」」
――四人が、同時に言った。


「俺は……如何したらいいんだ?」
風香と史伽の事は嫌いじゃない。
むしろ好きな方だ。
だが……

「――幾ら何でも二人いっぺん&ロリ&生徒はマズイだろ―――ッ!!」

頭を抱え込み、小声で器用に絶叫する龍朝。
「くぅ……今になってねぎ坊主の気持ちが理解出来たぜ……」
何故か青空に笑顔で浮かぶ、ネギのドアップ映像。
……すまんかった、ねぎ坊主。
龍朝は涙を流し、ネギに土下座して謝った。
ベンチの上で土下座し、涙を流す男。
不気味を通り越して奇怪だ。
その時。
「……大丈夫ですか、龍先生?」
そんな龍朝に、声を掛ける者が。
アキラだ。
「色んな意味で、本当に大丈夫? 先生」
アキラの後ろに居る裕奈も、心配そうに言う。
「――大河内、其れに明石か……」
アキラと裕奈、其れとその後ろに居る亜子とまき絵を視認し、龍朝は力無く言う。
「……俺のような駄目人間に、何か用か?」
自虐的に言い、ふっと陰惨な笑いを浮かべる。
其れを見て、亜子が、
「……龍先生。一体、如何したん? 何か、今にも死にそうな顔しとるけど……」
「変なものでも、食べた?」
何気に失礼な事を言うまき絵。
「……男には、色々在るんだよ……」
今にも死にそうな声で、言う。
その発言に裕奈が、
「――先生、性差別発言は不味いよ」
「んなに深い意味はねえよ。……暫らく俺を独りにしてくれ、俺のような人間の屑に関わると……碌な事にならねえぞ」
そう言って、再び龍朝は俯いてしまった。
「こりゃ重傷や……」
亜子が、心配そうに言い、吐息。
そして、
「――あー、もうッ! 男ならもう少しシャキッとしなよ、先生ッ! ――ほら、背筋伸ばして、気をつけ!!」
見かねた裕奈が、龍朝の背中側に周り、脇に手を差し込んで無理矢理立たせる。
不意の出来事に、龍朝は僅かによろめき、
「……ぬぉッ!?」
たたらを踏んで、直立。
ベンチから降りた龍朝の両脇に、二人の少女が立つ。
まき絵とアキラだ。
「暗すぎるよ、龍先生! ――何があったか、話してみない? 相談ぐらいなら乗るよ!」
「うん。大した事は出来ないけど……人に話せば、それだけで楽になるよ、先生」
まき絵と、アキラの言。
運動部という接点がある為か、鳴滝姉妹と楓の次に、この四人組は龍朝と仲が良いのだ。
「お、お前ら……」
四人の温かい言葉に、思わず目頭を熱くする龍朝。
……有り難ぇ……
色々追い詰められていた龍朝は、深く感動した。
「ありがとな……」
礼を言い、龍朝は顔を上げ、
「……秘密厳守で、頼むぜ」
そう前置きし、彼は事の次第をぽつぽつと語り始めた。


――同時刻。
建物裏に、一人の少年が佇んでいた。
色の薄い、整った容姿の少年。
異様なのは――彼の放つ気配。
圧迫感も、威圧感も無い気配。
何も無い――生気の薄い気配。
まるで、人形のようだ。
「――コレで、最後」
少年は手に持っていた赤紫色の札を、壁に貼り付けた。
瞬間、符は淡い光を放ち、壁の中に融けて消えた。
「“結界”はコレでよし……式が全く使えなくなるのが難点だけど、今回はコレで充分だね」
独り言のように言い、彼は踵を返す。
「……後は、始末するだけ」
不気味な、感情の響きを持たない声が、薄闇の中へ消えた。


