ネギ補佐生徒 第5話




 ここ最近は、平和であった。
 休日があり、そのおかげで澤村の好きなサッカーをやることができた上に、1日中男子中等部の方にいることができたからだ。部活以外で全く会わない生徒や、男子寮を最後に会うことがなかったルームメイト。
 女子寮にいるだけでどこか息が詰まるような居心地の悪さがあった。
 男子生徒からの視線が少々痛いものの、仲の良い男子との関係に悪影響はないため、気にせずにいられることが澤村の救いだった。
 平和で平凡。なんて素晴らしいのだろうか。
 少しずつズレがちだった澤村の価値観と常識が休日中に少しだけ修正された。
 休み開けの初日、少しだけ変化があった。
 ここ最近沈みつつあったネギの表情が一変し、初対面のときよりも元気になったということともう一つ。

「何や風邪でお休みするて連絡が……」

 保健委員である亜子が言う休むという人物は、澤村の隣の席であるエヴァンジェリンである。
 亜子の言葉に、澤村はエヴァンジェリンが今まで学校には来ていた事を知った。
 いわゆるサボリというやつだ。
 風邪で休んでいるのならば、当分は登校すらしないのかもしれない。
 以前見た空を飛ぶロボ、茶々丸も学校に来ておらず、一時的にではあるが異常な物から離れることが出来ていた。ネギも急にどこかへいってしまったらしく、平和で平凡な1日。このまま無事に男子中等部へ戻れそうだ、と澤村はほっと息をついた。
 だが、澤村のネギの補佐生徒期間終了である今日――――――

「―――え」

 その人物を視界にいれた途端、澤村は声を漏らした。出入り口で身体が硬直したままの澤村を一瞥すると、金髪の幼女は鼻で笑って見せた。
 澤村の背筋に嫌な汗が流れる。思考が白へと塗り替えられる。身体が動かない。足ががくがくと震え出しそうだ。

「どうした、席に着かないのか?」

 いつまでも自分の席につこうせず、出入り口に佇んだままの澤村に金髪の幼女は、その様子を愉しむかのように頬杖をついて言った。彼女は、澤村の反応を心の底から愉しんでいる。自分に怯えている澤村を。
 澤村は、後退しそうな足をゆっくりと、硬い動作で前へと踏み出す。
 一歩。

「いや……おはよう」

 自分が平静でいられているのか、確認の意味もこめて澤村は挨拶をした。声は少し震えていて、平静でいられていない。
 金髪の幼女で吸血鬼の真祖であるエヴァンジェリンに近づく。正確には自分の席に着くだけなのだが、出入り口から自分の席がこんなに遠いと思わなかった。
 自分の席と隣の席がこんなに近いなんて思わなかった。

「ああ……おはよう」

 言葉は挨拶だがエヴァンジェリンにとってそれは挨拶なんていう軽い意味をもつ言葉ではなかった。
 よく近づけたな、と言葉の裏で聞こえてきたのは澤村の勘違いなんかではない。
 まだ朝のHRも始まっていないのに、澤村は早く帰りたいと願っていた。けれど、この場で逃げ去ることを彼女は目で許さないと言っているような気がして、仮病なんて使えなかった。

 ――――――早く、今日と言う1日が終わりますように。

 平和で平凡はあまり長くは続かないようだ。
 今日という日は、彼にとって異常を受け入れる日でもあったから。





  ネギ補佐生徒 第5話 大停電の中で





 生きている心地がしない、というのは正にこのことだと澤村は震える手でシャーペンを握りながら思った。
 そんな澤村とは対照的にネギはとても明るい。
 エヴァンジェリンを見たときとは、

