ネギ補佐生徒 第46話





 ―――――自分ではない誰かが、澤村翔騎として生きている。

 それを知ったとき、驚きと混乱が全てを襲った。
 衝動的に抜け出して、ロンドンで暮らし続け……そして思ったのだ。

 本当に自分は本物なのだろうか。

 そんな不安がいつも付きまとっていた。
 最初から、自分の居場所なんてなかったのではないのだろうか。
 そう思ってしまって、封印されることを恐れて魔法界に助けを求めることなんてできなかった。

 不正に作られた魔法道具で出来たものは、例外なく処分・封印。
 正規の魔法道具は、保護・保管という形で召喚されたものはそのままにしておける場合があるが、古代から伝わるものに関しては、例外として認められ誤作動を起こさないよう封印。一般の世界に流出しないように魔法界で厳重に管理すること。

 教科書にそんなことが書いてあったのを覚えている。

 自分は澤村翔騎であると思いたい。
 思いたかったが、恐怖が襲ってきて心を不安定にさせた。

 確固たる証拠があっても、怖くて怖くて仕方が無かった。

 故にヘルマンと出会うまで5年間、サワムラ・ショウキは魔法界に姿を見せることをせず捜索隊からの逃げていた。
 残りの1年間は、僅かな記憶を頼りに本を調べ上げた。

 そして、全てを知って覚悟する。

 いろいろと考えた結果、自分の我が侭を優先させた。
 この出来事は自分で蹴りをつけようと。

 全てを聞いた澤村は、一言だけ返してきた。

 ――――――偽者なら偽者らしく、醜く足掻きたい。

 なんとも“さわむらしょうき”らしい言葉だと、サワムラは思った。





  ネギ補佐生徒 第46話 似た者同士の理由





「本当、オレ達は似てるよなっ」

 銀の光りが走る。
 鳩尾に貫くような激痛が襲った。
 体がくの字に曲がり、倒れ込みそうになるのをなんとか耐える。

 が、それも無駄なことと終わる。

 捻じ込められた鉄の棒が自分の体を持ち上げていた。

「気持ち悪いほどよく似ているっ!!」

 世界が回ったと同時に、肺にあった空気を全て吐き出し……背中に走る激痛に意識を持っていかれそうになった。

「――――ほ、んと……なんで、ここまでっ……似たんだろ、うな」

 声を発するたびに痛む体。心の対として生まれた自分は、彼によく似ていた。
 たった1分強の時間で、このザマだ。

 勝てる見込みも策もない。

 現実を受け入れられない、というわけでもない。
 ただ自分がどうあるべきなのか分かったのなら、それを全うすべきだと思ったのだ。
 偽者なら偽者らしく。
 足掻いて。
 足掻いて、足掻きなくって。
 醜くボロボロになった体でやはり自分は偽者なんだと思い知らされて。
 皆にも思い知らせて。
 そして消えて行きたい。

 そうじゃないと―――――

「―――――待ちな、さいよ……」

 フラついた足取りのオッドアイの少女が、月明かりに輝く刃を持ったハマノツルギを手に立ち上げってた。
 澤村翔騎は、目を細める。

 ――――――お互いに、別れが辛くなるじゃないか。





 彼が偽者だなんて思えない。思いたくもない。
 ハマノツルギ云々なんて、きっと何か……特殊な何かがあるのだ。
 魔法というものは、わけの分からないことばかり起こす。
 なら、ハマノツルギが効かないようなことだってあるに違いない!
 そうでないと、いけないのだ!!

「あんたの相手は……私よ」

 とりあえず、この敵をとっ捕まえて本当のことを吐かせよう。
 きっと嘘だ。出任せを言って惑わせようとしているのだ。
 けれども敵は、勘弁、と苦笑していた。

「部外者と戦う気はない」
「部外者なんかじゃないわよっ!」

 大事な友達。
 友達の危機を見てるだけなんてこと、できるわけがない。
 部外者ではない。

「い、いから……」

 咳をしながらも澤村が言った。
 見れば、腹部を押さえながらも立ち上がろうとしている。

「さがっ、てて」

 自分と同じようにふらふらとした足取りで立ち上がる澤村の顔には、大量の汗が流れていた。

「翔騎君っ!」

 サワムラに注意しながらも澤村の元へと駆寄る。その間にサワムラが襲ってくるということはなかった。
 ただ黙ってこちらを見るだけ。
 倒れ込みそうになった澤村の体を支えると、

