ネギ補佐生徒 第35話
とりあえず昨夜の出来事は、心の隅っこに追いやっておこうと思う。 本人に改めてそれを問うのも気が退けるし、何より女の子をパソコンで見ているなんて風に思われるのは結構恥ずかしいわけで。プリントアウトした紙もすでにゴミ箱に捨ててしまった。……さすがに、破くことは阻まれたけれど。 なにより、彼女も隠したいと思っているやもしれない。 なので、置いておこう。 それよりも今は、もっと重大なことがあるのだ。 「……せめてさ、時間を変えてくれるとありがたいんだけど」 目の前には、やはり銃を自分に向ける龍宮真名の姿。 いい加減慣れてしまったのが悲しいところだ。 そんな真名の隣には、申し訳なさそうにしている桜咲刹那。なんだかこちらまで申し訳なくなってしまう。 「時は金なりって言葉があるだろ」 金属音が鳴る。 もうだめだ。きっと真名からは逃げられない。諦めるしか無いようだ。 毎朝3時起床というのも、さすがに疲れてきたのだが、しょうがない。 「わかった。わかったから、その銃をこっちに向けないでくれ」 慣れたとはいえ、いい気分ではない。澤村がそう言うと、真名は素直に銃を下ろしてくれた。溜息を漏らす。 因みに澤村の服装は黒の半袖Tシャツの上から紺色がベースでチェックのYシャツを上から羽織っており、黒っぽいジーンズ。あまりに皆が地味だ地味だというが、これ以上のお洒落はできない。なんせスペックが足りないのだ。 「すみません……」 刹那の謝罪に思わず苦笑。他に返しようがなかった。 これもある意味慣れてしまったことだ。 真名のハードな鍛錬にすみませんと毎度毎度言ってくるのだ。澤村も毎度毎度、苦笑を返すしかない。 鍛錬に関しては、真名に感謝をしている。多少の危険性があれど、ネギ達のようにずば抜けた才能がない澤村にとって、最短の道なのだから。 まぁ、とりあえず言うべきことは言っておこう。 「――――おはよう、二人とも」 こうやって美少女二人のお出迎えを受けるのも、悪くはないと思う自分がいた。 ……本人達には、恥ずかしいので死んでも言うことはないだろうけど。 ネギ補佐生徒 第35話 バカンス勧誘 「美少女盛りだくさんだし、おいでよ」 そう澤村に言ってきたのは、本を探すのを手伝ってくれた早乙女ハルナだった。彼女の隣には、朝倉和美もいる。非常に嫌な組み合わせである。そのコンビが 今、自分の部屋……とはいっても玄関だが、そこに並んで立っているのだ。一応、部屋に招き入れようとしたが、すぐに済むということで、ここで話しこんでい るのだ。 なんでも、雪広あやかがリゾート島を1日貸切したとかで、ネギを招待したらしい。けれどそこは3−A。澤村の目の前にいる二人にばれて、結局3−A揃っていくことになったとかで。 因みにリゾート島は、あやかの家……雪広グループのものらしい。お金持ちというのはすごい。澤村とは次元が違っていた。 「リゾート島……海かぁ」 この誘いを受けるのは、今日で二度目。 明日菜や刹那達も誘われたらしく、ネギと共にいくことになったとか。なんでも、明日菜とネギを仲直りさせるために、木乃香が明日菜を言いくるめたらしい。 朝の鍛錬の後、木乃香から一緒にいかないかと誘われたのだが……女子ばかりだし、その間は鍛錬も軽いものしかしないというので、それなら残って自主トレで もしようかと、未だ返答に迷っているところである。 部屋でどうしようかと思いつつも魔法の本を読んでいたら、二人が来たのだ。 明日菜達ならまだわかる。それなりに交流があるのだし、友達として誘ってるとわかる。けれど…… 「なんで俺を誘うの?」 素直な気持ちが口を割る。 女子ばかりなのに、男の自分が来たらただのお邪魔虫ではないか。それにあやかとそんなに仲良くない。それは和美がよく知っているはずだ。それなのに、何故? もしや新手の嫌がらせだろうか。 しかし答えは澤村の予想とは全く別だった。 「一応、3−A全員誘ってるんだ。んで、折角だしサワムンも誘おうってことになってね」 ―――――とりあえず、サワムンは止めて欲しい。 