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一話 投稿者:kirin 投稿日:09/11-03:03 No.1234
「・・・・・・・・ん」
喧騒で眼を覚ます。昨夜は何も考えることが出来ないほど疲弊していて歩くのもやっとだった。路地裏の影で身を休めていたが随分と寝ていたらしい。身包み剥がされていないのは奇跡だ。
それにしても物凄い喧騒だ。どうやら随分と賑わった都市部に迷い込んだようだ。近辺にそんなところがあるなんて聞いたことがなかったが・・・。
まだ心なしか重い体を動かして路地裏を出て――――――
「・・・・・・」
思わず絶句した。
人、人、人、人、人―――。制服姿の少年少女が雪崩のように蠢いている。
『学園生徒のみなさん。こちら生活指導委員です。今週は遅刻者ゼロ週間―――』
この喧騒にも負けないほどの大音量で鳴り響くアナウンス。
酷く当たり前のようで、とんでもなく非現実的な光景だった。
「ん?日本語?じゃあ、ここは―――」
日本のどこか、らしい――――――
「そんな馬鹿な」
どうして・・・いや、そもそもどうやって・・・・・・
「わっ!?」
突然、腰辺りに小さな人影が飛び込んできた。ぶつかった時の感触が妙に硬かったからかそれなりに痛い。
「あ、すまない。大丈夫か?」
「え?あ、はい、こちらこそぼうっとしててすいません!って、うわあ!チコクーー!!」
ごめんなさーい、と言う言葉が尾を引いて喧騒の中に埋もれていく。
少年の背中には布で巻かれた大きな棒――――――
俺は人垣に埋もれていくその棒を見えなくなるまでずっと眺めていた。
◇ ◆ ◇
かなり大規模な都市であるはずなのにこの時間帯はそれほど人通りが多くないようだった。とりあえず、ここがどこか知りたかったので近くの書店に入り周辺の地理関係の書籍を探したが、この地域に関する書籍が異常なほど少ない。なんとか探し出した数少ないものから重要そうな情報を心の中に留める。書店を後にし街を歩きながら情報をまとめてみた。
ここは麻帆良というかなり大規模な学園都市らしい。
―――人通りが少ないのは大抵が学園関係者で昼間は学園に赴いている者が大多数だからか。初等部、中等部、高等部からなる女子校、男子校やミッション系、大学などがあちらこちらに見られる。敷地内には巨大な湖がありその中に浮かぶ島は丸ごと図書館だという。さらにこの麻帆良にはシンボルとも言うべきものがある。
紫煙を吐くように空に向かって息を吐く。視界に入るのは巨大な樹。
これこそがそのシンボル、通称『世界樹』と呼ばれるものだ。樹高270mにもなる尋常じゃない大きさを誇る樹だ。
・・・冷静に考えると頭が痛くなってきた。確か世界で一番高い木はアメリカのどこかにあったはずだ。それを以ってしても100mと少しだったと思う。その倍以上ある巨大樹がどうして日本にあるのか。そもそも俺がまだ日本に居た頃、麻帆良なんて学園都市は聞いた事がない。これだけ大規模で、且つ目立つ都市がメディアに流れないのはどう考えても異常だ。もう少し、詳しく調べる必要がありそうだ。
そこでふと猛烈な空腹感に襲われる。考えてみれば丸一日ほど水しか口にしていない。
時間も丁度昼時である。目にとまった店に入ることにした。幸いなことに懐の財布の中には様々な国の貨幣に混じって日本のものも幾つか混じっていた。
入り口には木彫りの看板が置かれていた。『百色眼鏡』という店らしい。扉を開けて中に入るとカラン、とドアベルの音が鳴りその音が妙に頭に響いた。中はこじんまりとしておりテーブルは無くカウンターのみとなっていた。カウンターの後ろには様々なアルコール類が並んでいて、その雰囲気はカフェというよりバーに近い。
異常な所は無い。無いのだが―――
「どうした、客人。席に着いたらどうだ」
「え・・・あ、はい」
さっきまで誰も居なかったはずのカウンターに人が入っていた。どうやらここの店長《マスター》らしい。その尊大な物言いに見合った存在感と威厳を持ったこの人物に思わず恐縮してしまう。若干、戸惑いながら目の前の席に着いた。
「で、何にする?」
「・・・軽食を。ん、サンドウィッチのようなものを。それとコーヒー」
「ふむ、心得た。少し時間が掛かる。水でも飲んで気長に待っていろ」
そう言うとカウンターの端に設置された調理場に立って作業を始めた。
ふと手元を見ると表面張力ぎりぎりまで注がれたガラスコップが一つ置いてあった。
「何時の間に?」
