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ねぎFate 姫騎士の運命 第二十三話 投稿者:ガーゴイル 投稿日:05/27-15:02 No.619

――始まる。
京の都を舞台に、空前絶後の戦いが。
大地に、空に、場所を選ばず蔓延る魑魅魍魎。
機能停止に陥る関西呪術教会。
甦る大鬼神。暗躍する死の魔導書。
邪気に満ちる戦場を、幾筋の光が駆け抜ける。
幻想と共に在る姫騎士、望みを追い駆ける若き魔法使い、身に異能を宿す戦乙女、優しき姫君、人と妖の狭間に在る純白の剣士、龍の名を頂く闘士……等等。
まだまだ配役は尽きませぬ。
では――開幕と行きましょう。
修学旅行、怒涛の最終幕!


ねぎFate 姫騎士の運命 第二十三話


――関西呪術教会、本山。
此処の裏庭に、少女が立っていた。
久し振りのご登場、我等が主人公霧羽嬢である。
彼女は瞳を閉じ、気配を研ぎ澄ます。
――耳には、小さな喧騒と、風が織り成す協奏が届く。
……元気だね~~。
友人達の、騒ぐ声。
苦笑。
あの後、霧羽達は木乃香・刹那両名との合流に……半分成功した。
半分、と言うのは――余計な人達まで付いて着ていたからだ。
朝倉和美を始め――早乙女ハルナと綾瀬夕映の両名を合わせた三名である。
仕方が無いので、三名を伴って本山に入った。
そして、木乃香の父であり関西の長である詠春に、親書を渡し――見事、ネギは任務を果たしたのだ。
何故かは解らないが――そのまま宴会に突入し、皆大いに満喫中。
ちなみに小太郎は霧羽に大瓶丸ごと飲まされ、撃沈。
抜け出す気力も無いだろう。
そして……霧羽は一人、
「――同調、開始(トレース、スタート)」
回路を起動。
無数の硝子球が体内で弾け、全身の神経が疼きに似た痛みを帯びる。
何時もの事だ。
「投影、開始(トレース、スタート)」
痛みを受け入れ、脳内で八節を踏む。

創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に至る技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽し―――

設計図が装填される。
両掌に魔力が集まり――

ここに、幻想を現し一振りの剣と成す―――

具現化。
現れたのは、白黒の双剣。
父愛用の、干将莫耶である。
霧羽は、現れた其れを軽く振り、
「――やっぱり」
……錬度が、上がっている。
籠められた理念が、
形状を支える骨子が、
全てを構成する材質が、
幻想を形作る技術が、
秘められし士の経験が、
積み重ねられた年月が、
「――前の投影より、精確に……」
同じに見えるが、同じではない。
まだまだ父の投影には及ばないが、其れでも凄い。
「――経験値積んだから、レベルアップでもしたのかな?」
……んな訳ないか。
自らの考えを一笑に付し、霧羽は夫婦剣を消した。
丁度その時だ。
「――あ、居た居た!」
刹那を連れた明日菜が、やって来た。
彼女等は、脇に桶とタオルを抱えており、
「宴会抜け出して、こんな所で何やってんのよ」
「ん~、ちょっとね」
曖昧に誤魔化し、笑う。
明日菜は、ふぅん、と訝しげに息を吐くが、
「――ま、いいわ。で、これから大浴場に行くんだけど――一緒に行くわよね」
明日菜の台詞に、霧羽は眉を顰め、
「あのー……一応、私怪我人なんですが……」
「風呂の中で傷の治療するのよ。結局、応急処置もそこそこだったし……其れに、此処のお湯は傷にも効くらしいわよ。――ね、桜咲さん」
「ええ。此処のお湯は山頂の源泉から引いていますから。傷を負った術者や剣士が、態々山頂に行かずとも湯治が出来るようにと、先々代の長が直々に」
刹那の淀み無い説明に、霧羽は、へぇ、と生返事を返し、
「――問答無用なのね」
逃げようとした瞬間、襟首が明日菜に掴まれ――即刻ホールド。
強制的に、湯殿へと連行されていったのだった。



