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ねぎFate 姫騎士の運命 第二十四話 投稿者:ガーゴイル 投稿日:05/27-15:04 No.620

――水辺に集う数多の怪異。
其れに立ち向かうは、たった四人の少年少女+1。
ネギ、明日菜、刹那、ついでにカモ。其れと合流に成功した霧羽である。
「ひゃ、百体くらい居ないかな……?」
「やろぉ……。このか姉さんの魔力で、手当たり次第召喚しやがったな」
情けなく引き攣った笑みを浮かべる霧羽と、ネギの頭の上で忌々しそうに歯噛みするカモ。
其れを嘲るかのように、千草は木乃香を連れ、あっという間に消えていく。
圧倒的な軍勢。
戦いに慣れている刹那や霧羽、魔法使いであるネギは兎も角、一般人である明日菜にこのプレッシャーは相当きつい。
歯を鳴らし、震える明日菜。
「明日菜さん。落ち着いて……大丈夫です!」
そう言う刹那も、僅かに冷や汗をかいている。
「――ネギ君。一寸時間稼ぎ出来る?」
「任せて下さい」
霧羽の要請にネギが応え、呪文を唱える。
左程時間は掛からず――術が発動した。
「――“ FLANS PARIES VENTI VERTENTIS 『風花旋風風障壁』”」
風が渦を巻き、嵐へと変貌。
ネギ達を中心に――怒涛の如く暴風が吹き荒れる!
風に耐え切れなかった僅かな妖物が、吹き飛ばされていく。
「――良し。其れじゃあちゃちゃっと作戦タイムと行きましょか?」
皮肉な笑み。
父の真似をしたようだが、微妙に似合っていない。
――兎も角、追撃が始まる。



ねぎFate 姫騎士の運命 第二十四話



相談の結果、二手に分かれる事に決定した。
刹那と明日菜は此処に残り、妖物を掃討する役。
ネギと霧羽は木乃香を奪還する役目だ。
霧羽が此処に残るという選択もあったのだが――“十絶書”の事もある。
戦闘能力が一番高い霧羽が、ネギの露払い役に決定した。
尚、原作ではネギと刹那が契約を交わしたが――この世界軸では霧羽の“気と魔力は反発するから、止めといた方が良いよー”との言葉で、無しと為った。
「――風が止む……来るわよ!」
明日菜の声に、霧羽は獰猛な笑みで応え――
「其れじゃ、皆手筈通りに。私とネギ君がでかいのぶちかますから――お願いね」
――荒れ狂う竜巻に、切れ目が生じる。
もう少しで、防壁が消える。
霧羽は灼熱に満ちた脳を切り替え、熱く溶けた鉛のような魔力を回路に通す。
「――同調・開始(トレース・スタート)」
起動。
全身に剣が刺さる感覚。
体内から剣が生える感覚。
全てが――鋼鉄と熱に変わる感覚。
意識の銀幕に、無数の幻想が映し出される。
剣、槍、斧、盾、弓――
あらゆる武具防具が、闇と光の中で踊る。
――行ける。
以前だったら到底掴めないような存在が、身近に感じる。
意識を内へ、世界を内へ。
今自分は――世界から、一つの幻想を汲み上げる。
「――――投影、重装(トレース、フラクタル)」

創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に至る技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽し―――

激痛が奔る。
脳裏に浮かぶは、猛犬と呼ばれた光の御子。
蒼き槍兵が携えしは、真紅の魔槍。
因果を覆し、放たれれば必ず心臓を射抜き、必死を齎したとされる魔槍。

ここに、幻想を現し一振りの剣と成す―――

弓に、紅き槍が番えられる。
柄が捻れ、投擲に適したそのフォルムが貫通に特化したモノへと変化する。
鮮血の如く紅い、その槍の名は――

「――偽・突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)ッ!!」

――真紅の閃光が奔る。
放たれし其れは音速を――因果をも超越し、その絶死の光は並み居る妖魔共の心の臓を一直線に貫き――

爆散――そして、消滅。

“貴い幻想”に元から備わっていた能力と、霧羽の“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”が相乗し合い、その威力は正に神秘を超える破壊力。
五十以上の妖魔が吹き飛び、更に――ネギの放った魔法が一群に止めを刺す。
爆破等と生易しいものではない。
百以上居た軍勢の半分が――たった二人の少年少女に葬られたのだった。
「細工は流々。仕掛けは上々。――ほんじゃま、何時もの台詞往きますか」
ネギの杖に足を掛け、ポーズを決める霧羽。
威風堂々、疾風怒濤。

