ネギ補佐生徒 第6話
「俺をネギ先生の補佐生徒として、女子中等部に残していただけませんか」 まっすぐ自分を見つめて言った澤村に、学園長は満足そうな顔を浮かべた。 臆病だった彼が、エヴァンジェリンやネギのいるあの女子中等部3−Aに残りたいと申し出たのだ。今までと顔付きも違っている。詳しい事はわからないが、常識しか見なかった鋭い目は、非常識も受け止められるほどの柔らかさがあった。 彼の両親のように、彼が魔法使いになってくれることを願う学園長にとって、澤村の申し出を断る理由などない。 「もちろんじゃ」 きっと彼は、あのクラスメイトたちと一緒にいることで、魔法使いへの道を見つけてくれる。就職して、自分に学費や生活費を返すことだけしか見ていない澤村は、自分の道を見つけてくれるに違いない。 そんな希望を抱いて、学園長は澤村の申し出を受け入れた。 しかし、輝いた表情を見せた澤村に学園長は、こう言う。 「―――――じゃあ、修学旅行も彼女達と一緒に京都に行ってもらおうかの」 「へ?」 澤村の表情が固まった。 もうすぐ修学旅行。男子中等部3−Aの修学旅行先は、ハワイである。外国になど行く機会のない澤村にとって、それはとても喜ばしいことで、柄にもなくはしゃいでいた。自分の母国はイギリスだが、そんなに覚えていない。 だから本当にハワイと決まったとき、嬉しかったのだ。それなのに、京都。 学園長もその事を重々承知していたが、澤村が魔法に興味を示したとなっては、ここは一気に魔法使いの道へと進ませたいところ。 「えっと……修学旅行だけ男子と――――」 「駄目じゃ♪」 弾んだ学園長の声が澤村の声を遮った。 「じょ、女子と泊まりは、さすがにまずいんじゃ……」 「大丈夫じゃ。問題など起こすようには思えんし、泊まる部屋だってネギ君と同じで、女子たちからは離す予定じゃ」 学園長の絶対とも言える信用が今となって仇となるとは。 澤村は、がっくりと肩を下ろす姿を学園長はふぉふぉ、と笑ってみせた。 ネギ補佐生徒 第6話 もうすぐ京都 「そんな落ち込むなよ、旦那」 澤村の横を歩く明日菜の肩にのっているカモが慰めの言葉をかける。 この澤村がフェレットと思った生き物はおこじょ妖精で、言葉をしゃべることができる。初めは随分と驚かされたものである。ただのフェレットと思ったら、軽い口調でオッスなんて言ってくるのだ。誰だって驚くに決まっている。 このカモというおこじょ妖精には、アルベール・カモミールという立派な名前があるが、皆、彼のことをカモと呼ぶ。澤村もそれは例外ではない。 「うるさい、エロガモ」 明日菜から、下着をよく盗んで寝床代わりにする話を聞かされていたので、エロオヤジとよく似たあだ名で澤村はカモを睨んだ。 はじめは、エロオコジョといっていたのだが、カモがしつこくカモっス、と主張するので断念した。 「何言ってるんですか! 京都が修学旅行先だなんて、ラッキーですよ!」 澤村と打って変わってネギは嬉しそうだった。 亡くなったと言われている彼の父親は、ネギの話によると本当は、生きているとかで。その手がかりは京都にあるはずだ、とエヴァンジェリンが言っていたらし い。澤村と合流する前にエヴァンジェリンと茶々丸とは別れてしまったらしいが、その後に澤村はネギ達から彼らの詳しい事情を聞かされた。 ネギが、魔法使いの修行としてこの学園に来た事、明日菜に魔法がばれた事……彼らは彼らなりの苦労があったのだと、澤村は理解すると同時に感心していた。子供なのにきちんとした目標があり、その道を切り開いて歩くどころか走り抜いている。 澤村の就職してお金を返すなんていうものは、目標なんかではなくただの逃げ道だ。生きて恩を返すだけ。貰ったものを返すだけで、目標や夢なんて掲げない。現実的、と言えば多少聞こえがいいかもしれないが、ただ諦めて楽な道を進んでるだけである。 恩返しというオブラートに包んで、飲み込みやすく―――――諦め易くしただけ。 