月と魔法に花束を/1『聖夜転生』 投稿者:へたれっぽいG 投稿日:04/08-04:20 No.63
「行こう!」
そう高々に叫び、彼はその腕を――"古き月の力"という、極彩色を称える力を振り下ろした。
その場は、正しく廃墟。これがかつて日本の首都だと言われて、何人の人が信じられるだろうか?
だが、それは彼が、不老不死を求めた悪鬼との最後の闘いによる代償だったのだ。
宙に浮かぶ彼の眼下には、臓腑と成り果てた愛しき人と、彼の宿敵であり、もっとも自分と似た青年の最愛の存在がいるだけだ。
そして、彼は、全てを終わらす為に、彼女の元へと行く為に、月の力と共に、光で世界を満たした。
~~~~~~~Hikari 01~~~~~~~~~
白い白い、光。
それだけが、満たされた世界。
その中再会した彼と彼女は、
温もりを求めるように、抱きしめあい
相手に言葉を伝えるように、額と額を重ねあい
幾つもの約束を、交わし
幾多もの夢を、叶えようと言い
心を重ねて、
命を重ねて、
二人で歩いていこうといった
そして、そっと、手を握り合った
不意に、二人とは違う、声が聞こえた。
幼い、幼い声。
だけど、その幼い声の主を、二人は知っていた。
行こっか、彼は言った
はい、と彼女も微笑って応えた
そして、彼等は歩いていく。
新たな始まりの場所へ・・・・
「眠りし『命』に、新たな時を・・・・」
何処かで、祈りを捧げるような言葉が、聞こえた。
始まりの光の中、『始まり』へと還元されていく命。
それは、正しく奇跡という他、当てはまる言葉がないだろう。
しかし、これは知られているだろうか?
記憶と命は、まさしく切って切り離せぬものであることを。
魂とは、生命が生命としてあるべき根源であるもの。
記憶とは、生命が世界に生存した証拠であるもの。
還元されるならば、それが何処へと行くのであろう?
その答えを、幼い子供の姿をした存在は、知っていた。
二つの傷ついた存在が、ゆっくりと分けられていく。
まるでそれは、細胞の分裂にも似た、生々しくも神々しいものであった。いや、生であるからこそ、それは美しく醜いというべきだろうか。
二つは、今までの記憶と力を持ちながら、その存在をこの世界へ留まらせることができないもの。いわば、オリジナル。
もう二つは、先の二つの命から生まれた、似て非なる新たな命であり、比翼の存在。いわば、コピーでありながらオリジナルであるもの。
白い存在は、新たな命を始まりの光に乗せて、二人を待つ人々のもとへと運んでいった。
そして、幼い少女がその新たな命を微笑みで迎えたのを確認し、最初の二つの命を、そっと、始まりの光で出来た箱舟へと乗せた。
しかし、不意にその存在は不安になった。二人が新天地でまた酷い目あってしまったらどうしようと。二人にもう傷ついてほしくないその存在は、二つの『お守り』を乗せることにした。
そして、全ての準備を終えた純白の箱舟は、ゆっくり、ゆっくりと進み始める。二人を新たな世界へと運ぶ為に。
「いってらっしゃい」
彼等の新たな旅路を、力を使いきり消えゆこうとする存在は、微笑って祝福した。
~~~~~~The River~~~~~~
箱舟は進む。
二つの尊き命を乗せて。
時の流れに、
時空の流れに、
そして、生命の流れという"河"の望むままに。
"河"は世界と世界、星と星、次元と次元に連なり、無限の如く流れている。
眠り続ける二つの命は、
箱舟の奏でる子守唄を聞きながら、
新たな時まで、
その傷ついた体と魂を休ませる。
そして、"河"をゆく箱舟は
二人の新たな世界へと、
辿り着いた。
~~~~~~Hikari 01 out~~~~~~
その夜、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは従者の絡繰茶々丸と共に、散歩をしていた。
フワフワとした金の髪が夜風に揺れ、マントがエヴァを守るように靡く。その月下の下の幻想的な光景とは裏腹に、エヴァの心は怠惰的なもので一杯一杯だった。
理由は単純。鬱陶しくて、逃げ出してきたのだ。
今日はクリスマス、深く意味を考えない無宗教人民である彼女のクラスメート達は祭りとあれば大いに騒ぐ、飲む、食う、そしてやっぱり騒ぐ。
とある事情により15年間もこの学校――麻帆良学園中等部に縛り付けられている彼女の心情はずばり「やってらんねぇ」だった。
子供(ガキ)と騒ぐなど、彼女にとってはあまりいい思いはしない。が、エヴァの身体はまるで童女であるかのように小さく、華奢だ。即ち、彼女のクラスメートと同じくらいの背格好――むしろそれよりも遥かに小さいぐらいだ。
だが、その実年齢は、およそ人という人種には不可能なほどである。良い子はエヴァンジェリン(女の人)に年齢を聞いてはいけないとは、まさしく彼女のためにある言葉だ。