「――GO AHEAD!!」

魔法使いと魔術使いが、空を駆ける。



「……シロウ。一体これは……」
「――如何やら、俺達の動きが予測されていたみたいだな」
アルトリアと士郎も、妖物達に取り囲まれていた。
ネギ達と違うのは、妖物全てが亡者――アンデッド・モンスターである事と……その、数である。
優にその数は目視だけで――五百を軽く超えているだろう。
「遠方から感じる凄まじい魔力といい、この亡者達を支える瘴気といい……シロウ。事態はかなり深刻です」
「ああ。だから――とっととこいつ等を片付けて、先を急ごう」

――“全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)”

二十七の撃鉄が落ち、装填されていた神秘がこの世に投影される。
贋作といえども、その一つ一つが一撃必殺。
弾丸の雨が、亡者の群れを薙ぎ払う。
「――アルトリア。宝具は出来るだけ使わないでくれ。後に、でかいのが控えてそうだからな」
「愚問ですね。この程度の手合いに私が負けるとでも? ――王の剣は、そんなにやわではありません」
――風が吹き荒れる。
アルトリアの放った剣撃である。
一振りする度に暴風が大地を舐め、全てを斬り刻む。
腕を振り上げる仕草、足運びの動作、呼吸のタイミング、攻撃の間合い、全体の拍子――その全てが極限にまで鍛え上げられており、芸術と呼ぶに相応しい。
不可視の剣を受け、亡者達が身を刻まれ、見る見る内に減っていく。
――そして、彼女の伴侶たる魔術使いが止めを刺す。
「――――投影、重装(トレース、フラクタル)」
黒き弓と捻れた剣が具現する。
奇しくも其れは、先程彼の娘が使用した技の原型。
堅き雷を用いる、幻想を破壊するモノ。

「――――I am the bone of my sword.」
我が骨子は捻じれ狂う――

弓を引く。
剣とは言い難い捻れた矢が敵軍の中心を狙い、彼の眼があらゆる事象を見据える。
彼と彼の娘にのみ許される、贋作者の最骨頂。
其れ自体が魔力の塊である宝具を意図的に歪め、破壊する事で全てを滅する裏技。
――破壊の雷が、解き放たれる。

「――“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

先ずは閃光。そして、轟爆。
衝撃がビリビリと大気を揺さぶり、死せし者達の骸が燃え尽きていく。
光と爆煙が晴れると、其処には何も存在していない。
只、大きく陥没した地面が口を開けているだけである。
流石は錬剣を冠する者。
その戦闘力はサーヴァントに勝るとも劣らず。
「さあ。――精々足掻いてくれ、死に損ない共」
「シロウ。――最近、ますますアーチャーに似てきましたね」
妻のキツイ一言に、精神に多大なダメージを受ける駄目亭主。
引き攣る顔を、意図的に歪め――
「――片付けるぞ、セイバー」
「誤魔化してますね。後、呼び方が昔に戻っていますよ」
苦笑し、主人に言葉を返す。
士郎も少し苦笑いを浮かべ、
「いや――少し、昔の事を思い出してたんだ。俺の人生最大の大戦――あの、戦いの事を」
七人の魔術師と、七人の英雄の殺し合い。
願望機を巡る、血塗られた儀式。
彼女と出会った、あの戦いを――
「あの時と比べれば、この程度如何って事も無いさ。――往こう、アルトリア。俺達の役目を、果たしに往こう」
「この身は貴方の剣――当然です、シロウ」
紅き魔術使いが双剣を握り、虚空に無数の剣を鋳造する。
蒼き騎士王は見えざる剣を構え、雑兵共を薙ぎ払う。
煌々と輝く月下に、二人の英雄が舞う。



「――ちぃッ! 邪魔やぁぁぁ!!」
ボロボロに朽ちた鉈を振り上げる農民の亡者を蹴り砕き、小太郎は脇に抱えた少女と共に森を走り抜ける。
狗族とのハーフである彼の身体能力は常人を軽く上回っているが……其れでも、やはりこの状況はきつい。
何処からともなく現れる、無数の亡者。
力は弱いが、数は尽きる事が無い。
無限にも等しい亡者の進軍は、確実に小太郎の体力を削っていた。
「……やばいです。このままじゃ、ジリ貧ですよ!」
「あ、あ……」
抱えられている夕映ものどかも、迫り来る死者の気配に精神が壊されかけている。
このままでは――
「負けて……たまるかぁぁぁぁッ!!」
――負けない、護る、生きる。
護り抜いて、生き抜いて、そして……
「あいつと……ネギと決着つけるまで、絶対死なんッ!!」
黒い奔流が、影から溢れる。
小太郎の使役する、狗神である。
容赦無き牙が、骸を噛み砕く。
しかし、倒しても倒しても、亡者達の数は減らない。
むしろ、増えていく。
そして、とうとう……