一方その頃……
「このアトラクションの平均待ち時間は……二時間、という所か。――成る程」
長蛇の列から少し離れ、長身の少女が独り言を呟いていた。
褐色の肌を持つ、大人びた少女。
そのチョコレート色の手指には、小さなメモ帳とボールペン。
開いたページには、小さな文字がびっしりと書き込まれていた。
「やはり、新しいアトラクションはかなり混むな。――まあ、このアトラクションは身長制限でパスだからいいか」
目の前のアトラクション――蜘蛛男が画面から飛び出して見えるアトラクション――を見やり、少女はメモ帳を仕舞った。
「だいたい、こんな所か。――下調べはこれで充分だな」
そう言って、彼女はその場を後にする。
「後は……お菓子と、其れに大きな人形だな」
言った表情には、笑みが浮かんでいる。
微笑。
「保護者同伴なら 92cm以上で制限クリア、か……。一年で2cmぐらい伸びればいいが……」
パンフレットに載っている、世界一有名なビーグル犬のアトラクションの図解を見て、苦笑。
「まあ、育ち盛りだからな」
一人歩き、少女は空を眺めた。
青空。
群衆が満たす広いようで狭い空間であっても、見える空は青く綺麗に輝いている。
「……二年、か」
ポツリ、と少女が呟く。
籠められた感情は、寂しさ。
「――色々在り過ぎて、まるで遠い昔の事のようだ……」
言って、少女は自分の胸元に視線を落とした。
豊かな乳房の上に乗っているのは、小さな首飾り。
勾玉の形をしたものと、窓を模した金色のものとの二つ。
彼女は指で二つの鎖を弄び、
「……その内、“あの人”の事も思い出になりそうだ……」
吐息。
その時だった。
彼女の視界に、数人の男女の姿が入る。
女四人に、男一人。
女は揃って顎を落とし、男は地面に倒れていた。
「……やれやれ」
少女はトラブルの臭いを感じ取り、面倒くさそうに五人の所へ向かう。
――空はそんな事とは関係無く、何処までも蒼かった。


「「「先生鈍すぎ」」」」
「うあ……」
龍朝の話を聞き終わった四人の第一声を聞いて、事の本人は仰け反った。
「あの二人の態度から、丸解りなのに……」
「龍先生って、ある意味私より馬鹿だね―」
「天然記念物級の鈍さだよね……」
「先生、二人が可哀想やで」
四人の一斉口撃。
龍朝のハートに一万のダメージ。
「俺は、俺は、俺はアァァァァァァッッッ!!」
再び滝のような涙を流し、絶叫する龍朝。
もう、どうにも止まらない。
――何処からか、異様に刃の長い剣――青龍刀――を取り出し、
「死んで故郷に詫びをォォォォォッ!!」
喉に突き付けた。
豪快な自殺である。
其れを見て、四人が慌てて龍朝を止める。
「わッ!? 先生、其れ洒落になんないよ!!」
「って、其れどっから出したんやーッ!?」
亜子と裕奈が左右から刃を握る龍朝の腕を引っ張り、叫ぶように言った。
そんな馬鹿騒ぎを繰り広げている一行に、
「――一体、何をしているんだい?」
呆れたような声。
皆が一斉に、声の主を見る。
端正な顔に呆れの表情を作った、長身の少女。
濃褐色の肌を持つ、彫りの深い顔立ちの少女だ。
「「「「――龍宮さんッ!?」」」」
何時の間にか背後に立っていた少女――【龍宮 真名】――を見て、四人が驚きの声を上げた。
「――相変わらず、行き成りなヤツだな。気配消して背後に立つなよ」
不機嫌そうに、龍朝が言った。
「職業病、というヤツだよ龍先生」
真名は、シニカルな笑みで答え、
「――で、何か揉め事かい?」


――同時。
中央広場に、一人の少年が静かに佇んでいた。
異様だ。
全てが、異様だ。
広場には全く人が居らず、不気味に静まっている。
立っている少年は顔に全く表情を作らず、生気が無い。
そして、少年の足元には、