「――全く、よくこんな重傷で動けるわね。やっぱりあんたの神経って鋼鉄で出来てるんじゃないの?」
ブツブツと文句を言いつつ、明日菜は霧羽の肩に湯をかける。
勿論、お互い裸だ。
霧羽の肩には、生々しい裂傷が生じており、赤黒い肉を晒していた。
清潔な湯が傷口を清める度に、霧羽の口から不気味な悲鳴が漏れ、肉体は小刻みに痙攣。
やはり、痛いようだ。
刹那はそんな光景を、微かに引き攣った笑みで見つめていた。
「みぎゃあぁぁぁぁぁぁッ!! し、塩よりはマシだけどやっぱり痛い痛い痛いッ!! あ、アスナちゃん、もう少しお湯の温度……」
「――え? もうちょっと熱い方がいい?」
「ぬめぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ―――ッ!! ギャクギャク逆ですよッ!! 煮え滾ったお湯は止めてつか熱湯――ッ!!」
浴場に不気味面白い悲鳴が響く。
のたうつ霧羽を見て、刹那は苦笑し――
「其れだけ動けるなら、直ぐに回復しますよ。しかし――本当に元気ですね、衛宮さんは」
言われた霧羽も、苦笑を返し、
「まあ、其れだけが取り柄みたいだからねえ。――あ、其れと刹那ちゃん。私の事は名字じゃなくて名前で呼んでくんないかな。――三人も“衛宮”が居ると、ややこしいでしょ?」
「は、はあ……」
――女三人寄れば姦しい。
この後、刹那は明日菜と霧羽のダブルタッグに遊ばれ、明日菜も刹那と霧羽にからかわれるのだが、如何でもいい事だ。
――ネギに幸あれ、とだけ言っておこう。



ナナシは竹林内部を切り裂くように駆ける。
両足を高速移動用巨大車輪パーツ“朧車”に変え、光の如く駆ける。
何故、彼が任務を放り出し、このような事をしているかと言うと――
「……やっと動き出したな宵闇。今日こそ、尻尾を掴んでやるで……ッ!」
本山に乗り込む直前に姿を消した、宵闇の動向を探っているのだ。
ナナシは、宵闇の事をはなから疑っていた。
フェイト同様得体の知れないヤツだが、其れよりもヤツの思考や行動は危険過ぎる。
何故、天ヶ崎千草があのような輩を今回の計画に雇い入れたのか、ナナシは理解出来なかった。
……ヤツは絶対、何か企んどる。
確信に近い予測を、ナナシは立てていた。
此処でヤツを始末しなければ、二人は……
「アイツが来てから、前からおかしかった千草はんは前より微妙におかしなったし……。何より、この空気や」
粘りつくような、不気味な気配。
溢れんばかりの瘴気が、神聖なる山の空気を少しずつ侵食しているのだ。
「地脈が弄くられとる……。京都に溜まっとる怨念がこの結界を逆利用して、徐々に形に為ってきとるようやな……」
闇よりも濃い瘴気の中を突き進み、吐き捨てるように言うナナシ。
「スクナ以上にヤバイで……ッ!?」
瞬間、ナナシは“朧車”の形を元の足状に戻し、傍の藪の中に飛び込んだ。
何故なら、
「――OKだぜ。相変わらずいい腕だなコウジン!!」
「褒めても何も出ないよ、宵闇。――其れで、例の物は用意出来たの?」
宵闇と、蒼い髪の少女――コウジン――が、開けた地の真ん中に居たからだ。
宵闇は濁った瞳を細め、
「ギャハハハハッ! モチのロンだぜッ!! ――出雲の神殿からコレ盗んでくるのは大変だったぜ!!」
古びた金属棒を、取り出す。
見る者が見れば、明らかに解る。
アレは――ツルギだ。
恐らくは、神話時代のモノだ。
ボロボロに朽ちた刀身には、赤茶けた汚れがこびり付き、――禍々しい妖気を放射。
――宵闇の周囲の竹と草が、妖気に耐え切れずあっという間に腐れ果てた。
コウジンは頷き、
「――うん! 上出来上出来! 場の術式は整ったし、後は僕様ちゃんが居なくても出来るよね?」
「とーぜんだぜッ! 後はスクナ呼び出して、あの姫ちゃんを使えば……万事OKよッ!!」
――姫。
この一言に、宵闇の脳が静かに灼熱を帯びる。
だが、此処でばれては元も子も無い。
静かに噛み締めた唇から、鮮血が一筋流れた。
「ふーん。じゃ、僕様ちゃんは帰るから、後宜しくね。――くれぐれも、失敗はしないでね」
「解ってる解ってるッ!! 俺にばーんと任せなッ!!」
宵闇の厭らしい笑いが、夜に響く。
コウジンは呆れたように溜息を吐くと、竹林内部の闇の中へ、溶け込むように消えた。
――静寂。
瘴気の所為で、ありとあらゆる生物の気配が消えた空間。
「――さて……」
宵闇は意味有り気に口端を歪め、
「出て来いよ、ガラクタ廻し」
「カラクリ廻しや、ボンクラ」
藪の中から現れ出でたナナシは、怒りの満ちた声で――
「何が目的や、宵闇」
問われた宵闇は、いつもと変わらない人を食った笑いを上げ、
「――ギャハハハハッ!! 簡単だぜェッ! ――呼び出すんだよ、化物をよォッ!!」
にたりと粘つく笑みで、
「ちょーっと下準備がいるんでよぉ、頑張って作業してたんだぜッ! 後は――千草の姉ちゃんと、姫ちゃんが揃えば完璧だぜッ!!」
ナナシの表情が、強張る。
「この――お嬢様に、何する気や?」
気配は刃。
触れれば斬る。
声を鉄に、想いを焔に。
宵闇は更に耳障りな笑いを上げ、
「きまってんだろ――ッ! い・け・に・え♪ 尊い犠牲ってヤツだぜッ!!」
――引き金が引かれた。
脳内で、感情の撃鉄が落ちる。
思う前に、ナナシは既に行動を移していた。
「カラクリパーツ……“輪入道”」
右手が巨大な円盤状に変形。
投擲武器、チャクラムである。
高速回転する其れを、ナナシは少しも躊躇わず、目前の宵闇に投げ放った。
肉が圧し潰れ、血飛沫が飛び散る。
肉体を斜めに断たれ、宵闇の上半身が天に舞う。
更に追撃。
「カラクリパーツ――“百目鬼”ッ!!」
左腕に無数の目が現れる。
その一つ一つに魔力が収束し――