「おまえが呆けている間に、だ。存外に鈍いな」
「・・・・・・」
まるで狸か狐かに化かされてる気分だ。そこで初めて気になった、この人物は何者なのか、と。
「ふむ、私が気になるか。何、老後の道楽に興じているただの爺だ。最近店を開いたばかりでな。客が来ないので暇を持て余していたところだ」
客商売とは難しいものだな、と豪快に笑う。
そうだ、昼時でどこもかしこも人でごった返しているというのにこの店は俺以外に客は居ない。
「――――――」
思わず眉根を寄せる。どうしてココはおかしなことだらけなのか。
「ふむ、一概におかしいと決め付けるのは少し早計だ」
「!!」
「何故などと聞いてくれるなよ。おまえは考えていることが顔に出すぎている」
その“紅い瞳”がこちらを試すように笑っている。
「・・・どうして、早計なんだ」
撃鉄を起こす。コイツは危険だ。腰を浮かせ目の前の男の動向を窺う。
「周りが悉く異常だとおまえは言う。仮釈、それが事実だとしたら答えは一つ。つまり、」
―――――――――おまえ自身が異物だということだ―――――――――
「!?」
少しの間、呆然としていたらしい。さっきまで普通に会話していたはずだが・・・。頭もなんだかハッキリとしない。
「俺は・・・・・・」
「どうした、喰わないのか客人」
手元には食欲をそそるサンドウィッチと暖かな湯気をたてるコーヒーが置いてあった。
「・・・・・・・・・・・何時の間に?」
「勿論、おまえが呆けている間に、だ」
◇ ◆ ◇
軽い昼食をとってから近辺の地形を把握するために麻帆良を歩き倒した。
とはいっても学園の敷地内に入るわけにもいかないのでそれ以外の限られた場所だけだ。今は丁度学園の裏手にある山、その頂上にそびえる世界樹の根元で一息ついている。
歩き回って気付いたことが一つ。ここには街一帯をまるごと覆う巨大な結界が引かれている。大きさが尋常ではない。しかもどうやら複数の結界が敷いてあるようだ。それが何かはわからないが侵入者を察知するモノが含まれているのは確実だ。おそらく、俺のことも気付いているはずだ。早くて今夜にでも接触してくるだろう。
溜息が出る。全くもって現状が理解できない。朦朧となりながらウェールズの郊外で体を引きずっていた所までは確かに覚えている。それがいつの間にか日本に居て、しかも正体の掴めない魔術師、あるいは魔術師達のテリトリーに放り込まれていた。大気中に漂う大源の量から考えても相当な『霊地』であることは間違いない。それだけ管理者の実力も高いと思われる。コレだけ大規模なら一族郎党で一つの組織を作っていても不思議ではない。
交渉できる手合ならいいが・・・・・・
―――リク・ラク・ララック・ライラック―――
「ッ!?」
「サギタ・マギカ!!セリエス・グラキアリース!!」
凛とした声と共に鳴り響く風切り音が七つ。眼で捉えた。曲線を描き、真上からこちらを取り囲むように迫る氷の矢。ぎりぎりまで引き付け、前方に跳ぶ。一本、二本、三本までは先ほどまで自分の居た場所に突き刺さるが残り四本が軌道を捻じ曲げ追尾してくる。
コートの内側から短剣を抜き振り向きざまに一閃。破砕音が三つ。最後の一本が腕の中を掻い潜り首に迫る。
「――――――ッ!!」
首筋に一条の熱が奔る。避けきれず皮一枚持っていかれた。くそ、しかもアゾット剣までボロボロだ。右手の中にある短剣は半ばあたりから砕け散っていた。随分と派手にやってくれる。
俺は砕け散ったアゾット剣を構えて撃鉄を引き起こした。事の張本人は何が気に食わなかったのか、機嫌の悪さを隠す素振りも見せずこちらを見下ろしていた。
「チッ、どんな奴かと思えばとんでもない小物だな。図書館島に目を付けたアンティークコレクターか?」
それは少女の姿をしていた。制服を着ていてこんな状況でもなければ学生にしか見えない。金色の髪とその顔立ちから明らかに日系でないことが窺える。
そしてその少女を片腕に座らせ宙に浮くモノ。制服のプリーツスカートから覗く足は関節部の切れ目が覗き本来人間で言えば耳がある場所に金属製の突起物が着いている。腰と足の裏から噴出す炎がそれを人外であることを如実に語っていた。
「どの道あそこのトラップでくたばるんだ。特別に見逃してやるからさっさと失せろ」
「マスター、時間が」
「わかっている!いいな、面倒事を起こして私の仕事を増やすなよ。その時は縊り殺してやる」
それらは全く以って物騒な台詞を残して世界樹の向こうへ消えていった。とりあえず事なきを得たらしい。上げていた撃鉄をゆっくりと下ろす。