無数の文字と図形が、狂った演舞を書き綴っていた。

「――魔式、展開」
告げると同時に、線に光が奔る。
文字と絵が光と散り、中空に舞い踊る。
瞬く間に光の群れは纏まり、天球図と化した。
「右手に焔、左手に清流、天空に風を掲げ、足下に地を置かん」
赤い文字が右手に、青い文字が左手に、頭上に緑の文字が、足元に黄色い文字が浮かんだ。
「降り注ぐ風雨は大地の骨肉に血と息吹を与え、赤々と燃える焔は肉に鼓動を刻まん」
少年の掲げた右手指に、四つの色が集う。
「四方を区切り、四海を囲い、四魂を捕え、――この世を、“死界”とせん」
色が、飛ぶ。
其々の色は楔と為り、少年を中心に四方の端へと突き刺さった。
「時を分ち、空間を分ち、因果を分つ」
突き刺さった楔から線が生じ、天へと向かう。
光の線は集い、頂点を為す。
――空間は、完全に分たれた。
「――世界よ」
少年の呼び掛けが、世界を振るわせる。
その声は――

「隔絶せよ」

世界を、零と壱へと分け隔てた。


「――成る程」
五人の話を聞き終わり、真名が相槌を返した。
表情は何時もと変わらない、冷めたもの。
「つまり、こういう事だろう。――鳴滝姉妹に告白され、先生は如何したらいいか判らない。……中学生並み、いや、其れが普通か。考えてみれば、先生は私たちとそう変わらない年頃だったね」
くくく、と面白そうに笑い、
「意外と、うぶな所があるんだね先生」
「うるせいやい」
くすくすと笑う真名とは対照的に、この世の終わりのような顔の龍朝。
実は、話している間ずっと、真名にからかわれ続けているのだ。
……選択誤った。
誰ともなしにそう思い、龍朝は頭を垂れた。
「気に障ったなら、謝ろう。しかし――如何にもこうにも、ずれているね、先生」
真名はふぅ、と小さく吐息を漏らし、
「二人の想いに答える答えない以前の、問題だよ」
「――どーいう意味だ……」
真名の嘲笑と取れる表情に、龍朝が剣呑な視線をぶつける。
険悪な空気が漂い、他の四人の顔面が強張った。
しかし、真名は大して意識せず、
「率直に訊くよ、先生。――あの二人の事を、本当は如何想っているんだい?」
答えは、
「――好きだよ」
端的な言葉。
僅かに頬を赤くし、龍朝は言う。
「ああ、好きだよ! 好きですよ其れが何ですか!? え!! つか何で俺こんな事大声で言わされてんのあれですか所謂日本語で言う所の羞恥プレイですか!?」
「――落ち着け」
顔を真っ赤にしてシャウトする龍朝。
如何やら、思考回路が完全に破綻したようだ。
意味不明な叫びを上げ、龍朝は咆哮する。
壊れた。完全に。
真名は其れを宥め、口端を弓にし、
「――そう。先生は、あの二人の事が好き。二人は、先生の事が好き……」
為らば、

