ネギ補佐生徒 第14話
「じゃなかったです。……そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございます〜」 今更訂正してもきっと遅いと思うのは澤村だけだろうか。 そんな事を思っていても、おかまいなしに事は進んで行く。 「そこの剣士はん。今日こそ借金のカタにお姫さまを貰い受けにきましたえ〜」 劇にみせかけて、木乃香を連れ去るつもりなんだ。 そう思った。 まずい。非常にまずい。 なんだかイチャイチャしているように見える刹那達に緊張感を削がれるが、とにかくどうにかしなければならない。 特に、 「むむ、やはり二人はそーゆう関係……?」 このシネマ村で服装チェンジしてはしゃぐ、じゃじゃ馬娘たち……もとい、この線路なしで爽快に走り抜けている暴走列車を。 ネギ補佐生徒 第14話 3−A暴走列車は止まらない 決闘を申し込んで行きと同じように颯爽と去っていく月詠の乗った馬車見送りながらも、やるしかないとと刹那は思った。 下手に逃げても相手の動きがわからないだけだ。それなら決闘を挑んで隙を見て逃げるほうが出方がわかりやすい。 そう思案していると、大勢の足音がこちらに向かってくるのがわかった。 振り返れば、 「ちょっと桜咲さん、どーゆーことよー!」 ハルナの興味津々といった表情と声。 彼女を筆頭に、夕映と3班メンバーが勢揃いしていた。 「さ、澤村さん、これはいったいどういうことですか!?」 群れの後ろの方で、申し訳なさそうにいる澤村に向かって叫ぶように言った。 頭に手を添えて、澤村は、乾いた笑みを浮かべるのみ。 ……どうやら、ハルナと夕映に押しきられたようだった。 軽く溜息を漏らす。 だが、間髪いれずにクラスメートたちは刹那へと詰め寄ってくる。 何かとんでもない勘違いをされているらしい。 木乃香と付き合っているとか、さっきの敵は昔の女だとか…… 「ちょちょ、ちょっと待ってください! 皆さん何の話をしてるんですか!?」 本当にわけがわからない。刹那は場を鎮めるのも含めて大きな声でそう言った。 しかしそこ女子中等部3−A。 勘違いは止まらない。いつだって線路のない暴走列車である。 「いやいや、うん。お姉さんは応援するよぉ!」 「私達、味方だからね、桜咲さん!!」 暴走列車の終着駅はどこにあるのだろうか。 止まる素振りもみせず、速度は増すばかり。 「二人の恋を私達が全力で応援するよー!!」 誰が言った言葉なのかわからないが、おー! という声がまとまって聞こえるかぎり、彼女達は一致団結したらしく、間違った場所を終着駅としてしまったようだ。 「俺だって……俺だって頑張ったんだよ、桜咲さん」 沈んだ声でそう言う澤村に、刹那ははい、と短く返事を返した。 ―――――なんだろう、この異様な光景は。 シネマ村での名物でもある服の貸し出しをこれでもかと言わんばかりに利用している女子の集まりから一歩退いたところで一人だけ私服で歩く澤村は、冷や汗を頬に垂らしながら思った。 だが、そんなこともすぐに振り払われる。 決闘場所である、正門横「日本橋」についたからだ。 「ほな、始めましょうかー。センパイ……」 可愛い声と笑顔とは裏腹に、月詠から漂うオーラは、エヴァンジェリンのそれと似ていた。 自分にできることは何かあるだろうか。 拳を握り締めて、月詠を見る。 彼女の手に握られているは二つの刀。素早く動いて細かい攻撃をしかけてくるタイプなのだろう。 変わって刹那は長い刀、野太刀を扱う。もしかしたら、不利なのでは……。 不安な気持ちを抱きつつも、澤村は刹那と木乃香を見る。 勘違いしている一般人が刹那の決意に拍手を贈っているがそんなことを気にしている余裕なんてなかった。 「長谷川さんとレイニーデイさんはそこにいて。たぶんあんまいいことないから」 人だかりから抜け出して、刹那の方へと歩を進める。 「お、おい、お前……っ」 何するつもりだ。 千雨の言葉には、あえて答えない。 下手に答えてボロをだしたら嫌だから。 とにかく千雨に普通でいてもらいたい。こんな異常な世界へとは離れていて欲しい。 もちろん、それは自分の命綱だから。 「ひゃっきやこぉー!!」 可愛い掛け声と共に現れるのは、これまた可愛い妖怪たち。 まぁ、それはいい。それはいいのだが…… 「いやあ〜〜! 