――死者の腕が、小太郎の足を掴んだ。

地面に転がる、小太郎と夕映とのどか。
小太郎は即座に死者の腕を斬るが、その小さな隙が致命的だ。
――彼等は、追い込まれた。
恐怖に怯えるのどかと夕映を庇い、小太郎は闘志に燃える瞳で亡者を睨み、
「この姉ちゃん達に……指一本触れさせへんで!」
助けてくれた赤い髪の女性との約束。
男として譲れない使命。
小太郎は――燃えている。
怒りが、闘志が、魂が。
窮地に追い込まれようとも、その焔は決して衰えず、輝きが増していく。
何故なら――彼は、戦士だから。
喉から、咆哮が迸る。
狗の血が、騒ぐ。
獣の力がざわめく。
狩人の遺伝子が鎌首をもたげ、目覚め始めた。
小太郎が、全ての力を解放しようとした――その時。

―――ゥゥゥゥゥゥオォォォォオオオオオオオォォォォンンンンンンン……………ッッッ!!!

彼よりも力強く、気高い咆哮が森を揺さぶる。
そして――茂みの中から、そいつは現れた。
銀の装甲、刃金の肉体、意思在る瞳。
鋼鉄の騎馬――そう、ダイダロスである。
何故霧羽の使い魔たる彼が此処に居るかというと――今回の補修を機に追加された新装備“オート・ジャンパー”の機能を使った為である。
ラインから伝わってくる情報を解析し、危機的状況と彼が判断した場合にのみ使える機能。
主の要請が無くとも、自らの意思で門を開き、火急的速やかに主の下へと駆けつけるのだ。
しかし今回の場合――初めて使用した為、座標設定をミスったらしい。
少々ずれて、門が開いたのだ。
……グオ?
状況判断。
危険度、A+
敵勢力、アンデッドと断定。
その他の勢力――半妖の少年が一人、一般人らしき少女が二人。――少女二人に該当在り、主の同級生リストから“綾瀬夕映”、“宮崎のどか”と断定。速やかに保護すべし。
――結果が弾き出されるまで、カンマ一秒足らず。
取り合えずダイダロスは、鬱陶しい亡者共を片付けて、夕映とのどかを保護する事にした。
肉体が変形していく。
前輪と後輪が格納され、頭部が可変。
前輪の部分から巨大な砲身が迫り出し、衝撃吸収アームが大地と連結。
鋼鉄の瞳に、赤い光が宿る。
パネルにゲージ――緑の大円に輝く白銀の五本線――が表示され、炉心に凄まじい魔力が満ちていく。
その圧倒的な魔力量に、大気が――震えを帯びていく。
これぞ、ダイダロス百八の武装の一つ。
――全てのものに恐怖と破滅を振り撒く、終焉の咆哮。
名付けて――

“――Daedalu・gun”

大地に、太陽が生まれた。
凄まじき光の産声は渦を巻き、その果て無き螺旋に飲み込まれた亡者は――悲鳴を上げる間も無く、消滅。
遠くの大山の中腹に風穴を開けた所で、漸く光の斬鳴が衰えていった。
ネギの増幅版雷の暴風に匹敵する、凄まじい破壊力である。
そんな非常識な光景を、間抜けな表情で見つめる少年少女。
彼等が再起動するのは、大分後の事である。



「い、今の凄い光は一体……」
「こ、この波動は……。ダイダロス、アレほどあの武装は使うなって言ったのに……。只でさえ魔力を喰うんだから……」
空から彼の光景を見せられ、驚愕するネギ。
そして、頭を抱える霧羽。
――祭壇まで、あと少し。



――光舞う、幻想的な舞台。
大岩を目前に置く、現実とは思えない儀式を狂った魔導書――宵闇――は、嘲るような目で見つめていた。
拘束され、無理矢理魔力を吸い上げられる少女。
そして、祝詞を紡ぐ哀れな女。
一部の隙も無い女の背中には――巨大な斬撃の痕が残っていた。
明らかに致命傷であるにも拘らず、血は一滴も流れず、当事者である千草の表情も少しも揺らいでいない。
あたかも――人形のように。
「そろそろ頃合か……」
月光と魔力の光の中、不死者は醜い笑みを闇に映した。