「――別に何も問題無いじゃないか」

真名のぶっ飛んだ発言に、その場に居る全員が固まった。
「た、たたた龍宮さん? 其れって問題ありまくりのような気がするんだけど……」
「い、幾ら何でも教師と生徒、しかも二人同時なんて不味すぎやろ……」
すかさず、慌てた裕奈と亜子の反論が入るが、真名は意に介さず、
「――そうだな。確かに、一般の目から見れば、かなり不味いだろう。しかし――想いさえ通じ合っていれば、ありとあらゆる恋は絶対無敵になる」
真名は、遠い眼差しを空に向け、
「どんな悲恋も許されない恋も、本人等にとっては尊いものであり、幸いなものだ。――そう、どんな恋も……」
僅かに物悲しい真名の雰囲気に、五人は黙り込む。
「思うに、先生はモラルが如何こう以前に――怖いんじゃないか? 自分の想いに自信が持てず、あの二人が自分に向けてくる想いに自信が持てず……躊躇い、悩んでいる」
……私とは、大違いだ。
言葉に出さず、そう呟く真名。
脳裏に思い浮かぶのは、過ぎ去った昔。
砂漠を駆る青年と、少女の自分。
――只の粋がった小娘だった私とは、違うな。
真名は自嘲気味に笑い、
「自信を持つといいよ、先生。――うじうじ考えるより、行動した方がいい。先生には、そっちの方が合ってると思うよ」
大人の笑み。
その笑みに、僅かに龍朝たちは見惚れた。
「……何だか龍宮さん。大人の女性って感じだよね」
まき絵の脳天気な発言に、真名は苦笑を漏らし、
「――昔々に、君達より馬鹿を繰り返しただけだよ」
真名が自分を卑下した――その時。

――世界は、百彩の硝子に包まれた。



……何だッ!?
硝子に呑み込まれた世界の中で、龍朝は意識を張り詰めた。
――周囲は、止まっていた。
人も、物も、気配も。
全てが作り物のように、ピタリと停止していたのだ。
「……結界か? ――内と外の因果を完全に切り離し、全ての存在を二重にする事で被害を完全に抑えるタイプ……如何やら、敵さんはかなりのやり手みてぇだな」
周りの風景と、肌に伝わる魔力と意の残滓から結界のタイプを割り出し、龍朝は意識を戦闘モードに切り替える。
――此処は、戦場だ。
愛用の変形白衣の袖から、短剣を取り出す。
柄に長い鎖を装備した、ダガー・チェーン。
左右二対を手に、残りを地面に垂らした。
――何時でも戦えるように、身構える。
その時。
「――――ッ!?」
右手前方から、高速の光球が迫る。
――魔力弾だ。
龍朝は瞬時に捕捉し、右手の鎖刃を投擲。
同時に、龍朝は体内で魔力を練る。
体内で変換された魔力は、鎖を通してこの世に具現し――
「――“紅牙”ッ!」
宙を裂く二筋の銀線に赤き焔が燈り、光球を撃ち貫く。
同時に、轟爆炎上。
空に、赤き火の粉が撒き散らされた。
しかし、
「――ちぃッ!」
再び、風斬音。
先程とは真逆の方向から、光球が襲う。
スピード・大きさ……共に数倍!
「――今のは囮かよ……。めんどくせぇヤローだなッ!!」
吼え、龍朝は左手を振る。
左の双鎖が翻り、穂先が光球を目標に定める。
「――“雷蛇”ッ!」
今度は黄色。
雷の色を身に纏った金属の蛇は、互いを絡め合わせ――一つの大蛇と化す。
鎌首を擡げた雷鋼の蛇は光球を迎え撃ち――噛み砕く!
光が砕け、空に破片が舞い消える。
――光の残滓たる突風が、龍朝の肌を撫ぜた。
「――変わった技だね」
空――正しく表すなら真上の方向――から、声が聞こえた。
年若い少年の、声。
龍朝が見やると、其処には、
無機質な少年が、浮かんでいた。
彼は、少しも鉄面を崩さず。
「――特殊合金で出来た鎖に体内で精製された魔力を通し、其々の属性に具現化して鎖や肉体にエンチャントさせる、か。――色々な意味で、普通じゃない」
「……俺の身体は特別製らしい。……ナメんじゃねぇぞ、糞餓鬼」
少年を睨みつけ、唸るように言う龍朝。
「――一般人が大勢居るこんな場所で事を起こすたぁ……如何いう了見だ? 潰すぞ、てめぇ……」
視界の端に固まったまま動かない生徒等を入れつつ、怒りの混じった声で言う。
彼から発せられた凄まじい憤怒の気配が、空気を侵食する。
しかし、少年は露程も動じず、
「――その為の結界だよ。これで心置きなく……君を始末できる」
少年は、光の灯った指先を龍朝に向け、
「“五一族”……最早数少ない竜と交わった半人外等が束ねる、ずば抜けた才能の持ち主達が集う多国籍民族。その皇族の直系たる君は……危険過ぎる。僕の独断で、処分させてもらうよ」
「されて堪るかよッ!」
吼える。
ドンッ! と龍朝の足元が轟音を立ててつつ、吹き飛んだ。
攻撃ではない。
――強靭な踏み込みにより、砕けたのだ。
人外級の跳躍力を発揮し、龍朝は空へと舞い――
「後で整形してやるからよぉ……遠慮無く潰れちまいなッ!」
渾身の一撃を、少年の顔に叩き込む。
同時に、腕に巻き付いた鎖から光が迸る!
「――“重炎爆掌”ッ!」
轟炎、そして、爆打撃。
焔が奔ると同時に、爆撃音のような掌打の音色が空気を振るわせる。
――常人なら重度の火傷を負い、顔面が粉々に為っているだろう。
だが――