「ほんとに、だいっ……じょうぶだから」

 彼は嘘を言ってきた。
 大丈夫なわけがない。口の中が切れたのか、口の端から血が垂れている。拭おうと手を差し伸べるが、弱々しくもはっきりと拒絶された。

「しょうきく―――――」
「頼んどいて悪いけど、これは俺の問題……というか我が侭だから」

 はっきりと、そう述べながら口元の血を手の甲で拭う澤村に、明日菜は悲しいと思った。

 それは、偽者だと思っているからだろうか。

「あなたは、偽者なんかじゃない」

 次の瞬間、神楽坂明日菜は息を呑んだ。

 ――――――ニカリ、と。

 彼は微笑んだ。それも眉間に皺をよせ、口を引き攣らせて。

 苦笑だった。けれど、なんだかくすぐったそうな……とても温かい苦笑。

 どうしてそこで……そんな微笑みを見せるのかわからなかった。

 思わず彼を支えていた手を離してしまう。

「まだやるのか」

 サワムラが言ってくる。
 ふらふらとした足取りで、けれど確実に澤村は敵へと向かっていく。

「悪いな。俺の我が侭に付き合わせて」

 首を左右に振る。

 その顔は――――微笑んでいた。

 サワムラ・ショウキは、澤村翔騎のように微笑んでいた。何処かで見たことのある、澤村の微笑み方。

 それが、とても悲しかった。





 澤村が拳を放つ。
 けれどそれは、意図も簡単にかわされてしまい、サワムラの棒で足を払われることとなる。
 頭が地面に落ちた。
 澤村の体が跳ねる。血が少しだけ跳んだ。

「なんで―――……」

 戦うのだろう。
 止めなくては。
 このままでは死んでしまう。

 そもそもこの戦いに何の意味があるというのだ。

 そう思い、ネギは重い足を前に出す。
 だが、

「行くな」

 カモの威圧的な言葉に止められる。
 彼は何時の間にか肩の上へと来ていた。横を向けばすぐ近くに彼の顔がある。
 その先に見える古菲も首を横に振っていた。

「どうしてっ……? このままじゃ澤村さんがっ」
「止めてその後、どうするつもりだ?」

 あう、と言葉を飲み込む。

 彼は、偽者だ。本来、こういう場合は封印しなくてはいけない。

 ―――――でも、彼は本当に悪い人ではないじゃないか。

「話し合って、二人がいられるようにすれば……っ」
「それは無理な話だぜ、兄貴。魔法学校でも勉強したはずだ」

 不正に作られた魔法道具で出来たものは、例外なく処分する。
 正規の魔法道具は、保護・保管という形で召喚されたものはそのままにしておける場合があるが、古代から伝わるものに関しては、例外として認められ誤作動を起こさないよう封印。一般の世界に流出しないように魔法界で厳重に管理するということになっている。

「あれは『Co-Walker and Coexistence』のコピー本だぜ? 俺も小耳に挟んだことはあるが、あの本自体も封印指定を受けている古代の魔法道具だ。コピー本でなくても、あれから創り出されたものは封印しないといけねぇ」
「そんなっ!!」

 何故?
 彼は悪くない。
 悪くないじゃないか。

 ネギはカモを肩から引き離し、両手で彼を持って振り始める。

「それじゃあ、澤村さんはどうなるの!? 澤村さんは、何もしてないのにっ!!」

 それでも、と。
 カモは言葉を続ける。

「封印しなくちゃなんねぇんだよ。それが魔法使いだ」

 神妙な顔付きのカモ。
 肩に暖かいものを感じた。横を向けば、古菲の姿。

「……ネギ坊主が茶々丸と戦た時と同じように―――――澤村も戦てるアルよ」

 魔法の事抜きでも、邪魔しちゃ駄目アル、と。

 じゃあ、何かを求めて、それに辿りつくために彼は戦っているというのか。
 ネギは澤村を見る。
 傷だらけになりながらも、サワムラに立ち向かっていた。
 ただただ我武者羅に。
 其処に戦略なんてものはない。
 ネギは思う。