刀身が砕け散ったアゾット剣をしまい少女が消えていった方を眺めた。たしか、あの方向は学園本校の女子高エリアだ。間違いない。
奴らの居城は麻帆良学園だ。
◇ ◆ ◇
「同調、開始《トレース オン》」
―――基本骨子、解明。
―――構造材質、解明。
―――基本骨子、想定。
―――構造材質、複製。
「全工程、完了《トレース オフ》」
日が落ちると同時に街に戻り手近なホテルで部屋を取った。
夜出歩くのは危険だ。迂闊な行動を取れば昼間の少女達が襲ってくるのは目に見えている。昼間の口振りから派手な事を慎めばすぐに仕掛けてくるということは無さそうだが、かといって長居をさせてくれるわけがない。早く手を打たなければ。
右手に握られたアゾット剣をざっと確認する。昼間に砕け散った刀身は完全に元の状態に戻っていた。コートの上に置いていた鞘にアゾット剣をしまいコートに包んで枕元に置く。
取れる手は二つ。この地を去るか否かの二択。前者の場合、この地の管理者を刺激せずに穏便に済ますことが可能というメリットがある。しかし、それは俺が突然日本に迷い込んだ理由やこの異常な街の事などの疑問を一切合財投げてしまう事と同義だ。後者の場合、デメリットしかない。管理者を敵に回すことは必至。協会に報告されれば追手も来る。今抱えている疑問が解ける保証も無い。
前者が最良の手だと思う。しかし抱えている問題は無視するには大きすぎる。誰が、何の目的で、どうやって俺を日本に連れてきたのか。日本に存在しないはずの街、存在しないはずの霊地。異様な巨大樹。どうにかして情報が欲しい。この地を去るのは情報を集めてからでも遅くは無いはずだ。
一応、曖昧ではあるが指針が立った。
時計を見れば短針が2の位置を指そうとしている。夜明けまで少しだけ休む時間がありそうだ。俺は数ヶ月ぶりに味わうベッドの感触に包まれて微睡んでいった。
◇ ◆ ◇
夜明けと共にホテルを出て心中で舌打ちをした。完全に先手を取られた。数は六つ。内四つの黒い人影が建物の間を縫うように俺を尾行してくる。残り二つは高みの見物のつもりか少し離れた建物の上から身を隠そうともせずにこちらを見下ろしている。察するに四つの黒い方が使い魔で高みの見物を決め込んでいるのが術者か。どうやらここでは二人一組というのが基本らしい。しかも見たところ、これまた制服を着た少女だ。一人は昨日の少女達と同じ制服を着ている。もう一人はミッション系の制服だろうか、カソックに似た制服を着ている。
背後の追跡者に注意を払いつつ、この状況に首を捻った。術者らしき二人はどう考えても若い。幼いと言い換えても良いだろう。使い魔の尾行技術もさることながら、幾ら離れているからといって無防備にその姿を晒すのは正直なところ未熟としか言いようが無い。それが敵の油断なのか策なのか判断付け難い。
ゆっくりと追ってくる二人の術者を確認しながら住宅地に向かう。もうこの時間帯であれば起きている住人もちらほらと見かける。相手の手口から人目のつく場所で堂々と仕掛けてくることはないはずだ。このまま住宅地を抜け――――――
「あ゛~~もう!なんでこん、きゃう!?」
れなかった。物凄い勢いで走りこんできた少女にボディタックルをかまされた。どう考えても半端な速度じゃない。しかも、イイ所に入ったらしく相当痛い。
「えっと、大丈夫か」
「ごめんなさい!ってうわぁもう完全にチコクだーーー!!」
長いツインテールをマフラーと共に靡かせながら走り去っていく。既視感。ああ、そういえば昨日もこんなことがあった。あの時は大きな荷物を背負った少年だったか。そこまで考えて思考を切り替えた。
相手の目的は何か。接触が目的というのはまず有り得ない。接触が目的なら使い魔一匹に伝言一つ託せばいいだけだ。抹殺の可能性も低い。俺の動向など探ろうと思えばすぐに出来る事であって、殺す気であるのならホテルで眠っている間に仕掛けてくるだろう。ならば監視か。それも可能性は低い。これだけ自由に動かすことの出来る使い魔だ。わざわざ術者が二人も出てくる必要はない。遠距離からの操作ができないという可能性も考えられるがそれならば尚のこと姿を晒す理由がわからない。ならば捕縛か。それが一番可能性が高い。
俺がそのまま住宅地を徘徊し人ごみが多くなるのを待とうとしたその時、追跡者の動きが変わった。物陰から四つの人影が躍り出る。個々に多少の違いはあるが総じて黒い衣装を着ており羽付き帽子の間から覗くのは真っ白な仮面だ。さしずめオペラの役者といったところか。
人形、ではない。あれは一体なんだ?