――風が、鉄が、血が、花弁が。
一人の少女の織り成す輪舞に付き従い、無数の妖魔を屠っていく。
更に、破魔のハリセンがこの世ならざる者達を薙ぎ――消し去っていく。
即興のコンビではあるが、明日菜と刹那の相性は中々のようだ。
だが――
「――ッ!? まだ新手が……ッ!?」
「一寸、何体居るのよ……ッ!?」
地の底から、闇の中から、無数の影が湧き上がる。
亡者。
命持たぬ、動く骸。
骸骨、死体、死霊。
武者、貴族、農民――更には人間だけではなく、鬼に狐に烏といった妖まで。
節操無く、そいつ等は大地を覆っていく。
「胸糞悪い……。死人に鞭打つような真似しくさってからに」
「ぼやくなや。――ま、わいも同感やけど」
残った強豪妖魔達は、嫌悪の色を隠せない。
死した者達まで、こき使うとは――。
そのやり口が気に入らない。
そのやり切れない思いを刹那達にぶつけるかのように――攻撃の勢いが、増していく。
「――くッ!?」
一際大きな鬼がその巨躯よりも巨大な金棒を振り上げ、刹那を襲う。
咄嗟に夕凪で防禦しいなすが、勢いが殺し切れない。
刹那の小さな身体が、水辺に転がる。
「――刹那さん!?」
明日菜が刹那の方を向き、注意を欠いた、その瞬間――
烏族の一体が、明日菜に斬りかかる。
速度を最大に生かした、技巧の極め。
怒涛の連撃を喰らい、明日菜の身体が岩肌に叩き付けられる。
魔力により身体は強化されているが、ダメージは免れない。
「成る程……。平安の昔とは違って、“気”やら“魔力”やら操れるようになった人間は、中々しぶとい。――しかし、何時までもつかな……?」
大刀で軽く風を斬り、威圧する烏族。
――だが、明日菜の瞳は力を失わない。
「上等よ。――だったら、倒れる前にぶっ倒す!」
彼女達は負けられない。
大事な人を護る為。
大事な人の助けに為る為。
絶対に――負けられないのだ。
ハリセンを構え、ふらつく足を叱咤し、明日菜は立ち上がる。
刹那も、立ち上がる。
血に濡れた夕凪を正眼に構え、身を捩る。
――戦士の眼光は、少しも衰える事を知らない。
「お嬢様……」
剣凰は、鉄の翼を羽ばたかせる。
――その時だった。

光の柱が、天と大地を繋いだ。

その圧倒的な光景と溢れ出る魔力に、その場に居る全員が戦慄を覚えた。
「あ、あれは……!?」
刹那の疑問に答えたのは――
「――どうやら、雇い主の千草はんの計画が上手くいってるみたいですなー。あの可愛い魔法使い君とおもろいお嬢ちゃんは間に合わへんかったんやろうかー……。ま、どうでもええわ」
闇に佇む、小さな少女。
しかしその形相は狂気に満ち、両の手には凶器が握られている。
堕ちた剣鬼――月詠。
「さあ……。ウチと殺し合いましょう、刹那センパイ」
瞬間、月詠の姿が掻き消える。
直感的に刹那は刀を斜に構え、右側からの攻撃に備える。
――間を置かず、鉄をも斬り割く一撃が刀と激突する。
しかし、同じく気で覆い、防御力を増した刀には皹一つ生じず。
月詠の攻撃をいなし、刹那は刀を返し――突撃。
「神鳴流奥義……百烈桜華斬ッ!!」
無数の斬が、月詠を刻む。
その姿は、舞い散る桜のよう。
しかし――浅い。
決定打には為らない。
「流石やわぁ……。ウチを、ウチをもっと愉しませてえぇぇぇぇッ!!」
痛みさえも快楽とし、歪んだ笑みを浮かべたまま刹那に斬りかかる。
二筋の鉄光が絡み合い、上下左右四方八方から牙を突き立てんとする。
「二刀連撃斬魔剣……鬼蜘蛛ッ!!」
死肉を喰らう蜘蛛の如く、八筋の銀閃が刹那を襲う。
咄嗟に防ぐ刹那。だが――完全に防ぐ事は敵わず、八の内の二閃が刹那の腕を斬り裂いた。
紅い血霞が肌を彩る。
刹那の顔に、苦痛の表情が蔭る。
――しかし、其れでも彼女は揺らがない。
刀を握り締める為に力を籠める度に、腕の傷から鮮血が迸る。
真っ赤な血液を振り撒き、彼女は刀を振り下ろす――!
「斬岩剣……ッ!」
岩をも斬り裂く剛の太刀。
神鳴流の奥義の一つ。
しかし、闇に堕ちた月詠は、双刀で易々と受け止め――
「隙在り、ですー♪」
――二刀連撃斬鉄閃奥義……天地双壊斬!
右の刀で相手の攻撃を防ぐと同時に、左の刀で斬り伏せる。
二刀流の基本であり、奥義。
攻撃を封じられた刹那は――まともに月詠の一撃を喰らった。
肩から胸にかけて――深い赤の線が刻まれる。
「が……ふッ……ッ!?」
血反吐を吐き、倒れ伏す刹那。
傷口から夥しい血液が流れ、水辺を紅く染めていく。
明らかに――致命傷だ。
同じ頃、明日菜も窮地に陥っていた。
腕を掴まれ、ハリセンが封じられてしまったのだ。
宙に釣り上げられた彼女の喉元に、巨大な刃が突き付けられる。
「素人にしちゃあ、よう頑張った。……だが、これで手詰まり。悲しいが、これは戦なんだ。――恨むなよ」
刃が立ち、喉に切っ先が触れる。
後数ミリも動かせば、明日菜の絶命は必至。
刹那もこのままでは……
しかし、刹那は立ち上がった。
制服のブラウスを真っ赤に染め、口元から大量の血を流し、ギラギラと燃える鉄を思わせる瞳を月詠に向け――
「まだ私は……死ぬわけにはいかない!」
吼える。
手負いの獣をも上回る、超絶な殺気。
瀕死にも拘らず、刹那の魂は一際激しく燃えている。
月詠は、三日月のような紅い口元を更に歪め――
「嬉しいわぁ、センパイ。まだウチと、遊んでくれるん? 今度こそ、完全にぶっ壊れるまで遊んであげますえー」
十字に、剣を構える。
先日、アルトリアとの戦いに使ったあの技の構え。
――剣気が、荒れ狂う。
「二刀斬空閃―――十文葬刃ッ!!」
放たれたのは、全てを引き裂く十字の真空。
直撃を受ければ、挽肉は免れないだろう。
刀を杖代わりにし、死に体の刹那を月詠は愛しげに見つめ――
「お終いです、センパイ」
殊更愉しそうに、呟くのだった。



