プロローグ(中編) 投稿者:伯約 投稿日:05/05-15:34 No.447
「殿下ー!殿下ってばーっ!!」
地の底からわき上がってくるような轟音と振動に負けない大声が呼ぶ。
「う~ん、あと四日寝る‥‥‥」
磨き上げられた黒光りのするかなり立派な御影石製棺桶の中から寝ぼけた返事。
起こしに来たらしい少女はパッと見、十五、六の少女である。
少女は申し訳程度の黒いレザーで体を隠しただけというあらわな服装。
大方下級モンスターの皮をはいできたのであろう。
ただし、胸は見事にない。
ペチャパイというやつだ。
「何か言った?」
いえ、何も。
背中から生えた黒い翼とシッポは見るまでもなく悪魔である。
さらに、先端がハート形になったシッポが楽しそうに踊っている。
赤毛を頭の左右でぎゅうっとまとめて、翼のようにパッと広がっている。
「このまま、寝込みをグサッにしちゃおうかな~」
牙のような八重歯をきらっと光らせ、少女はどこからともなく短剣を取り出した。
と、その声が聞こえたのか、棺桶に横たわっていた少年が深く唸りながら上体を起こした。まだ目が覚めていないようだ。
目をこすりながら伸びをする。
見たところ少女とあまり変わらない年齢の少年で、十三、四というところだ。
紺がかった黒い髪の毛はまるで二本のアンテナのように伸び上がり首に巻かれた長く赤いマフラーのようなもので全身が覆われていた。
上体を起こすとマフラーは風もないのに手品のように勝手に舞い上がり少年の肩あたりではためいている。
首にはもうひとつなにかがある、ペンダントのようだ。
「何事だ、エトナ!おちおち昼寝もできんではないか!」
ようやく棺桶の脇にいるのが誰かわかったのか、少年は腹立たしいと声を上げた。もっとも声ほど怒っている様子はない。
「それどころじゃないですよー。星の墓場にまた空間の歪みができたんですってば!」
エトナと呼ばれた少女はチッと舌打ちして短剣を隠すと、どこか楽しそうに言った。後ろで揺れているハート形のシッポも楽しげだ。
「何だと?」
「だからー、星の墓場にまた空間の歪みができたんですってば!!」
エトナは横を向いてボソッと一言。
「寝すぎて脳みそが腐ってるのかしら、いや、脳みそ自体最初からないんじゃないだろうねー」
「貴様、今オレ様の悪口を言ったであろう」
「もー、殿下ってば被害妄想(チッ、変なときだけ耳がいいんだから、このクソジャリが!)」
内心舌打ちはしたが、エトナは明るくすっとぼけた返事をした。
「あと、『殿下』じゃないだろーが!オレ様が戴冠して1年もたってる歴とした魔王なんだぞ!!」
「そりゃー殿下には威厳がないからじゃないですかー。ま、たった1年じゃあ無理もないですけど。最低でも1000年は魔王やってないと威厳はでませんよー」
言いにくいことをズバッと言うエトナ。
「もういい!それで、そんな空間の歪みぐらいのことできたのか?どうせまたゴミか何かだろう」
「それがー、エネルギーが測定限界を越えていて、結構大きいんですよ」
「また何か来たのか?」
ラハールは頭の中であのアホ勇者のことを思い浮かべた。
「イヤー、そこまではわからないですね」
「まったく、まあいい、とにかく出かけるぞ!」
ラハールが出かけるために部屋のドアを開けようとすると
『バタン!!』
反対側からドアが開きラハールはドアに激突しバタンと後ろに倒れた。
「ラハールさん!!」
声の主は見たところ彼らとさほど年齢の変わらない十五、六というところで純白のフリル付き衣装を身にまとい、大きい赤いリボンが頭の上で踊っている。シッポはエトナ同様ハート形だが小さいリボンがしてある。翼はエトナとは違い真っ赤である。見た感じ天使と言えなくもないが少し違う。彼女は堕天使である。