ネギたちの事情を“そんなこと”で片付けてしまうほど軽いことではないのだが、そんなことより。 修学旅行先が京都だということは諦めたとして、澤村には一つ不安があったのだ。 「俺……鳴滝姉妹のイタズラで、下着ドロ騒ぎの時から周りから印象悪いし、泊まりはきついよ」 俺も悪いけどさ、と頭を抱えて立ち止まる澤村に明日菜はそんな騒ぎもあったなと思った。 下着を握って逃走した、と聞いたが、相手があの委員長じゃしょうがないだろうと明日菜は思っており、澤村が悪いとはさほど思っていなかった。 そういうことに無頓着なルームメイト、木乃香もそう思っている。まぁ、無頓着だからこそとも言えるのだが。 それに、亜子があの後一部屋一部屋弁解に来た。 彼女がそれほどのことをするのだから、澤村を信じようと思っている者はクラスの半数以上である。 まぁ、委員長や円といった一部からは悪印象だったらしいが、それも時の流れが解決してくれることであろう。 なんせ彼は、結局このまま1年間、ネギの補佐生徒として正式に女子中等部3−Aに残ることが決まったのだから。 「なんとかなるわよ。私もその時その時でちゃんと説明するし」 ありがとう、と弱々しく言う澤村に、明日菜は苦笑を浮かべた。 ネギと一緒に呼び出されたということで、あまりいい内容ではないことを重々澤村は承知していた。 「関西呪術協会?」 学園長からでた単語をそのまま澤村は復唱する。隣にいるネギもよくわからないといった表情だ。 「うむ……実は、関東魔法協会と関西呪術協会は仲が悪くてのう」 今年は、ネギという魔法使いの教師が行くということで、京都入りに難色を示したとか。 関西呪術、という言葉に、陰陽道とかそういうものなのだろうか。魔法があるのだから、そういうものがあってもおかしくはない。寧ろない方がおかしい。 「ワシとしては、もー喧嘩はやめて西と仲良くしたいんじゃ。そのための特使として西へ行ってもらいたい」 そう言いながら学園長は、机の引出しから封筒を取り出した。 「この親書を向こうの長に渡してくれるだけでいい。ただ道中向こうからの妨害があるやもしれん」 大変な仕事になる、と学園長は言った。 だが、ネギはそんなことでは臆さない。京都には憧れている父親の手掛かりがあるのだから。 澤村が思ったとおり、元気良く返事をするネギに続いて自分にも、 「いいかな? 澤村君にも負担は大きいやもしれんが……」 と、学園長は聞いてくる。実害があるのはネギだけで、きっと自分にはさほど関係がない、ただ補佐するだけである。 言葉の先を濁す学園長に穏やかな笑みを浮かべて、澤村は頷いた。 それに、さすがにこんなことには慣れてきた。 「そうそう、京都と言えば、孫のこのかのことなんじゃが、このかに魔法はバレとらんじゃろうな?」 たぶん、と曖昧な答えをネギがしたことに澤村は少しだけ疑問に思ったが、それよりも木乃香が魔法のことを知らないということが驚きだ。 てっきりもう知っているのかと思った。もしくは、彼女自身も魔法使いなのだと。 「アレは親の方針での、魔法のことはバレないように頼む」 「は、はい、わかりました」 きっと魔法のことを知ることで、木乃香に危険が及ぶことを恐れたんだろうと思いながらも澤村はネギに続いて返事をした。 楽しみにしていない分、その日というのはあっという間に来るものである。 「ふ、わぁああ……」 寝癖のついた頭をぼりぼりと掻きながら、ネギたちの部屋の前で大きな欠伸をする。 ネギの補佐生徒である澤村は、ネギと一緒に駅へと向かわなければならなかった。つまり、教師たちの集合時間とあわせて起床しなくてはいけない。 朝練がある時より遅く起きれるが、朝練の場合楽しみにしている事柄なのでなんら苦はない。だが、楽しみにしていない京都への旅行に、澤村の眠気が吹き飛ぶことはなかった。 ガチャ 音をたてて、目の前の扉が開く。 「あ、おはよー、澤村君」 間延びした声。 