ネギ補佐生徒 第49話
ずらりと並ぶ本棚。 何処まで続いているのかと途方にくれてしまうほどの広さ。 そんな図書館島館内の最深部をネギと明日菜は目指していた。 「ねぇ」 明日菜の声が、場に響く。 ネギは彼女の声を聞いて、らしくないなと少しだけ思った。 そうネギに思わせるほど、明日菜の声は静かだったのだ。きっと不安なのだろう。 澤村翔騎を助けることが本当にできるのか不安でしかたない。 それはネギ自身もそうだった。 「なんですか」 同じように静かな声で聞き返すと、明日菜はチリンと鈴の音を鳴らしてネギの横から前へと身体を滑らせた。 「私達、間違ってないわよね?」 とても不安そうな表情だった。 やはり彼女らしくない。 とっても綺麗でとっても強い彼女にその表情は似合っていなかった。 少しでもいつもの彼女の笑顔が見たくて、ネギは自分より大きくて綺麗な手をその小さな手で握り締めた。 けれど――――― 「わかりません。……けど、今は後悔しないように行動するのみです」 ―――――彼女の問いに対する明確な答えは、ネギには持ち合わせていなかった。 ネギ補佐生徒 第49話 ネギ・スプリングフィールド 「さて、ぼーやは行ってしまったが、お前はどうする?」 エヴァンジェリンは、澤村を見てそう問う。 相変わらず挑発的な口調だった。こういう口調で出てくる言葉は、大体わかっているのに聞いてくる質の悪い質問だという証拠である。 かと言って、澤村も彼女にとって予想外の言葉を返す気は毛頭ない。だから余計に質が悪いのだ。 「追いかける」 きっぱりとそう告げると、エヴァンジェリンは笑って見せた。 サワムラが刹那に睨まれながらも目の前へ歩み寄ってくる。その表情は、よく言ったと言わんばかりの満足顔だった。 「手伝う」 そう言って、手を差し伸べるものの和美と木乃香が澤村から離れなかった。 思わずサワムラと顔を見合わせて苦笑を漏らしてしまう。 「両手に花みたいで嬉しいけどさ、行かなきゃ駄目だから」 ちょっとした戯言。 普段なら言えないような戯言。 それが今言えると言う事は、それなりに自分も成長したのだろうか。女子に対して耐性ができたというか。 まぁ、今頃かという話である。 「―――――このか姉さん、ブンヤの姉さん。諦めてやってくれ」 頭がくすぐったい。 目の前にいるサワムラが目を丸くしていた。 「カモさんっ?」 刹那や夕映、のどかも同じ表情だった。 どうやら頭の上にカモが乗っているらしい。 「ネギ先生と一緒に居たんじゃなかったのか?」 へへっと頭上から笑い声が聞こえた。 「また振り落とされちまって。俺っちも一緒にいくぜ。兄貴の説得なら俺っちに任せてくれ」 彼が傍にいてくれるのは正直心強い……が、頼ってしまって言いのだろうか? ここまでくると、もう自分達――――澤村翔騎の問題になる。 「俺っちにくらいは、頼ってもいいと思うぜ?」 見透かしていたのだろうか。 彼は、まるで父のようにそう優しく言ってくれた。 両手が空いていたら、鼻をぐりぐりと押してやりたい。 だって、そんなこと言われたらなんだか照れくさいじゃないか。 「―――――茶々丸」 はい、と無機質な声が気こてくると同時に澤村を支えるものが消えた。 ふらつきながらもなんとか態勢を整える。 茶々丸の両手には木乃香と和美が腕を捻られながら取り押さえられていた。 「エヴァンジェリンさん、これはどういうつもりですか!?」 刹那が刀を構えながら踏み込もうとするが、 「それ以上動くと大事なお嬢様の細い腕が、ぽっきり行くぞ」 エヴァンジェリンの言葉に踏み留まってしまう。 それだけじゃない。 「長瀬さん……」 ニンニン、と楓が笑っていた。 彼女もどうやらきていたらしい。何にせよ、助かる。 夕映達も動き出そうとしたが、長瀬とサワムラに牽制されてできない。 「せっちゃん、うちのことはええから翔騎君を止めてぇ! 楓ちゃんも翔騎君を止めてーな!!」 そう言われても木乃香と和美のことを考えると動けないのだろう。刹那は、歯を食いしばりながら澤村と木乃香を交互に見詰めるだけだった。彼女は自分がサワ ムラの攻撃にやられっぱなしだったとき、首をつっこんでこなかったため、自分が何を思っているのか察してくれているのかと思ったのだが……どうやら彼女も 彼女で納得いかないところがあるらしい。優しすぎる彼女――――いや、3−Aに微笑が漏れてしまう。 楓も糸目を薄く開いて、 「無理な頼みでござるよ」 と言うだけ。古菲も黙って楓の横についていた。 「追いかけるなら早く行くアル」 サワムラは、差し込んでいた棒を引き抜くとくるりと手首を回して回転させる。金属音を発しながらも伸びる棒。それに跨ると、乗れと目で促された。 「それじゃ、行って来る」 エヴァンジェリンを真っ直ぐ見詰めて澤村は言う。 彼女は手をしっし、と手をひらひらさせて見せながら、 「行って来い行って来い。