ぱしゃん。

飛沫の音と共に、少年の体が散った。
――水を借体にした、幻像。
その事を認識し、一瞬、龍朝の動きが止まった。
――その一瞬が、命取り。
散った水が纏まり、円形に変化。
そして、

……ずるり

円状の水面をゲートにし、少年が姿を現す。
出現したのは――宙に飛ぶ龍朝の、更に上!
重力を味方に付け、少年は降下力と全体重を攻撃力に変換し――
龍朝の脳天に、渾身の蹴りを突き入れた。
「……かッ、はぁ……ッ!?」
強烈な一撃を喰らい、息が詰まる。
視界がブラックアウト。
――力を無くした龍朝は、そのまま直前上に在る建物に叩きつけられた。


……こんなものか。
落ちた龍朝を眺め、少年――フェイト・アーウェルンクス――は落胆ともいえる感想を述べた。
「――期待外れだね」
“あの”五一族の直系だから、かなり強いかと期待を抱いていたが……
「弱いね。思ったよりも」
これなら、障害に足らない。
「――さっさと止めを刺しておいた方が、無難だね」
思考を打ち切り、フェイトは降下の準備に入った。


……情けねぇ。
崩れ落ちた建物内部で、龍朝は自己嫌悪に駆られていた。
瓦礫に肉体を挟まれ、身動きが一切取れない。
幸いにも、肉体には目立った損傷は無いが……
「……どーすっかなぁ……」
立ち上がる気力が、無い。
「見た目がアレだから、舐めてたといえ……情けなさ過ぎだぜ」
自分の全てが、脆弱に感じる。
意思も、思考も……想いさえも。
「……まだまだだな、俺も」
悩み事一つで、このざまとは。
「だが……負けられねぇんだよな」
此処で負けたら、俺が死ぬ。
此処で負けたら、皆が危ない。
此処で負けたら……
「風香と史伽を、泣かせちまう……」
嫌だ。
だけど……
「……瓦礫が邪魔して、動けねぇ。いや、問題は俺の気力か……」
コレくらいで打ちのめされるとは、自分の意思は一体……
「……何時に無くネガティヴだな俺」
湧き上がるマイナス思考を押さえ付け、無理矢理笑う龍朝。
その笑みは、とても痛々しい。
そうしている内に、再び意識が遠のいていく。
下へ、下へ、下へ。
奈落へと。
――そして。
『――聞こえるかい? 五一族の直系』
瓦礫の外から、フェイトの声が響いてきた。
『――今から君を、始末しに行く。抵抗するなら、すればいい。その方が――遣り甲斐がある』
如何でもいいという風に、告げられる言葉。
龍朝は反応しない。
心が折れかけた彼には、届いても意味が無い。
再び、声が届く。
『君を始末したら次は――あの子供先生だろうね。関西の姫は、基本的には無傷で捕える予定だからね』
僅かに、龍朝の眉が動く。
しかし、動けない。
更に、言葉が続く。
『その次は、ネギ・スプリングフィールドに関わった者達だ。特に、魔法関係者は念入りに始末しなければならない』
――龍朝の頬が動く。
しかし、軋むだけで身体は動かない。
そして。
ああそれと、とフェイトの無感動な音が響く。
その台詞が、引き金だった。
『君と懇意にしていたあの双子も、忘れてはいけない。――あの世で仲良く、するといい』
撃鉄が落ちる。
龍朝の眉が、跳ね上がった。
暗闇に堕ちかけていた意識は現在に立ち戻り、頬に力が満ちる。
そして、彼は無理矢理口端を歪め、