何このスケベ妖怪〜〜!」 何故女子たちの衣服をめくるのだろうか。 最近、女子の裸というかこういう状況に慣れつつあるのが悲しいところだ。 目を逸らさなくても気にしなければいいかな、なんて思えるのは成長なのかそれとも自分の持つ感覚が鈍って悪くなっているのか考えに苦しむ。 そんな中、刹那に襲い掛かる月詠の姿が視界に入った。 「澤村さん!」 刹那の言葉と共に、木乃香が澤村の胸へと飛び込んでくる。慌てて木乃香の肩を掴んで澤村は受け止める。 刹那が木乃香の身体を澤村へと突き飛ばしたのだ。 澤村の耳に鳥肌が立つような鉄のかみ合う音が入ってくる。 刹那と月詠が本格的に戦闘を始めていた。 刃と刃がぶつかり合う。その音は時代劇で見るようなキレイな音ではなかった。 だがその分、迫力は時代劇なんかよりも大きい。 「せっちゃん!」 「……すげ」 木乃香の叫びにかき消されながらも澤村は小さく感嘆の声を上げる。 時代劇なんてただのおままごとかのように思えるほどの剣戟。 もう少し見たいという気持ちがあったのだが、 「このかお嬢様を安全な場所へ! お願いします!」 と言われたら行くしかない。 かっこいい、と男としては憧れる刹那の剣士としての立ち振る舞いに感激しながらも澤村は木乃香の手をとり、彼女を引き連れて走り出した。 可愛らしい妖怪たちを相手にしている3班たちの間を潜り抜け、人込みへとまぎれ込む。 その時に、眼鏡をはずして呆れた表情でその光景を見ていた千雨が一瞬だが視界にはいった。 澤村が、やっぱり眼鏡をとっているほうが可愛いな、と思ったのはただ余談である。 ―――――さて、どこに逃げる? 高い建物はまず除外だ。上に上ったとき、逃げ道がなくなってしまう。 飲食店は、逃げ回ることが難しい。お土産屋も同様の理由で駄目だ。 「近衛さん! シネマ村ってお土産やと飲食店以外で何かあったっけ!?」 走りながら振りかえってそう問う。 彼女は京都出身、詳しいかもしれない。 だが、澤村の問いには、彼が予想していない返答が返ってきた。 「さ、澤村君! 前!」 慌てた様子で声を出した木乃香の言葉に、澤村は前を見る。 そこには―――― 「逃げられないよ」 白い髪の少年がいた。 敵だった。 すぐにわかった。さっきまでこの少年は、澤村の視界には入っていなかったから。 急に現れるにしても、ここはただの広い道。近くにある建造物から飛び出したにしても、澤村が木乃香に振り返った時間内に現れたとしても…… 「エヴァンジェリンよりも質の悪いオーラだしやがって……」 ぼそり、と誰にも聞こえないほどの呟きを漏らす。 こんな無機質なオーラ、あのロボからだって感じなかった。 恐怖よりも気味悪さを感じる。 それに、逃げられないなんて言葉、敵じゃなければ誰が言うというのだ。 引き下がろうと後ろを向くが、そこには大きな熊の姿。ぬいぐるみのような可愛らしさがあるが、以前にみた、猿のやつとどことなく作りが似ている。 ということは、これも敵だ。 「くっ……」 「澤村君……」 万事休す。 木乃香の怯えるような声が焦りを際立たせた。木乃香の手を握っている自分の手に力が篭る。 退路はほぼ絶たれた。残すは建物のみ。 どうにかこのまま捕まるより、時間を稼いで刹那の救援を待つしかない。 「近衛さん、こっち!」 城へと入る。 白い少年なら、きっとすぐに捕まえられるはずなのに、追って来る様子もなかった。 けれども、ここで外にでようとすれば、敵が待ち伏せしているだろう。 城の中へといれたということは、きっと上へと追い詰めるためだ。 城の中間まで登ると、木乃香の息を整わせる。 澤村はまだ少しだけ余裕があったが、彼女はそこまでなさそうだった。 増してや舞妓の衣装をきている彼女の足には、舞妓ようの草履。底が厚くて、負担も大きい。 息を荒くする木乃香に、澤村はできるだけ冷静な声で彼女に言う。 「いい、近衛さん。これから俺たちは、たぶん城の上へと追い詰められると思う」 こくりと木乃香は頷く。 やはり強いな、と感心してしまう。 「俺も怖いけど、近衛さんも怖いっていうのもわかっているから、頑張ろう」 彼女は、強大な魔力を持っている。 自分も、強大な魔力を持っている。 二人は同じ。 違うのは、狙われているか狙われていないかの差と、力のことを知らないか知っているかの差。 たったそれだけ。 