「う、うわあっ! え、エヴァンジェリンさん〜〜〜!?」

 と、随分慌てた様子で、果たし状がどうのとか意味のわからないことを口走っていたが、今はそんな様子が嘘だったかのようにウキウキとしている。歌でも唄うかのように教科書の英文をよんでいた。
 ネギはエヴァンジェリンと戦っていたのだから、きっと魔法関係を口走ったのだろうと恐怖に怯えながらもそんなことを澤村は考えていた。
 エヴァンジェリンの言葉から、昨日はネギに何か世話になったらしい。
 澤村は、生徒であるエヴァンジェリンをかまうのはいいが、せめて自分がこのクラスから去ってからにして欲しい、とネギにどうしようもない憤りを感じていた。
 あと1日。今日だけなのだ。
 耐えろ耐えろと自分に言い聞かせて授業に集中する。そうでもしないと澤村はこの恐怖から逃げることはできそうになかった。
 右の前の席には空を飛べるロボ。隣には吸血鬼。冗談じゃない。仮令エヴァンジェリンが吸血鬼だと言う学園長の言葉が嘘だとしても、エヴァンジェリンの隣にいることは拷問にちかい。
 澤村は、喉をごくりと鳴らした。
  その様子を、エヴァンジェリンはつまならそうに見ている。ネギとの戦闘を見られたとき、彼女なりに期待をしていたのだが、それは違ったようだ。やはりただ の臆病者だ。戦闘をみることができたのもきっと自分の呪いのせいで不完全だったからだ。ネギの補佐だって、あの学園長の気まぐれに違いない。これならネギ の方が数段ましである。
 教科書を開いて、にこにことしているネギもそうだが、隣で自分にびくびくとしている澤村を正直うざったいと思っていた。学校だって家でサボろうとすれば身体に痛みが走る。絶対に学校にこなければいけないのだ。これも、自分にかけられた呪いのせいだ。

 ―――――こんなことをするのも、今日で最後にしてやる。

 口元をにやりと歪めた。





 澤村にとって、長い長い女子中等部3−Aでの最後の1日を終えた。
 女子寮から男子寮へと荷物を運び、最後の荷物である部活の道具がはいったバッグを担ぎながら男子寮へと帰る。

「あともう少し……」

 停電の時間に近づいていたため、交通機関が途中で停止してしまったのだ。停電の準備だからと、澤村の予想していた時間よりも早く交通機関は停止してしまっていた。男子寮から近い駅だったのが澤村の唯一の救いである。
 本当ならもう一泊女子寮ですごしてもよかったのだ。荷物を全てもって男子中等部にいき、そのまま男子寮へと帰ればいいのだから。
 だが、下着ドロなどという噂も広まっていると言うのもあるし、何よりあの女子中等部3−Aから離れたかった。さっさと立ち去った方がいいと澤村は、こうして男子寮に向かっている。荷物を運ぶのに思ったより時間がかかり、交通機関が止まり泣く泣く歩きはじめてから数十分。
 男子寮が澤村の視界に入ったとき、

「あ」

 澤村が声を漏らすと同時に辺りが暗闇に包まれた。
 雲の隙間からもれる月明かりが唯一の光だった。
 澤村は、背筋に寒気を感じた。それは別に雲が多く、月がぼやけて見える不気味な空を見たためではない。
 身体に妙な圧力を感じる。身体ががくがくと震える。この感覚は、初めてではないことを澤村は十分理解していた。

「―――――エヴァンジェリン」

 この感覚は、彼女を見たときとまったく同じだ。
 どさり、と澤村は、地に腰を落とした。震える足では、自分の身体を支えることなんてできなかったのだ。恐怖で身体の震えが止まらない。身体が動かない。

「う、あ……」

 声をだそうにも、まるで喉を誰かにしめられているかのような圧迫感に喘ぐような声しかでなかった。
 そんな澤村の耳に、運動会などでよくきく、ピストルの音に似たような音が聞こえてきた。ぎこちない動きで、音がする方に澤村は顔を向けた。
 前髪がふわりと上がった。何かが高速で澤村の前を通ったのだ。

「ネギ先生――――――!?」

 澤村の目に飛び込んできたのは、ネギが杖にまたがる姿。杖、と判断したのは、ネギが魔法使いだと知ったからである。
 しかしネギは澤村に気付かなかった。今は敵の攻撃を避けるだけで精一杯だったからだ。
 ネギを追うように数本の光の線が澤村の前を通って行った。瞬間、澤村の頭の中で何かが繋がる。
 澤村は、おぼつかない足だがなんとか立ちあがった。