「……何やってんだよ、俺」

――殺される。
皆、殺される。
弟分も、妹分も、友と言える生徒達も――
「あの二人も……ッ!」
泣くなんて問題じゃない。
殺される。
自分にとって、掛け替えの無い二人を。
「……寝てる場合じゃ、死んでる場合じゃねぇだろ、俺ぇ……ッ!」
――自分の事を、好きだと言ってくれた二人を!
失いたくない。絶対に。
「何時までうじうじしてんだ、俺……ッ! 動けよ、抗えよ、戦えよ……ッ! 今やんなきゃ、何時やれってんだよ……ッ!!」
瓦礫下の四肢に、意識が通う。
押し潰された八対十六本の鎖が、蠢き始める。
「……忘れてたぜ。五一族の教え――俺の信条をッ!」
右腕に、有りっ丈の力を籠める。
強い意志を秘めた右腕は渾身の力で瓦礫を押し退け、重圧から解き放たれる。
右腕は懐を弄り、少ししてある小袋を取り出した。
中身は――五色の丸薬。
その内の一つ、蒼い丸薬を摘み上げ、

「――不害怕我(我、恐れず)。

――我不躊躇于(我、躊躇わず)。

――我不放弃(我、諦めず)……ッ!!」

口に入れ、奥歯で噛み砕く。
破片を嚥下し、
「――油断も迷いも恐れも全て捨て、生きる道は常に不退転……! どんな時でも自分の意思は曲げず、真っ直ぐ貫き通す……其れが、俺の生き様だ!」
吼えると同時に。
崩れかけた建物が、一瞬で吹き飛んだ。


「――――ッ!?」
フェイトは水の結界を張り、吹き飛んでくる破片をやり過ごす。
わけが解らない。
自分が魔法で吹き飛ばす前に……
「……自爆した?」
「んな訳ねぇだろ、バーカ」
返ってきた言葉に、フェイトはぎょっとして振り向いた。
何時の間にか其処には、龍朝が立っていた。
上半身の衣服は吹き飛び、傷だらけの肌を露にした、竜の血を継ぐ青年の姿が。
その全身には――蒼い紋様が浮かんでいた。
――夥しい血液が滴る傷口が、まるでビデオの逆回しのように、再生していく……!
「――龍醒丸。五行の理に基いて調合された、五一族秘伝の妙薬。その効能は――」
消える。
一瞬で消失した龍朝に戸惑い、フェイトは辺りを見回す。
すると。
「――“身の内に眠る、龍の覚醒”」
再び背後に、彼が立っていた。
「俺が今飲んだのは、蒼の丸薬――“蒼木丸”。樹木・風雷を司る、この丸薬の効果は――」
瞬き一つの間に、彼は前方に移動していた。
「驚異的加速力と、超回復力の付加」
五行に於いて、春を司る“青”。
故にその力は、生命に影響を及ぼす。
人の身から外れた力を得た龍朝は、軽い笑みを作り、

「覚悟しろや、クソチビ」

フェイトを天高く蹴り上げた。


追撃は続く。
天に漂うフェイトの肉体を更に痛め付ける為、龍朝は跳躍。
目に止まらぬ空中連蹴りを、フェイトの身体に叩き込む!
蹴りが一つ炸裂する度に、少年の体は更に高みへと昇った。
昇る、昇る、昇る!
「ウオォォォォォォォ…………ッ!!」
獣の如き咆哮。鉄を砕く音にも似た破砕音。
幻像と存在を入れ替えようとするフェイトだが、凄まじい連撃をまともに喰らっては逃れられない。
そして、とうとう……! 