そう思ったがここでそれを口にすると話が脱線してややこしくなりそうなので、そこはあえて黙っておく。 「それに、まだ話したことない子とかいるでしょ? 交流会も含めて、いいと思ったんだけどな」 愛想のいい笑みを浮かべて言った和美の言葉はもっともなことだった。とはいってもさほど困ったことはないし、皆話しかければ快く返事してくれているから問題はない気がするのだが―――――この二人から察するに、澤村に気を遣っているようだった。 ここで断るのも悪い気がする。 んー、と唸っているとハルナが、 「―――――もしかして、泳げないとか?」 にやりと口を歪めてそう言ってきた。和美も何故かにやり。 水泳は、得意でもなければ不得意でもない。かなづちでも何でもない。 そう答えると、ハルナと和美は揃って笑顔を浮かべた。 「なら問題ないじゃん」 「そうそう、いいんちょも別にサワムンのことを毛嫌いしてはいないからさ」 ―――――いや、本当サワムンは止めていただきたい。 まぁ、それは今後和美に言っておくとしよう、うん。だが今は置いておこう。 わざわざ誘ってくれたのだから、断るのも悪い……それに、たまには息抜きもいいかもしれない。リゾート島をハワイだと思ってすごしてやろうじゃないか。修学旅行の無念、ここで晴らしてやる。水着の準備も無駄にならずに済む。 「じゃあ、行こうかな。明日の集合時間、教えてよ」 そんな澤村の返答に、そうこなくっちゃ! と言って、時間を教えてくれる二人に苦笑しながら、携帯にメモ取る。 そして何故かついでにとメアドを交換してハルナ達は去っていった。 因みに去り際、 「あ、水着持ってないなら、一緒に見に行ってあげよーか?」 「お、いーね。行く?」 と、ハルナと和美にからかわれた。 もちろん、全力で断った。 ……こういう時、亜子や千雨の存在がなんだかすごく救いに感じてしょうがない。 「澤村君、ちゃんと明日来てくれるってさ」 大河内アキラと明石裕奈の部屋に来たハルナが意気揚揚とした様子で言った。 裕奈はガッツポーズ、アキラは微笑を浮かべた。 「はじめはちょっと渋ってたけどね」 和美が歯を見せて笑いつつも言う。 和美とハルナを澤村の元へと向かわせたのは、アキラだった。 最近、元気のない亜子と距離をとろうとする澤村が目立っていたのだ。 亜子の元気のなさは、どう見ても澤村しかない。亜子達ばかりか、自分達にも距離を取る彼に、アキラも裕奈も疑問に思ってしょうがなかった。 だから二人に頼んで、彼に話を聞けるチャンスを作ってもらったのだ。 アキラが二人に礼を述べると、彼女達は片手をひらひらさせて、いいっていいって、と笑って見せてくれた。 「私も澤村君にはちょっと気になるところがあるのよねー」 ハルナが言葉を零す。 裕奈とアキラは、不思議そうにハルナを見た。これには和美も疑問に思ったらしく、彼女へと視線を向けている。 「気になるところと言うと?」 代表して和美が問う。 ハルナは顎に手を添え、にやりとして見せると、 「なーんか、匂ってくるのよねー……ラブ臭が」 おかしな単語を口から出してきた。 ――――――『戦いの音』 同系の魔法、戦いの歌よりも完成度が低い。 パワー、スピード、筋持久力が向上するかわり、対物魔法障壁が弱い。 これは、筋や腱の伸張力の向上が低いためからくる。長時間使用は、術者自らの肉体の破壊の可能性があるため不可能。連続使用も危険である。 しかし自身への魔力供給の魔法の中では簡単な術式であり、始動キーの省略可。 「これ、か……」 本の文章を読み終わったと同時に、思わず呟く。 自分にとっての初心者用呪文。 放出型ではなく、魔力供給型の魔法だ。 「……えーと」 杖を持った手を自分の額へと当てがたう。 始動キーはいらない、というが初心者の澤村にはまだその技能はない。とりあえず初心者用の始動キーで代用する。 「プラクテ・ピギ・ナル……戦いの音!」 熱くなる体。 しかしそれは一瞬のことだった。ガス欠のようにプスンとした音を立てて体は熱さを無くす。 本当に一瞬のことだったが、確かに手応えがあった。 「いける……っ! これならいける!!」 