大放射。

無数のメーザーが宵闇の上半身を襤褸屑に変えた。
辺りに、肉の焦げる嫌な臭いが立ち込める。
「……やったか」
地面に転がる肉塊を見据え、感慨の無い声でナナシは言う。
「背後を吐かせんの、忘れたわ。――ま、ええか」
踵を返し、去ろうとするナナシ。

――ずぶり。

湿った音が、耳朶を打つ。
熱い感触が、脇腹に生まれた。
「……なッ?」
見ると、脇腹に白い何かが突き立っていた。
――骨だ。
しかも、幾つもの骨片が重なった背骨。
その背骨は、黒い焼け焦げた何かに握られていた。
「油断、大、敵……だ、ぜぇ……ッ!」
焼け焦げた何か――宵闇の上半身――は、ケロイド状に変化した顔面を歪ませ、笑みを作る。
皮膚が、どろりと崩れた。
下半身の背骨が、更に食い込む。
「生、憎……だっ、たなぁ……ッ! 俺、は不、死……身、なん……だ、よォッ!!」
――擦れた金属のような宵闇の声が、白ける意識に響く。
ナナシは、ゆっくりと暗闇に落ちて行った。



「――何や、遅かったないか?」
「ギャハハハハッ! すまねえな!」
呆れたように言う千草に、何時もと変わらない厭らしい笑いを投げかける。
全く、と千草は嘆息し、
「――新入りが本山に乗り込んだわ。うちらは結果待ちや」
宵闇は、笑うだけで答えない。
ふと、千草は思案気な顔をし、
「――ナナシは、どないした?」
さーな、と宵闇は答え、
「――竹薮の中で、お昼寝ぶっこいってんじゃねーか?」



「……う、あ、う……」
竹林の中。絶え絶えな呻きが聞こえる。
ナナシである。
意識が動けない。
血は流れを止めず、四肢は念入りに砕かれていた。
「は、早よ行かな……このと、せつが……」
――悲痛な呻きが、夜空を振るわせた。
生物が消えたこの竹林で、生きるモノの足掻きが響く。
今にも消えそうな、響きが。
――カラクリ廻しのナナシ、脱落。
――不死の魔導書宵闇、参戦。