後は引き受けてやる。本を取ってきたら、お前の始末も手伝ってやるから」 投げやったような口調で言ってきた。礼は言わない。あくまでも彼女は殺人を犯した悪の魔法使いだから。 上昇する体。 地から離れるのと同時に聞こえなくなってくる木乃香達の声。 まさか世界樹のてっぺんをこんな間近で見ることができるなんて、と思いながらも世界樹の横を通りすぎたところで澤村はあることに気が付いた。 「なぁ、場所わかってるのか」 自分と同じ後姿のサワムラは大きく肩で溜息をついた。 「お前な、オレを誰だと思ってるんだよ」 ああ、そうだった。 自分の緊張感というか自覚のなさというか……そんなものを感じてしまって苦笑を漏らす。 行き先は図書館島。 ネギ・スプリングフィールドが其処に居る。 「……オレは、ネギ・スプリングフィールドが嫌いだ」 はっきりと、けれど小さくサワムラは言った。 え、と澤村が聞き返すと、彼は淡々とした口調で風に声を流されながらも答えてくれる。 「確かに思想とかが違うってのもある。けど、それだけじゃない」 それは、澤村自信も漠然と思っていることだった。 生理的にうけつけない、という点もあるのかもしれないが、それ以外にも理由があるような気がして……けれどそれがわからないという歯痒さが澤村の中にはある。 でも彼は知っているようだ。 「澤村翔騎の両親は、ナギ・スプリングフィールドを慕っている……というより崇拝していると言っても良いほどの魔法使いだった」 普通の魔法使いだったせいだろうな、と少し自嘲気味に彼は言う。 確かにそんなことを学園長が説明してくれた。その村自体もナギ・スプリングフィールドを慕っている人間の集まりだったと言っていた気がする。 「そ んな普通の魔法使いの間に強大な魔力を持った澤村翔騎が生まれ、随分喜んでいたらしい。けど、澤村翔騎は魔法に対する好奇心はあれど、実力がなかった。魔 法使いの素質はあっても……特殊な魔力と身体は、回りに気が付いて貰えなかったから、普通の魔法使いくらいの実力しかないと回りに評価されてた」 少しずつだが、話の先が読めてくる。 それにしても不思議だった。 自分が体験したことがあるはずの事なのに、どうしても自分の記憶として受け入れることができない。 やはり、身体が本物でないからなのだろう。 そんなことを思っている澤村にかまわず、サワムラは相変わらず淡々とした口調で話を続ける。 「サ ウザンドマスターのような魔法使いは、この家には生まれないのだと落胆する両親の耳に入ってきたのが、ネギ・スプリングフィールドというサウザンドマス ターの息子が生まれたと言う話だ。両親の目は、その子に向けられた。それで……子供ながらにヤキモチを妬いたんだろうな。わざと悪さをするようになった。 危険なことに首をつっこむようになった」 ……それは、ネギと重なる部分があった。 ネギの記憶を見たとき、いろいろと混乱はしていたが彼の記憶はしっかり見てきている。 ネギも父の姿見たさに同じ事をしていた。 「意地でもネギに会うことをしなかったし……魔法の勉強も頑張った。サウザンドマスターみたいな魔法使いになろうと努力した。けど、どうしても実力がつかなくて、なんだか見放されたような気分になってきた」 その頃から、ネギ・スプリングフィールド――――サウザンドマスターの考えとは別方向の道に進もうと澤村翔騎は決めていたらしい。 両親と不仲……というより、一方的に両親を避けるようになった澤村翔騎は、魔法学校に入り浸るようになり帰宅許可がでてもあまり村に帰ることはしていなかったという。 「…… ネギ・スプリングフィールドもオレと同じことを村が壊滅する前に何回かやってから、両親はオレのことに気が付いてくれた。オレもオレで手紙を読んで、自分 が勘違いしていることに気が付けた。確かに両親はサウザンドマスターのような魔法使いになれたらと思っていたけど、別にサウザンドマスターという人物にな れとは望んでいないんだって」 「それなら―――」 ネギを嫌い理由にはならないのではないのだろうか。 そう言おうとしたが、サワムラの自嘲気味の声でそれは遮られた。 「オレも人間だ。たとえ記憶が自分のものでなくても、一度嫌いになった人間をすぐに好きにはなれないよ。それに――――昔の自分を見ているみたいで、嫌なんだ」 オレもまだ子供なんだよ、と言いながら彼は降下させる。 気が付けば図書館島に着いていた。 地面が近付いているのを視覚しながら、サワムラの言葉を脳裏に焼き付けた。 「―――――きっとオレ……澤村翔騎は、ネギ・スプリングフィールドのもう一つの将来なんだ」 それは違うと思う。 だって、澤村翔騎の将来は澤村翔騎にしかないし、ネギ・スプリングフィールドの将来もネギ・スプリングフィールドにしかない。 それに自分が誰かのIFだなんて、そんなのつまらないじゃないか。 