興奮気味な声が口を割った。空回りのような感覚はなく、確実に自分の体に影響を与えている。これが嬉しくないはずがない。 とりあえずこれを完璧にマスターしなくては。 再び呪文を唱えようと息を吸いこむと――――――来訪者を知らせるチャイムが鳴った。 「はーい!」 吸いこんだ息は呪文を唱えずに来訪者への返事として使われた。 杖を机において本を閉じると、澤村は急いで玄関へと駆け寄る。扉を開けば――――― 「ごめん」 ひどく沈んだ声。 そんならしくない声で目の前の少女は、謝罪の言葉を零した。 「――――神楽坂さん?」 澤村は、少し上ずった声でその少女の名を呼ぶことしか出来なかった。 「あ、更新してる」 ノートパソコンを見ていたネギは、そう呟く。 彼が見ているのは自分の生徒である長谷川千雨が運営しているHPだ。 「相変わらず毒のある文章かきやがるぜ」 肩に乗ってネギと同じようにパソコンを見ていたカモがそう言った。 そんなカモに微笑みかけながらも文章を目で追っていく。 千雨――――ちうの文章は実に内容の濃いものだった。本当に中学生とは思えないほどである。 写真の彼女も綺麗だ。見ていて楽しい。 「ネギくーん、明日の買い物行くえー」 木乃香の声がする。 あやかにリゾート島へ招待されたので、そのための準備である。とはいっても、修学旅行の時のあまりやあやかが手配したホテルなので、物に困るということはあまりないのだが。 ネギは、木乃香に返事をしつつもパソコンを閉じ、急いでロフトから下りた。 にこにこと微笑む木乃香は、昨日からいつも以上に機嫌が良く見える。 昨夜、夕飯の時に明日菜がそれを問うと、彼女は笑うだけであった。何があったかは未だにわからない。 「あれ……アスナさんは?」 いると思ったはずの少女が、そこにはいなかった。 ネギの言葉を聞いた木乃香は、苦笑してネギに返す。 「なんか、朝のバイト終わったらすぐにどこか行ってもーたんよ」 そう言われて、ようやく思い出す。 まだ明日菜とは仲直りしていないのだ。昨夜だって、口を利いてもらえず夕飯を食べてシャワーを浴びたらすぐに眠られてしまった。 何故明日菜はあんなに怒ったのだろう。今までにないくらいの大喧嘩をしてしまったことに、後悔せずにはいられなかった。 「やっぱりまだ怒ってるのかな……アスナさん」 ぽつり、と弱音がこぼれる。 早く、仲直りをして彼女の笑顔を傍に置いておきたかった。 「ごめん」 澤村翔騎の部屋に入り座布団に腰を下ろすなり、明日菜はそう零した。 コレで二度目である。 いや、となんだか返事に困っている様子の澤村が氷の入ったコップに麦茶を注いでいる。 テーブルを挟んで向かい合う二人。 気まずかった。 すっと自分の目の前に麦茶の入ったコップが現れる。 「どうぞ」 「ありがと……」 澤村に小さなお礼を言いながらも明日菜はコップを手に取り、麦茶を口に含んだ。 五月にしては少し熱い今日だからか、冷たい麦茶がすごくおいしく感じる。 ちらりと澤村を見れば、彼も麦茶をごくごくと飲み干し、またお代わりを注いでいた。 やっぱり気まずかった。 重い沈黙がしばらく続く。 明日菜はネギと一緒にいるのがどうしても耐えられなかった。 一緒にいれば、また喧嘩をしてしまうようで、どうしても耐えられなかった。 こういうとき、意地っ張りな自分を恨む。 澤村の元へと来たのは、彼ぐらいしか愚痴ると言うか、頼る人間がいなかったからである。 木乃香はネギと一緒にいるし、刹那は……何故か部屋にいなかった。 あやかに相談することは、なんとなく気が阻まれたのも、意地っ張りな性格からだろう。 「……えっと、どうか……した?」 遠慮気味に澤村からそう問われる。彼の表情は硬い。困惑しているのは目に見えてわかった。 明日菜は、もう一度麦茶を口に含む。そしてゆっくりとそれを咽喉に通すと、言った。 「その……ネギと喧嘩しちゃって」 ああ、と澤村は苦笑してきた。 その声で、彼が喧嘩をしたということを知っていると明日菜は知る。昨日会った時も大方知られているような感じだったし。 