――屋敷の中は、地獄絵図と化していた。
別に、血肉がぶちまけられている訳ではない。
ありとあらゆる生命が、停止しているのだ。
人は全て石化し、苦悶の表情を浮かべる石像がごろごろと転がっている。
これを地獄と言わずして、何が地獄だろうか。
そんな屋敷の傍の茂みの中を、影が走っていた。
一つは少年、二つは少女。
活発そうな犬耳の少年は、二人の少女を脇に抱え、全力で走っていた。
「一体……何が起こっているんですか!?」
左脇に抱えられた小柄な少女――綾瀬夕映――が、叫び混じりに少年――犬上小太郎――に問う。
焦燥、困惑。
さまざまな感情をごった煮にした表情を浮かべ、彼女は気丈に問う。
逆側の宮崎のどかは、蒼白な顔で、黙っている。
「俺にもよう解らん! ――いきなり襲撃かました挙句、一般人の姉ちゃん等まで……。何考えてるんや!?」
根っからの熱血思考の彼にとって今回の襲撃は、好まないやり口だ。
戦闘要員なら兎も角、非戦闘員や無関係な一般人まで犠牲にするとは……
「気に入らんで。――マジで気に入らん!!」
怒りを覚える小太郎は、更にギアを上げる。
耳元の風音が、増大。
「――安心しいや。姉ちゃん達は、絶対に俺が助ける。あのパイナップル頭の姉ちゃんとも、そう約束したしな」
自分の縄を解き、二人を連れて逃げろと言った彼女。
朝倉和美の最後の言葉を守る為――小太郎は駆ける。
男小太郎、自分の道義を通す為、和美の願いを叶える為、夕映とのどかを護る為――参戦。



「――ああ、母さんか。私だよ」
同時刻、龍宮真名は既に旅館に戻っており、実家と連絡を取っていた。
彼女は珍しく、笑みを浮かべている。
「マヤは――寝ているのか。いや、起こさなくていい。明日にでも、また連絡するから。何時もすまない――ああ、お土産なら買ったよ。母さん達の奈良漬も、ちゃんと忘れずに買ったさ。――しかし、普通修学旅行で一樽分の漬物をお土産に頼むか? 宅急便で送ったから、早ければ明日にでも着く」
数分ぐらい言葉を交わし、電話を切る。
携帯を仕舞った真名は、ふうと一息。
その瞳には、優しい色が浮かんでいた。
と、その時。
直ぐ近くで、携帯の着メロが鳴った。
ゴッドファーザー愛のテーマ。
誰でも一度は耳にした事がある、あの曲だ。
見ると、クラスメイトの長瀬楓が電話に出ていた。
その隣には、バカイエローこと古菲の姿。
……何かあったな。
楓の表情の微妙な変化を読み取り、何か予感めいたものを感じ取る。
――荒事の、起こる予感。
「――如何やら、私の出番のようだな」
事前情報によれば、関西呪術協会の総本山に、ネギが行っているとの事だ。
十中八九、荒事は其れ関係だろう。
「と、すると……私と楓と古では、未だ足りんな。念には念を入れて、もう一人ぐらい……」
「あ゛ー、痛ぇ。ガキのくせにパンチ力あるな、あいつ等……」
グッドタイミングに、頬をおたふくみたいに膨らませた龍朝が真名の傍を通る。
運動部四人組と真名に殴られた所が痛むのか、苦悶の表情を浮かべている。
そんな龍朝を見て、真名はにやりと含み笑いを漏らし……
「――タダで使える、良いカモが居た」
――甲賀中忍楓、中国武術の達人古、狙撃手真名、医療魔闘士龍朝、参戦決定。