 ―――――戦っているんだ。

 あの恐怖の塊とも言える金髪の幼女と。いつもはわたわたとしているあのネギが。まだ10歳の子供が。
 こんなところで立ち止まっていてはいけない。あんな子供が戦っているのだから。
 歩き出そうと足を出そうとしたが、うまくいかなかった。澤村は足へと視線をむけた。
 自分の足が震えている。

「このっ……! 止まれ、バカヤロー!」

 拳で太ももを2、3度殴った。少し強すぎたのか足が痛んだが、震えも止まったし気が引き締まって丁度いい。
 澤村は、大事にしているサッカーの道具を置いたままで、走り出した。
 ネギが高速で去っていった方向にとにかく足を前へ前へと出して行く。だが、このまま走っているだけでは、あれだけ速い速度で飛んでいるネギに追いつけるわけもないし、位置だって正確にはわからない。
 澤村は、一度足を止めて空を見上げた。ぐっと目を凝らす。

「―――――いた」

 思ったより冷静な自分の声が澤村の耳に入ってきた。点ほどにしかない姿だが、浮いている人影らしきものが“二つ”見える。しかも片方は、光の点が三つほどみえる気がする。
 軽く首を傾げたが、今はそれどころではない。ネギのところにいかなければ。空に浮かぶ人影を気にしながら走っていると、妙な物が澤村の目にはいってきた。
 灯りのついていない街灯の上に、見慣れ始めた女子が二人。

「佐々木さん、明石さん……」

 見慣れ始めた女子は見慣れない服をきていた。俗言う、メイド服。澤村は、何か嫌な感じがした。
 メイド服に身を包んでいるということだけではなく、二人の目がおかしかったのだ。光のない、濁った色をしている。
 澤村のことなど目もくれず、まき絵が動いた。
 上へ新体操で使うリボンをとばして、宙へと飛びあがって行くまき絵の姿を澤村は目で追うことしか出来なかった。まき絵がいく先には、空を飛ぶネギ。裕奈も二人を追うように建物へと上がり、バスケットボールをつきながら走っていく。
 建物が邪魔して、ネギたちの姿が隠れたり現れたりとしていた。このままでは彼らを見失ってしまう。
 澤村も急いで屋上のある建物を上った。その間にネギたちを見失わないように注意しつつもかけあがる。呼吸が荒くなったが、休んでいる暇などない。
 建物と建物の距離はさほどないため、澤村は難なく建物から建物へと飛び越えることが出来た。
 距離が離されて行くのに焦りを感じつつ、とにかく走る。
  新体操で鍛えられたバンラス感をいかしつつ、杖の上に乗ってまき絵はネギを蹴りで攻めていた。2mあるかないかの長さの杖の上でネギは立ちあがり、かわし ていた。しかし、至近距離戦での実践経験のないネギが完璧にかわすことなどできない。装備していた魔法の道具がぽろぽろ落とされていく。

「あのままじゃ……」

 きっとネギは杖の上から落とされてしまう。裕奈のバスケットボールを頭に受けて、バランスを崩しがちなネギの姿に澤村は荒い息のまま呟く。
 だが、ネギはただの子供ではない。麻帆良学園の旗がネギたちの行く先にあった。幸い、まき絵はそれに対して背を向けているので気がついていない。ネギは、杖から飛び降りた。
 それを見た澤村は、重くなり始めてきた足を無理矢理前にだして、走る速度を更に上げた。あのままじゃうまく着地など出来ない。
 しかし、

「うまいっ」

 思わず澤村は拳を握り締めてしまう。
 右手でネギはしっかりと杖を掴んで杖にぶら下がり、杖の上に立っていたまき絵だけを旗へとぶつけることが出来た。あれほどの速さだ。当然まき絵は杖においていかれる。
 まき絵の重さで旗はあっけなく棒から落ちていく。旗と共に落下していくまき絵の下には、運悪く裕奈がいた。
 二人の頭がぶつかる寸前、澤村はその痛みを想像してしまい、思わず目を閉じた。

  ゴチン!

