ネギ補佐生徒 第47話
「――――――――がぁぁぁああっ!!」 言葉にならない声を発して、目の前にいる人間を振り払った。 ありえない。 あってたまるか! ――――元からあった心と創られた心の一部が入れ替わり、二つの心が混ざることで拒絶反応を起こさせる。 ごろりと転がりながらも立ちあがる人間の言葉が、狂わせた。 ――――記憶は肉体―――その者の脳に宿る。本当なら有り得ない話だけど。オレの……オレ達の体は、特殊だった。 ―――――助けて、もらったんだ。サウザンドマスター……ナギ・スプリングフィールドに。 辿りついた答えが、外れてないといけない。いけないのだ。 もし当たっているのなら、この黒い感情を認めざるおえない。 「答えろ!!」 吼えた。 真実を求めた。 「俺はっ……俺はぁっ!!」 肯定してくれ。 そうでないと――――― 「俺は、偽者なんだよなっ!?」 ―――――澤村翔騎は、壊れ……サウザンドマスターを恨むであろう。 ネギ補佐生徒 第47話 心と身体 眉間に皺を寄せて、 目を見開いて、 口を大きく開いて、 壊れる寸前の顔。 それを見詰めながら―――――サワムラ・ショウキは言う。 「正確に言うのならば――――」 そろそろ頃合か、とエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、茶々丸に命じて世界樹から下りる。 楓は下りては来なかった。 ステージにいた刹那が何か言いかけたが、目で制す。 サワムラの言う事言葉によく耳を傾けろと。 そして、言った。 「―――――お前が、本物だ。澤村翔騎」 澤村翔騎を壊す一言を。 場が静まり返る。 誰かが、息を噴出した。 「ふ――――――ははははははははははははっ!!!」 被りを振って、笑い声を上げる澤村翔騎。 「ひー……くくっ、ははははぁっ!!」 涎が口から垂れていた。 目からは涙が滲んでいた。 その声は彼女達にも聞こえたのだろう。 刹那達が、澤村の名を恐る恐る呼んだ。 ネギ達も澤村の様子に体を強張らせている。 エヴァンジェリンは、そんな彼らを見ながらよく会話が聞こえるように澤村達に近寄った。 「嘘だァっ!!」 澤村の片手が空を切る。 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!!」 その表情は……狂っていた。 「証拠は? 何処に俺が本物だっていう証拠が何処にある!?」 本物、と言われてもその言葉を受けつけることは、できないのだろう。 彼は偽者として醜く足掻き、澤村翔騎としてではなく……偽者として封印されようと覚悟した。 それなのに本物と言われてしまっては――――抑えてきたものが溢れ出てしまう。 それでもサワムラは、哀しそうな顔をしてみせ――――ぽつりと呟いた。 「―――――サッカー」 「え?」 虚を突かれた澤村は、普段通りの彼に戻る。 「サッカー、好きだろ?」 ああ、確かサッカー部だったな、とエヴァンジェリンは腕を組みながらも思う。 澤村は戸惑いの表情を見せながらもこくり、と頷いた。 それを見たサワムラは、微笑を浮かべている。 「小 さい頃、父さんとよくやったからだよ。オレも初めの1、2年は、サッカーをやりたいっていう欲求があった。でも、何時の間にかオレの中にあったサッカーに 対する気持ちが消えた。ヘルマンには、蹴り技の筋が良いからそういったことも上手いだろうと言われてたし、すらむぃ達と遊びで一回やったこともあった が……のめり込んでやるようなことには思えなくなってた」 「それだけで本物だなんて……大体、明日菜さんの武器のことはどうなんだよっ?」 答えろ、と縋るような声が辺りに響く。 サワムラは持っていた棒を収縮させると、腰のベルトに指し込んだ。 「オレの身体が本物だからだ」 きっぱりと、毅然とした表情で言う。 彼の説明はこうだった。 澤村翔騎とサワムラ・ショウキ。二人の心は入れ替わっていた。 何故、心が入れ変わってしまったのか。 