その理由は、彼女が吸血鬼――それも、真祖と呼ばれる超越種、即ち人を超えた存在だからだ。
だからこそ、エヴァの外見は、幻惑や認識阻害の魔法で大人のような姿に騙せても、本来の姿である10歳前後のままで止まってしまったままなのだ。
「・・・・・・可笑しな月の色だ」
ふと、エヴァは暗闇の寒空を見上げて、独り言のように呟いた。
氷点下一歩手前の風が吹きすさぶ中、数十万光年離れた星達から届いた光が、まるで宝石の海のように輝いていた。その身近にある雄大な自然の光景、茶々丸はメモリーに保存しようと上を向き、ふと違和感を感じた。
いや、ロボットである彼女が"感じる"と表現は的確ではない。だが、今の茶々丸にとって、それはまさしく"感じた"のだ。
「・・・・月が」
感情の篭らない声音で、月夜の闇の中でも映えるエメラルド色の髪を押さえながら茶々丸は確かにその現象に驚いていた。
そこに、満月の月が、輝いていた。
おかしい、おかし過ぎる。今日は十二月二十五日、今頃の月ならば新月といっても過言ではない。
だが、今まさに夜空には、満月の月が浮かんでいるのだ。
そして、その輝く色も可笑しいのだ。
赤、青、黄、緑、茶、金、銀、橙・・・・・・・・様々な色が溶け合うように混ざり合い、調和し、変わり続けている。まるで、変わることがその色であると主張するかのように。
「・・・・・・『極彩色』」
「えっ?」
不意に、エヴァが口を開いた。
「全ての原型である色、全ての終わりである色・・・・・・昔、そんなことを言っていたヤツがいたが・・・私も、始めて見る」
そのことに茶々丸は少なからず驚きを覚えた。自分の知っているマスター、即ちエヴァは100年戦争時代から生きている猛者中の猛者である。
その生き残る過程の中では、殆どの超常現象にも出会ったことだろう。それが、今回に限って無いとは、思いも寄らなかった。
無論、エヴァも初めて見たその色と満月に驚きと僅かな感動を感じながら――予感がした。
これから、何かが起きる。あの月から、あの極彩色の満月から・・・何かが、"来る"。
それは、超越種としての根本にある何かが告げる警告に近かった。
その時、満月が強く、強く輝いた。
唐突に輝くものに普通は目がくらむものであるが、残念ながらこの一人と一体は普通ではない。
輝きと共に急に感じ始めた"何か"の気配、それが真直ぐコチラに向かってきている。これはおそらく自分だけが感じられるのだろうと、エヴァは直感的に思った。
故に、
「茶々丸っ!」
主の声に、従者が応える。
エヴァの小さな身体を茶々丸は抱えると、直にその場から数メートル離れる。同時にエヴァがマントの内側から魔法触媒用の液体が詰まったフラスコを取り出し、いつでも防御障壁を繰り出せるよう身構える。
月の光が、一直線に、エヴァが数秒前までいた場所に照射された。
まるで繭のように中身の見えぬソレに、より一層エヴァの警戒心が高まり、茶々丸もまた戦闘態勢を整える。
そのまま、数秒の時が、沈黙のままに過ぎる。
「・・・・・・・・・・・むっ?」
光が弱まり始め、エヴァは唐突に光の照射地点に"何か"がいるのに気付いた。いや、その"何か"は、光にのって現れたというべきか。
それでも、自分に害なすものであれば、学園への新手の侵入者であるのならば、彼女は全力をもって排除しようという心持だった。
そう、いつもの、常識のパターンであるなら。
「・・・・・・これは」
触媒を持ったまま、エヴァが光の照射地点へと歩み寄っていく。
その様子に、思わず茶々丸は主を止めようとするが、やはりその光の中に"いる""何か"を見て、思考AIが緊急停止した。
「人、でしょうか?」
復活した理論構成チップが、映像に映し出された光景からもっとも適当な答えを導き出す。
だが、ただの人間ではないはずだ。それは『闇の福音』とも呼ばれたエヴァの感知能力と、茶々丸に備えられた魔道感知機関が、まるで警告を鳴らすかのように言っている。
ゆっくり、ゆっくりと、その光が晴れていく。
そして、その場所にいたのは・・・・・
「男に、女・・・・・・?」
そこには、寒い空気にも関わらずに全裸の青年と少女が、手を繋ぎあって眠っていた。
――しかし青年の体は正常なとこの方が少ないほどボロボロであった。
中肉中背の青年の後ろには古ぼけた、しかし全ての邪悪なるものを撃ち滅ぼさんという意思の込められた槍が。
栗色の髪を広げた少女の露わになっている胸元には、神聖な炎を一枚の羽の形にしたようなものがあった。
まるで、この二人を守るかのように。
青年の名は、月森冬馬。最後のラグナウルフにして、"古き月の力"の継承者。
少女の名は、柚本深雪。冬馬の伴侶にして、純然たる愛を貫いた強きホワイトウルフ。
月と命の導きによりて、二人の狼は麻帆良の地へ降り立った。
願わくば、月と彼等に祝福の花束があらんことを。
/1 End