「……歯ぁ、食い縛れぇッ!!」

全ての鎖が両足に絡み付き、紫電を発する。
音速超過の――爆進力!
高みは頂点へと達し、止めの一撃が繰り出される!
「――“龍墜ッ、爆牙”ァァァァァァァッ!!」
渾身の、蹴。
鉄杭に匹敵する蹴りが、フェイトの腹に極まった。
呻き一つ漏らさず、フェイトは血塊を吐き――

爆発、四散した。

――空に水がばら撒かれ、僅かの雨が大地を濡らした。


「――土壇場で、変わり身しやがったな……」
着地した龍朝がそうぼやくと同時に、世界が動き出す。
止まっていた全ての存在が、己の動きを取り戻した。
「……時間の誤差も、修正済みとは恐れ入ったぜ……」
僅かの狂いも無く動き出した時計を見て、龍朝は思わず吐息を漏らした。
ふと、違和感を覚える。
道行く人々が、何故か自分を見ているのだ。
――しかも、奇異の視線で。
「……ヤベ。上半身素っ裸のままだ……」
薬の副作用である蒼い紋様は消えたが、古傷だらけの肉体はそのままでも人目に付く。
直ぐ傍に転がっていた襤褸切れ――爆発の余波でボロボロになった白衣――を、慌てて肩に掛ける。
「――苦戦したようだね、先生」
真名の声だ。
「如何やら、私も敵の結界に巻き込まれていたらしい。――苦労を、かけたみたいだね」
「マジで苦労したぜ。――ああ、其れと龍宮……」
疲れ気味に、笑う龍朝。
「――サンキュウな。何か吹っ切れちまった」
彼の台詞に、真名はそうか、とだけ答えた。
其処に、
「――龍先生ッ! 何処行ってたの――って、何その格好ッ!?」
四人の先頭に居た裕奈が、奇異の眼差しを龍朝に向ける。
「うわ~、何かボロボロだし……」
「せ、先生何か事故でもおーたんか?」
亜子とまき絵も、驚いた表情で言う。
龍朝は曖昧に笑い、
「色々遭ったんだよ。――後、お前等もサンキュウな。お陰で、何とかなりそうだ」
言うと、アキラが、
「――みたいだね。先生の顔、さっきより全然明るい」
彼女の発言に、皆が揃って笑った。
ふと、龍朝の笑いが止まる。
彼の視線は、上を向いたまま止まっていた。
「どうしたんや、先生?」
亜子が尋ねる。
すると、龍朝は照れ臭そうに軽く笑い、
「いや、何。――今更なんだけどよ」
彼は、再び空を見上げて、

「今日って、こんなに空が青かったんだな……」

――今の龍朝の心も、軽やかな晴れ模様だった。


おまけ
「――よく考えれば、悩む必要なんて無かったんだな」
「……如何いう意味だい?」
「いやな。実は俺の一族……」
彼の次の発言に、女性五人の表情が固まった。

「――一夫多妻制なんだよな」

返事は無言の痛恨打撃だった。


――男の闇は晴れ、空は透き通るようないい天気。
お次はお久し振りのご登場。
学園に現れた脅威に立ち向かう、吸血鬼とその従者の戦い。
次回にて、又お会いを。

ねぎFate 姫騎士の運命
ねぎFate 姫騎士の運命 第二十二話

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