サウザンドマスターの魔法により拒絶反応を起こさなかった心は、入れ替わり始めたと言う。 一体何時頃入れ替わり終えたのかはわからないが、調べ上げる頃には自分の心が魔力で作られているものと変わっていたらしい。 本物である体は、魔力で出来た心は体に馴染み……神楽坂明日菜のアーティファクトの効力をほとんど受けつけなかった。 しかし、ただ入れ替わっただけならよかったのだが――――再び心が入れ替わり始めた。 元々本物であるサワムラ・ショウキの体に別のものが流れこんでくるのがすぐにわかったと言っていた。 澤村がサッカーを好きだという事も、それで知ったらしい。 「な、ならっ……!!」 そこまで話したところで、ネギがサワムラと澤村の間に入り込んできた。 今にも泣きそうな顔で。 未熟な考えを持って。 「そのままにしておいて、入れ替わりが完了した時点で封印すればいいじゃないですかっ。そうすれば――――」 ――――元通りになる。澤村翔騎の心がサワムラ・ショウキの元へ行き、片方を封印すればいい。 そう言いたかったのだろう。 「―――――いや、無理だな」 言葉を遮る。 サワムラがこちらを向いて笑って見せた。 「闇の福音とこうやって話せるとは思わなかったな。ヘルマンからあんたは生きてるって聞いてたけど……まさか、学生をやっているなんて」 昨夜妨害したお返しだろう。笑い方が勘に触る。 そんなサワムラに黙れ、と一喝すると、エヴァンジェリンはネギを見た。 「ぼーや……あいつの言う通り、この二人は壊れているんだ」 そう。壊れている。 本来一人であるはずの人間が二人もいるという矛盾。 改造本による心と肉体の召喚。 そして、6年間という月日。 それが、二人を壊してしまったのだ。 木乃香は、桜咲刹那の肩を掴むと懇願した。 「なぁ、もう行ってええか? お願いや、せっちゃん!」 ぐらぐらと揺する。視界がぶれた。 横にいた夕映も刹那をその目で捕らえて訴える。 「敵は武器をしまったです。それにあなたと一緒に行けば何も問題ないはずですっ!!」 それでも刹那の表情は、困惑を表していた。 澤村達と木乃香達を交互に見ながら、どうしようかと迷う。 このまま彼女達に真実を知らせていいのだろうか。 ネギ達……自分ですら、困惑を隠しきれていないと言うのに、彼女達に知られても大丈夫なのだろうか。 そもそも彼は、この事を知られるのが嫌なのではないのだろうか。 のどかも夕映に倣って訴えてくる。 「桜咲さん、お願いします……っ!!」 ですが、と刹那は口を開く。 だが、 「もういいっ! 行くよ、3人とも」 和美の一声で、皆が強行手段へと切り替えた。 彼女達を止めようと手を伸ばすが、何故かその時だけ掴めなかった。 それほど動揺していたのだろう。 刹那は声を張り上げる。 「お嬢様っ、皆さん! 待ってください!!」 刹那の制止の声を振り切って澤村へと駆け寄った。 いけない。 そう思い、走り出した木乃香達を縮地で近寄り気絶させようと入りの態勢に入ろうとした。 「かまわん。事は終幕に向かっている。貴様もこちらに来い」 エヴァンジェリンの言葉に、それは阻まれた。 終幕に向かっているのはなんとなくわかる。 けれど、その終幕がどうしても悪い方向でしか見えなくて、木乃香達に知られるのが怖かった。 澤村は、未だにサワムラから目を離せずにいる。 魂が抜け様に青ざめた顔が、痛々しかった。 「……時というのは恐ろしいな」 エヴァンジェリンの言葉が、妙に耳に響いた。 澤村は混乱したままの頭で、なんとか意味を知ろうと努力する。 「オレ達にはもう、元の心と作られた心の境目が無くなってる。それだっていうのに心は反発し合ってお互いを痛めつけてる」 サワムラが淡々とした口調で事を皆に説明している。 入れ替わりを始めた心は、長い年月のせいかゆっくりと融合し始める。 サワムラの推測では、本物の心と対の心は、初めの入れ替わりの時期から融合し始めていたのかもしれないとは言ってたが、今の時点ではもう確かめようのないことだった。 入れ替わりは、ある時間に綺麗に入れ替わるわけではない。