「おはよう、近衛さん」 パジャマの上からエプロンをつけた木乃香に少しトロンとした目で澤村は挨拶した。 ネギと対照的の澤村の表情は、木乃香の笑いのツボを押したのだろう。くすくすと笑っている。 そんな木乃香の後ろから、 「あ、澤村君」 「澤村さん」 「おはよう、神楽坂さん、ネギ先生」 きっとバイトの後の2度寝をしていたのだろう。制服に身を包んだ明日菜と準備万端といったネギに澤村は、苦笑しながらも挨拶する。 「澤村君も大変やなー」 にこにこと言ってきた木乃香にまぁね、と澤村は引き攣った顔をみせた。 さよなら、ハワイ。心の中で涙を流す。 「じゃあ、お先に行ってきまーす!!」 木乃香とそんな会話をしているうちにネギが元気良く歩き始めていた。 「ちょっと、ネギ先生っ。俺のこと忘れないで下さいよ!」 「おは……」 「おはようございまーす!!」 澤村の挨拶は、ネギの声に掻き消される。近くにいたものだから、まだ脳が覚醒していない澤村の頭にきんきん響いた。本当に楽しみにしていたのだろう。元気がよすぎる。 この京都で収穫があれば、憧れの父親に近づけるし、会えるかもしれない。きっとそんな想いが元気の源なのだろう。 改めて前にいる人物達を確認すると、他の教師達、亜子達や図書館探検部、古菲、楓がいた。 皆楽しみしていた修学旅行だったためか、テンションが高い。今だに眠気のとれない澤村には、少し辛かった。 ネギと楽しそうに会話している集まりから一歩下がってそれを見ていると、 「眠そうでござるな、澤村殿」 ――――――ござる? はて、聞き間違いだろうか。このご時世、ござるを語尾につける人……しかも女子中学生でいるのか。 ゆっくりと澤村は顔を向けた。視界には、ネクタイの結び目。 「ニンニン♪」 見上げてみれば、糸目の女子。でかい。非常にでかい。澤村にとって、ニンニン、という言葉になど気が回らないほどのでかさだった。 しばらく思考が停止する。 「……あんま寝れなくて」 引き攣った顔で澤村は楓にそう言った。 澤村が目標としている180cmを彼女は越していそうだった。ひどく羨ましい。 「寝癖もすごいアルよ」 ――――――アルよ? はて、また聞き間違いだろうか。このご時世、いくら中国人だとはいえ、こてこての間違った日本語を遣う人なんているのか。 だが幸いなことにこの声の主は、身長が高くないようだ。聞こえてくる声も自分の頭より下の方。何が幸いかと言うと、澤村の心情的に。 さっきよりか速い動作で澤村は顔を向けた。ほっとひと安心。彼女は標準だ。 というか、さっき木乃香が笑っていたのは、寝癖のせいかと澤村は髪を撫で付ける。 直ってないアルよ、と言ってくる古菲に澤村はその場で寝癖を直すことを諦め古菲に、 「そのうち直ると思う」 寝不足ながらも、穏やかな表情を古菲に向けた。 しばらくして、京都行きの生徒が揃った。他のクラスも何組かいる。なので、 「え、なんで男子がいるのー?」 「ほら、子供先生の補佐生徒で……」 男子ということで目立つ澤村は、そう言われてしまう。他の組がヒソヒソと言っている言葉が耳に入ってくる澤村は、居心地の悪さが込み上げてくるのを感じた。 「っていうかサッカー部の澤村君じゃない?」 「あ、ほんとだー」 「相変わらず、目が怖いよねー」 この目は生まれつきだ、と拗ねながらも声が聞こえてきた方に顔が見えないよう、ゆっくりと背けた。 幸い、ここA組なので隅っこである。顔を背ける方向に悩むことはない。 「どうかした?」 少しだけ澤村を見下ろす形なっているアキラがそう聞いてきた。何とも言えず、澤村は乾いた笑みを浮かべるしかない。 首を傾げて彼を見ていたが、理由はすぐにわかった。他のクラスの子たちが、澤村を見てヒソヒソと話している。それでわかったのだろう。アキラは澤村に視線を戻して言った。 「気にしなくていいと思うよ」 「……わかってはいるんだが」 下着ドロ騒動に関しては、3−Aしか知らない。