迫り来る死の嵐を霞む瞳で見据え、刹那は遠のく思考に喝を入れる。
……此処で死んでしまっては……
脳に浮かぶのは只一人。
大切な人。
護りたい人。
失いたくない人。
――何時も、笑っていて欲しい人。
「私は死なない……」
生きて、お嬢様を助ける。
絶対に死なないし、絶対に誰も死なせない。
先ずはこいつを倒して、早く明日菜さんを……
地面に突き立てた夕凪を、正眼に構える。
――渾身の一撃による、正面突破。
避ける暇も体力も無い、文字通り最後の手段。
覚悟し、刹那が刀を振り上げた――その瞬間ッ!

「――……ッ!?」

甲高い雑音が、月詠の刀に弾かれる。
音の正体は――銃弾。
只の銃弾ではない。
特殊な刻印を施し、霊的にも物理的に殺傷力を上げた特注品だ。
豪雨と呼ばれんばかりに銃弾が月詠に殺到し、月詠も両の刀を駆使しこれを防ぐ。
――銃弾を弾く、という行動により構えが崩れ、真空波が僅かばかり弱まった。
その隙を突いて、刹那は横飛びに転がる。
重低音の波が、刹那の直ぐ横の地面を深々と抉り取った。
――同時に、明日菜を捕らえる烏族に一つの人影が躍り掛かる。
中華風の白衣を靡かせ、腕に纏わり付いた幾筋もの鎖が稲光を輝かせ――
「――雷鳴爆破ッ!」
掌底。
掌の部分から雷光が迸り、凄まじい爆衝撃が背中から烏族の胴体を吹き飛ばす。
烏族の腹に巨大な風穴が開き、明日菜を捕らえた手も粉々に砕け散った。
解放された明日菜が、地面に落ちる。
「……ッ! 痛ぅ……」
「大丈夫かよ、神楽坂」
お尻を押さえて苦痛の声を漏らす彼女に、ぶっきらぼうな声が掛かる。
短く切られた黒い髪、爬虫類を思わせる鋭い眼光、目付きとは裏腹に優しさを感じさせる穏やかな顔立ち――
彼女のよく知る、人物の顔だった。
「ろ、龍先生……ッ!? 何で……?」
「――俺はおまけだよ。だが……おまけでも付いて来て正解だったな。これ飲んどけ、体力が回復するぞ」
懐から紫色の小瓶を取り出し、明日菜に投げる。
慌てて小瓶をキャッチする明日菜。
硝子越しにどろりとした内容物を視認し、顔を顰めたのは気のせいだろう。
明日菜の様子など大して気にも留めず、龍朝は刹那の方に視線を向け――
「あれだけ動ける所を見ると……辛うじて急所は外れてるみてえだな。出血は派手だが、傷自体は浅い。増血剤と止血軟膏と鎮痛剤で十分か」
手早く必要な薬を取り出し、彼は遥か向こうの草むらに視線を飛ばし、
「妖怪共の相手は頼んだぜ、龍宮、菲。俺は――あのお嬢さんを片付ける」
龍朝の言葉に応えるかのように、草むらの中から二つの影が現れる。
長身の女性――龍宮真名。
小柄な少女――古菲。
二人は任せておけ、と彼に向かってサムズアップ。
龍朝は皮肉気に口端を歪め、頷きを返し――
「さぁて、診察の時間だ……。保険証はお持ちですか? ――尤も、手前ぇ等にゃ割引もクソも無ぇ――覚悟しろ」
――化け物達に勝るとも劣らぬ、三人の“freaks”が戦場に顕現した瞬間であった。 