 嫌な音が響いた。
 澤村が目を開けると、案の定気を失っているまき絵と裕奈の姿。
 気を失ったまき絵と裕奈にネギが近づいて何か言っている気がしたが、澤村の耳には聞こえてこなかった。
 また飛び去って行くネギを見送りながらも、澤村は二人の身体をゆすった。

「佐々木さん! 明石さん!」

 完璧にノックダウンされたらしく、一向に目を覚ます気配がなかった。いったいなぜネギを襲ったのだろうか。
 言うまでもない。あの吸血鬼にきまっている。澤村はまた空を見上げた。
 依然として空に浮かんでいる二つの人影。屋上にいるのでその影の輪郭がよくわかった。
 その人影は、ネギを追いかけ始めている。
 まずい、と澤村は立ちあがった。早くネギの元へいかなければ。
 そう思った時、澤村は疑問が浮かんだ。

 ―――――――ネギの元へ行って、何をする?

 強大な魔力がある、といわれても使い方なんて知るわけがない。身体能力だって人並みだ。戦ったりなどできるはずがない。
 第一、ここで関わってしまえば、自分はもう戻れないんじゃないのか?
 混乱し始めた澤村の頭の中に、

「ちょっと、エロおこじょ! 本当にこっちであってるんでしょうね!?」

 オッドアイとツインテールが特徴的な女子の声が響いた。
 屋上から慌てて下を見下ろした。澤村が驚くほどの速さで走っている。明日菜だ。

「神楽坂さん!?」

 ぎょっと目を見開いた。なぜ彼女こんなところに?
 しかも彼女が向かっている方向は、ネギたちが去っていった場所だ。

「神楽坂さん!!」

 声を張り上げて危険だと明日菜に言おうとしたが、澤村の声は彼女の耳に届かず、そのまま走り去ってしまった。舌を打ち鳴らして、直ぐに澤村は彼女を追った。
 彼女を止めなければ。
 もう一度澤村はネギたちの走り去った場所と明日菜の向かう場所が同じ事を確認してから建物の階段をおりようとしたが、その前にネギが落とした道具をいくつか拾っていった。
 どう扱うかわからないものもあるが、ないよりかはましかもしれない。
 明日菜が走り去って行った道とは別の道を、澤村は走った。
 ネギたちが向かっている場所は、学園都市をでるための橋くらいしかもうなかった。場所がわかっているのならば、近道するだけである。
 走りすぎて足が痛い。
 澤村は、苦痛に顔を歪める。足に集中していなければ、足を動かすことすら困難になりそうなほどだ。
 ネギたちに追いつくために、足を無理に使いすぎた。足の悲鳴が聞こえてきそうなほどだ。

 ――――――足を前に! そしてもっと速く!

 そう強く、澤村は念じた。
 するとどうだろう。足が軽くなって今までに感じたことのない速さで景色が流れて行く。

「―――――な」

 本当に自分で走っているのだろうか。澤村は自分の足を見た。一歩が大きい。
 これなら追いつける、と澤村は前を見据えた。





「コラーーーッ! 待ちなさいーーーっ!!」

 杖を投げ捨てられ、地面に尻餅をついたネギの背中は、壁。
 迫り来るエヴァンジェリンの牙にもう駄目かと思ったネギの耳にはいってきたのは、姉としてしたっている女性と似ている、自分の生徒の声だった。

「カモ!」
「合点、姐さん!」


 明日菜はカモを茶々丸の目の前へと投げつけた。カモの手にはジッポとマグネシウム。
 カチン、とジッポを鳴らしながら蓋を開け、マグネシウムに火をつけた。

「オコジョフラーッシュ!!」

 茶々丸の視界が真っ白になった。いくらロボとはいえ、彼女も急な光には対処のしようがない。
 明日菜は茶々丸に謝罪しながらも横を通り、ネギと動揺に目をくらましているエヴァンジェリンに走り寄った。