だから非難的な目で見られることはないのだが、やはり目が鋭いことがどうしても女子からの受けがよろしくないと澤村は思っている。 「……それに亜子は、澤村君のこと、一部で人気があるって言ってたし」 それは澤村も耳にしたこがある。同じサッカー部やルームメイトに、自分のことを聞いてきた女子がいる、と。 だが、目つきが鋭いせいで、直接に澤村に寄ってくるということはなかった。近くに寄らない分、美化されている部分があるのだろうと澤村は思っている。 女子というものは不思議なもので、近寄りがたい雰囲気やミステリアスさを持つものに憧れを抱く。鋭い目で群青の瞳、少し彫りの深い顔立ちの澤村もそういう対象なのだ。 けれど毎日顔を洗うときに自分の顔を鏡で見ていて、しかも男である澤村にそんなことなど当然理解できない。 それに、そうやって澤村に憧れを抱く女子は多いと言えるほどの人数ではない。本当に一部。澤村より外見がよくて性格もいい男子など山ほどいるからだ。 「とりあえず、無事に修学旅行をすごせることだけを考えるとするよ」 ネギが新幹線へと乗り込むのを見て、肩を落としたまま澤村はそれを追いかける。 違う言葉の方がよかったのかな、とアキラは頬をかきながらそれを見送った。 わいわいと女子の声が絶えない車両。 カードゲームをしたり、お菓子を食べたり、おしゃべりをしたり……皆、修学旅行ということだけあって興奮気味だ。 そんな中で、新幹線に乗り込み、最近溜まっていた疲れからか眠りこけていた澤村に、 ぺちょ 何かが張り付いた。 「ん……?」 目を開けて見れば、視界は真っ暗。顔に感じる冷たい何かが、妙に気持ち悪い。澤村は顔に乗っていると思われものを手で掴んだ。むにょりとしている。 この感触は、小学校時代に遊んでいたときのものとよく似ている。持ち上げて見みれば、げこりと鳴く蛙の姿。 え、と声を漏らしながらも辺りを見回すと、きゃーきゃー騒ぎ始める女子に、蛙の団体。 「……まさかっ」 関西呪術協会という言葉がぱっと浮かんだ。新幹線内に蛙の団体なんておかしすぎる。こんなおかしなことができるのなんて、魔法関係しかない。 席から立ち上がって、ネギの姿を確認しようとした澤村の目の前にツバメのようなものが、封筒をもって飛んでいく姿が飛び込んできた。 すぐに理解する。あれはネギが持っていた親書だと。 ネギも走り出していたが、澤村の方が反応が速かった。エヴァンジェリンの時のような足の感覚はなかったが、あのツバメのようなものは、速いといえば速いが澤村でもなんとかついていける速さだ。 ネギが自分の名を呼ぶのを背に受けながらも澤村はそれを追いかけた。ネギとの距離は少しずつ短くなっている。 車内販売員とカートが途中でいたが、サッカーで鍛えたフットワークでそれをかわす。 後方でガシャーンという音がしたが、気に留めている余裕はなく、走り続ける。 ツバメはもう目の前にあった。 だが、あと一歩というところでツバメに手が届かない。というより、澤村の手をツバメがかわしてしまうのだ。 「くそっ」 悪態つく澤村の目の前に、人影が現れた。 そのまま走ろうとしたが、その人影が持っているものを見て、慌てて澤村は足を止めた。 鋭く甲高い音が短く響く。 それと同時にツバメの形をした真っ白な紙が二つに別れ、親書と共に床へと落ちる。 そして人影――――桜咲刹那は、持っているものを長い袋に入れた後、親書を拾う。 澤村はその様子をポカンと口をあけて見つめていた。 「待てーーーっ!」 そんな彼の背後から、ネギが入ってくる。刹那と澤村は、二人同時に振り返った。 「ネギ先生……」 刹那は呟く。それを見て澤村は、自分の存在は無視されているのかと少しだけ気落ちした。 澤村のそんな心境など無視で、刹那はネギに親書を渡す。 一言二言ネギと会話した後、 「気をつけた方がいいですね、先生。――――特に……“向こう”についてからはね」 向こう、とは、やはり京都のことだろうか。 