「うにょ~。少しのぼせちゃった……」
手拭を頭に乗せ、垂れきった表情の霧羽は、ふらふらと屋敷内を徘徊していた。
春先の少し冷たい風が、火照った体に心地良い。
「アスナちゃんも酷いよねー。絶対、サドの素質在るよ」
本人が聞いたら飛び蹴りをかましそうな台詞を呟きつつ、霧羽は角を曲がった。
――その時だった。
凄まじい敵意と魔力が、脳を強烈に揺さぶった。
目眩や吐き気に似た嫌悪感が、彼女を突き動かす。
反射的に、魔術を起動。
「――投影、開始(トレース、スタート)」
硝子球が割れ砕け、脳内で八節が踏まれる。
一瞬で、霧羽の右手に運切が現れ、其れを投擲。
――廊下向こうの闇に突き刺さり、骨肉の砕ける奇妙な音が、霧羽の耳朶を打った。
「――誰?」
――返事は無い。
只、耳障りな沈黙のみが、応える。
そして、其れは闇の中から、現れた。
先ずは、嗅覚。
凄まじい腐臭により、鼻が曲がりそうになる。
次に、聴覚。
歩く度に腐肉が擦れ、動く度に響く腐汁の滴る音が酷く気持ち悪い。
次に、触覚。
肌に突き刺さるような、生暖かい嫌悪感が鳥肌を作り上げていく。
――最後は、視覚。
闇より出でた其れは――既にこの世の者ではなかった。
全身から腐の気配を漂わせる、亡者。
負の力に突き動かされる、死人。
――死ぬ事の出来ない、死に損ない。
死者は、額に突き刺さった運切を無造作に掴み、抜く。
乾いた音を立てて、地面に転がる運切。
其れを皮切りに、死者の背後から出るわ出るわ。
服装様々な、死に損ない共。
中には、烏族や鬼族などの異種族の亡者まで居る。
そうそうたる死の軍勢に、霧羽は少し頬を引きつらせ、
「うわー。よくもまぁここまでうじゃうじゃと……。――全部倒すの、めんどいな」
ま、仕方ないか、と霧羽は肩を回し――
「纏めて、ぶっ倒すか」

――投影開始。

数秒後、西の渡り廊下近辺が粉々に吹き飛んだ。
新築でもしない限り、修復不可能なぐらいに。
修理代は多分、士郎辺りが出すだろう。
――へっぽこ魔術使い衛宮霧羽、参戦。



――そして、主演の四人は……
「……許さない」
既に戦闘態勢のネギは、目の前の白髪の少年――フェイト・アーウェルンクス――を睨み付ける。
怒り、怒り、怒り。
何時もの穏やかな彼から、信じられないぐらいに激しく、正しい憤怒が発せられていた。
「皆を石にして……」
脳裏に、石にされた本山の人間や詠春、生徒の姿が浮かぶ。
脳が冷たく灼熱し、凍えるほど激しく燃え盛り、焼き付く感覚。
「刹那さんを殴って……」
フェイトの一撃により、壁に叩き付けられた刹那。
――憎悪が、猛き咆哮を上げる。
全身の神経が熱を帯びる。
まるで、神経が鋼と化したかのような錯覚を覚える。
「このかさんを攫って……」
自分が間に合わなかった所為で、このかは敵の手に落ちてしまった。
敵だけではなく、自分にまで激しい怒りの矛先が向く。
知らず知らずの内に、唇を噛み切る。
口の中に、鉄錆に似た味が広がった。
「アスナさんに、エッチな事までして……!」
違う! と小声で明日菜が突っ込みを入れるが、ネギには届かない。
彼は拳を握り、正しき怒りに燃える瞳でフェイトを毅然と睨み――
「友達として、先生として……僕は、僕は……絶対に、許さないぞ!!」
此処に来て、又一段、ネギは成長を遂げたようだ。
強固な意思に満ちた彼の眼は、昨日の彼とは大違いだ。
フェイトはそんなネギを、冷ややかに見つめ、
「……其れで、如何するんだい? ネギ・スプリングフィールド。僕を倒すのかい? ……止めた方が良い」
フェイトは淡々と、事実を語るかのように、言った。

「今の君では――無理だ」

水が舞う。
フェイトの体に、まるで蛇のように絡みつく其れは、彼の魔法。
逃げるつもりなのだ。
子供の相手などしている暇は無い、と言うかのように。
ネギの取った行動は――

「逃がさない……ッ!」

我流魔力供給による肉体強化、其れによる追撃だった。



フェイトは、常に冷静である。
迫ってくるネギの拳を目の前にしても、その冷静さは微塵も揺るがなかった。
この程度の攻撃なら障壁に防がれるか、避けるかで容易に無力化出来る。
……まだまだ、甘い。
冷淡に襲い掛かるネギを見据え、防御障壁を展開。
だが――