朝の鍛錬は、バイトが長引いて出られなかったけれど、きっと刹那辺りから聞いたのだろう。 彼と同じように明日菜は苦笑した。 「絡繰さんが、ネギ先生と神楽坂さんの会話のデータ持っててさ……その、ごめん。会話の内容、見た」 本当に申し訳なさそうに澤村は言うものだから、明日菜はいいよ、と口を開いた。 見られて困るようなものではないし、ここで怒れるほどの資格なんて自分にはないと思ったからだ――――――と、待て。 「えっと……まさか、その……」 もしかして"アレ"も知ってしまったということだろうか。 直球でストレートにその言葉とその意味を頭に浮かべたくないが、ものすごーく遠回りして表現するのならば、身体的特徴。 それを彼に知られてしまった可能性が非常に高い。 明日菜は自分の顔が熱くなっていくのがわかった。 けれどそれとは対照的に、澤村は明日菜の様子に首を傾げて見つめ返すだけ。 「あー、あーあー……」 下手に言って墓穴を掘ったら嫌だし、どうしよう。 しかし、その懸念はある意味無駄だった。 「あ……」 澤村は何かに思い出したような表情と声を出した後、顔を赤らめて見せた。 ようは、明日菜の身体的特徴を知っていて、しかも思い出してしまったということだ。 ある意味、墓穴を掘ってしまった。 今度は違った気まずさが訪れる。 失敗した。今のは完璧に失敗した。 熱くなった頬が戻ってくれないのが、腹立たしい。 「いや、なんというか、そのっ……本当に申し訳ないっ!!」 がばりと頭を下げる澤村。なんだか嫌な音がしたけれど、大丈夫だろうか。 テーブルにおいていた手から振動が伝わってきたし、頭を打ってしまったのではと思ったが、今は彼に顔を上げてもらわねばいけなかった。 「い、いいって……や、よくないかもしれないけどっ。と、とにかく、顔を上げて」 ね? と念を押すと、ようやく彼は顔を上げてくれた。その額は少し赤いし、眉はハの字に歪んでいるしでなんだかとても可笑しかった。 どうして目の前の少年は、何故か神楽坂明日菜という人物の笑いのツボをぐいぐいと押してくれるのだろう。 結果的言うと、明日菜は息を吹き出し大笑いした。 「わ、笑うのは、なんかおかしくないか!?」 とはいっても、一度笑い出したら止まらない。 澤村の半ば叫びに近い言葉に返事もできず、明日菜は笑い続けた。その間、彼の表情はどこか憮然としていて、ちびちびと麦茶を飲んでいた。 しばらくして、ようやく笑いの波が引いてくれた。その頃には、澤村の機嫌も多少斜めっていて、明日菜はごめんごめんと謝る。 「だって……おでこが赤くなってるんだもの。あー……面白かった。それで、大丈夫? おでこ」 そう言われて澤村は額を軽く撫でて見せたが……平気、と短く答えた。 そして、話を戻そうと言って、コップを煽った。 「二人の喧嘩についてだけど……二人の言い分とかはわかってるつもりだから、俺からはなんとも言えない」 確かに、わかっていそうだなと思うところがある。 彼の立場と思考は、いろんな人と重なるから。 それは自分も例外じゃない。 神楽坂明日菜と澤村翔騎にだって、似ている部分があった。 境遇。 実に、よく似ている。 「それでもいいなら、話を聞くけど」 なんだか、自嘲気味な微笑が出てしまう。 それでもなんとかうん、と頷けた自分を褒めてあげたい。 相手の了承を得られたからか、とにかく全てを澤村に話した。 ネギとの喧嘩の原因。 素直になれない自分。 ネギに抱く感情。 澤村は、時折頷きながら明日菜の話を黙って聞いていた。 高畑と暮らしていた時もこうやって黙って、時折頷いてくれていた気がする。 その時の気持ちが思い起こされて、心地よさと嬉しさを感じた。 けど。 煙草の香がしないのが、少しだけ寂しかった。 「―――――それで、話とは?」 白っぽいスーツを着込んだ男――――高畑・T・タカミチが、学園長室でそう言った。 その表情は、魔法界のそれと同じ。それは、学園長から放たれるオーラがそうさせていた。 「先日……学園内に侵入者が出たのは知っておるな?」 小さく頷く高畑。 その話は、ネギを除く魔法先生全員に行き渡っていた。