思考を回転させながら撃鉄を引き起こす。まだだ。引き金を引くのはまだ早い。
「―――!!」
音もなく四方に散る四つの異形。こんな所で、しかも結界も無しに仕掛けてくるのか。
「くそ、見誤ったか!」
なんとか人気の無いところへ行かないと・・・。
昨日の練り歩いた記憶を必死に吟味する。確か、この近くに廃ビルに囲まれた袋小路があったはずだ。
四つの影は電柱や塀などを足場にこちらの背後をぴたりと着いて来る。
いや、追ってくるというより様子を窺っているのか。俺が勝手に進路を変えないように絶妙に進路を塞ぎ、こちらを誘導しようとしている。奇しくもこいつらの主人も俺と同じ場所で決着をつけるつもりのようだ。先ほどから術者の姿が見えない。先回りしたのだろう。
これは、上手くやれば情報を得るチャンスではないだろうか。
誘導に従って路地裏に入り込む。追跡者が二手に分かれた。半分が背後からこちらを威圧するように追ってくる。残りは路地を見下ろすように建物の上から追ってくる。
目的地の袋小路はちょっとした広場ほどの広さがあった。そこに入った途端四つの影が俺を取り囲む。包囲を脱しようと一歩踏み出したその時、足元から光が迸った。
「な!?」
光の帯が瞬時にして俺の体を駆け巡り身動きが取れなくなる。結界か。俺が抵抗をやめて大人しくなるのを確認すると二人の少女が袋小路に降り立つ。それぞれ握っているのはバトンと箒。補助礼装だろうか。魔法の杖に魔法の箒、随分と古臭い。古風な者を師事したか、はたまた御伽噺の読みすぎか。いや、今はそんな事はどうでもいい。
「早朝から随分と手間取らせてくれます」
「・・・・・・」
「だんまりですか。見たところ魔法使いではないようですね。アンティークコレクターがどうやってこの麻帆良に潜り込んだか知りませんが―――」
「今、何て言った」
「は?」
「今、お前・・・“魔法使い”って言ったな」
「それがどうかしましたか?あなたは私達、魔法使いが扱う魔法書が図書館島にあるのを聞きつけて麻帆良に来たのでしょう?それを守る魔法使いがいるのは当然でしょう」
「つまり、お前は“魔法使い”だって言うのか?」
「?そうですが、なにか?」
「本気で言ってるのか。正気じゃないな」
そう正気じゃない。魔術師に対して魔法使いを名乗る。それが許されるのは世界でたった四人だけだ。しかし、目の前の少女は私“達”と言った。つまり、彼女達にとって“魔法使い”とは自分達の総称であると言うこと。そんなことは有り得ない。目の前の少女はいったい何なんだ。
二人の少女は俺の言葉に目を丸くし顔を見合わせた。途端に箒を握った少女が慌てだす。
「ど、どうしましょうお姉様!」
「とりあえず先生達の指示を仰がないと・・・学園長にも報告しないといけないし―――」
二人を尻目に少女達の会話から拾った情報を吟味する。
だが、何一つわからない。わからないことだらけだ。だらけだが―――
「必要な情報は手に入った」
薄氷の砕け散る音と共に拘束が弾ける。
“このコート”の前ではあの程度の結界、問題ではない。
「「!?」」
撃鉄が振り下ろされる。27の回路が目を覚まし体中に魔力が循環していく。
「同調、開始《トレース オン》」
体を駆け巡る魔力が方向性を持ち神秘を起こす。“強化”。存在意義を強化させるその神秘を以って身体能力を向上させ、壁を足場に上へ駆け上る。
「捕らえて!!」
結界を破られて呆然としていた少女が使い魔達に指示を送るが、圧倒的に遅い。
―――投影、開始―――
“左手に握られた弓”で一呼吸で向かい来る四つ全てを射殺す。