「フン。たかが人間が。私に触れることすらできんぞ」

 嘲笑いながらエヴァンジェリンは魔法障壁を展開した。だが、魔法障壁は無視され、エヴァンジェリンの頬に、明日菜の強烈な飛び蹴りが炸裂した。
 これで2度目だ、いったいなぜ?
 そんな思いを抱きながらも、エヴァンジェリンは数十メートル先へと吹っ飛んで行った。
 一方茶々丸は、すぐに光に慣れ吹き飛んで行ったエヴァンジェリンに気をとらわれつつも、ネギに駆け寄ろうとしている明日菜を止めようと走り出そうとしていた。
 そんな彼女の背中に、何かが当たった。カシャン、と音をたててそれは割れ、液体をたらしている。
水などなんら意味がないので、特に身体に変化もない。
 茶々丸は振りかえった。誰もいない。自分のコンピュータをつかえば、誰がやったかなどすぐにわかった。だが、そんなことより自分のマスターが大事だ。彼女はそのまま、エヴァンジェリンの元へと走り寄った。
 ネギと明日菜は、その時点でもう彼女の視界から消えていた。





「き、気付かれなかったか……」

 どさりと腰を落として、澤村はほっと息をついた。
 茶々丸にネギが持っていた魔法薬の瓶を投げつけたのは彼である。明日菜の方へ向かおうとしていた茶々丸に、咄嗟にそれをぶつけたのだ。

「これからどうするよ」

 半笑いで自分に問う。答えが浮かばない。
 そんな澤村に光が飛び込んできた。横を向くと、自分と同じように建造物に隠れている明日菜とネギが、光の中心にいた。
 その様子をみて、明日菜はネギのこと知っているのだと澤村はようやく理解した。そうじゃなきゃ、追いかけるはずがない。

「……馬鹿みたいだな、俺」

 頭をくしゃりと軽くかいた。本当に馬鹿みたいだ。後戻りならまだできる。
 なのに、

 ――――――二人を手伝おうと思っている自分がいた。

 光に気がついたエヴァンジェリンの声を合図に彼女に姿を見せる二人。
 澤村は、建物に身を隠しながらそれを見た。
 彼のかまえる銃には、弾はない。使用者の魔力を消費して魔力の塊を放つのだ。幸い彼には魔力が十分ある。魔力の使い方のわからない
 澤村でもこれならなんとか使える。
 弾がないことに疑念はあったが、ネギが持っているものなのだから普通のものじゃない。そう思っていた澤村は、構造を理解していなくてもそれが自分にでも使える事だけはわかった。
 エヴァンジェリンとネギの会話は聞き取れてはいるが、神経を集中しているため澤村は聞こえてくる言葉を理解しようとはしてなかった。
 ただの音でしかない会話を聞きながらも、その様子を見ていた。
 髪が揺れる。風が吹いていた。

「契約執行90秒間!!」

 少なくても英語ではない、外国語でネギはいった。
 ネギの右手で何かが光るのを見て、澤村はその言葉が魔法を使うための言葉なのだと理解した。
 それは同時に、戦闘が開始されたことを意味する。

「ネギの従者『神楽坂 明日菜』!!!」

 前進する茶々丸の背後で、エヴァンジェリンは何かを唱えている。
 それはネギたちも同じで、茶々丸の攻撃を受け流している明日菜の背後でネギも何か唱えている。
 茶々丸と明日菜のデコピンの打ち合い。デコピンというのが緊張感にかけるかもしれないが、その威力をみれば澤村の緊張感をそぐことはなかった。
 額を抑えてしゃがみこむ明日菜。ネギはエヴァンジェリンの攻撃に集中していた。デコピンをする茶々丸を見て、明日菜を傷つけるようなことはしないと見たのだろう。それは澤村も同じだった。
 明日菜が茶々丸のデコピンにダメージを受けているのと同様、彼女また明日菜のデコピンにふらついていた。
 エヴァンジェリンを囲む様にでてきた数十の光の弾がネギにむかって放たれた。ネギも同様の技でそれに応戦する。
 エヴァンジェリンとネギの間に入り込むことなどできない。そう判断した澤村は、魔法銃を両手でしっかりと持ちながら、明日菜と茶々丸に走り寄った。戦闘なれしていない上に、茶々丸が相手ということで攻撃が甘い明日菜が押されていた。