報告者はエヴァンジェリン。 魔法生徒にその話が流れていないのは、その敵がかなりの腕の持ち主だということからである。 魔法使いといえど、生徒に危険なことをさせられない。 学園長の判断だった。 「侵入方法は、結界の外と中に開くというものじゃが……この方法の対処をしてないわけがない。この方法での侵入は、不可能なのに侵入者はやってきた……そこまではいいんじゃ」 高畑は眉を顰めた。 そこまではいいという表現は良くない。不可能なはずなのに侵入してきたという事実は、かなりの腕を持った人間が侵入したということ。 それなのに、そこまではいいとはどういうことだろうか。 その疑問の答えはすぐにわかった。 「……澤村君を狙う、何者かが現れたんじゃ」 酷く。 酷く悲しそうに学園長――――否、澤村の育て親である近衛近右衛門が呟いた。 高畑は気が付く。 澤村を狙う"何者"が誰だかすぐにわかった。 「まさか……っ」 「顔は未確認じゃが、可能性は高い。エヴァンジェリンが茶々丸に確認を取らせたところ、身体的特徴は全て一致という報告がきたからのう」 高畑の愕然とした声に、近右衛門はそう答えた。 沈黙が宿る。 身体的特徴が一致したということは、近右衛門が想定する可能性に近づいたということだ。 だが、まだこの可能性の一番奥には触れていない。 その奥にあるものが、もし最悪な場合だったとしたら――――― 「心中、お察しします」 噛み締めるように、高畑はそう零す。 ぱっと浮かんだ言葉が、これしかなかったのだ。 近右衛門は、小さく礼を述べると、椅子をくるりと回して高畑に背を向けた。 「これからしばらく、警戒態勢をとっておいてくれ。君も、麻帆良都市内にしばらく留まっといてはくれんかのう」 近右衛門の表情がわからない。 けれど高畑は微笑して、わかりましたと答えた。 「すまんのう……」 ニ、三言葉を交わして、高畑は学園長室から出た。 そのまま歩を進め、校舎からも出る。 世界樹の広場へに行く頃には辺りはすっかり暗闇に覆われてた。 見上げれば星空。 その星空に思い描く。 「―――――これから、忙しくなるな」 サッカーボールを追いかける少年の姿を―――――。 明日菜が自分の部屋を去って、だいぶ時間が経った。 なんだか、不思議な気持ちだった。 女の子が男である自分の部屋に来て、 お茶を飲んで、 話して、 別れの挨拶をして去っていく。 真名や刹那、亜子達が来ることがあったけれど、それとはどこか違っていた。 ……本当に最近の自分はおかしいと澤村は思う。 「〜〜……っ、あー……」 なんだかもやもやする。 頭をがしがしと掻いて、それを振り払おうとするが、それはうまくいかなかった。 大きく息を吸って、吐く。 「明日の準備をしよう……」 口に出すことで、ようやく行動に移せる。 着替えや水着、宿泊セット。 1日分の道具なせいか、そんなに時間は必要なかった。 「あー! 全然気が紛れない!!」 そう叫んで身をベッドへと投げる。体がベッドへと沈んで、跳ねた。 このもやもやは何だというのだ。 この不安定な精神をどうにかしたかった。 こんな状態は、初めてではない。 こんな時自分は、どうやってこの精神を安定させていたのだろうか。 「あ――――――」 それは、すぐに浮かんだ。 自分が、好きだと言えるもの。 がばりと起きあがると、すぐにサッカーボールに手を伸ばした。 小さい頃から、漠然とした不安が自分を襲うことは多々あった。 サッカーに出会うまで、自分はよく物に人に当たっていた気がする。 癇癪持ちの子供だったと言えるだろう。 中学に上がり、サッカーに出会ってからは、それは不思議となくなった。 いつだって漠然とした不安から不安定になった精神を支えてくれたのは、サッカー。 なんでもいい。 とにかくサッカーボールに触れて戯れるだけで、心が落ち着いていた。 網からサッカーボールを取り出し、つま先でボールを浮かせる。 いつもの感覚だった。 忘れることなんて、できない。 少しずつ精神が安定し始めるのを感じながらも、澤村は夜遅くまでリフティングを続けていた。 |