一歩間違えれば自分も狙われるし、彼女も自分の力のことを知る。 少し、怖い。 もし、彼女が力のことを知って、魔法使いになることを決めたとしたら。 自分が握っている彼女の手を見つめる。 この小さな手の少女は、ネギたちと同じ世界で生き、危険な目にあうのだろうか。 「――――澤村君?」 声をかけられる。 顔をあげれば、木乃香の不安そうな顔があった。 木乃香の口が動く。 「ごめんな、ウチのせいで」 悲しげに揺れる瞳が澤村の心をちくちくと刺してきた。 「いや、近衛さんは悪くないよ。悪いのは―――」 ―――――俺の方だ。 心の中で呟く。 タンタンタン、と何かが上がってくる足音に、澤村はばっと振りかえる。 きっと敵だ。 「上に上がるよ、近衛さん。行ける?」 できるだけ優しく問いかける。彼女の不安な気持ちを紛らわせるためにも。 謝罪の意もこめて。 「うんっ!」 にっこりと微笑みかける木乃香から目をそらすように、澤村は上に続く階段へと顔を向けた。 足音が聞こえては一階上がって休むということを数回繰り返す内に、あっという間に最上階へとついてしまった。 「ようこそ、このかお嬢様」 胸元の開いた着物を着こなす、眼鏡の元・猿女がいた。 「おやおや……この前のしつこい人やないの」 嘲笑う眼鏡の女性、天ヶ崎千草に澤村は鋭い目を向ける。 その横にいるのは、先ほどの白い髪の少年。 木乃香の手に握っていた手を離し、木乃香を自分の身で隠すように澤村は前へと出た。 「あんたみたいな力のない中学生なんて、ただの役立たずや。さっさとこのかお嬢様おいて帰った方が身のためやで」 役立たずなんて、前から重々承知している。 余計なお世話というやつだ。 「澤村君」 「大丈夫。なんとかするから」 虚勢だった。 ただ、後ろで怯える女の子を励ましたかっただけだった。 そんな自分が酷く情けなく、惨めに思えるが今は感傷に浸っている場合ではない。 考えろ。 自分が今、何をできるか考えろ。 「屋根の上、行くよ」 ぼそり、と木乃香に澤村は呟いた。小さく彼女は頷く。 意地でも彼女は守らなければ。 せっかく刹那が自分を信用して任せてくれたのだ。それくらいの役割は果たさねばならない。 「新入り、行くんや」 白い髪の少年がぐん、と澤村たちの距離を縮めてきた。 「近衛さん、走って!」 木乃香を先に走らせ、澤村は少年を睨んだ。 一撃。 一撃だけも少年に当てて時間を稼げればいい。 右手の握った拳が熱い。構えた拳を目の前に来た少年に突き出そうとしたが、 「―――――へぇ、君にも結構な魔力があるんだね」 白い髪の少年が放ったその言葉に、思わず澤村は拳を止めた。 少年もその場に留まり、こちらを見て言葉を放つだけ。 「それもそこにいるお姫様ほどではないけど、かなり強大な魔力だ。なんで魔法を使わないんだい?」 「なんやて?」 千草の眉がぴくりとあがった。 まずい。 木乃香が自分の力に気付いてしまう。いや、それよりも自分の力のことを相手に知られてしまった。 後者の方はどうにもならない。自分の身の危険はあえて覚悟するしかない。それよりも木乃香だ。 彼女はまだ話が飲み込めていない。ならば、このまま彼女が気づく前に、この場を早々に立ち去ろう。 「近衛さん、ごめんね」 謝罪を一言述べて、木乃香の前に回り込むと、そのまま身をかがめて彼女の腰を肩へと乗せた。 軽々と持ちあがる木乃香の身体。 その軽さに感謝しつつも、澤村は走り出した。 タコヤキくん人形が揺れて腰に当たるのが気になるが、それよりも視界に入ってきた重たそうな舞妓の草履の方が優先だ。 「靴、脱いで」 そう言うと、動揺しているものの木乃香は素直に靴を脱ぐ。彼女の素直さに、感謝した。 ごとん、と重たそうな音がしたが、気にせず走る。屋根の上へと木乃香を乗せ、自分の身体も屋根の上へと上げた。 ―――――屋根の上にいたのは、地獄の門番。 角が2本と翼の生えている自分の2倍以上もありそうな巨体だった。 角の片方が折れており、荒々しいたてがみが澤村の恐怖感を煽っている。 鬼、なのだろう。 顔に札を貼り付けている鬼は、その巨体に似合った弓でこちらをしっかりと狙っている。 もう完璧に逃げ場がなくなっていた。 しかも風が強いせいでうまく動き回れない。 事態がどんどん悪化していく。 「きーとるか、お嬢様の護衛、桜咲刹那! この鬼の矢が二人をピタリと狙っとるのが見えるやろ!」 