「――見えたッ! ネギ君、最大加速並びに集中! 攻撃は私に任せて……正面突破、往くよ!」
「解りましたッ!」
光満ちる巨大な湖を眼下に、魔法使いと姫騎士が空を舞う。
ネギの呪文が空に融け、彼等の駆る魔法の杖が空気の壁をぶち破る。
其れを迎え撃つは、宵闇が使役する亡者の群れ。
飛行妖魔を中心とするその一群は、枯れ果てた叫びを漏らし、疾空する。
しかし――こんな雑魚にやられる霧羽ではない。
力強い笑みで口元を飾り、ストックしてあった硝子球を一気に破壊する。
膨大な魔力が、この世に在り得ない事象を巻き起こす。
「――投影、連続起動(トレース、イグニッション)ッ! 全天空間、全標的軌道把握完了。――装弾完了(ロールアウト)、全投影照準開始(ターゲット、マルチロック)。――全軍一斉掃射(ソードバレットフルオープン)ッ! 是、“散戟の剣製”(ショットガン・ブレイド・ワークス)……ッ!!」
発現せしは、団塊と化した剣軍の群れ。
夥しい剣の大軍が、霧羽の背に浮かび上がると同時に射出される。
一発一発の威力は一つの幻想に及ばず、通常のソードバレルに劣るが……その数は其れより以上であり異常。
質より量。
――接触すると同時に、剣塊は炸裂四散し、鋼刃が四方八方に散っていく。
空を行く亡者の群れが、一瞬にして鉄の豪雨に駆逐されていく。
更に姫騎士の追撃は続く。
黒塗りの和弓を投影し、矢の代わりに二振りの剣を番える。
螺旋剣ではなく、大陸風の剣。
其れは、かつて一人の王が造らせた八振りの内の二つ。
魑魅魍魎を退け、闇に憑かれし者を慄かせる破邪の太刀。
名を――
「往っけえッ! ……“滅魂・却邪”ッ!!」
風斬音と共に、二つの刃が疾走する。
その刃の輝きを見た亡者達は――

寄り代である骸を捨て、一目散に消えていく。

春秋時代の覇者が一人、越王勾践が造らせた八の霊剣の内の二振り――“滅魂・却邪”。
滅魂――持ち歩くだけで、魑魅魍魎は恐れて姿を消すという伝説を持つ剣。
却邪――物の怪に憑かれた者が見ると、恐れ平伏すると伝えられる刃。
低級亡者共に効果的な幻想の一つである。
亡者の群れを退けた双剣は、桟橋に佇むフェイト目掛けて突き進む!
「……アーティファクト――いや、違う。コレは……ッ!?」
珍しく焦りを見せ、その場から飛び退くフェイト。
数瞬遅れて、木に金属が突き刺さる音が水面をざわめかせた。
――爆発。
正式な手順を踏んでいない劣化版ともいえる術式。
――だが、フェイトの気を逸らすには、十分だ。
彼がほんの少し隙を見せたその瞬間を狙って――

「――契約続行追加三秒、ネギ・スプリングフィールドッ!!!」

雷を纏った、渾身の突きが華奢な肉体を吹き飛ばす。
血反吐を吐き、宙を舞うフェイト。
そんな彼を油断無く見据えたまま、ネギが叫ぶ。
「――今です、霧羽さん!」
「ばっちり決めてくれ、姉御ッ!」
水煙の中から、影が躍り出る。
水霧を纏った彼女は、快い笑みを返し――
「りょーかいッ! 取り合えず――このかちゃん助けて、あいつ等を適当にボコってやる!!」
右手に“破戒すべき全ての符”、左手に運切。
先ずは木乃香を捕らえる術式を破戒し、救出。
――その後で、ゆっくりと徹底的に奴等をボコる腹積りだ。
「大丈夫、私って結構優しいかもよ? ――死なない程度に私刑にしてやる」
マジギレゲージは既に許容値をぶっちぎっている。
全身の魔力を燃焼し、霧羽は疾走する。
だが、しかし――

「「「――……えッ!?」」」

謀は、既に成就していた。



「――な、何ですか……アレはッ!?」
「こ、怖い……」
ダイダロスのシートに鎮座した夕映とのどかが、恐怖に引き攣った声を上げる。
その声に反応した小太郎と、先行し彼等と合流していた楓が天を仰ぐ。
「「……なッ!?」」
――驚愕と戦慄に見開かれたその瞳に、邪悪なる暴鬼の姿がありありと映し出されたのだった。