「何でそんなところで寝てるんですかラハールさん。風邪ひきますよ」
「えーい、貴様のせいだろうがー!!!!」
ラハールは赤くなった顔を押さえながら叫んだ。
「もういい。それよりフロンどうしたのだ?」
「え~っと何でしたっけエトナさん?」
とすっとぼけたことを言った。
「フロンちゃん、相変わらず天然ねー」
エトナは笑いながら言った。
「いやー、てれますね。ほめないでくださいよー」
フロンは言葉の意味を勘違いしたのか少し照れている。
「フロンちゃん、ほめてない、ほめてない。星の墓場にまた空間の歪みができたってことでしょ」
エトナはあきれながらそう言った。
「そうでした。ラハールさん行かないんですか?」
「今から見に行くのだ。まったく、たかが三日昼寝をしただけだというのにどうしてこう問題が起こるのだ?」
「ラハールさん寝すぎです!」
「それは昼寝とは言いません!(永眠させてやろうか、このクソジャリが!!)」
フロンとエトナの小言にラハールは顔をしかめた。
「そう怒るな。二年より短いであろう。あの時は誰かのせいだったのだしな!」
そう言いながらジロリとエトナを睨むラハール。
「う……」
エトナがラハールに毒を盛って、おかげで二年も目を覚まさなかったのである。
「ま、まあそんな過ぎた事は置いといてさっさと行きましょうよ」
エトナはラハールから目をそらしながらそう言った。
「ごまかすな。もういい!それよりプリニーたちを連れて来い。いないよりマシだろうしな」
ラハールはなかばあきれながら言った。
「わかりました。このエトナにお任せください。プリニー隊カモ~ン!」
踊るように軽やかに言うと、エトナは指笛を吹いた。
甲高い指笛の音が通路に響く。響く。響く……。
風だけが通路を吹きすぎていった。
「誰もこんな」
「えーっと、皆さんおやすみですか?」
ラハールはさらにあきれ、フロンは疑問を口にした。
部屋は静寂が支配し、気まずくなる。
そして、エトナの目がすうっと細くなり、思いっきり息を吸い込んで怒鳴る。
「出て来いつってんだろ、てめーらっ!ぼてくりこかしまわすぞ!!」
部屋がビリビリと震えた。
「そ、そんな言い方ではだめですよー。エトナさん」
フロンはエトナをなだめた。
「じゃあ、フロンちゃんが呼んでみてよ」
やる気なさそうにエトナはいった。
「わかりました。それじゃあ、いきます。スー、ハー、スー、ハー」
フロンは大きく深呼吸し、優しく
「来てくださーい、プリニーさんたちー!!!」
と言った。そうすると
『ドドドドドドドー』
どこからともなく走ってくるような音がし、部屋にはいってきたのは
「なんっすかー、フロンさん」
駆け込んで来たのはどうみても縫い目・破れ目の目立つ出来損ないのぬいぐるみペンギン集団。
三匹(人?)である
プリニーと呼ばれる下級魔族で、家事手伝い・戦闘補助の専門集団。
―つまりは雑用係である。中身は罪人の魂であるらしい。
そしてよく
『設定が違ったときもあるっすけど、気にしちゃだめっすー』
という謎めいたことを口走るらしい。
「皆さん、出かけるのでついてきてください」
「了解っすー。フロンさんのためなら千億光年彼方からでもさっそうと駆けつけるっす!」
三匹は敬礼して返事をした。そして、エトナがいることに気づくと
「あれ、エトナ様いたんっすか?」
と言った。
「何か、納得できないわねー」
エトナはつまらなそうに言った。
「ま、お前の家来だからな」
ラハールがエトナを冷たく横目で見た。
「そ、そんなことはおいといて早く行きましょうよ」
アハハと笑いながら言うエトナ。
そうしてラハールたちは星の墓場に向かうのであった。
そこで何が起こるとも知らずに………。