「――…………ッ!!?」

容易く、ぶち破られた。
驚愕の思考が紡がれるよりも早く、爆砕と衝撃が彼の顔面を穿った。
――フェイト・アーウェルンクスの小柄な肉体が、壁面に叩き付けられた。
ネギの攻撃は、単純だ。
魔力を籠めて、思い切り殴る。
只――その籠められた魔力の量が桁外れにでかい。
小太郎戦で籠めた魔力を十とするならば、今放ったものは――ざっと見て、百。
怒りにより魔力を制御する精神の枷が外れ、一時的に魔力が膨れ上がったのだろう。
俗に言う、火事場の馬鹿力というやつだ。
壁面に減り込んだフェイトは、舌打ちを残すと、水の中に消えていく。
――ダメージは与えられたが、動きを奪うまでには至らなかった。
「――待……ッ!? 痛……ッ!!」
消えていくフェイトを追おうとするネギ。
だが、右手に鋭い痛みがが奔り、苦痛の吐息が漏れた。
見ると――右手には細かな無数の裂傷が生じていた。
籠めた魔力の量と威力に、手が耐えられなかったのだ。
「だ、大丈夫ですか!? 先生!」
よろめきながらも、ネギを心配し、立ち上がる刹那。
「大丈夫です。其れより、明日菜さんは……」
「私なら平気――って、あんた達の方が重傷じゃない!?」
苦痛の表情で脇腹を押さえる刹那とズタズタになった右腕を庇うネギを見て、怒声に近い突っ込みを入れる明日菜。
「ネギも刹那さんも、人の心配する前に自分の心配しなさい!!」
両手で裸体を隠したまま、二人に向かって怒鳴りつける。
だが、その顔は曇ったままである。
――二人の事が心配なのだ。
「だ、大丈夫ですよ。僕、回復魔法使えますし――」
「そーいう問題じゃない!!」
全く自分を省みないネギの発言に、更に明日菜が噛み付く。
――その後、二人だけでは危なっかしい、と明日菜は戦線に加わった。
若き天才魔法使いネギ、白翼剣士刹那、退魔の少女明日菜――参戦。
謎の少年フェイト、参戦。



「――シロウ。学園長からメールです」
山道を疾走する二つの人影。
先頭を走るのは、白銀の鎧纏う騎士――アルトリア。
彼女は、携帯の画面にメールを映し、後ろを走る紅い外套の男性――士郎――に投げ渡した。
士郎はざっとメールに目を通し、
「総本山への、増援か。かなり不味い展開になってるみたいだな……」
「私達が、遅れたばかりに……」
群集に飲まれ、やっとの思いで抜け出せたのが、約二時間前。
肝心な時に、完全に出遅れた。
「愚痴を言っても仕方が無い。――急ごう」
「――はい」
更に、疾走。
矢の如く、光の如く、疾風の如く。
その速さは、正に目にも留まらない。
――錬剣の魔術使い衛宮士郎、騎士王アルトリア・エミヤ……参戦(予定)。



――関東、麻帆良学園。
その一角に在る学園長室に、四つの存在が在った。
正面に座る学園長こと近衛近右衛門は、顎鬚を撫でつつ、
「――という訳で、今から京都に行ってくれぬか、エヴァンジェリン」
勿論、呪いも何とかしよう。と、学園長は真剣な面持ちで彼女の返答を待つ。
エヴァは、高慢な笑みを作り、
「――ふん。貴様らの尻拭いというのは気に入らんが――まあいい。丁度、派手に暴れたいと思っていた所だ」
こっていた肩を鳴らし、微笑むエヴァ。
其れなりに、絵になる光景なのだが――
「――所で、後ろで氷漬けになっとるのは何じゃ?」
学園長が、エヴァの後ろに在る其れを指差した。
其れとは――

「うう、この痛みや冷たさもまた貴女の愛なのですねMs.エヴァンジェリン。――は!? まさか、私の愛の焔を試すべく、わざとこのような仕打ちを……解りました愛しきマイマスター。貴女の御期待に応えるべく熱き血潮を滾らせてこの“永遠なる愛の蜜月(エタナールアイスコフィン)”を太陽よりも熱く激しい愛のプロミネンスで見事融かして見せませう――ッ!!」