「アーティファクト!?」 「ミニステル・マギ!?」
建物の上に降り立った俺を見上げながら二人が何かを叫んだ。こちらの反撃に動揺しているのかまたも動きを止める。その一瞬の間があれば充分だ。俺は立て続けに矢を連射する。
「くっ!!」
「きゃあっ!!」
足元に矢が着弾した箒を握った少女が尻餅をつく。俺は矢を射るのを止めない。
バトンを握った少女も壁際に飛び退き態勢を崩す。俺は矢を射るのを止めない。
「!!なっ!?」
「悪いな、しばらくそこで大人しくしててくれ」
地面と壁に複雑に突き刺さった矢で拘束された二人を確認して袋小路を後にする。長い間あそこに足止めすることは出来ないだろうが少しの時間さえ稼げれば充分だ。
時間が惜しい。俺は目的の場所に向かって駆け出した。
◇ ◆ ◇
麻帆良学園というのは相当巨大な建物である。こんな場所で目的の場所を手探りで探すなんて無謀な事はしたくない。玄関の柱に手で触れる。
「同調、開始《トレース オン》」
この建物の構造を読み取る。こと“解析”においては並々ならぬ自信がある。瞬時に設計図を頭の中に引く。探す、探す、探す、探す――――――
「・・・見つけた」
学園長室。ここに間違いない。最短経路を記憶して解析を終える。のんびりなどしていられない。俺は無人の校舎を駆け抜ける。
俺が何故麻帆良学園に来たか。それはあの少女達の会話から拾った単語。少女の口振りからあの二人に指示を出しているのは間違いなくこの学園の教師達だ。そのトップが学園長であることは想像に難くない。本拠地に乗り込むのはかなり危険な賭けであるが相手の手口から相当温厚な人物であることが予想される。そこに交渉の余地がある。そう、ここに来た目的は管理者との直談判だった。
学園長室まで三十秒と掛からなかった。あまりにもすんなりと通されたことが不気味で仕方が無い。罠、なのだろうか。
扉の前で一瞬の躊躇。扉に手を掛けようとしたその時、
『開いておるよ』
扉の奥から声が響いた。予想の内ではある。ここは既に彼らの領域。把握できないわけがない。つまり、俺をここまで招いたということはあちらも用があるらしい。ここは大人しく従うしか無さそうだ。
扉を開けてそこにいたのは“いかにも”な老人だった。もう少し言葉を付け足すなら“如何にも仙人のよう”な老人だった。老人は窓辺に立ちこちらを一瞥すると窓の外へ視線を戻した。
「あなたが、学園長なのか」
「いかにもわしが学園長の近衛近右衛門じゃ」
フォフォフォ、とまるで御伽噺の中の妖怪のように笑う。
「あなたに聞きたい事があって来た」
「ふむ、聞きたいこと、とな」
「あなたたちは、一体なんなんだ?」
「質問が随分と曖昧じゃのう」
表情は窺えないが老人の口調ははぐらかしているわけでもなく、ただ純粋に思ったことを口にしているように見える。
「骨董魔法具《アンティーク》のコレクターという報告を受けていたんじゃがの。認識を改めねばならんか」
「どういう意味だ」
「ふむ、君は魔法使いが実在する、と言われたらどうするかの?」
わからない。魔法使いを知らない、それは何も知らない一般人であるらしい。それはつまり―――
「・・・・・・質問を変える。その“魔法使い”というのは比喩や例えでは無いんだな?」
「いろいろ種類はおるが、総称としては魔法使いで合っておるよ」
“魔術師”ではなく“魔法使い”。魔術師は一般人に対して便宜的に魔法使いを名乗ることはあっても実際“魔術師”と“魔法使い”は乗用車とスペースシャトルほどの違いがある。どういうことなんだ?