 ―――――彼は、何を求めているのだろう。





「……なんで似ているか、気にならないのか」

 力の入らない足で踏み込もうとしたとき、サワムラはそう言ってきた。
 それは、確かに気になるところではあった。
 だが、すぐに考え付くことであった。

「俺が、お前の心の対だから……だろ?」

 元は同じなのだ。上っ面が違っても根本的なところは同じなはず。
 何を言っている。
 これ以上、惑わせないでほしい。

 じゃないと、決心が鈍るではないか。

「――――――オレ達は、壊れたんだよ」

 ……壊れた?
 小さく聞き返す。いったいどういうことだ。
 ひどく優しく穏やかな声に、背筋が凍った。
 咽喉が乾く。

「そう。本が無くて調べるのに苦労したけど……ヘルマンのおかげで、なんとか調べることができた。オレも自分が偽者なのか本物なのか、いまいち自信がなかったからな」

 自嘲するように言ってくる。
 澤村は額から流れる血を肩で拭うと、もう一歩を進み始めた。

「それで、な? コピー本……いや、改造本・・・を作った馬鹿の研究書が見つかったんだ。そこには、こう書いてあった……」

 ―――――言う、な。

 ぽつり、と。
 夢を見ているように気抜けた頭のままで澤村は呟いた。

 一歩。

「『あの本は、肉体の不滅を求めて創り出した」

 言うな。

 一歩。

「けれど、そんな自然の理に反した事を神が赦すはずがない。魔法界でも異例であり、違法であるあの本は――――」

 言うな。止めてくれ。

 一歩。また一歩。

「―――――本体の心と魔力で出来た対の心を壊す――――」

 お願いだから、それ以上何も言わないでくれっ!

 二歩。

「――――ただの、精神破壊の道具である』」

 ――――俺は、そんなものから生まれたなんて認めたくないっ!!





 ほう、とエヴァンジェリンはサワムラの言葉を聞いて呟いた。
 それにしては、二人のさわむらは随分と正常じゃないかと。
 けれどそれはすぐに解かった。
 飛び掛る澤村を組み伏せ、地面に押し付けたままサワムラは淡々と語る。

「それでも何故オレ達が、普通の人間としての人格を持っているか。そんな疑問があるはずだ」

 サワムラの下にいる澤村の表情は青ざめていた。
 恐怖と混乱で歪んだ顔が、壊れた人間のように見えなくもない。
 ネギも明日菜も古菲もカモも……二人のさわむらに駆け寄ることも無く、ただ見つめるだけだった。

「―――――助けて、もらったんだ」

 声色が変わる。
 歳相応の……エヴァンジェリンの知る、澤村の声。

「サウザンドマスター……ナギ・スプリングフィールドに」
「なっ――――!?」

 エヴァンジェリンは身を乗り出す。が、今夜は満月ではない。彼女はただ少女である。
 バランスを崩し、世界樹から落ちそうになるところを茶々丸が支えてくれた。

「マスター、お気をつけて」

 茶々丸の言葉に答える余裕もなく、エヴァンジェリンはサワムラの言葉に耳を傾けた。
 ネギも父の名を聞いて、

「完璧に、とはいかなかったけど……『Co-Walker and Coexistence』の改造本の発動を出来るだけ押さえてくれた」

 澤村の首が、左右に振られていた。
 小さく震える唇からは、聞きたくない、と動いている。

「精神破壊の仕組みは簡単だ。元からあった心と創られた心の一部が入れ替わり、二つの心が混ざることで拒絶反応を起こさせる」

 本当にサウザンドマスターはすごい人だ、とサワムラは苦笑していた。それに反して澤村は、歪んだ顔でサワムラの顔を見つめていた。……が、少しずつ冷静さを取りも出したらしくまだ震える唇で、

「じゃ、じゃあ……俺が6年前の記憶を持っているのは――――」
「記憶は肉体―――その者の脳に宿る。本当なら有り得ない話だけど、オレの……オレ達の体は、特殊だった」

 魔力が伝わりやすい体。
 本を通して繋がっていたのだ。 

「オレも極稀だが、そっちの記憶が入ってくる。ということは――――そっちにも記憶が入ってきているはずだ」
「なら、俺が持っている6年前の記憶は……っ」

 澤村の言葉に、時間が止まる。
 下にいる澤村が小さく首を傾げていた。
 しばらくして、

「ははっ……」

 サワムラが笑い始めた。
 本当は黙っておくつもりだったのになぁ、と髪をかきあげながらそう言う。

「確かにお前の記憶はオレから流れ込んだものだ。だけどな――――」

 そして、

「―――――言っただろ?」

 子供を諭すように、
 自分に言い聞かせるように、

 優しく、
 悲しそうに、

 サワムラ・ショウキは言った。

「『オレの言葉を否定したらそれまでっていう事実だけどな』って」

 笑いが込み上げる。

「ふっ……」

 茶々丸がエヴァンジェリンをちらりと見た。
 楓が問いかけてきた。
 けれどそれに答えることなく、エヴァンジェリンは呟く。

「なるほど―――――」

 全てがわかった。
 この仕組みが。

 ネギにとっては、いい教材になるだろう。

「――――本当に愉しましてくれるな、澤村翔騎」

 そして、酷く悲しい人間である。

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