澤村が考えこむ暇もなく、それでは、と刹那は去っていった。 慌てて澤村はそれを追う。ネギがついてくることはなかった。 「桜咲さん」 鋭い目が向けられたが、自分ほどではないので怖いという印象を抱くことはなかった。ただ、彼女からは気軽に話しを掛けづらいオーラがあったため、澤村の声は硬かった。 けれども、きょとりとした表情で刹那は澤村を確認すると、こう言う。 「あ、澤村さん。……すみません。驚きましたよね」 意外に表情豊かでほっとしてしまう。話し掛けた途端、最初に感じたオーラは消え去っていた。 しかし、そこで安心はしてはいられない。彼女は魔法界寄りの人間かもしれないのだ。ネギの様子を見た限りでは、彼が刹那の事を詳しく知っているようには思えない。 ならば自分は、一般人として彼女に近づいて情報収集をした方がいいのではないのだろうか。 さっきのだけでは、彼女が関西呪術協会側なのか関東魔法協会側なのか、わからない。 「変な鳥みたいなのがネギ先生が持っている封筒とって行ったから慌てて追いかけたんだ」 鋭い音がしたとき、澤村は確かに見た。 持っていたもの――――長い刀を抜いて、ツバメの形をした紙を切る刹那の姿。 多少自信がある澤村の動体視力は、それを捕らえたのだ。 だがあえて見えてなかったことで話を通す。 「そしたら、刀を持った桜咲さんの前を通りすぎたかと思ったら鳥がいなくなって、変な紙と封筒がひらひら飛んでるし」 何かのマジック? と澤村は首を傾げて言って見せる。少し説明っぽくなってしまった発言に対する、彼なりのカモフラージュのつもりだ。 刹那は、いや……と言葉を濁していた。澤村の思惑通り、彼女は澤村を一般人として見ているわけではない。 学園長と繋がりのある刹那が、澤村のことを知らないなんてことはない。学園長なりの考えがあって、澤村をネギの補佐としていさせている、ということくらいは刹那も知っていた。ただの一般人だとは思っていない。 澤村のこの言葉を聞いて、刹那は少なくとも魔法関連と深く関わっている人物ではないと認識したので彼の作戦は、この時点で半分成功している。 「桜咲さん、模擬刀とか好きなの?」 「え?」 目をぱっちりとあけて澤村を見る刹那。 何も知らない何も知らない何も知らない……心の中で自分に言い聞かせながらも、澤村は刹那が肩に担いでいる、彼女の身長ほどありそうな長い袋を指差す。 別に模擬刀だなんて思っていない。先ほど見た通り、この刀は本物である。大体、模擬刀を修学旅行に持ち込む必要など皆無だ。 自分の愛刀を指差す澤村に、刹那はようやくその質問の真意を理解したのか、彼女はそれを隠せるはずもないのに背に隠そうとしながらも答えた。 「はい。模擬刀といっても、本物に退けをとらないほどの美しさがあるんですよ。実家が京都なので、友人にも見せようかと思って持ってきたんです」 うまくかわされた、と澤村は思った。さっきの居合切りや、魔法のことなど知らなかったら少しおかしな子だなと思うだけで、納得してしまう。逆にここで下手 に追求すれば疑われてしまうだろう。あれが見えないのが当然と彼女は思っている。ならば見えてしまった自分は、異常なのかもしれない。 もっと動揺するかと思えば、それは本当に質問の意味がわからなかった程度の反応で、すぐにきちんとした言葉を返されてしまった。一筋縄ではいかない。 小柄で華奢とも言える体つきな彼女が魔法とかと関わっているということは、正直ショックでもあったが彼女は随分とこういうことに慣れている様だった。 ネギといいエヴァンジェリンといい、人は見かけによらないらしい。 京都の話を刹那に聞きながらも、澤村はこれから自分の身に何が起こるのか不安に思った。 もしかしたら、エヴァンジェリンの時のように巻き込まれたり、知らないうちに首を突っ込んでしまうかもしれない、と。 京都行の新幹線は、澤村の不安とは全く関係なくその速さを保ったまま、爽快に走っていた。 |