――水辺にて死の舞を踊り続ける五人の少年少女も、その光景を見ていた。
剛拳にて怪異を叩き伏せる少女は呆けたような表情で、鎖纏う少年は舌打ちを漏らし、魔弾にて妖を撃ち倒す射手は凍て付く瞳で、退魔の剣を執る少女は驚愕に満ちた顔で、オッドアイの少女は慄くように――
「――余所見しとる場合じゃないですえー」
一人マイペースな月詠が、龍朝に斬り掛かる。
向かってくる二つの刃が其々、腹と首筋へと牙を剥き――
「――ちッ! 空気読めよ手前ぇ!!」
鎖で絡め取り、体捌きを駆使し、受け流す。
鎖に繋がれた少女が、月天へと舞う。
彼は、月詠から気を逸らさず――
「――お前等、隙見てとっととねぎ坊主達と合流しろ。……幾ら何でも、やべぇぞアレは」
「……龍先生は、如何するんですか?」
制服を真っ赤に染めた刹那が、血の気の無い真っ白な顔のまま、彼に問う。
彼は、そんな事かと気軽に言い、
「このお嬢さんの“治療”が終わったら、直ぐに行く。――心配すんな」
――誰も、何も言わなかった。
只、彼女達は彼を見つめ、そして目配せをし合い、
「……一気に往くわよ、皆ッ!」
「「「――応ッ!!」」
明日菜の号令と同時に――駆ける。
明日菜が斬り込み、刹那が露を掃い、くーが後を追い、真名がしんがりを務める。
亡者の群れもなんのその。
戦乙女の小隊は、難なく障害を越えて行く。
彼女達は、知っている。
龍朝の強さを、覚悟を。
医の比喩を口にした――彼の強さを。
絶対に死なないし、負けない、諦めない。
其れが、“医師”であり彼である事の証明だから……
「――薄情ですなー。お兄さん一人置いて、先行くなんて……所謂、捨て駒?」
「馬ァ鹿、これも策の内だ。――そうだな、例えて言うなら……俺が“龍王”で、手前ぇは精々“桂馬”っつー所だな」
――空気が変わる。
彼の軽口が琴線に触れたのか、月詠の表情が更に更に禍々しく変貌していく。
「……よう言った。為らば、その“桂馬”の一撃を喰らって――あの世に逝けやぁぁぁぁッ!!」
放たれるは、必死の一撃。
全力を籠めた、必殺の一刀。
「我流奥義――“惨魔閃・死極”……ッッ!!!」
死に死を重ね、殺意を殺意で研ぎ澄ます。
憎悪は憎悪を招き、悲しみは連鎖を続け、憎しみは途切れる事は無い。
――この世の全てを憎み、恨む想い。
壮絶な負の一太刀が、龍朝を襲う。
向かい迫る暗黒の軌跡を、彼はうんざりとした顔で一瞥し――

「……ざけてんじゃねぇぞ。タコ」

殴り付けた。
暗黒の刃は一瞬軋み――霧散消滅。
しかし、龍朝の拳も無事では済まない。
如何に鎖を纏おうとも、その拳は鍛えられているとはいえ只の生身。
軌跡に苛まれ、肉が裂け、骨が砕け、血飛沫が舞った。
しかし、彼は苦痛の表情など微塵も見せず――
「手前ぇがどんな痛みを受けて、どんなに苦しい思いをして、どれだけ他人を憎んで恨んだかなんて俺は知らねぇし、解らねぇ。だけどな……」
彼女の過去など知らない。
彼女の痛みなど知らない。
彼女が何を願い、餓えていたか知らない。
しかし……
「――考えて喧嘩売れ、チンピラ」
嗚呼、気に入らない。
こいつの目が、雰囲気が、やっている事が。
劣等感に塗れ、無闇に牙を抜き放ち、手当たり次第に暴れまくるこいつはまるで――
「……胸糞悪ぃ。“矯正”してやるから……掛かって来いよ」
目を向けたくないモノを相手にしているかのように、うんざりと吐き捨てる龍朝。
――水辺の戦い、第二ラウンド開始。



光の中から、激しい気配が現れ出でる。
脈動は大地を揺らし、気魄は空を慄かせる。
四の腕を持つ、巨大な神代の一柱。
その神々しくも禍々しい巨躯を、術式で木乃香を空中に浮かせている千草はうっとりと見上げ――
「――二面四手の巨躯の大鬼“リョウメンスクナノカミ”。……ああ、やっと、やっと関東の奴等に一泡吹かせる事が……」
思ったよりも大きいスクナに冷や汗を流しつつも、感激する千草。
しかし――
「――ご苦労さん。まあこれで……手前ぇはもう用済みだ」