「神楽坂さん! 離れて!!」
「え、さ、澤村君!?」

 驚いて振りかえるが、彼の構えている銃を目にして、明日菜は慌てて澤村と茶々丸との射程内から離れた。
 それと同時に澤村は引き金を引く。ドン、と音を立てて銃口から魔力の塊が放たれた。
 茶々丸はそれを難なくかわす。発砲の反動でびりびりとする腕を澤村は降ろしながらも茶々丸を見た。

「澤村さん……」

 茶々丸も少なからず澤村の登場に驚いていた。予想外の乱入者。

「澤村君、あなたなんで……」

 明日菜の言葉を遮る様に、大きな音が橋の上で響いた。

「うくっ……!」

 後退してきたネギに、

「ネギ!」
「マスター……」

 明日菜と茶々丸が反応した。
 澤村は、いつのまにか上昇していたエヴァンジェリンを見上げる。
 彼女は、よくついてきた、と笑っている。
 ネギも負けじと呪文を唱え始めた。エヴァンジェリンもそれに続く。それにネギは少しだけ戸惑いの表情を見せる。
 彼女が唱えているのは、自分と同種の魔法だったからだ。重なるお互いの呪文を唱える声。
 同時に技が放たれた。

「な、これが―――――」

 澤村が握っていた銃が、手からすべり落ちた。
 白い光と黒い光の太い柱がぶつかり合っている。耳鳴りがするほどの大きな音をたてていて澤村が落とした銃の音など聞こえてこない。
 目を奪われた。この光景を一瞬たりとも見逃したくないと本能が言っている。

「―――――これが、魔法使いの戦い」

 それはとても美しかった。心が震えるとは、このことなのだと澤村は思った。
 少しずつ、白い光が黒い光に押されている。白い光を放ったのは、ネギ。
 目を見開いてその光景をみている澤村の隣で、明日菜はネギが負けてしまうと思った。
 そしてついに、

  ドォン!!

 短い音だったが、地響きが起こるほどの大きな音だった。

「ネギー!!」

 明日菜の声が、響く。
 白い煙の中で荒い息をつきつつ、膝を突いてネギは上空を見た。
 そこには、

「やりおったな、小僧……」

 すっぽんぽん、という言葉が澤村の頭にダイブしてくる。あれだけすごかった技のぶつかり合いがこの結果だというのに、なんだか拍子抜けしてしまった。
 心なしか、澤村の目に写るエヴァンジェリンの顔は、ひくひくしていた。真っ裸にされたのだ、誰だって怒るだろうと場違いな考えがよぎる。
 ネギも予想外のことに、思わず謝っている。

「ぐっ……だが、ぼうや。まだ決着はついてないぞ」

 胸元を抑えながらも片手を横へバッと振るうエヴァンジェリン。まだ諦めていない。
 魔力を使い果たしたネギは、もう呪文をとなえることは難しい。
 呪文を唱え始めようと口を開いたエヴァンジェリンに、

「いけない、マスター! 戻って!!」

 茶々丸が大声で言った。
 それが合図だったかのように、橋の点灯がついた。街中が光を取り戻して行く。

「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!! マスター!!」
「ええい! いい加減な仕事をしおって!!」

 悪態をつくエヴァンジェリン。だが、彼女に雷が落ちたかのように光が走った。
 エヴァンジェリンの短い悲鳴。
 それを見た明日菜が、近くにいた茶々丸に問う。

「ど、どうしたの!?」
「停電の復旧で、マスターへの封印が復活したのです。魔力がなくなれば、マスターはただの子供。このままでは湖へ……」

 あと、マスターは泳げません。エヴァンジェリンの元へと飛んでいく茶々丸の言葉に、一番橋の手すりの近くにいた澤村は、橋から身を乗り出した。

「届け!」

 両手をぐっとのばす。
 助けなければと思ったのだ。確かに彼女を怖いと思っているが、ただの子供、ということがどうしても気になった。事情なんて深く知らない。吸血鬼なのかもしれないが、今はただの子供なのだろう。
 落下して行くエヴァンジェリンを止めなければ、泳げない彼女は死んでしまう。
 澤村の努力は虚しく終わる。エヴァンジェリンの髪がかするだけで、彼女の身体を受け止めることはできなかった。
 そんな澤村の横からネギが飛び降りる。