地面に降りると、 「それじゃ、兄貴達を説得しに行くか」 カモが何事もなかったようにそう言う。 2人のさわむらしょうきは、そんな彼にニカリと笑って鼻をぐりぐり押してやった。 「ごめん、ネギ。全然役にたたなくて……」 本の山をどさりとネギの横に起きながら明日菜が零す。 ネギは、本に目を通しながらもいえ、と短く答えた。 魔法書の中身はラテン語、ギリシャ語、英語がほとんど。 バカレンジャーの一員である彼女が読めるはずもなく、彼女は本を運ぶことしかできなかった。 ネギがほとんど中身を確認している。 「……どう?」 恐る恐る明日菜が聞いてくる。 ネギは持っていた本を閉じて新しい本を手に取った。 「駄目です……元々魔法道具の改造は違法ですから、あまり情報を形にして残すことをしていないみたいです」 せめてヒントになるものでもいいからあればいいのに。 そう零してネギは頭を掻いた。 このままでは、本当に澤村が封印されてしまう。 それだけは嫌だ。 こんなとき、サウザンドマスター……父ならどうしていたのだろうか。 「―――――見つけた」 それは、澤村を助ける方法ではない。 そもそもネギが発した声ではなかった。 あ、という明日菜の声を聞きながら、ネギは顔を上げた。 同じ顔が二つ並んでいる。 一人は、物珍しそうに辺りを見渡し。 もう一人は、苦笑を浮かべて自分達を見詰めていた。 「ネギ先生。本を返してください」 ネギは本の山を崩しながらも立ち上がり、『Co-Walker and Coexistence』を胸に抱え込んだ。 参ったな、と澤村が頭を掻いて呟く。 渡すわけにはいかなかった。 場に沈黙が宿る。 だが、それはたった一つの小さな溜息によって打ち破られた。 「―――っ!」 荒々しい音を発して目の前に現れた、サワムラ・ショウキにネギは反射的に身を退いた。 腹部に……微かだが衝撃を感じる。 「さすが」 棒で手をぽんぽんと叩きながらサワムラが零す。 声色の割りには、表情に余裕がなかった。 「オレよりもあっちの方がやばいんだ。できれば早急に本を返して欲しい。オレ達の距離が近いのと、そこの子の攻撃でバランスが崩れてる。オレが大丈夫でも片方は結構辛いはずだ」 それでもネギは首を左右に振った。明日菜も何時の間にか武器を手に彼の横で構えている。 これがネギ・スプリングフィールドの在り方である。曲げるわけにはいかないのだ。 「ネギ先生、お願いします。まだきちんと自我があるうちに、俺もことを済ませたい」 嫌だ。 たとえ本人が受け入れても自分は認めない。 彼は泣いていたじゃないか。 エヴァンジェリンの言葉を聞いて、瞳を潤めていたじゃないか。 そんな彼を封印するなんてこと、ネギ・スプリングフィールドが赦さない。 本を抱き締めたまま、渡してなるものかと一歩、後退する。 ―――――けれど、 「『わかってるつもりだったことが、実は全くわかってなかったってーことは、多いもんだぜ』」 その言葉でネギは身を固めた。 いつか寝る間際に言ってきたカモの言葉。 澤村の頭の上にひょっこり顔を出して、カモはネギをまっすぐ見詰めていた。 「なぁ、兄貴。信念を貫くのはいいことだ。いいことだけどな……」 どうしてそんなに冷静で優しく自分を諭すように彼は言ってくるのだろうか。 「旦那にも旦那の信念がある。覚悟したものがあるんだ。俺っちだって、止めたい。俺っちと兄貴の考えは同じだ。でも―――――」 カモ、と澤村が呟く分だけ、カモの言葉に間ができた。 それは、ほんの少しの間。 「―――――旦那が覚悟を決めた以上、もう俺っち達は踏み込んじゃいけねーんだ。俺っち達だって間違っちゃいない。けど、旦那が決めたことは最善のことだし、魔法使いとしてはある意味正しい判断だ」 明日菜がぺたん、と地に座り込んだ。 ネギ自身もそうしたい気持ちで一杯だった。けれど、自分は膝を折ることができない。 受けとめなければならなかった。 自分は、魔法使い。この現実を受けとめなければ、これから先もやっていけない。 ――――――だから、これ以上僕の道に踏み入らないで下さい。 つい最近、澤村に言った言葉。 ……今踏み入ってるのは、澤村ではなく自分である。 もう、これ以上彼の道を邪魔してはならないのだ。 一瞬でもそう思ってしまった以上、もう自分の意地は通せなかった。 サワムラと入れ替わりで、ゆっくりと澤村がネギの元へと歩み寄ってくる。 「すみません」 そう言って、差し出される手。 ……ネギは、震える手で彼に本を手渡した。 後悔しないように行動したつもりだけれど、後悔はやはり残りそうだった。 「それじゃ戻るか。闇の福音も手伝ってくれるって言ってたし」 サワムラが髪をかきあげながら来た道を見つめて言う。 封印しに行くと言う彼の言葉に澤村は、穏やかでいて清々しい声で頷いて見せた。 「―――――ああ、そうだな」 |