「・・・次の質問。魔法使いはその神秘を隠匿するために魔法使いを管理、把握するための組織があるはずだ」
「ほう、よく知っておるな。その通りじゃ」
「ここはどこに属しているんだ?」
「関東魔法協会じゃ。ちなみにわしのその理事でもある」
今度こそ、本当に眩暈がした。関東魔法協会?日本に、こんな極東にそんなものは存在しない。存在しないはずなのだ。
「最後の、質問だ」
気を落ち着かせるために一拍おいて口を開いた。
「冬木という町、いや・・・・・・“戦場”を知っているか」
老人は顎に蓄えた髭を撫で下ろしながらしばらく考えたが静かに首を横に振った。
「そう、か」
この老人の話がすべて真実であるのなら、有り得ない仮定が思い浮かんでしまう。絶対に不可能だ。だが、そうではないと説明ができない。
「疑問は解けたかの」
「・・・糸口は見えた」
そう答えると老人は笑いながら事務机に着く。
「今度はこちらから質問しても良いかの?」
俺は無言で頷いた。
「君は魔法使いじゃないとゆーことかの」
「ああ、違う。あんた達がいう魔法使いがどういう定義なのかは知らないが俺は“魔法使い”になった覚えは無い」
「ふむ。難しいのう。魔法使いでもなくその従者《パートナー》でもない。されど魔法を使う」
「パートナー?」
「ん?魔法使いの従者《ミニステル・マギ》のことじゃよ。聞いた事は無いかの?」
俺は黙って首を横に振る。
「そうか。ならば次の質問じゃ。先ほど魔法でこの学園を探っておったな?」
黙って首肯する。流石に自分の領域を解析されれば気付くか。
「ふぅむ、魔法使いでもその従者でもない上、こちら側の事情にも疎い。ならばその魔法どこで覚えたんじゃ?」
「・・・基本は養父に。多くは教えてはくれなかったから、ほぼ独学だ」
「その人は?」
「もういない」
「―――そうか。悪いことを聞いたの」
俺は無言で首を横に振る。
「こちらも最後の質問にしようかの。君は何故麻帆良に来たんじゃ?」
「俺は、それが知りたくてここに来た」
「ほう。というと?」
「俺は少なくとも三日前までは海外にいた。気がつけば、この街の路地裏に迷い込んでいた。ここに来れば何かわかるかもしれないと思ったが・・・」
「なにもわからず終いと。ふぅむ、わしも心当たりが無いのう」
先ほどの質問でこの老人が関係ないであろうことは予想がついていた。それなりの収穫はあったが結局のところ肝心なことは何一つわからなかった。
「つまり君は今まで独学で修行を積んだ“魔法使い”で原因不明の方法、理由でこの麻帆良に自らの知らぬ内に転移させられてしまった、と」
「そういうことになる」
「では、これから行く当てもないんじゃろ」
首肯する。
「ならば、うちで働いてみんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんでさ」
緊張していた精神が一気に緩む。この爺さん一体全体何を考えてるんだ。
「いやーこの学園は多忙な者が多くての。人手は多いに越したことはないんじゃ。労働分の給与に特別講師を付けよう。君も独学だけではなく型に填まったものも知っておきたかろう」
破格過ぎる。そんな好条件出して良いのか。
「安心せい。君は知らんだろうがわしらの本業は人助けじゃ。困った人から何かをせびる様な事はせんて」
フォフォフォフォと笑う老人。ああ、なんだか疑心暗鬼になっていた自分が阿呆みたいだ。自然と笑みが漏れる。何故だか酷く懐かしい気分になった。
「引き受けて貰えるかの?」
「――――――はい」
「と、いうわけじゃタカミチ。警戒は解くように皆に伝えてくれ」
「わかりました」
最初から居たのだろう。温和な顔立ちをした中年の男がドアにもたれ掛るようにして立っていた。後ろに地雷を仕掛けておいて交渉するなんてとんだ狸だな、この爺。男が軽く会釈をして退出するのを見送って老人はポン、と手を打った。
「おお、そうじゃ。君の名をまだ聞いておらんかったな」
「ああ、俺の名前は――――――」
エミヤ シロウ
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