「ネギ先生!」
「ネギーーッ!」

 澤村と明日菜が同時に叫ぶ。

「杖よ!!」

 ネギの伸ばした手に、杖が飛び込んできた。それに跨り、エヴァンジェリンの腕をしっかりとつかむ。

「エヴァンジェリンさん!!」

 エヴァンジェリンを自分に引き寄せ、彼女の身体を抱え込んだ。
 それを見届けた明日菜はほっと息をつき、澤村は手すりへ上半身を預けへたりこんだ。





 ネギに抱きかかえられて橋へと戻ってきたエヴァンジェリンに澤村は、明日菜に蹴れたときに落ちた彼女のマントを渡そうと近寄ったのだが、

「な、なんでお前がいるんだ!?」

 避けられた。
 ネギとの戦闘で、まったく気がついていなかったのだ。
 それはネギも同じだったらしく、

「さ、澤村さん!? あう……どうしよう! 僕、おこじょにされちゃう!!」

 澤村を見て、慌てた様子で言うネギ。今までとのギャップが、二人ともすごい。澤村は苦笑した。
 これだけ関わっても、なんも問題もない。自分が魔法使いにならなければいいだけ話だったんだ。関わってしまえば、そんな怖いものでもなかった。むしろ面白い。
 あの技のぶつかり合いに、澤村は魅了されていた。あんなに美しいものなんて、そう滅多にない。
 どうせ学生である最後の1年間。ネギたちととことん関わって、思い出をつくるのもいいのかもしれない。思い出としては危険性が高いが、このまま働きつめる人生の中、不思議なことに関わって平凡ではない1年を過ごすのもいい。
 そう、思っていた。
 澤村は、歯を見せてニカリと笑う。
 そして、

「―――――知ってるよ。ネギ先生と、エヴァンジェリンのこと」

 と言った。
 受け入れれば、恐怖なんてどこかに吹き飛んでいた。
 ほう、とエヴァンジェリンが澤村を見た。そんなエヴァンジェリンに、澤村は苦笑してマントを彼女に羽織らせる。裸のままでは風邪をひいてしまう。
 澤村の行動にフンと鼻を鳴らすだけで、エヴァンジェリンは礼など言わなかった。苦笑してマントをは羽織らした澤村の表情が、自分を
 子供扱いしているようで気に食わなかった。
 それを察している澤村は、ただ苦笑するだけで、視線をエヴァンジェリンから明日菜と茶々丸へと向けた。

「神楽坂さんのことは知らなかったけどね。絡繰さんもロボだってことを知ってたけど、エヴァンジェリンと関わっているのは知らなかった」

 そのあとは、順を追って説明した。ネギの補佐としてきた日の夜に、女子寮の自分の部屋からネギとエヴァンジェリンの戦闘を見た事、
 それを学園長に聞いて説明を受けた事、茶々丸がロボだと確認させられた日の事、そして今日の事。
 自分に魔法使いの素質があることは、あえて言わなかった。魔法使いになるのは、どうしても嫌だと思ったから。恐怖などは特にないが、嫌だと思った。理由はわからない。
 それと、ネギたちにはもう一つ、伝えた。

「本当は、怖いから逃げようとしてたんだ、魔法から。でも今日の戦いを見て、もっと魔法を見たいと思った」

 魔法使いになるのは嫌だけど、魔法に関わりたい。
 それは矛盾しているのかもしれない。それでも澤村は、魔法と言う事柄に興味があった。
 4人の視線が集まる中、澤村は子供みたいな表情でこう言う。

「だから、ネギ先生の補佐として、女子中等部3−Aにいたいんだ」

 風が吹く。穏やかで、温かい風が澤村の髪を揺らしていた。

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