ゆっくりと互いの器に流れ込ませるように入れ替わっていくらしく、サワムラ自身も荒々しかった性格が何時の間にか今のように澤村翔騎のような性格へと変わってしまった。 それでも中途半端に黒い部分は残っており、さっきの自分のように狂う時があり……この状況自体が特殊すぎて、どうなるのかもよくわからないとサワムラは言っていた。 現在、心の入れ替わりは留まっているし、このままでは作られた方の心が暴走して精神を破壊するかわからない。 対処法は、一つしか思い浮かばなかったと彼は言う。 肉体が偽者である澤村翔騎の封印。 心は多少欠けていても成長する。けれども人間の体は、どうしようもなかったのだ。 魔力で出来た澤村の体は、本が作り出した……極めて高等な魔法でもあった。 それも“さわむらしょうき”の身体能力と魔力が成せる技だと、エヴァンジェリンは補足した。彼女自身もわからなかったと言っていた。 今は二人のさわむらの位置と本が近いためか、それがよくわかると言っていた。 澤村の体は、病気もする。やはりそれも彼自身が無意識に自分が人間だと思い込んでいたせいらしい。身体の損傷に対しては、ほとんど人並みだがそれでも回復能力が少しだけ高かった。 修学旅行の時に生き延びていたのは、彼の身体能力と魔力もあったが……どうやら魔力でできている身体だったことが一番の理由かもしれない。 たとえ澤村が死のうとも、本体であるサワムラが生きている限り、魔力で身体は再生される。 このまま本体を冷却保存でもしてしまえば、改造本の製作者の望み通り不死の身体を手に入れることも可能なのである。本体が滅びない限り、『共歩き』は滅びない。 けれど――――― 「このままでは、お前達の精神は確実に崩壊する。そんな長い間、心の移動と融合を赦せるほど世界もお前の身体もできちゃいない」 ―――――中身に関しては、不死とはいえなかった。 「……心を強く持ってくれ。これ以上オレに力を送られても、精神崩壊が早まるだけだ。そこの子のおかげで少しだけ対の心を送り返してもらえたが、お互い長くはもたない」 苦笑しながらもサワムラが言ってくる。 言われてもそれは難しかった。 偽者なら偽者らしく足掻いて、倒されて――――封印されようと思っていたと言うのに。 中途半端に本物だと言われても、未練が残るだけじゃないか。 心を強く持つのは、やはり無理だった。 それだというのに、何故。 がくり、と膝が折れた。 「――――――なんで、今頃そんなこと言うんだよっ!!」 なんで。 なんで、なんで。 震える声をふり絞る。 「こんな思いするくらいなら……はじめから―――」 浮遊感が身体を襲う。 気が付けば地面に打ちつけられていて、観客席へと身体が投げ出されていた。 既に魔法の効力などない。 くらくらする頭で上半身だけ起こし前を見ると、拳を突き出しているサワムラが……ネギの杖、明日菜のハマノツルギ、刹那の夕凪を向けられながらも彼らに囲まれていた。 その後ろにいた和美達が澤村の元へ駆け寄ってくる中、囲まれていることを気にもせずサワムラは言う。 「壊れたかった、なんて言うなよな。精神の破壊の後は、肉体の破壊。……オレは、この命を軽いものとして扱うことは絶対にしたくない。村の人達のためにもだ」 淡々とした口調だが、それでも重い言葉が圧し掛かる。 彼の言う事は正論である。 「……気持ちはわかる。辛いと思う。でもな、もうオレ達は壊れた。直すにはもう―――方法は一つしかないんだよ」 澤村を含めた皆を見回して、サワムラはそう零す。 その表情から、悪意は感じられない。 ネギ達が驚きの表情を見せたままゆっくりと各々の武器を下ろした。 彼の言葉と表情はそうさせるほどのものだったのだ。 その人間味溢れる彼の言葉は、澤村にもよくわかっている。 認めて覚悟しなくてはいけなかった。 分裂して融合した心。 壊れた心。 変わってしまった心。 どちらももう原型を止めていない心。 ―――――なら、澤村翔騎という人間は、何処へいってしまったのだろうか。 |