爽快に響く、千草の声。 それを聞きながら、澤村は心の中で刹那に謝った。 今日で何度目の謝罪なのだろう。本当に情けなくなる。 それを余所に沸き立つ観光者たちの声が無性に苦しく感じた。 期待なんかしないでほしい、と。 「お嬢様の身を案じるなら手は出さんとき!!」 そんなことを言われたら、刹那だって手を出せない。 「一歩でも動いたら射たせてもらいますえ。さぁ、おとなしくお嬢様を渡してもらおか」 完璧に読み間違えた。もう、打つ手はない。 前を見据えたまま澤村は、 「ごめん、近衛さん」 と小さく言った。 結局また役立たず。ネギの補佐なんてできるような器の人間じゃなかったのだ。 そんな澤村の後ろから、木乃香が言う。 「大丈夫や」 ――――――穏やかで、温かい声だった。 澤村はすっと振り返り、彼女を見た。間近で見る木乃香の顔は、舞妓の化粧をしているのもあってか、とても綺麗だ。 「せっちゃんが何があっても守る言うたんや。必ず、せっちゃんが助けてくれるて」 その言葉は、やはり刹那を信頼しているからなのだろうか。 それが絶対と言いきれるほどの、綺麗な微笑みに澤村は目を見開いた。 本当に、綺麗な微笑み。 彼女の言葉を信じたい。そう思わせる微笑。 けれど、このままでは木乃香が連れ去れるのも時間の問題――――― ――――ビュゥウ! 突風が吹いた。 綺麗な微笑みを写し出していた木乃香が表情を変える。 揺れる体。 慌てて澤村はそれを支える。 その反動で、澤村は一歩。一歩だけ足を動かした。 それが引き金だった。 ビン、という音。 「あー! なんで射つんやーーーーッ!!」 千草の言葉で、何が起こったかなんて確認するまでもなかった。 鬼が構えていた矢が、放たれた音しかない。 「お嬢様に死なれたら困るやろーっ!!」 太い矢が、一直線に澤村達に向かってきていた。 矢のスピードは、巨体が放ったがために相当のもの。 伏せるという動作など、できる余裕もなく、 「――――桜咲さん!?」 反射的に一歩前へでて庇おうとした澤村の更に一歩前で、刹那が鬼の放った矢をその身で受けていた。 だが、それだけでは終わらない。 矢を受けた反動で、刹那の身体は後退して行く。 がしゃりと瓦を鳴らしながらも澤村はそれを止めようと手を伸ばした。 刹那の後ろは、何もない。 これ以上下がれば、落ちるだけなのだ。 虚しく瓦を踏む音を鳴らして、刹那の身体が落ちる。 澤村もそのまま下へと飛び込む様に身体を屋根から投げ出した。 躊躇なんてない。 この惨劇まで導いたのは他の誰でもない、自分だから。 ぶわりと襲う、流れる空気。 それを感じながら刹那の小さな体を自分の体で覆い隠すと、 「せっちゃーん!! 澤村くーん!!」 叫ぶような声。 気が付けば、澤村と同じように落ちていく刹那の身体を木乃香が抱き締めていた。 無論、自分達だって落下している。 このままでは、3人共おだ仏ということになってもおかしくない。 と思うのだが、そうは思わなかった。 人間は意外に丈夫だとか、理論的なことではなく感情的なことというべきか。 ようはただの勘なのだが、今までの澤村の経験上、これがあたると確信していた。 刹那を片手で抱き締めてたまま、澤村はもう片方の手を刹那の身体の先にいる木乃香へと伸ばす。 ぐわん、と下に向いてた頭を持ち上げて自分の身体が一番下に行くように態勢をかえようとしたその時、まるで世界の始まりを暗示するような真っ白な光がカッと澤村の視界に広がった。 眩しいとは思わないのが不思議でしょうがないほどの白さ。 少しずつ、白さが薄れる。 目の前にいる人物の輪郭が理解できるころになって、ようやく眩しいということを目が自覚しはじめたらしく、澤村は目を細めた。 「こ、これは……」 宙に浮く自分の身体に、刺さった矢と共に消えた刹那の傷、そして、 「せっちゃん……澤村君……よかった」 目尻に涙をためている木乃香が放つ神々しい光。 異空間にでも連れられたような、そんな感覚が襲う。 天使、とは彼女のことなのではないのだろうか。 刹那を抱きかかえて地に降り立つ木乃香をみて、澤村はそう思う。 「これが、近衛さんの力……」 自分も同じように地に降り立ち、呟く。 その呟きは、観光客の拍手に掻き消される。 ―――――自分は、どんな力を持っているのだろうか。 |