ジュブリ。

粘着質な肉音と共に、妙に長細い鍵爪が千草の胸元から生える。
――何時の間にか、千草の背後にスケアクロウ――宵闇――が佇んでいたのだ。
彼は、厭らしく歪んだ口から長い舌を覗かせ、
「ありがとよ、千草ちゃん。――お陰で、俺も随分楽させてもらったぜ」
――爪で臓腑をぐちゃぐちゃと掻き回す。
常人なら其れだけで痛みで狂い叫ぶだろうが、千草は呆けた表情のまま動かない。
痛みは無い。――否、そもそも感覚が無い。
混乱する思考を落ち着かせつつ、千草は自問する。
何故、痛くない? 何故、死なない?
何故、何故、何故?
千草の表情から疑問を感じ取ったのか、宵闇は何時ものギザギザな笑い声で――
「あっれぇ? まだ気付かねーの? ……まあ、そうなるように脳味噌弄ったのは俺だがよ」
肉を掻き回すのを止め、爪を抜き取る。
薄らと血がこびり付いているが――明らかに、常人の其れより圧倒的に少ない。
胸元に開いた大きな穴からは血液は一切流れず、紫色に変色した肉が見えるだけ。
鼓動も、息吹も何も無い。
何故なら、既に彼女は――
「千草ちゃん、覚えてるかい? 俺と初めて会った、あの日を――」
言われて、千草は思い出す。
彼と出会ったのは、確か……

降りしきる雨。

熱い感触。

転がる心臓。

水に混じる紅い液体。

冷たくなっていく身体。

弾ける臓物。

熱い寒い冷たい痛い苦しい辛い熱い寒い冷たい痛い苦しい辛いあついさむいつめたいいたいくるしいつらいアツイサムイツメタイイタイクルシイツライアツイサムイツメタイイタイクルシイツライイイイイイイイイイイイイイ…………

脳裏に、幾度となくフラッシュバックする光景。
雨が、赤が、痛みが、軋みが――彼女の脳味噌を揺さぶる。
我知らず、千草の喉から喘ぎが漏れていた。
「あ、あ、あ、あああああああああああ…………ッ!!?」
「――よーやく、思い出したか」
自我が崩壊しかけている千草を嬉しそうに見つめ、

「手前ぇはもうとっくに……死んでんだよ」

――千草の目から、光が消えた。
同時に、空に浮く宵闇の肉体がボロボロと崩れていく。
焼け焦げた肉が朽ちた骨片から剥離し、赤茶けた灰となって湖の中に消えていく。
眼窩から目玉が腐り落ち、舌がドロドロに溶け、歯が粉々になって消え果る。
――全てが消えた、その瞬間。
沈黙していた千草が――にやりと哂う。
愉悦に満ちた含みがくつくつと漏れ、見る見る内に口元が弓なりに曲がる。
「最後までご苦労さん。この身体は――ありがたく使わせてもらうぜ」
ギャハハハ、と錆付いた金属のような笑い声が響く。
千草――宵闇の笑い声。
これが宵闇の、もう一つの能力。
完全な情報体生物である彼は――死体を借体とする事が出来るのだ。
死体に乗り移っている間、彼を殺す事は出来ない。
何故なら――魂自体が、彼の本体である書物が変化したものだから。
故に――ナナシは、彼に敗北した。
「さぁて。此処からが本番だぜ……」
月下に、紅い三日月が現れた。
此方も――第二ラウンド開始である。



――さあて、その頃麻帆良では……
「……おい、爺。やっぱ無理とは如何いう事だ!?」
「うーむ。修学旅行も学業の一環じゃし、短時間なら呪いの精霊をだまくらかせる思ったんじゃがのー……。ナギの奴が力任せに術をかけた所為で……駄目かも」
「おおおぉぉぉぉいッ!! 孫の危機だろ、何とかしろ!!」
「ふ、お任せ下さいマイスウィートマスター。私の空間跳躍能力なら、呪いだろうが結界だろうがATFだろうが問題ナッシングです! ――と言う訳で、私と一緒に添い寝を……。何分今の時期まだまだ寒いので、一人寝は寂しいのです」
「墓石でも抱いてろぉぉぉぉぉぉッ!!!」
「……抱き枕(///)」
――駄目だこいつ等。



佳境に入りつつある今回の戦い。
術師は倒れ、鬼神が降臨。
そして、新たな荒神が……
次回怒涛の急展開! 
姫騎士等は、生き残れるのだろうか……!
又次回にて、お会いを!

ねぎFate 姫騎士の運命
ねぎFate 姫騎士の運命 第二十五話

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