――馬鹿だった。
正確に描写するなら、首以外の部分が氷柱に埋まった馬鹿だった。
エヴァの怒りにより、氷漬けの刑を受けたヘダタリの末路であった。
ちなみに、茶々丸はドライヤーの熱でその氷を溶かそうと試みていたりする。
エヴァは、後ろで奇声を発する新たな従者に頭痛を覚え……
「無視しろ。只の馬鹿だ」
米神を押さえつつ、唸るように、吐き出すように、漸くそう言ったのだった。
――闇の福音エヴァンジェリン、鋼鉄の乙女茶々丸、魔導書ヘダタリ……参戦?



――彼女は沸き上がる欲求を抑え切れずにいた。
戦いたい。
壊したい。
殺したい。
戦闘欲、破壊欲、殺戮欲。
自分は根っからの戦闘狂だと、彼女は自分でも認めていた。
強くなりたい。只其れだけを願い、今まで生きていた。
――今日受けた敗北は、彼女の根本に眠る全てを揺り動かした。
だから戦いたい。強者と戦い、高みへと昇りたい。
だから壊したい。強くなった証として、全ての存在に強さを刻み付けたい。
だから殺したい。――生と死の狭間を感じ取り、より戦いを愉しみたい。
だから彼女――月詠――は、三日月型に口を歪め、薄らと笑っていた。
「うふふふ……。強そうな人がぎょーさんおるなぁ。うち、愉しみで愉しみで……濡れてまいそうやぁ」
蕩けた笑みを漏らし、鞘に収まった刀を抱き、彼女は笑う。
――戦いを、愉しむ為に。
狂剣士月詠――参戦決定。



木乃香を抱き抱えた猿鬼を従えた千草は、ふと違和感を感じた。
……何やろ。身体が変に重たいわ……。
倦怠感のような、淡い痛みのような。
不可思議な感覚を覚え、千草は首を傾げる。
この計画を進めてから、何かが変だ。
ありがちな喩えで言うなら、噛み合わない歯車。其れとも掛け違えたボタンだろうか。
過去の自分と今の自分に、差異が生じているような――そんな、感覚だ。
「あかんあかん。今は大詰め……確りせんと」
自分に活を入れ、千草は目的の場所――祭壇――へと向かう。
この時、千草は気が付かなかった。
宵闇が自分に向けてきた、視線に。
その視線に籠められた意味に。

――やれやれ。そろそろ、ガタがきやがったかなぁ?

全く、気が付かなかった。
――陰陽師天ヶ崎千草、参戦。



さて、着々とキャストが集まって来ているようです。
舞台の幕は上がり、物語は更に更に舞い踊り果てます。
ラストは誰も知りません。
喜劇か、其れとも悲劇か。
監督兼演出であるかの存在は気紛れですから。
――おや? まだ役者が残っていたようです……



――彼は、闇の中に身を置いていた。
先日の戦いで重傷を負った彼は、肉体を修復すべく、闇の中で眠り続けていた。
眠っている間に、傷付いた鋼鉄の部品は全て取り替えられ、伝達系も全て修復された。
完全に元通りとなった肉体。
もしかしたら、前よりも調子が良いかもしれない。
熱満ちる鋼の心臓にオイルを通し、彼は――全身の力を以って、咆哮した。

―――ゥゥゥゥゥゥオォォォォオオオオオオオォォォォンンンンンンン……………ッッッ!!!!

中国奥地、五一族自治区。
其処の隅に在る、研究施設の格納庫。
その中で、鋼の獣が今目覚めた。
後数時も経たぬ内に、彼は察するだろう。
主の危機を。
その揺ぎ無き力を以って、危機を打破するだろう。
其れが彼の役目だから。
忠実なる鋼騎馬ダイダロス――参戦予定。



――さて、役者は粗方揃ったようです。
次幕は、闘い。
全ての役者が激突する、文字通りの死闘。
姫の行く末は、野望の結末は、カラクリ廻しの運命は……
次回を、お楽しみに。

ねぎFate 姫騎士の運命
ねぎFate 姫騎士の運命 第二十四話

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